『すべての罪悪感は無用です』(3):お別れの言葉に代えて

 生きるのが怖い少女だった頃を振り返ると、「私はなんと傲慢な人間だったのか」と思います。

「すべてを完璧にこなさなければならない」「けっして誤ってはいけない」「だれから見ても、どこから見ても優れた人間でなくてはダメだ」・・・そんな人間など、この世のどこにも存在しないのに、そんな人間になろうとあがいていたのです。これを傲慢と言わずしてなんと言えばいいのでしょう。

私たちはみな不完全

 私たちはみな、できないこと、足りない部分をかかえた不完全な人間です。でも、だからこそ、そんな自分を受け入れ、必要としてくれる人を必要とします。「そんなあなたが一番好き」「そのまんまのあなたでいいよ」と言ってくれる人を求めます。

 そういった他者との出会いが、どこにでもいる「そこいらの人」は、その他者との関係性のなかで「唯一無二のかけがえのない存在」になれるからです。

 もう、自分を責めることは止めましょう。無理に「必要とされる人になろう」としなくても大丈夫です。「特別な人間でない」と、嘆く必要もありません。そんな罪悪感は、本来、持たなくていいものなのです。

新著を構成する機会

 このたび私は、斎藤顧問が今まで書いてきた文章や発言を集めた『すべての罪悪感は無用です』(扶桑社)という新著を構成するという機会をいただきました。

 これもまた、私が不完全な人間であることを受け入れたがゆえの賜です。完璧な人間であろうとし、そうではない罪悪感にとっぷり浸かって生きようとしていたのなら、このような本を手がける機会はきっと訪れなかったことでしょう。

新相談室へと引き継いで

 残念ながら、IFF・CIAP相談室は2019年1月31日を持って閉室となります。

 しかし、私が斎藤顧問との出会いによって得たもの、学んできたことは、変わらぬ斎藤顧問の教えの下、新しい相談室へと引き継いでいきます。
 これからは、その新しい相談室が、無用な罪悪感に囚われ、自分を責め、孤独の中で苦しんでいる多くの方の一助となるよう、せいいっぱい努めていきたいと考えています。

 みなさま、長い間、ご愛読いただきましてありがとうございました。IFF・CIAP相談室の存在が、そこでの私の小さな働きが、少しだけでもみなさまのお役に立つことがあったとしたら、幸いです。

Posted by kizuki