カテゴリー「新Q&A4」の一覧
2006年06月28日
ヒステリー概念の解体(1/3)
(Q)ヒステリー概念は解体されたということですが、変質者概念はその前に消されてしまったわけですね。現在の精神医学では、変質徴候とかヒステリー徴候とかはどんなところに位置づけられているのですか?
(S)変質徴候の多くはオナマトマニア(名称強迫)やオニオマニア(乱買癖)のような反復強迫行為ですよね。だから一部は「強迫性障害」の中に分類されますし、ズーフィリア(獣姦嗜好)やペドフィリア(小児性愛)のようなパラフィリア(性嗜好異常)に組み入れられます。
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一方、ピロマニア(放火癖)やクレプトマニア(窃盗癖)には「分類不能な衝動統制不全」というところに場所を与えられているといったようにバラバラにされています。これらのうち一連のパラフィリアと衝動統制不全は「衝動統制」というところが通底しているので、そのうち一緒になるのではないでしょうか。
パラフィリアを「性障害および性同一性障害」の中に位置づける現在のDSM第4版の分類は、どうみても無理があると思います。私としては、これら衝動統制不全の中に物質乱用も入れて「嗜癖」ないし「反復強迫行為障害」のような分類単位が望ましいのではないかと考えていますが。
ところで変質者は主に犯罪者を説明したり特定したりするために作られた概念ですが、こちらの方は人格(パーソナリティ)の障害とされています。反社会性パーソナリティ障害がそれですが、ヒステリー徴候との絡みから言うと、境界性パーソナリティや自己愛性パーソナリティ、それに演技性パーソナリティなどとして診断されることが多いと思います。
問題なのは「暴力の爆発性」など「エピレプシー(テンカン)」との関連が予測されるパーソナリティの偏りがDSM(診断統計分類)第4版(1994年)にはないことです。「エピレプシー(テンカン)」が精神医学の領域からはずれてしまったためですが、これはおかしい。間歇性爆発性人格というものが「特定不能の衝動統制不全」の中に置かれていますが、パーソナリティ障害の一型としてこれが位置づけられないのは不便です。
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2006年06月30日
ヒステリー概念の解体(2/3)
(続き)
一方、ヒステリーの方は既にDSM第3版(1980年)の段階で解離性障害や身体表現性障害への呼び換えが提唱されていて、第4版にはまったく出てきません。世界保健機構によるICD(国際疾病分類)第10版でも同様です。身体表現性障害の下位分類である「身体化障害」(特に身体各所の疼痛を訴える場合)や「転換性障害」(失声などの感覚器障害や麻痺など神経系統の諸症状の場合)にはヒステリー性のスティグマとされたものが勢揃いしていますし、ヒステリーの代表的徴候である遁走、健忘、同一性障害(多重人格)などは解離性障害の下位分類として扱われています。
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しかし「解離性障害」や「身体表現性障害」だけでは「ヒステリー」という用語がカヴァーしていた領域は覆いきれませんよ。とりあえず「虚偽性障害」(ミュンヒハウゼン症候群)などが取り残された一部をすくいあげているわけですが、それでもなおヒステリー性の朦朧状態(突然生じる意識変容で怒り出したり暴れたりし、醒めてから自分のしたことを憶えていない)や昏迷(昏睡などの危機的意識障害にも似た緘黙・無動状態だが、実は意識は清明で周囲の話し声などを理解している)やエピレプシー(癲癇)などには日常臨床でしばしばお目にかかるし、ヒステリー精神病がDSM第4版でいう「短期精神病性障害」とまったく同じとも思えないのです。(続く)
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2006年07月03日
ヒステリー概念の解体(3/3)
(続き)
こうした領域は精神医学の中の薄暗がりとも言える場所になっているのですが、もう一度しっかり照明を当てるべきだと思っています。特に最近、麻原彰晃と呼ばれた男性に接見したり、秋田県の団地で生じた男児殺害事件の犯人女性をテレビで見たりということが続いたのでそう感じるのかも知れません。
(Q)でも、最近の事件で秋田の団地住宅で近隣の子を殺したということで取り調べを受けている女性がいますよね?
あの人の場合、新聞などの報道でみると昔流に言えば「ヒステリー」みたいですよね。取り調べ中にめまいがしたり、すぐ横になったりするというし、泣き叫ぶというし。
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(S)ヒステリーと犯罪との絡みは実は大きいと思いますよ。特にこの秋田の女性のように「虚偽性障害」が疑われる場合には。
虚偽性障害というのは腹痛や突発的な高熱や下血・吐血などの出血、それに四肢の壊死などを訴えて救急車で来院して、それが自分で仕組んだ病徴であったことが後でわかったというものを言います。
もっとも、本当のことがわかるのは幾つかの病院を経巡り歩いた後のことで、それまでは担当の医師などが振り回されます。症状を説明する病因が見つからないから医師たちは困るわけですが、そのうちこうした患者はスタッフとの間にもめ事を起こすのが普通です。
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2006年07月04日
アディクションの後に(1/3)
(Q)買い物依存の○○です。4桁の借金のことで前々からここに載せていただいていました。
あの借金のことですが、実は一挙に片づいてしまったのです。といっても別居中の父に相談して(これができなくて、先生に勧められておそるおそる告白したのですが)みたら、父は前々から何かあると察していたらしく、心配するな俺にまかせろと言ってくれました。
実は前々から給料はまるまる借金返済にあてていて、生活費を父からもらっていたのです。
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父はその日のうちに母(私と同居)にも何年かぶりに連絡をとり、弁護士に相談して借金を圧縮したうえで全額支払ってくれました。私はただ呆然としていただけです。
すべてが終わったあと、父と母と私は25年ぶりに一緒に食事をしました。あぁ、私、これがしたかったんだなって思いました。
借金がすべて片づいたことには実感がなくて、それよりこのことが嬉しくて、あれから暫く涙腺が止まらなくなって困りました。父は「それよりお前、子どもをしっかり育てろよ」と言ってくれました。私、本当は好きだったんです、お父さんのこと。母のことも。
母の財布からはたびたび現金を無断拝借して申しわけないことをしていましたが。
(S)よかったですね。でも、そんなふうに親の世話で借金が片づくと、すぐまた借金の山になるのが普通だから、気をつけてくださいね。
それに買い物アディクションもそうですが、ひとつのアディクションを止めるとその後に呆然自失というか、空虚というか、何とも言えない無力感と憂うつ感に襲われませんでしたか?
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2006年07月05日
アディクションの後に(2/3)
(続き)
(Q)今日ご相談したかったのはそのことなんです。あれから数週たって今はまた別の問題を自覚しています。借金喪失のウツとでもいうか。
地獄を抱えて生きてきた時間が長かったので、平和で平凡で心配事のない毎日がやるせない。返済がないので「オシッ はらえた!」という達成感もない・・・背後からうっすらとウツがしのびよる気配がする・・・と感じ、この1週間「何も考えないために走れ!!」と毎日毎日走っていました。自助グループのない日はプールにも行きました。空虚がやるせない、さらにウツになるのが怖くて走りまくっていたのです。
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金曜日出勤したら同僚に「○○さん、オラウータンみたいな歩き方してるよ。腰悪くしてんじゃねえ?」と言われました。「運動はじめた? 毎日3kmも? やりすぎだよ」と。
この半年に私が手放したもの。
買い物癖、嘘、秘密の暴露の恐怖、親への恨み、罪悪感、自己レンビン、泥棒癖(母の財布から)、金銭的不安、4桁の借金・・・逆に言えば、これだけ抱えてウツにもならずにいたことこそ「狂気」だったと思えます。
オラウータンになって吹っ切れました。
ウツになるならウツになれ。心をコントロールしようとがんばるな。
ウツになるには「ウツになる訳」がいつだってある。ウツになったっていい!!と。
またミーティングで「ウツです」と話せばいいんだから。そうやって私は今年1月、2月のウツから回復したし、親のこと、借金のこと、解決不能に思えた問題を手放せてきたんだから。
この先、心がどう揺れ動くのか、あらがわないで身をまかせてみようと思います。回復の大きい流れに身をまかせます。(続く)
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2006年07月06日
アディクションの後に(3/3)
(続き)
(S)アディクションを手放すのは比較的簡単なんです。それを手放したことにスリルを感じ続けることが難しい。
アルコール依存症者というのは、「何度も断酒してみた人」のことでしょう。タバコ依存症者については「禁煙?そんなの簡単だよ。ボクなんて一日一度はやってるもの」という冗談があるくらいです。
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多分、アディクションによる興奮を手放した後の喪失感にどう対処するかが決め手なんですね。あなたのなさっている運動というのもいいがそれだけじゃ無理でしょう。
お気づきのように「ミーティングで話す」というのは必須です。それと、「アディクションの後のウツ」は辛いものだという認識を早いうちに持っておくことですね。頭でシミュレーションしておくことで、アディクションへの後戻りを防ぐのです。
買い物しようとしたとき、「ミーティングの仲間に会わせる顔がない」と思えるようになれば抑止効果が出てきます。そうなれるというのも結局、「人とかかわる能力」に関連してきますね。○○さんはその能力が比較的高いのですよ。この能力は自尊心(自己評価の高さ)に正比例し、自尊心は「自分が自分に寛容である能力」に正比例しますから、煎じつめれば「自分をゆるせる力」をつけることがアディクションからの離脱を助けます。
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2006年07月07日
外傷性記憶を解凍する(1/6)
以下に述べる症例「A」にはモデルがいるが、記述は事実そのままではない。プライバシーに配慮して時間の経過や場所、家族関係などについては可能な範囲内で粉飾を施したし、「A」さんが「事件」の全容を語り出す経緯などはフィクションである。ただし生じた「事件」の骨組みそのものについては加工していない。
こうした形で記録を公開するについては今なお躊躇するところが多い。しかし外傷体験に伴うフラッシュバックや身体表現性障害の治療についての具体的な記述が乏しい現状では、この記載は貴重と考えた。
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この症例を介して読者に伝えたいことは、強迫行為や心因性(と想われる)身体不調を訴えながら精神科を訪れてくる患者の中には、受診後かなりの年月を経て外傷体験(トラウマ)を語るようになる人々がいるということである。
この場合、時間が無駄に費やされたと考えるべきではないと私は思う。それを語るには時が必要だったのだ。
この「A」さんは、自分の性被害体験を語るのに5年の準備を要したが、それで良かったのだと思う。この種の微妙な問題を早急に語らせようとすると副作用の害の方が多くなってしまうということも起こるからだ。
伝えたいことのもうひとつは、この種の体験をグループの中で語って頂くことの治療的意味である。
グループの中で外傷体験について語るというのも、実は「もうひとつの外傷体験」なのだ。そしてこの直近の外傷体験の記憶が過去の外傷性記憶を上塗りすることによって記憶(というより「事件の記憶」にまつわる感情)が修正される。これらのことがうまく伝えられていると良いのだが。
(続く…)
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2006年07月11日
外傷性記憶を解凍する(2/6)
X年 Y月 Z日の対話(個別面接で)
(Q)○○相談室へ通い始めて5年になりますが、斎藤先生にはお会いしないできました。
31歳で独身ですが、最近まで彼と同棲していました。今は公的機関の研究所で雑用をしています。
□□カウンセラーからは先生の診察を受けた方がいいと言われてきたのですが、何となく怖くて。相談室にきたきっかけは同棲中の男性からの暴力で、あの頃はパニック障害や失声(しわがれ声しか出なくなった)もありました。
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そちらの方は良くなったので、このまま斎藤先生にお会いしないでここを去るのかな、と思っていたのですが、最近、実家に帰ってから不安感が高まり、フイに橙色(だいだいいろ)の光を見るというフラッシュバックかなというような体験が出てくるようになったので、決心してお会いすることにしました。
実家では何か特別なことがあったわけではありません。ただ相変わらず無神経な母親と、無口な父親(商店主)に会ってきただけです。弟の結婚が決まったということで顔を出すように言われたもので、もう結婚している妹と一緒に行ったのです。
大学を出て就職してすぐ実家は離れましたし、7年前に同棲を始めたとき親から咎められたのをきっかけに両親とは殆ど会わなくなっていました。どうも実家の雰囲気とか、子ども時代から変わっていない街の佇まいなどが「橙色の光」のイメージを呼び起したようなのですが。(続く)
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2006年07月12日
外傷性記憶を解凍する(3/6)
(続き)
(S)光の映像だけじゃないんでしょ? そう、不快感や不安や恐怖も一緒だったのですね。鳥肌は? あぁ、ありましたか。心臓もドキドキしてた。それならフラッシュバックだった可能性が高いですね。「橙色の光」で憶い出すことはないのですか?
(Q)何かありそうで、でも出て来ないのです。本当は記憶として浮かぶこともあるのですが、あぁやっぱり今は話せません。喉がつまる感じがします。久しぶりです。
(S)無理に話さなくてもいいのですよ。ただ、あなたなんだか現実感がないようなボウーッとした感じですね。
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(Q)やっぱりそう見えますか? これでも良くなってきたんです。
最近まで現実感が鈍いことに気づかなかったのですが、最近いろいろな感情が出てくるようになって、以前は今よりずっとボウーッとしてたなと思うようになりました。
何しろ小学校高学年の頃から彼と出会って同棲するようになった23歳頃までの記憶がバラバラで、ところどころしか思いだせないんです。
(S)12歳のときに何かあったのですか?
(Q)父の家業が傾いて、今の場所に引っ越したのが12歳でした。そのとき母親は父と別れて別の男性と一緒に暮していた時期が何年かありました。弟と妹はしばらく母と一緒にいて、私だけが父のところに残りました。
(S)それじや、あなたはお父さんのお気に入りだったんですね?
(Q)いえ、それが私、両親が怖くて奴隷のようになってしまっていて、親たちの言うなりだったのです。それで父が残れというのでフラフラと・・・・・
(S)ご両親はずっと怖かったんですか?
(Q)殴る蹴るでした。何をしても叱られたので何もしないでいることが身についたくらい。
それに母は時々荒れるのです。荒れると皿を割る、家具を壊す、服を引き裂く。そうなると子どもたちは外へ逃げるんです。
でも、こういうことが怖かったというより母の関心がまったくこちらに向いてなかったというのがつらかった・・・・・ 。父親も冷酷というか決して優しい人ではなかった。
もともと二人とも子どもに関心がなかったんじゃないかと思うんです。結婚したのも子どもを産んだののも世間体のためだったんじゃないでしょうか。
自分たち自身はまともな親をやってきたつもりでいるから不思議なんですよね。この前、実家に帰ったとき小さかった頃の恐怖の話をしたら、二人ともキョトンとしてるんですよ・・・母なんか、「あの頃はお父さんのことで頭が一杯だったから、あなたたちのことが良く見えてなかったかもね」なんて言うんです。(続く)
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2006年07月13日
外傷性記憶を解凍する(4/6)
(続き)
(S)12歳以前の小学校の記憶ならあるんですか?
(Q)ええ、叱られていた記憶ばかりだから愉快じゃないですが・・・それが12歳で引っ越したあとすぐ「あの事件」があったから・・・それからは友人らしい友人もいなかったし、以前の地域の友人たちに会うことも避けるようになってしまいました。
引っ越してからは毎日が余震続きのようで、中学生とか高校生とか必死でこなしているようなものだったから、まとまった記憶になってないんです。
これって普通じゃないんでしょ?
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(S)ある事件を憶い出すきっかけになるような出来事がすべて回避されてしまっているのだと思いますよ。
10年以上も前の体験が生々しく感じられて、そのときの恐怖が怖くて、事件そのものを想いだすこともできないとしたら、それは「外傷性(トラウマ性)記憶」です。
これが治療対象になるのは、この体験の前後のことがぼやけてしまうからではありません。過去の記憶がぼやけたって現在の生活に支障がなければ放っておいてもいいのです。
困るのは、そうした体験を持った人の場合、生きる喜びや意欲が失われがちで、ときには生を放棄する(死を願望する)といった気分までみられることです。つまり、「過去」の事件が「現在」の生活を支配する(影響する)のです。
そうした人が決意して精神科医のもとを訪れても「うつ病」などの気分障害圏の診断が付けられて抗うつ剤を与えられるだけになりがちですが、この問題は薬物療法だけでは改善しません。被害者(患者)もそれを感じるらしくさまざまな精神療法を受けたりワークショップに出たりする人もいるのですが、核心となる体験について話せるようにならないと本当の変化が起こらないのです。
とりあえず今日はこれだけにしておきませんか? 今日の会話だけでずいぶん溶けてきたはずですよ。
(Q)溶けるって、何が?
(S)凍りついた記憶がですよ。トラウマ性の記憶は凍った記憶です(参考『封印された叫び−心的外傷と記憶』斎藤学、講談社)。
これを溶かして当時の生々しい感情、つまり悲嘆や恐怖を感じるのは怖いと思われるのは当たり前ですが、今のあなたはそれに耐えられるのですよ。逆に言えば、耐えられるところまで力が付いたから今、憶い出すという冒険に乗り出す覚悟をなさったのです。
どんなに怖い記憶であれ、しょせん過去のことです。過去に現在を支配させてはいけません。(続く)
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2006年07月14日
外傷性記憶を解凍する(5/6)
X年 Y月 Z+10日 の対話(個別面接で)
(Q)あのあと母から電話がありました。何にもなかった普通の母と娘のように。現在の生活の愚痴を勝手にしゃべって、勝手に切りました。
あの人はいつもそうなんです。妹や弟は親たちと連絡を取っていて、こだわっているのは私だけみたいです。
私は母の前では「蛇ににらまれた蛙」状態になってしまうので大学生のときに出会った彼と同棲するようになってからは母との関係を遮断してきました。「人生をリセット」と考えたのです。
この点はうまく行っていたと思っていたのに、心身ともに調子悪くなってこちらの相談室に来ました。
母からの電話の後、父からも電話がありました。この前実家で大声あげてきたもので、あの人たちなりに気にかけているのでしょう。いまさら迷惑ですが。
でも、父や母の声を聞いているうちに、というか先週ここで先生とお話してから、記憶の断片がだんだんつながってきたのを感じるのです。それで不安定になっていることもあるのでしょうが、このところ何だか不安で怖いです。
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(S)何かをここで話したくなっているのではないですか?
(Q)引っ越しの前後に母が父を捨てて出て行ったことです。実はただの別居とか離婚とかじゃなかったのです。父の店の倒産のとき、父の知り合いとかいう金融業のおじさんが家に入りこんできて、どういういきさつか知りませんが、母はその人のもとへ走ったということだったのです。まぁ、不倫ですね。
ところが、そのおじさんの愛人という人が、この人ももともと知り合いだったらしいのですが、父のところへ入りこんできて、不倫みたいになった。もう無茶苦茶です。
(S)ちょっと待ってくださいね。頭がこんぐらかってきた。
(Q)そうでしょう? 私、この話するの恥ずかしくて・・・要するにスワッピングみたいなものなんですよ。しかも遊びじゃなくて、双方の子どもたちまで巻き込んで・・・でも私には何が起こっているかわからなかった。数ヶ月以内にバタバタ起こったことだったので。
そのうち「あの事件」が起こったのです。父親と一緒に住むようになった女性には高校生の息子がいて、この人とは最初のうちふつうに話をしていたんですが、そのうち私にさわるようになった。
私、あの頃親たちの間柄がどうなっているのかわかっていなかったんですが、何となく自分の父親がその高校生の父親の世話になっている、だから彼はこんなことをするんだし、私は我慢しなければならないんだと思いこんでいたのです。
この前、弟の結婚式の話のときに思い切ってこのことを聞いたら、父は怒ってあいつ(その知人)に借金はない。ずいぶん無理をして借りた金は返した。それどころか、前の店を売るときのことでその不動産屋には儲けさせたはずだといい、その場で電話をとって会いに行く約束を取り付けました。多分、父の言っていることは本当だと思います。でも12歳の私にこんなことを考えさせた父親が憎いです。
こんな変な生活が続いているうちにこの高校生から脅しの電話が入るようになりました。お前の母親がウチの家族をメチャメチャにした。母親の責任は娘の責任、お前がどうにかしろって言うんです。それで俺の部屋に来い、と。
この高校生は自分の父親のやっている不動産屋の事務所があるビルの一室に勉強部屋というのか狭い1DKを与えられていて、私をそこへ呼び出すようになりました。そこには橙色のカーテンがかかっていて、午後、私が行く頃には西日が射しこんでフローリングの床が橙色に光っていました。
最初はトイレでした。学校に電話がかかってきて呼び出され、「来なければどうなるかわかってるんだろうな」って言われて絶対に行かなければならないと思ってしまったのです。
初めての場所で、その小さなビルを見つけるだけで私のエネルギーは切れてしまったんだと思います。ようやく部屋が見つかり、その高校生の顔を見たら何だかホッとして、とたんに尿意を感じました。それでトイレを借りようとしたとき、彼が一緒に入ってきてしまって、自分に見せながら排尿しろと言われました・・・ で、そこが最初です。
それから殆ど毎日のように呼び出されて、塾も辞めさせられて・・・学校へ行くと、こんなことしてる子はわたしだけだなと思って友だちの顔もまともに見られなくなって。そのうち初潮がきました。中学生になる寸前です。私は何も考えないことにしました。
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2006年07月18日
外傷性記憶を解凍する(6/6)
(続き)
(S)同居していたお父さんも知らなかったとすると、お母さんも知らなかったわけですね? お母さんは今お父さんと一緒にいるようだけど、どうなっちゃっているの?
(Q)随分長かったように思っていたのですが、この前先生と話してから良く考えてみると、父と母が別れていたのはたった3年たらずだったようです。離婚はしてなかったらしくて、ウヤムヤのまま、私が中学を出る頃にはそれ以前のように母と弟妹が戻ってきていました。
でもこうしたアレコレについて何の説明もなかったし、子どもたちも私をはじめ何も言いませんでしたから、家ではあの数年は無かったことになってます。何も話されなかったことで私は助かったと思っていました、つい先日まで。あそこまでされたことは、まだ父親にも言ってません。
その高校生は1年後、東京近県の大学に受かったのを機会に私の家族には寄りつかなくなりました。彼なりに危ないと思ったんじゃないでしょうか。私としてはこの機会にあのとき彼がしたことを彼に憶い出させてやろうと思っています。父とその不動産屋とは今でも付き合いがあるようですから、調べればどこにいるかわかるはずです。
こういうの止めた方がいいのですか?
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(S)記憶の中のあなたを救う仕事ですよね。救いかたはいろいろあると思いますが基本は忘却の霧をはらってあげて、その頃のあなたをあなたの人生の中に織り込むことです。
今、あなたはそれをなさっているのだから、その「仕事を続ける」ことを先にした方が良い。その上で、どうしても憶い出せない細部があったりして気持ちが悪いということであれば、その元高校生と会うのもいいでしょう。
もし復讐で会うというのなら、その悪意であなたも傷つくことは覚悟しなければなりません。言っておきますが、復讐に成功することと体調が改善することとの間には関連がありません。
いま、「仕事を続ける」と言いましたが、ここで記憶を語られたことをそのままにしておかない方がいいのですよ。このことをミーティング(グループ療法)の場で話してみるのです。ミーティングで話すのと、この部屋で話すのとではずいぶん違います。
この部屋では私以外に聞いている人は居ませんが、ミーティングで話すとなればその場にいる沢山の人々の誠意と傾聴を信じなければならない。
緊張します。その緊張があなたの記憶に刻印されます。つまり、ミーティング場でトラウマ記憶を語ったという記憶がこのトラウマ記憶そのものに「上塗り」されるのです。それを繰り返すと、トラウマ記憶が不意に襲ってくる、いわゆる「フラッシュバック」が減ります。何故なら、トラウマ記憶に変化が訪れます。なぜならその記憶が浮かぶたびに、聴衆の皆さんを信じ、思い切って話した「ミーティングの場の記憶」が一緒に出てきて古いトラウマ記憶の生々しさが、近い過去の記憶の生々しさに取って替わられるからです。
やがて、トラウマ記憶はあなたの沢山の記憶の一つに過ぎなくなる。そうなったら、その記憶は「普通の記憶」として記憶の陳列棚のひとつに並ぶでしょう。それなりのタイトルが付けられて、整理されて。あなたは必要なときにその「記憶ファイル」を取り出すことができるが、普段はそのことの影響を受けなくなる。
こうして整理されない記憶がトラウマ記憶と呼んでもいいですね。どこかの棚に乱雑に載せたり、床に投げ捨てたりしている記憶は、ときどきあなたの頭の上に落ちてきて瘤を作ったり、脚をつまずかせて捻挫させたりします。それがフラッシュバックやパニック発作です。
そうしたゴミのように散らかった記憶の断片が室内に漂っている状態があなたの無気力や抑うつを生み出します。
Sのコメント
この後、「A」さんは○○相談室のミーティング(オープン・カウンセリング)の場で自分の外傷体験を何回かに分けて聴衆(クリニックの受診者たち)に話した。その結果について「A」さんは私への手紙の中で次のように述べている。
「先日、先生に向かって『橙色の光』の憶い出を話しているとき、不思議な感じがしました。なぜならこのことを私はいっときも忘れていなかったからです。忘れていないことが何故憶い出せなかったのでしょう。不思議です。
それはともかく、怖いと抑制してきた記憶を先生に話すうちに、あの屈辱の場面の記憶に奥行と幅が出来て、そうなるともっと細かな点での疑問がいろいろ出てきたり気づいたりするようになりました。
それでミーティングでの話が先生に話したものと幾分違ったのです。話しているときには怯えで手がふるえましたが、その場にいて聴いてくれているメンバーの人たちの気配を感じて恐怖が少しやわらぎました。
あそこで話せるようになるまで5年かかりました。この間いくらかは良くなっていたのですが、心の奥の不安と怯えは取れないままでした。「あの事件」は私にとって巨大でグロテスクなかさぶたのようなものでしたが、シェア(ミーティングで体験を話し分かち合うこと)をしたら急速に重量感を失いパラリとはがれ落ちました。胸の痛みが楽になりました。あの一連のシェアで私が得たものは、それまで切り捨てていた過去の自分とのつながりでした。」
最後にひとつ指摘しておきたいことがある。「あの事件」に遭遇する以前に「A」さんは「母の気分に操作される傷ついた子ども」だったことである。彼女のレジリエンス(ストレスを吸収する弾力性)があれほどに脆くなかったら、「あの事件」は起こらなかったかも知れないし、起こったとしても、その後の経過は随分と違ったものになっていただろう。
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斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい