カテゴリー「質問」の一覧
2005年10月11日
機能不全家族の度合い(一般質問)
読者からの質問
初めまして、斎藤学先生。
○○○と申します。
ブログの開設、おめでとうございます。
さて、斎藤先生に質問なのですが、過去に僕はACの自助グループや、医療機関にかかったことがありまして、疑問に思ったことがあるのですが、機能不全家族と呼ばれるものにも、その程度というか、機能不全度の低い家庭と高い家庭というものがあるような気がしてならないのです。
同じACやサバイバーの人たちを見ていても、家族と仲がいい人もいれば、家族とは縁を切っているような状態の人など、その有様は、人それぞれです。
機能不全度が高い家族に育った人ほど、家族とはなかなか仲直りができなく、機能健全家族に近い人ほど、家族、つまりは両親ともそれなりに仲直りできているのではないか、などと、僕自身、勝手に想像したりしています。
不思議なもので、機能不全度が高い家庭に育ったからといって、精神疾患の症状がひどくなるというものでも決してなく、また、不全度が低い家庭に育ったからといって、症状が軽いというものでも決してないということです。
この、機能不全家族の度合いが高いか低いかというものはあるのでしょうか?
素朴な疑問として、僕のなかであるものなので、斎藤先生にこうして質問したわけであります。
また色々と、斎藤先生には質問をしたいと思っています。
これから、よろしくお願いします。
(30代男性)
斎藤学からの回答
家族機能不全というコトバに過剰な「実体性」を持たせることは危険だと思います。つまり、重度、中等度、軽度などに分類したり、数字で評価したりするの無理だし、かえって弊害も生むと思うのです。
私は家族を、子を①産み、②育てて、それを③手放す、という「機能」を持つ集団と定義していますので、これらのどこかに齟齬が生じていれば、機能不全と考えています。
子育てに関して言えば、子どもに「安全」を与え損なっている場合に機能不全です。子どもを無視するのも機能不全ですが、子どもに期待をかけすぎて萎縮させるのも機能不全です。
ご指摘の通り、「ひどい子育て」が必ずしも成人後の子どもの精神障害を重くするとは限りません。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2005年10月13日
妻と別居中です(一般質問)
読者からの質問
斉藤先生のオープンカウンセリングを今日も拝聴させて頂きました。
私と妻の間には小学校3年生になる娘がおりますが、私は妻から離婚届を突きつけられたまま、単身別居の状態です。私の側には、離婚に繋がるような浮気やその他のアディクション的要因が無い事を、妻側の両親らも認めております。
妻が子供を連れて昨年3月に自分の実家に帰りましたが、年末近くになると、今度は実の両親・兄弟とうまくいかないとの事で、そこを出たいと言って来ました。そこで新規に賃貸物件を借り、再び家族3人での暮らしが始まりましたが、妻の情緒が安定せず1週間程で私はそのマンションに入れなくなりました。そのまま10ヶ月程の時間が経過しております。
結婚し共に暮らすようになって気づいたのですが、妻は戸締りやガス栓の確認に異様な動作が伴い時間がかかります。自分の感情を言葉で表現する事が出来ず、すぐキレます。特に子供が成長し、手がかからなくなって来てから酷くなってきたように思います。
それまでは、何とか付き合って来れた私ですが限界を超えたようです。義父母の話や様子から想像するに、妻は機能不全な成育環境を過ごしてきたようです。その義父母は自分の娘の事を諦めているのか、「私達には何も出来ない」と言っており頼りになりません。私一人が動いても、マンションのドアを開けない妻に、なすすべが見つかりません。しかし子供が妻のもとで生活して居る訳ですから、強行な事も出来ません。
通算して2年近くも子供を不安定な環境にさらしたままです。
子供が居りますので、生活費は送金しています。離婚訴訟は起こされておりません。このような状況下では子供の人格形成に良い筈がありません。良い対処法をご教示願えたらと存じます。(40代男性)
斎藤学からの回答
大変難しい状況のようです。ここで要領良く回答することはできませんが、あなたとの「問答」を重ねる中で知恵が浮かぶということはあり得ます。オープンカウンセリングをご利用ください。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2005年10月27日
さびしさの効用(一般質問)
読者からの質問
◇22才女性
私は現在22歳で派遣社員として社会人をしております。
お金もたまったところで、一人暮らしを始めますが、一つ心配なことがあります。
それは「寂しさ」の問題です。
一人になると、心がキューっと絞られたような息がつまるような切なさが発作的に起こり、ぼろぼろないてしまうのです。
これにより感情のコントロールがきかなくなりちょっとした物音にも震え上がり、しまいにはその物音に抵抗するかのように、物に当たり出したりします。一時期は手の甲に打撲の跡をつくり、友人から怒られました。
私の幼少時代を話しますと、私が生まれてすぐ、家が火事になり、ショックで口も聞けなくなり小さい頃から私は「解離」していたように思います。
母はヒステリックなひとで、おやつジュース類は一切口にさせてもらえず、曾祖母がくれたおやつを口にしようとしたところを目撃され、取り上げられたときに「鬼婆!!」と怒鳴ったら追っかけられて殴られたことが記憶にあります。
母は私の頭のてっぺんをよく殴るひとでした。それは私が抱擁を求めたとき、話し掛けたとき、物をねだったとき、全てにおいて私は母から否認のメッセージを受け取っていました。
母との関係で「安心感」や「自分はありのままでいい」という価値観や、「〇〇を取って」といっても人は反応してくれないといった、人に対する不信感を根底に抱えています。そのせいか、休日にどんなに人と接していても「実感」がありません。ありのままの自分で接することができないから、結局寂しさを抱えてしまうのだと思います。そしてその感情がこの年になり、爆発しているのだと思います。
自分にとってどうすることが一番よいのかわかりません。きっと斎藤先生は「こうしなさい」という教示をされることはないと思いますが、私のこの内容が、他の方がされるお話と合致する点、共通する点がございましたら、併せてご解答していただければ幸いです。
長々と失礼いたしました。
斎藤学からの回答
私の著作の中でさびしさの効用について書いた本に『自分のために生きていけるということ』というのがあります。この本のタイトルは出版社がつけたもので、私としては「退屈の精神病理」について書いたつもりでした。
退屈とは、「さびしさ」の感情の防衛として生じるもの、そしてさびしさには「大人のさびしさ」と「子どものさびしさ」があり、前者は創造の源で、人間にとって欠かせないもの、後者は赤ん坊のオギャー(欲求不満の表現)で、これも生き残りに欠かせないもの、という内容です。
お手元にあれば読み直してください。なければ買うなり、借りるなりして読んでみて下さい。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2005年11月17日
母を嫌っている自分、セックスの想像(質問二題)
読者からの質問(1)
◇19才女性
私は、最近ようやく「母を嫌っている自分」を認識し始めました。それまでは、自分が母を嫌っているなんて、絶対にないと持っていました。
小さい頃は身体が弱く、直ぐに体調を壊していました。母は、その私を一生懸命育てくれました。だから余計に、嫌ってはいけないのだと言い聞かせてきたのだと思います。
又、幼稚園から小3の中での出来事ですが、その時期に、母に捨てられそうになった事がありました。多分、私か妹のどちらかが、母を怒らせるような事をしてしまったのだと思います。その頃から、私の中に、「母の言う事を聞かないと捨てられる」という概念が出来上がってしまったみたいで、母に捨てられない為に、私なりに行動をしてきました。母の言う事を聞き、頼まれごとをされても、絶対に断らない、家の手伝いをする、妹の面倒を見る・・・・などです。
私は長女なのですが、長女なのだから、当たり前と思われるかもしれませんが、私にとっては、捨てられない為にとっていた行動にしか過ぎませんでした。それでも、いつも、ビクビク怯えていました。いつ、捨てられるだろう、と。
この出来事もあってか、私は知らず知らずのうちに、「母を嫌っている自分」を意識化に封じ込めてきたようです。
それが最近になって、意識の外に出てき始めました。ようやく「母を嫌っている自分」を認識し始めた私ですが、そのことで、ちょっと困った事があります。それは、母に話し掛けられるだけでも、イライラしてしまうという事です。自分でも、よくは分かりません。
何故、母に対する感情が表面化してきただけなのに、母に対してこんな気持ちになってしまうのか・・・・
何故なのでしょうか?
===
読者からの質問(2)
◇22才女性
びっくりしました。私も、異性と話たり、友達になっただけで、すぐに、セックスの想像になってしまいます。手がふれたりしたら、もう大変だと思います。
今まで別にこれはちょっと妄想が激しいだけなのかなーと、思っていましたが、斉藤先生の言葉を読んで、私のこといってるみたいだ!と思ってびっくりしました。[「愛する人と手がつなげない」参照]
私は毎日好きな男性がいれかわりたちかわりかわります。まわりの人だったり、テレビの中の人だったり、すぐに、セックスのことを考えない私は変だとも思います。
だから、毎日きがきじゃなくてまいにちときめいたり、心をうたれて大変です。
しかし、実際にそういう関係になったことは一回しかありません。すべて私の頭の中で、終わっていきます。
年をとれば、おちつくんでしょうか?
こんなどうしよもない問題は、はずかしすぎて誰にも言えない悩みというか、毎日疲れるので、斉藤先生のお言葉をもらえれば、嬉しいのですが。。。。
斎藤学からの回答
湧いてくる感情に責任を感じてはいけません。
ただし感情の表現(行動)には工夫が必要です。
場合によっては、「感じている」しかし「動かない(表現しない)」ということが適切ということもあります。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2005年11月25日
自分らしくない感じがします
読者からの質問
◇28才女性
はじめまして。具体的に、何が問題なのか自分でもわからないのですが、ここ数年自分らしくない感じがしており、最近それが強くなってきました。相談させていただければと思います。
3年ほど前までは、確かに自分の思うように生きてきて何も不安を感じていなかったと思います。最近になって、何かが決定的に足りないように感じることが多くなってしまいました。私が、ここ数年で経験して来たことを書いてみます。
祖母が(おそらく鬱病だったのですが)自殺をしました。意外と哀しくなく、それより母が大丈夫かという思いの方が強かったのを覚えています。
家族は仙台に住んでおり、当時私は東京の大学を出て、そのまま東京で働いていました。訃報を聞いて、新卒で入った会社を1年で辞めました。祖母の自殺についてもやもやしていたのか、普段やれないようなことをしようと思い、ヨーロッパをブラブラたり、ボランティアなどしていました。貯金がなくなって、さてそろそろ働くかとなり、再就職のため上京してきてから今も同じ会社です。
再就職してから、男性関係はこれまでと一変したように思います。セクハラやストーキングに遭ったり、上京後に付き合い始めた人はお酒が好きなだけかと思っていたのですが、同棲しはじめてからDV被害を受けました。私は全治3週間でした。
一緒に住んでいた家を、相手の親にかばん一つで追い出され、しばらく訴えたりしないでしょうね?と脅され続けました。訴えるも何も、私はとにかく早く縁を切りたいとだけ思っていました。仕方なく引越しを頼んだ姉には、「あんたは男を見る目がない、あんたが悪い」と責められ、誰も助けくれないんだ、と感じてしまいました。
この時、仕事も続け、精神的に参っていたのに専門家に相談にいかなかったことは、よくなかったと思います。他人に厳しくなってしまった気がします。私は間違ったことをしたと思っていないのに皆に責められ、怒っているのだと思います。自信もなくなり、イライラしていることが多くなりました。
===
妹は東京で私と同居しています。妹は私の一つ下の年で、中学卒業後から家を出て10年近く夜の仕事をしていました。その間私には連絡をくれていたので、会うたびに彼女を褒めつづけていました。私はずっと、お世辞ではなく妹はすごい人間だと思っています。私は妹のように物事を捉えたりは出来ないし、妹のように生きる勇気もありません。ずっと優等生でした。私たちが小さい頃、私は妹の絵を「すごく上手だね」と、ほめたんだそうです。それから、絵が好きになったんだよと話してくれて、今は大検をとって美大に行っています。
その妹が、数週間前大量服薬をしました。妹が恋人と別れたという話していて、これまで妹のすることをいつも肯定してきた私が、彼女にとっては否定と思えるような言い方をしてしまったのです。具体的には、
「今は辛くて、自分のことを好きだと言ってくる人に甘えている」
という妹に
「本当に別れた彼を好きだったのなら、今は堪えるべきなんじゃないかな、元気になったら他の人とのお付き合いを考えたらいいよ」
といったのです。
その翌朝、妹は意識不明になっていました、病院に運び、今は元気になりましたが・・・。
これまで、妹はリストカットや大量服薬を何回かしていました。私といるときは初めてだったのでショックでした。妹のこの癖は、他の家族は一切知りません。妹が知られたくなさそうだからです。おそらく私にもできるなら知られたくないと思います。
うちは母が父母2役をやっていたわけですが、安心感というより、厳しさの方が強かったと思います。もちろん、私は家族が好きですが、姉も母も、いわゆる不良になった妹に一切理解を示さないのを見て、本当に腹が立っていました。この一件で、妹に対し母親のような役割をしてきたのをはっきりと感じ、それに嫌気がさしました。私は、今、お互い自立していないと妹と一緒に居られないような気がするのです。
後2ヶ月で今の仕事を辞め、仕事と平行して趣味でしていたことに専念する予定です。でも、いいのかな、と初めて不安に駆られています。仕事よりそっちが気になるのだから、何も悩むことはないと頭では分かっているのに。これまで、大きな決断をするときほど、何とかなるさと思ってやってきました。今、妹に対してどうすることもできないという思いや、相変わらず親が理解してくれないことで落ち込みます。家族というものに、諦めのような無力感を持っています。
今の恋人も、ここ数年の恋人達とはタイプが違って、私に何も求めてこない人です。私がいて、話を聞いてくれるだけで自分はうれしいのだといわれて、戸惑っています。彼のために時間や労力を裂きたくなくて、そういう人を選んでいると思うのですが。
支離滅裂ですみません。ずっと疲れが取れないような気がします。何かアドバイスいただけませんでしょうか。よろしくお願いします。
斎藤学からの回答
罪悪感にとらわれている人だと思います。自分が自分にやさしくないのでしょう。と書いても虚しいです。多分ご理解頂けないでしょうから。この種の問題は「対話」によってしか明確になりません。直接、オープンカウンセリングにいらっしゃって、私と話すことをお勧めします。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2005年11月29日
母に対する憎しみ(質問)
読者からの質問
◇44才女性
以前から斎藤先生の記事をお見かけし、ご相談できたらと思っていました。
今回、私と実家の両親(特に母)との関係でお尋ねします。
私は現在4人家族で、専業主婦です。
実家は以前は他県に居ましたが、私が結婚してから近所に転居してきました。
結婚前は実家で両親と同居していましたが、親との関係はぼ良好でした。
ところが最近、ここ2、3年になって急に子供の頃受けた、母から受けたキツイ言葉の数々が心に浮かび、何十年も前の事なのに昨日のことのように憎しみで一杯になってしまいます。
実家は手広く○○関係の商売をしていました。
忙しいせいもあるでしょうが、私は母に遊んでもらったり、相談事を聞いてもらったこともありません。
たまに悩みを聞いてもらおうと思っても、「ああ、もういいから、いいから」と面倒そうに手を振りました。
母から甘えさせてもらった事は記憶にないです。
愛情のある言葉をかけてもらったこともありません。
父は忙しいながらも、遊んでくれたり面白い話をしてくれたのでそれで済んでいました。
8つくらいの時、なぜか自分の髪をハサミで切ってしまったことがありました。
その晩、母が父に「[相談者の名前]はオカシイから精神病院に連れて行ったほうがいい」と言っていたことがあり、私は本当に自分がオカシイという気持ちにずっと取り付かれていました。
その後、学校で行われたIQテストの結果が良かったので、やっとその思いから開放されたことがあります。
===
「[相談者の名前]を親戚の前に出すのは、恥ずかしい」
優等生のような子供だったら、よかったのでしょうか?
私は親戚が集う冠婚葬祭のたぐいはほとんど、出させてもらえませんでした。
私が希望していたA高校の受験に落ちた時のことです。
母と買い物していたら店の人が「よい娘さんですね、どこに通われているんですか?」と聞くと母は、なんと私が落ちた「A高校です」というのです。
その後何のフォローも無く、そのショックは忘れられません。
母は客観的に見れば、若い頃は美人で(店では看板娘のような存在でした)、ヒステリックな性格だと思います。
ただ、食事はキチンと作っていたと思います。
(健康体の私が、そこは唯一感謝していることです。)
30半ば、専業主婦になってからは、気分がふさぐと何日かベッドで寝たままでいることがよくありました。
なにか長々とエピソードを書いてしまいすみません。
結婚するまでは特に思いつめることはなかったのに、子供を育てている今、どうしても母の言動が理解できず憎しみさえ覚えます。
子供はこんなに可愛らしい存在なのに、なぜ優しいおしゃべりをしてくれなかったのか。抱きしめてくれなかったのか。
[相談者の名前]、大好きだよ、っていう表現をしてくれなかったのか?
子供を何より大切に思う私には理解できず、怒りだけが今更つのってきます。
先日ついに、爆発してしまい母親相手にぶつけてしまいましたが、半分も話せませんでした。
壮絶にヒステリックな応酬、人の話なんてまったく聞かず怒鳴り散らすだけ。
父も味方もせずに、二人を敵にまわした形になりました。
子供が親に意見する事すら許せないのでしょう。
父に預けてあった私の物も引き揚げました。
このまま断絶のようになるのでしょうか。
もし母が一言でもあやまって、優しい表情を見せてくれたら全てが氷解するのに。
あやまるような母ではありません。おろかな女、と思いました。
それを知りながら、母に味方する父とも分裂です。
極端で見栄っ張りで激しい両親です。
実家の近所に家を作る計画が進んでいましたが、すっかり嫌になってしまいました。
家は作らないほうがいいのでしょうか。
私が折れなければ、和解することもないでしょう。
少しも分かってもらえない悲しみで、気がつけば涙が出ています。
長文失礼しました。
アドバイス頂けたら、こんなに嬉しいことはありません。
斎藤学からの回答
「ここ2〜3年になって急に」というところがポイントでしょう。
なぜ、今になって怒りがわいてきたのか!子どもさんの年令と関係があるのかも知れません。(自分がその年令の当時、母が再び冷たく感じられた、とか)。
怒りの対象になる人には直接向かい合わないこと、というのが私の皆さんへの助言です。感情が先走って、カンジンのことが伝えられないからです。
第三者(治療者)に話して(電話カウンセリングがいいです)、整理して、相手に寛大な気持ちを持つようになってからもう一度お話してごらんなさい。
相手の側に驚くような変化が生じます。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2005年11月30日
私は恋愛依存(質問)
読者からの質問
◇42才女性
私は恋愛依存、男性依存かもしれません。
先日ある人から「もう会わない方がいい」と言われ、そのことで悩み何もできなくなってしまいました。
夫からは「家族全員が迷惑してる」とか「自分たちの人生は終わったんだ。死ぬ気で子育てしろ」と怒鳴られますが、なかなか体が動きません。
私が「会わない」と言われた人への気持ちは、愛などと呼べるものではなく単なる依存、執着に過ぎなかったのかもしれません。私は依存心、執着心が異常に強く、拒否されることに非常に弱い人間だと思います。夫との長年にわたる夫婦間暴力も、これに起因するものとも思われます。
セックス依存ということはなく、やたらに男性と寝たりはしないのですが、「会わない」と言われた人にはなぜか強い欲望を持ってしまい、それで今回の事態に至りました。
その人との関係を何とか修復したいのですが、どうしたらいいでしょうか。どうしたらこの泥沼から抜け出せるのでしょうか。
どうか助けて下さい。
斎藤学からの回答
その人との関係は、あなたが距離とルールさえ守れば容易に復活するでしょう。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
夫婦の事で悩んでいます(質問)
読者からの質問
◇24才女性
はじめまして、こんにちわ。私は、夫婦の事で悩んでいます。
夫は21歳、私は19歳の時に子供を授かり、互いに学生だったのですがやめて結婚しました。そして、この5年間夫の親と同居しています。
夫は、同居している自分の親の事を恨んでいて、その理由は母親の宗教活動で小さい時保育園に預けられていたり、鍵っ子になったり、父親と遊ぶ機会が少なかったり、寂しい思いをしてきたからです。(姑は、可哀想な事をしたと反省してます)
なので、私には働いてほしくないと言ってました。後は、親に子供を抱かせるなとか、私の困る事ばかり言っていました。
夫は、母親と話していてイラついて2回腕にパンチした事もあります。親に話しかけられるとイライラするみたいで、「殺したくなる」と何度か言ってました。
そして、今年の夏、夫は離婚したいと言ってきました。簡単に言うと理由は、性格不一致、一人になりたいということです。
私は、夫にこう言いました。「離婚したらパパが寂しかった以上の様々な思いを子供はするかもしれない」と。すると夫は、夫婦関係が上手くいってない中で子育ても良くないと言っていましたが、今、親を恨む程、自分が寂しい思いをしたなら、子のためにもっともっと私と向き合えないものかと思うんです。
私が離婚を渋ると、イラだちよく「どうでもよくなってきた」と言います。そんな姿をみて私は、怖くて動悸してました。
夫は、もう2ヶ月家で寝ないで、たまにチョット家に寄るくらいです。生活費は入れてもらえてます。私は、暴力されてないのですが、夫の望むよう離婚しないと怖い目にあうんじゃないかと思う事もあります。
夫は、満たされないままの心のまま家族をもったのですが、先々、最低でも父親の役割を果たせるのでしょうか?
斎藤学からの回答
私の回答は、対話の中から生まれます。「字」は私に何の情報も伝えてこない。あなたの声や視線があなたからの情報に意味を持たせ、それが私に届くのです。
おまけにこのサイトに映るものはあなたの字体さえ隠しています。だから、私はお答えするのを控えるべきなのでしょう。
でも、ずいぶんお困りのようですから、字面の情報から感じたことだけをお伝えします。
ひどく衝動的な男女の結びつきなのに、あなたはどうしてそんなに夫なる人の誠意を信じられるのでしょう。結婚というものは、それほど神秘的な力を持つとお思いなら、それは誤解です。
だいたい「寂しい」と臆面もなく他人に言える人は「危ない人」です。関係はいずれ破綻すると思います。
200/11/18回答
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2005年12月02日
共依存と仕事との境界がわかりません(質問)
読者からの質問
◇28才女性
2004年の1月からフロイトラインで電話相談をしてきました。ACです。
いろいろなことがあったものの、自分なりに試行錯誤しながら今では「とりあえず」大きな山を乗り越えたと感じています。分かり合える努力ができる、と感じられる恋人もでき、電話相談を一度打ち切ろうと決めました。時間を作り、地元でのセルフヘルプグループに顔を出せればと考えています。
そうした流れの中で気がついたのが、自分の依存症、ワーカーホリックで浪費家(時間や金)であるということです。
仕事柄、共依存と仕事との境界がどこにあるのかわかりません。家庭的に恵まれない生徒、問題を抱えた生徒とかかわるとき、何と言うか血がうずくような感じがします。そうして、周囲(とくに家庭)に対して「本当はこうあるべきなのに」ということを強く考えてしまいます。
実際には家庭に踏み込みませんが、「このままでいいのか?」と自分の中で踏ん切りがつかず、いつでも問題をかかえた生徒のことが頭の中でいっぱいになります。そして、生徒理解のためと考え、(それが名目であろうと自分でも気がついているのですが)つい書籍を買あさってしまいます。部屋は散乱しているのに本棚にはそのような仕事に関する資料が詰まっています。
===
恋人との関係では極度な依存関係ではないと思っています。
父はまるでアル中でのようでした。食道がんで死にました。母は看護婦でしたががんで死にました。今思うと「共依存とはこのような関係のことなのだろう」と思います。2人の死に際やその際の出来事は今でもはっきりと思い出せますが、現実味はありません。法事には行きますし実家に行けば仏壇に手を合わせますが、お盆やお彼岸には実家に寄り付きたくありませんしお墓参りもしていません。
話が広がりましたが父母の関係では、共依存で両方とも嗜癖があったと感じます。父はアルコール、ニコチン、それとギャンブル(生活に支障の無い程度)母はワーカーホリック。それと同居の家族である祖母とおばもまた共依存関係の母娘であると思います(現在も)。
めどはつきそうなのですが、弟が知的に低いほうで、社会に出てからさまざまなトラブルに巻き込まれるので、その原因を考え、改善方法を探る、親代わりになって手助けする、という作業を姉と協力して取り組んでいます。それは姉が母的、私が父的な役割を果たしていたといえるかもしれません。
そのような環境で育ったせいか、健全な他者との関係のとり方がよくわからないのかもしれません。困っている人を助ける・・・どこまで手助けするのか?仕事をきちんとやる・・・どこまでがきちんとか?自分を大切にする・・・そんな時間は無いのではないか?などなど、自分で線引きをすることができないのかもしれません。どうしたらいいのか不安があります。(身近なモデルが消えてしまったので当然といえば当然なのかもしれませんが)。
友人に話してもなかなかうまく伝わらないので、これからの人生で何を頼っていけばいいのか心配です。ついインターネットや仕事などにのめりこんでしまい、時間がすぎていきます。自分の人生なのに楽しめません。いつも何かに支配というかコントロールされているような気がします。
どのようにすれば、自分らしく生きられるのでしょうか。また、生徒のことで頭がいっぱいにならずに済むのでしょうか。やはり仕事をやめるしかないでしょうか。健全な精神状態を保つ秘訣がありましたら教えてください。
斎藤学からの回答
生徒のことで頭を悩ますのは疲れるでしょうが、充実していませんか。もしそうであるのなら、それを捨てるのは勿体ない。
あらゆる習慣は、有害な時にだけ「依存症」と呼ばれるのです。共依存“症”など気にされずに生徒の家庭の問題を考えて下さい。それをするために読む本はあなたの身につくでしょう。お仕事を辞めても良いことはないと思います。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2005年12月06日
人と接するのが苦手です(質問)
読者からの感想
◇28才女性
いろいろ小さな問題があって整理しきれないのですが、対人関係に付いて質問させていただきます。
私は状況判断とか観察力とかが劣っているみたいで、会社の人と話している時などに、どのタイミングで笑うべきかとか、「あの人は○○な人だ」と言った会話について行くのが大変です。
小泉八雲が書いてたのですが、日本人は悲しい話でも笑って話すので、私もつられて笑顔を作りそうになってしまいます。他人の区別が全然つかないので、うわさ話を覚えて各人のイメージを覚えるようにしています。顔も覚えにくいので席順で覚えたり、ノートに特徴を書いたり。(見た目の区別も苦手みたいです)
人に話しかけるのが苦手で、仕事上の質問や確認をしに行くだけでも、脳内で会話をシミュレートして、あり得る返答を考えてからでないと出来ません。仕事は真面目なので良く褒められるのですが、褒められた時のスマートな対応をまず考えて悩んでしまうので苦痛です。家に帰ってからも、あの返事で良かったのかと考えて悲しくなります。
人の目を見て話すことが出来ないので、いつもうつむいていて、おとなしそうな印象を与えてしまいます。実際もおとなしいけど、面白いことを言って笑わせるのが大好きなので「意外だねえ」と良く言われます。
怒られたり否定的なことを言われるのがすごく恐ろしくて、ちょっとでも仕事でミスをすると血の気が引いて仕事にならなくなってしまいます。会社のトイレで手首を切って落ち着くために道具を持ち歩いています。夫に話すと、みんな同じだから気にするなと言います。
自分は異常だからうまくいかなくても仕方がないという免罪符?が欲しいだけなのかもしれません。(退路は常に確保しないと!)
斎藤学からの回答
まず、「完璧な対応」をしなければひどいことになるという妄想を捨てましょう。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2005年12月08日
自分を罵倒する、もうひとりの自分(質問)
読者からの質問
◇37才女性
こんばんわ。いつもお世話になっています。
自分のなかに自分を罵倒する、もうひとりの自分がいます。
思春期のころ精神科につながったときは、どう表現したらいいかわからなくて「みんなが私を悪く言う」とドクターに言っていました。しかし本当は、言っているのは他人ではないことは当時からなんとなくわかっていました。
両親(特に母親)には、育て方が悪かったと責めるよりも、私のような欠陥人間をなぜ生んだと責めたほうが多かったです。
過去の自分も現在の自分も非難の対象になってしまい、とても生きづらいです。先生は信じられないかもしれませんが、バイトや家事をしていたりするときでさえ「この偽善者!」というな罵りの声が聞こえてきます。
悩みとかを治療者に打ち明けたくても、「どうせおまえの言っていることなんかくだらないことだ」と言われてしまいます。
「お前はダメな人間だ」という声がすごくて、性的逸脱行為やアディクションなどで自分のダメさを証拠付けようとしましたが、一方で罪悪感もひどくなっていくばかりでした。
===
以前は、
「私は顔もスタイルも性格も、そして戸籍も過去も変えるしか生き延びる方法はない。」
「両親を殺して、私も死ぬしか解決はない」
と年がら年中いっていました。
小さい頃から問題児扱いだったのが原因なのかな?ともちらっと思います。
自分と自分がずっと争っているのに、もう本当に疲れました。
こんな私でも、自分自身との和解はできるのでしょうか?
斎藤学からの回答
何かに気づいてハッとなる(「自分と和解する」)ということはないと思いますよ。結局トレーニングということになるでしょう。小さなことを達成して、自分を褒めてあげるという練習です。
あなた、買い物が少なくなっているじゃないですか。「我慢」についてのトレーニングが功を奏してきたからでしょう?
今度の挑戦は「体重」というのはどうですか?月に500gくらいのペースで減量できますよ。できないことにしているのは「あなたにいじわるする方のあなた」です。その人はあなたに脂肪をくっつけて肥らせて、あなたの自己評価を下げようとしているのです。
彼女に挑戦するために、まず全身を鏡で見ましょう。そして「今この私が美しい」と思ってみてください。ピンと来ないのであれば減量しましょう。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年03月16日
「怒りと性欲」の関係について(質問)
読者からの質問
◇50才女性
斉藤先生のブログ、いつも興味深く読ませていただいています。
先日の内田春菊さんとの対談の中に書かれていた、「怒りと性欲」の関係について知りたくて、私の現状を書きました。
私は、36歳の時に夫と死別し、現在50歳です。
夫からは精神的に虐待され随分辛い思いをしましたので、夫の死後は、再婚したいとも思わず、男性と付き合うこともなく過ごして来ました。
8年前に、仏教系の真如苑という教団に入信しました。教義に縛られていたということもあり、性的な興味や欲望は、抑圧してきたと思います。
世のため、人のために尽くすことを第一とするように指導されたので、自分のことはいつも後になり、無理な生き方をした結果、鬱になりました。
鬱状態の時に、教団の中で導き親から「見捨てられ恐怖」と感じる言葉を言われたことがきっかけで、トラウマ後遺症になりました。(子供の頃に見捨てられ体験がありました)
発病したことで、AC・共依存・嗜癖というキーワードに出会い、先生のご本を読ませていただき、カウンセリングを受けるようになりました。
===
私が宗教に嵌ったのは、両親からもらえなかった愛情を、教主夫妻から受け取れると感じていたからだと思います。また、教えを求める中で親や夫に対する憎しみが消えた、と思い込んでいましたが、それは「カルトの私」という偽りの自己の中での解決だったことにも気がつきました。
そして、真の仏教だと思っていた教団が、仏教の皮をかぶったカルトだったということにも気がつき、3ヶ月前に脱会しました。
親に対する怒りや、夫に対する怒りはある程度収拾がついたのですが、今は、教団に対する怒りがすごく強く出ています。潰せない大きな組織だから、余計に腹立たしいのかもしれませんし、被害者であると同時に加害者として友人を勧誘し、彼女を教団に依存させてしまったことに対する罪悪感もあります。
宗教嗜癖がカルト叩き依存症に変わっただけなのかもしれませんが、ネット上で批判的な書き込みを続けています。
脱会してから、怒りを感じるとそれが性欲とつながっている感じが顕著にあります。それは、更年期という年齢と関係しているのでしょうか?あるいは、今まで抑圧してきた怒りが噴き出すと共にテストステロンというホルモンが分泌され性欲を感じるのでしょうか?
質問は受け付けてないということでしたが、内田さんの書かれていたことと同じことを感じていたので投稿しました。
斎藤学からの回答
怒りの発現はドーパミン分泌を促進すると思います。
ドーパミンがテストステロン(男性ホルモンですが、女性の体内でも作動していて、性欲を催起します。)
分泌を高めることで、怒り(攻撃)→性欲という流れが生じるのではないでしょうか?
単なる仮説ですが。
斎藤学
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年10月23日
よい12ステップがあったら紹介して下さい(1/2)
お手紙・2
KCさん(43歳、女性)
こんばんは。不安なときに、時々読ませてもらっています。
二年前のお正月明けに、北海道W市から単身上京し、麻布のクリニックで二週間患者をさせてもらいました。子どもへの暴力がやめられないのと、自殺願望でたびたび未遂をしていることで、せっぱ詰まっていて、そのような計らいをしていただいた患者です。
その時にハコミセラピーを勧められて、習得してから自宅で仲間をつくったらいいと言われました。費用と、滞在中の子供の世話を頼める人がいないのと、母が亡くなったことで鬱になって自分の身の回りのことも出来なくなったので、ハコミには参加できませんでした。
===
そうこうするうちに、札幌に転勤したので自助Gに参加できるようになりました。そこで出会った仲間と、ミーティングだけではなく、時々メール交換やうわさ話が出来るようになりました。子育て中のACママのためのHPも作りました。私と他人が一人の計二人だけのちっぽけなHPですが、喧嘩もなくて、満足しています。
今はこんな感じです。先生はきっと「随分良くなったね!」と言ってくださるのでは?と思っています。
9/3(日)から、子育て中のお母さん達だけの自助Gを作ります。毎回これるメンバーは私だけです。もしかしたらひとりぼっちの自助Gかも知れないですが、やります。続けられるまで、続けます。
それで、そこで使う12ステップかテキストを紹介して欲しいのです。今の所は、ACODAの12ステップの本しか心当たりがありません。でも、札幌ではその本でやっている所が数カ所あって、メンバーが重複しています。それに、アルコール依存の親の子供向けの色が強いので、機能不全家庭で育った子供が親になって困っているひとにいい12ステップがあれば、それを使いたいのです。
先生が翻訳された「アダルト・チルドレンの子どもたち—もう一つの共依存世代」は一人でじっくり読むのに向いていると思います。
ACODAの12ステップをそのまま使うか、子育てにふさわしいように適当にアレンジするしかないでしょうか?
はじめの基本方針が大切だと思うので、相談を受けてらっしゃらないとありましたが、相談させていただきました。何となく、先生は時間があったらお返事を下さるような気がするのです。
ブログ内のお返事で結構です。他の地域に住んでいる方で、子育て中のACのかたで、自助Gを作りたい方にも参考になるかしら?と思い、厚かましくもメールさせていただきます。9/3をすぎてもかまいませんので、よい12ステップがあったら、是非紹介して下さい。ご多忙の折恐縮です。よろしくお願いします。
PS.私、去年まで斉藤先生のことを、細木数子と間違えていました。気がついた瞬間「あ!」と声が出ました。この勘違い、私だけではないような気がします。先生の患者さんに多いような気がするんです。オープンミーティングで話したら、みなさん爆笑して下さるかしら? 先生も苦笑されるかしら? とか想像して、楽しんでいます。
(続く…)
[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年10月24日
よい12ステップがあったら紹介して下さい(2/2)
(S)このお手紙頂いてからずいぶん経ってますよね。9/3からとあるので、多分今年の8月中に頂いたものでしょう。遅いご返事でごめんなさい。
おっしゃるとおり、この連絡にはお答えするつもりでいました。ただ手頃なものがないな、と考えているうちにブログに手がまわらなくなってしまっていたのです。
差し当たって思いつくのは『私は親のようにならない(改訂版)』(クラウディア・ブラック著、斎藤学 訳、誠信書房)、『アダルトチルドレン一問一答
』(斎藤学 監修、解放出版社)、『アダルトチルドレン
』(ジャネット・ウォイティッツ著、 斎藤学 監訳)、『アダルトチルドレン・シンドローム
』(ウェイン・クリッツバーグ著、斎藤学 監訳)
===
特に最初に挙げたブラックのものがお勧めで、チルドレン・オブ・アルコホリックについての最も優れた本だと思います。クリッツバーグの本は有名ではありませんが、私には非常に面白く参考にもなったので訳したという記憶があります。ただし、ここに挙げた本はいずれも12ステップについての本ではありません。あくまでもアダルトチルドレンについての本です。12ステップの本としては既にあなたも持っておられる(らしい) ACoDA の12ステップ解説が最も適当です。
12ステップについては、その一項目ずつをお経のように唱えていてもしょうがないと思います。なぜ12ステップが20世紀半ばのアメリカで必要になったのかという見方をなさることをおすすめします。少なくとも私はそのように考えることによって、単なるアル中回復術に留まらない12ステップが見えてきました。
アル中おじさんたちは彼らの魂の滅びと再誕生を通して、彼らの問題が私たちの抱える問題と同質のものであることを教えてくれたのです。このことについて書いたのは『魂の家族を求めて』(斎藤学著、日本評論社)で、ここでは各ステップの意味についても考えました。その姉妹本である『依存と虐待
』(斎藤学 編、日本評論社)も読んでみてください。
12ステップは今でもさまざまな形に改変されていて、「新しい12ステップ」というものも使われるようになっています。私は、私なりに改変した10ステップを使っています。それは『家族の中の心の病—「よい子」たちの過食と拒食』(斎藤学 著、講談社プラスアルファ文庫)の最後の章として紹介しましたので、これも読んでみてください。ここでは摂食障害者用に作られたものが紹介されていますが、私はハズバンズ・グループなどで「男らしさの病のための10ステップ」を使っています。あなたたちに最も必要なものに改変して使ってみてはいかがですか。
追伸について:私は細木数子さんなるものを知りませんので、もしあなたのお知り合いならよろしくお伝えください。