『すべての罪悪感は無用です』(2):お別れの言葉に代えて

 記憶のページをたどってみると、私が、はじめて斎藤顧問の著書『生きるのが怖い少女たち』に触れたのは10代の終わり頃だったのではないかと思います。
 その頃の私は、自分の能力の限界と現実に直面しながらも、それとはかけ離れた理想や未来を描き、あがいていました。

 自分の人生に自信が持てず、見えない将来におびえ、だれからも必要とされる「特別な人間」になりたがっていました。そんな「特別な人間」でなければ生きている価値が無いと思い、自分自身を責めていました。

 世界を股にかけて活躍している人を見る度に「私がここに生まれ、生きている意味はどこにあるのか」と悩み、紛争地域の話しを聞いては「自分のようなものがのほほんと生き延びていていいのか」などと逡巡していました。

私も「生きるのが怖い少女」だった

 そんな罪悪感をたっぷり抱えていた私は、間違いなく「生きるのが怖い少女」でした。同書のまえがき(5ページ)に、斎藤顧問はこんなことを書いています。

「彼女たちの多くは“良い子”であり、自分と自分の身体を親や世間の基準にあった“上質の製品”に仕上げようと躍起になったあげくに、生きるのが恐くなっていた」

それから○十年

 それから○十年が経ちました。
 結局、私は、ただの平凡な人間、どこにでもいる「そこいらの人」として今も生きています。
 
 将来はますます見通しが立たず、できないこともさらに増え、いよいよ自分の能力や体力の限界を知るようになりました。

 でも、この○十年の間に、「人間、ちょっとやそっとのことでは死なない」ということを学びました。「やってみるとどうにかなった」経験を積み、「否が応でも人生は前に進む」ことも知りました。

 そして、足りなくて、至らなくて、不十分な私でも「それでもここまで生きて来た」と思えるようになりました。
「人間なんて宇宙の星屑。チリから生まれて、チリに還っていくだけの存在なんだ」と、開き直れるようになりました。

 こうして「生きることに怯えていていた少女」は、「殺されてもかんたんには死なないおばさん」に変貌を遂げたのです。

Posted by kizuki