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2007年07月27日

検討方法(3) 選択肢を考え出す

 続いてオーソドックスな方法ですが、選択肢を考え出す、という基本に戻ります。

 これは、どんな場面においても選択肢はある、行き詰ってどうしようもなくても選択肢はある、という考えの上に行うものです。
 難しい話をすると、ジョージ・ケリー(1995)は構成的選択論を提案しており、その方法を提案している。また、アメリカのウィリアム・グラッサーは1960年代に現実療法を提案していたが、近年に入って選択療法、と言い換え、その理論を選択理論と呼んでいる。
 この現実療法も、認知療法を似たところが多々ある。何事も選択が出来ると言うことなのです。

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 例えば、知らず知らずに取っている行動も、選択なのです。心臓を止めるということは出来ないでしょうが、映画などを見ていると、一時的に止めて仮死状態になることは出来るようです(詳しくは不明)。
 また、チベットの修行僧で極めている人は、心臓のみならず呼吸とか様々一定のところまで意識してコントロールできるようにまでなると聞いたこともあります(これも実際に見たことではありません)。

 きっと、それらすらも選択なのかもしれません。
 憂うつな状態にいる人は、憂うつそうな表情をしていることが多いでしょう。しかし、これなども選択であると言うことは明らかです。
 憂うつさを露ほども感じさせないほどににこやかに振舞うことが出来る人もいるからです。必ずしも感情を抑圧するということでもなく、ただ憂うつな表情を安心して出せる場所を選んでいるということなのでしょう。

 このように考えていくと、「そんなことは出来ないから、選択肢に入らない」という方がいると思います。そのように考えるのも一つの選択肢です。
 同じ時に、「今はうまくは出来ないけれども、やってみる」「うまく出来ている人を観察したり、話を聞いてみる」「以前どのように同じような状況を乗り越えたか振り返ってみる」「しばらくひきこもって感情が通り過ぎるのを待つ」など、様々な選択肢は持ちうるのです。選択肢はあくまでも選択肢であり、それを選択しなければならないものではないのです。

 選択肢を考え出す時に、一つの状況において少なくとも3つは探し出す必要があります。一つでは選択肢と言えませんし、二つでは選択肢ではありますがしばしば白黒思考といった、成功/失敗、正しい/間違っている、勝者/敗者、といったところに落ち込みやすいので、適切な選択肢を持つためには、3つは必要でしょう。

 また、選択肢を検討していく際に大切なこととして、考えと事実をわけることは大切です。
 しばしば自分の持つ考えを「事実・真実」と思って選択の余地がないものだと思い易いのです。
 例えば、「Eさんが私を責めた」、と考えているFさんは、「Eさんが私を責めたのは事実だ!」と信じているかもしれませんが、Eさんが強くFさんに指摘した、ことをFさんが「責められた」と取っているに過ぎないことがあります。

 確かに、Eさんの言い方は強過ぎるとかあったのかもしれませんが。もう一点は、真実とは複数あるということです。コインの表を見ている人は、菊の模様を見ているかもしれません。
 しかし、同じものを見ながらもその裏の数字を見ている人は違うコメントを述べるかもしれません。出来るだけ沢山の選択肢を、明らかに選択しないであろう選択肢をも探しておくことも有効です。

木附ブログ

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投稿者 iff : 2007年07月27日 16:30

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