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2009年11月20日

人に関心を持つこと

image060728.jpg 皆さんの言う問題行動は、自己を獲得するための1つの方法だと思うんです。
 どういう時に皆さんは自己を獲得するか。
 たとえば、ふだん安楽に羽毛布団に包まれて寝ている時には自分というものは認識する必要がない。立って歩く時には重力を感じて、歩いているのは自分だと感じやすいですが、それだって慣れてしまえばあまり感じなくなるでしょう。走ると風を切る感覚があるから、走っているのは自分だという感じがします。

 その代わり、ストレスがかかります。寝ているよりは立っている方がストレスだし、立っているよりも歩く方が、歩くよりも全速力で駆ける方がストレスです。そういう時、皆さんは自己を感じるのです。

 だから皆さんは、しちゃいけないと言われていることをした時、すごく自分というものを感じます。世の中、「盗んじゃいけません」という時に、「やってやれ」と思う。まずいなと思いながら盗っちゃったという時に、自己を感じるわけです。やっちゃいけないはずの過食嘔吐、あるいは皆がいる時にブーッとやる。子どもの場合だと、突然皆の前で「ウンコ!」と叫んでみたりしますね。そうすると、自分というものを感じられる。

 やっちゃいけないはずのことを、ルールに反して盗っている自分を感じる。

 そういうことをしないと自己を認識できないところまで自己が失われている。自分を確認できなくなっている。逆に言えば、それだけナルシスティックになっているわけです。万引きをやる人は、くっきり太い線で「私」というものを強調したい人です。クレプトマニア(窃盗癖)と呼ばれている病気は、自己確認のためです。

 同じことは摂食障害についても言えます。わざわざ食べて吐くというのは、普通やってはいけない行為なので、「それをやっている私」というので、風を切って走るのと似て自分を感じる。その一瞬だけしか自分を感じられないから、手放せない。

 やめてしまうと空虚で、自分がなくなっちゃったみたいで、苦しくて苦しくてならない。中には、過食嘔吐や買い物しすぎというのは抜きで、いきなり空虚で虚しいということで私のところに来る人もいる。

 私に言わせれば、はなから空虚なんですよ。誰だって、いなくていいものなんだから。なぜそんなことが現代の人たちの問題かといったら、皆、1人1人かけがえのない個人で、大事にされて、世の中で自分の意志を保つべきですと言われて、自己ノイローゼになっているんですよ。

 個性と言っても、それぞれそんなに変わっていませんよ。せいぜいアジア人とアメリカ人くらいの違いでしょう。皆、二足歩行しているし、目は前についてるし。世の中には美女がいて醜男がいるように思っているけれど、よく見ればほとんど変わりません。時代によって好みも変わるし。
 個性というものが非常に大事にされていると思うから、自分がどのあたりに位置づけられるかというのにノイローゼになって、それで皆おかしくなっているんです。今は特にファッションによっておかしくなっている。年齢を感じさせない体型とか、太りすぎだとかやせすぎだとか。

 この際、どうでしょう。無料で自分を認めてもらって十分に親切にしてもらうなんてありえないから、そういうのはあきらめる。ビートルズが「アビー・ロード」の最後で歌っているように、「私が愛した分だけ愛される」で行ったらどうでしょうね。

 愛というのはすごく誤解されやすい言葉で、非常に形而上的な愛からポルノビデオの愛まで、いろいろです。だから、関心という言葉に言い換えたらいい。自分が関心を向けた分だけ、人からも関心をもらえる。

 そういうふうに割り切ってしまうと、楽ですよ。いろいろな問題を背負いやすい人はだいたいナルシストで、自分だけに関心がそそがれていると思い込んでいて、人には全然関心を持たない。誰もそんなに見ていないのに、一生懸命、出歩けるための工夫をしてから外に出ようとしているでしょう。「十分やせてから出よう」とか。

 自分の方が他人を見るということを一生懸命やるようにすれば、見るというのは単に見るだけじゃなくて、関心を持つことだということがわかってくる。
 誰でも一定の空気を押しのけて、存在としてあるわけだから人に見えるわけで、見えるというのは関心を持たれるわけですから。自分が見えるかなあと思う時は、道で倒れてみたら? 誰か声をかけてくれる人がいるでしょうから、そこで立ち上がって、「どうもお世話さまでした」と、これでいい。
 それでテストがすんだら、今度は人に関心を持つことだけする。できればポジティブな関心がいいけれど、「あらー、生きてたのねえ!」というのも愛ですからね。

 「そう言うけど、あんたの方がよっぽど人に憎まれてるわよ!」という返事が返ってきたら、それまでの憂うつな気分が吹っ飛ぶ。怒りは人を活性化しますからね。「表に出る?」とか言われてこてんぱんにのされたら空手道場に通うとか、だんだんポジティブな方向に行きますね。

 今日の私の話は、皆さんはだいたい似たようなことをしてほしがっていて、努力しないで皆にかわいがってもらいたい、誰よりも自分がその場で一番の関心をひきたいと思っているということ。

 それは個性でも何でもなくて、皆そう思っているのです。皆、それほどの個性はありません。誰でも口か鼻で息をしているし、髪の毛も多い少ないの違いしかないという、そういう話です。

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