カテゴリー「新Q&A5」の一覧

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2006年07月19日

子どもを可愛がれない(1/3)

image060719.jpg(Q)何故でしょう? 子ども(2歳女児)が可愛がれないんです。いえ、可愛いと思うときもあるんですよ。でも、ときどきどうして私がママなんだろうなんて考えてしまうんです。
 実家の隣に家を建ててもらってるんですが、そこにいるときが本当の私と思ってしまいます。このごろは夫の姓の□□を名乗っていることさえいやで、私は実家の○○ノリコだと思ってしまいます。だんだん夫の□□ヨシオまできらいになりそうです。

(S)姉さんと一緒に摂食障害(ブリミア)で治療に来ていたかたですね? 先週、姉さんがお見えになってましたよ。また拒食に入ったということで痩せて。相変わらず姉妹で同じようなことをしてますね。

===
(Q)姉には悪いことをしているような気がするんです。姉は遠くに嫁いでいるので私みたいにすぐに実家に行くわけにはいかないし。
 姉が飼っていたキャンディ(ペット犬)も私のもののようになっているし。今の仕事だって姉に紹介してもらったわけだし・・・

(S)確かに姉さんは割り切れない思いをしているようですね。もともと実家思いの人でしたから。
 でも姉さん実家には長くいられないそうですよ。お父さまの顔色が気になるといって。

(Q)それは私もなんです。父は仕事だけの人で家にはあまり居なかったし、いてもいつもイライラしてました。
 今は子会社に出てますが、そこも来年には停年で、以前ほど忙しくないんです。でも今でも家ではギャンディを散歩に連れて行くくらいで他のことはしません。(続く…)

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2006年07月20日

子どもを可愛がれない(2/3)

(続き)
image060720.jpg(S)あなた自身は姉さんにはわだかまりがないんですね?

(Q)姉をうとましいなんてこと思ったこともありません。小さいときから姉の後をおっかけてましたし、すべて姉の真似でした。
 ただ姉のように頭が良くなかったので姉の合格した大学へ進むことははじめから考えていませんでしたが。
 病気になったって姉は長いことそれを家族に秘密にしてきましたし、姉が自殺未遂で入院するまで姉こそ私の偶像だったのです。今でもそれは変わりません。

===
(S)確かにお姉さまはしっかりしてらっしゃった。しっかりし過ぎてましたね。
 お父さまの会社が労働争議で荒れたとき労組の人々が大勢で自宅へ押し寄せてきた。そのときお父さまはお留守で、呆然としているお母さまを押しのけるようにして会社の人々の前に立ったのは高校生のときのお姉さまだったと聞いています。
 毅然と対応する女子高生を見て押しかけてきた人々は大人しく帰ったそうですね。ヒヨヒヨしているようでいて芯が強いんでしょう。しかし強いようで弱い。まとわりついてくる3歳年下の妹を押しのけられず、母親にも甘えきれない。母に甘えられず、反抗もできないのは、多分、お母さまが「不幸」に見えたからです。

 お父さまがお仕事ばかりで、しかも気苦労の多い仕事で家庭にエネルギーが割けなかった。お母さまは寂しさに耐えていた。それが不幸に見えたのだと思います。
 「不幸な母」は娘を引きつけて母・娘カプセルを作りやすいのですが、お姉さまの場合、いつもくっついている妹もいるのでカプセル化も充分でなかった。

 彼女はお母さまを支えることは出来るのに、甘えることが出来ないから病気になったのです。大人になって有名企業に入社してから自分が取り落としてきたものに気づきだした。でも、それを訴えることができずにいるうちに心を病むという抜け道を見つけたのです。しかし引きこもりを続けるほどの図々しさもなかったので、結局妥協して元の「よい子」に戻ってしまった。(続く…)
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2006年07月21日

子どもを可愛がれない(3/3)

(続き)
image060721.jpg 「○○家の娘」にこだわっているのは、あなただけではありませんよ。むしろお姉さんの方が強くて、まだ婚家先の△△家の嫁とは思っていませんし、自分の姓が△△になってしまったのを悔やんでいらっしゃる。
 彼女が子どもを欲しがらないのは自分自身がまだ赤ちゃん返りの野心から自由でないからです。そうこうしているうちに妹が出産して、肝心のお母さまの関心が妹の子の方へ行ってしまった。今、お姉さまがウツっぽくなっているのはこのことと無関係ではないと思います。

(Q)そういうこと私にはわかるんです。でも、だからと言って、実家のことについて姉に譲歩する気にはなれません。

===
(S)そうそう。そういうふうに、あなたたち仲良し姉妹は実は葛藤関係にある。だからあなたもオチオチ□□家の嫁をやってられないんです。
 むしろ姉に対抗して実家を死守したいというのがあなたの本音でしょう。それがまた姉の真似っこをしてきたあなたにとっての究極の「真似」ですよ。でもそのままではあなたはいつまでも母親になれない。何とかしなければならない。

(Q)どうすればいいのですか?

(S)だいたいあなた方姉妹は今言ったようなことを言葉に出して語り合ったことがありますか?
そうでしょ。ないでしょ。まず、そこから始めることですね。二人で会ってもどうせこのことは話せないで終わりますから、私が同席した方が良いと思います。

(Q)こんな私でも母でいていいんでしょうか?

(S)人の母性というのは生まれつきプログムラされたものじゃないんですよ。母子の相互作用の中で育ってくるものなんです。
 実家や姉さんに対するあなたの執着が薄まるにつれ、子どもの変化が魅力的になりますよ。それが子どもにもわかってあなたにもっと近寄るようになります。それであなたはいっそう子どもに夢中になる、という具合にあなたたちの関係は良くなるに決まっています。(終わり)
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2006年08月03日

「胸の重石」の正体(1/5)

image060803.jpg(Q)25歳になります。中学ころからずぅーと現実感が無くて、胸に重石が入っている感じがしていました。それが苦しくて、19歳、大学2年のときに校舎の2階から飛び降りてみましたが、死ねませんでした。
 それをきっかけに学校を辞めて、それから暫くして家も離れてアルバイトを幾つかしてきましたが重石は増すばかり。このクリニックへ来て治療を受け始めましたが、胸の苦しさは変わりません。

 最近は胸が痛くて張り裂けそうでたまりません。昨晩はボーイフレンドと一緒だったんですが、セックスしても何も感じなくて、そのまま裸で外へ出てタバコ吸ってました。
 これじゃ生きていてもしょうがない。死のうかなと思って彼の部屋、3階なんですけれどそこまで戻って飛び降りようとしたけれど、やはり怖くて部屋に戻ったら彼はイビキかいて良く寝てました。

===
 私は風呂場へ行って手首を切ったらけっこう血が出た。いつのまにか彼が起き出してきていて、しゃがんで手首の血を見てた私の後ろに立ってて、それからティシューを持ってきて傷口に強くあててくれました。救急車呼ぼうか?って言いましたが、断って彼のベットに転がったら彼は手首を握っていてくれた。
 私はその後寝ちゃったらしいんですけど、彼は私がまた部屋を出たり手首を切ったりするんじゃないかと心配して、ずっと朝まで起きててくれたそうです。

 このままこんなふうに過ごしていてもしょうがないかなって思います。この張り裂ける感じは何なんでしょう? 治るんでしょうか?

(S)5年前に初めてお会いしたころのあなたは、「胸の重石」と言ってましたよね。ここにこんな風に入っていると絵に描いたりして・・・だから私はセネストパチー(cenestopapathie<仏>,cenestopathy<英>=体感症、体感異常、体感幻覚症)だと思いました。
 ここからは統合失調が始まることもあるし、うつ病がはっきりしてくることもあります。でも、このごろのあなたは「胸が痛い」「張り裂けるようだ」と言ってますよね。変わってきてるんですよ。それに、あのころのあなたはひとりぼっちで放浪していた。帰って来いという親の家には居られないで、どこにも居場所がないようだった。
 今もそれは変わらないのかも知れないけれど、少なくとも今はそのボーイフレンドのところにあなたは居られる。その点は良くなっているのだと思います。

 ただ手首切り、腕切りなどの自傷行為は困りますね。おそらく疎隔感や空虚感を伴う現実感喪失(derealization)が苦しくて、感情をリセットしようとしてやるんですね。
 痛みと出血でアドレナリンやドーパミンが放出されますから覚醒作用もあるし、その後ではおそらくセロトニンの活性化も起こって、精神安定と睡眠導入につながるのでしょう。おまけに出血などのSOSサインによって周囲からの支援も得られやすくなる。いろいろ便利なのですよ、自傷は。

 その重石は何ですか? というご質問ですが、まずいつからそれが出てきたかを考えてみましょう。憶い出せますか?
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講座名日程時間料金対象会場
斎藤学ワークショップ10/07
08
14:00〜20:00
10:00〜18:00
31,500円一般東京麻布
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円
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※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

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2006年08月04日

「胸の重石」の正体(2/5)

image060804.jpg(Q)中学2年のときです。同級生二人とお祭りに行くことにしたんですが、一人来られなくなって二人になった。そうしたら急に話ができなくなって困ったのです。私、それまでは道化師のように冗談ばかり言って人を笑わす子だったんですけど。

 しらけてお祭りから帰ったら、何だか悲しくて泣いてしまいました。それを見た母が「どうしたの?」と訊いてくれたので、その午後にあったことを話しました。でも通じない。私は焦って、もがきましたが説明の言葉が出てこない。
 そんな私に母は長い時間付き合ってくれたんですが、結局私は母に大事なことを伝え切れませんでした。
 そのとき、私の胸に「小石のようなしこり」が残ったのです。

===
(S)その小石が徐々に育って大きな重石になつたのですね。お母さんとの会話の後に生まれた小石って何でしょうね? 

 ある人(30代前半の女性)はそれに似たものを「空隙(くうげき)」と呼んでましたよ。「亀裂(きれつ)」とも。
 その女性は10歳ころとても活発だったそうです。高校生のときには過食しては自室でひとりで泣いていた。この間に何があったかというと、12〜13歳ころ、親たちのセックスの際の母の声を聞いています。
 この女性は3姉妹の長女で、母親を「かわいそう」と思っていた子でした。身勝手で暴力的な父に服従させられている母を気遣い、両親の間を調整しようとして元気な子を演じ続けていたような子でした。
 だから、彼女が元気にクルクル動きまわっていたころ、彼女は母親の分身といった存在だったのだと思います。自分は母で母さんも自分という世界です。でもこの幸せな時代はいつまでも続かなかった。

 だんだんお母さんに批判的な気持ちが出てきて、それを現在の彼女は空隙と呼んでいるのですが、もちろん小さなころはそんな言葉を持ち合わせていません。ヘンな感じといったものだったのでしょう。
 セックスの時の母の声を聞いたことが、この違和感を決定的なものにしました。それでも彼女がお母さんを気遣う気持ちは変わりません。「かわいそうだ」と思いつづけているのですが、その思いが「あの声」以後、「複雑微妙なものになって、かえって母への思いに絡め取られた」と言っています。

 その女性はセックスを嫌悪する少女になり、そうした少女にありがちなように「拒食症」になりました。やがて過食して吐くことを習慣にするようになってからは泣き虫で引きこもりがちな少女になりました。彼女はその「空隙」を食物で埋めようとしていたのです。

 今、その人には優しい夫がいて、自分も保育士としてフル勤務しています。そういう職業を選んだくらいですから子どもは大好きなのですが、セックスはきらいです。そもそも男というものにどこか嫌悪感を持っていて、触られることも苦痛です。その分お母さんへの想いを断ち切れていません。それが辛いので、実家に帰れない。それどころか母からの電話の声を聞くだけでパニックに近い状態になります。

 あなたも実家に帰れないんでしたね?(続く…)
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2006年08月07日

「胸の重石」の正体(3/5)

(Q)ええ。去年の4月にひと月ほど家に居て、そこを出てから帰ってません。母からは帰ってくるようにと連絡があるのですが・・・家に居るといっそう苦しくなるんです。

 このクリニックに来ることを決めたとき、親たちは反対して実家のある県の県立精神保健センターを受診するよう勧めました。そのときも私は自分を説明できなくて、裸になりました。胸から腹にかけて切り下ろした傷跡を見せたのです。それから親たちは私のやることに反対しなくなりました。

===
(S)そうでしたね。あのころ一度だけお母さまにお会いした記憶があります。きちんとしていて論理的なお話のしかたをされる方でした。いわゆる「まともな人」。確か以前は教師としておつとめなさっていたとか。お父さまも先生でしたね。
 あなたはしっかりした家のお嬢さんで、国立大学の教育学部に進んだのに、まるで、そうしたすべての「まとも」に対抗しているかのようでした。多分、あの強力なお母さまの居る家の中に呑み込まれたり、溶かされたりするのがいやだったんでしょう。

 手の甲を蝶々の形の切って、そこにブルーブラックのインクを垂らして入れ墨した。それから家を出て放浪した。ホームレスみたいなおじさんと仲良くなったり、警備員になったり、ゴンドラに乗って高層ビルの窓ふきをしたり。まるで死と隣り合わせみたいな生活を選んできた。

 それらのすべてがお母さんとの会話の後に残った「小石のようなしこり」から始まったと考えると何かが見えてくる気がします。(続く)

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2006年08月08日

「胸の重石」の正体(4/5)

(続き)
image060808.jpg(Q)私には何も見えませんが・・・

(S)お祭りのとき友だちに話す言葉を失って狼狽していたあなたは、そのとき初めて「自分」というものに気づいたんですよ、多分。そんなものに気づきたくなかったから、あなたは大急ぎで母親と話をした。彼女の分身に戻りたかったのでしょう。
 あなたは確かご両親の子どもたちの中の唯一人の娘でしたよね。あの家族の中で、あなたとお母さんだけが女性。それまで2人だけの世界を分かち持っていたのだと思います。その世界に戻りたかったのに、あの瞬間から戻れなくなってしまった。思春期に入って「自己」という重いものを感じてしまったのでしょう。

===
 さっき紹介した女性が「空隙」と呼んだものと、あなたが「小石」と呼んだものとは同じものだと思います。あなたたちは何かの理由で母親に囲い込まれていただけでなく、そこから離れた自分というものを感じることを怖れていた。少なくともそんなものを感じないでいたかった。

 そのように考えると、最初に小さなしこりとして感じられたものが、胸を圧迫し、喉をしめつける岩に成長したのは、その分だけあなたの「自己」が成長したことになります。成長した分だけ「さびしさ」の感情は強まり、いまや「心が引き裂かれるほどにさびしい」のであなたはあのボーイフレンドのところへ行くのです。

 それでもあなたのさびしさが癒されないのは、多分、あなたがお母さまに感じている罪悪感のためです。これはまったく根拠のない罪悪感です。だって成長した娘が母を捨てるのは健康なことですからね。

 さっきの女性と違うところは、彼女は「空隙」を感じたので、その穴を食べ物で塞ごうとした、つまり嗜癖行動で幾分なりとさびしさを紛らわせることができた。しかしあなたは石とか岩とかといった「心を塞ぐもの」を感じてしまったので、それを代りのもので埋めることもできない。嗜癖でごまかせない、ということです。(続く)
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2006年08月09日

「胸の重石」の正体(5/5)

(続き)
image051014_3.jpg(Q)そうすると、その重石はどけられないし消すこともできないというわけですか?

(S)あなたはこの5年、重石を消そうとしてきた。そして消せなかった。それならその重石を自分の一部として引き受けてみてはいかがですか。さびしさを感じるのは大人になってしまったものの宿命ですから。重石はあなたの感情で、その主な成分はさびしさ、それを重く感じさせているのは罪悪感です。
 さびしさについては、その感情を消そうとせず、ただ感じてみてください。それは意外にイキイキとした感情で始終揺れ動いて大きくなったり小さくなったりしています。しかしそれは危険なものではありません。そこからは涙やため息と一緒に詩や歌が生まれます。創作の源泉です。

===
 罪悪感は減らしたいものです。これは人の愚行や悪行のもとです。あなたの自傷や自殺関連行為もここから生まれ、それらを繰り返すたびに罪悪感が強まるという悪循環に入っています。これが生まれたもとを考えてください。それは母親との会話から生まれた違和感だったのですから、その空間に戻ってみるのです。

 そうです。お母さまのところへ戻ってお話しなさい。あなたとお母さまとの間の空間こそ、罪悪感の捨て場です。あなたは自分の心の育つ力を怖れ、それをお母さまに止めてもらおうとした。しかしそれをしてくれないとわかってお母さまを恨んでいる。そこから罪悪感が生まれているのです。

 しかし考えても見てください。子どもの心の成長を砕こうとする親は「危ない親」です。あなたのお母さまはその種の「危ない母」ではありませんから、あなたの幼児退行への願望を受け入れなかったのです。お母さまのもとに戻り、対等な女性として話し、また家を離れるということを繰り返しましょう。あなたの罪悪感は母のもとに帰るたびに減って行くはずです。

(付記)誕生した人の子が母との隙間を感じるのは、ここで話されているよりずっと早い時期、恐らく8〜18か月の間であろう。
 乳児は飢餓と渇えの中に生まれ、母乳への「欲求(必要)」が充たされたことによる原初の充足の記憶を「欲望」として生きる。やがて乳汁(良いもの)が「他者」から与えられるものであることを知らざるを得なくなって「自己」というまとまりと他者との「空隙」に気づくようになる。

 それ以後、生涯を通じて人は「(他者から)見捨てられる不安」におののく存在になるのだが、この不安を緩和する手段も見出す。それは欲求充足の記憶、つまり「欲望」をすり替えることである。乳頭という他者の付属物への欲望は自分の指にすり替えられ、口にくわえられ「空想」のうえで充足する。
 しかしそれは空想だから欲求は充たされることなく、「すり替え行為」は強迫的に繰り返される。嗜癖とはこの種のすり替え行為のことであり、だから「指しゃぶり」は最も早期の嗜癖行動である。

 この問答で取り上げられている「自己」とは、上に述べたような人生最早期の自己感情ではない。思春期の家(母)離れの際に問題になる水準の「自己意識」が話されている。この時期には母親との分離に伴う「見捨てられる不安」と、それと対をなす「呑み込まれる不安」が生々しい主題となる。ここに取り上げた2人の女性は、これら2つの(逆説的に位置づけられた)不安の間で宙吊りにされている。
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2006年08月15日

胸の中の石ころ(1/4)

image060815.jpg 「胸の中の石コロの形があなたの形だ」と先生に言われて1日ばかりジーッと「私の形」を考えてみました。気が狂いそうになりました。

 「私の形」・・・もしかしたらそれは私が今まで生き行動してきた軌跡と、これからどう生きて行くのか・・・ではないか、と思ったら気持ちがほどけました。私の人生に「石コロ」が出現するのは今回がはじめてではありません。

===
 私は田舎の土建屋の「ひとり娘」で幼い頃から「いいムコを取れ」「あととり(男)を産め」と周りに言われて育ちました。
 「まっぴらごめんだ、私は私の人生を生きる!」と上京した時、初めて「石コロ」を感じました。かっこ悪いけどホームシック。田舎が恋しい。さみしい。この苦しさに耐えきれずバカ男(のちのバカ夫)をつかまえ「石コロ」を始末しました。田舎には帰らずこの男とできちゃった結婚をしました。

 次いで「石コロ」はすったもんだを何年もしてバカ夫と別れた後に現れました。「バカが居なくなってせいせいする」のかと思いきやウツ。このときはカウンセラーの所に通いました。
 『愛しすぎる女たち』を読んで私のようだと思ったからです。
 でも、今から思い返せば「治療キョヒ」のクライアントでした。たださみしいから、私のために時間をくれる人を失礼ながら消費していただけでした。

 仕事と新しいバカ男で私は生きながらえていましたが、娘がダウンしました。学校に行けなくなりました。私もこの時、娘と共にダウンできていたら「4桁の借金」を作らずにすんだでしょう。でも私には馬力があった。(不幸な事に)前進して「買い物依存」という次のステージに行ってしまったのです。

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2006年08月16日

胸の中の石ころ(2/4)

(続き)
 私はいつも「自由になりたい」という形のはっきりしない夢を見て生きてきました。でも、「不自由」を手放すとウツになる。先生の言葉「一人で生きる力」がつかないままアディクションという杖をついてもがいていました。今、借金問題が片づいてみたら杖をなくしたようで、またもがいています。「地獄の形」はリアルに思い浮かぶのに「幸せ」とか「自由」とか、私が欲しかったはずのモノの形がわからないのです。

 主治医の先生は「わからなくていい。自由は所有した時でないとわからない」と言ってくださいました。「一人で生きる力」をつけていくにはやはりミーティングだろうと改めて思いました。あせらず行こうと思います。先生のことが「なんだただのジジイじゃないか」と思える日までヨロシクお願いします。でも私きっと「ただのジジイ」の先生も大好きです。(続く…)

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2006年08月17日

胸の中の石ころ(3/4)

image051014_3.jpgコメント
(S)あなたからのお手紙、たびたび使わせて頂いています。わかりやすくて私好みです。いつも事後承諾ですいません。今回は御連絡差し上げましたっけ(そのような記憶もあるのですが、他の方と間違えているのかも知れません)。

 アディクション(嗜癖行動)は切迫した空虚感を防衛する手段ですので、それを手放せばまた空虚に悩みます。あなたがウツと呼んでいるものの本質はこれです。回復というのはこの空虚感を自分で管理できるほどのものに小さくして行くことです。この空虚は感情としては「寂しさ」として感じられます。寂しさには(1)パニックをきたすほどの「赤ちゃんの寂しさ」と(2)そこから創造性と表現が導き出される大人の「寂しさ」があると、どこかで書きました。多分、『「自分のために生きていける」ということ』(大和書房)だったと思います。回復とはこの(1)から(2)への推移のことです。

===
 「一人で生きる」ということには寂しさが伴います。このとき慌てないことです。湧いて出てくる感情には責任を持つなというのが私のお勧めであることはご存知と思います。感情は唾液や汗や屁のようなものです。状況に応じて生じる生理現象ですから自分でコントロールできるものではありません。湧き出てしまったら次の感情へと移るのを静かに待てばいいのです。ひとつの感情の持続時間は20秒から1分前後のものだそうです。勝手に消える泡に過ぎないものにこだわるのは、そうしなければならないという皆さんの信念ないし誤解です。「寂しさ」にしろ「怒り」にしろ、感情を消そうとしていじくりまわすから、一つの感情が長引くのです。(続く…)

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2006年08月18日

胸の中の石ころ(4/4)

 ウツを嗜癖や他人への世話焼きや恋愛で誤魔化すのを止めてみましょう。ちょっと不安に思われるかも知れませんが大丈夫、あなたには耐えられます。そうすると「表現することの願望」が湧いてくるはずですから、創作してください。例えば、ここに掲載したお手紙は既にひとつの創作です。ミーティングで話すことも創作です。あなたはもう自分の空虚を表現する場所と手段とをお持ちになっておられるので「大丈夫」というのです。

===
 この空虚を「隙間」と表現する人と、「石ころ」ないし「重石(おもし)」と表現する人とがいることは先週のブログで述べました。それらの表現はまったく同じものとも言えない気がします。「隙間」という人の方が圧倒的に多く、そうした人々は過食やアルコール乱用などの比較的わかりやすい嗜癖行動を採用するという印象を持っています。
 一方、「石ころ」や「重石」という人の場合には、これも先週既に述べたことですが、罪悪感が強いように思います。この場合、「石ころの形」を把握するには空虚感の他にそれに伴う「罪悪感」にも注意を払う必要があるでしょう。例えば、親の期待に背いて郷里を離れたあなたには親たちへの罪悪感が強かったのかも知れません。明るく力強いあなたのお話からは推測しにくいのですが、今回の借金問題処理についてもあなたは親たちを含めた周囲の人々に罪悪感を感じているかも知れません。これらについて考え、それを話してみる(多分話しにくいでしょう)ことが役に立つと思います。

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2006年08月21日

心の亀裂(キレツ)(1/2)

image060821.jpg 今日2回目のお手紙ですいません。今、斎藤ミーティングがおわりまた図書室で書いています。今日はシェアする人の数も多く・・・なんかずっと聞いてて疲れました。今日は主治医の先生の診察のあとの話と自分の中の穴(スキマ、キレツ)の話をしたのですが・・・斎藤先生が私がシェアしたことに対して「あなたは自分の穴は大きさは小さいけれど奥にずっと深いって言ったのはそのとおりだと思う。でもそれがあなたの『個性』です」と言われました。

 そして「スキマが小さいから食べ物で埋めようかって発想になるから、そのキレツを太平洋のように大きくすれば食べ物じゃどーしようもなくなる。それを狙ってます」って話されてました。でも・・・今の穴だけでもそのまま持ってられないのに、キレツが入って大きくなったらどうなるんだろって思います。

===
 先生の今日のお話からうけとる私の中での穴が大きくなるイメージは、今胸の所に小さいけど深く地のそこまでつながっているよーな感じの穴がどんどんおおきく広がっていって自分の体がさけてしまうというようなものです。

 でも(今ふと思ったけど)それでいったん自分がさけて(穴の力におされて)こわれてから、前先生が話されていた自分自身の統合がちょっとずつできてきて1つの自分(切れ切れじゃない)になれるのかなーって・・・今これを書きながら(頭での理解でしかありませんが)ふっと思ったりしました。

 それと先生が「アディクション(私の場合は過食嘔吐習慣)を止めるには『我慢』も必要だよ」と言われ・・・「やっぱりそうか・・・」って思いました。
 今日、午前中手紙を先生に書くことで吐くのをそらしたけど・・・それも自分へのごほうびって先生に言われて「そうかあ」と思いました。「ごほうび」というと、なんかすごい大げさにとらえがちですが。「自分に優しくする」ってことなのでしょうか。

 さっき先生に「我慢しないと直らないよ」っていわれ、今まで、なんかもう「どおでもいいや」みたいに自分でなげやりに流されて吐くほうを選んでしまってる日が多かったのはほんとだし・・・。他で我慢してるから吐くことを許してくれっていう思いも心のどっかにあり、それにドドォーっと流されてたと思います。

 今朝、主治医の先生にもいろいろ言われたけど・・・「過食したのは(あの時)必要だったからなんだ」って自分で受け入れることで、「今は必要じゃないからしなくてもいい」って思えるのかな。過食して吐く自分を受け入れないで否定しまくっているから、何でもかんでも吐きたくなるのかもしれないなあーと思いました。
 前、数ヶ月吐かずにいられたときは、「とにかく我慢」って感じでやめられていたのだけれど・・・その時その時で何とか嘔吐することを回避できるようになれるといいのだと思います。思いつくまま書いてみました。最後まで読んで下さりありがとうございました。(続く…)

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2006年08月22日

心の亀裂(キレツ)(2/2)

(続き)
斎藤学からのコメント

image051014_3.jpg スキマ(隙間)とオモシ(重石)シリーズのひとつとして、このお手紙を取り上げさせて頂きました。

 キレツが広がるというイメージは確かに怖いでしょうね。でもこのキレツは母親の分身である自分が「自分というまとまり」になるときの過程で生じるものですから、そこで立ちすくむようなものではありません。むしろこのことを自覚できるようになることで、この女性(30代半ば)は20年近く取り憑かれていた「嗜癖行動からの自由」への道のスタート地点に立つのです。

===
 確かに「自由」は辛いものです。沢山の時間のカタマリが押し寄せてくるような感じがします。今まで過食と嘔吐とその準備(食材確保や食べ吐きの後始末)に使っていた時間がすべて空白になるのですから。それに過食嘔吐によって誤魔化していた怒りや不満や空虚や罪悪感(この女性の場合、それは郷里に残した「かわいそうな母親」と「私なんかと結婚させてしまった夫」に向けられています)に向き合うことになるのですから。
 多くの人々がここで「果てることのない自己分析(という名の自己非難)」というもうひとつの嗜癖の罠に陥り、それが辛すぎてもとの嗜癖行動に戻るか、別の依存対象への没入を始めるのです。

 だから幾分かの「我慢」はどうしても必要です。その我慢とは前回のお手紙の女性にもお伝えしたこと。「何もしないで湧いてくる感情をそのままにしておく」という我慢です。
 感情は自然に湧いてくるもの、そしてひとりでに去って行くものですから、唾や屁みたいなものです。唾なら呑み込めばいい。屁(怒りや攻撃性)は人に迷惑のかからないように
(トイレでこっそり)放出しましょう。
 私のミーティングはトイレのひとつです。ひとりで「自由であることのゆううつ」を「楽しめる」ようになると、そこから作品が生まれると先週書きました。この手紙はそうした「作品」のひとつです。
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2006年09月08日

外傷性記憶を語った後(1/3)

image060908.jpg[S]以下はある女性からの手紙です。その女性の外傷体験とその後遺症については以前、「外傷体験の解凍」というタイトルでご紹介しました。その際、ご当人の体験の内容も成育状況もまったく変えました。この虚構はもちろんプライバシーの保護のためです。

 しかし最後の手紙の中の「ひとつの言葉」とその周辺だけは「本物」を使いました。読者の中には憶えておられる方もいるかも知れませんが「(皆の前で外傷体験を語った後)かさぶたが剥がれ落ちた感じ」がしたというところです。この女性の半年後の様子を知らせてくれたのが以下の手紙です。今回はあえて手を加えることを極力抑えました。その女性かも了解を頂けたことはもちろんですが、その必要をみとめなかったからです。何よりもこのような症状の再燃や残遺、それについての当事者の「思いのそのまま」こそがお伝えしたいことだからです。

===
手紙、その1、06年7月某日

 S先生へ。先週(金)の夜、ベッドで先生の『自分の居場所のみつけかた』(大和書房)を読んでいたら急速にある気づきが推進力を持って起こり、起き出してノートに書きはじめました。まず私の「欲望」を書いてみました。「もっと他人から関心を持たれたい」、「愛されたい」と書きました。

 私は、今までは無関心にあつかわれることに慣れ過ぎていて、関心を持って欲しいと思うことをあきらめていました。関心を持たれるとかえって居心地悪く困惑し気まずくはずかしい感じがしました。セラピーとか治療とか限定された場面だけでなく、もっと日常的に夫やまわりの人に関心を持たれたいです。最近、人と関わる時、相手の無関心に欲求不満を感じるようになりました。関心を持ってもらうことのうれしさ、心地良さ、何か自分の内側から輝くような感覚がよみがえってまたからです。それは先生のミーティングでシェアをして先生とディスカッションをすることで取り戻した感覚です。

 夫はとても優しく親切で、これから私と一緒に楽しみたいこと、私を喜ばせることの計画で頭が一杯なのに、私の過去、歴史、人間関係、悩みについては関心がありません。最近まで23歳以前の自分を切り捨てていたので、夫から過去について聞かれないことが救いだったのですが、これからはもっと質問して欲しい、知って欲しいと思っています。私の回想の中の「危険な部分」は大幅に縮小され、限定されてきたからです。

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2006年09月11日

外傷性記憶を語った後(2/3)

(続き)
 話は変わりますが、今週になって15年前の事件のフラッシュバックが起きて来ました。事件のあった7月下旬がまた巡ってきたからかもしれないし、この暑さ(温度と湿度)が体の感覚を思い出させるのかもしれないし、昨晩みた悪夢がきっかけなのかもしれません。

===
 フラッシュバックは、事件の前半の電話で殺すと脅されて、ドアの前まで押しかけられてドアをけられた時に感じた、「殺されるかもしれない」と思った衝撃的な恐怖感です。
 それを感じそうになると頭痛(側頭と後頭部)がして、後頭部から首のうしろが痛くなって体と頭が熱っぽくなり気が遠のくような感じがします。特に家に一人でいると不安感が強くなってベッドやソファでしばらく身動きできなくなります。

 6年前クリニックにつながってデプロメールを飲みはじめた時はもっと強く頻繁にフラッシュバックを起こしていましたので、今年はずい分軽くなりましたが、6年前から毎年夏に恒例で起きてきます。
 昨年まではこの恐怖心を恐ろしすぎて描写することができませんでしたが、今年はじめてやってみたら少し落ちつきました。来週の金曜日に先生の診察に入れることになりましたので色々お聞きしたいです。やっと入れてうれしいです。
(続く…)

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2006年09月12日

外傷性記憶を語った後(3/3)

手紙、その2、06年8月某日

 S先生へ。今年の夏のフラッシュバックの件の続きです。先生のミーティングで15年前の事件のことをシェアしたので今年は大丈夫かと思ったのにまた起きました。先週の水曜日、フラッシュバックについて先生への手紙(前掲)に書いてSSA(サバイバーズ・オブ・セクシャアル・アソールト:性暴力生存者ミーティング)でもシェアして帰りました。帰りに最寄り駅を出て西日にあたって暑いと思ったら、月曜日にみた悪夢と6年前にみたもっとひどい悪夢を思い出しぞっとしましたが、長くは続かずフラッシュバックは起きませんでした。

===
 その夜は3時に目が覚め、6年前にはじめてフラッシュバックを起こした時のことを思い出し朝方まで眠れなくなり、翌、木曜日は午前中ベッドで休んでいたら頭痛がして、とにかく家に居る場合ではない、逃げなきゃと思い外出しましたが、人目が気になって体が緊張し顔が強ばりました。

 日常最低限のことをするのがやっとになり、金曜日も朝5時半に目覚めて眠れなくなり、頭痛と下腹痛がしておでこが熱くなりました。疲れていたのでその日の午前中ベッドに横になりました。寝室の天井を見ると、15年前無感覚に強姦されていた自分の感じと天井を見ていた自分を思い出し、ホテルの部屋の映像がよぎることに気がつきました。

 気づいたことをすぐメモに書こうとしたら眠くなり、クリニックの受付にいる夢とS先生と話している夢を見ました。昼過ぎに目を覚ましたら、頭痛、恐怖、不安、苦痛がだいぶ楽になり下腹痛が残りました。

 翌土曜日は下腹痛が断続的に続き、心底悲しい気持ちになりました。日曜日も水に流されたり、泣いたり、殺される恐怖を感じたり、襲われそうになったり、侵入されたり、逃げて追いつかれそうになったりする夢を見ました。けれど下腹痛も軽くなってきてフラッシュバックはピークを越えた感じがしました。

 今週は月曜日から木曜日まで朝5時半に目が覚めます。今年は夫と一緒に「ブログ」を読めたことが本当によかったです。夫には6年前にだいたいの内容は話しましたが、その後事件のことには触れないで来たので、このブログを読んでもらい私に起こったことのエッセンスを伝えることができました。事件のエッセンスを知っている人が身近にいてくれること、夫に「フラッシュバックがつらい」と言えることが、こんなに自分を安心させるとは思いませんでした。

 夫には今まで「何も聞かないでほしい」、「触れないでほしい」と思ってきたのに、急に「関心を持ってほしい」、「質問してほしい」と要求するようになったので、彼は混乱しコミュニケーションはぎくしゃくしています。

 私はクリニックにつながって6年でやっと先生の診察にたどりつくことができました。当初は先生と出会うこと、先生に私の体験を話すこと、先生と関係を作ってゆくことが私の願いだったはずなのに、願いを見失いどんどん遠くへ流されました。戻ってこれて本当によかったです。(終わり)

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2006年09月26日

おなら恐怖(1/4)

image060926.jpg(Q)ひとり娘の母親です。山形県から来ました。本来なら高校1年生なのですが、中学2年のときから学校へ行ってません。
 1年生の夏休み明け、体育館に1年生全員が集まるということがあり、そこでみんなと一緒にしゃがんで先生の話を聞いていたときに「おなら」をしてしまったというのです。隣の生徒だけでなく、その場にいたすべての生徒や先生たちに音が聞こえてしまったそうで、本人は身が縮む思いをしたようです。

 その後、教室で男の子たちからおならがらみの冗談を言われたり、あてこすりのようなことを言われたり、それがいやで教室に入れなくなったといっています。

===
(S)どんな冗談やあてこすりを言われたのですか?

(Q)それがハッキリしないのです。当人はそのことを触れられるのをいやがっていて、「おなら」という言葉さえ怖がります。
 不登校ということで近くにある県立病院の心療内科の先生に診てもらっているのですが、最近はその先生にも心が開けなくなったといって受診をこばむようになってきました。

 そのことで、そちらの先生がS先生のところで診てもらったらとおっしゃって、紹介状を書いてもらってやってきました。これがその紹介状です。

(S)(紹介状を読んで)これによるとアトピーやアナフィラキシー・ショックもあるようですね。

(Q)そうなんです。クルミのアレルギーは小さいときからのもので、レストランでケーキを食べるのにも細心の注意が必要なのです。クルミが入ってないことを確かめてから食べてもショックが起きて、後でソースの隠し味にクルミが使われていたとわかったということもありました。

(S)これを読むと、担当のA先生には思慕の念もあったようで、これは思春期の患者さんとしてはあたりまえのことでしょうが、A先生としては当惑されて、それが先生との関係を難しくしたようですね。
 そのことで自殺をほのめかしたりしたのがA先生に紹介状を書かせるきっかけになったようです。

(Q)それは知りませんでした。
(続く…)

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2006年09月28日

おなら恐怖(2/4)

(続き)
(S)それと気になるのは、今年に入ってから「心の中のこびと」が彼女の対話相手になっているそうで、ときどきはその「こびと」の声に影響されてしまうようです。
 家族以外は誰とも付き合わないので「空想のお友だち」が必要なのでしょう。
 その点はA先生もそういうものとご理解なさっているようですが、万一、違う種類の病気の発症も考えなければならないのではと心配なさっています。

(Q)そういうことについて娘は何も話してくれないのです。

===
(S)A先生はあなたと夫との関係について書いてくれていませんが、「家族療法が必要」と考えておられるようです。
 ご夫婦の間で、何か問題があるとお考えですか?

(Q)あります。私は夫とも、夫の親族ともうまくやっていけません。彼の事業にも協力する気にならないので、自分で事業しようと考えているところです。
 そもそも親に勧められて安易に結婚してしまったことが間違いだったと思っています。夫は仕事でくたびれ果てていて、私に関心を示してくれません。数ヶ月前から寝室に衝立を持ち込んで夫のベッドと私の間に立てました。それからの方が安眠できます。

(S)お嬢さんはそうした親たちの問題に気づいているようですか?

(A)気づくというより、私の方から夫への不満を娘にぶつけて聞いてもらっているところがあります。
 もちろん良いこととは思っていませんが、娘と話しているうちに夫へのグチになってしまっていることがあって、その点は「まずいな」と思います。

(S)A先生は「家族療法を」と望んでおられるのですが、あなたのご主人や娘さんは、ここまで来てくださるでしょうか?

(A)それは大丈夫です。娘は何とかしたいと思っていますし、夫には「よろしくお願いしてくるように」と言われてきましたから。
 ただ、どんなことをするのか? どのくらい時間がかかるものなのか? うちのようなケースの場合治るのか? ということをお聞きしたいです。

(S)三人そろって遠くからいらっしゃるので月に1回、お休みの月もあって年に10回くらいのペースではどうでしょう。多分「おなら」のことは話題にしないでしょう。それより、あなたがた夫婦がどんなふうに一緒になって、今はどんなやりとりをしているか、それを娘さんがどんなふうに見ているかを知りたいですね。
 そのうち娘さんはお一人でこちらへ来るようになりますよ。

 あっ、そうだ。ちょうどここに、「おなら恐怖」のことがきっかけで10年ほど前に治療に来て今は大学を卒業して心理療法士になる勉強をしようとしている女性の手紙があります。これは私のブログに載せていいと許可をとってあるものなのですが、ごらんになりますか?

(A)ええ、ぜひ。
(続く)
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講座名日程時間料金対象会場
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2006年09月29日

おなら恐怖(3/4)

以下、Kさんの手紙

image060929.jpg こんにちは。Kです。昨日(06年8月)思い切ってシェア(ミーティングで体験を話すこと)をしたことについてお手紙にしたいと思います。

 なぜ今まで10年間しようとしなかったシェアをしようと思ったのかは、お話した通り、水上のサマーキャンプ(06年8月JUST主催)でのことが私の中でとても大きかったからです。
 これまで先生がことあるごとに私のことを「おなら恐怖の人」なんて皆の前でおっしゃるのを聞いていて、そのたびに聞いている方が笑っているのが嬉しい、嬉しいというのは変な表現かもしれませんが、笑いとばしてもらえることが身が軽くなるように感じていました。

===
 そんなことの積み重ねもあったと思いますが、水上での経験がこれまでと違ったのは仲間の存在だと思います。先生が夕食後のラウンジで私のことを「おなら問題で不登校になった」と言った時、そこにいたみんなが大笑いしてそれぞれ自分の持っていた恥ずかしい経験を「私も」と言って語ってくれたとき、私はすごく癒されるような感じがしました。こういうことを経験しているのは私一人じゃないということや、皆が自分の経験を共有してくれたこと、そんな大したことじゃないんだよと言われているようで、すごく温かく受けとめてもらった感じがしました。

 この感覚を水上から持って帰ってきて、私はクリニックの斎藤先生のミーティングでこのことを自分からシェアしたい、というかシェアするなら今しかないと思いました。

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2006年10月02日

おなら恐怖(4/4)

(続き)
 「おなら」のことは私の中で片付いたことの一つだったのですが、やはり人前では語れない最重要課題に位置づけられていましたし、でも昨日は、今なら話せるという確信が何となくありました。それで昨日のシェアに至ります。

 私はおならのことを以前いた心療内科のA先生と斎藤先生にしか話したことはありません。これまで私が会ってきたカウンセラーには(現在も)話していません。なのに、いきなり斎藤ミーティングで何十人もの人に話しているの自分に、自分でビックリしていました。でもカウンセラーには話せなくても仲間には話せる、受けとめられている感じがします。
 私は以前、心療内科で死ぬ気で話してわかってもらえなくて、本気で死にかけたので、一対一でわかってもらえないことにすごく警戒心があります。カウンセラーはあまりにも真剣に聞いてくれすぎるので話せなかったと思います。私が欲しいのは解決でも対処法でも真剣さでもなくて、笑いと「私もそうだよ」という言葉だったと思います。

===
 昨日のシェアの後、仲間に「すごくいいシェアだった」と声をかけてもらいました。ミーティングの中でもUさん(フライパンでお父さんを殴って上京してきた人)が共感すると言って下さったり、知らない仲間からも「私もそうなの」と話しかけてもらいました。
 仲間の人が「皆が思っていたことを代弁してくれたよ」と言ってくれたとき、本当に嬉しかった、シェアしてよかったと思いました。

 シェアしている間、私はみんなが笑うんじゃないかと思っていたし、私は自分が泣くなんて予測してませんでした。正面が見れなくて、声がふるえて、心臓がおかしくなりそうでした。でも皆は笑わなくてすごく真剣に聞いていてくれてちらっと見た斎藤先生もこちらを見ていて、私は泣いていました。

 この話をして泣いたのは実は初めてだと思います。先生が「泣くことに結びつく記憶を語ることが必要だ」と言って下さったのを聞いて、ああやっと泣けた、今までに泣ける場所がなかったけど、泣ける場所が見つかったと思いました。この手紙を今、スターバックスで書いているんですが、今も泣きそうで困っています。

 仲間に先生が以前、「シェアすることより、シェアした後が大切だ」と言っていたと聞いて、本当にその通りだと思いました。

 私はこれまで斎藤先生やカウンセラーの先生と一対一でお会いすることが多かったので、仲間と接する機会がほとんどありませんでした。
 ここ何ヶ月かですが、仲間に出会って、私はすごく変わったと思います。
 居場所や繋がり、安心感というものは仲間と一緒につくっていくものだということを知りました。

 私のシェアを聞いてくれた仲間と斎藤先生にありったけの感謝と私が得たあたたかいつながりを捧げたいです。ありがとうございました。
2006.8.26

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