女性とアルコール依存症(31/38)なぜ今、主婦の飲酒が注目されるのか

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《なぜ今、主婦の飲酒が注目されるのか》

キッチン・ドリンカーの主体は主婦であるが、その割合は女性症例全体の五割ていど(調査対象によってかなり異なる)ほどのものである。
主婦のアルコール乱用は表面に出にくいから実際の割合はもう少し高いかも知れないが、いずれにせよキッチン・ドリンカーは女性症例の一部に過ぎないのである。

それなのになぜ主婦の飲酒問題がとりわけ注目されるのかということになるのだが、理由のひとつとして”意外性”ということが考えられるであろう。

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酒飲みの夫に悩まされる妻の図は見慣れていても、「飲みすぎる女房」の姿には我々日本人は未だなじみが薄いのである。
夫も子供も失った不幸な老婦人や、反社会的な生活を送る一部の女性が酔いつぶれるというのであればまだわかるが、やさしい夫と健康な子供に恵まれたごくふつうの主婦がなぜそれほど飲むのか。そこに意外性があるのであろう。

理由のもうひとつは、それが現代の主婦に多かれ少なかれ共通した悩みの端的な表現と考られるということではなかろうか。
彼女らはたまたま飲める体質を持ち、飲酒に逃避できたからアルコール依存になった。そのかげには逃避さえできずに悩みつづけている無数の主婦がいるのではないか、というわけである。

第一の理由について言うと、この”意外性”は誤解にもとづいており、実は主婦こそ最もアルコール乱用を生じやすい立場にいる人々なのである。
女性としての心理的な成熟を欠いた人々であっても、独身で通していれば特に問題も起きないかも知れないが、結婚生活はこうした隠れた障害に照明をあててしまいがちなのである。
同様のことは男性についても言えるわけだが、多くの場合彼らには職場があり、そこで過剰適応的に振舞って社会的な男らしさを周囲に認めさせるという防衛の手段が残されている。いわゆるワーカホリック(仕事嗜癖)がこれである。

主婦の場合でも、大家族における嫁という役割が課されていれぼ、その中で過剰適応し、“髪ふり乱して働く、しっかりものの嫁”を演じることもできよう。
しかしせいぜいひとりかふたりの子供がいるだけの核家族ということになるとそうは行かない。
出産や育児に多忙な一時期、つまり生物学的な意味で”母”である時期を除けば「自分は一体何なのか」という疑問に捉われやすい立場に主婦はおり、その際夫との関係を通して自分の女性性の問い直しに直面することになりやすいのである。

結婚初期、子育てを終えた時期、夫が退職した時期(つまり夫の社会的同一性に重大な変化が起こる時)の三つが、主婦の生活史上の三大危機であるとよく言われるが、これらはいずれも女性に自己の性を見つめなおさせる時期に他ならない。
その際、性同一性に障害を持つ人々の最も手軽な防衛方法が飲酒、酩酊なのである。

現在、主婦の飲酒問題が珍しがられているのは、これまでの飲酒文化(特に我が国のそれ)が女性の酒に禁圧的であった結果にすぎない。
飲酒が女性に解放され、酒造会社が女性消費者の増加をむやみに煽りたてている現状では、早晩、事態は深刻化しようが、同時にこれを特殊視することもなくなって、”世間によくある困った問題”のひとつと受け取られるようになってしまうであろう。(続く…

female_alc.jpg※本原稿は1983年8月25日に(株)海鳴社より出版された「女性とアルコール依存症」(斎藤学著)からほぼ原文のままお届けしています。

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