症状、遊び、作品

「中庭の少女」(木村千穂著、ヘルスワーク協会)という画文集の解説を頼まれた。去年の10月の学会(第7回日本嗜癖行動学会、東京・虎ノ門会館)のとき、大嶋信頼氏がこの作者の描いたものをスライドで見せてくれていて、そのとき私の頭には表題にした三つの現象の関連が浮かんでいた。解説を頼まれたのをきっかけに、これについて改めて考えて見ようと思ったのだが、何分、解説のために用意されていたスペースは、2000字だけである。一応、書いてはみたが、ごくかいつまんだものになってしまったので、そこで用いた言葉の説明を含めたものを、ここにまとめておこうと思う。だからこれは、「解説」の解説である。
 
以下の文章は、「解説」からそのまま引用している。その中で、「解説」では省いた幾つかの説明をつけ加えて行く。

「迷っている自分にしか描けない線があり、その時にしか出せない色がある」

と木村千穂は書いている。この人はこころに傷を感じることができ、そこにこだわり続けることができたから、それを線と色で表現せざるを得なかったのである。人はそれを作品という。ここに描かれていることは、幻想的だが幻想そのものではない。
 
ある”こだわり”(内的葛藤)の誠実な表現(象徴)でもあるらしく、見る者の心を動かし、満足と快感を与えるという点で現実的でもある。症状もまた、一定の”こだわり”の象徴であろう。となると、症状と作品、この二つの違いは何かと、ここにある絵と詩を見ながら考えているところである。幻想と現実と芸術的創作との連絡を説いたのはジグムンド・フロイトである。彼は「詩人と空想すること」という論考の中で、「芸術は幻想の最も深みある表現である」と述べている。ただし白日夢を見る人(幻想家、空想家)と詩人(芸術家)との間には一つの大きな違いがある。

幻想家は現実をまったく無視して願望的幻想の達成という快楽を追求するが、芸術家は作品のなかで現実へと舞い戻る。この点で、子どもの遊びのほうが芸術家の創造行為に似ていて、子どもは遊びという現実の中で、心の中のこだわり、わだかまりを象徴的に表現する。この場合、子どもは遊びの中の象徴が、こだわりそのもの(例えば隠れんぼの場合の見捨てられる不安)ではないことを知っているので、これは「象徴的な代理物symbolic representation」(ハンナ・シーガル)である。

ここで早速「解説」を中断して、「解説」の解説を挿入する。上に述べたように、子どもの遊びの中には不安やこだわりが表現されているが、そこにあるのは見捨てられる不安のように原初的で普遍的なものばかりではない。トラウマ(心的外傷)体験は子どもを刺激して、それを象徴する遊びを作らせる。これをトラウマティック・プレイ(外傷的遊び)という。1977年に、アメリカ西海岸のチャウチラという町で生じたスクールバスのハイジャック事件では25人の児童が被害に遭ったが、彼らを事件直後とその4年後に調査したレノア・テア(Terr. L. C. )は、被害児童の中に見られた「縛られ鬼ごっこ」とでも言うべき遊びについて報告している。「アディクションと家族」誌にその邦訳が収載されているので、是非読んでみて頂きたい(レノア・テア:チャウチラ再訪、アディクションと家族、15巻2号、204-215頁、1998)。

私自身も最近、外傷的遊びと思われるエピソードを聞いた。その話をした女性の30歳になる長女は恐怖と怒りの鎮静のために手首切りを繰り返していた。そのうちこの自傷の刃が手首だけでなく、首を狙うようになってきたので、ある精神病院に入院し、今も入院中である。この長女には4歳になる息子がいて、彼女の入院中は、母親、つまり話し手の女性が孫の面倒を見ている。
 
その孫が先日、祖母であるその女性のベットで横になってくれと頼んだという。祖母が横たわると、孫は「ちょっと待っててね」と走ってどこかへ行った。やがてティッシュの箱を抱えてきて、そこから紙を一枚取って包帯の形を作った。そしてそれを祖母の手首に巻き、「イタイイタイだから取っちゃだめだよ」と言ったのだという。
 
この4歳児は夜間に起こしていた母親の自傷行為のとき、いつもその傍らにいた。泣くこともなく無言であったというが、その恐怖と不安は強かったろう。そして今彼は入院している母から遠くに離されている。この幼児のお医者さん遊びの中には、母親の不幸を病気とみなし、その回復を信じようとする、この子の意志が読み取れるように思う。子どもは遊びの中に自分の不安とそこからの解放を象徴化するのである。

以下は再び、「解説」の文章に戻る。

症状の場合はどうか。例えばプリミア(過食症)の場合、その本質は思春期からの退行(子ども返り)にあり、そのきっかけを作るのは性衝動である。性欲の知覚におののく若者たちの一部は、異性を求める代わりにミルク(”良い母”の象徴)を求め、そのまた象徴としての食物をつめこむ。しかしこの母は、患者の苦境を保護してくれないから怒りと攻撃の対象となり、食物(母)はガツガツと噛みちぎられ、呑みくだされる。この食物は既にミルクではない。ウンコであり、オシッコであり、”悪い母”の象徴である。だから吐き出す。過食し嘔吐するという象徴的行為の中で、プリミックス(過食症者たち)は大昔に通り過ぎたはずの「分裂妄想態勢」(メラニー・クライン)を再演しているのである。性欲の知覚は、子どもを家離れ(私の言う”第三の誕生”)へと導くから、原初の心的防衛メカニズムが再賦活されるのであろう。

この一連の行為は遊びに似ているが、それに伴うはずの快感や満足や笑いがない。食物が代理物として認識されず、”母”の=(イコール、等式、equation)になっているからである。母そのものが噛みちぎられ、吐き捨てられるのでは洒落にも遊びにもならない。だからこれ(象徴的な等式 symbolic equation:シーガル)は症状となる。

プリミックスがこの繰り返し行動から脱するのは、噛みちぎられて散乱した”母”の姿に、”ハッと気づいて”大変なことをしてしまったと恐ろしくなり、自らの攻撃性を悔やみ、罪悪感に悩むときである。引き千切られた母の遺体を前にして、「おかあさん!」とつぶやき、その喪失を悼むとき、彼女たちは自らの残虐行為の償いとして、再び象徴的代理物の世界(言語、絵、音などの表象の世界)へと戻る。
 
クラインの言葉を使えば、ここで「分裂妄想態勢」は「抑うつ態勢」へと引き継がれるのである。このとき、罪悪感にまみれたまま、表象の世界への移行を拒み続けようとすれば、患者は再び症状としての象徴行為を繰り返さざるを得なくなり、償いは表象として表現されず、手首切りや抜毛などの自傷行為という象徴的等式に堕すことになる。酩酊は罪悪感を消すからアルコールやドラッグが乱用され、それがまた”母”への怒りを増強させる。

ここでまた「解説」を中断し、説明を挿入する。「象徴等式」と「象徴表象」の違いについて、もう少し説明しておきたいからである。

象徴等式では、象徴はそれ自体が具体的なモノになる。これについてシーガルは、二人のバイオリニストの例を挙げている。精神病棟に入っているバイオリニストは、バイオリンを弾かない。「なぜ弾かなくなったのか」という質問に対して、彼は「私に人前でマスターベイションをさせようとするのか」と答えた。バイオリンという男根の象徴は、それそのものになって彼から演奏という性行為の象徴を奪っているのである。シーガルの治療を受けていた、もうひとりのバイオリニストは、夢でバイオリンを弾く自分を見て、それをマスターベイションの象徴と認識してシーガルに語ったが、男根とバイオリンそのものとを等価することはなかった。だからこのバイオリニストは人前で演奏することができたし、それによって生じる音の快楽という、性交快楽の表象的象徴を楽しむこともできた。象徴等式から象徴表象への移行は、症状から作品への移行に対応している。この移行を子どもの遊びに即して説明したシーガルの記述(ハンナ・シーガル「夢・幻想・現実」[新宮一也、他訳]金剛出版、63~65頁)をそのまま以下に引用する。

象徴等式から象徴表象への移行は、クロディーヌ・ガイスマンが見事に描写している。彼女は、6年間の分析中の子供の小石やビー玉の使い方の発達を記述しているのである。精神病的なその女の子の分析は8才の時、デイホスピタルの枠組の中で開始された。その女の子はほんのわずかの言葉しかしゃべることができず、他の人の話もほんのわずかしか理解できないようだった。遊ぶこともできず、主な活動は物を破り、壊し、切ることと他の子供や大人をけったりたたいたりすることだった。興味を持ったどんなものでもすぐに口にいれるか、投げ捨てようとした。しばしば小さくて丸くすべすべした茶色の石を口に入れていたし、つかむのは小さな茶色のビー玉だった。また、その小石やビー玉をミサイルのように使って、人間にも物にも当てた。もし失くしたり置き間違えたりすると、髪をかきむしり額を引っかいて他の人に対しても自分に対しても手がつけられないほどの興奮状態になるのだった。

女の子は分析治療を熱心にはじめた。分析の中でわかってきたのは、どうやら女の子の興味を引き治療室での分析家をじっと目で追うようにさせているものは、分析家が身にまとっている洋服の生地の幾何学的模様の一部をなしているいくつかの円だということであった。ガイスマンは、このことは転移における重要な動きだと考えた。なぜなら、その女の子が治療的枠組から与えられた何かと関係を持ったからである。分析家は、その子の鎖での遊びをはじめとするトイレでのさまざまの活動を、その子がトイレや鎖を母親の肉体として具体的に扱っていることを意味するものとして理解した。女の子は鎖状の金属球を、分析家/母親の肉体の一部の具体的等価物としてのみこもうとしていたのである。

その女の子が最初に行った象徴表象の最初の試みもまたビー玉に関することだった。自分のために大きな灰色のビー玉を描いてくれるようにと分析家に頼んだのである。これはまた最初の複雑な文でもあった。なぜなら、「大きい」と「灰色」という二つの性質を一緒にすることができたのだから。女の子は非常に満足してその絵を消した。しかしその後、全身を震わせる激しい運動発作が起こったのである。(赤色強調は斎藤による)

次の数セッションの間、女の子は分析家にビー玉の絵を描いてくれるように頼み続けたが、自分で色を塗り、その絵を自分の口から取り出すビー玉と比べ続けていた。やがて絵を自分で描くようになった。また、分析家にさまざまな対象の絵を描きそれに名前をつけてくれるように頼んでいた。この時期に語彙はかなり増えた。

しかし、石やビー玉およびその絵の中で女の子が表現した幻想は徐々に明らかになっていった。たとえば、青いビー玉と、赤や黒のビー玉の間の明らかな分裂が現れていた。青いビー玉(分析家の目は青かった)は愛と理想的乳房を表しており、赤や黒のビー玉には暴力、憎悪、絶望が投射されていたのである。絵はまだその女の子自身の一部であり感情や思考を含んでいるように具体的に感じられていたので、その絵を持たずに部屋を出て行くことはできなかった。そのことは分析家も許していた。なぜなら、もしその女の子が絵を持たずに部屋を出て行けば、すべての思考、感情、運動能力を奪い去られて完全に空っぽになってしまったように感じるだろうと思われたからである。

徐々に女の子は他の類似の対象、たとえば分析家が身につけていた真珠のネックレス等に自分の関心を向け変えることができるようになった。ついには小さなゴム風船に興味を抱きふくらまして、それから割ったのである。あるセッションの終わりには、この風船のかけらを集めて、そのかけらを中に入れて風船全体の絵を描いてくれるよう分析家に頼んだ。これは、考えてみれば、その女の子が壊れてしまった悪い対象を集めて、壊れていない全体の対象にしようとした初めてのことだった。そして、良い対象に他の対象の断片を含ませることによって、統合と償いへの一歩を踏み出したのである。続く数カ月間その患者はジャック(玩具)を持って来て、それに自分の小石やビー玉を加えた。そして、これらの対象をおもちゃそのものとして、分析家と一緒にゲームをして遊び始めたのである。小さなビー玉の使い方のこのような発達は他の発達と平行していた。いまや分析6年目にして、その女の子は話し、読み、書き、他の子どもたちと関係を持ち、遊ぶことができるようになったのである。

ご理解頂けたであろうか。言葉の発達が停滞していた8歳の少女は、14歳までの6年間の間に、治療者/母親そのもの(等価物)であった小石やビー玉を、青い玉は治療者を表す(表象)しるし(象徴)、赤や黒の玉は悪い治療者/母のしるしとして、治療者/母そのものから区分することができるようになり、小石もビー玉もおもちゃの一部にすることができたのである。これに伴ってこの少女の言葉数は大幅に増えた。

私が赤で強調した部分に注目して頂きたい。これはなぜ生じたのだろうか?少女にとって灰色(青でもなく、黒でもない)の大きな玉の絵は、まだ「絵というしるし」になっていない。玉そのものであって、そしてこれは身に取り込むもの(呑みこむもの)ではなかったので、破壊した(消した)のである。そうしたらそこに対象の喪失が起こった。多分、灰色は破壊の対象である黒とは違うものだったからであろう。対象喪失が彼女に、悲哀と自罰の症状を引き起こしたのである。

これを読まれる、成人の皆さんのために、身近な近似の例を挙げておこう。皆さんが治療者(例えば精神科医)の誰かに強い愛着の念を持ったとすると、それは愛着対象そのものと言うより、愛着対象の象徴である。これをしるしの象徴(表象象徴)として心理的に取り扱い、言語的に表現することで精神療法は進められて行く。ここで治療者の表象としての意味が喪なわれ、愛着対象そのものとなるとどうなるか?

そのとき治療者は母そのものとなって、患者は母との関係で経験した愛と憎悪が再燃してくる。ある女性の場合、その母は養母であった。その女性は母を敬愛し、その良い子であろうと熱心につとめていたが、ときどき養母からの身の凍るほどの拒絶を経験した。そうしたとき養母は言ったそうである。「赤ん坊のおまえをこの家に受け入れたとき、おまえにはペニシリンを注射しなければならなかったんだよ。おまえの母はバイタ(淫売女)だったから」。この女性の養父は彼女と二人きりのときは、彼女に慈愛の心を見せてくれたが、養母と3人になると、養母の嫉妬を恐れるかのように、この女性に厳しく冷たくなった。この女性は、思春期に入ってからも、自分の「汚い部分(=バイタの娘)」を良い子の部分から隔離しておかなければならなかった。というより、思春期に入って、異性である父を意識せざるを得なくなってからの方が、「悪い子」と「良い子」の並列という分裂妄想態勢が強まったのである。

この女性は、自分の主治医が自分にとっての理想の乳房であることを確信し、それを取り入れよう(呑みこもう)とするかのように、主治医につきまとった。それがうまくいかないときには、この対象は悪い乳房として破壊され、それとともに強い罪悪感・不安(対象破壊の罰)が生じて、怒りと悲哀の混在した激しい嘔吐の声を上げた。この主治医が1週間にわたって出張しなければならなかったときがあったが、この不在は、我々成人にとっての単なる一時的別離ではなかった。乳児が乳房を剥奪され、放置されることを何とも思わない「拒絶的な母」との関係を、彼女は再び味あわされたのである。

このようにして私たち成人も、乳幼児期の怒りと悲哀の体験を繰り返さざるを得ないときがある。しかし私たちはもはや乳幼児ではない。主治医を母の等価物とみなして、これに対して乳児的行動化を繰り返すことを何とか断念して、寂しさと不安に耐える力を徐々にでも強めて行かなければならない。ゆっくりでもいいから、その方向へ向かって欲しい、それは可能だと私は考えている。

以下は再び「解説」からの引用である。これについてもいろいろ説明しなければならないことがあるのだが、もう既にだいぶ長くなってしまったので機会を改めて述べることにしよう。

「芸術家には自分の内なる世界が粉砕されてしまったという、抑うつ態勢に固有の感情がある」とハンナ・シーガルは主張する。「そのために芸術家は新しい世界の再創造に駆り立てられるのだ」と言うのである。この主張は「人は自分があきらめたものだけを創造することができる」という「失われた時を求めて」(マルセル・プルースト)の中の画家の言葉に良く対応している。そしてこの言葉は、「断念は、対象の内面化によってもたらされる」というフロイトの説を連想させる。要するに、”良き、そして悪しき母”なるものに付着した子ども世界を断念し、それを自ら再生しようとするときに芸術作品が生まれ、このときには既に”母”は自己の一部になっているということである。

あらゆる芸術作品は、それが音であれ、言葉であれ、絵であれ、物であれ、それを共有する私たちに、「喪なわれた世界の再創造」というモチーフとそれに伴う感情を呼び起こさせるので、私たちの心は動くのである。
1998年7月5日

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Posted by ssworld