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2007年06月07日

考え方の癖(9)感情的理由付け

 感情的理由付けとは、分かりにくいものかもしれないが、結構良く活用されている姿を見かける。

 例えば、「こう感じるのだから、それは本当のことだ」と自分の憂うつな感情を自分の現実認識が正しいという理由とすることでもあるが、そう感じるのはそのように考えた結果としてあるのであって、その考え自体がくせによって偏っていたりする場合などは、以下のようになる。

ある出来事・状況(事実)

偏った考え(くせ)・反応(思考)

偏った感情(これは実感として感じることが出来る気分)

この実感があるということは、その出来事はそう言うことであったのであり(自分の考えは正しかったのだ!)、自分の考えのくせによるものではない。事実だ!!(先行する考えを考えではなく、事実として認定しようとする考え)

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 以上の形で厄介なことは、感情は実感と感じるので、説得力が自分の中で強いのである。実感として感じるからその筈だ!
 それは考え以上のものであり、そういうものなのだ!自分が考えていることは正しい!となる。

 具体的な例を出そう。

友達に挨拶をしたときに返事をしてくれなかった。(事実・状況)

私は嫌われている。(考え)

どうしようもないような孤独感(気分)

こんなにさびしいのは、私が孤独だからだ。私は一人ぼっちなんだ。(考えの正当化)

 となる。実際にこの例では、友達はちょっと真剣に悩んでいたことがあって、挨拶されたことにも気がつかなかったと言うのが事実であったようである。
 実感は大切なものではありますが、実感が正しいとは限りません。ご注意を。

木附ブログ

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投稿者 iff : 2007年06月07日 14:02

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