人と親密になれない

オープンカウンセリング自己評価,

相談者からの質問

◇32才男性

image051024_1.jpg 私には2人母親がいます。実母と継母。私は3歳で養子に出されてしまったのですけれど、継母が「子供ができない」という事情でもらわれたそうですが、どうも強引に引き取られたような事情があったらしいです。先月、実母のところへ事情を訊きに行ってわかりました。

養子にいってから養父は死んでしまって、母一人子一人の家庭になり、養母が夜働きに出るようになりました。「学校から帰ると私一人きり」という育ち方で、今思うと「隔離された」ような育ち方だと思うのです。
「そんなの隔離じゃない」という意見もありますが、「半隔離だった」と感じています。うちに帰って誰もいない。一人で晩ご飯食べて寝る生活が4歳から18歳くらいまで10何年間続きました。親の愛情を知らないで育った気がします。そのうえ、たたかれたりもしましたし、愛された感覚がないし「家族」という感覚が持てません。

中学時代にはいじめも受けました。大学までは地元にいたんですけれど、こんなところにいたんじゃしょうがないと思って就職で東京へ出てきたのですが、やっぱり何をしても人との関係もうまくいきませんし、行き詰まってしまう。最近はもう限界だ、死にたいという気持ちになってしまいます。「手首切ったら気持ちがいいだろうな」とか、「あと三歩前に出たら線路に落ちれる」とかいう思いがよぎってしまいます。
けれど、できればそういう思考の輪から抜け出したい。でも難しくて。

image051024_2.jpg 先月思い立って、実母に会ったのは、実母からはがきが来て、膵臓を病んで入院すると知ったからです。死なれる前に話を聞きにいこうと思って、半ば強引に会いに行ったんです。
僕を手放した時の実親の事情をいろいろやっと聞けて、それで少し自分も変わってきたのかなと思うのですが、それでもやはり頭の中が混乱してきて「限界だな」と感じてしまいます。もし継母に会っても、たぶん今は爆発して文句しか言えないと思います。とても混乱しているぼくが変わる可能性はどのようにしたら見つかるでしょうか。

斎藤学からの回答

image051024_3.jpg 斎藤:いろいろなカウンセリングを受けられたと聞いています。でもあなたにとって一番効果があったのは、セラピーよりも実母に会って

「なぜ私があのような子供時代を過ごさなくてはいけなかったか」

について説明を受けたことなのではないですか?
もしそうだとすると、そのことに絡んだ糸をたぐっていくことが、あなたの「なぜ私は生きなくちゃいけないか」という疑問に答えることになると思います。先月お母さんにお会いになって、あなたが「強引に引き取られていって、まるで自分たちから奪われたようだった」とお聞きになったことは、あなたにとって大きな救いになったろうと思います。

あなたは2人の女性に望まれた子で、片方の女性が片方に勝って、あなたを奪い取っていったわけですね。今のところ、あなたが紡いでいらっしゃるご自分の物語は、「他人に人生をいじられ動かされ侵入された子ども」という物語でしょう。それでそのことについて非常な怒りをもっていらっしゃる。怒りと抑うつはコインの裏表ですから、実はあなたは怒っているのです。その怒りは冷たかった養母に向かって出したいのですが、養母に会ったらよけい気分が悪くなるので出せない。多分、あなたにとって養母はおそろし過ぎるのでしょう。

継母への怒りについて、あなたはどの程度認識していらっしゃいますか? たとえば 空想の中で、殺したり、やっつけたりする場面を思い浮かべることはありますか。
そう。部屋をぶちこわしてやりたいとか、養母の大事にしていたアクセサリーなんかを壊してやりたいと? それをワークショップなどで表現なさったのですよね。それでも、あなたの気分は変わらないと。
image051024_4.jpg そうですか、それはまだ、感情の認知が抑制されているのだと思います。認知していても表現が抑制されているのかもしれません。
するとやっぱり、これは練習ですね。感情表現も練習です。「怒りの放出」とそれに伴う「悲嘆の仕事」をちゃんとやられるのがいい治療になると思う。ただこれは、ワークショップで一回わーっと泣けばいいという問題じゃないんです。この怒りを統合して新しい物語に転換していくときの種が、一月前の実母との出会いだと思います。

「人に運命を決められてしまった悲しい子供の物語」じゃなくて、「二人の女の取り合いになった玉」としての自分ですよね。「宝石」としての自分。「輝くもの」というイメージを自分の中にどれだけ植え込めるかということです。輝きのイメージを子供はもてるから、光を外へ出せるんです。それを失うようなときに人はだんだん衰弱していきます。あなたは自分の中の何を光と考えることができますか?
光と言われてもわかりにくいですか?  他人に示せるもの、誇れるもの、「僕はこれで生きているんだ」と思うもの、人に魅力的だと思われるもの、何でもいいからあげてごらんなさい。

──そうですね、ACの仲間のミーティングで、真冬にうちから追い出された経験を話しましたら、それ聞いてくれた仲間が「共感した、泣いた」と、後から言ってくれたんです。「力をもらえた」といってもらえて。後から仲間にいわれて気がついて、僕も人に力を与えたのかなと。

斎藤;あなたの中に自然に備わっている力の一つに気づいたということですね。もっといろいろな力があなたの中にあるのに、気づかれませんか。

──うーん。自分で「力だ」と思えるようなものは、何も。

image051024_5.jpg斎藤:彫刻家というのは石をモデルにあわせて彫っていく仕事じゃないんですってね。本当の彫刻家は、石にはじめから彫られている物体をとり出していくんですって。訓練を続けているうちに木や岩から自分がほしかった物体を取り出せるようになるんですって。つまり、彫り込んでいくんじゃなくて、余分なものを捨てて、取り出していく作業なんです。

いま、あなたという素材から、あなた自身がどういう像を掘り出すかという仕事に、これからかかるんです。たぶん、自分で考えているような自分とは全然違う自分がいることに、あなたは気づいていない。たしかに光っているのに、あなたは「何が光ってますか」と聞いても答えられないですね。それを、ある話をしたときに泣いてくれた、そして人がそれによって力づけられたといってくれたということを、他人という鏡に映してわかったわけです。
この話に「私もそういうところ多いな」とお思いになる方、沢山いると思います。そういうことを一言でいうと「自己評価が低い」ってことじゃないでしょうか。他人が気づいてることが自分には見えないということです。

私にいわせれば、あなたという人は、こんな生活史の中で、大学まで出て、就職して生活して、そしてこの場所を自力で探し出された。すごい力だと思う。「今の状態はおかしい、なんとかしよう」となさってる。

私はあなたの物語は今日初めて聞いたんで、今日以後はあなたの変化に関心を持ちます。こういう場合に人がどのように「自分」にたどり着くかということは、私にはとても興味深い。人のことを興味深いなんて言って失礼だなんて思うかもしれないけれど、私はそうは思わない。
人が人にしてあげられることはせいぜい関心を持つことです。自分に関心をもって見ている人の存在を信じることができるということは、あなたの回復を助けます。
よかったら、私に「あなたに関心をもって見つめるもの」としての役割をください。関心を持って見ている。それ以上のことは、すべてよけいなことだと思います。親が子どもにしてあげられることも、それにつきます。そう考えると、あなたは一番効果的な形で継母に復讐してますね。「姿を見せない。音沙汰ナシ」と。

養母に会いに行くタイミングですか? あなたの中で継母との出会いを求める気持ちが動きますか。ありますか。まだでしたら、自然に任せておいたらどうですか。会う必要やタイミングは、自分が知らせてくれますよ。そういうときは「いてもたってもいられない」という感じがしてきますので、何にもしなくても体がお母さんのところにいっています。それが出てくるまでは無理に行く必要はないでしょう。

image051024_6.jpg あなたには、巨大な穴ぼこがあるんです。それが埋められないとつらいんです。うめるのは対象です。でもそんな対象は手近に見つかるわけはないので、いまセラピーを受け持っておられるセラピストとの出会いを大事にしてください。というのは、そのセラピストとのスーパービジョンを通じて、私にあなたの情報が伝わってくるからです。私にインプットされる情報量が多い方が、私があなたのことを考える時間が増えます。直接のお手紙も歓迎します。それから時々こういうところであなたの姿も見ましょう。これが観客としての私の仕事になります。

人を求めてください。グループの仲間を含めて。特に「親密な他者」を作ってください。これはすごくむずかしいことです。人とは親密になろうとしてすぐなれるもんじゃないですね。親密そうに寄ってくる人のほうがかえってあぶなかったりします。だれか子分がほしくて寄ってくるという人がわりと多いですから。
「親密な他者」の役割をお金で買えるのが、セラピストです。セラピストは「親密な他者」を時間売りしてるんです。そんなこというとみなさんシラケてくるかもしれませんけれど、そういうものなんです。そういう関係の中で、親密性を練習していき、だんだん本当の親密な他者を得る方法を身につけていくのがセラピーなんですね。

私もそういう職業のものです。あなたの親密性を引き出す能力に、素人よりも長けています。そして、私からあなたが何か学ぶものがあるとすれば、それはそういう能力の付け方です。親密な他者との間では、あなたはそういう経験がないから知らないだろうけど、一緒にいて不安感を持たない。侵入されたり、限界をもたれたり、座ったとたんに去られたり、そういうことはないんです。何やっても怒らないってわけじゃないですよ。「あなたのそういう振る舞いは嫌いだ」なんていったりしますが、しかし、一定のルールの中では安全な存在であるものが「親密な他者」です。

たぶん、こんなこといっても、富士山のてっぺんの景色を御殿場で話しているようなものだと思うけど、ですけど、これから歩いているうちに必ずそういう関係が私との間に出てきます。つまり、親密な他者はいないと寂しいんですよ。あなたにはいないから、あなたは今、本当の寂しさをわかっていない。私というものと、うんと深く、魂のレベルでですよ、深く結びついてから私を失ってご覧なさい。そうしたら今の気分がどんなに寂しいものだか、そのときわかる。こういうものが親密な関係というのです。

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。

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自己評価,

Posted by iff