カルトの信者とクリニックの患者は似ている?

オープンカウンセリング宗教

相談者からの質問

私は昨年の秋までの7年間、X教会というカルトにいました。教会には大学生の時に入りました。みんなで共同生活をして、休みの日には伝導に出かけ、昼間は学校に行っていました。大学を卒業してからは昼間は普通の企業で働いていました。私には教会が決めた婚約者がいることを知って驚いた父が、別のキリスト教会に救出を頼み、私は「救出」されました。

その救出の方法ですが、私が信頼している知人の家に遊びに行ったところ、帰る間際に待機していた人にいきなり羽交い締めにされて、とあるマンションに連れて行かれたのです。そのマンションには窓の全部に鍵がかかっていて、扉にもチェーンロックがしてあるような状態でした。X教会ではこれを「拉致監禁」と呼んで恐れていましたし、そこに母が乗り込んできて、傷つくような言葉で私を罵倒してきたりして、私にとってはかなりひどい精神状態でした。

image051003.jpg この救出してくれた男のかたとはうまくいかなくて苦しみました。このかたがカルトを辞めたのは、「自分はそこにいるとき、親に嘘をついていて、それが苦しかった。親がやめろといったからやめた」という理由なのだそうです。私にとっては、親の意見というのはとんでもなくとんちんかんなことが多くて、いいことでも何でもかんでも反対されていたという実感がありますから、どうもこのかたとは話がかみ合いませんでした。私が「私は教会を出ても行くところがないんです」といっても、「こんなに人に迷惑をかけているのに、まだわからないのかよっ」なんて言うばかりで、本当にそのかたとはうまくいかなくなってしまいました。

カルトの誤った教えをやめさせるには、正しく聖書を理解すればよいのだそうで、私もこのかたから「聖書」のレクチャーをうけていました。けれどもこの人は牧師ではなくただの信者ですし、あまり教えかたもうまくないし……。別の信者のかたが「この救出はゆきづまっている」と感じて、牧師さんに来てもらったのです。今はこの牧師さんに面倒を見ていただています。でも、この「救出」してくださった男性が、牧師さんにライバル意識を持っているようで、「いいや、自分がやってみせる」という気があるようです。自分をカルトから解放したはずのキリスト教会内にも、こんな人間関係があることを見てしまったうえに、学んでいる聖書に「人の罪を見てはいけない」なんて言葉が出てきたりすると、「感情鈍磨しろってのか」なんて、反抗的な思いがわいてきたりして、聖書の勉強がいま、なかなかうまくいきません。

また、今でも時々、寝ているときに、昔、親に振るわれた暴力などにうなされて目を覚まし、絶望感におそわれます。こんなことを繰り返しているのです。

———————————————-
私の父は貧しい家庭で育ち、中学生の時から働いて、世間に踏みつけられながら育った人です。歯を食いしばって大学に入り、社会的な地位を手にしました。母は依存的な性格と夫(私の父)の暴力が重なって、精神の病気になり、私が中学2年の時に強制入院させられたのですが、その強制入院の様子は、私の今回の「救出」と似ているような気がします。父は、自分で暴力を振るって母をずたずたにしておきながら、もう使い物にならないし世間体も悪いからと病院に入れたわけです。

私には兄がいたのですが、両親の期待を背負った、良くできた子でした。兄も私も、父の「大学に行かないと一生苦労する」という思いにそのままとりつかれていました。私は、テニスという好きなことがありましたし、殴られても蹴られても「今馬に乗らないと私は死んじゃう」という意志がもてて、歯を食いしばってこられましたが、兄は何でも父の言うなりで、自分が何をしたいのかってこともはっきりしていなかったようです。けれど父の言うなりに大学院も出たときに、父が大学に残れと言ったのをとうとう押し切って、「自分には向かないから」と就職を選びました。ところが、生まれて初めて自分の意志を言えたと思ったら、急死してしまいました。

image051003_2.jpg この私の「救出」をしたかたが、有名なジャーナリストのカルト批判の本をどっさりもってきて、私は他にすることもありませんし、早く楽になりたいので、片っ端から読みました。本には「カルトに入ると、こうなって、こうなるのだ」と、マニュアルのように書いてあるのですが、実際は、一人一人、教団に入った経過も違っていますし、入った部署によっても状況は大きく違います。ですから、こうした本もピンと来ませんでした。ところが、牧師さんに勧められた斎藤先生の『インナーマザーは支配する』という本を読んだら、ハッとするところがいろいろありました。それで、今、クリニックへ通い始めたところなのです。

それで、先生に質問なのですが、『インナーマザーは支配する(現:インナーマザー)』の中で、「オウムの信者とクリニックの患者を見ていてとても似ていると思った」ということが書かれていたのですが、それはどのような点でそう思われたのでしょうか。

斎藤学からの回答

image051003_3.jpg あなたの質問は結構難しいので、あの本の中にもちらっとしか書いてないと思います。「カルトは機能不全家族に似ている」と書いてあるけれども、どうしてそうかってことは書いてないでしょう。

別にオウムの信者と仲がいいわけじゃないですし、道場に通ったわけでもありませんが、テレビであの信者さんたちを見ていて、「なんだかよく似てるな」と思ったのです。
例えば、東京のS町へ行くと、似たような髪型の、似たようなスタイルの、似たような雰囲気の人に大勢会います。S学会の信者さんです。私はS町の慶応病院にいましたから、それを知っているのです。そのあたりのレストランに入ってウエイトレスさんの顔ぶれをみるとS学会の店だとすぐわかることがありました。それで、「ああ、一つのドグマは一つの人間を作るんだな」と思ったものです。

私の関心は、人格はなぜ、どういうふうにつくられるかということです。それと、それを変えていくことはできるのかということです。それで、私は、人格は家族内の人間関係が作るものだと思っていますから、家族のような濃い関係が人格を変えると思っているわけです。

では人格とは何かというと、人格とは人間関係のパターンのことだといえると思います。それでは人間関係とは何かと言えば、人間関係とは人間関係に関する記憶であると。こうしてとどのつまりは記憶の問題になってしまいます。人間関係についての記憶が皆さんの人格です。それがとても悪いものであれば、皆さんは意地悪な人になるし、温かいものだと思えば、人にも温かくなれる。こういうものですね。

いま、あなたのお話を聞いていて、おもしろかったのは、言葉が逆になっていることですね。「救出」といえばふつう、楽になることですよね。それなのに、車に乗ったところを羽交い締めされて、マンションに監禁されて、どっさり本を「読め」と言われて、強制的に聖書を読まされて。

image051003_4.jpg 宗教への入信は自発的にするものですよね。確かにあなたも誰からも入信を強制されたわけではない。強制されてはいないけど、あなたの育った人間関係というのは、あの教団に入信しなくてはならない必然性を生んでいますよね。別にX教団のX先生じゃなくてもいいんだけど、強力で巨大な権力を持った「父」が、暴力的とも言えるような強烈な教義であなたを誘ったら、きっとあなたはついて行かざるを得ないと思います。あなたはそれがどんな形であっても、この手のものを必要としていたように思うのです。「正しいお父さん」です。優しくて、強くて、愛で包んでくれて、あなたを「そのままでいいよ」と言ってくれるような。たまたまあなたの出会ったのが、X先生をお父さんとするようなX教団だったのです。

わたし、とても気の毒だと思うんです。あなたは「拉致監禁」みたいな状態を「救出」と呼ばなくてはならないような状態にあること、また、一方で、カルト教団にお父さん、お母さんのような存在を求めざるをえなかったこと。

私のクリニックへ来る人たちは、神を求める人たちだと言えると思います。これを始めた頃は、問題を抱えた人の親たちも対象にしようと思っていました。50〜60代の人々です。でも今の来ている人々の平均年齢は29歳と30歳の間です。当時書いた『アダルト・チルドレンと家族』が大きかったのかなと思います。やっぱり、理想のお父さん、お母さんを必要としている方が多くこられたのではないでしょうか。

私自身が、そういう若い人たちの「神さま」「お父様」にされそうな危険性がありました。それでわたしは、徹底的にそれをはずしていきました。そんなの簡単です。「教祖様だ」と思わせるのは大変ですけど、「教祖失格」だと思わせるのはそんなに大変じゃない。いかに自分がバカで無能かを見せればいいのですから。いい加減なことをいって皆さんを混乱させればいい。「ドグマ」はスッキリしてます。原因、結果、そしてハルマゲドン。そこにいたるまでの筋道がとってもスッキリしている。私の話を聞いていておわかりの通り、私の話は支離滅裂で矛盾しててぼやけているでしょう。そして皆さん、私に「教祖」や「父」を求めることをあきらめて、別のところに教祖様を見つける人もあるし、または、カルトをはずれても生きていける自分を発見する方もいる。

クリニックにも、カルトを抜け出た人の自主グループがあります(正確には患者たちがそのようなグループを作る時もあり、それが消える時もある。今現在はないが、JUST(日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン)が「(宗教カルト・自己啓発セミナーなどからの)脱会者のためのグループ」というミーティングを開いている)。ここは時々すごくもめます。例えばAという教団から抜けてきた人がいます。その人がグループでA教団での出来事を話す。すると中には別の教団から逃げてきてA教団に入った人もいて、この人から脅迫電話がかかってきたりする。私はこういういきさつをメンバーからの手紙などで知るのですが、自主グループですから、私が出ていって「ああしろ、こうしちゃいけない」とは言いません。

私が言うのは、「皆さんの求めているものは家族だ」ってことを認識してくれということです。どうして自分が家族のなかで「お父さん」や「お母さん」を求めなくてはいけないのかに気づいて欲しい。私が言う「お父さん」「お母さん」は、性別には関係ない、役割のことです。例えばシングルマザーなら、一人で「お父さん」役割も「お母さん」役割もやっていることになります。
「お母さん」は、その人を包み、承認する存在です。なにがあっても「あんたが好きよ、あんたが大事だ」と言ってくれる。「お父さん」は「これが正しくて、これが正しくない」と掟を課していく存在。「お前はうちの子、君はよその子」と区切る存在。善悪を区切ったり、子どもが優しい「お母さん」と一体化して溶けていってしまうのを防ぐ存在です。

image051003_5.jpg あらゆるカルトはすべて「親教」だと思います。何か大きくて強い存在がどっしりといて、その人がすべて何でも知っていて、自分は何も知らない無力な存在である。というのが教義の底に一本流れています。「親教」は言います。「子どもなんだから、親の言うとおりにしなさい」って。そして、子どもは何も知らない責任のない立場なんですから、都合の悪いことがあると「親のせいだ」と言うことができる。そこへ、「そんなこと言ってちゃだめでしょう。あなたたちが自分で親になる力は充分あるでしょう」ということをわかってもらう。ここで、親を求めるのではなくて、子と子でも親と親でもいいから、対等な関係を仲間との間に作ったらどうですか、というのが私の提案です。
「お父さん」「お母さん」を求めて私のもとへやってきたけれど、それが得られないことに気づいて、代わりに対等な関係である「仲間」というものを見つける。こうなったときにはドグマをあきらめていますね。「これを守っていればいいことがある。これに反すると悪いことが起きる」、そんなドグマを捨てられるのです。ドグマを捨てて、日々、その場その場で自分の頭で考えて動くと言うことができるようになります。自分の頭を使う生活。あなたはそれをなさることですね。

長い話になりましたが、私、カルトから来た人って、共感できるんですよ。大好きなんですよ。だって、私自身、「世間様教」というカルトの脱会者だったんですから。それにカルトから来た人はあなた同様「かわいそうな子」が多い。あなたの場合、お父さんが殴る人、お母さんはもう壊れちゃって、本当ならもう自殺しちゃっててもおかしくない人でしょう。お兄さんなんか、お父さんが怖くて怖くて、それでもやっとお父さんに反抗したと思ったら罪悪感に圧倒されて死んでしまった。あなたご本人も、お母さんの強制入院と同じような体験をさせられてる。でも、あなたは生き延びました。「神に忠誠を誓う」ということをやって生き延びたわけです。

おわかりになりませんか?神に忠誠を誓うというのは、たとえ、一家皆殺しなんていうひどい目にあったとしても、希望を失わないで生きていくということです。私たちは遺伝子に「生きろ」という命令を書き込まれているから生きている。そして同じ指示に従って死ぬ。あなたはそれに忠実だったのです。X教団に入って、拉致監禁によって「救出」されて、踏んだり蹴ったりでも生き延びていらっしゃる。

聖書を教えている牧師さんは、X教団批判の本と一緒に、私の本も差し出してここへ来ることをすすめたそうですね。それは、その方が、あなたのことを、X教団を抜けてキリスト教信者になればいいと思ってるのではなくて、解放というのはその人が自分で見つけていくものだとお考えになっているからだと思います。

あなたは親を求めてここへ来たのかもしれないが、私はあなたに「合同結婚式」を強制しません(笑)。私は決して、「幸せのかたちとはこうだ」なんて、決めません。あなたにとってハッピーな生活とは、たくさん悩むことだろうとおもいます。悩みを正面から引き受けて一つ一つ解決する生活をこれからなさっていくといいと思います。「こんなところへ来たのはいいのか、悪いのか」ってことも含めて、いろいろお悩みになることをおすすめします。

新刊のお知らせ

斎藤学言葉集斎藤学言葉集(Kindleページにジャンプします)
トラウマ、サバイバー、家族問題、虐待、依存症、ひきこもり、自分らしく生きる…
これらの問題に長年取り組んできた精神科医斎藤学による講演集です。 講演会場での臨場感あふれる言葉の中に、生きてゆくヒントをたくさん見つけることでしょう。

宗教

Posted by iff