2009年12月21日

Dr.斎藤への質問(8)いつの日か、ありのままの私をぶつけたい

----------------------------------------------
11月30日 女性
----------------------------------------------

  斉藤先生、こんばんわ。

 どなたかの質問に、このままでいい、という安心感を感じる練習をするようにありました。

 私は、時々、過食嘔吐したりパキシル飲みながら、二人の子供の母・会社員・主婦(夫が半分家事をしてくれていますが)をしています。

 日常生活のほとんど、このままでいいと感じることができず、常にそれぞれの役割をがんばって演じている感覚で、そのままの自分で受け入れられる自信がなく、仕事以外は引きこもりで、罪悪感を感じながら、夫を虐げています。

 演じている自分を眺めている感じや、離人感や虚しさを感じます。

続きを読む "Dr.斎藤への質問(8)いつの日か、ありのままの私をぶつけたい"

↑ページの上端へ][←IFFトップページへ

2009年11月20日

人に関心を持つこと

image060728.jpg 皆さんの言う問題行動は、自己を獲得するための1つの方法だと思うんです。
 どういう時に皆さんは自己を獲得するか。
 たとえば、ふだん安楽に羽毛布団に包まれて寝ている時には自分というものは認識する必要がない。立って歩く時には重力を感じて、歩いているのは自分だと感じやすいですが、それだって慣れてしまえばあまり感じなくなるでしょう。走ると風を切る感覚があるから、走っているのは自分だという感じがします。

 その代わり、ストレスがかかります。寝ているよりは立っている方がストレスだし、立っているよりも歩く方が、歩くよりも全速力で駆ける方がストレスです。そういう時、皆さんは自己を感じるのです。

 だから皆さんは、しちゃいけないと言われていることをした時、すごく自分というものを感じます。世の中、「盗んじゃいけません」という時に、「やってやれ」と思う。まずいなと思いながら盗っちゃったという時に、自己を感じるわけです。やっちゃいけないはずの過食嘔吐、あるいは皆がいる時にブーッとやる。子どもの場合だと、突然皆の前で「ウンコ!」と叫んでみたりしますね。そうすると、自分というものを感じられる。

 やっちゃいけないはずのことを、ルールに反して盗っている自分を感じる。

続きを読む "人に関心を持つこと"

↑ページの上端へ][←IFFトップページへ