カテゴリー「女性とアルコール依存症」の一覧
2011年02月28日
女性とアルコール依存症(1)はじめに
筆者が女性の酒害者とかかわりはじめたのは1968年のことである。
当時、卒後2年目の私は国立療養所久里浜病院で、精神科の急性期閉鎖病棟を担当していた。
この病院には当時日本で唯一のアルコール依存症専門病棟があり、そこからの"落ちこぼれ"や、"規格はずれ"が、私の担当する病棟へ入ってきた。
当時、女性の酒害者は規格はずれだった(今でもその傾向はあるが)から私が担当した。覚醒剤がらみや、遷延したアルコール精神病も、同様に私が診ていた。私に特殊な興味や、能力があって、これらの人々を担当していたわけではない。何せ、数人の精神科医しかおらず、その中でアルコール医療に"比較的"親和性のあったのが、あの頃医長だった河野裕明氏(現院長)と私だったから、河野氏が専門病棟の正規軍を担当し、私が、ゲリラというか、"女兵"を含む雑軍を担当したのである。
もちろん入院患者の8割を占める統合失調症者を診ながらの話しである。
===
生活プログラムの決っている専門病棟の担当医の仕事は、医者というより学校の先生のそれのようだったから、私にはとうてい耐えられないと思い、このゲリラ的アルコール医療を結構楽しんでいた。事実、随分勉強させてもらったと思っている。
少しゆとりが出てきた頃、社会復帰病棟と称する村営ホテルのような開放病棟が設けられたので、このゲリラ軍とシンナー少年その他の薬物依存症者、ギャンブル狂、摂食障害女性、盗癖のある少女、性倒錯の男性たちをその病棟に移して治療共同社会の真似ごとをはじめた。
老若男女入り混じってひどく混乱した猥雑な病棟で、看護婦さんたちには大変だったと思うが、不思議な活気に満ち盗れた治療社会であった。それなりの効果はあったと思う。
私はそこで「アディクチーター」(アディクトたちのディクテーター)と称して彼らと寝食を共にするような生活をしていた。
しかし上司や同僚への説得を含めて、こうした手法を定着させるだけの力量が当時の筆者には欠けていたため数年でこの病院を去らなければならなくなり、このゲリラキャンプも消滅してしまった。
ただ当時の患者たちとの交流は未だに続いていて、その一部が女性の酒害者たちである。彼女たちのひとりは、その後他の病院に再入院したりしながら、断酒に成功し、東京で女性断酒会を組織するなどして活躍している。
あの当時から現在までに担当医として接した女性酒害者らは200人と少々になった。英子をはじめ、本書に登場する「症例」にはこれらの人々の特徴やイメージがモザイクされている。それぞれに主たるモデルがいることは否定しないが、写させて頂いたのは、彼女らの心的内面の特徴なのであり、具体的な状況設定や臨床経過はまったくの創作であることをお断わりしておきたい。
1983年6月11日
斎藤学
※本原稿は1983年8月25日に(株)海鳴社より出版された「女性とアルコール依存症」(斎藤学著)からほぼ原文のままお届けしています。
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2011年03月01日
女性とアルコール依存症(2)第一章 アルコール依存症〜英子の場合
世間の多くの人々は「アルコール中毒」という言葉から勝手なイメージを作り上げている。
鼻の頭が赤い中年男で、怠け者。社会から脱落してドヤ街に住み、いつも昼間から飲んでいる。酔うと大声で嗅ぎ・女性にからむ、云々というわけである。
そしてこのイメージから外れた酒飲みについては、その酒害が相当ひどくとも「アル中」とは呼ぼうとしない。
===
つまり「アルコール中毒」はもはや、治療上の目的を持った診断名というよりは、ある種の社会からのはみだしものを指す、ひとつのレッテルにすぎなくなっているのである。
ここではこうしたイメージからなるべく離れた症例を紹介しよう。そして、なにゆえこの人の病名に「アルコール中毒」ではなく、「アルコール依存症」という、やや耳慣れない用語を使わなければならないかを説明しよう。
酔いに溺れるまで
英子(仮称)という25歳の女性がいる。ひとりっ子で両親と神奈川県下の大都市に住んでいて独身。
実家は数人の従業員を使っているガラス販売店である。都心の本屋にパートで勤めているが毎週1回、私のところへ来て、他の女性患者7、8名と一緒にグループ精神療法を受けている。昨年夏頃に横須賀市のK病院に2ヶ月ほど入院していた。病名は「アルコール依存症」である。
《過食と嘔吐》
英子はごく普通の、素直な女の子だったと両親は言う。すくすくと育って、17歳の頃には156cmで55kgあった。
ただひどく神経質で、数日でも家を離れると必ず体調が崩れて発熱したり吐き気がしたりということになり、家に帰るとたちまち治るというようなことがあったらしい。
18歳時、進路を決める歳になって、両親、特に母親とひと悶着起こした。
英子は小学校の時の絵の先生、中学の時の英語の先生が好きだったので、その影響で絵と英語に関心があった。それにどういうわけか、"手に職をつけておかなければ″とい考えが幼い頃からの強迫観念のように頭にこびりいていて、美大文学科に進んで英語を身につけるか、美術学校へ行って絵の先生になろうとう思っていたのだが、母親が4年制の大学に進むと頑強に反対したのである。
結局、母の勧めで某女子短大に入ったが、つまらなくて1年で退学。あるデザイン専門学校に入りなおして2年間そこで勉強し、某広告代理店に入って商業デザインの仕事についた。
女子短大の頃はともかく、デザイン学校に入ってからの彼女は、はたから見ると水を得た魚のようで、いきいきとして良く遊び、ボーイフレンドも多かった。サーフィンを覚えて夢中になり、たちまちサーファー仲間のぺットになった。
一見華やかに青春を楽しんでいるようであったが実際はこの頃から体重を気にしていて、家族に隠れて過食しては吐くという習慣が始まっていたのだそうである。
広告代理店に入ってからは、食欲を感じなくなってしまい、生活が極端に不規則になったこともあって、1日1食という日が続いても苦痛を感じなかった。
体重は46kg程度に落ちたままに維持されていた。
《隠れ飲み》
この頃からアルコールの問題が始まってくる。不規則な生活と職場の緊張から眠れなくなり、両親に隠れて寝酒を飲むようになったのである。後に述べるある理由によって、英子の家庭ではアルコール飲料が忌避されていた。
疲れ休めに飲む1杯の酒も、英子の罪意識を刺激してしまい、正々堂々とは飲めなかったので、自室にそっと持ち込んだジンやウィスキーを夜具の陰に隠すようにして飲んでいた。
特に生理前になると頭がボソヤリしてしまうのだが、"感覚″を要求される職場にいた彼女にはこれが不安で、この時期になると飲酒量もぐっと増えるようになった。
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2011年03月02日
女性とアルコール依存症(3)連続飲酒発作へ
確かにウィスキーを流し込んでしばらくすると、ボワッとした無気力なよどみが去って活気が出てくるように感じられたのである。
当時の彼女には、はっきり自覚できなかったのだが、その頃の彼女は明らかに周囲のボーイフレンドたちを振り回していた。
自分に冷たく距離のある男性が周囲にいると淋しく不安になり、思わず声をかけ、そのうち必要以上に親しくなってしまう。
そのくせ、その人が本気になって彼女を求め始めると、両親から離れて独立することに不安になってしまい、その人の愛情の大きさを計るかのように様々なわがままを言って相手を困らせ始める。
そして彼の堪忍袋の緒が切れそうになると、サッと身を翻してその人を捨て、去って行くのである。
===
たとえ捨てることがどんなに辛くても、見捨てられることだけは避けなければならなかったし、そうすることで、両親からの独立という不安からは回避できたからである。
高校を卒業するころから、こんな人間関係を次々に展開していたので、彼女はたびたび傷を受け、心の中に血を流していたのだが、当時の彼女は自分が何をしているのか皆目見当もつかなかった。心の内部にポッカリと傷口があくごとに過食して嘔吐するか、昏睡するまでに飲むかしてしのいできたわけである。
そして、とうとうくたびれ果てて、それを職場のせいにして3年間勤めた広告代理店を辞めてしまった。これが彼女の破綻の直接のきっかけへとつながって行く。
《破綻》
しばらくブラブラしていた英子は、友人の勧めで都心の画廊に勤めることなるのだが、そこの中年のオーナーに対しても同じような振る舞いを演じてしまったのである。
今までの若いボーイフレンドたちと違って、この人は当初、彼女の接近に関心を払わなかった。
それが英子を苛立たせ、逐一の行動を彼に観察され評価されているような圧迫感を覚えた。
今までの職場と違って、狭いオフィスでオーナーと一緒にいる機会が多かっただけに、この圧迫感は耐えがたいまでに高まり、彼女の飲酒量も極端に上がっていった。
英子が時々、酒臭をさせてオフィスに現われるようになったので、オーナーは事情を知ろうとし始めるが、この行動が却って彼女の心を乱してしまった。英子は彼が自分を誘惑したと受け取って、この画廊を突然辞めてしまうのである。
何かがまた失われた感じがして、心の中にカラッポの部分が生じ、それを埋めるように自室で朝から飲酒するようになった。
《連続飲酒発作》
自室に逃げ込んでみると、英子は何か大きな大切なものを取り逃がしたような気がしてきた。
朝からの酒に酔った頭の中では、画廊のオーナーも生々しい男くささがなくなり、結構可愛く思えてくる。
英子は「愛を受け入れても良い」旨の手紙をオーナーの自宅に送り、彼を苦境に陥れた。彼は妻子持ちだったのである。
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
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| サイトウ式逆説的介入アプローチ実践トレーニング | 金 | 18:30〜20:30 | 5,000円 | 一般 専門 | 東京麻布 |
| 斎藤学ネットグループカウンセリング | 6,300円/年 630円/月 | 一般 | ネット上 |
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2011年03月03日
女性とアルコール依存症(4)連続飲酒発作の破綻、自殺未遂へ
この手紙のもたらした波紋は大きく、もはや彼女は“しらふ“に戻れなくなってしまった。
しらけた頭であの手紙のことを考えると、恥ずかしさと不安で一杯になり死にたくなってしまう。
「バカ、バカ」と自分を責め、処罰としてウィスキーをグイ飲みする。
この処罰は気分を弛緩させるから、一石二鳥である。
醒めるのが怖いからボトルをいつも手放さない。
飲む、泥酔する。起きると不安。また飲む、の繰り返しで食事もしない、歯も磨かない。
両親もさすがに見かねて部屋をのぞくと、「ウルサイ!」と怒鳴られる。
以前の娘とは別人のような恐ろしい声、眼つきである。
当惑して引き上げ、それでも不安で、また部屋をのぞこうとするとドアには鍵がしまっている。庭にまわって窓を見ると、厚いカーテンが内部を遮断していて明りの気配もない。
===
英子が部屋からはい出すのはウィスキーを補給する時だけである。これを止めさせようとすると暴れて手がつけられない。
数日で酒のストックが切れると、英子は夜だけ外出するようになった。暑い季節だというのにショールで顔を包み、百円玉を握ってウィスキーの自動販売機までさまよい出るのである。
買ったウィスキーはその場で半分ほど立ち飲みする。
こうした生活は7日ほど続いて破綻した。飲もうにも酒が口に入らなくなってしまったのである。
終始つきまとう吐き気、食事をしていないから動くこともままならない。
そうした彼女が必死で試みたことは、机上のナイフを手に取ることだった。激しく震える右手で左手首を何度も切った。
両親がこうした事態を予感して室内の気配をうかがっていなかったら、自殺は成功していたかもしれない。
警官の助けを借りて、英子はある精神病院へ収容された。
この時の英子のような、無茶苦茶で自己破壊的な飲酒を「連続飲酒発作」と言いこういう飲み方が生じている場合を「アルコール依存症」と言う。
アルコール依存症という山
連続飲酒発作はアルコール依存という山の頂上である。
富士山が静岡県側からも山梨県側からも登れるように、アルコール依存とい山の登り方にも様々なルートがある。
英子のような例が一方の極とすると、他方の極にはもっとありふれた中年の「アル中」男がいる。
10代で大工の見習いに入って酒を覚え、40余年の間「健康な酒好き」で通ってきた男が、50代の半ばを過ぎて酒に弱くなってから、連続飲酒発作と振戦せん妄(禁断症状)襲われて入院してきたような例である。
しらふの時の彼らふたりの間に共通点を見出すのは難しいが、連続飲酒に入ってしまってからの彼らの行動は、互いに哀れなほどよく似ている。
そこではもはやA子・B男などの個性が剥ぎとられ、アルコール依存という病理現象だけが極端な形でむき出しになっている。
だからこれを「病気」と考え、アルコール依存"症"と症の字をつけて呼び、治療の対象にするわけである。
アルコール依存は病理現象ではあるが、これ自体をいわゆる「病気」と考えるのは難しい。
先に述べたように、これはひとつの山であり、幅広い裾野を持っているからである。
夕食に一本のビールを欲しいと思い、無ければ淋しい思いをする。あるいは探す。こうした日常のごくありふれたところがら、もうアルコール依存は始まっているのである。
ある個体(ヒトや動物)が"自分の意志"で、ある薬物の効果(急性中毒作用)を求め、繰り返しこれを摂取することを「薬物依存」という。
摂取の"結果"として生じる様々な好ましからざる影響が「中毒」なのであって、両者を混同するわけにはいかない。
ガス中毒や有機水銀中毒(水俣病)はあり得ても、これら物質への依存はないのである。
逆に薬物依存は必ずその結果(中毒)を伴う。
アルコールの急性中毒とは「酔い」に他ならないし、これを繰り返していれば、肝障害、脳萎縮などの慢性中毒が生じることになる。
アルコール依存が進むにつれ、慢性中毒もひどくなることが多いことは確かであるが、元来このふたつは別物だから、ここに例を挙げた英子のように、アルコール依存は頂上に達していても、慢性アルコール中毒はそれほどでもないということもあり得る。
つまり英子の場合、癒さなければならないのはアルコール依存症なのであって、アルコール中毒ではないのである。
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2011年03月04日
女性とアルコール依存症(5)英子が気づいたこと(インナー・トリップ)
英子が気づいたこと
連続飲酒発作が一種の逃避であり、同時に自己破壊(自殺)でもあることは、英子の例から明瞭に読みとることができる。
確かにこうした心理的動きは依存症形成の重要な要因であるが、英子がもともと習慣飲酒者でなかったら、あのようにアルコールに操られることも無かったろう。
患者たちは「体が酒を欲しがる」、「喉が飲みたがる」と表現する。
ここでそのメカニズムを詳しく説明するゆとりはない(詳細は別の著書(19)で述べた)が、習慣飲酒の結果、英子の体にはある種の変化が起こっていて、それが英子の心理にも影響を及ぼしていたのである。
ある心理状態で酒を飲み、その酒が体調を変化させてもっと飲みたくさせ、という一種の悪循環が彼女を支配していたのだから、治療はこの心身相関に焦点をあてたものでなければならない。
《インナー・トリップ》
英子の場合、最初に入院した精神病院ではこれが充分でなかったので、1ヵ月程で退院した後、たちまちまた連続飲酒発作につかまってしまった。
その後、この病気を専門に扱うK病院に入院しなおした英子は、そこで自分が巻き込まれていた状態を冷静に見つめ直す機会を持つことができた。
自分はどんな時に不安になったり、空虚になったりするのか、そうした時、どんなふうに「体が酒を要求する」のか、それはどんな方法で克服できるのか、といったようなことが英子がそこで学んだことである。
こうした過程を踏んで行くと、やがて「自分はなぜ虚しい、裏切られたような感じにとらわれやすいのだろう」という基本的な問題に向き合うことになる。
退院後のグルーブ精神療法の中で、英子は今まで考えてみようともしなかったいろいろなことに気づき始めた。
彼女はこれを"インナー・トリップ”と名づけているが、その概略を紹介してみよう。
まず英子は18歳頃までの自分が親の言うままだったことに気づいた。
勉強は良くやって"優等生"だったし、親の心配するようなことは極力避けた。絵が好きで、それなりの自分の世界はあったのだが、自分がどういう人間で何をしたいのかよりも、親が自分に何を期待しているかということに敏感だったような気がする。
一方では「親が死んだら自立しなければならない」という恐怖感にいつも取りつかれていて、そのことが怖くて仕方がなかった。
やがて英子は11歳頃からの数年、"事故で両親が同時に死んでしまい、自分はひとりで見捨てられる"という夢を繰り返し見ていたことを思い出した。
早く手に職をつけようと思っていたのは、多分この恐怖のためだったのだろうし、18歳の時、短大で花嫁修業をさせようとする母親と生まれて初めて衝突することが"できた"のも、これが原因だったのだろうと英子は考えた。
男性との関係があんなにギクシャクしてしまったのも、このせいだったのかもしれない。
特定の男性との関係が深まって結婚の話が出るようになるたびに英子は両親から見捨てられるような不安のとりこになってしまい、相手を裏切っては親元に留まっていたのである。
精神療法が進む中で、英子は両親に自分の小さい頃のことをよく尋ねるようになった。
子供の頃は体が弱く、神経質でよく夜泣きをしたらしい。両親は3、4歳の頃の英子に「弟か妹が欲しい?」と何回もきいたそうだ。英子はそのたびに「欲しくない」と言い、ことに「男の子だったら捨ててきちゃう」と答えたので、心配した両親は第二子を作ることをやめたのだと言う。
年長の子とは遊べても年下の子には寄りつかない子だった。そして男の人を怖がって抱かれると激しく泣いたとも。
こんな回想の切れ端を集めているうちに、英子は突然、あることに想い至った。
2〜4歳頃だったと思うが、一時期父と離れていたような気がするのだ。
ある時、母に連れられて男の人(たぶん父)の処へ行った。そこでその人に抱かれて激しく泣いた記憶がある。
このことを両親に確かめようとしたが、父も母もはっきりしたことは言ってくれなかった。
どうも父自身に酒の問題があり、それに女性問題がからんで夫婦仲がこじれ、半年ほど別居していた時期があったようだ。
両親が別れなかったのは英子がいるためだったらしいのだ。
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| アルコール依存症とは何か | アルコール依存症に関する12章 | アルコール依存症の回復援助 |
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2011年03月07日
女性とアルコール依存症(6)両親の顔色をいつも窺っていた子ども時代
英子がびっくりしたのは、「お前は酔っぱらうたびに、そのことで私たちを責めていたな」と父に言われたことだった。
今、想い出したばかりと思っていたのに、どうやら酔った頭の中でいつもこのことを考えていたようだ。
こうして英子はとうとう幼い頃、両親がいつもゴタゴタしていて不安だったことを想い出さざるを得なくなった。
実のところ、子供の頃の英子は、いつも母が悲しんでいないか、父が怒っていないか、両親の顔色を窺っていたのだ。父が怒っていても、母が悲しんでいても、その責任は自分にあるような気がして、いつもオドオドしていた。
両親の間が平穏であれば、それ以上は何も望めない子だった。だから、たまに両親にどこかへ行こうと言われても、決して喜んで出かけようとはしなかった。そういう話が出る時は父も母も機嫌が良い時なので、その時間を楽しみたかったのである。
===
これで外へでも出かければ何が起こるかわからない。外出の間中、英子は父が短気を起こさないよう、母が悲しまないよう、見張っていなければならないから、くたびれ果ててしまうだろう。
英子が中学生の頃、父は女性問題を解決し、酒も一切たしなまなくなって、家庭は円満になった。
母や英子に細やかなやさしさを見せるようになった父。そうした父しか見ようとしなかった英子は、それ以前の父のわがままや短気、母とのいがみ合いを「まるで忘れた」かのように過ごしてきたのだった。
今、英子は思う。
「たぶん、自分の不安は母の不安の影だったのです。父から見捨てられそうだった母は私にしがみついていました。ひとり立ちしそうになる私をしっかり捉えて離さない母でした。
すぐ泣く母、“お母さんが悲しいからやめて!"という母、そういう母に私はいつも罪を感じていました。
自分のしたいようにすれば母を裏切ってしまうようで。でも、こうして母にコントロールされてきた自分もまた、母にしがみついていたのだと思います。」
英子にとって、自立はそれ自体、強い不安と空虚感の源になった。酔いはこの葛藤をそのつど緩和し、それと引き換えに英子の身体にアルコール依存の刻印を刻みこんでいったのである。
酩酊は自立と依存をめぐる葛藤を緩和する。
この葛藤は我々に普遍的なものであって、中年だけのものでもなければ、男だけのものでもない。
したがってアルコール依存症もまた中年だけのものでも男だけのものでもない。
確かに少し前まで、こうした葛藤の解決にアルコールを用いる人はもっぱら「大人の男」であった。それは飲酒が彼らだけに許されていたからである。
「飲酒できるのは大人の男だけ」という社会的掟が今やすっかり緩んでしまっていることは、今さら指摘するまでもあるまい。
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2011年03月08日
女性とアルコール依存症(7)アルコール依存症の症状
第二章 アルコール依存症と女性
アルコール依存症の症状
《精神依存》
ある個体(ヒトや動物)がある状況下である種の薬物の効果を味わうために、“自分の意志”で繰り返しこの薬物を摂取することが薬物依存である、と前に書いた。
この摂取行動を「薬物探索行動」と言い、これが確認されるような薬物と動物との関係を指して「精神依存」と言うのである。
ある男が自宅に帰って寛いだ場面を想定してみよう。
寛ぐと一服つけたくなる癖を持っていたので、今脱いだばかりの背広のポケットを探ってタバコの箱を取り出した。
ところが駅からの道で喫ったのが最後の一本だったらしく、箱は空っぽである。
===
男は舌打ちしながら、また背広に着換え、駅の近くの自動販売機まで夜道をとって返し、何故かのコインと引ぎ換えにタバコを手に入れたとする。
男はタバコを手に入れるためにかなりの手間(労作)と犠牲(幾つかの百円玉)を払っているわけで、相当強い精神依存をタバコに対して持っていることになる。
薬物探索行動という用語はもともと、動物を用いた行動薬理学という実験科学の領域で用いられる用語である。
動物がレバー押し、ボタン押しなどの労作を厭わずに、薬物を手に入れようとする行動を言うが、この男の例のように、人間の日常行動にもこれに類したものがしばしばみられるものなのである。
アルコールをはじめ、コーヒー、茶、タバコなど、我々がふだん接する多くの物質は精神依存を起こさせるような向精神作用を持っている。
また病気にでもなれば、各種の鎮静剤、鎮痛剤、睡眠薬、麻酔ガスなど、様々な依存形成物質と出会うものであることを念頭に入れておく必要があるだろう。
《身体依存》
反復摂取されていた薬物が、体内から消失していく際にみられる発汗(冷汗)、ふるえ、立毛、発熱、心悸亢進などの自律神経系の興奮や、筋硬直、痙攣、振戦、著明な不安感などを指して「退薬症状群」と言う。世間で禁断症状と言っているものに相当する。
退薬症状群がみられるような薬物・個体間の関係が身体依存である。アルコールの退薬症状群は、他の薬物のそれと較べても最も危険なもののひとつで、重篤なものでは死亡もあり得るのだが、その程度は様々でそれとは気づかぬほど軽く済んでしまう場合もある。
この軽い段階のうちにそれと気づいて飲酒をコントロールすることができれば、アルコール依存症を回避でぎるのだが、これを怠ると退薬症状は次第に苦痛の激しいものになる。
この苦痛は飲酒で軽快するから、退薬期になると激しい飲酒渇望(精神依存)が生じるという悪循環に陥り、アルコール依存は急進展を見せるようになるのである。それでは、どんな具合に退薬症状り群が展開してくるかをみておこう。
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2011年03月09日
女性とアルコール依存症(8)アルコール退薬症状群
《アルコール退薬症状群》
先に述べたように、アルコール退薬症状群は神経系全体の特異な興奮状態であるが、その初期は一見風邪ひきに似ている。
最後の1杯から6〜8時間くらいすると、熱っぽくなり、汗が吹き出し、寒気がするようなる。こうした時には手先のふるえも見られるもので、不安、イライラの感じや脱力感をおぼえる人もいる。就寝時だと寝汗をかいて寝苦しいばかりで一向に眠れない。
たいていはこの段階で風邪ひきなどを理由に一杯追加し、症状を鎮めてしまう。
ところが、我慢して断酒を続けると症状は徐々に増強し、発熱、流れるような発汗、心悸亢進、頻脈、唾液分泌の亢進、吐き気、嘔吐などの多様な症状がつけ加わり、やがて眼振(眼球の動揺)、瞳孔の散大が目立つようになる。
===
以上が断酒後24〜36時間頃までの症状であるが、人によってはこの時期に「アルコールてんかん」と呼ばれる痙攣と意識消失をきたす。
また周囲の物音が自分を呼ぶ知人の声に聴こえたり(錯聴)、ガタン、バーン、などという突発的な物音(要素的幻聴)に驚かされたりする人もいる。
流れるような寝汗(布団を通して畳が濡れることさえある)を伴う不眠は、ほとんどの場合に生じ、これが1、2晩続くと意識のくもり(自分のいる場所、状況、時刻などがわからなくなったり、計算能力が低下したり)が目立つようになる。
人によっては錯視(天井のシミが怪物の顔のように見える、など)や幻視(無数の小さな虫がゾロゾロ床をはう、など)がこうした不眠の後に生じ・患者はしばしば"虫取り動作"と呼ばれる、虫をつまんで捨てるような手つき、動作を繰り返す。
また過去の自分の罪をあばきたてて責め、「あんな飲んだくれは殺してしまおう」と相談し合っている大勢の人々の声(幻聴)に脅かされる場合もある。
このように意識のくもりがひどくなって幻覚が生じているような場合には、この状態が数日間続き、やがて長い睡眠の時間が訪れ、その覚醒とともに回復をみる。
以上のような諸症状が意識障害を中心に咲き揃い、満開になった状態を「振戦せん妄」というのである。
振戦せん妄に至れば、周囲も異常に気づかざるを得ないが、軽い手先のふるえや発汗が断酒後1、2日のうちに終わってしまうようなものでは、本人以外その異常に気づく人もいないことが多い。
しかしこれもまた立派なアルコール退薬症状群であり、飲酒行動が矯正されない限り、確実に振戦せん妄に向かって進行していくものなのである。
アルコール依存症の広がり
前にアルコール依存を富士山にたとえたが、その何合目からを「病気」とみるかという問題は実は決着がついていない。
人によって国(社会・文化)によって考え方に差があり、例えばフランス人は割合甘く、9合目以上と考えるし、アングロ・サクソン、北欧圏は厳しく、6合目を越えれば病気だと言ったりする。
日本人はこの問題に関しては極端に甘く、頂上に達しているうちの1部しか病気とは見なさない。
厚生省の役人たちが、日本のアルコール中毒者数は2万人弱などと暢気なことを言っているのがその証拠である。
実際には断酒会員だけで4万人以上いる。そして断酒会に入るような人はアルコール依存症者のうちのごく一部なのである。
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2011年03月10日
女性とアルコール依存症(9)久里浜式アルコール依存症スクリーニングテスト
《KAST》
筆者たちは日本におけるアルコール依存という山の大ぎさを種々な方法で測定しているところであるが、その際の目安にしているのが表1に示すような「久里浜式アルコール依存症スクリーニングテスト」(KAST)である(20)。
このテストの合計点が高ければ高いほど、その人は山頂に近づいていることになる。
断酒会員と一般人口との比較などから、我々は合計2点以上を要注意者(問題飲酒者)としているが、臨床的にアルコール依存症と診断され、入院を必要とするような人では合計8点を越えているのがふつうである。
日本には約5700万人の飲酒者(年に数回以上飲む人)がいるが、その3.5%(200万人)前後が問題飲酒者、0.7%(40万人)前後がアルコール依存症者と考えるのが妥当であろうというのが、これまでの観察からの筆者の結論である。
筆者は現時点でのアルコール依存症の男女比を約10対1と考えているので、女性アルコール依存症者の実数は約4万人と推定される。
《KASTを用いた自己チェック法》
KASTはもともとアルコール依存症にならないための自己チェックのために作られたものであるので、その方法を紹介しておこう。KASTで2点以下の人は肝障害などのアルコール関連障害がない限り、今までの調子でやっていてまず問題ない。
ただしKASTの得点は固定したものではなく、始終上がったり下がったりしているものだから、零点以上の人は時々再チェックをしてみるべきであろう。

2点以上8点以下の人は要注意である。まず週のうち2日間続けての断酒日を設けてみることだ。
そして以下の3点をチェックする。
3ヵ月間、
1)断酒日が守れているか。
2)2日の断酒期間後に酒量が増加しないか。
3)断酒期間中に不眠、発汗、振戦などの退薬症状群が出現しないか。
以上3点のどれかに触れるようなら、次の8点以上の人と同様に考える。
8点以上の人は、もはや自分と酒とが共存共栄できないという事実を直視すべきである。
たとえ"今のところ"問題ないと強弁するような人でも、現状のまま飲み続けていれば数ヵ月以内に薬物依存というものの怖さを知ることになるだろう。
即時に断酒を決行すること。それができないようなら(できないのが普通である)専門医のコンサルテーショソを受ける必要がある。
現在は病院にまで行かなくとも、地域の保健所や精神衛生センターで専門医に相談できる「酒害相談」の制度が設けられているから利用すると良い。
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 4/9、10 | 16:00〜21:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京 麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 月 水 | 18:30〜20:30 11:00〜13:00 | 3,000円 or 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| サイトウ式逆説的介入アプローチ実践トレーニング | 金 | 18:30〜20:30 | 5,000円 | 一般 専門 | 東京麻布 |
| 斎藤学ネットグループカウンセリング | 6,300円/年 630円/月 | 一般 | ネット上 |
| 斎藤学のアルコール依存症関連書籍 | ||
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| アルコール依存症とは何か | アルコール依存症に関する12章 | アルコール依存症の回復援助 |
※本原稿は1983年8月25日に(株)海鳴社より出版された「女性とアルコール依存症」(斎藤学著)からほぼ原文のままお届けしています。
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2011年03月11日
女性とアルコール依存症(10)女性のアルコール依存症は増えているか
女性のアルコール依存症は増えているか
日本の若い女性たちも、最近では気軽に飲酒を楽しむようになっており、20代のアルコール消費人口の男女比はすでに1対1に近づいている。
1964年、1968年に国税庁が行なった調査(ただし20歳以上の人々が対象)と1976年の余暇開発センターの調査を比較すると、女性飲酒者の著しい増加が印象的である(表2)。
もちろん、入院を必要とするような飲酒問題を起こしてくる人はこの中のごく一部に過ぎないが、消費人口の拡大は確実に臨床事例の増加という結果をもたらすであろう。

現在、酒類製造業界の主な関心は「女性」、「若年者」という今まで未開拓であった消費人口の掘り起こしにあり、そのために「ライト化」といわれる、低濃度で飲みやすいアルコール飲料の開発が競われるとともに、飲酒が「翔んでる女性」のファッショナブルな日常行為のひとつであることを強調する広告が増加している。
清涼飲料水に似た低濃度アルコールは、それ自体直接の酒害をもたらすことにはなるまいが、それによって飲酒を覚えた新たなアルコール消費人口のうちの一部が、アルコールによる心と身体のリラックスに執着して行くことになるのは避けられないであろう。
アルコール依存症は今日飲んで明日始まるといったものではないから、現在女性アルコール消費人口の急増として現われる現象が、アルコール依存症という医学上の問題として発現してくるのはずっと後になってのことと思われる。
女性の場合は初飲から飲酒問題発現までの期間は10〜15年くらいと考えられるから、女性の飲酒問題が真に猖厭をきわめるに至るのは今世紀も末になってのことであろう。
とは言え、現在もすでにその予兆は現われている。
何年か前までは、飲酒問題を起こすような女性は水商売の関係者に限られていたものであるが、現在ではそうした"常識"が通用せず、むしろ従来であれば飲酒とは無縁と思われるような家庭婦人などに重篤なアルコール依存症がみられたりする。
表3は久里浜病院におけるアルコール外来新規受診者数の推移を示している。
特にこの数年の実数の伸びは著しく、かつては30対1くらいであった男女比が、今や10対1にまで迫ってきている。
元来、日本は女性の飲酒に厳しい社会で、1954年、1964年頃の飲酒人口割合(成人人口/飲酒人口)の男女比(男性割合/女性割合)はそれぞれ5.2対1、3.9対1などとなっており、ようやく1976年の調査になって男1.4対女1とヨーロッパ並みになった。
もっとも飲酒の量と頻度まで考慮すれば男女差はなお大きく、清酒換算で1日5合以上の「大量飲酒者」の男女比は4.7対1、「毎日飲む人」のそれは6.7対1となっている。
先に述べた「KAST高得点者」(アルコール依存症を疑われる人)の男女比は、1976年当時の調査(余暇開発センターによる首都圏一般人口調査)で11対1となっていて、大量飲酒者の男女比よりさらに大きい。
女性の場合、病的な飲酒が始まってもなかなか病院にまで来ようとしないから、アルコール外来初診者の男女比は約19対1(1976年当時、久里浜病院)とさらに大きくなっているわけである。
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お知らせ
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2011年3月13日21時よりNHKで「NHKスペシャル「虐待カウンセリング〜作家 柳美里・500日の記録〜」」が放映されます。
柳美里さんと斎藤学の対談が掲載されたアディクションと家族最新刊は[こちら]
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2011年03月14日
女性とアルコール依存症(11)妊娠と飲酒
米国の資料でみると男女比はずっと縮まっている。
アルコール依存症者の割合をみても州立精神病院入院者では3〜5対1、外来受診者では4〜5対1、社会階層の高い者を扱う私立病院では1〜1.5対1、私立の外来サービスで1〜3対1程度との報告がある。
全体では3〜4対1で次第に1対1の割合に向かって推移中といわれている。
KAST高得点者の男女比が2対1であった時(1976年余暇開発センター調査)、15歳以上飲酒人口(推定5700万人)中に占めるKAST高得点老の割合は3.5%(約200万人)であった。
このことから、その12分の1として約15万人程度の女性が顕在ないし潜在した飲酒問題を抱えているものと推定される。
前述のように、うち約4万人は医療への導入が必要なアルコール依存症者ではないかと筆者は考えている。
妊娠と飲酒
女性の飲酒問題を考える場合、胎児へのアルコールの影響を度外視するわけにはいかない。
飲酒習慣を持った女性が出産した場合、出生児には何らかの異常が認められるものだろうか?
妊娠中、何かのきっかけで異常に大量飲酒した時、胎児はどんな影響を受けるのだろうか?
こうした問題については随分古くから注目され、胎児への何らかの影響が推測されてぎたのだが、具体的な臨床報告が出されたのは意外に遅く、1968年になってからである。
この年、フランスのP・ルモアンらは習慣飲酒者の母親からの出生児に形態的異常や、精神運動の発達遅滞がみられたことを指摘したのである。
次いで1973年、米国のK・L・ジョーンズらは、母親のアルコール依存症とその出生児にみられるいくつかの異常とを関連づけ、この異常を「胎児性アルコール症候群」(FAS:Fetal Alcohol Syndrome)と名づけた。
以来、FASは多大の関心を集めるようになり、世界各国でFAS児の報告がなされるようになっている。日本でも1978年にFAS児に関する最初の報告がなされ、1978、79年の国立武蔵療養所神経センターの田中晴美ら(25)による全国調査では20名が検討の対象にされている。
FASの臨床像は、(1)知能障害を主とする中枢神経系の機能障害、(2)出生前より始まる発育障害、(3)特徴的な顔貌、(4)大小奇形の頻度の増加、に4大別されるとされている。
要するに、出生体重が軽くて身長が低く、時に小頭症がみられ、幼少児期に極度に落ちつきがなく、知能の発達が悪く、鼻ペチャで人中の形成が悪い、などの特徴がいくつか組み合わさっており、これに斜視、耳介不全、口蓋裂、陰暦形成不全、その他の奇形が重なっているような場合である。
田中によれば、わが国で観察されたFAS児には米国でみられるような極端な奇形や発育障害が認められないことが多く、知能発育の遅延も軽度で、せいぜい特殊学級レベルであるという。おそらく、一見正常児にみられるものから異形的なFAS児にまで、様々な移行型が存在するものであろう。
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2011年03月15日
女性とアルコール依存症(12)飲酒と自然流産をむしろ減らす
こうした子供を持った母親の飲酒量をみると、欧米では1日常用量が純アルコールで200ml〜400ml(清酒換算で7合〜1升5合)に達する妊婦が観察されている。
日本ではそこまでの超大量飲酒者は少ないらしく、田中の観察した5例(平均年齢35歳)では、アルコール依存症が3例、飲酒歴は最低3年で、妊娠中を通しての飲酒量の平均は純アルコールで110ml(清酒4合弱)であったという。
こうした飲酒量の差が、日本では比較的マイルドなFAS児が観察される原因であるのかもしれない。
===
そこでどの程度の飲酒量が母体に有害かということになるのであるが、この点については未だ明らかになっていない。
産婦人科の臨床医である新美洋一は、自分の外来を訪れる婦人たちの飲酒行動を調査して、週1回以上飲酒する妊婦が36.9%、毎日1合以上飲酒する妊婦が3.8%いたと報告している。
そこでこれらの婦人たちの自然流産率が問題になるわけだが、予測とは違って、飲酒しない妊婦の自然流産率が6.8%であるのに対し、飲酒する者のそれは4.4%と、却って低くなっていたのである。
引き続く観察においてもこれと同じ結果が出ていることから、新美は、軽度の飲酒の場合、アルコールには何らかの抗流産作用があるのではないかとの仮説をたてざるを得なくなり、以下のような推論を提示するに至っている。
「妊婦の飲酒では、
(1)アルコールによる致命的な障害を受けた胎児は自然淘汰的に妊娠初期に流産する。
(2)しかし障害の度合が低くて致命的にまでは至らぬ胎児が、逆にアルコールの抗流産作用により子宮内にとどまり成長が継続する。
(3)こうして出生した児について、
a.顕在する先天異常(FAS)を有する場合と、
b.潜在的に何らかの障害を種々の程度に有するが異常を見出し得ね者、
に分け得る。」
つまりアルコールの影響はFASのように極端なものが顕在化した形で生じている場合以外にも、様々な潜在型が考えられることを念頭におくべきであろう。
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
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2011年03月17日
女性とアルコール依存症(13)酔いを必要とする人
第三章 酔いを求める心
酔いを必要とする人
アルコール依存がある程度以上に達した患者にきいてみると、終始"酩酊"を求めているが酔えないという。
この時期には既に耐性(酒に対する強さ)が落ちていて、酔って幸せに包まれる前につぶれてしまうのである。
それでいて、アルコールが切れると前より一層けだるく辛い気分に圧倒されるので、"真の酔い"を求めてさらに飲む。
こうして飲みつぶれることを繰り返して数日に及んでしまい、その間、食事も洗面も着換えもできないでいる。
ついには身体が水さえも受けつけなくなって、すさまじい苦痛のうちに酒から離れざるを得なくなるのだが、その間、嘔吐しながらものたうちまわって飲み続ける姿は、まさに凄惨というより他にない。
これが先に述べた連続飲酒発作である。
彼らがこれほどに求める"酩酊"とは一体何なのだろう。
===
酔った人を見ると多弁で陽気になっている。周囲の世界が彼にピッタリとフィットしているかのようである。
まるで"しらふ"の時の自分が"世を忍ぶ仮の姿"であったかのように本来の偉大さを取り戻し、滑稽で卑小な周囲の人々(多くはその人がふだん依存している人々をこきおろす。
この段階あたりまでは、それが他人の悪口であれ、人と意見を交わせるくらいだから、"社会的な酔い”とでもいうべき水準である。
さらに酔いが進めば世の中に自分くらい偉い者はいなくなってしまう。
すべてを自分中心に考え、これに逆らう相手には露骨な敵意を見せるようになる。
こうなってくるとまったく"自閉的で孤独な酔い"である。
そして最後には母親に抱かれた乳児のように、自己満足に包まれて入眠する。
要するに酔いから入眠までの過程は、子供返りから乳児返りまでの過程に他ならない。
自分だけがあって他者が存在しない世界。存在していてもそれが無視でぎる世界。
そうした乳児的な世界を化学的に作り出してくれるのが薬物の酔いである。
したがって“いつも酔いを求めている人"とは、他人との大人同士の付き合いに困難を感じている人、子供っぽい万能感が失われると不安になってしまう人、自己愛的人格を持った人のことである。
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2011年03月18日
女性とアルコール依存症(14)対人関係のパターン
こうした人々の対人関係を見ていると、ひとつのパターンを繰り返していることがわかる。
他人との間に一定の距離を置いた安定した関係が結べない。
誰かと付き合いだすとすぐにベッタリとまとわりつぎ、その人を支配して意のままに動かそうとする。
それができないとたちまち見捨てられる不安が生じてパニックに陥り、思いもかけなかったような危険で自己破壊的な行動に走る。
===
しかし普通はこうしたパニックを避けるための工夫を彼らなりにこらしていて、対人関係がある程度以上の深さに達すると、自分の方から相手を裏切り、捨てることで相手を失うことの恐怖から逃れている。
第一章で述べた英子とボーイフレンドたちとの関係はこのようなものであった。
こんなことをしていると、どの他人との間にも一定度以上の深い交流というものが生まれてこない。
要するに、こうした人々は常に他者を失うことの不安に怯え、他者との相補的な関係をなかば諦めてしまっているのであり、そこから彼らに特有な淋しさと空虚の感情が生まれてくるのである。
こうした人々の生き方にはふたとおりある。
ひとつはここで取り上げているように酔いに逃げることで、これにもアルコールや薬物による化学的酩酊からギャンブル、スピード狂までいろいろある。
もうひとつ別の方法があって、社会的能力に恵まれた人々であれば、こちらの方法をとることになろう。
それは周囲の世界を自分中心の秩序の中に組み込んでしまい、その中で子供つぼい万能感、周囲との一体感に浸りきることである。
職場の中でこれをやっているのが"ワーカホリック(仕事嗜癖者)”と呼ばれる人々である。
だからアル中と"仕事気違い"とは実は意外に近い関係にあるのである。
幼児的で他者との対等な付き合いが難しいという性質の男女は、昔からいろいろな行動表現をとって存在していたし、将来も居続けるであろうが、"技術の時代"である現代社会で生活しようとすれぼ、薬物(特にアルコール)依存や仕事依存の表現をとることが最も容易なのであろう。
今、アルコール依存者がこんなにもありふれているのは多分そのためである。
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2011年03月22日
女性とアルコール依存症(15)
自己破壊としての飲酒
以上のようなわけで、アルコール依存者にとって飲酒にかかわる問題は、実は"部分的な"行動表現にすぎない。
このことは患者から酩酊という衣をひきはがし、"裸のアル中"、つまり"酒を飲まないアル中"にしてみるとよくわかる。
今日も一年間断酒を続けているある患者から「先生、もうダメです。何にもやる気がしない。死ぬほかない。私はアル中じゃなくて気違いなんです」という電話を受けた。
===
先週はこれも数ヵ月間断酒を続けていた若い女性の患者に、遺書もないまま飛び降り自殺をされてしまった。
酩酊という逃避手段を奪われたアルコール依存者たちはしぼしば抑うつ的になるが、必ずしも抑うつ感情を自覚するわけではない。むしろ抑うつ的な気分は否認されたまま再飲酒の破綻(これをA・A<アルコホリックス・アノニマス>の会の会員は"スリップ"という適切な言葉で呼んでいる)や、突発的な自殺がいきなりやってきてしまう方がむしろ普通である。
アルコール依存者の自殺は多い。
今までに各国で発表されたアルコール依存者の追跡調査から死亡者中の自殺者の割合をみると、N・ケッセルらの調査例のように70%近いものまである。久里浜のアルコール症センターを調査対象にした我々の例でも10%が自殺である。こうした事実を知った上で、我々はアルコール依存者たちから酒を奪い続けている。
生活上のストレスそのものをなくすのではなく(そんなことは誰にもできはしない)、ストレスに対する反応の仕方を徐々に変えていく試みがアルコール依存症の"精神医学的"治療に他ならないのだが、それにはまず飲酒(酩酊)という逃避の衣をひきはがしておく必要があるからである。
ところで、先ほど述べたような凄まじい続け飲みの最中に彼らの飲み方をみていると、酒は決してうまそうでも楽しそうでもない。まるで毒でもあおるように酒を流し込んでいる。
こうした光景をみて、彼らの飲酒が自殺企図に近いことを指摘する人は多く、K・メニソジャーがこれを“慢性自殺"と呼んだことはよく知られている。
こうした現象がなぜ起こってくるのか、その機構をスケッチしてみよう。
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2011年03月23日
女性とアルコール依存症(16)見捨てられる不安と飲酒
アルコール依存者たちも初めから自殺的に飲んでいるわけではない。
しかし彼らの飲酒には初めから、先にみたような外界遮断的、逃避的においがある。
彼らの自我は、外界を遮断したところで酩酊による身体感覚の変化を楽しんでいるわけで、その自我機能は元来、自体愛的なものなのである。
しかし、統合失調症者や心気症者の場合と違って、依存者(嗜癖者)の自我・身体連結は極めて不安定であり、容易に途切れて対象喪失のパニックに陥ってしまう。
したがって彼らは絶えず飲み、酩酊による身体感覚の変化を演出して、この変化して新しく生まれ変わった身体との間で自体愛的関係を結びなおすわけである。
こうしてアルコール依存が進行する。
===
ところがアルコール依存が進行してくると、ある時期から酔えなくなってくる(その生理学的説明は他の著書で述べた)。
つまり、依存者たちはこの段階でとっておきの愛情対象としての自分の身体からも見捨てられるわけである。
すでにこの時期までの過剰飲酒によって、より社会的な手段を用いた自己充足への道は塞がれてしまっているから、この事態は彼を袋小路に追い込むことになる。
依存者は自分を見捨てるおそれのある愛情対象を、先に自分の方で裏切る傾向があると前に述べたが、今や裏切りの対象になるのは自分の身体である。
つまり、ある段階から依存者は自分を痛めつけ、傷つけることに全力を尽くすようになる。
この時期以降、酒は彼らにとって毒でしかなく、毒と知った上でなお彼らは飲む。
"酒は健康に悪い"式のお説教が彼らの治療に役立たないのは、だから当然のことなのである。
見捨てられる不安と飲酒
見捨てられる不安と一連の嗜癖行動との関連に筆者が気づき始めたのは、実はアルコール依存症ではなく、摂食障害(拒食と過食)を持つ女性たちの病棟治療にあたっていた時だった。
その頃の私は慶応義塾大学附属病院の精神神経科にいたが、当時から"酔いを求める心"に興味があったので、やけ喰いを繰り返す女性たちやシンナー少年たちとの接触を続けていたのである。
当然のことながら、彼らの振り回しにあって、私は文字どおり翻弄され続けていた。
図1はそんなある日に経験したある女性患者の過食行動を分析したものであるが、これをR・D・チェシックによるヘロイン依存症者の薬剤摂取行動の分析と対比してみた。

図で、プライマルニフブ(Balint)とあるのは、乳児が母親に対して抱くような最も原初的な段階の対象愛を指している。
この乳児的な対象愛は際限がないために容易に喪失の危機に直面し、これによって起こる不安や怒りは理性的(言語的)に中和されずに身体化され、薬物や食物への渇望を生じる。
この状態の患者は薬物摂取ないし摂食によって酩酊感、飽食感などの"満足"を得て衝動を抑制し、象徴的レベルで愛情対象と一体化することで安らぎつつ眠ることを求める。
こうして「薬因性ないし食餌性オーガズム」に達すれば、現実の不安や怒りは否認され、パニックは一応鎮まるが、これが妨げられて眠りの段階にまで達しないとパニックは増強され、自殺企図などの自己破壊的行為へと至るわけである。
この日の過食行動は、主治医の定期面接が約束どおり行なわれなかったという昼間の事件を端緒として、深夜の自殺企図に至ったものである。
これはチェシックの観察したへロイン依存症者の薬物摂取行動と酷似しており、ほとんどそのままアルコール依存症者の自己破壊的飲酒をも説明するものである。
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2011年03月24日
女性とアルコール依存症(17)境界例との共通性
実は、抑うつ、怒り、恐れ、罪責感、孤独感、空虚感などの諸感情の複合体は、J・マスターソンによって"見捨てられ感情"の名称が与えられているものに他ならない。
マスターソソは境界例患者の精神療法過程で、治療者(そして両親)との依存・自律葛藤に絡んで繰り返し生じてくる感情をこの名称で呼んでいる。しかし元来は、一歳半から三歳頃までの幼児が自律性の獲得の過程で味わい、克服しなければならないものなのである。
多くの場合、幼児は母親への基本的信頼と母親からの絶えざる愛情・支持にはげまされ、徐々に母親からの分離を達成する。
無意識に子供に依存し子供の分離と独立を嫌う一部の母親では、成長し独立してしまう子供への関心を薄めるという形で、子供の精神発達を阻害する。
===
結果として子供は自律的に振舞えば母親から見捨てられるという葛藤のうちに置かれることになり、ここに見捨てられ感情が発生してくるというのである。
もちろん、人間はこうした苦痛な感情群にさらされて生き続けることはできない。
そこでこれらは自我分裂、否認などの心理的防衛機制で処理され、境界例患者に特有な人格構造(依存対象へのしがみつき、自己愛的・自愛期的固着、対象分裂、対象恒常性の不成立など)が成立してくるわけである。
アルコール依存症者にみられる精神病理は、その基本的なところでは境界例患者に共通している。
しかし多くの場合、彼らの防衛はより完壁で複雑に加工されており、基本的損傷は覆いつくされている。そのため通常の生活では、成人としての対象関係も用い得ており、中には水準以上の社会的達成をかち得ている場合もある。
しかし、基底にある欠損の影響は種々の機会に表面化し、独特の空虚感を感じて飲み始めては、原始的ナルシシズムの世界に没入することになるのである。
以上を念頭において、チェシックの原図を酒害者に適用してみると、図2のようになる。

見捨てられ感情の発現しやすくなっている人では、見捨てられ体験のみならず、その予測までもがパニックの引き金になる。
こうした時期の患者を観察すると、冷汗を出したり、手を震わせていたり、すでに軽い退薬症状に似た状態を呈しており、時には腹痛や空腹感を訴える(感情の身体化)。
これと同時に薬物摂取の渇望の上昇がみられ、薬物の取り入れという行動化によって、自他未分化な陶酔感を得て眠りに入る。
こうしたことが図2の外側の太線のとおりに進行すれば、見捨てられ感情そのものは否認の防衛機制によって主観から排除され、次の見捨てられ体験の時期までは無事に経過する。
こうした時期の彼らには、見捨てられ抑うつの防衛によって生じた様々な表現がみられる。我々が病院臨床で接するのは、むしろこうした、つっぱった、頑張った状態の彼らであることを念頭におく必要がある。
一方、薬物摂取が充分な陶酔感に結びつかぬままに終わると、パニックはさらに増強し、薬物の再摂取を必要とすることになる。
こうして連続飲酒発作にみられるような状態が現出してくることになり、時にはこれがもっと直接的な自己破壊的行動(たとえば自殺、自傷行為、自殺的事故)に結びつくことになるわけである。
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2011年03月25日
女性とアルコール依存症(18)女性症例の特徴
第4章 女性酒害者の特徴
女性症例の特徴
アルコール依存の発展そのものに性差があるわけではないが、飲酒という行為がもっぱら男性のものとされてきたという社会文化的背景や、生理・妊娠を含む女性特有の問題が、女性症例を特徴づけることになる。
これらを以下の10項目にまとめてみた。
(1)習慣飲酒期間が短い
一般に女性例では男性例より高年で問題飲酒が始まり、初回入院までの経過期間が短い。
久里浜病院の症例の場合、習慣飲酒(週4回以上の定期的ないし常習的飲酒)が始まってから初回入院までの期間(これを習慣飲酒期間という)は男性例で平均約20年であるが、女性例では70%が10年未満(平均約8年)となっている。
===
男性例では10代後半の初飲体験がそのまま習慣飲酒につながり、20余年を経て入院とい経過が主流で、30代以降の習慣飲酒開始は例外的(1979年受診者の8%)であるが、女性例では、35歳以後に習慣飲酒を形成したものがひとつの塊り(40%)を作っていて、若年からの習慣飲酒形成グルーブ(60%)と対峙している。
中年以後に飲みはじめて高年で入院に至る症例が多いために、女性症例の入院時平均年齢は男性よりいく分高いとする報告が多いが、久里浜例にみる限り、男性より低くなっている(1979年入院例では男性44.1歳、女性38.6歳)。これは我々の症例に30代前半の主婦層が多いためであるが、この現象の意味するところはかなり深刻であるように思われる。
それは現在の日本における家族というもののありかた、その中での主婦の役割の変質とかかわっていると推測されるからである。
(2)症状は概して軽い
習慣飲酒期間が男性症例より短いものが多いことに対応して、アルコール依存症の進行度も初期のものが多い。
表4〜5に1980年度久里浜病院アルコール病棟初回入院者の進行度分類とアルコール精神病の診断区分が示されているが、女性症例では男性に較べて振戦せん妄、アルコール幻覚症などの重篤な退薬症状を示すものが少ない。
同様にアルコールによる身体障害も女性症例では概して軽く、1980 年度久里浜入院例についてみると、男性症例の64.3%が何らかのアルコール関連身体障害を呈していたのに対し、女性ではこれが43.9%に過ぎなかった。
例えば肝硬変は男性例の22.4%にみられるのに対し、女性例では4.9%、糖尿病は男性例10.9%に対し女性例2.4%となっている。
ただし、後述するように女性ホルモンがアルコール脱水素酵素活性に影響を与えるために、女性症例では肝障害が重くなる傾向が近年注目され出している。

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2011年03月28日
女性とアルコール依存症(19)隠れ飲みが多く、精神病理性が高い
(3)隠れ飲みが多い
女性酒害者の多くは、自分たちの飲酒を恥じ、極力隠そうとする。
主婦の場合、夫が妻の飲酒問題に気づくまでに一年以上の隠れ飲み期間があるのが普通で、問題が家庭内女らの多くは午後も遅くなって、夕食の仕度を始める頃から飲み出すので、文字通り、台所でのコップ酒飲酒になることが多い。
もっとも、こうした隠れ飲みは、それをする必要がある程度に社会的体面を気にする階層にみられるものであって、女性例であっても、男性の場合のように若年時から大酒を誇る例がないわけではない。
B・A・キンゼイによると、アメリカでも中・上層階級の女性は自宅でひとりで隠れ飲むことが多いが、下層階級では女性でもバーや居酒屋を用い、他の薬物乱用との混合依存が多いという。
===
隠れ飲みの原因になる社会的体面の間題は、治療開始後にも様々な形で表われる。
多くの場合、本人も家族も精神科受診をためらうので、肝障害を主とした内科的治療で日を過ごすことが多く、その間に離婚、別居などの家庭崩壊が生じることもある。
精神科的な入院治療に導入された場合でも、この体面の問題から、継続通院が維持できず飲酒問題再燃に至ることが多い。
後述するように、女性例の予後は男性より甚だ悪いが、そのひとつの原因がここにあることには疑う余地がなさそうである。
(4)反応性に生じることが多く、病前性格の精神病理性が高い
女性例では問題飲酒のきっかけがはっきりしていて、了解可能な場合が多い。
長年連れ添った夫に先だたれた、息子や娘が次々に独立して淋しくなった、恋人に裏切られた、などその多くは何らかの形で別離と対象喪失の体験に結びついており、程度の差はあれ、悲哀、抑うつなどの感情的混乱をきたしている。
こうした状況反応性精神障害に対する精神療法がいずれ必要になることは言うまでもないが、一方ではより積極的なケースワークを含む社会療法的アプローチが必要になる場合が多い。
特に高齢婦人の場合、多くは情緒的にも環境的にも孤立を強いられ、なかば生を断念した人々であるから、通常の社会復帰プログラムに導入したままで退院させても、ほとんど効果を期待し得ない。
長期在院延長、家族との連絡の復活、退院先の住居への公費による電話付設などの組み合わせが考慮されねばならなくなる。
こうした状況反応的な症例とは別に、原発する神経症性不安ないし感情障害に伴う飲酒問題が目立つのも女性例の特徴であり、したがって一般に女性例の方が精神病理性が高いという印象を受ける。
筆者の共同研究者である餅田彰子は、ロールシャッハテストの所見から、女性症例には口愛期固着の強いものが多く、男性では男根期水準の葛藤を抱えたものが多いことを指摘している。
不安の多くは、漠然とした遊離性不安で、飲酒により一時的に鎮静をみるが、アルコール依存の発達とともに不安レベルは上昇し、悪循環を形成するようになる。
これに抑うつ気分が伴うことも多く、特に夕刻になって精神運動制止を伴って抑うつ感が増強するため、「台所で金しばりにあう」と彼女たちが表現するような状態を呈して、既述のキッチン・ドリンキングにつながることになる。
以上に較べると内因性抑うつに先駆される場合は稀、というのが筆者の印象である。
しかしG・ウィノクールのようにアルコール依存症そのものと、内因性うつ病との関連を示唆する報告や女性アルコール依存者の25%に内因性(と思われる)うつ状態の既往がみられたとする報告(M・A・シャキットら)もあるので、診断基準の問題を含めて改めてこれの検討を進めているところである。
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2011年03月29日
女性とアルコール依存症(20)暴力行動、女性ホルモンとの関係
(5)暴力や反社会行動が少ない
男性例の場合に多い、酩酊上の暴力や反社会行動が女性例では極端に少ない。
もともと久里浜病院の患者には刑事犯罪歴を持つ者が少なく、男性でも4%に過ぎないが、女性ではこれが皆無である(1979年度)。交通犯罪歴を持つ者も男性の5%に対し、女性は0.3%に過ぎない(1979年度)。
米国の資料で"警察問題"されるものは、我々のいう刑事犯罪歴とは違う(米国ではつい最近まで"公衆の面前での酩酊"が処罰対象であったし現在でも酩酊下の行動に対する社会的寛容性は、わが国に較べて著しく低い)が、ここでも男女差は大きく、男性55%対女性21%(J・リンマーら)、男性54%対女性2%(E・S・リザンスキー)などの報告がみられる。
リソマーはまた、飲酒に関連して自動車事故も女性例には少ない(男性41%対女性16%)ことを観察している。
===
逸脱行動、反社会行動は青少年期の怠学、校内暴力、学校ドロップ・アウト、成人後の就業不能などに関連しているが、これらの問題のいずれも女性例では男性例より少ないことが報告されている(リンマーら)。
(6)生理ストレス、閉経、卵巣摘出に関連して発症することがある
調査対象によって異なるが、30〜50%(70%という報告もある)の女性アルコール依存者が、生理ストレスに関連して問題飲酒をはじめたと考えているという(シャキットら)。
筆者らが久里浜病院入院中の女性依存症者に問診した未発表資料では30.8%であった。
B.M.ジョーンズらによれば、エストロジェン(卵胞ホルモン)はMAO(モノアミノ・オキシダーゼ)抑制剤であり、したがって、生理前つまり排卵後の女性ではプラスマ中のMAO活性の上昇がみられるという。
MAO活性の上昇が不眠、抑うつ気分をひぎ起こすことが知られているから、これが女性の大量飲酒の引き金になることは充分考え得ることである。
同様のことは、閉経後の女性や子宮・卵巣摘出手術を受けた女性にも生じていることが予測され、事実これらの人々ではアルコール依存症が発生しやすいことが指摘されている。
J・カーリーは調査対象の21%で、閉経がアルコール依存のきっかけになっていることを観察しているし、女性酒害者には婦人科的手術侵襲を受けた者が多い(症例の60%以上とする老さえいる)ことも従来から言われているところである。
ジョーンズらは、子宮全摘後に発生したアルコール依存症の一女性がエストロジェン投与中の1年間は飲酒渇望をおぼえず、投与中断後に再び大量飲酒をはじめたと述べている。
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2011年03月30日
女性とアルコール依存症(21)性行動、摂食障害、肝障害、予後
(7)性行動の異常を伴うことが多い
自らの男らしさ、女らしさに違和感をもち、成熟した異性愛が困難で、様々な性行動障害が生じやすいという点では男性の酒害者も女性の場合と同様であるが、既述したように女性例の方が病前の精神病理性が高く、その分だけ顕在化した逸脱性行動を伴いやすいようである。
その内容としては、男性の性的不能に対応する冷感症、自体愛への固着と異性関係からの引きこもり、これの反動形成とみられるニンフォマニア的乱行、売春、それに女性同性愛(レズビアニズム)などである。
女性例では自らの置かれた社会階層、状況などによって大幅に現われ方が異なるのが、ひとつの特徴と言える。
米国における調査によると、社会経済階層が下位のものでは、売春、性的乱行、同性愛など顕在化した形をとり、たとえば刑務所内酒害女性の場合、顕在化したレズビアニズムが20%にも及んでいるとの報告もある。
一方、中・上層階級の女性では、より潜在的な冷感症などの形でしか表現されない傾向にある。
===
(8)過食と習慣性嘔吐を伴うことがある
摂食障害を伴うアルコール依存症が女性症例には稀ならずみられる。
特に20代の女性が飲酒問題を呈している場合、10代にはじまる思春期やせ症(神経性食思不振症)と、それに引き続く過食、習慣性嘔吐の存在に充分に注意を払うべきであろう。
多くの場合、患者は自分の摂食行動を恥じて隠そうとするので見逃されやすい。時に食品を中心にした盗癖を伴うことがある。
手首切りなどの自殺企図も稀ならず見られる。
(9)肝障害が悪化しやすい傾向がある
高木敏らは1979年から82年までに久里浜病院に入院した女性アルコール依存症者130名(平均年齢44.3歳、習慣飲酒期間11.6年)を精査して、そのうち27例(20.7%)に肝硬変がみられることを確認している。
この27例について1982年の男性肝硬変症例26例と比較すると、女性症例では男性症例より短期間で、しかも比較的少量の飲酒で肝硬変のような重篤な状態に陥っていることが明らかとなった。
血清中のアルコール脱水素酵素活性は月経周期によって変化し、女性ホルモンが高くなる排卵期から黄体期にかけて活性低下がみられることが確認されている。したがって、この時期はアルコールの代謝能率が下がることになり、大量飲酒が肝障害の悪化を招きやすいのではないかと推測されている。
(10)予後が悪い
表6にみるごとく、久里浜病院例の1年予後における女性の断酒率は28.6%で、男性の断酒率42.9%を大幅に下まわっている。
現在までの報告を見ても、男性例に較べて女性の予後が悪いことが指摘されている。
M・Mグラットは治療後の"改善率″が男性73%に対して、女性で42%と報告しているし、N・I・ベイトマンの観察によると、治療後6ヵ月以上断酒を続けた者は男性30%に対し女性では22%であったという。
このことの理由はいろいろに考えられている。女性症例の方が精神病理性が高いこと、治療セッテイングが男性中心になっていて女性患者には効果を産み難いこと、特に男性患者向きの集団療法や断酒会への導入が、本来、個人精神療法を必要とすることの多い女性例に治療脱落を強いることになりがちなこと(J・カーリー)などである。

女性例の治療システムを考えるに際して、入院治療プログラム以上に重要なのは、酒害相談への早期導入、家庭崩壊の防止、治療継続の維持の3点であるように思われる。
女性例の多くは飲酒問題を家族から隠し、家族もまた女性酒害者の存在を恥じて、極力世間の眼の届かぬところで処理しようとするから、臨床に導入された時点では、2次的な社会的損傷がひどくなっている。
特に夫との関係は最悪の状態になっているのが普通で、入院治療の開始と同時に離婚ということも珍しくない。そうはならない場合でも、男性酒害者がその妻に期待できる程度の協力を女性酒害者が夫から受けることは稀である。
このことが女性例の予後の悪さの一因となっている。
また女性酒害者が社会から隠れようとする傾向は、規則的外来通院や、退院後の治療者への連絡を怠らせることになるから、治療関係の継続をも危険にさらすこととなる。
多くの場合、6ヵ月以上にわたる断酒は、治療者側の積極的な関与と治療者-患者間の情緒的交流によってもたらされるので、こうした機会を逸しがちな女性酒害者では、断酒率が低くなりがちなのである。
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 4/9、10 | 16:00〜21:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京 麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 月 水 | 18:30〜20:30 11:00〜13:00 | 3,000円 or 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| サイトウ式逆説的介入アプローチ実践トレーニング | 金 | 18:30〜20:30 | 5,000円 | 一般 専門 | 東京麻布 |
| 斎藤学ネットグループカウンセリング | 6,300円/年 630円/月 | 一般 | ネット上 |
| 斎藤学のアルコール依存症関連書籍 | ||
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| アルコール依存症とは何か | アルコール依存症に関する12章 | アルコール依存症の回復援助 |
※本原稿は1983年8月25日に(株)海鳴社より出版された「女性とアルコール依存症」(斎藤学著)からほぼ原文のままお届けしています。
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2011年03月31日
女性とアルコール依存症(22)女性酒害者の臨床類型。状況反応性アルコール依存症が多い
女性酒害者の臨床類型
習慣飲酒(アルコール依存)がアルコール依存症に移行するについては、大別してふたつのコースが考えられる。
ひとつは、人格上の特別な偏りを持たない人が社会一般の慣習に沿って飲酒しているうちに、いわゆる酒豪となり、"健康な酒豪″の時代を20年も30年も続けた後、アルコール耐性の低下とともに頻回の泥酔や連続飲酒発作に見舞われるようになった場合である。
他のコースというのは、何らかの原因による心理的障害がまずあって、無気力になったり、抑うつ的になったり、イライラしたりしており、こうした不快な気分を追い払う"クスリ″として、アルコール飲料にのめり込んで行く場合である。
===
前者を一次性アルコール依存症、後者を二次性(反応性)アルコール依存症と呼ぶことができるが、女性症例では前項に述べたように二次性のものが多い。
一次性のものと二次性のものとでは、当然、治療のアプローチも予後経過も違ってくるわけで、酒害者に接する者としては、この点をしっかりと押さえておく必要があるであろう。
二次性のものをさらに詳しくみてみると、
1)依存(愛着)の対象であった人物に先立たれる、あるいは裏切られるなどの事件(状況)に引き続いて、悲哀、抑うつ、怒りなどの感情にさらされるようになり、これを鎮めるかのように飲酒しはじめたという場合(状況反応性アルコール依存症)。
2)うつ病、神経症、統合失調症、てんかんなどの精神障害にもとづく不快感に悩む人が、何らかのきっかけで酔うと不快感が緩和されることを体験して、飲酒にのめり込む場合(症候性アルコール依存症)。
3)衝動を抑制したり、欲求の満足を遅延させたりする能力の発達が極端に悪い人は、反社会行動に走りやすく、クスリやアルコールにも溺れがちであるが、こうしたタイプの人々が種々の非行、薬物依存症とともにアルコール依存症を発達させてくる場合(社会病質性アルコール依存症)の三類型が存在することがわかる。
共同研究者の岩崎正人(都立松沢病院)と筆者は1979年初頭から81年末までに久里浜病院に入院した女性アルコール依存症者24名について、上記の臨床類型別に分類し、男性症例と比較してみた。
男性対照者は1979年度中に久里浜病院のアルコール外来を初めて受診して入院した男性酒害者のうち、カルテ番号の順位が早かった者100名である。

結果は表7に示すとおりで、女性群では状況反応性のものの割合が74.6%と、圧倒的に高く、症候性のもの11.4%、社会病質性のも9.6%、一次性のものにいたっては4.4%に過ぎない。
これに対し、男性群では一次性のものの割合が圧倒的に高く(61.0%)、反応性のものが少ない(18.0%)という結果になっている。
一次性酒害者というのは、既述のとおり、"一般社会の慣習に沿った"飲み方を続けているうちに酒豪になった人々であるから、女性の飲酒に非寛容的な我々の社会の中では数が少ないのは当然であろう。多くは水商売の世界の人々であり、それ自体が社会的規範からはずれた一種のサブ・カルチュアの中で、特に際立った精神的損傷も持たぬままに大量飲酒が続いた女性たちであり、高齢になって酒害が身体に及んで入院してくる。
症候性のものとしては、今回の24名の調査対象中、てんかん2名、精神分裂病3名、非定型精神病状態(境界例人格が基底にあって、感情障害と精神分裂病様状態が出没するもの)2名、急性錯乱(精神分裂病反応)1名、うつ病(躁状態を頻回に繰り返す)1名、単極性うつ病4名の計13名であった。
いずれも、これら精神障害が飲酒問題に前駆していたものであるが、入院時には、アルコール依存症が前景に立っていて、連続飲酒発作やアルコール離脱症状が顕在化していた女性たちである。
既述したウィノクールのように、女性のアルコール問題とうつ病との関連を指摘する研究者が多いのであるが、今回の観察例に限れば、内因性のものの割合は低く、圧倒的多くは後述するような対象喪失後の悲哀、抑うつ反応に属するもののようである。
今回の調査で、社会病質性アルコール依存症(「非行少女型」)とされたものは114例中11例であった。いずれも苛酷な家庭環境に育ち、中学を卒業する前後からグレて、様々な社会的逸脱行動を繰り返し、クスリやアルコールに溺れた経験の持ち主である。
年を経るに従い、手近なアルコール飲料だけを求めるようになる場合が多いようである。
以上の29例を除いた85例が状況反応性アルコール依存症である。
割合から言っても、その多様性からみても、これこそ女性の飲酒問題の中核をなすものと思われるので、次章ではこれら状況反応性なるものの"状況"の分析を試みることにしよう。
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2011年04月01日
女性とアルコール依存症(23)女性が飲む"状況”「喪失反応と飲酒」
第五章 女性が飲む"状況”
喪失反応と飲酒
ある種の人々は、愛着対象の喪失や対象からの見捨てられ体験に際して飲酒渇望が上昇する。
こうした人々は総じて、自律と依存をめぐる葛藤にとらわれている。この葛藤自体はすべての人々に程度の差こそあれ、共通するものであるから、体質的要因(つまりアルコールに対する充分な耐性)と環境さえ許せば、多くの人々が酒害者になり得るものである。
事実、種々の形で別離と喪失の体験を強いられる状況にあっては、ひとたび克服し得たかにみえた自律・依存葛藤が再燃することになり、それまで、ごくまともで健康と思われていたような人々にも、"反応性の"アルコール依存症が発展してくる。
===
《症例愛子》57歳。
一年前に夫と死別したひとり暮らしの女性。成長した娘ふたりはそれぞれ結婚して家を出ている。東京で出生、成育し、生活史上特別な異常はない。旧制高女卒後、花嫁修業をしてから20歳前に嫁いだ人で、職業歴はない。特別な遺伝負因もない。正月などの際の儀式的飲酒を除けば飲酒習慣も持たなかった女性である。
3年前に次女が嫁いでから7歳年長の夫との静かな毎日だったが、1年前に夫が若い妾の家で急死した。
夫は不動産屋で、いくつかのビルを所有する頑健、精力的な人だったが、妻には誠実に振舞っていたので、愛子は妾の存在に気づかずにいたと言う。
この事態は愛子をひどく混乱させたが、何とか冷静にことを始末し、葬式も無事に済ませた。
しかし、葬式の後しばらくしてから愛子はまったく無気力で抑うつ的になってしまい、終日床に臥すようになった。
心配した娘たちが、彼女の学校時代からの親友である小料理屋の女将に相談した。
陽気な女将は酒肴を持って愛子のもとを訪れ元気づけたが、その時の飲酒で愛子は「固く結んだ蕾が開いて、大輪の花が広がって行くような」酔いを経験したと言う。
以後、人が変わったようにはしゃぎだし、毎日友人の店の手伝いに出かけては、居合わせた客と談笑して嬌声を張りあげ、深酒して帰るようになった。
ほんの数週間で朝酒がはじまり、常時コップに清酒を満たして、チビリ、チビリやりながら家事をする癖がついた。
はじめのうちは一杯の清酒が無くなるのに数時間かかっていたが、間隔は次第に狭まり、やがて午後になると泥酔して寝こむようになった。
こうなると友人の店にも出られないし、ガスの消し忘れで火事を出しそうになったりもする。
見かねた長女が、自分たち夫婦の家に引き取ったが、狭いマンションは嫌だ、赤ん坊の泣ぎ声がうるさいと言ってすぐに自宅へ戻ってしまう。
そのうち、買い置きのウィスキーを枕もとにおいて、朝から晩までウツラウツラと過ごすようになったが、ついにはボヤを引き起こしてしまい、地域の保健所が介入するようになって専門病院へ入院となった。
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2011年04月04日
女性とアルコール依存症(24)急性喪失反応と慢性葛藤反応、非行少女型飲酒
急性喪失反応と慢性葛藤反応
愛子の場合、夫の死は単にひとりの愛する男の喪失に止まらなかった。
それはその時までに築ぎ上げてぎた信頼と尊敬に値する男としての夫イメージとの別離であり、それまでに彼女が住み慣れてきた"まじめでしらふ"の世界との別離でもあったようである。
いずれにせよその経過は極めて短く、夫の死から愛子の入院まで1年にも満たないのである。
こうした場合であれば、喪失状況と飲酒問題との関連は疑いようもなく明瞭であるが、もちろんすべての症例がこんなに分かりやすいわけではない。
むしろ長く続く生活上の葛藤と、そこで味わわされた様々な喪失体験の積み重ねが、"徐々に"アルコール依存を病的な方向に発展させて行くことが多いのである。
===
筆者らの調査対象になった前記114例についてみると、状況反応性アルコール依存症とすべぎ85例中、急性喪失反応は16例(全体の14%)のみで、69例(全体の60.5%)はより慢性の持続的葛藤によるものであった。
16例の急性喪失反応例を検討すると、こうした反応を生じる女性たちは共通して依存的であり、愛着対象にしがみつくように生活しているうちに、その対象を喪ったものであることがわかる。
愛着対象は必ずしも夫や親というわけではない。例えば親の反対を押し切って遊び好きのバンドマンと結婚した若い女性が、夫の暴力と生活力のなさに絶望し、親元にも帰れず、唯一、夫との間の3歳の幼児に愛情を注いで必死に生活していたというような場合がある。
この例では本人が働いていて留守の間に、幼児が火をいたずらして出火、焼死したことから、若い母親は急速に酔いに溺れるようになっている。
16例全員が死亡喪失に起因し、焼死が2例、その他の事故反応死が5例含まれるなど、喪失体験はいずれも突発的、かつ強烈なものであった。
一方、69例の慢性葛藤反応の例を通覧すると、そこからは現代女性のライフ・サイクルにおける様々な危機的側面が浮かび上がってくる。
女性のライフ・サイクルと飲酒

図3に前記69例の発症経路を、女性のライフ・サイクルに沿って類型化した。
発症経路による類型をそれぞれ枠に囲って示し、その傍らに症例数と平均年齢を記しておいた(ただし非行少女型=社会病質性アルコール依存症は上記69例中には含まれていない)。
それぞれの類型を説明しておこう。
非行少女型
最も早い時期のアルコール乱用は青春期の中期から後期にかけてはじまる。
この時期の精神発達の課題として衝動コントロールの能力、社会性、自己同一性の発達などが問われるわけであるが、これらに障害のある少女たちに非行少女型、自立葛藤型のアルコール問題が生じてくる。
非行少女型では、中学を卒業する前後から両親との対立と依存の葛藤が増大して"グレだす"ようになる。
家出をしたり、学校をドロップ・アウトしたり、補導歴を重ねたりしながら、次第に水商売の世界に入って行くが、この過程でシンナー、睡眠薬、覚醒剤、麻薬などに手を出すようになり、多くはこれによる補導、逮捕、刑務収容などを体験している。
こうした少女たちはアルコール乱用もこの時期に経験しているのだが、他のクスリ乱用が前景に出ていて目立たない。
しかし次第に年をとって彼女たちなりに社会性を獲得し、危険なクスリに手を出さなくなるにつれて、アルコールヘののめり込みが深くなり、一部はここで言う、非行少女型(社会病質性)アルコール依存症者になって行く。
彼女たちの多くは苛烈、残酷な生育環境の中で成長しており、自我の統合能力が弱く、いわゆる境界例人格構造を持つ者が多い、そのため病歴中には幻覚や妄想の出没など精神病を思わせる症状が一過にみられることがある。
≪症例 菊江≫
24歳。無職。父、母、妹ひとり健在。2歳6ヵ月で妹が誕生。洋裁師の母親は、飲んだくれの父親(これも洋裁師)を抱えて多忙を極めていたために、菊江は家政婦まかせで育てられた。
父は酒乱で、父母間にはいさかいが絶えず、父に殴打された母が鮮血を流している姿を何回も見ながら育つ。
一時、父が愛人を家庭に引き入れたことから、母が家を出た。
16歳時、父母が離婚し、近県の実家へ身を寄せた母親は菊江たち姉妹を引き取ろうとするが、既にグレて非行少年少女の仲間に入っていた姉妹は、友人たちから離れるのを嫌って、父と愛人のもとに留まった。
この問、姉妹ともアルコール乱用、睡眠薬乱用、性的非行、盗みが盛んで、少年鑑別所に数回入所した。
妹はその後、暴力団関係者との同棲の時期を経て、母のもとへ戻り、健康な恋人との出会いがあって、現在では心身ともに立ち直っている。
菊江自身は、18歳時、父親に強姦され、右上腕骨折、両側腹の火傷(タバコの火による)を負い、これを契機に医療少年院に入院、母親が保養者となった。
1年間の入所で情緒的安定を得たかに見えたが、続いて某県の医療少年院で集団訓練を受けているうちに、"身体中を電波が走る″などの身体化した病的訴えを洩らすようになり、精神科医の診察を受けるようになったが症状は持続した。
成年に達したこともあって、東京で婦人服店を開業した母親のもとへ帰ったところ、たちまち、酒と覚醒剤に溺れるようになり、菊江を性的対象としてチヤホヤしてくれる遊び人たちの間を泳ぎ回るようになった。
たまに家へ帰ると、母親を殴打し、器物を壊すなどの家庭内暴力が甚だしいため、母親の相談相手となっていた男性の強い勧めで、某精神病院へ入院した。
入院中、外出を許されると必ず泥酔するまで飲み、店で暴れたり、路上で倒れたりしているところを保護されて帰院する。
一度は覚醒剤乱用で治療中の男性患者に誘われるままアパートヘついて行き、アルコールと覚醒剤漬けの数日を過ごしている。
こうしたことから病棟担当医の判断で、筆者のアルコール外来に通うようになったが、初診当時「体内に入り込んだ男(父親?)が自分を操縦する」と訴え、その声("テレパシー")こ悩まされていた。
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 4/9、10 | 16:00〜21:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京 麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 月 水 | 18:30〜20:30 11:00〜13:00 | 3,000円 or 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| サイトウ式逆説的介入アプローチ実践トレーニング | 金 | 18:30〜20:30 | 5,000円 | 一般 専門 | 東京麻布 |
| 斎藤学ネットグループカウンセリング | 6,300円/年 630円/月 | 一般 | ネット上 |
| 斎藤学のアルコール依存症関連書籍 | ||
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| アルコール依存症とは何か | アルコール依存症に関する12章 | アルコール依存症の回復援助 |
※本原稿は1983年8月25日に(株)海鳴社より出版された「女性とアルコール依存症」(斎藤学著)からほぼ原文のままお届けしています。
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2011年04月05日
女性とアルコール依存症(25)自立葛藤型、オールドミス型と内縁関係型
《自立葛藤型》
一方、自立葛藤型の症例については、本書の冒頭に「英子」の場合として紹介しておいた。
非行少女型が衝動抑制の全般的な困難と他罰性を特徴とするのに対し、自立葛藤型では摂食行動異常、盗癖、性的逸脱などの形をとった部分的な衝動抑制不全と自罰性が特徴的という相違がある。
しかしこの両型には様々な共通点があり、もともと青春期ないしプレ成人期の自己同一性の獲得をテーマとする同根の問題から誕生してきたとみるのが妥当であろう。
たまたま今回の調査対象中には自立葛藤型のものが一例しかみられなかったが、最近、若年の女性酒害者の中にこのタイプをみかけることが多くなっている。
《オールドミス型と内縁関係型》
ひとりの女性としての自己が確立する前後から、配偶者の選択にかかわる諸々の問題が彼女たちを悩ませばじめる。
ここで「オールドミス型」としたような一部の女性たちは、この問題に直面することを回避し、父母のもとに留まろうとしたり、女性同士の仲間関係を遷延させたりする。
性同一性の点で、大なり小なり問題のある人々であり、強い父親固着があったり、母親への固着と女性同性愛の傾向(多くは潜在的なもの)がみられたりする。
こうした人々が中年に入って、父親の死亡、同性の親友の離別などを経験し、これを契機として飲酒問題を発生させてくるわけである。
一方、この時期の異性との交渉に積極果敢で、多彩な男性遍歴をくり広げる女性たちの一群もいるが、彼女たちは一面で恋愛関係上の手ひどい喪失体験を味わわされることになりがちである。
その1部はこうした体験の後、種々の型の内縁関係に入って行く。
ほとんどは、20歳前後から水商売の世界になじむようになった人々で、恋人の喪失や、ごく短期間の結婚生活の破綻を経過した後、"妾”、"2号"など、自らの女性性を売り物に、力のある男性の保護を求める生活を選ぶようになるわけである。
こうした、いわゆる"パトロン"との生活は、情緒的にも経済的にも不安定で、種々の形の喪失体験にさらされやすく、彼女らの心の傷はさらに広げられることになる。
一方で彼女たちの多くが身を置いている水商売の世界では、陽気に、気楽そうに振舞わねばならない。
酔ってはしゃぐという形での躁的防衛が、彼女たちの適応技術となり、アルコール依存を一層押し進めることになってしまうのである。
こうした適応と均衡が中年に入ってついに崩れ、酒害が表面に出てきた女性たちが、ここで言う「内縁関係型」の人々であり、その平均年齢は40.1歳となっている。
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2011年04月06日
女性とアルコール依存症(26)キッチン・ドリンカー型
結婚生活に入った女性たちの一部が飲酒問題を起こすようになる場合、台所での隠れ酒が特徴なので、キッチン・ドリンカーという“和製英語”で呼ばれることがある。
彼女たちの病歴を検討すると、以下の3類型に分けられる。
a)「育児ノイローゼ型」
末子が0歳から1歳という授乳期に飲酒問題が発生してくるケース。
夜泣きをする乳児に気を取られて、毎夜一睡もできず、日中、乳児が眠る間に自分もわずかの眠りを貪ろうとしてアルコールを常用するようになる場合が多い。
===
このタイプの女性は"母親になったこと"に当惑と拘束感を持っている。無意識レベルでは赤ん坊にある種の"敵意"を抱いているため、意識レベルでは漠然とした罪悪感と不安とに苛まれているものである。
多くは性同一性に問題のある女性たちで、既述の非行少女型や自立葛藤型に近い青春期を通過して主婦になった者がほとんどである。
こうした女性たちにとって、赤ん坊の誕生は"獲得"ではなく、むしろ自己の同一性や夫との一体感の"喪失"として経験されるのである。
こうした場合、育児態度は投げやりになるどころか、反動形成として過度に献身的なものになりがちで、やがて不眠、イライラ、抑うつ感がこうした若い母親をとらえるようになってくる。
つまり育児ノイローゼである。筆者は20代後半から30代はじめにかけての母親の酒害者に接した場合、こうした問題が背景にあり得ることをまず念頭に置くことにしている。
b)「家族内ストレス型」
夫の浮気、姑からの圧迫感、財産分与上の争いなどの様々な家族内ストレスが飲酒問題の誘因になるケース。
この中には夫が酒害者で、酔って乱暴されるのに耐えかね、自分も飲みだして夫婦そろって酒害者になったというケースも含まれる。
今回の調査対象114例中、38例(33.3%)がキッチン・ドリンカーであるが、その3つの亜型の中では、この「家族内ストレス型」が最も多い(16例、14.0%)、平均年齢では育児ノイローゼ型が、20代の終わりで最も多く、この家族内ストレス型が30代の終わりで年齢層が高く、次に述べる目標喪失型がその中間を占めている。
c)「目標喪失型」
キッチン・ドリンカーたちの中で、最もその誘因のわかり難いケース。
末の子供が幼稚園や小学校へ行きだして、それほど手のかからなくなった35歳前後の主婦が、子供や夫が不在の家の中で酔いつぶれている場合である。
これについては次項でその成因を詳しくみることにしよう。
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2011年04月07日
女性とアルコール依存症(27)空の巣型
《空の巣型》
女性としての成熟、配偶者選択、出産、育児といった"仕事"を無事にこなしてきた女性たちも、育った子供たちが次々に家を離れ、夫とも死別し、家にひとり取り残されるようになると淋しさに耐えかねて酔いに身を任すことになりがちである。
こうした、中高年になってからっぽになった巣(家)に取り残された婦人の飲酒問題を、ここではJ・カーリーにならって「空の巣型」の名で呼ぶことにする。
夫の死や離反は比較的わかりやすい形での喪失体験であり、条件が重なれば既述の「愛子」の場合のように急性喪失反応として発症してくることもあるのだが、通常、“喪失“はより穏やかな形を取って徐々に彼女らを襲うのである。
===
退職して気の抜けたような毎日を送っている夫をみなければならない妻は、彼女の抱いていた"力強い、頼りがいのある夫"のイメージを喪うことになる。
中高年に入ると、自分の身体からも、様々な物やイメージが喪われてくる。
まず閉経。
人によっては女性性が損われたように感じる。まして、子宮筋腫、卵巣のう腫その他の婦人科的疾患や、乳癌の手術で、これらを剔除されたりすれぽ、自分の身体への愛着、信頼など自己同一性の基本そのものが揺らいでしまい、建て直しに酔いを必要とすることもあり得るのである。
事実、このタイプの女性酒害者の多くは、こうした婦人科的手術侵襲の後にアルコール乱用を発展させてくる。
この「空の巣型」には「未亡人型」とでも呼ぶべき亜型がある。
子供たちが未だ幼い頃に死別、離婚などで夫を喪い、懸命に生きぬいて子供たちを成長させてきた婦人が、子供の独立という目標を達成したとたんに"生ける屍"になり果ててアルコールに溺れだすという場合である。
今回の114症例中に空の巣型は16例(14.0%)みられたが、うち6例が、こうした未亡人型であった。
急性喪失反応との相違を明確にするために「空の巣(未亡人)型」の1例を以下に示す。
既述した「愛子」とちがって、以下に述べる「静江」は"強い"女性であるが、たび重なる喪失体験は、こうした女性をもアルコールに溺れさせて行くのである。
※予告:明日は症例をお届けします。
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 4/9、10 | 16:00〜21:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京 麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 月 水 | 18:30〜20:30 11:00〜13:00 | 3,000円 or 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| サイトウ式逆説的介入アプローチ実践トレーニング | 金 | 18:30〜20:30 | 5,000円 | 一般 専門 | 東京麻布 |
| 斎藤学ネットグループカウンセリング | 6,300円/年 630円/月 | 一般 | ネット上 |
| 斎藤学のアルコール依存症関連書籍 | ||
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| アルコール依存症とは何か | アルコール依存症に関する12章 | アルコール依存症の回復援助 |
※本原稿は1983年8月25日に(株)海鳴社より出版された「女性とアルコール依存症」(斎藤学著)からほぼ原文のままお届けしています。
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2011年04月08日
女性とアルコール依存症(27)空の巣型《症例 静江》
《症例 静江》
43歳。山形県生まれで入院当時は神奈川県下のY市に居住。
同胞9人の第4子。次女であるが、弟妹はすべて異父同胞である。
大工職であった実父は酒豪で酒乱の気があり、博打の借金を残して静江の出生前に出奔してしまった。
数年して、実母は役場勤務の中年男と再婚したので、以後この養父に育てられることになるのだが、この父もまた酒乱で、少女時代の静江は酔った養父からいたずらされるという悲惨な経験をしている。
===
子供時代は、ゆうずうのきかない馬鹿正直な子と言われていたが、特に問題行動はなかったらしい。
中卒後、実家の家事手伝いをしていた19歳時に、勧める人があって見合いをした。
相手は神奈川県下の土建会社に勤める7歳年長の青年で、仕事にも慣れそろそろ独立しようかというので、郷里の親戚に適当な結婚相手の物色を頼んできたのである。
養父との仲がこじれ、弟妹たちの世話で自分の時間が持てなかった静江は、早く家を出ようとしていたところだったから、この話と飛びつき、数ヵ月後には結婚して神奈川県のO市に住むようになった。
夫はかねてからの予定どおり、結婚をきっかけに独立し、小さいながらも自分の会社を経営するようになった。戦後の復興期で土建業の景気も良かったのである。
夫は無口で、働きもの、仕事の後の酒だけが楽しみという人だった。
そして酔うと大言壮語して人が変わったように態度が荒々しくなる。
静江もあまり会話のない家庭で育ったので、夫の無口には抵抗を感じなかったが、話しにきく実父、そして養父の酒乱を知っていただけに酔った夫の態度の変化には敏感で、オドオドしてしまい、夫の怒りを買うことが多くなった。
特に死ぬ前数年間の夫は、事業の行ぎづまりのせいか極度にイライラしており、静江を「ゆうずうがきかない」と言って叱りとばし、時には手をあげるようにもなっていた。
それでも今にして思えば、息子ふたりの出産、育児に追われ、夫は仕事に飛びまわるという、この10年間が静江にとって黄金時代だったのだろう。
暗転は急激にやってきた。静江30歳、下の息子が8歳という時、夫は出張先の現場事務所で深酒して寝こみ火事を出し、焼死してしまうのである。
残務整理、火災の補償など、山積した仕事を、静江はどこからどう手をつけてよいかもわからぬまま、とにかくやり遂げた。
しかし、一段落ついてみると、10年の間、夫と築き上げてきたと思っていたものが幻であったと気づかされた。整理し切れなかった借金を除けば、家も土地も何も残らなかった。
小学生の男の子ふたりを抱えて、それでも静江はよく頑張った。
郷里には帰る気にもならなかったので、隣のC市に移り、駅弁売りの会社に勤めて、調理場のした働きをして家計を支えた。
相当苦しい毎日だったが、酒を飲もうなどとは考えたこともなかた。当時の静江にとって、酒は自分の人生に立ちはだかる恐ろしい敵に他ならなかったのである。
こうして5年が過ぎた頃、次の大波が35歳の静江を襲った。乳癌である。
調理場の同僚たちの協力もあって、何とか手術、入院を終えて自分のアパートに戻った時、彼女はつくづく疲れたと思った。
髪ふり乱して働きづめの数年間の後、急にやってぎた弛緩の毎日の中で、静江の胸にポッカリと隙間があいた。
定められた自宅静養の期間中、食欲が出なかった。頑張らなければと思うのだが、鏡に写る自分の顔は骸骨そのものだった。
「肥らなければ、せめてあと6年、下の子が高校を出るまで頑張らなければ」と静江は思った。
新聞広告で見たことのある養命酒を買ってきて、毎食前、顔をしかめながら飲みくだした。
これが静江の初飲体験である。
この危機を乗り切ったことについてはやばりこの酒の効用を考えるべぎであろう。少なくとも彼女はそう信じていて、せっせとこれを飲み続けた。
その3年後、次男の高校進学に際して、静江は駅弁売りの会社を離れ、もっと収入の良い仲居の仕事についた。
生まれつき引っ込み思案で無口の彼女には、どうみても不似合な仕事だったのだが、他に収入を増やす方法がなかったのである。
当然、仕事上の緊張は極度に高まる。
夜更にアパートへ帰ると、口もきけないほど疲れているくせに、寝つけない。
このあたりから、養命酒が清酒に引き継がれて行く。
やがて、酔って寝つけるようになるまでには2、3合の酒が要るようになった。
乳癌の手術のあと「せめてあと6年」と思ったその6年は、こうして何とか乗り切ることができた。
この頃になってようやく、静江は男たちがなぜあんなに酒を飲み、醜いまでに自分を解放しようとするのかがわかるようになった。
そしてこの時期にまた、彼女の身辺から大事なものが喪われるようになる。
まず長男が高卒後、大手の運輸会社に就職し、東海地方の某市に出張することになり、3年前にアパートを離れた。そして昨年、その土地の女性と結婚した。
海の見える街での披露宴の後、帰りの電車の中で、静江は次から次へと清酒の1合カップを空けて泥酔し、次男に背負われて家へ戻った。
その次男は高卒後、地元の信用金庫に就職していたが、今年から同じ神奈川県内の大都市にある支店に勤務することになり下宿したいと言いだした。
最近になって、まとわりつくように干渉的になった母親から離れたいというのもひとつの理由だったようだ。
静江は勤め先の料亭に住み込むことを決心して、苦労の多かった10余年を過ごしたアパートを出た。
これが入院の半年ほど前のことであるが、この頃から静江は酒を手放せなくなっていた。
チビリ、チビリ、ほんのわずかずつでも、いつも酒を含んで仕事をしていた。
休日には朝から飲んで、寮の自室で布団をかぶっている。
そうした日の翌日には、深酒が過ぎて仕事に出られない。
店の主人や同僚からいやみを言われるようになって、身体の不調を理由にしていた静江は近くの総合病院を訪れざるを得なくなるのだが、ここでかなり重篤な肝障害に冒されているこをを指摘された。
内科へ入院して、もちろん断酒した。
1ヵ月余りで退院し、Y市にある次男の下宿に転がりこんだ時の静江はまるでぬけがらだった。
暗い表情は、仮面のように動かない。口をきくのもおっくうそうで、頭が想いと言いながら終日寝暮らしていたが、そのうち、息子が不在の日中、ウィスキーのポケット瓶を買いだめては隠れ飲みをするようになった。
すぐに連続飲酒発作が出現するようになり、大小便の失禁が始まる。
次男は休暇を取ってC市の病院に行き、担当の内科医に相談した。彼は、そこで初めてアルコール依存症という病名を聞き、精神科の専門医への相談を勧められたのである。
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2011年04月12日
女性とアルコール依存症(28)ボケ老人型、主婦の目標喪失と飲酒《症例 紀子》
《ボケ老人型》
記憶力や見当識に障害をきたすようになった老女が、急に病的な大量飲酒をするようになったケース。
今回の調査対象中の2例は、いずれも水商売歴のある人で、その点では一次型アルコール依存症とすべきかも知れないが、ボケの出現さえなければ「酒好きのおばあちゃん」で済んでいたはずの、ごくまっとうな飲みかたが続いていたのである。
飲酒習慣を持った女性たちが急増しているところをみると、これからはこの手の老婦人の酒害者とたびたび出会わなければならなくなるかもしれない。
主婦の目標喪失と飲酒
前項では、主婦たちの飲酒の引き金になる種々の喪失体験や不安を取り上げたわけであるが、その中で最もわかり難いと思われる「目標喪失型」の主婦の飲酒を、もう少し詳しくみてみよう。
多分そこから現代の主婦が置かれている様々な問題が読み取れるはずである。
《症例 紀子》
「そろそろ夕食の仕度をはじめようかという頃になると、決まって物淋しいような、虚しいような気分になるのです」と紀子は訴えた。
「それでいて妙にソワソワ、イライラするんです。気を取り直して台所に立ってみても何も手につかない。すべてを放りだして家を出たいと思うこともあるのですが、もうすぐ息子や夫が帰ってくると思うとそうも行かないし……。
そういう時お酒を飲むと、堅い結び目がほどけていくように徐々に緊張がほぐれて、ようやく動けるようになるのです」。
紀子は40代はじめの主婦である。都心の会社につとめる夫の和夫、中学2年生になるひとり息子の3人でY市の住宅街に住んでいる。
筆者のアルコール外来を受診する直接のきっかけになったのは、その前の週に5日間つづいた連続飲酒で、この時は酔いが醒めるのをおそれるかのように朝からチビリ、チビリと飲みつづけ、終日寝暮らして、まとまったことは何ひとつできなかった。
それまで妻の飲酒問題について精神科医と相談したいと思いながらもためらっていた和夫だったが、この時ばかりは意を決して妻を説得し、どうやら動けるようになるのを待って外来へ連れてぎたのである。
紀子によると、問題飲酒が始まったのは2年前、息子が都内の某名門私立校の中等部に進学してからであると言う。
この学校は東大をはじめとする一流大学への進学率の高さで知られたところである。息子が小学生の間、紀子の関心はもっぱらひとり息子の中学受験に向けられており、おまけにPTAの役員としても忙しい日々を送っていた。
「そんなわけで、息子が小学校にいる間、私には酒を飲むゆとりも無かったのです」と紀子は言う。
それでは、急に暇ができたのがいけなかったのだろうか。息子が進学して心にゆとりを生じたお母さんたちなら、巷に盗れているであろうに。なぜ紀子だけがおかしな飲みかたをするようになったのだろう。(明日に続く…)
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2011年04月13日
女性とアルコール依存症(29)ボケ老人型、主婦の目標喪失と飲酒《症例 紀子》2
面接が進むにつれて、紀子が息子の中学受験に特別な意味を認めていたことがはっきりしてきた。
「夫の実家のてまえ、息子にはどうしてもあの学校へ入ってもらいたかったのです」と彼女は言った。
紀子はある地方都市の商家の出であるが、高校生の時酒豪だった父に急死された。
彼女は長女だったから、途方にくれる母親を助けて、幼い弟妹の面倒をみるという立場に立たされたわけだが、もともと活動的で自信家の彼女はそうした状況に我慢できず、高校を出るとすぐ、母たちを置いて強引に上京してしまった。
たまたま叔母が下町でスナックを経営していたところへ転がりこんだのである。
===
そこで働きながら某劇団の研究生になったが、同期の人々の中では早くから注目され、プロの女優としても何とかめどがつきそうなところところまで頑張った。
そんな時に、スナックの客であった現在の夫見そめられ、相当悩んだり迷ったりしたあげく友人たちの反対を押し切って主婦の座を選んだのである。
夫は中規模ではあるがかなり名の知れた企業の経営者の息子で、いわば、女優の卵が社長の卵と一緒になったような形であるが、夫の実家側には、この結婚に反対する声がかなりあって彼女を苦しませたようである。
それに、結婚してみると同族経営の企業の中での夫の立場は大したものではないどころか、同族社員の中でのミソッカスに近いことがはっきりしてきた。
夫は某私大の出身であるが、東大出の3人の兄弟たちから何かと低くみられているようであり、姑にいたっては「あの子は能なしだから・・・」と彼女の前ではっきり口に出したりした。
和夫自身はこうした自分の立場を大して気にとめておらず、馬鹿にされても平気な顔をしている。それが負けん気の強い紀子には歯痒く口惜しくてならなかった。
夫の兄弟たちの嫁どうしの競合関係もまた熾烈を極めていたが、その中での紀子の立場も決して有利ではなかった。
他の嫁たちと違って実家からの援護は期待できないし、アルバイトとは言えスナックで働いていたところを見そめられたという結ばれかた自体が、他の嫁たちの冷たい視線にさらされていたようである。
なまじ女優として何とかやれそうだったという自信があるだけに、こうした立場を不満に感じたり、馬鹿らしく思ったりすることもないではなかったが、結婚そのものは自分自身の選択だったから誰を非難するわけにもいかなかった。
勝気な彼女は、むしろこうした感情を一切無視して「幸福な主婦」の役割に没頭することにした。
差しあたって出産と育児が彼女を充実させた。
かつてのライバルたちが、舞台やテレビで活躍しているのを見聞きするたびにいたたまれぬほどの焦燥感に襲われるのだが、当面、息子をいとこたちに負けぬように育てて姑や義姉妹たちの鼻を明かすという目標があったから、余計なことを考えずに済んでいた。
いとこたちは前後して都内の有名中学を受験したが、成功したのは和夫・紀子夫婦のひとり息子だけだったから、紀子は一応目論見どおり競争に勝ったわけである。
ところが、鼻を明かすべき最大の相手であるはずの姑が合格発表の直前に床に就き、意識不明のまま他界してしまったのである。
彼女はこの時肩すかしを食わされたような、何とも物足りない気分を味わわされたと言う。
それまで彼女に「仮の目標」を与えていた何かが、ガラガラと崩れてしまい、空漠とした日常生活の中に、鋭い不安感がおりこまれるようになったのはそれからのことである。
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 4/9、10 | 16:00〜21:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京 麻布 |
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| 斎藤学のアルコール依存症関連書籍 | ||
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| アルコール依存症とは何か | アルコール依存症に関する12章 | アルコール依存症の回復援助 |
※本原稿は1983年8月25日に(株)海鳴社より出版された「女性とアルコール依存症」(斎藤学著)からほぼ原文のままお届けしています。
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2011年04月18日
女性とアルコール依存症(30)ボケ老人型、主婦の目標喪失と飲酒《症例 紀子》3
和夫は妻の問題飲酒をしばらく気づかずにいた。
彼女が飲んでいるところなどみたこともなかったので、帰宅するたびにだるがって横になっている妻をみても、酔っているとは夢にも思わなかった。
しかし、それまで活動的だった妻の口数が減り、投げやりで怒りっぽくなり、食欲も無くしてやせてくるという事態になっては妻の異常に気づかざるを得ない。
===
会社を休み、いやがる妻を説得して友人のいる都内の大学病院内科へ連れて行った。
二回目の外来の時、肝炎という病名を告げられ、「奥さんは飲みすぎだから、少し節制させるように」と医師に言われて、和夫が仰天したことは言うまでもない。
その晩、夫ははじめて妻の理由のない空虚感と不安、居たたまれぬほどの焦燥感についてきかされた。
飲むと直るのだが、じきにイライラが再開して、また飲みだし、ついには酔いつぶれてしまうのだと彼女は言った。
この夜、遅くまで夫と話し合っているうちに、紀子の気分は次第に明るくなり、ついにはすべてが解決したように思った。
「何て馬鹿なことをしてたんだろう。早くこの人に言えば良かったんだわ」と彼女は思い、「もう大丈夫」と何度もくり返して夫に言った。
しかし事態はそれほど甘くなかった。確かに一週間ほどは飲まずに過ぎたが、やがて再び酔った状態で夫を迎える日が多くなった。
叱られると数日止めるがまた飲みだす。なまじがまんした分だけ飲み方がすさまじくなり、朝方から終日飲みつづけて家事をまったく放棄する日が目立つようになった。
息子は寄りつかなくなり、優しい一方だった夫が激怒して手を上げることも稀でなくなった。
「これが最後だ。今度またこんな飲みかたをするようなら、離婚してくれ」と言われて一ヵ月近く断酒したあと、またもや飲みだしてとうとう筆者の外来を訪れることになってしまったと言うわけである。
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2011年04月19日
女性とアルコール依存症(31)なぜ今、主婦の飲酒が注目されるのか
《なぜ今、主婦の飲酒が注目されるのか》
キッチン・ドリンカーの主体は主婦であるが、その割合は女性症例全体の五割ていど(調査対象によってかなり異なる)ほどのものである。
主婦のアルコール乱用は表面に出にくいから実際の割合はもう少し高いかも知れないが、いずれにせよキッチン・ドリンカーは女性症例の一部に過ぎないのである。
それなのになぜ主婦の飲酒問題がとりわけ注目されるのかということになるのだが、理由のひとつとして"意外性"ということが考えられるであろう。
===
酒飲みの夫に悩まされる妻の図は見慣れていても、「飲みすぎる女房」の姿には我々日本人は未だなじみが薄いのである。
夫も子供も失った不幸な老婦人や、反社会的な生活を送る一部の女性が酔いつぶれるというのであればまだわかるが、やさしい夫と健康な子供に恵まれたごくふつうの主婦がなぜそれほど飲むのか。そこに意外性があるのであろう。
理由のもうひとつは、それが現代の主婦に多かれ少なかれ共通した悩みの端的な表現と考られるということではなかろうか。
彼女らはたまたま飲める体質を持ち、飲酒に逃避できたからアルコール依存になった。そのかげには逃避さえできずに悩みつづけている無数の主婦がいるのではないか、というわけである。
第一の理由について言うと、この"意外性"は誤解にもとづいており、実は主婦こそ最もアルコール乱用を生じやすい立場にいる人々なのである。
女性としての心理的な成熟を欠いた人々であっても、独身で通していれば特に問題も起きないかも知れないが、結婚生活はこうした隠れた障害に照明をあててしまいがちなのである。
同様のことは男性についても言えるわけだが、多くの場合彼らには職場があり、そこで過剰適応的に振舞って社会的な男らしさを周囲に認めさせるという防衛の手段が残されている。いわゆるワーカホリック(仕事嗜癖)がこれである。
主婦の場合でも、大家族における嫁という役割が課されていれぼ、その中で過剰適応し、“髪ふり乱して働く、しっかりものの嫁"を演じることもできよう。
しかしせいぜいひとりかふたりの子供がいるだけの核家族ということになるとそうは行かない。
出産や育児に多忙な一時期、つまり生物学的な意味で"母”である時期を除けば「自分は一体何なのか」という疑問に捉われやすい立場に主婦はおり、その際夫との関係を通して自分の女性性の問い直しに直面することになりやすいのである。
結婚初期、子育てを終えた時期、夫が退職した時期(つまり夫の社会的同一性に重大な変化が起こる時)の三つが、主婦の生活史上の三大危機であるとよく言われるが、これらはいずれも女性に自己の性を見つめなおさせる時期に他ならない。
その際、性同一性に障害を持つ人々の最も手軽な防衛方法が飲酒、酩酊なのである。
現在、主婦の飲酒問題が珍しがられているのは、これまでの飲酒文化(特に我が国のそれ)が女性の酒に禁圧的であった結果にすぎない。
飲酒が女性に解放され、酒造会社が女性消費者の増加をむやみに煽りたてている現状では、早晩、事態は深刻化しようが、同時にこれを特殊視することもなくなって、"世間によくある困った問題"のひとつと受け取られるようになってしまうであろう。
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 8/6、7 | 16:00〜21:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京 麻布 |
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| サイトウ式逆説的介入アプローチ実践トレーニング | 金 | 18:30〜20:30 | 5,000円 | 一般 専門 | 東京麻布 |
| 斎藤学ネットグループカウンセリング | 6,300円/年 630円/月 | 一般 | ネット上 |
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2011年04月20日
女性とアルコール依存症(32)業績中心社会における主婦の座
《業績中心社会における主婦の座》
女性のアルコール消費の伸びを支えているのは、主として二十代、三十代の若い世代であり、この年齢層についてだけみれば、既に飲酒人口の男女比は一対一に近づいている。彼女たちはもっぱら職場で飲酒習慣を身につけ、やがて主婦となって行くわけである。
ところで職場というものは元来、生産性(業績)が唯一の価値基準であるような、ある意味で単純素朴な世界であり、そこでは微妙な人間的配慮が不当に低く評価されてしまうものである。
そしてこの分野は伝統的な性の役割分担から言うと男性の担当ということになっていたため、男に都合のよいような価値の体系が張りめぐらされてしまっている。
===
現代の若い女性たちのほとんどすべては否応なく、いったんこうした職場の生活に入り、その中で自分の性に失望するという体験を持つことになる。
伝統的な社会では、"男一匹"を気取る男たちの社会と一対になった、女たちの価値基準の体系があって、そこに"妻"や"母"の役割が用意されていた。つまり、男は男なりに、女は女なりに自分らしく生きる道が用意されていたのであるが、こうした区分が(たてまえ上)否定され、男の価値基準に一本化されてしまった現在の社会では、女性は必ずいったん自分の性に落胆せざるを得ないのである。
業績中心の社会に見切りをつけて「どうせ私は女よ」と言える人はともかく、なまじこれに適応して社会的業績に関心を持ちだすようになると、主婦役割との折り合いが悪くなる。
というのも、中途はんばに性区分が否定されている我々の社会の中で、主婦の役割は、かつての堂々たる権威を失ったまま、無能な女のたまり場のように思われ始めているからである。
こうして、現在ではかなりの割合の主婦が自分の社会的自己実現を結婚(つまり夫の出現)によってはばまれたと感じており、夫に対して漠然とした被害者意識と攻撃感情を抱くにいたっている。
とはいえこれらの感情はほとんどの場合素直な表現を抑えられており、本人自身にも気づかれていない。なぜなら彼女たちにとって既に結婚そのものが社会的業績なのであり、だからこそ職場での成功を断念したのであり、今更これを捨てるわけにもいかないからである。
そのかわり、女性たちは主婦としても"業績"の追求に熱心になる。
業績はいつも他者から評価されていなければならない。さしあたって子供たちが、業績追求の道具とされやすく、これを周囲の評価に耐え得るようにしょうとするところから"教育ママ"的態度が生じ、道具として用いられた子供たちの反乱が登校拒否や家庭内暴力の形で表現されることになる。
一方、主婦としての業績追求の対象も見あたらず、夫への否定的感情を持て余している人々は、そうした感情を抑えこんでいるうちに喜怒哀楽の表出ができなくなり、無感動と空虚感の中に閉じこめられる。
そして時に、抑圧された夫への憎悪は鋭い不安感や抑うつ感として突出したり、身体的症状に転換して表現されたり、対象を変えて爆発したりして当人や周囲を混乱させるものである。
最近、自分の子供を必要以上に折檻して、くり返し怪我を負わせてしまう母親が増えてきており、こうした幼児虐待への対処が精神科医の関心を惹きつつある。
少々戯画化が過ぎたかも知れないが、以上に述べたような主婦像に近いものを、現代の主婦は多少にかかわらず持っているのではなかろうか。
そうした主婦たちのうちの一部は飲酒によって危機を脱することを試み、多くは成功し、ある者は失敗してキッチン・ドリンカーに至ると言うわけである。
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2011年04月22日
女性とアルコール依存症(33)第六章 回復への助言
人生に敗北を感じ、他人とのかかわりに絶望した人は、酒によって生まれかわった自分との間で、愛し合い、もたれ合い、憎しみ合いのひとりずもうを演じる。
このひとりずもうがアルコール依存症に他ならない。
この演技が続く間だけ、酒は生き残りの唯一の手段となり得るのである。皮肉なことに「酒は百薬の長」なる諺の本当の意味を知っているのはアルコール依存症者だけなのである。
酔った自分を相手に演じる愛憎のひとり芝居のうちに、その人の人生ドラマは集約されてくるから、こうした状態の人とかかわる立場の人間は、彼や彼女の生き残りドラマの全編に立ち合わざるを得ないわけである。
===
筆者もまた、ここ十余年間、英子、愛子、菊江、静江、紀子たちが必死に演じるドラマにつき合って過ごしてきた。
このうち菊江は入院中であるが、英子、愛子、静江、紀子は他人(この中には当然筆者も含まれている)との関係を回復して、それなりに喜んだり、悲しんだり、悩んだりしながら生きている。
この本を読まれるかたがたの中には回復への道を模索している人も多かろうと思うので、私なりに重要と思われる諸点をあげておくことにしたい。
酒害者自身への助言
私は英子たちに以下のようなことを助言してきた。
(1)『本当に酒を止めたいのかどうか、もう一度考え直してみたら』
断酒への動機づけがしっかりしたという時点でアルコール依存症の治療の70%は済んでしまっていると筆者は思っている。
だから当面の私(治療者)の仕事は患者に「どん底」を体験させることだ。
未だそれを感じていないのなら、私の出番ではない。出番がくればいつでも登場する用意があることだけを伝えて、彼女のドラマに立ち合うことは避け、アルコール依存症についての一般的な説明をするに止めることにしている。
そしてその間、後述するような家族(周囲の人)への助言をつづけて行く。
彼女が「もう駄目だ」と思っていて、私に何かを期待してくれるのなら次のように言う。
(2)『週にN回私と会いましょう』
Nには、その人の状況によって1から5までの数が入る。
彼女は、自分の足と電車賃と時間をつかって、私の指定する曜日と時刻に、私の前にたどりつかなければならない。
「約束は破らないようにしてください。待ち合わせの時間にあなたが来ないと、私は裏切られたような淋しい気分になってしまいます」と言う。
酒は止められていなくても構わないが、欠席や遅刻は必ず取り上げ、それがなぜ生じたかを問題にする。
もし面接回数が、その人の能力(私という他人にかかわることに割けるエネルギー)より多すぎるようなら減らし、彼女が約束を守れる限界を彼女自身にわからせるようにする。
飲酒してしまうために来られないという人には面接日の前数日間、抗酒剤を使うように勧める。
ここでも、自分の“意志”に全幅の信頼を置こうとする人に、その限界をわからせる作業が必要になる。(続く…)
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2011年04月25日
女性とアルコール依存症(34)ミーティングへの参加、ノートへの記録
(3)『あなたの経験を皆さんに話してみてください。他の人の経験をきいて、自分のものと較べてみてください』
1週に最低一回はグルーブ・ミーティングに参加してもらう。
私の治療グルーブの定員は10名である。ミーティングに遅れないよう、欠席しないようにすること("足をつくる"という)と、120分のミーティング中静かに座って他人の話に耳を傾けるようにすること("耳をつくる"という)が、私との治療的接触に不可欠な要素ということになる。
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ミーティングでは、過去1週間の飲酒行動や「潜在飲酒行動」(飲みたい渇望が異常に高まった経験)とそれに関連した心の動きが淡々と語られる。
この際、他人に対しても自分に対しても"本当のことを言う"ことが求められるのであり"飲まない"ということが求められているのではない。
グルーブに参加して間もない人はこのことがなかなか理解できないのだが、私への信頼(私が結果を求めているのではなく、彼女との情緒的接触を求めているのだという信頼)が増すにつれて嘘をつく必要が薄れてくる。
そして"真実"というものが、たまねぎのように何層にも分かれた構造をしていることに気づきはじめる。
こうした過程は、先にグループに参加している人の作業が、後からの人の作業を促進するといった性質のものである。
(4)『あなたが食べたもの、飲んだもの、会った人を毎日ノートに書き出してごらんなさい』
なかなか断酒できないでいる人、摂食行動異常(過食・拒食・嘔吐習慣)を伴う人、断酒後対人恐怖のひどい人には右のような指示を与える。
大学ノートの左端に、飲酒、摂食などの"行動"を、午前、午後、夕方に三区分して書き、余白にその時の情動体験、今それを書いている時に思い浮かぶことを書かせる。
ノートを書くように指示した人については、必ず別にノートを読むための面接時間を設け、何が書けて、何が書けなかったかを私とふたりで検討する。
ここまで来ると、もはや飲酒は単なる日常行動ではなくなる。たまに生じた飲酒"事件"は、その人に取って"酔い"がどのような意味と役割を持っていたのかを検討するための貴重な素材となってくる。
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2011年04月26日
女性とアルコール依存症(35)酒害者自身への助言3
(5)『あなたにとってお酒の問題は赤信号に過ぎないのです』
問題は、彼女たちが絶望し、生を投げだしそうになっているところにある。
飲酒問題はその他の自己破壊行動と並んで、このことを示す赤信号なのだ。
言い変えれば不器用な彼女らがなんとか絞り出した助けを呼ぶ声なのだから、治療者としては"聞こえた、了解した"ということが示せれば(彼女たちが納得するようにそれを示すのはなかなか難しいが)それで飲酒問題はなくなる。
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難しいのはその後であって、相変わらず厳しい状況の中で、酔いという防衛も禁じられて立ちすくんでいる彼女たちに、どうやって他者とかかわる力(つまり生きる力)を取り戻させるかだ。
これに失敗すると、彼女たちはたちまち元の飲酒行動に逃げ込むことで自分の身を守ろうとする。
(6)『あなたには、自分を癒すエネルギーが備わっているではありませんか』
「とにかくあなたは、私の前まで来られるじゃありませんか」と言う。
「それはあなたの内部に何とかしょうとして蠢(うごめ)いている力があるからですし、まだまだ使える足がついてるからです」とも言う。
治療者に向かう情動の動き、足の運びを一貫して評価し、伸ばすのである。
"足"はまだ充分に残っている彼女の健康な部分の象徴であり、それを使って歩く方向は、他者とのかかわりに向いていなければならないが、彼女の歩みは彼女のものであって、誰も代わってあげることはできない。助けてあげることも有害である。
(7)『60点で合格です。100点を求めようとしないこと』
100点でなければ0点、真っ白でなければ真っ黒という世界の中で彼女たちは生きてきた。
彼女たちに50点や灰色の存在を実感させるのはなかなか難しいがそれができないと、治療者との関係が維持できなくなってしまう。
はじめ治療者は彼女の心の中に力強く、情深い、100点満点のスーパーマンとして登場しがちだから、ただの人であることが視えてくると、一挙に0点で真っ黒になってしまうからである。
多少しみの目立つ、灰色の人であっても、自分にとって60点の“ほぼ良い"治療者であればつながりを保ち続けるという柔軟性を育てられれば、彼女と他者との関係は随分と楽なものになるはずだ。
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 8/6、7 | 16:00〜21:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京 麻布 |
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| サイトウ式逆説的介入アプローチ実践トレーニング | 金 | 18:30〜20:30 | 5,000円 | 一般 専門 | 東京麻布 |
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| アルコール依存症とは何か | アルコール依存症に関する12章 | アルコール依存症の回復援助 |
※本原稿は1983年8月25日に(株)海鳴社より出版された「女性とアルコール依存症」(斎藤学著)からほぼ原文のままお届けしています。
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2011年04月27日
女性とアルコール依存症(36)酒害者自身への助言4
(8)『自分をゆるして、可愛がってあげなさい』
同じことは、彼女たちの自己評価についても言える。
100点満点の女、妻、母を幻想し、それに達しない自分をみじめで、取るに足りないもののように感じる。自分の限界を直視しようとしない高望み、これが彼女たちをしらふで生きづらくして、酔いの中で、100点満点の自分を楽しむようにさせ、最後には絶望の淵にまで追いやったのだ。
しかし"大したことのない"平凡な"自分を受け入れ、可愛がってあげられるようになるためには、そうした限界のある自分が他人にも受け入れられることが実感できなければならない。
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彼女たちは"可愛くなければ、抱っこしてあげない"という厳しい他者(母親)の視線を取り込んで100点渇望を培ってきたのだから。
新たな他者(治療者)が、しらふの彼女たちの限界を受け入れ、その受け入れに彼女たちが信頼感を持つようになった時に、ようやく彼女たちは安心して"限界のある自分"をゆるすようになるであろう。
(9)『酔った時の自分に名前をつけなさい。そして、その人の良いところをしらふのあなたに取り込みなさい』
ある女性は酔った自分に「今日子」という名前をつけた。今日一日だけで生きている衝動的な人だから今日子だと言う。
今日子はわがままでだらしなくて甘えん坊で、とてもひとりでは生きて行けない人なのだが、人なつっこくて社交的で、誰もが憎めない人でもある。
一方、今日子に名前を与えた女性は、対人恐怖に悩み、自分の言動が他人に迷惑を及ぼすことを恐れて終日部屋にこもり切っている。
律気でオドオドしたこの女性は、もっと今日子を見習う必要がある。
グルーブ・ミーティングの場では、時々みんなに酔った時の自分になってもらう。
はじめのうち、しらふで酔うのは難しいが、決して不可能ではない。
みんなしてしらふで酔って、大声でふだんはとても言えないようなことを言い合って、またふだんの顔に戻ってミーティング・ルームを出て行く。
先に述べたとおり、"真実"はたまねぎの皮のように、何重にも層を成しているのだ。
(10)『精神療法は出会いと別れで成り立っています』
あらゆる人間関係と同様、精神療法にも出会いと別れがある。
別れは女性酒害者たちにとっても、私にとっても、やはり"喪失"にはちがいない。
ただ彼女たちが今まで経験してきた喪失とちがうのは、私がもともと別れねばならない"限界あるもの"として登場し、それにもかかわらず一定の情緒的体験を彼女たちと共有し得たことである。
この経験を大事にしてくれる限り別れた後にも彼女たちの心に恒常的な治療者イメージは残るはずだ。
事実、ミーティングに参加していた女性たちの多くは、治療終了後も、心の中で私との対話を続けてくれていると言うし、私もまた彼女たちと対話し続けている(この本自体がそうした対話の表現である)のだ。
少なくともこの別れは、今までの「見捨てられ体験」とは異質のものでなければならず、これがうまく行けば、彼女たちは見捨てられる不安を恐れて、他者との真のかかわりを避けようとする窮屈な生き方から解放されることになる。
残念ながら、すべてがこのようにうまく行くわけではない。
失敗は主に治療者が"限界あるもの"として登場することに失敗した場合に起こる。
精神発達の障害が深い場合には、そもそも、治療者(救済者)であることと、限界を持つ者であることとが、対立概念としてとらえられてしまうのである。
こうなると治療者は万能者とみなされ、それこそスーパーマンのように、夜ごと日ごとの悩みのたびに助けの叫びを浴びせられることになる。
こうした状況の中での治療者-患者関係の破綻は、患者にとって幻滅の苦痛にみちたもうひとつの喪失体験にならざるを得ない。
治療者が治療時間を決め、治療の期間を設定し、その枠を守ることは"限界ある者"としての自分を示すための必須の作業なのである。
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2011年04月28日
女性とアルコール依存症(37)家族への助言1
家族への助言
アルコール依存症は家族全体の病気である。酒害の発生そのものに家族内の力動が関与するのみならず、酒害者を抱えた家族は、様々な影響を受けざるを得ない。
本書ではこの面の検討に触れなかったが、その回復には以下の諸点で家族の協力がどうしても必要になる。
(1)『本人についての思い込みにしがみつかないで下さい』
飲んだくれの妻に悩む夫、甘ったれで酒にだらしない娘を持った父や母は、自分がいちばん酒害者本人について知っていると思い込み、他人の意見に耳を貸そうとしない。
実は家族の問題は家族メンバーにこそ最も見え難いということもあり得るのである。
案外、妻や娘の飲酒問題は"背中のホクロ"のように自分には見えないものの反映であることが多いのである。
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(2)『本人を監視せず、尻ぬぐいもしないで下さい』
妻や娘の飲酒行動を見張っていて、酒瓶を取り上げたり、外出を妨げたりする努力は無用である。
家族であろうとなかろうと、他人には本人の行動をコントロールする力がないのだから。飲む飲まないは本人に任せるしかないのである。
その代わり、本人のやったことは確実に本人に責任を取らせる。
それが酔っ払ってしたことであろうとなかろうと、やったことの始末はすべて自分でさせるのである。
早い話しが、玄関で酔いつぶれている娘を、抱き起こして寝床に運ぶことをしてはならない。
娘は、玄関で眼を醒まし、立ち上がるところがら始めなければならないのである。
このことは重要なので例をあげておこう。
私の患者の中によく似た症状を持ったふたりの若い女性患者がいた。仮に久美子と千代美としておく。
ふたりはK病院のアルコール病棟で一緒に治療を受けていたがある日共謀して無断離院してしまった。
その後迂余曲折を経て、結局ふたりともY市の警察に泥酔状態で保護され、留置場に入れられるのだが、警察の電話を受けた両家の対応が大分ちがっていた。
つまり、久美子の家からはすぐに迎えが出て、彼女は早々に自宅に引ぎ取られたのだが、千代美の母親は、かねがねこうした際の対応の仕方について聞かされていたので、「本人のやったことは本人に責任を取らせてください」と言って迎えに行く気配を見せなかった。
実際には千代美の母親も心配になって、その日の夜遅く迎えに行ったのだが、この数時間の差は予想外に多くのものを千代美に与えたようである。
彼女はこの時、自分に責任を取れるのが自分ひとりであることを身にしみて感じたという。
実際、千代美はこの日を契機に断酒し、自分の足を使って筆者との面接に通うようになった。
一方、久美子はその後二回、精神病院に入院し、現在二回目の入院中である。
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2011年05月02日
女性とアルコール依存症(38)家族への助言2
(3)『孤立しないで家族会に出席して下さい』
千代美の母親は、本人への対応の仕方をある酒害者家族会で教えられた。
酒害者、特に女性の酒害者を抱えた家族は、ひどく恥ずかしい思いをさせられ、隣り近所とも孤立しがちになる。
そのことが一層、本人の飲酒問題に注意を向けさせることになり、注意したり、叱ったり、監視したり、要するに本人を子供扱いして問題をこじらせてしまうのである。
(4)『本人を子供扱いしたり、役割を奪ったりしないで下さい』
たとえ本人に飲酒の問題があるにせよ、一人前の女性から、母親の役割を奪ったり、妻の役割を奪ったりはできないはずである。
しかし得てしてこうしたことが起こり得るのだ。
===
なまじ健康で活力のある親がついていると、娘の酒害をみかねて、孫をひき取ったり、夫の世話をしたりしてしまう。
こうした行為は、ひとり立ちして歩くことによって成り立つ本人の回復を妨げるのみならず、本人にまた新たな喪失体験を強制することになって彼女を崖のふちに追い込むことになる。
(5)『本人の欠陥をあげつらうよりも、自分自身に注意を向け、自分を変えて行くように努めて下さい』
繰り返しになるが、たとえ家族であっても、本人になり変わって、本人の行動を修正することはできない。
家族にできるのは、家族自身の行動修正なのである。
自分が夫として、父として、母として本人に対していたその対しかたを点検し、必要なら本人の自立の助けになる方向に変えて行くことだ。
(6)『本人の振り回しに乗らないで下さい』
以上のことが実行できるようになると、本人のいちいちの言動に振り回されなくなる。
2〜3日飲まなかったといって大喜びしたり、また飲みだしたと絶望することもなくなる。そして本人の問題行動の根にある、家族への不信感、それを拭おうとするための試し行動の意味が理解できるようになってくる。
(7)『言ったことは必ず実行し、実行でぎないことは言わないようにして下さい』
酒害者に振り回されている家族では、言葉がひとり歩きして、表現は、エスカレートし、言葉の持つ本来の重味が消えている。
「もう絶対に飲まない」という酒害者自身の"嘘“は「今度飲んだら絶対に離婚だ」という家族の側の脅しの嘘に対応しているのである。
家族内で言葉が本来の力を取り戻している場合にこそ、治療者との間の精神療法も着実な進展を見せる。
(8)『入院治療に過度な期待を持ってはいけません』
アルコール依存症からの回復は、本人がひとりで歩きはじめるところがらはじまる。
したがって、入院治療は本質的に回復とは逆行したものなのである。
もちろん心身に及ぶ酒害が入院治療を必要としていることも多いが、それはあくまで身体治療と、保護・休養のためであって、心の回復という点からみれば"一時停止"なのである。
むしろ入院による依存性の亢進を警戒すべきであり、入院中の生活プログラムは、この点を考慮して本人の自主性と責任を強調したものでなければならない。
しかし理想的な治療プログラムを備えたところで、入院期間中に問題が解決するなどとは思わない方が良い。
まして、問題から逃避したい一心で、本人を病院に預けるという態度を家族が取れば、見捨てられることを恐れる本人を一層家族にしがみつかせることになり、収拾困難な混乱が長く続くことになるであろう。
繰り返すが、入院治療に一時停止以上のものを期待してはならない。回復は退院後の本人の歩みから開始するのである。
以上が筆者の助言であり、酒害者治療に関する枠組みである。
ここでは個々の酒害者と私というひとりの治療者のかかわりを中心に据え、断酒会、A・A(アルコホリクス・アノニマス)などの紹介や、保健所等の社会施設に触れることを敢えて避けている。
これらについての記述は、アルコール医療に関する他の成書にたびたび取り上げられていると思うので参照して頂きたい。
後日機会があれば、ここに述べた枠組みの中で、現実にどのような回復の展開があるかを紹介してみたいものである。
終わり
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 8/6、7 | 16:00〜21:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京 麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 月 水 | 18:30〜20:30 11:00〜13:00 | 3,000円 or 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| サイトウ式逆説的介入アプローチ実践トレーニング | 金 | 18:30〜20:30 | 5,000円 | 一般 専門 | 東京麻布 |
| 斎藤学ネットグループカウンセリング | 6,300円/年 630円/月 | 一般 | ネット上 |
| 斎藤学のアルコール依存症関連書籍 | ||
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| アルコール依存症とは何か | アルコール依存症に関する12章 | アルコール依存症の回復援助 |
※本原稿は1983年8月25日に(株)海鳴社より出版された「女性とアルコール依存症」(斎藤学著)からほぼ原文のままお届けしています。


