夫を殴ってしまう(2/2)

オープンカウンセリング5暴力

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image051014_3.jpg 女が暴力をふるう側になっている場合、夫婦関係を引き留めているのは経済力の問題じゃないんですよ。引き留めているのは愛です。そこに信頼を持つことですね。普段からこうしてほしい、ああしてほしいということを夫に言うんですね。おねだりは、決して悪いことじゃない。おねだりの停止は怒りの爆発に結びつく。

──でも、「おねだり」し出すと際限がなくなってしまいます。

斎藤:際限がないものなんです。おねだりというのは。いいんです、それで。ただ、「心を読め」とか「言わないでも自分が思ってるとおりにしてくれ」とか、そういう要求はだめです。だからおねだりを重ねろと言ってるんです。愛が暴力に変質するとき、変質させるバイ菌は何かと言えば、自己評価の低さでしょうね。自尊心の欠如、ないし劣等感。「あたしがそんなふうに人に大切にされるわけがない」「こいつは裏がある」「もしかしたら私を好きになるなんて、重大な欠陥があるんじゃないか」とか。あるいは「私を好きになるなんてバカなんじゃないか」とか。これは自尊心の欠如ですよね。

ですから自分自身が自分に優しくなることが必要です。しかし、自分が自分を好きになるというのは、そう思おうと思えばできるというような簡単なモノじゃありません。相当努力しないと好きになれません。一番簡単な方法は、紙に自分の長所を書いてみることです。家に帰ったらすぐやってみてください。でもきっとあなたは、書いてみても書けないと思う。悪口なら20も30もさーっと書けるっていう状態なんじゃないでしょうか。自尊心が欠如してるんですね。

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だけどなんとかそれを一生懸命書いて、3項目でも5項目でも書いたらば、それを毎日朝晩、声を出して読む。書きっぱなしで読まなでいると、そのうち紙くずに紛れて捨てちゃいますから、それを毎日、正確に、書いたとおりに声に出して読むんです。それだけでいいです。「そんなことで自尊心なんか上がるわけない」と思うかもしれませんが、やってみないでそう思っちゃうのは良くないです。やってごらんなさい。確実に良くなりますから。で、3個あれば、1週間も3個の「いいところ」を見てますとね、「これも入れていいかしら」って、4個目が見つかる。5個目から8個目まではさささっとでてきちゃって、で、2週間もたつうちに30個くらいになりますよ。最初は簡単だったのが、30くらい読むのは結構大変ですからね、「なにを独り言いってんだ」なんて夫に言われたりして。長い自分の長所に関するリストができる頃には、あなたと夫との関係はずっと良くなってます。

でも私、今こんな話をしていてなんだか虚しいんです。だってきっとあなたはやらないだろうなと思うから。やれば効果があるんだけどやらないという人が多いですね。自尊心が低い人のそれが一番の欠点でしょ。「どうせ、私が何やったって利かないわ」というかたちの自尊心の欠如の現れですね。

image060314_1.jpg ──本当は殴りたいのは夫じゃなくて、他の人なんです。

斎藤:わかります。殴りたい人は別にいるんだって感じはね。それは多分親ですね。

だけどそういう時に、「殴る相手を間違ってる」という意識があって、たとえば「本当は親を殴りたいのに夫を代わりに使ってしまってるんだ」という意識をあまり強く持つと、自分の評価が下がっちゃうんですよ。自分の行為についてあなたの理解が進んでいるからこそあなたの力が弱くなってしまうんです。あなたが殴りたいものというのは、いまの夫の中にちゃんと姿を現してるんだから、殴りたくなるのはしょうがない。まあ、殴られる方はたまったもんじゃないですけど。

親の代わりを夫が演じてくれてるんだという意識を持つことは、夫への暴力は減らせるはずですよね。でも夫に「本当はあなたをぶちたいんじゃないんだよ」とぶたれた後で言われたって、夫にはあんまりわからないと思う。彼がだいたいあなたに惹かれた理由は、そういうあなたの、にっちもさっちもいかない苦しさだったんじゃないでしょうか。で、いまあなたがそのぐるぐる周りから抜け出すためにはですね、さっき言った夫婦の別れの場面を思い出すといいんですよ。つまりね、あなたが殴りたいモノを殴ってしまっては、あなたはその関係は得られないんです。

例えば、ほしいのがお母さんの愛や理解だとすると、お母さんのことは抑制して殴らない。それで「お母さん、いっぱい愛してくれてありがとう」というようなことを言える心境に自分を持っていくと、お母さんは混乱するわけです。あなたがいい子をやったら、「何か含むところがあるな」と思って気味悪がるんだけど、本気になって「お母さんありがとう」とやっちゃうと、お母さん混乱して「いやあ、至らない母で申し訳なかった」かなんか言い出すんです。

──至らない親、当たり前だ!

斎藤:今さら言うまでもないって? でもそう思っちゃうとおもしろくないじゃない。ゴジラがひよこに変わるみたいな変化は見てみたいものでしょう。ひっぱたきたい人をひっぱたいていたって、むこうは「ひっぱたかれるな」と思ってるんだから驚かなし、何も変化しないいでしょう。

──私がひっぱたきたいと思ってるとは、親は思ってもないと思います。

斎藤:ああ。思ってないならひっぱたいでもいいかもね。一回くらい。そうだとすると、夫との暴力でそのエネルギーを消費しない方がいいですね。赤穂浪士の討ち入りみたいな感じで、ためにためとくんです。やっぱりひっぱたくためには理由がいるでしょう。その理由づくりのために半年か1年かけるんですね。準備して「遺恨覚えたか」とかいって撃ちかかる。

あなたのお袋というのはどこに住んでるの? ・・・じゃ、3時間も新幹線に乗ればポカッとやって帰ってこれる距離なんだね。
お母さんと関係は持ってるんですか。電話かけたりとか。

──電話しないと怒られるんです。したくないのに。

斎藤:お母さんすごいね、猛々しい人だね。どうしてあなやはそんなにお母さんに手綱握られちゃってるわけ?

──わからない。

斎藤:そうか。ちいちゃいとき、いじめられてるとそうなるかもね。子どもって、いじめられればいじめられるほど、お母さんになつくんですよね、従順な子になるんですよ。

だからこれからみなさんに孫が生まれたら、子どもに言ってやったらいいですよ。「子どもはいじめて育てろ」って。そうすると親を捨てる子にならない。アカゲザルの実験でこんなのがあります。脳の扁桃核という情緒をつかさどるところを摘除しちゃったサルは、子育てができないんです。そういうサルに育てられた子どもは、踏んづけられてもけ飛ばされても、母ザルを必死に求めちゃうんですよね。それで結局踏みつぶされたりしてお母さんに殺されます。ほとんど育たない。健康なお母さんのもとにいた子ザルの方が、危ない目にあったらすぐに逃げるんです。

人間の子も、児童虐待のトラウマを受けている子の方が、いつまでも「親だ、親だ」といってますね。親を恨むのも、親を愛するのも同じでしょう、エネルギーとしては。「親だ親だ」といってると、いつまでも子どもやってられるから、もう一回子どもとしてやり直せるんじゃないかという幻想を持ってしまうのね。

でも私は子どもをもういちどやりたくないですね。子どもっていうのは欲しいものが自分で買えない。買ってもらわなくちゃいけない。あんな時代へ私は戻りたくないですね。でもみなさんやみなさんの子どもの中には「子どもじゃなきゃいや」っていう人がいるかも知れませんね。大人の方がずっと楽なんですがね。ただし大人には一つだけ問題がある。寂しいことです。自分で何でも方針を決めて動かなくちゃいけないから寂しいですよね。ここさえ耐えられれば、子どもの苦しさはもう味わいたくないと思います。あなたも早く大人になりなさい。見切ってしまうと「お母さんなんて、なんだただの婆さんだ」って思うようになるでしょう。

私がいまま見た中で一番すごい母だと思ったのは、念力でその子に頭痛を起こさせる母でした。その人は地方から面接に来ていましたが、いろいろとお母さんの話を私の前でして「こうして母の悪口を言えば、必ず私は苦しむんですよ」っていっていました。案の定、彼女は帰りの列車の中で頭痛や吐き気に苦しんだそうです。そのお母さんは薬局を経営してたんですが、今日は売り上げが悪いな、頭痛薬を売りたいなと思うと、子どもだったその人を横において「みててごらん」ていって、「うーっ」と念力をかける。すると頭が痛くなったお客さんがわーっと来るんだって。それから「今夜は鰻重が食べたいね」というと、鰻重をおみやげに持った人がやってくるんだって。その人は30歳を過ぎている人ですよ。それなのに「うちの母は怖い」と本気で恐ろしがっていました。でもそれから2年くらいたって、今ではその人、お母さんのこと「なんだあのババア」って言ってますよ。この人のことは少しデフォルメして『アダルトチルドレンと家族』(学陽書房)の中に書いたので、読んだ人もいると思います。あんまり強く親の影響を感じすぎちゃうと、別の人生が歩きにくくなっちゃいますよね。
お母さんとの対応については、また聞かせてください。どうもありがとう。くれぐれもご主人をご大切に。

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Posted by iff