現代家族の問題点とその展望(2/7)

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2、家族は変容したのか

それではマクロの方からいきますが、精神科医として、このごろよくみなさんから質問されるのは、最近の家族というのは変わったのかということです。家族は崩壊に向かっているんだと初めから決めていらっしゃる方もいて、どっちの方向に崩壊したのか、いま、いろいろ起こっている子供たちの事件というのはその結果なのかと、こういうご質問なんです。まずこういうときには、「現代」という言い方には眉に唾をつけておいた方がいいですね。現代、現代といっても、いま起こっている問題というのは、本当にいま起こっていて昔はなかったのかどうか考えた方がいいですよ。案外怪しいもので、いま気がついたばかりだが、大昔からありましたということが多いのです。それが必ずしも家族の変容みたいなものと結びついているわけじゃないということがあります。

1)児童虐待の例から

この手の一番いい例は児童虐待でしょうね。1990年の5月に、東京で夜中に頭から血を流して歩いている子供がいまして、その子は駅の屋根のついたところで寝ていたり、コインランドリーで寝ていたりする。それでおまわりさんに何度も保護されているんですが、そのつど家へ帰るとまた血を流して出てくるので、こんな頭から血を流したりして歩いているのを何度も目撃される子供は、当然すぐ保護されるだろうと思うと、なかなか保護されない。理由は両親が揃っているからです。しかし、この子にとっては両親が揃っていることの方がよっぽど迷惑です。殴っているのは親ですから。これはわかりやすい例です。虐待しているということが一目瞭然で、虐待の印みたいなものを額にくっつけて歩いているんだけれど、それが全然保護されなかったんです。

たまたま、その地域に子供を亡くしたばかりという保健婦さんがいまして、その子供のことを福祉やコミュニティ・ケア、おまわりさんも含めた、そいうことをやっている人はみなこの少年のことを知っているんですよ。しかし、誰も何もしない。みんな親がやるべきだと思っているからでしょう。しかし、その保健婦さんだけは一人放置できなかったんです。

みなさん、『ハイヌーン』という映画を見たかどうか知りませんが、大昔の映画でゲイリー・クーパーという役者さんが主演をやった。自分一人で悪人たちと戦わざるを得なくなっちゃって、保安官を辞めたのに、もう一回その役割について一人で自分の命を賭けるわけです。
あれと同じようなことをある保健婦がやったんです。保健所では家族の問題に手を出すなと言うし、同僚たちもあんたやり過ぎよという。彼女は単身で子供がどういう状況になっているか家族を訪ねていますが、そのお父さんというのはシャブ中でアル中でした。

その子供が空の洗濯機に逆さまに入れられて回されてたという話もあります。その手の話をちゃんと証言にしてくれれば警察は保護すると言っているんですが、誰もそんな責任をとって、あの人はこういうことをしてましたよ、みたいなことを言う人は近所ではいないんです。
こんな状態で彼女は近隣、それから同僚、家族は福祉事務所の世話になっているのでそちらの方の人たち、誰も相手にしてくれないので、それで私の所に来た。私がまだ東京都の研究所にいたときですけれど。私は元からアル中の家のお父さん、アル中おじさんとその妻とか子供の問題を扱っていましたものですから、東京都の研究所に来てからも、東京都内23区と都下のいろいろな保健所や市町村の保健婦さんから、私のところに電話が入って来ていたんです。こういうケースがあって、こうなっていますがどうしたらいいですか、みたいなことですね。たまたまそういうことでもって、その人もしょうがなくて私の所にかけたんでしょう。

実は、私は児童虐待というのは児童精神科医を中心にきちっとした対策がなされているんだと思っていた。対策がなされていて大した問題になっていないんだから日本では少ないんだろうと思っていた。変だなとは思っていたんです。アル中の家族の中ではしょっちゅう叩く母や粗暴な父というのがいて、もっと多いのは放置する父や母ですよね。子供を置いてどこかへ行っちゃうみたいな。こういうのが実際あって、私自身がケアにあたったりしているんだけれど、全体に問題になっていないでしょう。精神医学の世界でも福祉の中でもあまり話題になっていないから変だなとは思っていたんですけれど、何をやっているんだと思ったんです。彼女の同僚たち、それから上司、他の機関、例えば福祉事務所の人たち、虐待されている子供の保護については行政の拠点として働くのが児童相談所なんですが、特にその児童相談所が全然手を出さないので変じゃないかと怒りを感じました。

私がこういうときにやることは決まっていまして、そのケースにかかわるいろいろな人たちを全部一堂に集めちゃうんです。招待状を書けばいいんだから簡単です。そのときは、その子が行っている学校の先生も含めて30通くらい書きました。彼を保護したことのある警察官たちにも出しました。警官が2人来ました。学校の先生は来ませんでした。クラスでは何の問題もないので関係ないという返答です。ほとんどの機関は一応顔を出しまして、このお父さんは病歴が凄まじいものだから精神科医だけで3人くらい来ました。覚醒剤で入院していた頃の担当の先生とか、アルコールで入院していた頃の先生とか、いま相談を受けているところの先生とか、25、6人集まったところで、どうしたらいいのか、この子供の問題をみんなで話し合いました。これが一番いい方法です。こういうのを私は勝手にネットワーク・セッションと呼んでるんですが、これをやるとだいたい一つの方向が出てきて、一番先に打たなきゃいけない対策、後でもいい対策というのがはっきりしてくる。手を付ける課題の優先順位が決まらなければ何にも解決はできないですよね。

みなさんもそうです。何か悩んでるときに、実行可能な課題、目前にぶら下がっている課題が見えてこないときは、課題は解決できないですよね。順序が決まってきて、最初にこれをやって、次はこれとわかっていると、いつの間にか、その問題は解決している。

この場合は、とりあえず子供が毎晩血を流すことからやめさせなくちゃいけないので、親から離そうじゃないかということになった。そうしたら、児童相談所の人が、「児童相談所というところは子供と親との関係を調整して修正するとことろだから、嫌がる子供を取られることを恐れている親から子供を離すことはできない」と言ったんです。そういうふうになっていると言うから変だなと思って、それで私は弁護士を呼んだんですよ。「子供の人権110番」というのに電話して、「現にいま家に帰ると生命の危険のある子がいる。その子は、児童相談所の所長が親から分離するべきだという意見を家庭裁判所に上げて、そこの判事がそのように判断すれば分離できる。しかし、児相はそれをやろうとしない。児相は親と子の仲を良くさせるのが仕事だと言っているんだが、本当にそうなのか」と聞いたら、「そんなことは児童福祉法に書いてない。ところで先生、児童福祉法をちゃんと読んだか」と言われて、それまで全然読んだとこがなかったんですが、ようやく読みました。みなさんの中でこれから教職のコースとか課程を取ろうとかいう人、幼児と出会うような仕事に入ろうという人は、児童福祉法は何度も何度も読み返しておかないと駄目ですね。私自身も四十を超えてから一生懸命読んだんですから、人に言えたことではないんですが。

でも、よくあります。保育園の園長さんとかから、電話があって、うちの子がアイロン形の火傷を二回もしてきたんですけど、こういう場合どうしたらいいんでしょうと。児童福祉法の25条にちゃんと書いてあります。虐待されていると思われる子供を見たら、最寄りの管轄の児童相談所に電話しろと書いてある。電話したって何も動いてくれませんが。でも、そういう市民からの通報が増えれば多少はそれに応じた組織になっていくでしょうね。だいたい知らないですよね。教職に就いている人も知らない。私も知りませんでした。見たら何も親と子を分離しちゃいけないなんて書いてないし、むしろ親権の剥奪みたいなことまで踏み込んで書いてあります。

それで、これをやろうじゃないかというんで、それは児童相談所長が家庭裁判所いこうこうこういう理由で、親の権利というのを一時止めないといけませんみたいなことを言わないといけない、というのです。言ってくれと言っても、そんなたくさんの書類--手で示しましてね、こんなに書類を書かなくちゃいけないんですって言うのです。書けといったんです。すったもんだして、その子供はそれから2年して養護施設に入ることができました。それは親の方で児童相談所で大暴れしてくれたものですから、ようやく家庭裁判所で親権を取り上げるという判断をしてくれました。もっとも、最初に家裁に行った時には別の判決が下されました。家庭裁判所でのお父さんはとってもいい人に思えるんですよ。それで、これから私は子供を可愛がると言うから、裁判長が子供にどうすると聞いたら、子供は帰ると言う。帰ると言いますよ、それは。子供は養護施設なんか知らないんですもの。どんなに殴る親だって、実の親がおいでと言ったらそっちへ行きます。聞く方が馬鹿ですね。それで一度帰したんです。帰した後でもう一回事件が起こって、そのときにお父さんが児童相談所の面接室で刃物を出して大暴れしたんです。それで、これは駄目だという話になって子供は養護施設に送られて、だから、まだ生きてます。

この例なんていうのは、子供が6歳のときですからね。解決した時には8歳でしょう。大きいですよ。言葉を持つようになってからの子供です。これが2歳児、3歳児だったら自分のされていることも訳が分からないし、それで一度保健婦さんが行ってこれは大変だと思って、二度目に行った時にはお葬式が出てたみたいな話は、いくらでもあるんです。

2)子供の虐待防止センター

このことでよくわかったことは、役所というのは使い方なんだなと思いました。電話を一本いれればいいんです。「このケースについては私は関心を持ってい。どのような処遇になるかしっかり見ているのでよろしく」と言っておくと、役所は市民の声というのに弱いんですよね。あなたがたの動きをよく見守っていると言うと、わりと誠実に対応します。
それで、23区の某区の児童相談所は、一所懸命家庭裁判所に書類を作ったりして提出したんです。ただ、わかったことは、判事たちは児童虐待ということについて何も知らないということ。私も知らなかった。それで大変だと思いました。思って、そうか、という人は学者で、思って動く人はおっちょこちょいというんでしょうか。

私はそんなに暇だったわけじゃないですよ。90年前後は年に一度はWHO(世界保健機構)の仕事でジュネーブに行ってました。WHOのスーパーバイザーというのをやっていたんです。アル中とか薬物乱用とか、そういうもののコントロールをどうしようかという会議だったんですが、そういうこともありましたので結構忙しかったんですが、この問題はちょっと大変だなと思いまして、私が相談した弁護士たちとホットラインを作ったんです。私は子供をいじめてしまっている、あるいはいじめてしまうんじゃないかと思う親たちからの通報と、それから私は親にいじめられているという言葉を持った子供の通報と、それを聞く人という配置です。こういうのは治療というよりも家族介入といいます。ファミリー・インタベンションとかクライシス・インタベンションと言いますが、そういう介入、おせっかいの仕事をするという組織をつくって、これを「子供の虐待防止センター」と名付けたんです。

これは数年して、今は東京都の社会福祉法になっていますが、当時はまったくの任意団体で、無謀にもその電話相談に私は直接あたろうとしたんです。ちょっと準備的な作業をやってみたらこれは駄目だと。電話が鳴りっぱなしで他の仕事が手につかないです。急遽、私と弁護士ともう一人自立援助ホームということをやっていた広岡さん--この人は東京大学で物理学者をやっていて、そのうちにそれを辞めて思春期の子供、非行少年の援助ホームをつくったという不思議な人ですが、この3人でなけなしのお金を20万円ずつ出して電話機を買ったり、当時はどこからもお金は出ないですから、電話番をしてくれる女性を2人雇って、週3日ずつ交替でやってもらったんです。

ポケットマネーを出していたのが1年くらい続きました。これはたまらないというので、寄付をもらう書類を作って実際に足を運んだりしました。今は東京都の社会福祉法人になっています。

そういう動きを数年やって、今、みなさんは児童虐待というのを、5年前の私みたいにはのんびり考えていなくて、そういう問題は日本にもあって大変だなといううっすらとした意識があるようになっています。あの僕らの動きがなければ、今でもないと思います。何か問題が起こったときに、これはもしかしたら児童虐待じゃないかとか、もしかしてワイフ・バタリングじゃないかとか。これはドメスティック・バイオレンスという名前で呼ばれていますが、夫ないしセックス・パートナーが妻を殴っていることです。こういう問題が背景にあるんじゃないかなということを考えないと問題がよく見えないということがいくらでもあって、私たちの認識がまず必要です。そういう場合がある、ということです。よく私たちはこういうことが常識で当たり前だと思い込み過ぎていて、起こってくる問題がよく見えないということがあります。
私は医学部の学生だったときにさんざん耳タコで聞かされてきて、やっぱり医者になって間違えた問題が1つあります。それは女性をみたら妊娠と思えと言われていたんです。前々から言われていた。別に産婦人科の教授から言われているだけじゃなくて、どこの科でも言われた。

臨床家というのはみんなそれで失敗しているからだと思いますが、そんなことわかってるよ、当たり前じゃない、なんて思っていたんですが、やはり精神科医になって医者として働いていて何回か間違えました。妊娠という一つの事実を念頭に置いておけば当たり前のことが、嘔吐、めまいなんていう症状に惑わされちゃって、患者さんからそういう情報がなかったりしますと、別のことを考えてものすごい奇病を考えちゃうんです。私みたいに精神症状を取り扱っているものから見ると、いわゆる解離性障害とかヒステリーとか、あるいはもっと多発性の脱髄疾患みたいな神経病が起こってるんじゃないかとか、そう考えてしまう。
そういうようなことが、家族も一見まともで非常に紳士な感じの温和そうなお父さん、それから知的な、現に大学卒の奥さんなんていう組み合わせですっかり間違えちゃって、もしかしたらというのを忘れると、悲劇があちこちで起こってしまいます。(続く…

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Posted by ssworld