児童虐待によるPTSDの治療(1/3)

以下は、ある学術書の一章として書かれたものの抜粋である。専門家向けに書いたものだが、書き直す時間を惜しんで、多くの部分はそのままになっている。昨秋来日されたメアリー・ハーヴィ博士の治療論にも触れているので、参考にして頂きたい。元の原稿にあった文献は、日本語になっているもの、翻訳刊行予定のものを除いてすべて摘除してある。

はじめに

意識され命名されていないものとは存在していないものである。存在していないものは、当然のことながら見えないから、検討の対象になることもない。児童虐待とは長い間、そうしたものだった。親と呼ばれる養育者・監護者から子どもに向けられる身体的心理的暴力や養育放棄に「児童虐待とネグレクト(child abuse & neglect)」という呼称が付されたのは、20世紀も後半に入ってからのことである。8)

多くの子どもたちが不適切な養育を受け、その結果死ぬこともあるという当たり前のことが明瞭に語られるようになってみると、生き残って成人に達したものたち(adult survivors)にも、児童虐待・ネグレクトの影響が残っていることに関心が向けられるようになった。4)8)

「児童虐待とネグレクト」は主に小児科医たちの手で発見され、「アダルト・サヴァイヴァー」たちは主として精神科医たち10)が関心を寄せた。そして強姦という外傷体験に関心を寄せたフェミニストたちによって成人の性暴力の対象にされた女児(現在では男女児)の児童期性的虐待が明るみに出されるようになった。4)

この時期は偶然、ヴェトナム戦役がアメリカの敗北で終わり、帰還兵の中から自分たちの特異な精神障害(かつて「砲弾ショック」と呼ばれたもの)について国防総省が責任を持つべきだという声が上がった時期に一致していた。5)

ヴェトナム戦役の復員軍人に見られた戦闘ストレス後遺症の研究から始まった急性ストレス障害(ASD)と外傷後ストレス障害(PTSD)の研究は、やがて二つの方向へと分岐した。災害、事故、暴行・傷害などの単一外傷体験(single/simple trauma)の研究とは別に、家族という密室内で、幼少時から長期にわたり、様々な形で周囲の大人たちから受ける外傷的体験の影響が検討されるようになり、後者の専門家たちは、複雑性トラウマ(complex trauma: Herman5))ないし複合型トラウマ(combined-type trauma:van der Kolk)という名称を提示するようになった。

我々日本の社会は「児童虐待の発見」に大幅な遅れを取った。その結果、日本には児童虐待・ネグレクトの問題が少ないように見えるのだが、それは錯覚に過ぎないことに我々は徐々に気づかざるを得なくなっている。日本においても斎藤8)10)11)、Saito12)、三橋6)といった報告が徐々に蓄積され始めた。

1.アダルト・サヴァイヴァーの特徴

アダルト・サヴァイヴァーとは、何とか生きて思春期、成人期に達してはいるが、かつての外傷体験の影響を心身に色濃く残している人々である。彼らは不眠と悪夢、パニック発作、解離性障害や身体化障害、抑うつ・無気力と自己嫌悪、自傷と自殺未遂、独特な対人関係様式(対人恐怖を持ちながら、心を開いた他者に対しては著しく依存的になり、退行し、攻撃的になる、など境界性人格障害とされてきた人々の人間関係に近く、両者の重なり合いないし連続性が議論の対象になっている)などの情緒的・行動的な問題を抱えていて、自己治療の試みと思われる様々な嗜癖行動(アルコール・薬物依存、摂食障害、恋愛嗜癖、など)を持続していることが多い。19世紀末にヒステリーとして一括された症状群は、20世紀に入ると、その一部が急性分裂病性反応、非定形精神病、精神分裂病などに包含され、他の一部(かつてヒステリー人格と呼ばれていたもの)は反社会人格、境界性人格、自己愛人格、演技性人格などの人格障害として分類されるようになった。そしてついにはヒステリーという疾患単位の解体に至り、解離性障害、身体表現性障害(特に身体化障害)などに分解されている。

ところが、この過程と同期するようにして、横断的診断分類(DSM、ICDなど)の基本概念と対立する縦断的診断分類が外傷後ストレス障害(PTSD)としてDSMの中に混入するようになり、1980年代に入ってからの多重人格に対する関心の再燃(19世紀の後半に二重意識として、記憶の科学の誕生の契機となった3)13))と相俟って、解離性同一性障害(DID:Dissociative Identity Disorder)を一方の極とし、既述したような人格的偏倚を他方の極とする解離性連続体(dissociative continuum:Putnum)の概念と、その縦断的、起因的要件としての幼児期・外傷性ストレスという3次元的な症状発生機構が想定されるに至っている。こうして、精神分裂病と気分障害を中核として成立してきた現在の精神障害診断分類の整合性が根底から揺さぶられているという現状がある。こうした議論は本稿の目的ではないので、これ以上には立ち入らないが、DSMの第1軸診断をPTSDとし、第2軸診断に境界性人格診断を記さなければならない症例が増加しているという事実には注目を促したい。この治療に関する論考が対象としているのは、こうした患者たちである。

近年のPTSD研究は、外傷性ストレスの及ぼす脳の器質的変化、特に解離性健忘と関連した海馬萎縮(専らMRIによる海馬容量の測定研究)や脳シンチグラムによる扁桃体領域の血流障害、PETを用いたブローカ中枢部の機能低下など、脳図像学的研究に画期的な進展を見ている。本稿に詳述するゆとりはないが解離性障害が外傷性ストレスによって生じたコルチコ・ステロイドやオピオイドによる海馬損傷を前提にしている点についは、もはや結論に至ったと述べて良さそうである。

明らかになりつつあるのは、脳神経系の器質的・機能的障害ばかりではない。児童虐待という被害体験は情緒面だけでなく、身体的側面にも大きな影響を及ぼしている。(Trickett,P.& Putnam,F.14))は、公的記録で性的虐待が確認されたものについて、各発達段階ごとに対照群との比較を試みている論文の集積を分類しているので参照して頂きたい。

2.回復の3段階

ASD、PTSDを問わず、心的外傷にさらされたものは以下のような回復過程を辿るものである(Herman11),Harvey8))。

(1)第1段階:安全と自己管理

この段階の治療テーマを要約すると、「症状の管理」、「行動修正」、「“犠牲者自己”の認知」である(図1)。

トラウマからの8つの回復基準

アダルト・サヴァイヴァーは日々の生活からのさまざまな刺激を、自分を襲う刃のように感じている。押し寄せる現実に巻き込まれて、生きる方向を見失い、周囲の親密な他者からのケアでさえ、敵意に満ちた攻撃と考え、自らの内なる攻撃性を肥大させてしまう。その攻撃性は誰よりもまず自分に向けられ、自分を蔑み、憎む。こうした人々にとっては、ストレス刺激のない平安な時こそ、最も危険な時である。こうした時、かれらは自己との対面を強いられ、空虚感の苦しみにさらされ、それを自殺念慮、自傷行為、自殺企図などの形で表現しがちだからである。こうした状況で治療につながった人々に対する第一の処置は、彼らの内面や記憶にいきなり立ち入ることではない。まず当面の現実課題の処理に力を貸すことである。

それは例えば、不眠や食欲不振の訴えに対処することであり、パニック発作や予期不安を軽減することである。薬物療法も、これのために用いられるものであるが、初期の患者管理に欠かせないのは、彼らの社会的コンテクストを慎重に把握して、「危険な場所」から抜け出させ、より安全な場所に移ることを勧めるというソシアル・ワークである。親が自分を圧迫し、迫害すると信じている人が、そうした親のもとにいつまでも留まっている場合、夫からの暴力・暴言にさらされながら、その関係をいつまでも断てないでいるという再犠牲化(revictimization)が生じている場合などがこれに属する。彼らは自分を取り巻く問題を整理して、切迫した課題の処理についての優先順位を決めなければならないのだが、こうした処理を彼らだけで行うのは難しい。安全の確保のためには、どこに身を置き、誰との関係を断つかということについて、援助者・治療者は、患者の迷いに付き添い、適切な解決に辿りつくのを見守るという仕事をしなければならない。この種のソシアルワークの中で、公的な援助資源についての情報を与えることが必要になる場合もあるし、被虐待女性のためのシェルター(避難所)を紹介しなければならない場合もある。自助グループや代弁者・支援者(advocate)との接触は、安全感を高める有効な資源であるが、日本の社会では、今のところその数は限られている(とは言えまったく無いわけでもない13))。(続く…

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Posted by ssworld