児童虐待によるPTSDの治療(3/3)

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4.記憶と精神療法

(1)外傷体験を語ることの意味

アダルト・サヴァイヴァーにとって必須の治療とは、自らの家族関係にまつわる心的外傷を語ることそのものである。時には長年月にわたって秘め事とされてきた外傷体験を語れる場を得たということを凌ぐ、どんな薬物療法も精神療法技法も存在しない。これはかつてヨーゼフ・ブロイアー(Breuer,J.)によってカタルシス療法と呼ばれ、ジグムント・フロイト(Freud,S.) によって除反応(Abreaktion)と呼ばれたもの、そのものであるが、アダルト・サヴァイヴァーの治療の全行程はここから始まり、ここに終わるということさえ出来る。これは今日では「悲嘆の仕事(grief work)」と呼ばれ、個人療法場面だけでなくグループ治療としても行われているが、19世紀末のカタルシス療法と現在のグリーフ・ワークとの間には根源的な差異があることを指摘しておかなければならない。その差異とは、「語り(a narative)」が完全に語り手の自発性に委ねられていることであり、聞き手との間に生起しがちな、治療する者・される者の支配・従属関係が完全に否定されていることである。33)

治療者・援助者は「安全な聞き手」である以上のことをしないという原則は、治療者・援助者が、アダルト・サヴァイヴァーにとっての「危険な親」の再現にならないために必須の配慮であり、これによって彼らに固有の外傷性転移や外傷体験の再演(reenactment)を緩和することが可能になる。

(2)回復とは記憶の再編

体験を語ることを、既述した8項目の回復基準の枠組みの中で捉えると、記憶に関する回復ということになる。特に「記憶への支配力を増す」という回復基準は、アダルト・サヴァイヴァーの精神療法の根幹に当たる。外傷性記憶は当初、彼らの日常生活をことごとく支配している。そのためにサヴァイヴァーの生活は、連想による不安や、自発する回想の侵入や、これらの侵入を理解しにくいものにさせてしまう解離性フラッシュバックや健忘などで覆われたものになっている。アダルト・サヴァイヴァーの精神療法の目的は、患者とその記憶のあいだの力の均衡を変え、過去の出来事を回想する、しないを選択する能力を増すことである。記憶は襲われるものではなく、取り出すものであることを理解させることである。当初、断片化されたイメージに過ぎなかった記憶を、ひとつづつ「語り a narative」へと置き換えさせて行く言語化の作業は、それ自体、「得も言えぬ恐怖 speechless terror」を緩和する作用を持つ。扁桃体、海馬、帯状回、後頭葉、側頭葉に蓄積されながら、ブローカ中枢による言語への翻訳がなされていない情動興奮は、言語化されることによって意志による支配下に置かれることになる。恐怖を伴う出来事の断片は、それを口に出して描写することによって、前後関係を持ったひとつの脈絡となり、これが回想に「意味を与えるMeaning Making」ことになって、患者の「症状で語る」傾向や「現実回避」の傾向は緩和する。

「記憶と感情の統合力」という回復基準で問題になるのは、過去の悲惨な体験を第三者による感情抜きの軍務報告(debriefing)のように語る患者の場合である。日常の些事を恐ろしくて語れない患者と同様、彼らは自分たちの「記憶・感情統合力」を高めなければならない。悪夢と夜間恐怖を訴える患者は、恐ろしい出来事の断片を話すことは出来ても、その意味を理解できない。精神療法の目的は、こうした記憶と感情の乖離を統合し、外傷性記憶を感情を伴う語りの脈絡へと再編することである。回復するにつれてサヴァイヴァーは、「記憶を感じる」ようになる。そうした感情の中には、根元的外傷体験に随伴したもの(Trauma-Related Affect)の、その当時のままの再現もある。当時の恐怖と悲しみと共にその時点では封じ込められた怒りの噴出がみられることもある。しかし治療の場におけるこの再現は、単なる再現ではない。そのとき回想は現時点の感情と結びつけられ、恐怖と怒りの中で回想を進めるサヴァイヴァーは、それを聴く仲間や治療者の温もりを感じてもいる。患者はこの怒りや悲しみを感じるほうがいいのである。これは単なる過去の追体験ではない。過去の出来事を個人史の前後関係のなかに適切に再編成する作業である。

回復基準における「意味形成力」とは、回復過程の中で何が起こったか、なぜ、どのようにして、それが起こったかを理解するサヴァイヴァーの力のことである。過去を再検討し、出来事の文脈と質を理解したとき、外傷性記憶は普通の記憶へと変容する。患者たちは自らの身に何が起こったかを認め、適切に悲嘆し、そしてそれを過去のものとすることができる力を備えている。この能力に気づかせることが、アダルト・サヴァイヴァーへの精神療法の最終目標である。過去に生じたことの意味を正しく捉えるという作業は、個々のサヴァイヴァーにとって厳しい作業であり、彼らはここで様々な喪失と悲嘆に遭遇する。とても一人では通り抜けられない厳しい道だから、そこに治療者が居るのである。その場における治療者の仕事は、意味づけの作業を促進することではないし、この作業に伴う悲嘆や当惑に、慰めや助言を与えることでもない。治療者の役割は、ただひたすらそこに居てサヴァイヴァーの声を聞き続け、この作業の推移を見届けることである。

(3)過誤記憶

上記のようにアダルト・サヴァイヴァーへの精神療法は専ら彼らの記憶を取り扱う。そこから、サヴァイヴァーの語る過去とは、精神療法家の治療操作によって、誘起せしめられた捏造された記憶、過誤記憶(false memory)であるとの誤解が生じた。ある近親姦サヴァイヴァー(女性)の母親の狂奔によって1992年に発生し、小児性愛を肯定する児童精神科医や心理療法家によって強化され、Elizabeth Loftus を始めとする実験心理学者たちによって補強され、ジャーナリストたちによって喧伝された過誤記憶騒動の質と顛末については別のところ33)で詳しく述べた。ここでは妥当かつ懇切な反論がHarvey7)らによってなされていると指摘するに留める。

ただし一点、注意を促しておかねばならないことがある。確かに、治療者がアダルト・サヴァイヴァーに「捏造した事件を植え込む」ことなど出来るはずはないが、それでは患者の語ることの全てが事実かというと、そうではない。自らの被害を拡大して述べたり、事件の脈絡を故意に変えて、自分を気の毒な被害者として扱ってもらおうとすることは良くあることとも言える。稀ではあるが、健忘(amnesia)の対局にある過剰記憶(hypermnesia)ないし作話(confabulation )が見られる場合もある。後者の場合、意識状態の変化や、神経系統の随伴症状が伴うので見誤ることは稀であるが、被害を誇大的に言い立てる場合には、これを弁別することは困難である。しかし臨床家は、その事実に配慮し過ぎて審問官の役割を取ってはならない。そもそも事実関係の審査は治療者の仕事ではない。法理の問題は法律家(家族内心的外傷の問題に詳しい弁護士たちのグループと常に連携し、症例検討の機会を維持している必要はある)や司直の手に委ね、治療者は傾聴に徹すれば良いのである。患者はやがて、治療者の関心が自分の被害や症状にではなく、自分自身に向けられていることを理解し、被害を誇大化することを止めるようになる。いずれにせよ、臨床家が外傷体験を含む過去を聞き続けるのは、親への憎悪をあおるためではないし、大人の責任から逃れて他人を非難する者たちに手を貸すためでもない。話し手が過去から解放されることを助けるためである。

おわりに

かつて筆者7)はアルコール依存を抱えた夫婦間に生じる相互作用について報告し、その論文の中でアダルト・チルドレン(AC)について触れた。彼らは親の片方ないし双方に嗜癖者を含むアダルト・サヴァイヴァーズ(AS)であった。後に筆者9)はACの存在様式をトラウマ後遺症の枠内で説明し直すことを試みたが、彼らの治療について系統づけて叙述出来るようになったのは、ようやく1998年11)に至ってのことであった。今回は、敢えてその際の記述を離れ、Mary Harvey 率いるケンブリッジ病院のVOVプログラムの枠組みに沿って記述した。狭義の臨床においては、暗中に模索を重ねながら著者たちがやってきたことと、VOVプログラムとの間に本質的な差があるわけではない。しかし決定的な差はあって、それは彼女らの言う「生態学的視点 ecological view」の質である。生態学的モデルとは、一言で言えば、地域の資源を活用しながら、患者を地域の特性に沿って回復させて行くことであり、場合によっては医療・心理・福祉チームの存在しないところでも、サヴァイヴァーの回復を達成できるようにすることである。そのためには支援者(advocate)と呼ばれる市民ボランティアたちの育成が欠かせないのだが、その中核になるのは回復の進んだサヴァイヴァー(「サヴァイヴァー自己」を越えて「個人的自己」に到達した者)たちであろう。回復(recovery)という名の精神的成長(spiritual growth)を遂げた者たちの中からは、「サヴァイヴァーの使命 survivor’s mission」5)に目覚める人々も出てくる。この種の支援者の層を厚くするのも、我々臨床家の仕事であろう。

文献

1) Harvey,M.R.: Memory research and clinical practice: A critique of three para digms and a framework for psychotherapy with trauma survivors. In:(L.M.Willi ams,V.L.Banyard eds.) Trauma & Memory, Thausand Oaks:CL.,Sage Publications,1 996.(記憶の研究と臨床活動:3つのパラダイムの分析とトラウマ・サヴァイヴァーへの精神療法の枠組み,アディクションと家族,16(3),325-336, 1999.)
2) Harvey,M.R.: Treatment for victims of sexual violence in the family and in s ociety; An ecological framework and a “Stage by Dimentions" approach to in tervention. Paper presented at 10th Meeting of Japanese Society for Studies of Addictive Behavior,Tokyo,1999.(性的虐待犠牲者への家族的社会的治療:介入に関する生態学的枠組みと“次元別段階アプローチ",アディクションと家族,17(1),2000. 掲載予定)
3) Hacking,I.: Rewriting the Soul;Multiple personality and the sciences of memo ry.Princeton University Press,1995.(北沢格 訳)記憶を書きかえる.早川書房,1 998.
4) Herman,J.L.: Father-Daughter Incest. Cambridge-MA, Harvard University Press, 1979.(斎藤学 訳)『父・娘近親姦』、誠心書房、近刊.
5) Herman,J.L.: Trauma and Recovery. New York,Basic Books,1992.(中井久夫 訳) 心的外傷と回復.みすず書房、1996.
6) 三橋順子:親の子どもへの性暴力.アディクションと家族,16(3),316-322,1999.
7) 斎藤学:アルコホリック家族における夫婦相互作用と世代間伝達.精神神経誌、90(9) ,717-748,1988.
8) 斎藤学 編:児童虐待;危機介入編、金剛出版、1994.
9) 斎藤学 編:アダルトチルドレンと家族.学陽書房、1995.
10) 斎藤学:日本の摂食障害者における児童期性的虐待の頻度について.思春期青年期精 神医学,6(2);152-158,1996.
11) 斎藤学、三橋順子、飯塚浩:児童虐待後遺症者の診断と治療.(斎藤学 編)児童虐 待;臨床編、金剛出版、1998.
12) Saito,S.: Childhood sexual abuse and dissociation in Japan. A clinical overv iew from an outpatient clinic standpoint,Psychiatry and Clinical Neuroscienc es,52(Suppl.),151-155,1998.
13) 斎藤学: 封印された叫び; 心的外傷と記憶.講談社,1999.
14) Trickett,P.K.,Putnam,F.W.: Developmental consequences of child sexual abuse. In(P.K.Trickett & C.J.Schellenbach Eds.)Violence Against Children in the F amily and Community.39-56,Washington,DC,American Psychological Association,1 998(性的虐待が子どもの発達に及ぼす影響、アディクションと家族、16(4)、1999.
15) van der Kolk,B.A.: Trauma and memory.Psychiatry and Clinical Neuroscienc es,52(Suppl.),97-109,1998.

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Posted by ssworld