捨てていってしまう私(2/2)

オープンカウンセリング5自己評価

このシリーズの最初の記事へ

image060224.jpg斎藤:お子さんの中で、悪いことする子が16歳と14歳で、末っ子は10歳でしたっけ。10歳の子はまだ、ゴミの中に埋まってるような状態じゃないんですね。それで別居というと、10歳の子だけ連れて行こうかな、なんて思っているわけ?

──ええ、そうなんです。学校を変わるのはいやがってますし、近くで連絡とれるようなところで生活しようと思ってます。

斎藤:ふむ。みなさんが自分の家族や自分自身の問題を考えるときに、自分を責める形でものを考えている時は、たいてい間違ってますね。そうなるとやることはうまくいきません。あなたの場合も、「私に問題があって、だから弟もお父さんも、子どもたちも、お母さんもこうなってしまった、そして夫も」というのは、ちょっとおかしいんじゃないかな。あなたは一生懸命やってきて、やれるだけのことやって今に至っているんでね、そういう自分に自分が優しくならないと。とにかく自分がやってることを許しながら先のこと考えないと、何やってもうまくいきませんよ。実際、自分でも一生懸命やってきたと思うんでしょ。

──はい。

斎藤:精一杯やってきて。で、今あなたが捨てなくちゃいけないものと、捨てちゃいけないものをはっきり分けることですね。
今あなたは周りのものみんな捨てちゃいたいような気分になっているそうですが、聞いたところ、10歳の子は捨てたくないみたいですね。ですから結局は拾っていきたいものもいっぱありそうだ。いま、「私が捨てたんだ」とおっしゃったものの中で、「これは拾っておいてもも良かったかな」と思うのはどれですか。16、14,10はみんな捨てるわけには行かないんでしょ。どれなら拾ってもいいですか。

──本音は、全員と仲良くなりたいんです。

斎藤:夫は、子どもが学校へ行かなかったり万引きすることに関してあなたに向かって「おまえが悪い」というのですか。

──いいえ。そうは言わないのですが、上の子が新たに悪いことしてくると、私がむかむかっときて夫を責めたりするんです。すると、そのいらいらがしばらく続いていて、「しゃべり方が怒ってるみたいだ」とか「何でも俺のやることにはけちを付ける」って、夫が言うんです。

===
斎藤:いいじゃないですか、前にも行ったように、こういうごたごたはご夫婦の間で多少はあった方がいいと思うんです。そうじゃないと、夫婦の間に何のコミュニケーションもないことになってしまいますからね。いやなことがあったときに、夫婦の間でだけ温かい会話があるというわけにもいかないてしょ。イライラをぶつけることはあって当然と思いますが。だけど、言いかたというものがありますよね。本気で罵られると相手もたまらなくなるでしょ。「これは演技よ」というわけにはいかないものですかね。「斎藤先生は、夫婦のごたごたで家がぐらつきだしているくらいがちょうどいいっていったけど、少しやってみる?」って。

つまり、別居の試みですよ。今あなたがおっしゃったこのは「全部かたづけてしまいたい」そして「人生をリセット」したいということだと思うんです。無理もないと思うし、おやりになってもいいが、実際に夫とゴタゴタしてから別居というプロセスを取るとくたびれますからね。
だから「結果としての別居」を先にやってしまう。子どもたちには「とてもあの夫とは一緒にやっていけない、お母さん別居することにしたから」といって、あなたは別の空間を持つ。で、夫は時々「母さんが心配だ」とか言いながらあなたのところへくる。つまり子どもたちとは別に夫婦の場所を設定するわけです。まあ、夫婦喧嘩どころか夫婦だけの親密な関係を作る方向への動きですが。結果としては「子どもたちとの間に充分な距離がとれる」ことになります。このように生活していると、子どもの部屋に盗品らしき高価なものがあるということに気づかずにすんでしまう。そういうものを見るからイライラするので、見ない方がいい。そうすると子どもたちへの嫌悪感もなくなるから、ときどき出会う長男や次男と温かく接することができるようになる。以前にも申し上げたと思いますが、「非行する子」は「引きこもる子」よりずっと扱いやすいのです。非行する子は「世の中の掟」に向かい合いたい子ですから、いずれ警察権力との対決という形で「厳しい父」と出会うことになる。その「厳父」の役割をあなたが担おうとしても無理です。無理で無効果だからあなたはイライラする。「厳父」の役割は亭主のものでしょ、と思うから夫にもイライラする。この辺を家族のレベルで留めたいと思うから問題が解決しないのですよ。盗むことの責任を問う仕事は社会にしてもらいましょう。警察の少年課あたりの出番ですかね。あなた自身は笑顔の慈母を演じていればいいのです。

それは決してあなたが子どもを「捨てる」ことじゃないのですよ。「手放す」ことです。手放すとは、子どもの活動エネルギーの増大にそって距離を遠くすることですから、逃げることでもない。上の二人のお子さんたちは、もうすでに、自分の生活をコントロールするお母さんを必要としていないのです。これを子ども側からみれば、「お母さんという統制してくる魔物を追い出すためにエレキギターや携帯電話を盗む」ということなのでしょう。せっかく子どもたちがそれだけ「努力」してくれてるんだから、別居してあげましょうと言うことで、離れるわけです。そのときに、夫や一番下の息子は大切なものだから一緒に連れて行く、あるいは出入りを許す。「上の2人は、来ちゃだめ」という。でも、どこかで二人と会うときはニコニコして優しい母を演じる。
こういうことで、多分上の息子二人の窃盗問題は消えて行くでしょう。「別居」をするなら夫婦喧嘩はするまでもない。夫は捨てない方がいいんじゃないですか?

──はい。そう、思います。

斎藤: あなたをみてると、ずいぶんしっかりとやってきたような気がしますよ。
あなたは母親を「切ってしまった」というけれど、お母さんが実質的に切り盛りしている事業に、大事な夫まで提供して、結果としては、すごく「いい娘」を、やりきってますよね。
このままだといい娘で終わってしまうから、母親に捧げた夫の一部をあなたの手元に取り戻す必要があります。
「切り捨ててきたんだ」というあなたの受け止め方が気になりますね。自分を責めているみたいで。そんなふうにお考えにならない方がいいんじゃないでしょうか。

──でも、「自分の親が大嫌いだ」なんていうのは、ふつうの人に話したら理解してもらえませんし・・・

斎藤:お母さんを殴る父なんか嫌ったっていいですよ。女癖が悪くて、女に子ども生ませてお母さんに世話させたなんてね、とんでもない。十分嫌ってあげてください。弟さんはあなたの髪の毛をむしって乱暴した人なんだから、こんなものとの関係は捨てちゃっていい。そしてそういう人たちを嫌う自分に罪悪感を持たないでください。
あなたはご実家に充分つくしてきました。お母さんに全生活を捧げているくらいです。夫まで捧げた。それで、「ちょっと与えすぎたな」と思うのも無理はない。あなたはお母さんが好きだったからそうしたんです。お母さんが不幸な顔をしてるのがとっても苦しかったのでしょうね。

──「跡を継いでくれ」と夫が言われたときには、私だけは猛反対したんです。夫が、「おれも事業やってみたいから」と言い出したので仕方なくて・・・

斎藤:反対し通すことができなかったのは、お母さんの愚痴の聞き役をずっとやってきて、お母さんの不幸を何とか和らげてあげたいという気持ちがあったからだと思います。だから、ちょっと大事なものだけど貸してあげるわ、っていって貸してあげちゃった。でも貸したら取り戻したくなってきた。それが、お母さんへの嫌悪感の正体だと思います。あなたとお母さんとの関係の中で感じるものと、あなたとお父さん・弟さんとの間で感じるものとを、「切り捨てた」と、同じ言葉で表現するのは適切ではないでしょう。弟を捨てたことと、お父さんを捨てたことと、お母さんに悪意を感じるようになったこととは同じことではありません。夫との間で違和感を感じるようになったことも、あなたとお母さんとの関係と同じではありません。夫の関係をより良くするためなら別居でもなんでもしましょう。お互いに愚痴を言い合えるほどに夫婦仲が良くなれば、子どもたちの問題もいつの間にか消えてしまいます。

新刊のお知らせ

斎藤学言葉集斎藤学言葉集(Kindleページにジャンプします)
トラウマ、サバイバー、家族問題、虐待、依存症、ひきこもり、自分らしく生きる…
これらの問題に長年取り組んできた精神科医斎藤学による講演集です。 講演会場での臨場感あふれる言葉の中に、生きてゆくヒントをたくさん見つけることでしょう。

自己評価

Posted by iff