カテゴリー「トラウマ」の一覧
2007年03月28日
「外傷性記憶を解凍する」その後(1/2)
今回も通院中の皆さんの手紙からの引用です。
「外傷性記憶を解凍する」というタイトルで以前ご紹介したかたのその後のお手紙です。
去年の9月から私は今までとは別の場所で午後だけの外来を始めました。この手紙に出てくる「診察」というのはそこでの面接を言います。
私にうながされるまでもなく、彼女は活発な回想を続けてます。私はただそれを聞いていただけですが、彼女は以前よりはるかにパワフルです。
凍った記憶の中で彼女は人形のように受動的な被害者でしたが、「現在の回想」の中の彼女は主体的な冒険家です。
以下は昨年10月のある日の面接の後に寄せられた手紙です。
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9月15日の先生の診察の後、すぐに電車に乗ることができず、とにかく歩き続けました。
先生と話すと回想が加速するみたいで記憶に圧倒されそうになり、とにかく歩くしかありませんでした。風が気持ちよく歩き続けました。
8月下旬「封印された叫び—心的外傷と記憶」(斎藤学、講談社)と「灯台へ
」(ヴァージニア・ウルフ)を読みました。
この作品は、私を、15年前の事件の後、母が男とよりを戻すまでの母と暮した夏〜秋の空間へと連れて行ってくれました。2ヶ月間の出来事・・憶い出をたどり母の記憶を味わいました。
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2007年04月02日
「外傷性記憶を解凍する」その後(2/2)
診察でこの2ヶ月のことを先生と話しているうちにますます回想が進み、母が私の友人数人とカラオケに行った時急に泣き出したことも憶い出しました。母がつき合っていた男の話になり、先生が
「あの男だからホテルに行ったんじゃないですか?」
と聞いた時に急に男の言葉を憶い出し、男のことが急速解凍されたみたいに生々しくよみがえり、診察の帰りあまりの生々しさに吐き気がする程でした。何か憶い出してはいけないようなことを憶い出している気がしました。
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私は男のことが好きだった訳ではありませんが、そんなに悪く思っていなかったし、母のパートナーとして程度のつき合いはありました。大学時代つき合っていたバタラーの彼と、母の男の住む北海道の家に泊まりに行ったこと、4人できれいな川でバーベキューをしたこと、えりも岬でアザラシがいっぱいいて母がこんぶをくわえていたことも憶い出しました。
事件の話に戻りますが、私は殺すと脅され押しかけられパニック状態になっていたとはいえ、一駅位はなれたホテルまでは、拉致された訳ではなく自分で行きました。
外に出るために服を着たり財布を持ったりタクシーを拾ったりしているので、ホテルに行くことを自分で選択し行動したとしか思えないのですが、その時自分が何を考えていたのかがずっと憶い出せませんでした。
先生の診察の後そのあたりのことも徐々に解け出し、私は何かをリセットしようとした訳ではなく、ただ「好きだから」ホテルに来てほしいと非常に強く求められたので行っただけなのではないかと思い当たりました。ホテルへ行ってまもなくその行動が間違っていたことに気づきました。
手紙を書いていたら改めてなんて自殺行為で危険な行動だったのだろうと思い、15年前のことなのに恐怖でドキドキし圧倒されそうになりました。けれど全ては過去のことで私はなんとか生き残り今生きています。
私はあの時の自分を責めることはできない。15年前の私は今よりももっともっと孤独でさびしくて不安でした。S.S.