カテゴリー「オープンカウンセリング5」の一覧

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2006年02月09日

息子のうつと無気力

相談者からの質問

 初めて参加します。こんなふうにみなさんの前でお話しするとは知らず、焦っています。

image060209_1.jpg きょうは26歳になる長男のことでご相談します。
 家族構成は私たち夫婦と主人の母親と、すでに結婚して家を出た長女とその長男です。
 息子は高校生になった頃から、最初は学業不振のようなことが引き金で不安定になりました。もともと気が弱いというか優しいというか、中学生までは大変優しいいい子で来た子なんですが、それからいろんなことが起こりまして、無気力だったり不安が強かったり、自分からいやな匂いがしてるってことを言い出したりしました。それからうつになりまして、友達が精神科の先生を紹介してくれ、抗うつ剤を飲みましたところ、今度は副作用なのでしょうか躁状態になりまして、そんなことを繰り返しておりましたので、学校の方も卒業できないままやめてしまいました。20歳をすぎた頃に躁の状態がひどくて、本人の意思で4カ月ほど入院しました。その後は躁の状態になることもなくて、4年間くらいは通院の形で精神科に通っていました。

===
 私どもも精神科の先生のご意見を聞き、親としてどうしたらいいのか、なぜこんなことになったのかということを、それなりに考えては来たのですが、今ひとつはっきりしないままでした。

 ですが、いろいろな経過をへまして、25歳の時からアルバイトですけれど社会人らしい生活が続けられるようになり、「10年間かかったけれど、やっとこれでどうにか本人も独り立ちができるかな」と思っておりました矢先に、昨年の暮れから、また朝起きられなくなりまして、以来、今に至るまで、家の中に引きこもっている状態です。

 初めは神経症的に手を洗いすぎるとかお風呂に入りすぎるというくらいだったのが、そのうち3日も4日もお風呂に入らなかったり、部屋を散らかり放題にするようになりました。しかし、最近はさほどでもなくて、お風呂にも入り、食事の時は「ご飯よ」といえば降りてきて一緒に食べますが、同席するのは食事の時くらいです。本人は無言で食べて、私の方は適当に、オリンピックの話をしたりするんですが、「うん」とか「はあ」とかいうくらいです。「洗濯物入れといてね」とか、「これ、直しといてね」と頼むとちゃんとやってくれますが、親との会話をさけているような状態です。
 暴力を振るったりということは、今までもありませんので、いろんな方のお話を聞きますと、うちは静かな方なのかなとは思うのですけれど、親としてはどういうふうに対応したらいいのか迷います。長く引きこもってる人の話を聞きますと、「そのうち本人の元気が出てくるのを待つだけでいいのかな」と思ったりはするのですが。何か治療法といいますか、治す気を起こさせるのに働きかける方法はないかなと、ご相談したいと思います。

斎藤学からの回答

image051014_3.jpg斎藤:今までずいぶんお医者さんにも相談なさってるんですよね。それで、それ以上、何をお聞きになりたいんですか。

 ──今のようなひきこもりの状態は初めてなのです。以前のうつの時の状態と今とでは、本人の顔つきもなんか違うように思うのです。起きてくる時間は相変わらず遅いんですけど、顔つきは普通の顔をしていますので、今はもう、精神科の先生にいってお薬もらってこいという状態とは違うのではないかと。

斎藤:じゃあよくなってるじゃない。良くなってて、ちょっと目が覚めたような状態になったから1年ばかり働いてみたけれど、働くのも飽きたんじゃないんですか。そのまま家にいてはいけませんか? 親が何とか生きていけてるのだから、子どもはさしあたって働く必要ないでしょ。

「26だから26なりの仕事をして収入をもたらすべきだ」と思うのは良くわかりますか、息子さんが自分なりに判断して、「できない」と思って引きこもっているのなら、それもいいのじゃないでしょうか。そういう状態が困るか困らないかという話を息子さんにしてみるのは勝手だけれど、してみたところで本人が焦るだけですよね。

 まあ、この人は放置すれば動き出すでしょう。あなたから見て病気のときとは違うなと見えるのであればね。あなたとしては、この1年ほど彼が表へ出てアルバイトなさったとき、「光が見え始めたな」と思われたんでしょ。その光を見失わないことですね。あなた自身が。

 天照大神じゃないけれど、天の岩戸みたいなところから自分が引っ込んだり出たりするたびに、お母さんの顔が輝いたり曇ったりしてると、親の顔を輝かすためにアルバイトしなきゃみたいな話になって、そこにとらわれて辛くなってしまうんですよ。自分のペースでやるというのが、こういう病気の人にとっては大事なことです。1年間できたんなら、曇り空に晴れ間が見えたという状態です。だんだん晴れ間が広がって行くのを待てばいいんです。ここであんまり焦らないことですね。

 えーと。不登校、引きこもり、躁鬱病といわれてたと。いろんなことがそろってますね。そして抗うつ剤使って躁転したということですね。これはどういうことかというと「本物」ということです。抑うつ状態の中にも、人格的な偏りとか、自分の生活の行き詰まりとかで起こってくるものもありますが、なかには神経ホルモンの失調状態で起こってくるものがある。私が「本物」というのはこのタイプです。薬で治るんだからこんないいことはない。こんなものはだんだんお薬で管理できるようになりますから、そのうち精神科の領域じゃなくて内科の病気になるのでしょう。

 多くのうつ病は薬だけじゃうまくいかないで、人間関係のもつれなどがくっついてくるものが多いのです。このように、「薬を使ったら躁状態に変わった」というのは、薬でコントロールできるタイプの感情障害であることが多いのです。だとすれば、今のような安定の状態が来たらば、あとはゆっくりと、本人の快復の具合を見て、話を進めていくのが正しいでしょう。この場合は、家族をいじったり、当人の人間関係をいじったりするような治療にしちゃうと、かえってまずいですね。
 お医者さんのところはいってらっしゃるの?

 ──ええ。暮れから引きこもってますから、その間に私が2回ほど行きましたけれど、「まあ、しばらくは疲れたんでしょうから、親としてはふつうに言葉かけをしてあげてください」ということですので、そのようにはしてるんですけれど。

斎藤:そのくらいでいいですよ。こちらのクリニックにご本人がいらっしゃるのはかまわないけれど、薬物管理の方が大事だと思います。今まで見ていただいた先生がいるんでしたら、その先生に状態をよく把握してもらった方がいいと思いますよ。

新規講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
死別トラウマのための演劇療法3/7〜火8回14:30〜16:3020,000円一般東京港区
弁証法的行動療法(DBT)ワークショップ7/8、99:30〜17:0042,000円一般東京有明

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2006年02月16日

アルコール依存の弟のこと(1/3)

相談者からの質問

 36歳になる弟について相談です。

060216.jpg 弟は3年前の母の葬儀の直後、アルコール依存症から手首きりを行い、その後、1年数カ月間、精神病院に入院いたしました。退院後は、父の保護のもと、実家でとじこもりの生活を送りっています。父との生活で暴力を振るうということはありません。

 弟は大学入学のとき上京しました。入学当初から新しい土地になかなかなじめず、友達もできないま結局退学することになってしまいます。その後弟は家からの仕送りとアルバイトで生活していましたが、3年前の母の死をきっかけにアルコール依存症であることが家族に発覚し、14年間の東京でのフリーターの生活に区切りをうって、現在の状況に至っています。11年間病気を患っていた母親が亡くなり、その葬儀のために帰省した弟は親元では自由に飲むことができなかったため、初七日がすぎ、親戚一同と私が引き取った後にアルコール禁断症状を起こし、それと同時に手首を切ったため、そのまま入院となりました。

===
 アルコール依存症にもかかわらず、入院が1年以上に長引いたのは、次のようなことが原因でした。
 弟の入院後、東京のアパートを片づけるため、父と私で出向いたところ、私たちは見たことがないような光景を目にすることになりました。部屋全体が酒のペットボトルやお弁当のから等で、天井に届くほどのゴミの山と化していたのです。私たちはびっくりして、レッカー車2台のゴミの処理を業者に依頼し、リフォーム費用を大家さんに支払うとことで、穏便にことを済ませました。このような状態を、弟の担当医に、私はできるだけ詳しく伝えました。
 その結果、弟は、アルコール依存症と、対人関係に問題をもつシゾイドであると診断されました。退院した弟と父との生活は、昨年父が病気になるまで、72歳の父が食事を作って引きこもりの息子に食べさせるという、父と息子の共依存関係が続いていました。父は、病気になった今でも息子に何とか立ち直ってほしいという願望と、親として強い自責の念を持ち続けています。弟はそういう父に養われ、「支配されている」という被害意識を持ちながらも、働きにも行かず、食事の時に部屋から出てくる以外は、一日中部屋に閉じこもりの生活を続けています。

 で、このような親と子の生活を見ながら、私と叔母が、月に1回ほど、郷里に戻って2人の生活を見守っているんですけれど、この先、父が亡くなったとき、弟のような症状を持つ人間がどのような環境でどのような生活を送ることが、本人にとって一番望ましいことなのかを教えていただきたいということと、弟がこのようになったのは、父や我々家族との関係が影響しているのかどうか、それを教えていただきたいと思いまして参りました。

斎藤学からの回答

image051014_3.jpg斎藤 今お姉さまは、東京で、一人でお住まいですか?

 ──いえ、夫と二人暮らしです。

斎藤 そうすると、郷里にはあまりお戻りにならない。

 ──17年前に、家がイヤで、家出同然に家を出まして、母が病気になったのを知ってましたけど、戻らずにこちらで職を見つけて生活しておりました。

斎藤 その後弟さんが上京してきたんですよね。

  ──はい、大体同じ時期に。

斎藤 で、弟さんとは、東京では交流はあまりなかったんですか。

  ──はい、まったく会ったことがありませんでした。

斎藤 家族がいやでいやでしょうがないんだ。

  ──ええ、そうです。

斎藤 ふうん。もう一つ聞きたいのは、結婚生活です。その婚姻はどのくらい続いてらっしゃるのかな?

  ──ええと、2年ちょっとです。

斎藤 立ち入ったことを聞くようですが、お子さんはつくらないようにしているんですか?

  ──夫はほしがっているんですけれど、私は、ほしくないんです。

斎藤 どうしてでしょう?

  ──やはり、母親が、私たちを育てる家庭において、あまり幸せそうな顔をしていませんでしたし、今の父親と弟のことがありますので、そういう気になれないというか・・・

斎藤 家族というものに不吉な印象というか、とくに母子関係というものがイヤなものだと思ってらっしゃるの?

  ──そうかもしれません。ただ、夫の家族は非常にいい関係ですので、自分の母親に感じないような感情を持つようなことはあります。

斎藤 ふうん。よかったですね、そういう、温かい家族を見る機会を持てて。

  ──そうですね。

斎藤 とってもいいことですよ。私、核家族が相互に孤立してお互いに連絡しない状況はよくないと思ってますね。お母さんの料理が下手だったら子どもは隣のうちでご飯が食べられるといいんですがね。いろいろな家の臭いや風向きを子どもが感じられるようなコミュニティが必要なんでしょうね。今のところ、子どもには親が選べませんからね。親は子どもを作るかどうか勝手に決められるわけだから不公平ですよね。親といっても千差万別ですからね、何種類かの親を経験した方がいいかもしれない。

 カナダ東海岸の「ヘアインディアン」は、アザラシをつかまえて、その肉を食べ、皮をなめしたりして暮らしているんですけど、土地はすごくやせていて穀物があまりできなくて、一家で子どもたちを育てることができないんですよね。専業主婦どころの話じゃなくって、男も女もキャンプをしてまして、男は狩猟やってるし、女はなめし革作ってる。親たちは忙しすぎて子どもを育てられないそうです。
 で、その部族の子どもたちは成長するまでに、何人もの親(多くは祖父母)を渡り歩くんですって。日本だとみなし子みたいな、悲しい話なんだけど、ヘアインディアンの中ではそれがあたりまえ。ところが彼らは大変家族意識が強くて、「私は誰々と誰々の子」ということを誇りにしているそうです。これは、原ひろ子さんという元お茶の水の教授をやってらした文化人類学者の人が書いた本の中の話ですが。

新規講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
死別トラウマのための演劇療法3/7〜火8回14:30〜16:3020,000円一般東京港区
弁証法的行動療法(DBT)ワークショップ7/8、99:30〜17:0042,000円一般東京有明

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2006年02月20日

アルコール依存の弟のこと(2/3)

(続き)
image060220_1.jpg ちょっと話が飛んじゃうようだけれど、あなたの育った家は、子どもたちから力を奪うような臭いや風や「雰囲気」があった。あなたは「これはたまらん」というんで、はやばやと家族に見切りをつけた。

  ──逃げました。

斎藤 逃げたというのはきっと捨てたんでしょうね。そしてあきらめたんでしょう。たぶん、それまでは、親を変えようとか、この家を支えようとか、いろんなことをやったんじゃないかな。ちいちゃいときから。で、ああこりゃもうだめだと。

  ──いえ、まったく、壁のシミのようにしていました。

斎藤 壁のシミ。子どもの存在の仕方として、ロストワン、「いない子」っていうのがありますよね。何人兄弟ですか。

  ──2人です。

斎藤 ははん。男の子は大変ですね。弟さん、大変だったんだ。どういう一言で説明できますか。お宅の雰囲気を。

  ──まず、会話が全くなく、静かな争いがあるような家庭でした。というのは、嫁と姑があまり仲がよくなくて、それを父が放っておくというような状況でした。

斎藤 決して問題が言葉にされることがないという感じですね。

  ──そうですね。で、茶の間に、みんなが集まってご飯を食べるという習慣が、全くなかったです。

===
斎藤 そういうわけで弟さんは、コミュニケーションというものの持つ力を実感できなかったのでしょうね。

  ──そうですね。私、それに気がついたのが、こちらに伺ってからです。

斎藤 ふうむ。
 いろんなうちから子どもが学校に集まってきて、また一つのグループをつくるんだけれども、うちの中で「人間関係が楽しい」という信念というか、経験がもてなかった子は、学校では、仮面を付けて「この場ではどういう風に演じれば、みんなを満足させられるか」少なくとも「目立たなくていられるか」を考えて、疲れて家に帰ってくる。しかし家の中でそれを癒す場所がないわけですから、これの連続が20年近く続くと、相当固まってきますよね。学校の成績だけはある水準をクリアして大学に入ったとしても、この状態ではやってけないでしょう。いま、これをあぶり出すようなシステムってないんですよね。徴兵制があるわけじゃないし。フリーターをやっていれば何とか食えるから、そのまま都会の片隅で沈殿しちゃうわけですね。

 この弟さんの部屋の様子は非常に特徴的ですが、これに近い部屋をお持ちの方は、今日お集まりの方々の中にも何人かいらっしゃるんじゃないでしょうか。弁当の空き箱が天井までっていうのはちょっと極端かもしれないけれども、これを、この入院先のお医者さんは、人格障害でもって説明してますね。
 スキゾイドないしシゾイドは、スキゾフレニーという「病気」と地続きの人格的傾向を言います。フレニーっていうのは精神病という意味です。スキゾイドのoidというのは「みたいな」という意味です。シゾイドは「シゾフレニー(精神分裂病=統合失調症)みたいな」という意味です。スキゾイドパーソナリティーという人格障害の名前なんです。これはどういうものかというと、コミュニケーション不全の中で育って、誰とも対話ができなくなった人。自分とさえも会話ができなくなった人です。お部屋の中で一人でいても自己対話ができてる人は、こういう弟さんがつくってたような部屋はつくらないんです。「自分は快適かい?」って聞く自分がいるから。ここに何か置こうとか。CDラックを買ってこようとかいう話になって、買い物依存にはなるかもしれないけれど、お部屋の中はこういう風にはならない。このゴミの山みたいになった部屋っていうのは、たぶん、彼にとっての防波堤で、この中に誰も寄せ付けない砦をつくって、その中で寝てたんでしょうね。

 そのコミュニケーションのなさを、むしろ便利がるような雇用形態があります。余計な口をきく必要がなくて、黙々と何時間か働いて、そして、いくばくかの給料もらって過ごすような生活です。また、このような部屋での生活が維持されてきたというのは、彼に関心を持つ人が居なかったということですね。子どもがどんな生活しているか、ついつい知りたくなって侵入してしまうような親がいいとは言いませんが、もしそういう親だったら、びっくりするのが10年くらい速かったでしょう。

 でも、あなた方のお母さんは息子さんにプレゼントなさいました。それは「母の死」というプレゼントです。お葬式をプレゼントされた息子は郷里に帰る機会を得て、ようやく、もう一つ別の生き方へのチャンスをもらった。しかしそのチャンスを生かすには、帰っただけではだめで、相当量のお酒を飲んでリストカットまでやってみせなければならなかったということなんじゃないでしょうか。

 1年3カ月の入院は確かに長いですが、スキゾイドの治療として考えれば妥当なところです。だいたい1年半なんですよ。人格障害の治療期間は。例えばコーネル大学付属病院の境界性人格障害病棟の入院期間は1年半だそうです。これはそこで働いていた宮本政於君(元コーネル大学助教授、「お役所の掟」の著者、故人)の話です。
 同じ人格障害でも反社会性人格障害は刑務所にいますので、刑期はまちまちです。これは治療の対象にはしません。境界性人格障害が1年半だとするとスキゾイドは、もう少し長くてもいいくらいですね。こうした人々は被害妄想的なことを口にすることはあっても、それがひどくなって行動を起こすようなことは決してありません。無力ないし無気力が主な特徴です。人間てのはこもりこもってずっといられるもんじゃないんですよね。10年ずっと一つ部屋でいたなんていう子どもさんのことで親ごさんが相談に見えて、2年ほどしてようやく当の息子さんに会ってみると実はスキゾイドだったということがよくあります。

 もう少し悪くなってスキゾフレニーの場合には、妄想だとか幻覚だとかいうのをもっていて、その幻覚や妄想が活発になりますと、アパートの上の階の人が自分に意地悪するとか、ヤクザに狙われているとかといって騒ぎだしますので、かえってわかりやすいのです。「電波がどうのこうの」って口走りますから。部屋の中に銀紙を全部張って、電波のシールドを作ったりする。やることが派手になってくるんです。スキゾイドだと、そういうことは全然しませんから、静かな人としてずっと過ごすことが出来ます。

 お姉さんはずっと「壁のシミ」をやっていたおかげでなんとか家から脱出できた。弟さんも同じ時期に脱出できたのに、うまく東京での生活に適応できなかったのはどうしてでしょうか。お姉さんはどう思いますか。

 ──弟は、小学校中学校とずっと成績も良く、高校も進学校に進んだのですが、そのとき成績がついていかなくなって挫折したと思います。私の場合は小中高と同じ私立のミッションスクールに入れられまして、ちょっと身分が違うような人たちの中に入って小さい頃からずっと耐えてきたんですね、学校を出て短大に進んだときに、初めてやっと息をついたというか、そういう経緯がありまして・・・

斎藤 なるほど、あなたには「つらさの認識」がはっきりしていたのですね。そうやってみると、子どもがつらいと感じたり、こんなのイヤだと思ったりするのは非常に貴重なんですよね。彼らのせりふで使われる「なぜ生んだ」っていうのがあるでしょ。「なぜ生んだ」といったときにはたいてい暴れ始めています。その前を聞いてると、たいてい「居場所がない」っていってますよ。「なんか息苦しい」とか、こういうサインを出せる子っていうのは、出せないで過剰に適応してる子よりいいんですよ。我々の目から見てるとずっと救いやすいですね、SOSのサインが出せる子のほうが。

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2006年02月21日

アルコール依存の弟のこと(3/3)

(続き)
image060221.jpg で、いまの、弟さんとお父さんの生活ですけれど、お父さんもスキゾイドの傾向はあったと思うんですよ。お仕事はなさってたでしょうけれど、そんなに社交的な人じゃないでしょ。

  ──ええ、社交的ではないですけれど、祖父母の家庭はちょっと問題はあるんでしょうけれど円満で、父は子どもの頃から祖父母にかわいがられて育ってますので、自分の気に入った人間関係は非常に大事にしています。

斎藤 ふむ。ということは、問題を作ってたのは、お母さんと姑であるおばあさん?

  ──いえ、全てがいろんなところでからんでて・・・

斎藤 まあ、誰かに原因ていうのはないでしょうね、確かに。でも、嫁姑問題から距離をとってた取り方なんかから見ると、あなたのお父さんはあんまり物事にコミットしたり熱中したりっていうタイプには見えないですね。人間関係にある種のあきらめみたいなものを感じて距離を置くタイプの人だと思う。

===
 たしかにスキゾイドとは言えないかもしれないけれど、ちょっと内閉的な人なんでしょう。そうすると、ちょうど息子との関係の中で、まあお父さん、人生の残り火が燃えだしたような感じですね 。お母さんが葬式を息子にプレゼントしたように、今度は息子がお父さんに病気をプレゼントしたように見える。ちょっと変な言い方に聞こえるかもしれませんが、お父さんはこれで随分助かったと思います。お母さんなくした後、こんな息子の問題をこなさなくてはいけないとなると、そう簡単にくたばれないですね。人間というものは相手にあわせて弱くなったり強くなったり大きくなったり小さくなったりしますので、この場合は子どもが胎児化して家の中の羊水に浸るような感じで、それにあわせてお父さんが産婆役って言うかお母さんの役目をやって、これは生理的な出産とはちょっと違うから、「お父さんママ」と幼児がえりした息子との関係は、このままずっと続いて変化しないかもしれないです。でも、少なくともお父さんはゲンキでいられる。「72歳の父が調理して」なんてことは心配することないんで、むしろお父さんには生き甲斐が与えられたと思えばいい。

 で、息子さんの復活はいつかというと、私ね、復活しなくてもいいと思うんだよね。ほんとは壁をつくって静かにいたい人だろうから。こういう人はいま急に日本が氷河時代になれば私たちより上手に生き残りますよ。ソシアルな、誰かと話してないとだめだっていう人はすぐ死んじゃう。どうもそうらしいんですよね。
 分裂病とかスキゾイドとかっていう人がどうしていまの人類の中にいるかっていうと、どうも、そういう人の方が氷河期を生き延びるのに都合良かったという説がありましてね。もし人類がハシャグ傾向、つまり躁状態の人だけだったら絶えてただろうという人もいます。人の性質(たち)にはどんなものでも何か都合のいいところがあるんで、この息子さんはお父様が最後の炎を燃やして、燃え尽きた後に復活しますよ。たぶん。

  ──そうすると、父が亡くなった後、っていう

斎藤 そうそう。そうなるとようやっと、お父さんお母さんがつくっていた家の窒息感がなくなるでしょ。

  ──現在父がガンにかかってるんですけれど、こういう状況で今後どうなるのかと、

斎藤 そうですか。でも、ガンの患者さんのQOL(生活の質)ということから言えば、精神障害の息子と同居っていうのはすごくいいよね。癌の患者さんに登山させるという試みがあると聞きましたが、モンブランやヒマラヤ登山にでかけるよりはいいんじゃないですか。少なくとも安上がりで。

  ──そうですか。じゃ、父の最期を見とった後、弟をどうすればいいかってことを考えたらいいんですか。

斎藤 そうですね。弟さんははじめて、自分の宰領で家の中を自由にできるようになるでしょ。

  ──では、あの、病院に入れるとかそういうことはせずに、地域に結びついて生きていくという生き方がよろしいと。

斎藤 うーん。そうなるといいんですがどうなるでしょう。
 一つの生き方はお酒ですよね、お酒を飲んでそれによって自分のSOS サインを出すわけですね。すると近所の保健婦さんか何か見回って、「また飲んだの、失禁してるじゃないの」とか言って病院連れてってくれますから。そのうち吐血なんて状態になって、「肝硬変ね」っていわれて、そんな言葉を耳元で聞きながらご昇天。そちらの方にいくかも知れない。
 しかし、人間ていうのは苦境の中に自分の生き方を発見するものですからね。「底を打つ」という体験から新たな生き甲斐にたどり着くかも知れない。例えば、美人──美人じゃなくてもいいけど優しい──看護婦さんとの出会いがあって、そういう人が体当たりでコミュニケーションをとってくれてようやく、昔築いたはずの言語活動を取り戻すとか。今度の入院だって、1年3カ月の間にそういう経験があったかも知れない。

  ──なかったようです。もう入院はイヤだと言ってます。

斎藤 いやだって言ってるの? じゃあ、やっぱり、吐血で入院だ。

  ──(笑い)

斎藤 お酒による問題行動は、身体でサインを示すにせよ、暴れてサインを示すにせよ、SOSサインですから、彼はこのルートを使うことが多いんじゃないかな。

  ──いま精神科の先生が、弟にとっては唯一信頼を置ける存在なんです。

斎藤 ああ、それはよかった。

  ──その先生は「あまりストレス与えちゃいけない」とか「無理をしてはいけない」とか言われるんですけれど、やっぱり家族としては、断酒会とかAAに行って欲しいなという気がするんですけれど・・・

斎藤 今のままでいいんじゃないでしょうか。アルコールだって必要なら飲めばいい。それによって多少でもコミュニケーションが成立すればいいですよね。でも一人で飲むというのが気に入りませんね。どこか飲み屋のママさんとでもいい仲になるとかできればいいが。

 ── じゃ、また飲み始めても、問題はないと

斎藤 いいんじゃないですか。

  ── はあ。

斎藤 だって、ふにゃふにゃのミイラみたいになってシラフで居るより、楽しそうに飲んでる方がいいでしょう。 

 ──はあ、たしかに。

斎藤 もちろんお酒のことは「飲め飲め」と言わなくていいけれど。今、地元の先生とコミュニケーションがついてるってことを大事にしすることですね。定期的に通院する。そこでの薬がどうのこうのってことじゃないですよね、大事なのは会話です。

  ──はい。「ほっとする」って弟はいってます。

斎藤 「いいんだよ、君はそれでいいんだよ、別に仕事しなくていいじゃない」みたいな話を、その先生からもらっていくと、だんだんに彼らしい活動が復活してくるでしょうね。

  ──はい。わかりました。ありがとうございました。

斎藤 一家の防波堤になってきた、成績がいい少年とか青年ていうのは大変ですよね。こういう穴蔵にこもらないとなかなか競争の世界から降りられないですから。ゴミの部屋を作ったりするところまでくると皆あきらめちゃう。それで、「生きてりゃいいよ」ということになって楽になるんですよね。つらいつらいって言ってる状態の人は、一度だめになればいいんですよ。いまのポジションから降りて、ずっと寝てみる。コンビニ弁当を食って寝て、一月もすれば誰かが覗いてくれます。「生きてるかしら」と大家さんが入ってきて、「わあー」なんていって110番か119番してくれる、そこから新しい人生が始まる。ブレイクダウン(挫折)の勧めですね。

 

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※ブログへのご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。

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2006年02月23日

捨てていってしまう私(1/2)

相談者からの質問

image060223.jpg 以前、こちらにご相談にうかがって、16歳の息子の引きこもりのことについて先生からアドバイスをうけました。息子は以前は万引きなどの非行がひどかったのですが、「友達に裏切られた」とかいうことをきっかけに学校を中退して、今ビデオ、マンガ本、ゴミの中で生活しています。斎藤先生からは、「家族に別な問題を持ってくればいい」、夫婦げんかをするとか、そういう問題を親が起こすのが一つの解決策だとアドバイスを受けました。今日の問題は、ちょっと違う問題です。

 先生の期待通り、夫婦仲にひびが入りまして、別居を考えています。別に先生のせいじゃないんですけれど、まあ、そこに至るまでの「家族をみんな嫌いになっていっちゃう私の性格について」ご相談したいのです。

 まず、私の育った家族ですが、父、母、きょうだいは4人で、私が一番上で長女です。父は、商売をしていて結果的には店を大きくしたから成功だとは思いますが、女癖が悪いし、生活がだらしなくて、母は大変苦労させられてきました。商売には夢中になる父ですが、家は留守にしがちで、経理とかいろんなことを母に任せています。母のあざ--父から殴られたあとだと思います--だらけの顔とか、泣いてる姿を見て私は育ちました。母の愚痴の聞き役もしっかりやってました。

===
 私が結婚した後も、父の女ぐせはなくなりませんでした。私はそんな父を「いやだな」と思っていたんです。
 そうしてまず父と仲良くなれませんでした。そして次に私が切り捨てちゃったのは、弟です。弟は高校の頃、私の息子と同じように引きこもっていて、その後仕事には就いたのですが浪費がひどくて、親を脅してお金をとっていくので、私が注意しましたら、かなり乱暴されました。それ以来ほとんど会っていません。
 その次は母です。今から10年くらい前ですけれど、教員をしていた私の夫が、私の実家の両親に説得されて店の後継者になることを引き受けました。そのとき母が、父と一緒になって、私の夫に「後継者になってくれ」といったのが、私としてはとても不本意でした。母は「お父さんと一緒に仕事をするのはとても大変だ」「子どもが20歳になったら離婚するわ」とずっと言ってきたのに、なんだってそういう大変な商売を私の夫にやらせようとするのかと、許せない気がしました。それでその後から母との関係があまりうまくいかなくなりました。
 今度は私の息子たちです。子どもは3人いるのですが、上の2人が夜遅く帰ってきたり、万引きしたりしてます。

 私の夫は大変優しくて、私が何かやりたいということは何でもやらせてくれますけど、私からすると、子育てがうまくいかなくなったときは、「頼りない」というか、もうちょっとしっかりしてくれればいいのになとか、思って何回か責めてきました。本当は私自身が子どもたちを包み込むことができなかったからこうなったんだとはわかってるんですが。最近またそのことで夫と言い争いをしたときに、「おまえは女王様だからな」とか「私がいるといやな気持ちになる」みたいなことを言われて、ちょっとこれだとこの先やっていけないな、別居した方がいいんじゃないかなと思ってます。
 ということで、こんなふうに家族を次々いやになって切り捨ててしまう私のこの性格が、いったいどういうものなのか、この後、どういう関係を持っていったらいいのか、ご相談したいんです。
(続く…)

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2006年02月24日

捨てていってしまう私(2/2)

(続き)
image060224.jpg斎藤:お子さんの中で、悪いことする子が16歳と14歳で、末っ子は10歳でしたっけ。10歳の子はまだ、ゴミの中に埋まってるような状態じゃないんですね。それで別居というと、10歳の子だけ連れて行こうかな、なんて思っているわけ?

 ──ええ、そうなんです。学校を変わるのはいやがってますし、近くで連絡とれるようなところで生活しようと思ってます。

斎藤:ふむ。みなさんが自分の家族や自分自身の問題を考えるときに、自分を責める形でものを考えている時は、たいてい間違ってますね。そうなるとやることはうまくいきません。あなたの場合も、「私に問題があって、だから弟もお父さんも、子どもたちも、お母さんもこうなってしまった、そして夫も」というのは、ちょっとおかしいんじゃないかな。あなたは一生懸命やってきて、やれるだけのことやって今に至っているんでね、そういう自分に自分が優しくならないと。とにかく自分がやってることを許しながら先のこと考えないと、何やってもうまくいきませんよ。実際、自分でも一生懸命やってきたと思うんでしょ。

  ──はい。

斎藤:精一杯やってきて。で、今あなたが捨てなくちゃいけないものと、捨てちゃいけないものをはっきり分けることですね。
 今あなたは周りのものみんな捨てちゃいたいような気分になっているそうですが、聞いたところ、10歳の子は捨てたくないみたいですね。ですから結局は拾っていきたいものもいっぱありそうだ。いま、「私が捨てたんだ」とおっしゃったものの中で、「これは拾っておいてもも良かったかな」と思うのはどれですか。16、14,10はみんな捨てるわけには行かないんでしょ。どれなら拾ってもいいですか。

  ──本音は、全員と仲良くなりたいんです。

斎藤:夫は、子どもが学校へ行かなかったり万引きすることに関してあなたに向かって「おまえが悪い」というのですか。

  ──いいえ。そうは言わないのですが、上の子が新たに悪いことしてくると、私がむかむかっときて夫を責めたりするんです。すると、そのいらいらがしばらく続いていて、「しゃべり方が怒ってるみたいだ」とか「何でも俺のやることにはけちを付ける」って、夫が言うんです。

===
斎藤:いいじゃないですか、前にも行ったように、こういうごたごたはご夫婦の間で多少はあった方がいいと思うんです。そうじゃないと、夫婦の間に何のコミュニケーションもないことになってしまいますからね。いやなことがあったときに、夫婦の間でだけ温かい会話があるというわけにもいかないてしょ。イライラをぶつけることはあって当然と思いますが。だけど、言いかたというものがありますよね。本気で罵られると相手もたまらなくなるでしょ。「これは演技よ」というわけにはいかないものですかね。「斎藤先生は、夫婦のごたごたで家がぐらつきだしているくらいがちょうどいいっていったけど、少しやってみる?」って。

 つまり、別居の試みですよ。今あなたがおっしゃったこのは「全部かたづけてしまいたい」そして「人生をリセット」したいということだと思うんです。無理もないと思うし、おやりになってもいいが、実際に夫とゴタゴタしてから別居というプロセスを取るとくたびれますからね。だから「結果としての別居」を先にやってしまう。子どもたちには「とてもあの夫とは一緒にやっていけない、お母さん別居することにしたから」といって、あなたは別の空間を持つ。で、夫は時々「母さんが心配だ」とか言いながらあなたのところへくる。つまり子どもたちとは別に夫婦の場所を設定するわけです。まあ、夫婦喧嘩どころか夫婦だけの親密な関係を作る方向への動きですが。結果としては「子どもたちとの間に充分な距離がとれる」ことになります。このように生活していると、子どもの部屋に盗品らしき高価なものがあるということに気づかずにすんでしまう。そういうものを見るからイライラするので、見ない方がいい。そうすると子どもたちへの嫌悪感もなくなるから、ときどき出会う長男や次男と温かく接することができるようになる。以前にも申し上げたと思いますが、「非行する子」は「引きこもる子」よりずっと扱いやすいのです。非行する子は「世の中の掟」に向かい合いたい子ですから、いずれ警察権力との対決という形で「厳しい父」と出会うことになる。その「厳父」の役割をあなたが担おうとしても無理です。無理で無効果だからあなたはイライラする。「厳父」の役割は亭主のものでしょ、と思うから夫にもイライラする。この辺を家族のレベルで留めたいと思うから問題が解決しないのですよ。盗むことの責任を問う仕事は社会にしてもらいましょう。警察の少年課あたりの出番ですかね。あなた自身は笑顔の慈母を演じていればいいのです。

 それは決してあなたが子どもを「捨てる」ことじゃないのですよ。「手放す」ことです。手放すとは、子どもの活動エネルギーの増大にそって距離を遠くすることですから、逃げることでもない。上の二人のお子さんたちは、もうすでに、自分の生活をコントロールするお母さんを必要としていないのです。これを子ども側からみれば、「お母さんという統制してくる魔物を追い出すためにエレキギターや携帯電話を盗む」ということなのでしょう。せっかく子どもたちがそれだけ「努力」してくれてるんだから、別居してあげましょうと言うことで、離れるわけです。そのときに、夫や一番下の息子は大切なものだから一緒に連れて行く、あるいは出入りを許す。「上の2人は、来ちゃだめ」という。でも、どこかで二人と会うときはニコニコして優しい母を演じる。
 こういうことで、多分上の息子二人の窃盗問題は消えて行くでしょう。「別居」をするなら夫婦喧嘩はするまでもない。夫は捨てない方がいいんじゃないですか? 

  ──はい。そう、思います。

斎藤: あなたをみてると、ずいぶんしっかりとやってきたような気がしますよ。
 あなたは母親を「切ってしまった」というけれど、お母さんが実質的に切り盛りしている事業に、大事な夫まで提供して、結果としては、すごく「いい娘」を、やりきってますよね。
 このままだといい娘で終わってしまうから、母親に捧げた夫の一部をあなたの手元に取り戻す必要があります。
 「切り捨ててきたんだ」というあなたの受け止め方が気になりますね。自分を責めているみたいで。そんなふうにお考えにならない方がいいんじゃないでしょうか。

  ──でも、「自分の親が大嫌いだ」なんていうのは、ふつうの人に話したら理解してもらえませんし・・・

斎藤:お母さんを殴る父なんか嫌ったっていいですよ。女癖が悪くて、女に子ども生ませてお母さんに世話させたなんてね、とんでもない。十分嫌ってあげてください。弟さんはあなたの髪の毛をむしって乱暴した人なんだから、こんなものとの関係は捨てちゃっていい。そしてそういう人たちを嫌う自分に罪悪感を持たないでください。
 あなたはご実家に充分つくしてきました。お母さんに全生活を捧げているくらいです。夫まで捧げた。それで、「ちょっと与えすぎたな」と思うのも無理はない。あなたはお母さんが好きだったからそうしたんです。お母さんが不幸な顔をしてるのがとっても苦しかったのでしょうね。

  ──「跡を継いでくれ」と夫が言われたときには、私だけは猛反対したんです。夫が、「おれも事業やってみたいから」と言い出したので仕方なくて・・・

斎藤:反対し通すことができなかったのは、お母さんの愚痴の聞き役をずっとやってきて、お母さんの不幸を何とか和らげてあげたいという気持ちがあったからだと思います。だから、ちょっと大事なものだけど貸してあげるわ、っていって貸してあげちゃった。でも貸したら取り戻したくなってきた。それが、お母さんへの嫌悪感の正体だと思います。あなたとお母さんとの関係の中で感じるものと、あなたとお父さん・弟さんとの間で感じるものとを、「切り捨てた」と、同じ言葉で表現するのは適切ではないでしょう。弟を捨てたことと、お父さんを捨てたことと、お母さんに悪意を感じるようになったこととは同じことではありません。夫との間で違和感を感じるようになったことも、あなたとお母さんとの関係と同じではありません。夫の関係をより良くするためなら別居でもなんでもしましょう。お互いに愚痴を言い合えるほどに夫婦仲が良くなれば、子どもたちの問題もいつの間にか消えてしまいます。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布

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2006年03月13日

夫を殴ってしまう(1/2)

相談者からの質問

image060313.jpg 私は1年半ほど前に、親から逃げて上京して働いていましたが、夫に暴力を振るってしまう癖があるのです。最近、数週間前くらいから仕事の面でいろいろ混乱することがありまして、それ以来、よけい夫に暴力を振るうようになりました。

 暴力を振るうと、自分がいやになります。私の悩みには全く罪のない夫に暴力を振るうよりは、何とかそのパワーを自分の方に向けれないかなと思って、いろいろやってみたのですが、結局は自分には向かわなくて、モノに当たることもなく夫にだけ暴力を振るってしまう。こんな自分が消えてしまえばいいのに消えることもできなくて、振るいたくない暴力のなかにどうしてふるってしまうんだろうと悩みます。そんなことばっかり考えているので、煮詰まってしまい、もう考えたくないのですが、考えてしまいます。

 私は、暴力を受けた経験も見た経験もない中で育ってますので、どうして暴力が出てしまうのか理解できないんです。先生の本を読んで考えてもわからないんです。
 こんなこと聞かれても斎藤先生も困られるかもしれませんが。

===
斎藤学からの回答

斎藤;いえ、そう困らないですよ。なぜかっていうと、やってくる相談の10件のうち1件はそういう相談だから。

 しかし不思議だよね、男は女房のことひっぱたいたり蹴ったり、言葉の暴力とか殴るまねとかいろいろやってるのに、全然自分からは「女房に暴力ふるってしまうので困る」って言ってこない。あなたみたいに「自分を傷つけた方が楽なのに」なんていう夫はいませんよ。妻の方は実数からいったらそういう暴力ふるう人は少ないはずなのに、その割にはたくさんここにおいでになる。私が不思議だと思うのはその点でね。でもまあ、だいたい理由は分かってます。男は暴力ふるってもいいと甘やかされている。妻の方が暴力ふるわれたといって逃げない限り問題にならないし、自分でも気づかない。しかし女たちは自分が暴力ふるうとそれを苦にして「私はなんてひどい人だ」っていって苦しむわけです。ここに問題のポイントがあるんです。

 基本的に夫婦とは何ですかといったら、「居酒屋のアル中2人ずれだ」と思います。夫婦とはみんなそうです。早く酔っぱらった方が勝ちで、そうするとしらふのままのほうが金をはらったり、相手を担いで家に届けたり、もう何から何までやらなくちゃいけない。ふつう居酒屋のアル中2人のゲームは、男の方の勝ちで終わるんです。それは社会が男の方に肩入れしてるから。女が子どもがえりした夫のことをなにくれとなく世話を焼くというのが、家族の中の役割となってる。あなた方の夫婦というのは、それが逆になってて、奥さんの方が酒飲み競争に勝ったみたいな状態ですね。夫の方は、奥さんが子ども帰りするたびに親の役わりをとってるという、そういう家族なんです、これは日本の家族の中では圧倒的に少ないパターンです。少ないうちの1人だから「自分は変なんじゃないか、周りにそういう奥さんはいない」と思ってしまいがちなんです。

 だけどそんなことありません。さっき、同じような奥さんが私の面接室にきていて泣いていました。きのう、彼女は1年まえに出ていった夫との離婚が成立したんです。この1年というもの、彼女は相手への怒りと相手のけちさ加減に怒り狂って、それこそ夫をぶっ殺してやろうという気分も起こっていた。だから今となっては「夫に一言挨拶したい」といっても裁判所の調査官も裁判官も会わせてくれないんだって。危険だから。

 それで最後に、裁判官が当事者二人の意見を聞くという儀式めいたプロセスがあるんです。そのときに夫と妻の間にそれぞれの代理人が入って、判事の前に4人くらい横に並んで、判事が離婚の条件をいちいち読み上げていって、「これでいいのか、本当に離婚でいいのか」ってきいたら、夫の方は「はい」ってこたえた。「で、奥さんは」ときかれたら、彼女は泣くだけで何も言えなかった。そうしたら彼女の弁護士が「この人は泣いてるだけですから、ハイと言ってるのと同じです」といったそうです。

 でもそうはいかないということで裁判長がもういちど「あなたご意見は」とききましたら、彼女はいきなり立ち上がって、夫の前にいっちゃった。彼女は「暴力妻」だから、みんな驚いて遠ざけようとした。夫も立ち上がった。そこで彼女は彼に何をしたかというと、「この5年間、愛してくれてありがとう」っていって抱きついたんだって。よく夫は逃げなかったですよね。そういったらば、夫はハグを返したんだって。そのとき夫も涙があふれさせていたそうです。「がんばれよ、がんばれよ」って繰り返し言いながら。そういう離婚劇をして、今日ここでその話をして泣いてたんですけど、考えようによっては、これほどの残酷な別れもないね。相手の男に対して。一発ひっぱたいてやった方がよっぽどサバサバするね。「やっぱりあれは暴力女だった。別れてよかった」って思えるから。でもこうなったら、夫の方は「しまった」と思ってしまう。

 どうしてそうかというと、その男性、そういう女性が好きで一緒になったんだもの。その女性の持ってる行動の端々に現れる子どもっぽさ、自分をしきりに頼ってくる、頼りなげな風情、そういうところに惹かれて一緒になったわけですから。そういう男のことを「おっぱいを持った男」というんですよ。この種のおっぱいを持った男は、日本の青少年のなかに増えてるね。「母さん男」。だからこのごろ暴力妻も増えてきた。

 で、「どうして私はこうなっちゃうの?」ということについていえば、あなたは夫を愛してるからよ。愛してて、自分のこと何から何まで理解してくれてるはずだと思うのに、でも夫は別人だからあなたが言わないことがわかるはずがない。だから、「全部わかって」と思うあなたとしては腹が立つわけ。

 でも、こういう感情を持てる「おっぱい男」はそうそうざらにいないんです。20〜30人に1人かな。だからそれがそばにいるんだから、丁寧に使い込むことをお勧めしますね。それには少し、暴力衝動を抑えなくちゃいけない。暴力を使わない子ども帰りなら許されるんですよね。むしろ夫の方で何でもしてやろうというくらい、愛しく思ってるんだから。だから「愛して、かわいがって、抱いて、こっちだけ見て」ってこと、言ってかまわないんですよね。言ってますか、ちゃんと?

 あなたね、自信持っていいですよ。あなたをその人は選んで一緒になって、そして、一緒にいたいんです。だってそうでなきゃ、女房にひっぱたかれながら居ついてないよ。ふつうは、その逆になってね、女房が経済力だけを頼りに夫と一緒にいるという悲惨な状況が多いんですから。

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2006年03月14日

夫を殴ってしまう(2/2)

(続き)
image051014_3.jpg 女が暴力をふるう側になっている場合、夫婦関係を引き留めているのは経済力の問題じゃないんですよ。引き留めているのは愛です。そこに信頼を持つことですね。普段からこうしてほしい、ああしてほしいということを夫に言うんですね。おねだりは、決して悪いことじゃない。おねだりの停止は怒りの爆発に結びつく。

 ──でも、「おねだり」し出すと際限がなくなってしまいます。

斎藤:際限がないものなんです。おねだりというのは。いいんです、それで。ただ、「心を読め」とか「言わないでも自分が思ってるとおりにしてくれ」とか、そういう要求はだめです。だからおねだりを重ねろと言ってるんです。愛が暴力に変質するとき、変質させるバイ菌は何かと言えば、自己評価の低さでしょうね。自尊心の欠如、ないし劣等感。「あたしがそんなふうに人に大切にされるわけがない」「こいつは裏がある」「もしかしたら私を好きになるなんて、重大な欠陥があるんじゃないか」とか。あるいは「私を好きになるなんてバカなんじゃないか」とか。これは自尊心の欠如ですよね。

 ですから自分自身が自分に優しくなることが必要です。しかし、自分が自分を好きになるというのは、そう思おうと思えばできるというような簡単なモノじゃありません。相当努力しないと好きになれません。一番簡単な方法は、紙に自分の長所を書いてみることです。家に帰ったらすぐやってみてください。でもきっとあなたは、書いてみても書けないと思う。悪口なら20も30もさーっと書けるっていう状態なんじゃないでしょうか。自尊心が欠如してるんですね。

===
 だけどなんとかそれを一生懸命書いて、3項目でも5項目でも書いたらば、それを毎日朝晩、声を出して読む。書きっぱなしで読まなでいると、そのうち紙くずに紛れて捨てちゃいますから、それを毎日、正確に、書いたとおりに声に出して読むんです。それだけでいいです。「そんなことで自尊心なんか上がるわけない」と思うかもしれませんが、やってみないでそう思っちゃうのは良くないです。やってごらんなさい。確実に良くなりますから。で、3個あれば、1週間も3個の「いいところ」を見てますとね、「これも入れていいかしら」って、4個目が見つかる。5個目から8個目まではさささっとでてきちゃって、で、2週間もたつうちに30個くらいになりますよ。最初は簡単だったのが、30くらい読むのは結構大変ですからね、「なにを独り言いってんだ」なんて夫に言われたりして。長い自分の長所に関するリストができる頃には、あなたと夫との関係はずっと良くなってます。

 でも私、今こんな話をしていてなんだか虚しいんです。だってきっとあなたはやらないだろうなと思うから。やれば効果があるんだけどやらないという人が多いですね。自尊心が低い人のそれが一番の欠点でしょ。「どうせ、私が何やったって利かないわ」というかたちの自尊心の欠如の現れですね。

image060314_1.jpg ──本当は殴りたいのは夫じゃなくて、他の人なんです。

斎藤:わかります。殴りたい人は別にいるんだって感じはね。それは多分親ですね。

 だけどそういう時に、「殴る相手を間違ってる」という意識があって、たとえば「本当は親を殴りたいのに夫を代わりに使ってしまってるんだ」という意識をあまり強く持つと、自分の評価が下がっちゃうんですよ。自分の行為についてあなたの理解が進んでいるからこそあなたの力が弱くなってしまうんです。あなたが殴りたいものというのは、いまの夫の中にちゃんと姿を現してるんだから、殴りたくなるのはしょうがない。まあ、殴られる方はたまったもんじゃないですけど。

 親の代わりを夫が演じてくれてるんだという意識を持つことは、夫への暴力は減らせるはずですよね。でも夫に「本当はあなたをぶちたいんじゃないんだよ」とぶたれた後で言われたって、夫にはあんまりわからないと思う。彼がだいたいあなたに惹かれた理由は、そういうあなたの、にっちもさっちもいかない苦しさだったんじゃないでしょうか。で、いまあなたがそのぐるぐる周りから抜け出すためにはですね、さっき言った夫婦の別れの場面を思い出すといいんですよ。つまりね、あなたが殴りたいモノを殴ってしまっては、あなたはその関係は得られないんです。

 例えば、ほしいのがお母さんの愛や理解だとすると、お母さんのことは抑制して殴らない。それで「お母さん、いっぱい愛してくれてありがとう」というようなことを言える心境に自分を持っていくと、お母さんは混乱するわけです。あなたがいい子をやったら、「何か含むところがあるな」と思って気味悪がるんだけど、本気になって「お母さんありがとう」とやっちゃうと、お母さん混乱して「いやあ、至らない母で申し訳なかった」かなんか言い出すんです。

 ──至らない親、当たり前だ!

斎藤:今さら言うまでもないって? でもそう思っちゃうとおもしろくないじゃない。ゴジラがひよこに変わるみたいな変化は見てみたいものでしょう。ひっぱたきたい人をひっぱたいていたって、むこうは「ひっぱたかれるな」と思ってるんだから驚かなし、何も変化しないいでしょう。

 ──私がひっぱたきたいと思ってるとは、親は思ってもないと思います。

斎藤:ああ。思ってないならひっぱたいでもいいかもね。一回くらい。そうだとすると、夫との暴力でそのエネルギーを消費しない方がいいですね。赤穂浪士の討ち入りみたいな感じで、ためにためとくんです。やっぱりひっぱたくためには理由がいるでしょう。その理由づくりのために半年か1年かけるんですね。準備して「遺恨覚えたか」とかいって撃ちかかる。

 あなたのお袋というのはどこに住んでるの? ・・・じゃ、3時間も新幹線に乗ればポカッとやって帰ってこれる距離なんだね。
 お母さんと関係は持ってるんですか。電話かけたりとか。

 ──電話しないと怒られるんです。したくないのに。

斎藤:お母さんすごいね、猛々しい人だね。どうしてあなやはそんなにお母さんに手綱握られちゃってるわけ? 

 ──わからない。

斎藤:そうか。ちいちゃいとき、いじめられてるとそうなるかもね。子どもって、いじめられればいじめられるほど、お母さんになつくんですよね、従順な子になるんですよ。

 だからこれからみなさんに孫が生まれたら、子どもに言ってやったらいいですよ。「子どもはいじめて育てろ」って。そうすると親を捨てる子にならない。アカゲザルの実験でこんなのがあります。脳の扁桃核という情緒をつかさどるところを摘除しちゃったサルは、子育てができないんです。そういうサルに育てられた子どもは、踏んづけられてもけ飛ばされても、母ザルを必死に求めちゃうんですよね。それで結局踏みつぶされたりしてお母さんに殺されます。ほとんど育たない。健康なお母さんのもとにいた子ザルの方が、危ない目にあったらすぐに逃げるんです。

 人間の子も、児童虐待のトラウマを受けている子の方が、いつまでも「親だ、親だ」といってますね。親を恨むのも、親を愛するのも同じでしょう、エネルギーとしては。「親だ親だ」といってると、いつまでも子どもやってられるから、もう一回子どもとしてやり直せるんじゃないかという幻想を持ってしまうのね。

 でも私は子どもをもういちどやりたくないですね。子どもっていうのは欲しいものが自分で買えない。買ってもらわなくちゃいけない。あんな時代へ私は戻りたくないですね。でもみなさんやみなさんの子どもの中には「子どもじゃなきゃいや」っていう人がいるかも知れませんね。大人の方がずっと楽なんですがね。ただし大人には一つだけ問題がある。寂しいことです。自分で何でも方針を決めて動かなくちゃいけないから寂しいですよね。ここさえ耐えられれば、子どもの苦しさはもう味わいたくないと思います。あなたも早く大人になりなさい。見切ってしまうと「お母さんなんて、なんだただの婆さんだ」って思うようになるでしょう。

 私がいまま見た中で一番すごい母だと思ったのは、念力でその子に頭痛を起こさせる母でした。その人は地方から面接に来ていましたが、いろいろとお母さんの話を私の前でして「こうして母の悪口を言えば、必ず私は苦しむんですよ」っていっていました。案の定、彼女は帰りの列車の中で頭痛や吐き気に苦しんだそうです。そのお母さんは薬局を経営してたんですが、今日は売り上げが悪いな、頭痛薬を売りたいなと思うと、子どもだったその人を横において「みててごらん」ていって、「うーっ」と念力をかける。すると頭が痛くなったお客さんがわーっと来るんだって。それから「今夜は鰻重が食べたいね」というと、鰻重をおみやげに持った人がやってくるんだって。その人は30歳を過ぎている人ですよ。それなのに「うちの母は怖い」と本気で恐ろしがっていました。でもそれから2年くらいたって、今ではその人、お母さんのこと「なんだあのババア」って言ってますよ。この人のことは少しデフォルメして『アダルトチルドレンと家族』(学陽書房)の中に書いたので、読んだ人もいると思います。あんまり強く親の影響を感じすぎちゃうと、別の人生が歩きにくくなっちゃいますよね。
 お母さんとの対応については、また聞かせてください。どうもありがとう。くれぐれもご主人をご大切に。

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2006年03月20日

婚家先もいやだし、実家もいや(1/3)

相談者からの質問

 私は今、地方の兼業農家をしている夫の実家で、夫の両親、夫の妹とその子どもと一緒に6人で暮らしています。
 宗教に凝り固まった姑と、私にも優しいけれど姑の言いなりになっている夫との暮らしの中で、従順な嫁にはなりきれず、今別居を考えています。しかし経済的にも、自分の精神の問題もとても不安です。私には過食嘔吐の問題があって、以前は大学病院にかかっていましたが、
 最近になって、西尾和美先生のワークショップや、麻布のオープンミーティングに時々参加するようになりました。
 私の実家は事業をしていて裕福ですが、この先父が老いてゆけばどうなるのかわかりません。

 私のバックグラウンドをご紹介しますと、私の実家は、祖父の代から事業をしていましたが、祖父はアルコールの問題があって、私が生まれてすぐに亡くなりました。祖母には持病があって寝たきりで、母と私がいつもつききりで看病していた記憶があります。

===
 父はエリートですが、友人の中で一人だけ東大卒でないことが多少コンプレックスで、それをバネに海外留学し、アメリカの大学院を2つも出たことが自慢です。自分の弟の父親役もこなすような人です。

 母は、近所や親戚からは良妻賢母の鏡のように思われています。宗教にすがっています。嫁にくるなりお手伝いさんのようにつかえてきました。

 私には兄がいるのですが、一人はそこそこ父の期待通りに育ち、今、海外で暮らしています。下の兄は不登校から引きこもり、薬物中毒になって、家でも暴れたりしていましたが、今では父の跡を継いでいます。

 私は、祖母の看病に、突然父が連れてきた来客のもてなしまで、母の手下のようにいつもついて手伝っていました。お稽古ごとをこなし成績も優秀だったのですが、いつも、自分の学力は本当は自分のものではないように感じていました。高校は、地元の有名校である父の母校を受験したのですが、当日頭が真っ白になってしまい、不合格になります。父はPTA会長をしていたので、娘が入ってもいないよその子たちの前で「みなさん、入学おめでとう」といわねばならなかったので、私はひどく罪悪感を持ちました。滑り止めの高校には行かず、浪人して、その父の母校に進学しました。

 高校時代に、父が選挙に出馬しました。私はなんだかいやだったのですが、父のために、宣伝カーに乗ったり、有権者に電話を駆け回ったり、挨拶回りで、人の家の便所の掃除までして手伝いました。選挙費用に不動産を手放したり、大変な出費でしたが、落選しました。

image060320_1.jpg 大学受験で上京したときには、そのころ引きこもりで悩んでいた兄の「外出の練習」ということで、受験だというのに、兄を連れて行ったりしました。けれど、父の満足するような大学には結局は入れなくて、その名誉挽回という気持ちもあって、就職はがんばり、有名企業に入って、営業部で、休日返上でがむしゃらに働きけっこう優秀な成績を上げていました。
 仲間にも疲れた顔を見せちゃいけないという気持ちがあって、いつも気を張り、部屋に帰ると緊張をゆるめて「自分にご褒美、ケーキ10個!」とかいうことをやっていました。そして過食にはまり、苦しくなってやがて退職しました。

 父の事業を次ぐ者がいないということで、帰郷して、私はそこでもがむしゃらに働いて、そこそこいい成績を上げましたが、毎晩会社の管理人室で寝泊まりして、周囲にはにこにこして、ストレスが相当高まり、過食が悪化します。やがて身の回りの者、音楽、テレビの音、本、つり広告などがすべて人間の欲望のように感じて、苦痛で目が開けられない状態になりました。そうしているうちに、下の兄が家に帰って父の事業を次ぐことになりました。そうすると今度は今まで自分が切り盛りしていた仕事で上に立つようになった兄を、今度は張り切ってかばうようになりました。
(続く…)

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2006年03月22日

婚家先もいやだし、実家もいや(2/3)

からの続き)

image060322_1.jpg 過食が進んで大学病院の肥満症外来にかかり、勧められて精神科にもかかりました。肥満などという情けない状態で病院のベッドを占領することがたまらなくいたたまれなくて、院長回診の時などじっとしていられませんでした。早くNABAにつながりたかったのですが、拒食することさえできずに見苦しく太ってゆく自分がいやで、トレーニングを積んだ結果3か月で30キロ落としたのちに、やっとNABAに連絡しました。
 ですが、その後過食がまたとまらなくなってしまいます。うつになって閉じこもり、仕事ができなくなって、しばらくしてから見合いをして、現在の夫と結婚しました。
 お見合いは2人だけだったので、私は正直に摂食障害のことをうち明けました。すると、夫が「よく頑張ってきたね、僕も実はカツラなんだ」といってくれました。夫はたくさん見合いして失敗してきたところでしたが、私を見て、「この人は自分が守ってあげなくては」と思ったそうです。私は「これほど条件の悪い人なら私にはお似合いだ」という気持ちで、いい人だけど本当に好きとは思えないまま結婚しました。

===
 私は恋愛経験にもあまりいい思い出がありません。小学生低学年の頃、年上のいとこが「新婚さんごっこ」といって、私の下着をおろして性器をさわったことがありました。そのときは何とも思わなかったのですが、だんだんいろんなことがわかってくると、自分がすごく汚れている気がしてきました。大学時代に恋人ができたのですが、相手の学歴を心の中でバカにしたり、自分に好意を持っているということ自体をバカにしたりしてうまくいきませんでした。つきあったひとがいたのですが、自分の身体が汚れていると言うことが気になってセックスできませんでした。

 結婚したものの、姑とは考えが全く合いません。意見を言っても絶対に聞いてもらえません。家事も「一切手伝わなくて良いわよ」という形ではあるんですが、自分お好きなようにしたいとか、気に入らないところを自分で手を加えたくても、手出しは許されないで、「やってくれてありがとうございます」と感謝しなくてはなりません。私たちの寝室のベッドの位置を姑が私の留守中に変えてしまったことがあったのですが、そのときも「北枕を直してくださってありがとうございました」と言うしかありませんでした。姑は自分の姑(夫の祖母)の愚痴を私にこぼし続け、切れ目なくしゃべるので、1日2,3時間くらい聞いてやらなくてはなりません。そのあとまたどっと過食がひどくなるのです。

 実家の手伝いは相変わらずしていますが、今、兄が結婚して兄嫁も会社に入っています。兄嫁は学校も中退してずっと兄と同棲してきた人なのですが、父は「兄が悪くなると手がつけられなくて怖いから」といって、兄夫婦をとことん甘やかし、兄夫婦が私のつとめぶりを「怠けている」といいだしたときも、一緒になってわたしのことを「遊び半分だ」と非難しました。とても悔しかったです。父は私のことはよく怒鳴りつけるのですが、兄夫婦には一切声をあらげません。

 夫は就職も家を建てたのも、全部両親や姑の信じる宗教関係の人の言うなりに決めてきた人ですけれど、私のことは「宝物だ」といってくれますし、捨てたくはないなと思っています。

斎藤学からの回答

image051014_3.jpg斎藤:たいへん優秀でエネルギーがある人なのに、エネルギーが無駄遣いになっちゃって、かえってそれで自分が傷ついています。だけど、あなたのエネルギーを全部使うとしたら、なまじっか裕福な実家や、愛してくれる夫はじゃまですね。

 しかし、そうしてあなたのエネルギーを全開にして、さてどこへ行くのかと言ったら、結局ぐるぐる回って元の位置に出るだけかも知れない。「自分がまともになって、何をしたらいいのかがわかれば」というけれど、そんなことなかなかわかりませんよ。あなたの自己評価が低いままではね。

 あなたは自分でおっしゃっていますが、あなたはどこかの場に入るとどこでも必ず「ヨーイドン」て競争始めちゃうんですね。何もあなた自身がそうしたくてしてるんじゃなくて、小さい頃からそう強制されてきたからなんでしょうけれど。例えば誰かのワークショップに行っても、たぶんあなたは、主宰者の一番弟子にならないと気が済まなくなる。でも例えば西尾さんのワークショップには常連の人たちがたくさんいますから、そういうの見ると、なんだか悔しくなって、ワークショップ全体を否定したくなってしまう・・・そういうタイプの人ですよね、自分でもそうお思いになるでしょう。そこらへんのことを精算すれば、あなたのエネルギーも有益なものになってくるんですが。あなたはきっと、そうなるまでに何年もかかるのではないでしょうか。

 どうでしょう。離婚する必要はないと思うけれど、やっぱり姑はじゃまですね。自分と姑の関係は、築き上げたり、破綻させたりというような大げさなものにしてしまわない方がいいですよ。それが私のお薦めです。無理に振り払って抜けようとすると、関係はかえって、一時的にではあっても深まるでしょう。ですから距離をとってしまうのがいいと思います。
 夫は一本立ちして仕事ができる職業をお持ちですよね。ですから親元を離れることも可能でしょう。それなのに「母といっしょにいる」ことを決める夫であれば、それはもうあなたとはご縁がなかったということになりますね。「宝物を手放さないために母とは離れて暮らす」ことを決める夫であれば、あなたにとっても姑にとってもいいことです。

 娘と息子を持っている女性にとって、大事なのは自分が生んだ娘の方です。息子の嫁なんて、本当は持ちたくない。最近ではもともとあったこうした母系の考え方が、むしろ顕わになってきましたね。本当言うと、いわゆる「外孫」の方が、息子の嫁が産んだ子よりもかわいいんです。だからあなたがそこにとどまって子を産んでがんばって子育てしたって、姑、小姑との確執は深まるばかりでしょう。あなたはエネルギーがあるから、きっとそのうち大爆発を起こすでしょう。それがわかっているなら、今のうちにあなたは、自分の住みたいところに住んで自分の好きなことをしてしまった方がいいでしょう。従順な嫁やろうとしてもうまくいかないでしょう。

 そこで次に、実家のお父さんの問題が出てきます。あなたがそうして実家のスネを囓ることを許すか許さないかということです。裕福な実家のスネなんて、囓ったっていいんです。子供さんの立場の人の前では私はそういいます。親御さんたちの前では、「囓らせるな」といいます。これを私は「スネをめぐる戦争」と言います。親子双方の緊張関係の中で、それぞれの成長がもたらされるんです。
(続く…)

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2006年03月23日

婚家先もいやだし、実家もいや(3/3)

からの続き)

060323_1.jpg きちんと「子ども」をやって育った人は大人になって甘えられます。「未熟者」っていう非難がありますが、おねだり可能ということは人間が人間らしく生きられることの必須条件だと思います。
 おねだりが可能じゃない状態というのは、自分の力以上のことを自分一人でやろうとしますので、失敗したり閉じこもったりする人生になります。一見、まじめな主婦やサラリーマンやってる人の中にも、いかにこういう人が多いことか。その子どもたちも、親の人間関係上の無能力を引きずります。
 そういう大人を作らないためには、「子どもは要求するもの」という感じで親が構えていた方がいいですね。ただし、供給を遮断して子どもを怒らせることも親の仕事ですからね、そうして子どもたちが「もうこんなところにいられない」といって出ていくことになるのを耐えるのも仕事です。

 1年やそこらでは、あなたはきっとかわらないでしょう。代わっちゃったらあなたの本質的な良いところも変わってしまいますものね。そんなのいやでしょう。あなたの中にあって、自分で気がついていないような良い部分をたくさんさがして、探すのに成功すれば、あなたは多少今より変わった人に見えるかも知れません。

===
 あなたの体重が何キロだろうと、そんなことに関係なくあなたが自分の中でできる仕事は、自分の特徴探しなんです。「自分という車」の性能、特徴をわかっていないで「もっと大きな車が良かった」なんて言ってるんじゃダメですね。
 あなたのお話を伺っていると、大半が評価に関することばかりです。どこの大学がどうで、進学校がどうで。これはあなたがしゃべってるんじゃなくて、お父さんがあなたに乗り移ってしゃべってるようなものです。あなたの中に住み込んでいるお父さんを自覚してお祓いをしていくことをしなくてはなりません。これにすくなくとも2、3年はかかるでしょうね。また気づかないうちに、このお父さんが顔を出してしまったら、あなたの、周囲の人たちをバカにしてしまうという人生はまた繰り返されてしまいます。
 何よりたちが悪いのは、あなたを認め、尊重し、愛してくれる人をバカにして捨てることです。自分が恋するに値する人、尊敬するにあたる人は自分をバカにするに違いないって言う、「神と奴隷」の論理。これを治すにもまた時間がかかるでしょう。

 あなたが30代半ばまでに人生の転機を本格的に経験したいんだったら、ほとんど毎日をこの麻布の周辺で暮らすことにしなくちゃダメでしょうね。田舎から月に何回、なんてことやってるようじゃ、話になりません。

 ただし、上京してここ(さいとうクリニックやIFF相談室)へ来るようにしても、結局1年間、下宿にこもって食べ吐きして過ぎちゃった、なんて人もいますからね。でもまあ、それもお好みでしょう。誰もあなたがまじめに通ってこないなどと言って追求したりしません。ここのプログラムや、スタッフの誰かに興味を持って、来ている仲間の中から友達を見つけたりしていかないと、変われないんじゃないかな。

 あなたのお話聞いていて、これは「リヤ王」だなっておもいました。お父さんは年老いてきて、リヤ王になるでしょう。あなたが羨んでいる兄嫁夫婦は、3人娘のうちのお姉さんになるでしょうか、末娘のコーディリアになるでしょうか。今までヤク中だったお兄さんには、妻という強力なエンジンがつきましたね。ひょっとして、お父さんとあなたが東京で暮らすなんてこともあるかも知れません。お父さんのおむつをあなたがかかえるようになれば、お父さんにはもうあなたにとりつくことはないでしょう。

 あなたはきっとお父さんの面倒をみると思います。あなたは親の愛を求めて泣いている赤ちゃんです。あなたの中の強力な満たされない部分が愛を求めて泣いているんです。過食嘔吐習慣というのはそういう病気でしょう。
 お父さんの会社の経常利益が黒字になったとかいって心から喜んでいるような娘が、人のうちの嫁なんかやっていられるわけがありませんよ。でもね、結婚っていうのはまあ制度だから、1度しちゃってお披露目もしたんですから、そのままでいいじゃないですか。離婚してるんだか別居してるんだかわからない夫婦なんてそこら中にいますよ。

 なまじ才能と利発さとエネルギーが3点セットになってるもんだから、こういう人が一番、のたうち回っているような気がします。その上、実家も結構裕福なんていうのだからタイヘンですね。情報収集がうまくて、いろんなところに出かけてみるんだけど、本当の仲間を見つける技術には欠点があるので、どこへ行っても一時期活躍してすっと消えていく、みたいな人になってますね。
 最初の一月間、毎日私に会いに来て、それからずっと来なくなって、1年1ヶ月後に私のところへきても、私は「1年2ヶ月間のおつき合いをした人」とみなします。来ないというのも、おつき合いの仕方のひとつですから。そういうおつき合いの数があなたの中に増えることが、あなたの人格が変わるということなのです。

 一言でいうと、「よく考えた上で、お好きになさい」ということでしょうか。
 あなたは基本的に求めているものが感じられる人です。人とはその人の欲望のことだと思いますので、あなたはしっかりした人です。自分の欲望の見えない人の方が多いですからね。
 後はあなたの中でうごめいている子ども部分に出口を与えることです。そうすると、あなたのエネルギーは生きるでしょう。たぶん、あなたは好きにやっていたらもっと商才を発揮していたり、アートの方に発展したりしたと思います。お父さんの会社とは別の方に進んだらね。しかし、お父さんがあまりにも好き過ぎたのです。この「お父さん恋しさ」が問題だったかな。これから、お父さんの価値観からいかに脱洗脳していくかが課題でしょう。お父さんタイプの人は恋人にするといいですね。亭主はそれとは違うタイプの人がいいと思います。ですので、今のご主人とはぎりぎりまで一緒にいたらいいと思います。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

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