イガイガをむく


2000年AKK市民講座より(2001年6月21日)

私はこのごろ、自分の仕事は全体的に見て、いったい何をやっているのかと考えています。今日、ここで何をしゃべったらいいのかと思って九段会館の喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、そこらじゅうで「それでは新郎の方はここからお入りください」とか言って、結婚式の打ち合わせをしている。和服を着た女性や黒服の男がいっぱいる。それで私はふと、私がやってきていること自体にヒントがあるなと気がついた。その気がついたことを今日ここでしゃべろうと思ったわけですが、いままでの話はその枕です。

皆さんはいろいろな問題を持って私の前に座ります。ある人は「自分が子どもを叩いてしまう」と言ってきます。例えば、いま暴れて家を壊している少年なんていうのは、私のところには来ない。本人は家を壊すのに忙しい。実際、柱が壁に突き刺さっているという家もあります。その少年は親を殺したいのだけれども、殺すのに手間取ったりしているから家を壊しているわけです。手近な妹なんかはいじめたり叩いたりしてますけれど、やっぱり大物は母でしょう。ここでも「母の記憶」が問題になるわけです。

母は「息子が暴れてます」と言って来る。たいてい父が来ないで母が来ます。男はダメです。男は女の倍自殺します。ハンガリーの十代などは十七倍自殺しています。本当に男はよく死ぬのです。男は何も言わずに死ぬ。女は「死ぬ、死ぬ」と言って生き残る。「死んでやる。化けてやる」といいながら。男は本当にダメです。そういうときに、責任感のある男になると「俺が育てた子だ。責任取ろう」なんて言って、暴れている息子を殺してしまったりする。そこまでやらなくていいのです。家がどんどん壊されている状況でどうしたらいいのかわからなかったら、私のところに聞きにくれぱいい。努力して金属バットを買ったり、軍手を買ったりしなくていい。まっすぐ私のところに来て、「どうしましょう」と言えばいい。そうしたら「逃げなさい」と言います。

ただ逃げる前に、ご近所に「逃げますよ。いま暴れている子がひとりになります。火の元やガスが心配です」とふれまわって逃げなさい。近所の人は爆発でもしたらどうしよう、火事が出たらどうしようと思うから頻々と見舞ってくれます。よくしたもので、家庭内暴力の子は、よその人は襲いません。隣のおじさんなんかが来ると「はい、どうも」なんていい子をやりますから。

うまくいった例では、近所中が仲良くなりました。これは鎌倉の例ですが、逃げた父と母が六畳一間での二人の生活から、二年たって戻ってきたら、ご近所さんが「お戻りになったんですね。よかったですね。おぼっちゃまはちゃんと暮らしてらっしやいました」といってくださったとか。この家はお母さんが弁当をつくって、お父さんがそれを届けて、最初はちゃんと食卓で一緒に食べたりしていたけれども、それもできなくなったので、玄関に置いてサッと逃げるようになっていました。そうしていくうちに、郵便物その他は近所の人が取ってきてくれたりして、だんだんうまくいくようになった。私のほうも、まただんだんに助言がうまくなってきているようです。

私のところにくる方には、こうした方たちもおられますが、いちばん多いのは、「食べて吐いてるんですよ」という食べ吐きの問題がらみの方です。また、アルコールを飲んでたり、「死にます」という方もいらっしやいます。みなさんいろいろなことでいらっしやる。こうしたいろいろな問題は、たとえてみれぱ栗のイガイガみたいなもので、このイガイガのほうを先にむかないと、「中身」に到達できない。皆さんが運んでくる問題はこういうもので、これはわりと早く取れるのです。アディクションの解決は比較的易しいのです。

ここの会は「AKK(アディクション問題を考える会)」、その前は「アルコール問題を考える会」といってたのですが、いまになって考えると、アルコールの問題は、むしろいちばん易しいと思います。当人だって苦しくて飲んでいるのですから。飲んでも苦しくない人はやめなくていい。「さっさと死んでしまえ」というまでです。でもまわりの人が困っているから、奥さんや娘が私のところに来るわけです。対処方法は、「その人は放置しなさい。本人が困るまで困らせなさい。本人の痛みを痛ませなさい」ということにつきます。そしてどうしようもなくなった本人が登場したところで、私が「あんた、苦しくて飲んでるんじゃないの?もしかして」とか言うと、「実は……」とうち明ける。「じゃ、やめればいいじやないですか」と、それだけの話です。「どうしても近所の酒屋に寄っちゃうんですよ」というのだったら、「じゃ、近所の酒屋に寄れないようにしてやろう」と言って、病院に入れてしまえばいい。飲まない状態を少し経過させて、つい寄っちゃう場所がないところに転居させればいいのです。

過食症の場合ですか?これも簡単です。過食するだけさせておく。アル中と同じです。「缶ビールを全種類買って冷蔵庫をビールだらけにしろ」と助言してアル中の女性を治したことがありますが、その人はそれからもう十年も生きて、私のところの職員をやっています。

要するに、過食の症状を持っている人は、少女からおばさんまであります。このごろ五十代でも過食・嘔吐はざらになりました。いままで潜んでいたのが現れてきたりする。「過食をやってたんですが、この年になると、さすがに体力が」とか「いままで隠してたのが、隠しおおせなくなった」とか言ってやってくる。アル中だってそうです。いろいろ問題を起こしても、体力が落ちるまではなんとか隠しおおせている。だからアルコール依存症の場合、初診時の平均年齢が四十歳ぐらいになるわけです。

過食・嘔吐が問題になり始めたのは七○年代後半からですが、八○年代あたりに、コンビニの店員あたりがまず変だなと思うようになった。セブン・イレブンのテレビ広告で「私はいなり寿司を食べないと眠れません」というのが現れて、午前二時にいつも弁当を三個買いにくる女なんてものが目撃されるようになった。最初は深夜のコンビニのバイトしか知らなかったものが、だんだんに存在を認められるようになってきたわけです。

ブリミア(過食症)とは、昔は都会の富裕な家の子女の病気でした。ですがこのごろはまんべんなく、指宿から根室まで、どこでも豊富にみられる病気になりました。この前、慶応病院の後輩に聞いたら二十七ぐらいしかないベッドにいつも四、五人はブリミアの人がいると言っていました。ざらに見られますし、治し方だって簡単です。セロトニン不足を解消すればいい。飲むと腹が張ってしょうがない薬をあげれはいい。この薬は、飲むと腹が張ってしょうがないうえに吐き気がしますので、「さあ食え」と言っても食えたもへのではなくなります。むしろどうやってその薬を飲ませるかのほうが問題です。なんだったら、診察室にコップと薬を置いておいて、そのわきにトンカチを置いて、「飲むかトンカチか」とか脅追して飲ませましょうか。そうすれば食べるのが嫌になってしまいます。

薬の量がだんだんあがってくると、あくびばっかり出てきます。だいたいあくびができないのを病気といいます。あくびをするというのは、退屈感と、そのままでいれば眠ってしまうということです。それを防ごうとして自動的に酸素を吸う行為になる。炭酸ガス充満状態になって寝るのです。これも脳内のメカニズムで、自動反射としてあくびが起こる。こんなふうに人間はできていて、猫なんかはしょっちゅうこれをやっています。あれが自然な状態です。

例えばフルボクサミンという薬。これを飲んでいるとあくびをするようになる。セロトニンが回ってきているんです。そういう状態になると、「だるいです、先生」とうったえますから「だるくていいじゃないか。お前、何も生産的なことをやっているわけじゃなし、眠けりゃ寝てろ」ということになります。実際には、この薬が効いてくると眠れなくなるのですが。そういう場合はちゃんと眠れるようにしてあげたほうがいいと思います。

私のところへくる方の中にも、このやり方がヒットする人が七割ぐらい出てきました。いろいろな理由で飲まない人をのぞけば、半分の人はこの方法でイガイガがむけてしまいます。残り半分の人もなんとかなるでしょう。というのは、こうした、いわゆるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)という薬は、いまのところ一種類しか日本では処方できないのですが、全部で七種類か八種類あります。これらの薬を厚生省が認可してくれれば、だれでも七、八糧類のうちどれかにヒットするでしょう。

それで、さていったいこれは何をやっているのかということですが、結局、栗のイガイガみたいなものを割く作業です。例えぱアル中ですが、酒を飲まなくなると、アル中たちに起こるのが、まず虫歯と胃潰瘍です。アル中の中には十年もの間歯を磨いたことがないなんていう人がいくらでもいます。アル中とは歯を磨かない人だという定義があるくらいです(笑)。朝方なんか、大変な状態で起きるわけです。プラシを口に入れると嘔気がこみあげる。こういうことで歯を磨かないものですから、三カ月ほどシラフを保たせると、アル中さんたちはまず「先生、歯がいたいんです」と言い出す。それから次は痔が出ます。それから、胃潰瘍。二、三カ月後に消化性潰瘍が出て、だんだん患者らしくなって、元気がなくなっていく。こうして、いままでアルコールでなんとか回っていた生活から、本来のうつ病者としての本音が出てくる。そこで、首をつってしまうということもあるのですが、そこにいたって初めて、その人の性格、人格という、問題の核心に挑戦できるようになるのです。

(2000年4月23日 於東京・千代田公会堂)

カウンセリングルーム カウンセリングルーム カウンセリングルーム

Posted by ssworld