人間の一生は、カーテンをめくり続けること


2000年AKK市民講座より(2001年6月21日)

斎藤 四年ちょっとたって、これからどうするの?

コウヘイ 専門学校に、これから通います。

斎藤 何の専門学校?

コウヘイ 製菓製パン。洋菓子と。

斎藤 どうしてお菓子ですか。

コウヘイ ずいぶん前にオープンレンジを買って、最初、それはコンビニのお弁当をチンするだけで、オープンのほうの機能は全然使っていなかったのだけど、ある日、その説明書の中にあったクッキーのレシピを見て、やってみようと思いたって、それをつくった。生焼けっぼくできたのですが、けっこうおいしくて、クリニックに持っていったら、ティールームの部屋にいたメンバーとかスタッフの人が「おいしい、おいしい」って言って食べてくれて、それでうれしくなって、それからつくるようになって。自分でいろいろつくっているうちに、これは自分に向いているかもしれない、頭を使うより体を動かしてお葉子をつくっているときの自分の方が、けっこうエネルギーが出てくる。机に向かって何か勉強を始めようとすると、頭が働かないけれど、お葉子をつくっているときの自分は生き生きしてる。これは自分に向いているんじゃないかなと。それに、できたお菓子を持っていくと喜んでもらえる。みんなにチヤホヤされるのがうれしいというナルシストの部分も十分あると思うのですが、そういった感じで、お菓子をやりたいと思うようになったのだと思います。

斎藤 専門学校の入学式は済んだのでしょう。

コウヘイ はい、もう済みました。

斎藤 入学式のときはどんな感じがしましたか。

コウヘイ ちょっと怖かったです。圧倒されたというか。二年間もつのかなという不安がすごく押し寄せてきて……。

斎藤 不安だよね。問題というものは、片づくことはないのです。生きている間は。例えば、親が憎いと言っているときは、親が憎いという場面のカーテンがおりている。そのカーテンをおろしたままずっといくと、親が憎い人で一生を終わってしまう。「親なんかいいや、どうでも」と思ってその幕が取れると、また次の絵柄の幕が下がっている。人間の一生なんて、そのカーテンをめくる仕事です。いま彼は、専門学校で二年間やれるかなとか、そこで出会う人が怖いなという問題の中にいます。いままさに、人間間係の問題にこれから直面する。さいとうクリニックはデイケアですから、かなり長時間一緒にいるわけですが、クリニックの中の人間関係はなんとかこなして続いてきた。今度は外へ出て、これからどうかなという時期なのでしょう。
 どうですか。なんとかなりそう?

コウヘイ ちょっとわからないけど。

斎藤 大事なことは、コウヘイくんが、「やらなくちゃならないと思うこと」と「やれること」との違いがわかっているみたいだということ。机に向かうと頭が真っ白になったり眠くなってしまうけれども、お菓子をつくっているときの自分はちょっと違うなという、この感覚がわかれぱいいわけです。なんだか知らないけれども、「こうしなくちやいけない」などと考えているからおかしくなるのでね。「これをやっているときはましな気分だ」と思うことをやっていれぱ、間違いないのに、そこのところがうまくいかないから、みんなおかしくなってしまうんじやないですかね。
 あなたの部屋は異常にきれいだそうだね。

コウヘイ はい。

斎藤 異常にきれいだというのは、これまた問題でしょう。クリニックに来ている人の中には、その反対の人が多いのですが、中にはショウジョウバエが飛んでいるとか、電話が鳴っても電話機を発掘するのに時間がかかって切れたとか(笑)、キャベツを買ったら花が咲いちやったとか、それを水をやって育ててるとか。そういう人のほうが多いのですが、部屋が非常にきれいだというのは、たぶんあなたは、汚せないのですね。部屋がきれいな人とは、本当はショウジョウバエが飛ぶ部屋に憧れているのに、それができない。きれいなほうが快適だからきれいなんじやなくて、いや、それもあるかもしれないけれど、部屋の掃除、整理整頓をちゃんとしないと生きていけないのでしょう。これはちょっと苦しいです。やっばり。さっき私の講演の中で「あくびができない性質」というのをお話ししたでしょう。部屋をきれいにしておかなくてはいけない性質が、このへんの問題とどうかかわっているかなと、いま私は思っているんです。

 将来、部屋を汚す女房と結婚してもやっていけるようにならなければ。会社から帰ってきては、「雑誌はここだって言ったろう」なんてやると、女房はすぐ逃げていっちやいます。そのへんの問題が、これからいろいろあると思います。
 あなたは、女の人は大丈夫?ガールフレンドは?

コウヘイ いません。

斎藤 女の人とは一緒にやっていけそうですか。クリニックでも女性はずいぶん見たと思うのですが、あの連中と一緒に住むとか。

コウヘイ ちょっと抵抗が……(笑)。

斎藤 これから課題は多いけれど、ひとつひとつゆっくりとこなしましょう。それから、自分の向き不向きがちゃんとわかればいいわけですから、「どうも女っていうものは男よりもうんと怖い」ということでしたら、女を避けていればいいのです。あるいはデートはできるが、ベッドインはちょっと勘弁してくれとか、あるいはそこまではやれるけれども、内面を語りあったりするのはちょっと……というのでしたら、そうすればいい。要するに、自分が何ができるかというところまでをやればいいのです。

 確かに私たち生物はDNAの奴隷であるようで、「早く子孫をつくって死んじまえ」と命令されているらしいのですが、だからといって別にどうしても結婚しなくちやいけないこともないでしょう。明治の国民じやないんだから。日本国の少子化を救うためにがんばらなくたっていいのです。それこそ、社会システムのために結婚をまず考えたり、適齢期だから……とか言わないで自分の人生をやったほうがいいと思います。そのへんの圧力はあまり感じないでいったほうがいい。特にあなたの場合。ただ、この人の前にいると楽だなとか、この人はちょっと避けたいなとかということを、はっきりと見分ける力を持つことは大事でしょう。

(2000年4月23日 於東京千代田公会堂)

新刊のお知らせ

斎藤学言葉集斎藤学言葉集(Kindleページにジャンプします)
トラウマ、サバイバー、家族問題、虐待、依存症、ひきこもり、自分らしく生きる…
これらの問題に長年取り組んできた精神科医斎藤学による講演集です。 講演会場での臨場感あふれる言葉の中に、生きてゆくヒントをたくさん見つけることでしょう。

Posted by ssworld