2007年07月20日
検討方法(1) 損益分析(メリット・デメリット)
さて、前回にお約束していたように、今回から数回にわたって認知行動療法の技法を幾つか紹介する。改めて、すごい技法を出していくのでもなく、まずは基本から認知行動療法ではどのように話を進めていくのか、見てください。
最初に紹介するのが、損益分析です。簡単に言うと、メリット・デメリットの検討です。簡単すぎて、もう終わってしまった。以上で説明を終えることのメリットは、
<メリット>
・ 私がこれ以上書かなくて済む、
・ 私の目が疲れない、
・ 読者の方は想像力がたくましくなる、
・ PCの稼働時間が減って省エネに繋がるかもしれない、
・ じっくり読んでもらった後での実りのない文章を後悔してもらわないで済む、
などがあげられよう。
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一方、あえてデメリットも探してみると、
<デメリット>
・ 意味がわからない人がいる可能性がある(読めば分かるという保証はないが)、
・ 期待を裏切られて不快な感情が出てくるかもしれない、
・ 私が「書く」と言ったことに対して適切に書いていないという罪悪感にとらわれる可能性がある(かなり弱い)、
・ 私の脳の働きが鈍くなる
・ 認知行動療法に対する希望を失わせてしまう可能性がある、
・ 今日の話題が一つ減る(このブログが話題になるとは思わないが、ブログの内容を自分の話として活用している人はいるかもしれない)、
などがあるかもしれない。
ふざけているつもりはないが、メリット・デメリットは出来る限り多くの可能性を網羅したほうが良い。多くの事柄に対して、メリット・デメリットの検討は行うことができる。
例「このブログを見ることについて」「今日の仕事をやすむことについて」「(想っている人に)告白することについて」「予定を変更することについて」「今現在抱えている不安をそのまま考え続けることについて」「食事を1回抜いて、小遣いの節約とすることについて」「禁煙することについて」「買いたいものを購入することについて」「怒っている相手に対して、怒りを意識し続けることについて」「自分が損したことを考え続けて時間を使うことについて」など、はっきり言えばありとあらゆることが検討の対象となる。
ここで大切なことは、物事を行うかどうか、という検討だけでなく、考え方を継続するかどうか、その気分を維持させるかどうか、といった自分の内的な事柄に対しても検討の対象となることである。問題を何とかしたいという人がよくいるが、それを何とかすることのメリットもある一方、それを何とかすることのデメリット、つまり、問題状況を継続することのメリットさえもしばしば見つけることがある。
それらを検討することが、自分の行動(外的・内的な)を決めていく手助けになることはある。
頭の中で考えるだけでなく、是非、検討したいことについて白紙の真ん中に縦に線を引いて、メリットとデメリットを書き出して見ることをお勧めする。

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2007年07月23日
検討方法(2) 二重の基準法
AさんがBさんに相談をされました。
「パートナーのCさんとの仲がうまくいっていないので、このところ何事もやる気が出ないの。どのようにしたら良いと思う?」
といったものでした。
Aさんは、BさんがCさんとうまくやって行きたいし、まだまだ何とかやっていけそうだという事を話を聞いて感じていたので、「大丈夫よ、心配しすぎよ、きっとそのうちうまく行くわよ」とアドバイスをしていました。
そんなある日、Aさんは自分のパートナーであるDさんと喧嘩をしてしまいました。そしてAさんは、
「Dと喧嘩するなんて私はもうダメだ、Dはもう私のことを嫌いになってしまったに違いない。Dとはもう仲直りは出来ないんじゃないかな。どうしよう」
と考え、憂うつになってしまいました。
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その状況をBさんが聞いて、
「あら、あなたは私に言ってくれたじゃないの。おかげで何とかなると思えて、実際に何とかなって今は大丈夫よ」
と言ってきました。しかしAさんは、人には言えるけれども、私はそんな考えではダメなのよ。と思って、何ともならずに落ち込んだままでした。
以上のようなことは、日常でもないでしょうか。人に対しては寛大になれるのに、自分自身に対してはとても厳しくなるのです。
そこでは、人に対する際の基準と、自分に対して課している基準が一致せずにあり続けます。端的に言えば、自己矛盾なのですが、そういうときに限って「人は人、自分は自分」と境界線を持った発言が出てくるのです。
このアプローチでは、何故二つの基準があるのか、それらを統合していくように働きかけていきます。人に接するように自分に接することが出来ないことで、時により悪循環となることもあります。自分に厳しいのみならず、自分に対して否定的になってしまっている時に、自分自身がその困った状況を維持させる役割の一端を担ってしまってもいるからです。
人は否定的に接せられると、態度を硬化させやすくなります。自分に対しても同様なのです。自分が自分に対して否定的に関わる時に、知らず知らず自分の緊張感や不安は高まっていきます。その状況では、なんとか自分に対してより厳しくすることで状況を改善させることはかなりの力仕事となります。
どうしてもこのような考えから離れられない時には、人に対する基準を幾つか書き出してみます。
人に対してと言っても、相手によって様々異なっていることがあります。また、それと並べて自分に対する基準、そしてそれに加えて、最高に高い基準も一緒に並べて見ると良いでしょう。最も高いと思われる基準も並べてみることで、自分に対する基準に対して少し距離を持って眺めやすくなり、検討がしやすくなることがあります。
自分に対して厳しいのもいいですけど、建設的に厳しくしたいですね。
ちなみにAさんは、
「あら、喧嘩を絶対してはいけない仲良しの関係ってあるのかな」
と考えて、自分に対する基準を
「喧嘩しても何とかなるや」
という辺りに落ち着かせたようです。
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2007年07月27日
検討方法(3) 選択肢を考え出す
続いてオーソドックスな方法ですが、選択肢を考え出す、という基本に戻ります。
これは、どんな場面においても選択肢はある、行き詰ってどうしようもなくても選択肢はある、という考えの上に行うものです。
難しい話をすると、ジョージ・ケリー(1995)は構成的選択論を提案しており、その方法を提案している。また、アメリカのウィリアム・グラッサーは1960年代に現実療法を提案していたが、近年に入って選択療法、と言い換え、その理論を選択理論と呼んでいる。
この現実療法も、認知療法を似たところが多々ある。何事も選択が出来ると言うことなのです。
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例えば、知らず知らずに取っている行動も、選択なのです。心臓を止めるということは出来ないでしょうが、映画などを見ていると、一時的に止めて仮死状態になることは出来るようです(詳しくは不明)。
また、チベットの修行僧で極めている人は、心臓のみならず呼吸とか様々一定のところまで意識してコントロールできるようにまでなると聞いたこともあります(これも実際に見たことではありません)。
きっと、それらすらも選択なのかもしれません。
憂うつな状態にいる人は、憂うつそうな表情をしていることが多いでしょう。しかし、これなども選択であると言うことは明らかです。
憂うつさを露ほども感じさせないほどににこやかに振舞うことが出来る人もいるからです。必ずしも感情を抑圧するということでもなく、ただ憂うつな表情を安心して出せる場所を選んでいるということなのでしょう。
このように考えていくと、「そんなことは出来ないから、選択肢に入らない」という方がいると思います。そのように考えるのも一つの選択肢です。
同じ時に、「今はうまくは出来ないけれども、やってみる」「うまく出来ている人を観察したり、話を聞いてみる」「以前どのように同じような状況を乗り越えたか振り返ってみる」「しばらくひきこもって感情が通り過ぎるのを待つ」など、様々な選択肢は持ちうるのです。選択肢はあくまでも選択肢であり、それを選択しなければならないものではないのです。
選択肢を考え出す時に、一つの状況において少なくとも3つは探し出す必要があります。一つでは選択肢と言えませんし、二つでは選択肢ではありますがしばしば白黒思考といった、成功/失敗、正しい/間違っている、勝者/敗者、といったところに落ち込みやすいので、適切な選択肢を持つためには、3つは必要でしょう。
また、選択肢を検討していく際に大切なこととして、考えと事実をわけることは大切です。
しばしば自分の持つ考えを「事実・真実」と思って選択の余地がないものだと思い易いのです。
例えば、「Eさんが私を責めた」、と考えているFさんは、「Eさんが私を責めたのは事実だ!」と信じているかもしれませんが、Eさんが強くFさんに指摘した、ことをFさんが「責められた」と取っているに過ぎないことがあります。
確かに、Eさんの言い方は強過ぎるとかあったのかもしれませんが。もう一点は、真実とは複数あるということです。コインの表を見ている人は、菊の模様を見ているかもしれません。
しかし、同じものを見ながらもその裏の数字を見ている人は違うコメントを述べるかもしれません。出来るだけ沢山の選択肢を、明らかに選択しないであろう選択肢をも探しておくことも有効です。
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2007年07月30日
検討方法(4) 自分のスキーマの源への手紙
次の検討方法は、自分自身に対し、または自分がネガティブな考えを抱くに至ったきっかけとなった人(たち)に対して手紙を書いてみることです。
認知療法に限らずとも、トラウマワークなどでも活用されることのある方法ではあります。
このような作業をする時には、しっかりした態度で自分の意見を主張するつもりで書いてみてください。その時に自分がどのように感じたのか、そして今、そのことをどのように考えるにいたり、この作業をしながらもどのように感じているのか、書いてみてください。
書いたものを本当に相手に送ることを考えなくて良いです。書いたものを後から振り返って自分の変化を確認する為に使うことも出来ますが、どうしても手元においておきたくない場合には、安全な場所に保存するのか、破棄してしまうのも状況によっては仕方ないでしょう。
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今まで誰にも言えなかった事、これからも誰にも良いたくないであろうことをあえて書き出すこと、そのような作業を行うこと自体が有益だという研究結果も報告されています。
書く時に、すごく感情的にならなくてもいいのです。泣きながら書かなければ意味がないわけでもありません。
自分の中にある感情を書き出していくことや、秘密の事柄に対して向き合い、自分の中ででも明らかにしていくことが大切なのです。
同じテーマについて繰り返し書いたとしても、日によって内容が変わったり感じ方が変わることもあります。それは自然なことです。そのようにして分かりやすく変化を感じることもありますし、知らず知らずのうちに行動等が変化しやすくなることもあります。
どうしてもこのような作業が難しく、自分の考えに対抗する考えが出てきて自分の中で戦いが始まってしまうといった体験をするかもしれません。そのような時は、自分はどうしたいのか、どのように考えたら楽なのか、自分は嫌だけれども、一定の考え方のくせ、ネガティブな考えを抱かされてしまっていて、それはどのようなものなのか、その時にはどんな嫌な感情が出てくるのか、書き続けてください。
毎日書いても良いですけれども、どうしても困難を感じる時には休むことも必要でしょう。それも自分の「なんとかしていきたい」という気持ちの強さによって対応していければよいので、何が何でも自分がどんな状態でもやらなければいけない、と苦行をする必要はありません。
このような作業は少し負荷の掛かるもになるかもしれませんが、一定の期間を決めて、自分に取り組むつもりで進めてみてはいかがでしょうか。
その一定の期間が過ぎたときに、改めて自分の中で、自分の状態を振り返ってみても良いかもしれません。
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2007年08月06日
検討方法(5) ホットスポットの同定し、感情を探る
感情のホットスポットといわれるものがあります。ある文章を読んでいたら、急に引き込まれて過去の記憶が出てきたり、イメージにとらわれるような感覚に陥るかもしれません。
また、自分が気にしていることを目にした際に、知らず知らずに涙が流れたりすることがあるかもしれません。
例えば、子育て中の母親が、世の中の様々な事件を聞くにあたり、昔はそれほど感情が出ることは無かったのにそのような情報に接しただけで涙してしまう、といったこともその一つでしょう。
自分の中に知らず知らず出てくる強い感情です。
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ホットスポットにおいて感じる感情は必ずしも熱い感情だとは限りません。
冷たい感情を感じることもあります。妙に感情がなくなるような感じがするのもその一つです。すごく怖い思いをする時に、熱い恐怖を感じずにスーッと背筋が凍るような感覚を感じるようなものです。
ホットスポットでは、逆に感情が抑えられてしまって感情がなくなってしまったかのように感じることもあるのです。
人により、ホットスポットの場所は異なります。自分はどこにホットスポットがあるのか、以上の様な感覚を確認しながら検討を進めていくのです。
本を読んでいたり、映画を見ていたり、TVをなんとなく眺めていたり、日常の噂話をしている時などにも、ふとホットスポットに触れることがあります。そのようなことは特に問題ではありませんが、自分がどのようなホットスポットを現在持っているのかを知っておくのは大切なことです。し
ばしば克服したいと思う問題が感情と密接に関わっていることもありますので、自分の感情を理解するためにも大切なことです。
ホットスポットは、すぐになくなるとか消えるといったことはありませんが、ライフサイクルや自分のおかれている状況によって変化していくことはあります。
そして、ホットスポットを明確に出来て、どのような感情が自分の中に生じるのかもはっきりさせることが出来て、それに備えることも出来るようになる練習を積むことも進めていけるでしょう。
自分の苦手を克服する、と言うこともあるかもしれませんし、それはそれで素晴らしいことですが、かといって苦手が全くなくなると言うことでもないのかもしれません。
一つのくせが無くなるということは、異なったくせを身に着けるということでもあります。どんなにくせをなくそうと思ってもなくなるものではありません。
苦手なことも無くなっていっても、更に新しい苦手な事が出てくるかもしれません。いや、苦手だと感じているからこそ勇気を奮い起こせると言うこともあるかもしれません。苦手も有用です。
自分の事を知ることは、自分が対応していきやすくなるということです。アサーティブトレーニングというのをIFFにおいても行っていますが、アサーティブがうまく出来るためには、自分が何を感じているのか知らなければなりません。そして、それを主張したいのかどうかも分かっている必要があります。
ホットスポットとに気がつくことだけでは解決にならないことが多いかもしれませんが、そのことに気がつくことで自分が取り組むことがはっきりすることは多々あります。
焦らず、じっくりと味わいながら進めていきましょう。