“Healing the Child Within”あとがき

Charles L.Whitfield 著“Healing the Child Within" (Health Communications,Inc., 1987)の邦訳が間もなく出版される。以下はその「あとがき」として書かれたものである。

この本の原著には “Discovery and Recovery for Adult Children of Dysfunctional Families" (機能不全家族のもとで育ったアダルト・チルドレンの自己発見と回復)という副題が添えられている。この副題が明らかにしているように、この本が対象にしているのはアルコール依存問題を抱えた家族の中に育った人々(ACoA)というより、機能不全家族(dysfunctional families)の中で育った成人たち一般なのである。

ACoAについては、そのものずばりの題名を持った本が、Janet Woititz(教育学博士で、子どもの自尊心についての研究から、アダルト・チルドレンの治療者になった)によって既に書かれていた(Woititz,J., ACoA. Health Communication, Inc.,1979、近日中に金剛出版から刊行予定)。これによって点火されたアメリカにおけるAC回復運動がある段階に達した時点で、それを引き継ぎながら、更に広い対象を視野に置いたアディクション(嗜癖)アプローチが必要になった、まさにその時に書かれたのが、この本なのである。そういう背景があるだけに、精神科医 Whitfield によって書かれたこの本は、一般人向けとは言え、ACの問題を精神医学、精神分析学の蓄積の中でとらえ直そうとする意欲に満ちている。例えば著者は、ACの生き方を特徴づける共依存的自己を、「偽りの自己」、「as if 自己」など精神心理臨床の中で育まれた人格概念に翻訳・対比しようとしている。

このような翻訳・対比が必要となったのは、アメリカにおいて、精神医学とアディクション・アプローチとの乖離がひどくなっているからである(ヨーロッパや日本では更にひどい)。ここでアディクション・アプローチと呼ぶのは、アルコール依存の治療の周縁から生まれた数々の技法や概念のことで、その中にはA.A.(Alcoholics Anonymous)などの自助グループや、そこから始まる12ステップを用いた回復運動が含まれ、共依存ないしACという考え方もこれらの中から生まれてきた。しかしWhitfield 自身が、この本の第2章で嘆いているように、卒前、卒後の精神医学教育の中では、これらのことが殆ど教えられていない。これらの概念を抜きにして、現代の市民たちの心のケアに当たるのは難しいと私などは思うのだが、これらのことに全く関心を持たないままに臨床に当たっている精神心理臨床家は決して珍しくないというのが現状なのである。

第2章における Whitfield の嘆きは、Alice Miller の著作をめぐって述べられたものである。確かにMiller の一連の著作は、ACという概念を念頭に置いて読むと一層明解になる。そして多分アメリカや日本の読者は、そのようにして彼女の著作を読んでいると思うのである。というのも、私の診療所を訪れる患者の中の少なからぬ人々は、Millerの本の影響を受けているが、彼らはまた、自分たちをACだと思うとも言っているからである。Miller が説いているのは、児童虐待ということの発見であり、ここにまたもうひとつ伝統的な精神医学が取り落としてきた問題がある。

Whitfield がアディクション問題への関心の欠如を嘆くのと同様に、Miller は伝統的精神医学や精神分析学が児童虐待問題を取り落としてきたことを告発している。そしてこの告発は近年、トラウマ理論の再評価という形でトピックスにまでなってきた。例えばJudith Herman は、境界性人格障害の臨床像の記述に貢献した研究者たち(Kernberg、 Masterson、 Gundersonら)が、どういうわけか患者の児童虐待(身体的虐待と性的虐待)について言及していないことに疑問を呈している(その Herman もまた嗜癖問題には充分に触れていないのは残念だが)。

AC概念は、伝統的精神医学が取り落としてきた二つの問題、アディクションと児童虐待に橋をかけ、それを現在までの精神心理臨床の知見に繋げるのに有効である。そしてこの本は、世界で最初にそれを試みたという点で画期的な本だった。初版以来現在までベストセラーを続けて、アメリカのアダルト・チルドレン治療に大きな影響を与え続けているのも当然のことだろう。

著者の Whitfield 博士はメリーランド州ボルティモアの開業医であり、メリーランド大学医学部精神科などで臨床助教授を務めたり、ラジャース大学の夏期アルコール研修コース(1960年代にJellinek,E.M.によって開始された嗜癖アプローチの発信地)の講師陣に名を連ねたりしている人である。
 
1983年に The National Association for Children of Alcoholics(CoA全国協会)が設立された時の理事の一人でもある。早くも1970年頃から、アルコール依存症者を始めとする嗜癖者やその家族の治療に当たってきたが、やがてACや共依存者に焦点を当てるようになり、80年代前後から、その治療にイメージ誘導(guided imagery)を多用するようになった。
 
放置されたまま心の中に取り残されている「真の自己(内なる子ども)」をイメージして、これに接触し癒すことを患者たちに勧め、自らもこの作業を自分に課すようになったのである。多くのアダルト・チルドレンと接し、彼らをどう癒すについての工夫を重ねた結果であったろうと思う。その工夫は本書の中で回復のプロセスとして示されている。

Whitfield 博士のような経歴の人が、A.A.などの自助グループを支援することは容易に理解できることであるが、彼の場合、A.A.の説くスピリチユアル・グロウス(霊的成長)への共感は、単なる理解に止まっていない。それは彼の臨床的スタイルになっている。患者に対して霊性への注目を促すことは、彼にとっては治療そのものなのである。癌や慢性疾患の予後が、患者の自己認識や世界観と密接に関連しているらしいことについては、最近になってようやく注目されるようになってきた。
 
自らを肯定し、その生に執着するものほど、疾患と共にある自己を受容する能力も高い。この能力の高さが、残余の生命を燃焼させ、時には疾患との共存さえ可能にするのである。アダルト・チルドレンは、生きることの苦痛と空虚を訴えるが、それは彼らが自らを受け入れず、自己に対して懲罰的にさえなっているからである。こうした人々が、与えられた生命を使いこなすのは難しいので、Whitfield 博士は、彼らに自己というもののとらえ直しを提案する。「ふだん意識しているあなたの自己とは、実は世の中に合わせた偽りの自己なのです。偽りの自己に覆い尽くされて今、あなたの《真の自己》は窒息しかかっています。」と彼は言う。

このシンプルな提案は、日常生活の中でこわばった患者の心に穴を穿ち、そこから様々な想念が湧き出る。患者は「無意識」や「身体感覚」に注意を払うようになる。
 
「私」の中に子どもが居て、その子の痛みが「私」の痛みであるのなら、症状は押さえ込むものというより、それを手掛かりに、内なる子どもに出会う道標のようなものになる。その道標を辿って進む旅は、自己発見(discovery)の旅、霊的成長(recovery)に向かう冒険ではないかと考えるようになる。この本が説いているのは、このことである。

私は1988年に、カリフォルニア州バークリーでこの本に出会った。バークリーには、国立嗜癖研究所というのがあって、その年の2月、日本のアルコール依存問題について講演するようにと私を呼んでくれたのである。講演の後、街の本屋で買った数冊の中にこの本があった。透明人間のような水色の人体の中に肌色の胎児が浮かんだ不思議な絵にひかれて買った小さなペーパーバックで、前世療法か何か、ニューエイジ風セラピーの本だと思ったのだが、その晩ホテルで目を通して、著者の生真面目さ、書かれていることのまっとうさに打たれた。アメリカでは、こんなにまともで、結構難しい本が一般書としてベストセラーになっているのかと感心した。

今考えると、1988年は私にとっての転機になっていて、この前後にいろいろなことを始めた。前年にはNABA(日本アノレキシア・ブリミア協会)という摂食障害者グループを発足させており、翌年からは年1回のサンフランシスコ・ワークショップを開始した。このワークショップは、ACの治療に関する知識を取り入れ口になった。1990年1月には原宿相談室で日本で最初のACを対象とした集団療法(ACグループ)を始めたが、これに前後して東京都精神医学総合研究所の中で児童虐待に関する研究会を主宰するようになった。これが母体になって数年後、「子どもの虐待防止センター」が発足した。これら一連の動きを進める際に、この本のことがいつも念頭にあった。

翻訳を考え始めたのは、1993年頃だったと思う。以前から講演会などで通訳をお願いしていたミホコ・ナイトさんからの提案だった。翌年には彼女からの翻訳草稿を受け取っていたので、邦訳の刊行がここまで遅れたのは一重に監訳者の責任である。お詫びいたします。誠信書房での他の刊行物と同様、本書も松山由理子さんに編集を担当していただいた。有り難うございました。

1997年6月17日 家族機能研究所にて

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Posted by ssworld