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2007年07月13日

何とかしたくないのか

 何とかしたい、改善したい、問題である、と認識しているにも関わらず、そして長期的に治療を受けているにもかかわらず改善の兆しが見えないことがある。
 そのような際には、その改善の兆しを治療者がどんな些細なものでも適切に拾い集めて、本人が気がつけるように返していく事は大変に重要なことであるが、認知行動療法における検討においてもう一つのアプローチがある。
 それは、改善しないことのメリットを確認することである。

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 例えば、Aさんはすぐに怒りが出てしまい、仕事でも注意されて我慢が出来なくなると、すぐに怒鳴り返してしまっている。また、日常生活で食事に行こうと店に入っても、サービスが気に入らないとすぐに店長を呼んで長々と説教をする。

 Aさん自身は、そういう自分に少し困っているものの、世の中を憂えてもいて、全てが自分が悪いとも思えずにもんもんとして、社会を何とかできないものか、なんで人は自分に対してこんなに嫌な事をしてくるんだろうと考えているのである。
 Aさんにとっては良かれと思っている行動なのでもある。

 さて、ここでAさんは改善しないことで長期的なデメリットを得ていると考えているようだが、Aさん自身が得ているメリットはあるのだろうか。
 ある。意識していなくても、あるにはある。物は言いようかもしれないが、あるのである。

 いくつか推測できる事をあげてみると、自分の感情を抑える必要がない。これはデメリットだという指摘もあるかもしれないが、長期的にはそうだとしても、短期的には自分の感情を思いのままに発散させる事が出来ているのである。
 また、自己主張が上手くできているとも言えよう。上手く、というのは言いすぎかもしれないが、見事に主張している。正しい事をしている(多くの場合は「普通の事をしているだけ」という言い方をする人が多い)、という正義感も充足させてくれるかもしれない。

 このように考えると、怒りを抑える必要なんかないじゃないか、と思うかもしれない。その通りだ。私もそれでも良いと思う。Aさんが自分でその道を行き、場合によっては仕事を首になり、友人関係が減り、社会的に生きづらくなったとしてもそれも一つの生き方であろう。
 社会的に問題だと認識されると、国家権力による介入を受けるかもしれないが、それに対してもささやかな抵抗を試みるのであろう。

 別に、何が何でも改善しろとは言わないけれども、じゃあ何で治療するんだ?と聞いてみたい。長期的なメリットを享受する際に、短期的なメリットを一時的にかどうかは分からないが、手放さなければならないのである。
 その上で、耐える力をつける、上手く怒りを制御し(抑圧するのではない)伝えられるスキルを持つ、そのような自分を受け入れ、どうしてそのような事が自分に生じているのか見直し、そのような自分を許してあげる事も必要になってくる。

 考えてみると大変な作業かもしれないが、一歩ずつしか進めないから、実際にはそれ程大変なわけではない。ちょっとずつ次のステップを細かく分けて、実行、練習していく事が必要になる。
 もしかすると、一旦あきらめて手放したと思った短期的なメリットすらも自分の手元に使い勝手良く戻ってくるかもしれない。

木附ブログ

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投稿者 iff : 2007年07月13日 15:04

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