さびしさの効用(一般質問)

質問さびしさ

読者からの質問

◇22才女性
私は現在22歳で派遣社員として社会人をしております。
お金もたまったところで、一人暮らしを始めますが、一つ心配なことがあります。
それは「寂しさ」の問題です。

image051027_1.jpg 一人になると、心がキューっと絞られたような息がつまるような切なさが発作的に起こり、ぼろぼろないてしまうのです。
これにより感情のコントロールがきかなくなりちょっとした物音にも震え上がり、しまいにはその物音に抵抗するかのように、物に当たり出したりします。一時期は手の甲に打撲の跡をつくり、友人から怒られました。

私の幼少時代を話しますと、私が生まれてすぐ、家が火事になり、ショックで口も聞けなくなり小さい頃から私は「解離」していたように思います。
母はヒステリックなひとで、おやつジュース類は一切口にさせてもらえず、曾祖母がくれたおやつを口にしようとしたところを目撃され、取り上げられたときに「鬼婆!!」と怒鳴ったら追っかけられて殴られたことが記憶にあります。

母は私の頭のてっぺんをよく殴るひとでした。それは私が抱擁を求めたとき、話し掛けたとき、物をねだったとき、全てにおいて私は母から否認のメッセージを受け取っていました。

母との関係で「安心感」や「自分はありのままでいい」という価値観や、「〇〇を取って」といっても人は反応してくれないといった、人に対する不信感を根底に抱えています。そのせいか、休日にどんなに人と接していても「実感」がありません。ありのままの自分で接することができないから、結局寂しさを抱えてしまうのだと思います。そしてその感情がこの年になり、爆発しているのだと思います。

自分にとってどうすることが一番よいのかわかりません。きっと斎藤先生は「こうしなさい」という教示をされることはないと思いますが、私のこの内容が、他の方がされるお話と合致する点、共通する点がございましたら、併せてご解答していただければ幸いです。

長々と失礼いたしました。

斎藤学からの回答

私の著作の中でさびしさの効用について書いた本に『自分のために生きていけるということ』というのがあります。この本のタイトルは出版社がつけたもので、私としては「退屈の精神病理」について書いたつもりでした。

退屈とは、「さびしさ」の感情の防衛として生じるもの、そしてさびしさには「大人のさびしさ」と「子どものさびしさ」があり、前者は創造の源で、人間にとって欠かせないもの、後者は赤ん坊のオギャー(欲求不満の表現)で、これも生き残りに欠かせないもの、という内容です。

お手元にあれば読み直してください。なければ買うなり、借りるなりして読んでみて下さい。
斎藤学

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さびしさ

Posted by iff