カテゴリー「感想意見」の一覧
2005年10月26日
「母なるもの」について(感想)
読者からの感想
斎藤先生こんにちは。
このブログへは質問だけでなく、感想についても受け付けていただけるということですので、ペンをとりました。10月20日付けのブログを読んだあとに、最近の自分の身に起きたことなどを考えあわせて気づいたり思ったりしたことについてです。
先日監査がありました。
わたしの仕事は会計です。日頃からそうですが、「監査のために仕事をしている」のではないかと思うことがよくあります。
「監査でひっかかったらどうする」とか、「そんなんじゃ、監査で言われちまうぞ」というのが、上司の脅し文句、仕事の動機付けのようになっています。
子供を叱る母親が、「そんなことをしたら、お巡りさんに連れて行かれちゃうよ」とか「ほら、あの怖いおじさんに怒られちゃったじゃないの」というのと同じです。なぜその行為がいけないのかが、説明できないのです。
監査が近づくと、わたしの所属する課は上司ともども、緊張に包まれます。そして、監査で指摘事項があると、さあ大変、それが余分なものであれなんであれ、「つじつまのあう」ような書類づくりと書類集めに振り回されます。そのために、「速やかにお金を支払う」という大事な事務が2の次になることさえあります。
普段は、窓側の席で、えへんといばっていても、上司にとっては、監査委員は「母親」なのかもしれません。母なるものからの批判を恐れ、「よくできたね」というお褒めの言葉を期待しているのかもしれません。そしてその上司をまた「母」にして、しっかりものの「長女」としてふるまい期待に添おうと、課全体をとりしきりたがる同僚もいたりして……。
わたしはというと、治療者を母代わりにし、やっぱり同じように頭をなでてもらおうと一生懸命でした。治療者もまた、医師免許や、患者からの羨望のまなざし、賞賛の声を「母なるもの」にしている場合もあるかもしれません。(ただあまりにも依存されると、侵入する母を思い起こさせ、振り払いたくなるのかもしれませんが。)
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斎藤先生がよくおっしゃっているように、みんながそれぞれに自分の中に、「母」なるものをもっているのですね。ある時はそれが批判する母だったり、自己評価をあげてくれるものだったりして。みんなが母親を求めていて、実際に「母」になりたいと思って居る人なんていないのかもしれません。
わたしは、女性との間で感情的にこじれる傾向があります。わたしの中にある、母という役割を担った女性に対する抵抗感の影響のような気がします。
女性は、他人の面倒をみたり世話をしたりするものですよ、というふうに有言無言のうちにしつけられているので、「自分のことが1番大事」とはなかなかいい難いです。そのため、「これはあなたのためを思って言っているのよ」とか「困るのはあなたなのよ」といった大義名分でうまくカモフラージュしようとします。
本当は自分のことでいっぱいいっぱいなのに、そうやって他人の分まで過剰に責任とろうとするので、ついヒステリックだったり、威圧的だったりして、かえって恐怖心や不安感を相手に植え付けたり、畏縮させたりしてしまうのです。
わたしも、一応、女性はこういうふるまいをするものですよ、というしつけはされましたが、そうした表向きのメッセージよりも、むしろ、「どうして女だからって、おさんどんしなくてはいけないんだろう!人の世話ばっかり!」という、母親の心の中に隠された、空虚感や怒りの方をより多く受け継いだような気がします。
なので、本当にささいなことですが、職場でのお茶汲みは放棄し続けて2年余り、宴会で料理が鍋の場合は、具材の盛られたトレーの前に座らないなど、どこかで女性の役回りを避けようとし続けてきました。
わたしもまわりの女性も、みんな同じ、「母という役割を担うように期待された生身の女性」なんだというふうに、ちょっと共感をもって、ながめる事ができれば、やたらに大きくて怖い母親像を、自分の中につくらずにすみ、随分と楽になるような気がしました。
(42才女性)
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2005年10月28日
癒えぬ虐待の傷(声)
読者の声
◇56才女性
私の父母は身体的な虐待も、性的虐待もやってくれましたが、それらは何とか乗り越えられた気がします。(たぶん)
大きな手で、目一杯頭を殴りつける父に対する怒りは、長い間消えなくて、バットとか棍棒のようなもので、父の頭をおもいきり殴ってやりたいと思っていました。
子供のわたしにとって、大の男の父親の拳は、棍棒に匹敵するものでした。
しかし、ようやく面と向かって怒りをぶつけられる年齢になってみると、父は老人でした。
弱いものに、暴力は振るわない!!それは私の信念です。
というより、あの父母と同じ人間には死んでもならない!!それが、ある意味私の全てです。
あの親たちと私が同じことをしてしまったら、私には生きる意味など無くなってしまいます。
私を支えている何かが、消えてしまいます。
だから、私は子供を叩かなかった!!
性的虐待は、嫌な記憶となって私を苦しめてきました。
男の人に対して、身構えずには、話すことさえ今も出来ません。
安心できるのはほんの少数、夫、弟、精神科の先生、、、位です。
でも、それらの人々に対して安心して話が出来るなら、後何を望むでしょう。
私にとっては、充分です。
精神的虐待は、今も色濃く影を落としていて、なかなか払拭出来ませ。
親の言うことを何でも、はいはいときく、、、ということを、スパルタ教育(父はそう豪語していた)で、叩き込まれました。
親の言葉に疑問を感じない小さな頃はともかく、世間のひとと親の言葉とにギャップを感じ始めると、それは大変な苦痛をもたらしました。
また、親の言う通りに行動しても、それが世間的に認められない、、、悪い評価をうけることすらある、、、という事態さえあって、ぐちゃぐちゃに傷ついているのに、親だけが満足してたりして、どうしたらいいのか途方にくれる事も、度々でした。
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一例を挙げると、父は釣りが好きでしたが、餌を買わずに釣りに行き、小さかった私に、川辺で釣っている人の餌箱から、みみずやゴカイを盗らせるのです。
木で出来た餌箱や、ぐちゃぐちゃするミミズの感触まで、はっきり覚えています。
買ってもいくらでもないものでしょうに。
取られたひとが怒ると、「こいつが勝手にやった!手癖が悪いんだ!」と、父が私を思い切り殴るのは、お約束のとおり。
ミミズやその程度のことは、親がやらせているとわかっていても、ひとは大抵黙ってしまいます。
年端が行かない子供が、殴り倒されているのを見れば。
父にはいえない苦情を、私を叱る形にして言う人もいました。
「りっぱな親だ!!」と、子供には理解できない皮肉を言った人もいました。
うまく盗めば、父は悦にいって私を褒めてくれました。
私が、こういう事柄を、心の中でどう処理していったらいいのか、誰も力になってはくれず(無論母も)、私は、人を観察することで、物事の因果関係を学んでいった気がします
私はぼんやりした子供ではなかった。
ぼんやりした子供で、親にあまり疑問を感じなければ、もっと苦しくはなく、少なくとも精神的には楽だったと思います。
あるいは、もっと賢く、心の中で親を馬鹿にして、表面従うふりをして、その場その場をしのいでうまく立ち回れば、これも楽だったと思います。
私はどちらでもなかった。
実に苦しい年月があって、私はひとが怖い!!
誰が何を言い、何を思っているのか、いつもいつも気にして生きざるをえない状態です。
近所付き合いも、スーパーやデパートへ行くのも、気力が要ります。
幼い頃からの、息を詰めるような生活が私にもたらしたもの、、不安、、、ひとが私を見つめる目の怖さ、、、。
親を念力??で殺せるものなら、殺してやりたい、、、。
心のエネルギーでは、残念ながら人は殺せない。
毎日毎日、身体的暴力を伴う精神的暴力で、私を痛め続けたあの人たちが、何の反省も無くのうのうと生きている。
物心付くやつかずのころから、その被害を受け続けた私は、今も日常生活の中で苦しんでいる。
神や仏は信じません。
あんまり理不尽な事が、多すぎます。
私事に限らず。
あの人たちは、最低限の恩恵を最大限の言葉で飾って恩を売り、出来うる限りの暴力行為をさっぱりと忘れはて、今私を、親を見捨てた冷酷な鬼!という。
あんなひと達死んでしまえ!と願うのは、間違いなのでしょうか?
あの人たちがこの世から消えたら、私ははじめて、あのむごい記憶の数々を過去の事と位置づけられる気がします。
そうなのか、そうでないのかは、今の所私には分かりません。
今も私の悪口を言うことで、弟家族に擦り寄って、仲良しごっこを演じている親、、、、。
まだまだ、過去の事、、過ぎ去ったことと、処理できないでいます。
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2005年10月31日
男なんて大嫌いです(声)
◇41才女性
斉藤先生、こんにちは。
過食嘔吐のことではなく、男性不信について、どうしても処理できない経験があります。オープンカウンセリングで話すことができないので、メールで話させてください。ご迷惑でしたらすみません。
高校3年生のときのことです。東京の大学を受験することに決めて大学の近くで模試を受けたあと、9時の最終新幹線に乗りました。禁煙車両はほとんど人が乗っていなくて、私は真ん中くらいの窓際の席に座ったと思います。
横浜でビジネスマン風の背広に身を包んだおじさんが乗ってきました。席はたくさん空いているのに、なぜか私の横に座ったのです。一見まじめそうな人でしたが、息が荒かったので疲れているのかな、くらいに思っていました。
ところが、しばらくして息が聞こえなくなったころ、突然スーツケースの下から手をしのばせてきて、私の下着の中に手を入れて、大切な部分をかき回されたのです!
私は頭の中が真っ白になって、声を出すことすらできませんでした。ただ涙があふれでてきて、心の中で「助けて〜!助けて〜!」と叫んでいました。
そのおじさんはびっくりして「ごめん…」といって[地名]で電車を飛び降りました。私はひくひく泣き続けた後、[地名]に着くなり、母に電話をかけて駅まで迎えに来てもらいました。
今まで一度も抱きしめてもらったことのない母でしたが、そのとき初めてぎゅっと抱きしめてくれたのを憶えています。私は花畑の編みこみをしたお気に入りのセーターを着ていましたが、そのセーターは帰ってすぐハサミでずたずたに引き裂きました。
その後、男性に関しては嫌な思い出ばかりです。大学一年のとき住んでいた学生会館に無理やり入ってきた同級生、コンパが終わった後(夜11時過ぎ)バスにひきこんで下宿に連れて行った男性、痩せて旅先で放浪しているとき、ホテルの部屋に入ってきた2人組の男…。そして、病院で私をぞんざいに扱った医者や看護士たち…。
勉強のための合宿で一番尊敬していた先輩が、酔っ払って女性の品定めを始めたときはもう唖然としてしまいました。
私は多分、男の人を求めながら、心の底では男性を憎み、疎ましく感じているのだと思います。お酒に酔っ払って殴って、女を商品として扱う…男なんて、そんなもんなんだ、結婚したら不幸になるだけだ…どこかにそんな気持ちがあります。本当は男なんて大嫌いです。
私は父から身体的暴力を受けていましたが、性虐待を受けたことはありません。
家庭では「性」に関して口にすることさえタブー視されていました。私は性に関しては普通の人よりずっと遅れていた(今も)と思います。
高校時代は同じ部活の男の人とお付き合いしていたのですが、電話がかかってくると必ず父が出て怒鳴り散らして切ってしまう、だから相手の人も次第に遠ざかっていきました。幼なじみでも、女の子は取り次いでくれるのに、なぜか男性からかかってきた電話はきってしまう。
だからいつも「A子の家には怖くて電話をかけることができない。」といわれていました。(姉は勉強に没頭していて男女交際など全く関心がないという様子でしたので、姉にかかってきた電話は普通に取り次いでいたのです。)
母にはとっくに見切りをつけているし、過食嘔吐を手放して誰かと親密な関係を結びたいという願望もあります。でも、心のどこかに男の人は危険だ、近づかないほうがいい、という気持ちがあります。
捨てたいのに、母も、過食嘔吐も、手放すことができません。
夜の外出もできません。お酒のにおいがする電車に乗るだけで吐き気をもよおしてしまうからです。
やはり、私は重症だと思います。でもどうすることもできないのです。
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2005年11月14日
別居中の旦那にそっくりでした(感想)
読者からの感想
◇37才女性
こんにちは。
こちらの富永先生にカウンセリングを受けさせていただいています。
昨日、広島での講演会に参加させていただきました。
金曜日にカウンセリング。土曜日に若い時に好きだったミュージシャンのコンサートに出かけ、日曜日に、講演会に伺い、何か心の中に溜まっていたものが一気に出てきたような気がします。
講演会で、ブログの話をされたので、伺いました。
コメントをつけようと思ったら、コメントはつけられなかったのでこちらで失礼させていただきます。
28日の後姿の男性の写真、別居中の旦那にそっくりでドキッとしました。
多分、アドレナリンがかなり放出されていると思います。
旦那が坊主頭をした頃から、関係が悪くなったせいか、どうしてもあの髪型は好きになれません。
しかも、服装も、体格もそっくりです。
まだまだ、ドアの音などにビクビクして生活していますが、カウンセリングのおかげか、とても楽な気持ちになってきています。
当ててもらえたら、是非、昨日、先生に斬っていただきたかったです。
みかん箱の中身を、見事に言い当てる先生は、とても迫力がありました。
取りとめも無い話ですみません。
昨日は楽しかったです。ありがとうございました。
参考)文中の「講演会」について
第三回アディクションフォーラム in ひろしま
斎藤学講演会「生きてゆくことがつらい人のために」
[日時]2005年10月30日 9時50分〜16時
[会場]広島県健康福祉センター 8階大研修室
[料金]前売り 2,500円、当日 3,000円
[主催]アディクションフォーラム実行委員会
今後も不定期に行なう予定です
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2005年11月15日
「みかん箱」の中身について
11/14の広島の読者からの「感想」にあった「みかん箱の中身」についてご説明します。
私の処にやってくるクライエントは皆、「問題」という箱を抱えているわけですが、その箱に貼ってあるラベルは皆、嘘です。紀州みかんとか温州みかんとか書いてあれば、箱の中身はアジかサバです。皆さんを私の前に座らせる動機となる「症状」は、決して皆さんの「真の問題」ではないので、そこを明確にして「真の問題」について合意することが、問題解決の第一ステップになります。
斎藤学
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2005年12月07日
一番の悩みは仕事(感想)
読者からの感想
◇39才男性
39才の男性です。斎藤先生のオープンカウンセリングには聴衆として仕事の都合のつくときに時々参加させていただいているのとブログは楽しみに拝見させていただいています。
私の一番の悩みは仕事についてです。業務はそれほど難しいことをやっているわけでもなく不規則ではありますが「リラックス」ができればもう少し気楽に取り組めると思うのですが、狭い職場で私から見ると3人の上司に狭い部署で挟まれて、(私の最も苦手なタイプです。)時折大変な緊張で身体の具合も悪くしたり、抑うつ状態に悩まされたりしています。職場の他の人には普通に聞けるようなことも、上司から何か指示をだされて、「おかしいな」と感じても怖くて聞けずにいることが多々あります。
現在の部署は移って4年になりますが、自分が全く進歩していないようにおもうことも有ります。仕事以外の生活は妻と子ども二人に恵まれて、地域での人間関係も良好なほうだとおもっているのですが、ツインカムで仕事をしており、時間的にも余裕はなく互いに仕事のことはあまり話しません。(私の仕事の悩みを聞くのは妻から「私も動揺してしまう」と言われてからやめました。)
巷ではよく「自分の欲望の所在をしる」とか先生の著書の中でも拝見し、「まったくその通りだ」と思うのですが、私は特にそういうものが希薄なのか「平和に暮らしたい、妻と子どもと楽しく暮らしたい」ということしか浮かびません。そういう時もありますが、仕事の重圧があまりに重いと仕事以外の生活も無気力になってしまう時があります。
何が聞いてみたいのか、よく分からなくなってしまいましたが、こうして自分が何に悩んでいて、どれが優先順位なのかまず自分が知ることが「解決」というか、次のステップに進むことにもつながるかもしれません。
ありがとうございました。
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2005年12月12日
オープンカウンセリングについて(感想)
読者からの感想
◇41才女性
私は、人の話を聴いていて自分が見えてくることがあるので、オープンカウンセリングの機会をとても大切に思っています。同時に、とても危険な場所であるようにも感じます。
以前のオープンカウンセリングでは今まで他の医療機関で話せなかった家庭のことを告白しました。その後、参加していたひとりの女性に喫茶店に誘われ、いろいろお説教されて、「斉藤先生は相当重症の人にしか関心をもたないの。」というようなことをいわれてしまいました。知らない人の前で自分の弱みを見せてしまった事に関して、後悔のような気持ちがどっと押し寄せてきました。
久しぶりに参加した先日のオープンカウンセリングで、斉藤先生が「ブリミアの人は原点に戻って過食嘔吐したかしなかったか、そのことを誰かに報告すればよい」とおっしゃっていたのを聞いて「それなら私にもできそうだ」と思いました。けれどもその当日、帰り道で買い物をして、やってしまいました。
「報告する誰か」が私にはいないのです。28歳から10年以上、一日も欠かさず続けている私にとって、過食嘔吐はもう生活の一部になってしまっているようで、止めようと思えば思うほど緊張が高まってドカンとやってしまいます。そしてますます自己嫌悪に落ち込みます。もう一生止めることはできないのではないかと思います。夕方まで必死にこらえていても、夜、儀式をすませないと眠りにつくことができません。睡眠薬も無力です。
私は最近、斉藤先生に対して威圧感を感じています。こんなことを話したら拒絶されるのではないか、罵倒されるのではないか、とおどおどしている自分がとても惨めです。
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2005年12月13日
自分は自分のままでいい(感想)
読者からの感想
◇35才男性
先生はじめまして
私は対人恐怖症ですとはいいません。
でも克服したいとは思わなくてもいいというお言葉ありがたく頂戴いたしました。ありがとうございます。
自分にやさしくなる。自分は自分のままでいい。
今までは.いいっぱなしの掲示板に強迫的に書きこんでいたのではないかと思います。掲示板に書きこむか書きこまないかも自分にやさしくなって、マイペースで書きこんでみようと思うのです。
完全にマイペースでもだめだと先生はおっしゃるかもしれません。
うんこをもらさないということは、自分の発言に責任を持つということだと思うのです。
その場の雰囲気に責任を持つ。
一体雰囲気とはどういうものなのかを表現してもいいと思うのです。
今は雰囲気に責任なんてもたなくてもいいと思っています。
いつもヒントになるお言葉感謝しています。
まためーるさせていただきます。
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2005年12月14日
先生の『普通感覚』」が大好き(感想)
読者からの感想
◇30才女性
質問ではないのですが久しぶりに斎藤先生の名文を見て書かせていただきます。
私はずっと「斎藤信者」でした。「隠れ」ですけど笑
私の母親は厳しく、あまり甘えられなかったのでとっとと出て行けばよかったんですがグズグズしてて余計、社会に対していい印象が持てませんでした。
今はやっと「救いの王子」が現れて楽になりましたけど。
そのウツウツしてた期間に斎藤先生には本当に励まされました。本などで間接的ですが。
まさか、自分の親との悩みを知らない人たちの前で語る日が来るなんて・・ほんと考えられなかったです。
けれど自助グループなど出て客観的に自分を見たり、逆に自分の悩みなんてありふれたことなんだとすごくショックも受けました。いい意味で。
それでいろんな人間関係を経て今、正社員じゃないながらも普通に働いてます。

斎藤先生は本当に文章が好きで心に落ちていく文章というのでしょうか。すごくファンです。
今回も「自分が嫌い」という人へのメッセージこれぞ斎藤節って感じですごく好きです。
私は斎藤先生にすごく感謝してるんです。
今、本当に「人並みの幸せ」を感じることができるから。
先生が「まともなメッセージ」を送り続けてくれたからだと思います。
私はやっと「大人になる」覚悟をしたんだと思います。
前はずっと子供のままでいたかった。けれど人生の一番おいしいところは大人じゃなきゃわからない、と本当に思ってます。
その手助けを斎藤先生がやってくれたと思います。
先生、これからもがんばってください。
陰ながらずっと応援してます。
先生の、普通の人が「持ってそうでなかなか持ってない『普通感覚』」が大好きです。
私も負けないくらい、「おっとな〜〜」な人になりたいです!
がんばってください。
ただのファンメールです。
では!☆
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2005年12月15日
ブログを読むのはとても楽しいです(感想)
読者からの感想
斎藤先生こんにちは。先生に手紙を書くのは久しぶりです。
おひさしぶりです。斎藤先生のブログ楽しみにしています。いつも読んでいます。父親にも先生のブログ見てねって言ったら「見る」って言ってました。だから、お父さんも見ています。
きのうのIFFのホームページへ行ったときアクセス数がいきなり千単位になっていたのでとてもおどろいてしまいました。なにがおこったのかと思いました。このアクセスカウンター(っていうのかよくわからないですが)こわれてるな、と思いました。
先生が斎藤ミーティングで「ブログもっとみんなが見ないかな。」とお話しされてたのを聞いてはいましたが、まさかこんなに早くしかも倍ぐらいの数になる?!っていうのは信じられないと思いました。どっか、ライブドアとか、なんかメジャーなホームページにリンクすることになったのかな、と考えIFFからどこかメジャーなページ行けるのか、少し探してしまいました。
今日の斎藤ミーティングで斎藤先生がネットの新聞と新聞のコラムに載せたからというお話しをしてくださったのを聞いてアクセスカウンターは壊れていないとわかりました。それにしてもいっきに1000っていうのはすごいですね。公開斎藤ミーティング全国版って感じがしてきます。
いったいどのような人達が読んでいらっしゃるのでしょうか。そして読んだ人々はどういう気持ちになるのでしょうか。なんてことを想像したりするとちょっと楽しくなってきます。
私は今週金曜日に早く起きてシェアリングしようと決めていたのにその日は母親と意味もなく会ってしまいました。母親はなんか10月末ぐらいから、身体中にふきでものっていうか、湿疹っていうのができてしまって病院に行ったりしています。少しは良くなってきているようですが、私は落ち込んでしまいます。先生のブログを読むのはとても楽しいです。
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2005年12月16日
母への怒り(感想)
読者からの感想
◇44才女性

先日は(11月29日付Q&A母についての相談)回答いただいてありがとうございます。たくさんのご相談があると思いましたので本当に思いもかけないことで、とても嬉しかったです。
確かに先生の仰ったように、急に母への怒りがわいてきたのは、今育てている子どもの年齢もあるかもしれません。
それと怒りの対象者に直接向かい合ってはいけないという、先生のお答え。この質問をお送りした後、「先生のテレフォン・サービス」で「怒りについて」の項目で先生ののお話を聞き非常に後悔しました。私の場合も電話のお話しどおり、両親から同様なリアクションがあり、かえって事態を悪くしました。
私と両親が断絶のようになってしまったので、その後夫が父にだけ会い、私が泣いてばかりいる状態ということと私の子ども時代の「こだわり」を多少話しをしたようです。
また、しばらく距離を置きたい私の気持ちを伝えましたら、父は「自分にできることは言ってほしい」と言って終わったようです。
それからはしばらく何も関わりがなかったのですが、最近母から夫の職場に「○○の様子はどうでしょうか?」と電話があったようです。
それを聞いて少しだけほっとした気持ちになりました。
あの両親との「爆発」のあと、距離を置いて1ヶ月以上たちますが、とても心が落ち着いてきました。
とても不思議なのですが、以前のようにあまり怒りを感じなくなりました。
一種のガス抜きをしたという事でしょうか。とても険悪な状態のはずですが、自分でも不思議です。
いずれ先生のアドバイスのように、もう少し寛大な気持ちになれたら両親と話しをしなければいけないと思います。
今は話をしなければ、と思うだけど気が重くなってしまいますので、専門の先生とカウンセリングをして気持ちをまとめていきたいと思います。
お礼のお手紙がまた長くなってしまい、すみません。
最後に、一番心が辛かった時に先生の「テレフォン・サービス(心の健康講座)」を毎日のように聞き、心にとめた事はメモをして読み返しました。
私にとって、この先生のお話がどんなに救いになったかわかりません。
ブログの回答もいただき、本当にどうもありがとうございました。
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2005年12月29日
《大丈夫》必ず良くなる!
読者からの感想
◇46才女性
感想です。
いつもありがとうございます。
皆さんの悩みを読ませていただいてます。
なんだか少しうらやましい、と感じるのが贅沢なのは承知の上なのですが。当事者の方は必死ですからね。
私もこの8年本当に苦しかったです。アルコール依存症・息子への虐待・摂食問題・買い物依存…さらには東電OL(渋谷で売春行為の末、殺されました。)と同じ道を歩いて。
罪悪感・悲しみ・苦しみ・やめられない酒。母親に対する怒り・憎しみ。そして何より自分自身への嫌悪感。
斎藤先生に出会い少しずつ変化したといっても、その道もまた楽ではなっかたけど、今の私は大声で皆さんに伝えたいんですよ。
《大丈夫》必ず良くなる!!って。だってこの私が今こうして良くなったのだから。
だから少しうらやましいの。何故ならあの頃を振りかえると、あの苦しみの時こそ、大事な大切な自分自身が生きていた!と思えるから。
薄皮がはがれるように少しずつ変化していくんです。必ず。必ずですよ。
今の私は少し贅沢です。どうか今ある薄皮はなるべくゆっくり剥がれてほしい。もったいないんです。皆さん信じてくださいね。このブログを見ていることの中に、もう変化が始まっていることを。
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2005年12月30日
母親の立場からの感想です
読者からの感想
◇37才女性
こんばんは。いつもブログ拝読させていただいています。
12月21日の心の拡大鏡を使って〜教師と親へのメッセージ(3/4)の感想をブログに書いてみました。
母親の立場からの感想です。
[こちら]
お時間がありましたら、ご覧いただけると幸いです。
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2006年07月28日
「外傷性記憶を解凍する」を読んで
◇28才 女性
はじめまして。
感想というよりかは自分のことになってしまいますが、ごめんなさい。
私は2年前に辛い出来事が重なって、記憶を無くしました。
===
でも、そのことがまわりにうまく伝わらなくて、誰もわかってくれないからそれを当たり前だと思わないといけないのかとだんだん思い始めて、あれから何か自分が自分じゃないみたいなのに、うまくものを感じたり出来ないのに、どうしようも出来なくて、人に相談も出来なくて、心療内科にいってるのに出来なくて、諦めかけてました。
でも、外傷ストレスの解答、を読んで、やっぱり自分を信じたいと思いました。
上手く話せないのでこのくらいしか書けないけど、ありがとうございました。
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2006年08月14日
読者より
◇20代女性
仕事から帰ってから斉藤先生のブログをチェックして、ネットサーフィンして、課金制の(安全な)出会い系?でメールチェックして、プロフィールの気に入ったヒトとメール交換することが最近の日課になっています。
要はいい年をして仕事以外にすることがほかにないのです。しかし、父親のように酒飲みの愛煙家はぞっとするし、仕事を一生懸命やっているというひとには親近感を抱いてしまいます。
===
母が死んでから今年で10年目。父親のほうは7年目になります。
私は今、教員をやっていて、10年前は大学生で、そのときのことをよく思い出します。以前はフラッシュバックのような形で思い出してしまい、夜眠れなかったり、不快な気分になったり、一人で泣いていたりしました。
10年前に母が死んで、父が食道ガンだとわかってから、わたしは自分の得意分野を生かして、学校の先生になろうと決意しました。好きな教科であることや、なによりも「家庭的に恵まれない生徒の力になれる教師になろう」と思いました。
今では、自分の思い通りの展開ということはないけれど、どんな生徒でも投げ出さずに、「どうしたら将来につながる支援ができるか」を考え、家族構成や環境、本人の興味関心などをふまえながら、できる範囲でおせっかいを焼いています。
おかげで登校しない生徒だが休日に一緒に釣りに行ったり、別の生徒は家庭訪問しても布団にくるまってでてこないのに、電話を時々よこして考えていることを話したりと、何らかのつながりが保てている状況です。
私はIFFの電話相談で、自分のことや仕事で困っていることを話してきたりしました。そのことが、生徒や保護者への共感的態度であったり、切り返しであったりという場面で十分に役立っているのではないかと考えています。
教員としての学校での生活を通じて、自分自身の学生時代をやり直しているのかもしれません。それだけこの仕事は、私の中に入り込んでしまいます。
公務員はぬるいといいますが、そのぬるさを逆利用して、学校つながりの相談機関に生徒の事を相談し、そこで生徒対応のヒントを得て、一方で原家族との関係のとりかたにも活用しているところかもしれません。
広島を訪問されたとき、10年前のクライエントが再び訪れていたことが書いてありましたが、「困っている」ことを認識し、相談に訪れる人というのはわらにもすがる思いであり、しかしながら最後には「自分のために」変えたい、変わりたいと感じている人たちなのでしょう。
私には、教師という顔のなかで、仕事依存のなかで収支バランスのとれた浪費アディクションをしながら、いろいろな本を買いあさり、ワークショップに出かけてきました。教員などやってられるかと長い間思っていましたが、教員をやっていたおかげで、様々なことを吸収してこれたのではないかなあと、考えてしまいます。
他人と本当に親密になるにはまだまだ免疫が必要かなあと思っていますが、メールで出会いを求めているといういろいろな人たちとやりとりをしてみると、ほんとうにいろんな人がいるんだなあと感心させられます。また、メールというツールを通して、身近な人よりも逆に励まされると感じることもあります。私はこのようにして、自分の居場所をこれから先思考錯誤しながら開拓していくのだと思います。
斉藤先生のフランス留学時代の話を聞くと、自分もついそのようなことを考え始めてしまいます。自然の中にいて、体を動かすことが好きなので、いっそそのようなところに何年か身を置いて、ちっぽけだけどかけがえのない自分自身の存在や、自然の雄大さから、人間の悩みのスケールを比較し元気になってもいいのかなあ、なんてなんとなく考えてしまっています。
たくさんの人たちが、斉藤先生のブログを読んでいることと思います。「顔が見えるブログ」って、すごいよなーと。
(わたしもいつか、自分の経験や考えが、いろいろな人に顔つきで伝えられるようになりたいな。)
先生の言葉ややりとりに、元気づけられている一人です。
将来の引きこもりがひとりでも減るよう、というよりも多くの家族が笑顔で過ごせるよう、仕事をがんばりたいと思います。
私の両親は死んでしまいましたが、自分がこの先生きていくために必要な情報を与えてくれる人、関わりを持ってくれる人というのは、時に父親であり、母親であるようないわば親の代用であると感じます。10年たって、そう思えるほど強くなりました。
振り返ってみると、滅多にない家庭環境のおかげで自分は不幸だと思い続けて暮らしていたけれど、その間には何人かとくっついて別れて自分のことだけじゃなくて家族の事も振り返って、仕事にも一生懸命とりくんでみて、息切れしながら自分なりのアディクションに手をだしつつ、これまで過ごしてきました。
まだまだふつうじゃないなと思うのは、予定がつまっていないときにかぎって具合が悪くなること。何もしない時間が本当に耐えられません。おかげでいろいろなところに旅行に行ったりバイクの免許をとったり(振られた腹いせということもありますが)と非常にいそがしい日々にしてしまう自分がいます。…けれど充実していたかもしれません。今後、祖母や他の家族のことで気がかりな物もあるのですが…。機能不全家族だけあって、根っこは強固です。
今は何もしないことにも罪の意識を感じないで済むよう、心身共にいたわってあげたいと思います。
この先10年後、20年後、どうなっていたいか、これからは考えていきたいと思います。
(ちなみに100歳まではガンにかかったとしても健康で生きる予定。)
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2006年12月06日
また、万引きが始まってしまいました
◇20代女性
'99年から5年ほどデイナイトケアに通い、当時は摂食障害と強迫神経症(確認癖)、盗癖がありました。いまは実家で暮らしています。
また、万引きが始まってしまいました。やっとおさまったのに、1ヶ月しかもちませんでした。せんせい、すみません。11月いっぱいで、いまの職場を辞めることになりそうです。たくさんお話をきいていただいて、パワーをもらって、なのに、すみません。ごめんなさい。
仕事のことは、今月にも空いた日にハローワークなどへ行って、次の職場を探すつもりです。
業種はやはり、また老人介護をやりたいです。仕事そのものは、ほんとうに好きなんです。働いていてこんなに楽しいのは初めてです。
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この業界は、3K(キツイ、汚い、給料が安い)のせいで常時人手が不足しているし、此処は高齢者人口が多い地方都市なので、施設の数もそれなりにあります。次の職場のあてもあります。
なので、落ち込んだり反省したりすることはありますが、絶望して自暴自棄になるような状況ではありません。なのに、ドラッグストアの薬に手を出しました。
このままの私を受け入れてくれない社会にムカついたからです。(恥ずかしい理由です)
またダメになった。やっと半年がんばったのに、やっぱりダメだった。私はいつまでたっても社会人として失格だ。男性たちは、私をそのままでいいよと言ってくれた。
親も言ってくれた。でも社会は言ってくれない。私じゃ駄目だと言う。資質に問題があるという。協調性がないって言う。だって同僚は怖い。従業員がお客さまに対してどうすればいいかは判る。でも同僚、とくに上司に対してどう振舞えばいいのかいつまでたってもわからない。「お客さま」と「従業員」は役割だから、役を演じていればいいからラクだ。でも同僚・上司とは、対人関係を意識する。役割だ、って割り切れない。上司が偉いのがどうしてなのかわからない。社長まで上にいけば「給料をくれる人」だから偉いってわかるのに。
私が、いつまでも「世界でいちばん正しくて偉い人間」だからいけないんだと思います。
もう16年も前に、とっくに化けの皮は剥がれてしまっているのに、未練たらしくしがみついてみっともない。
中学1年、初めての定期テストで15番だったとき、私の神話にヒビが入りました。
小学2年のとき、どうやらウチの宗教はおかしい、すなわちそんな宗教にのめってる親はバカだ、と思いました。
前触れもなくキレて生徒を殴る担任教師のことも、どうかしていると思っていました。
そんな親や教師たちの言うことを盲目的に正しいと信じるクラスメイトたちも、バカばっかりだと思いました。
頼れるのは自分だけだと思いました。大人はどれもアテにならない、信用ならない。
自分で考えて判断しなくてはいけない。だから、世界でいちばん賢くならなくちゃ。
神様よりも正しい判断が下せるように。
16年前の定期テストで15番をとって、ショックをうけました。
小学校で100点をもらって天まで舞い上がってた私の足元の、梯子をスッとはずされたような感じでした。
今日は、アクセサリをたくさん盗みました。
夕方、自分の部屋まで帰って、それからしばらく呆然としていました。
欲しいものを盗りました。一円のお金も支払わず、欲しいものを手に入れました。私はそうしたかったかったから盗ったはずですし、タダで物品を手に入れたんだから得したはずです。
でも、部屋に座っていると、どんどん落ち込んでいきました。
たまらなくなって、先程フロイトラインに連絡しました。明日、治療契約をする予定です。
すみません。
斎藤学ワークショップで、半月ほど万引きしていないと報告したときの、斎藤せんせいの顔が何度も浮かびます。
せんせいは「そうなの、よかったじゃない」と言ってくださいました。
私は、せんせいが嬉しそうだったり笑ったりしているときの顔や声が大好きです。
いまお付き合いしている男性と、明日会います。
彼は私を好きだと言います。
はじめてそれを言われたとき、とたんに彼がごみのように無価値に思えました。