女性とアルコール依存症(33/38)第六章 回復への助言

女性とアルコール依存症アルコール依存症, ジェンダー

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人生に敗北を感じ、他人とのかかわりに絶望した人は、酒によって生まれかわった自分との間で、愛し合い、もたれ合い、憎しみ合いのひとりずもうを演じる。
このひとりずもうがアルコール依存症に他ならない。

この演技が続く間だけ、酒は生き残りの唯一の手段となり得るのである。皮肉なことに「酒は百薬の長」なる諺の本当の意味を知っているのはアルコール依存症者だけなのである。
酔った自分を相手に演じる愛憎のひとり芝居のうちに、その人の人生ドラマは集約されてくるから、こうした状態の人とかかわる立場の人間は、彼や彼女の生き残りドラマの全編に立ち合わざるを得ないわけである。

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筆者もまた、ここ十余年間、英子、愛子、菊江、静江、紀子たちが必死に演じるドラマにつき合って過ごしてきた。
このうち菊江は入院中であるが、英子、愛子、静江、紀子は他人(この中には当然筆者も含まれている)との関係を回復して、それなりに喜んだり、悲しんだり、悩んだりしながら生きている。

この本を読まれるかたがたの中には回復への道を模索している人も多かろうと思うので、私なりに重要と思われる諸点をあげておくことにしたい。

 

酒害者自身への助言

私は英子たちに以下のようなことを助言してきた。

(1)『本当に酒を止めたいのかどうか、もう一度考え直してみたら』

断酒への動機づけがしっかりしたという時点でアルコール依存症の治療の70%は済んでしまっていると筆者は思っている。
だから当面の私(治療者)の仕事は患者に「どん底」を体験させることだ。

未だそれを感じていないのなら、私の出番ではない。出番がくればいつでも登場する用意があることだけを伝えて、彼女のドラマに立ち合うことは避け、アルコール依存症についての一般的な説明をするに止めることにしている。
そしてその間、後述するような家族(周囲の人)への助言をつづけて行く。
彼女が「もう駄目だ」と思っていて、私に何かを期待してくれるのなら次のように言う。

(2)『週にN回私と会いましょう』

Nには、その人の状況によって1から5までの数が入る。
彼女は、自分の足と電車賃と時間をつかって、私の指定する曜日と時刻に、私の前にたどりつかなければならない。

「約束は破らないようにしてください。待ち合わせの時間にあなたが来ないと、私は裏切られたような淋しい気分になってしまいます」と言う。
酒は止められていなくても構わないが、欠席や遅刻は必ず取り上げ、それがなぜ生じたかを問題にする。
もし面接回数が、その人の能力(私という他人にかかわることに割けるエネルギー)より多すぎるようなら減らし、彼女が約束を守れる限界を彼女自身にわからせるようにする。

飲酒してしまうために来られないという人には面接日の前数日間、抗酒剤を使うように勧める。
ここでも、自分の“意志”に全幅の信頼を置こうとする人に、その限界をわからせる作業が必要になる。(続く…

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