カテゴリー「オープンカウンセリング3」の一覧
2005年12月26日
傷害事件を起こした息子(1/3)
相談者からの質問
息子の問題で参りました。息子は2ヶ月前に傷害事件を起こしまして、現在××警察に拘留中です。来週第一回の公判があります。もう成人しておりますが、中学校を卒業する時分から生活が乱れまして、ケンカが絶えないんです。外にケンカ、内にケンカ。少年院に出たり入ったり、刑務所に出たり入ったりのくりかえしでした。
今回の事件は、電車の中で前に座ってたアベックがいちゃいちゃしてたと、それをみてカッときて殴っちゃったということです。
これが始めてではないので警務収容も覚悟しています。いずれにしても、出所したときにどうしたらいいかと。
斎藤学からの回答
斎藤:ご夫妻とも大変ですね。ご苦労なさったでしょう。弁護士さんは何人ぐらい関わりました?
── 一人です。
斎藤:国選の方ですか?
──いちばん最初は国選で出会ったんです。その弁護士さんは。それでそのときその弁護士さんがよく相談に乗ってくださったので。
斎藤:こういうところで、こういう問題をお話しすること自体が、あなた方には大変きついことだと思いますが、それをきついことだといっていると、よけいきつい。こういう問題は、同じような問題を共有している親たちと連携した方がずっと楽です。
===
で、あなた方が悪いんじゃなくて、たまたま息子のできが悪い。(会場笑)物事はとらえ直しをしないと、自分が不幸に感じてしまう。その不幸を感じている親をみて子どもは、寄りつきがたくなるか、あるいは罪悪感を持つ。罪悪感を持つと、いずれ持たせたものに対する怒りに変わります。悪くすると親を攻撃することになります。親に寄りつかなくなった場合は、その攻撃性が他に向きますから、新たな事件が起こる。
しかし、この手の息子のすることに対して、ハッピーを感じろといっても、こりゃ難しいですよ。難しいですが、しかし、この難しいことをやらざるを得ないという非常に困難なことをお二人は強いられているわけ。
まあ例えば、よく私はここでこの話をするんで、またかという人もあると思うけど、安部穣二さんていう人がいますでしょ。あの人は府中刑務所に入れられたんだが、最初に収容されたときに、お母さんが面会に行ってね、「母ちゃん申し訳ねえな」って彼がいったら、お母さんが言ったせりふが、「こういうめったにこられないところ見せてもらって、ありがとう」といったと。このお母さんにしてみれば、「この事件は大人になったお前の問題で、ここに来てるわたしは、たまたま来たくて来た」といことだったのでしょう。
このように思うことは大変難しいことなので、このような場が必要になるわけです。お一人でご家族の中でこの問題にあたろうとすれば、自分の無力さと、親としての面子がまるつぶれなことに打ちのめされてしまう。誰だってブランド品のような輝いた息子を持ちたいですから、それができなかったことへの不幸ということで、ないものねだりをずっと続けることになります。
わたしとしては、子どもの問題行動の多くは、家族の方の対応の問題もであると思うんです。もっとも「実は問題は親にあります」といっているわけではありません。本当は親はその方が受け入れやすいのですよ。「あ、そうなのか、私たちの養育の仕方が間違ってたんでこうなったのか。じゃあ私たちが変わればすべて消えるんだな」と、こうなってしまう。問題の本質はそこにはないと思う。20すぎの男のやったことは20歳の男の選択だし、この人の個性だし、これからもそれは続くと思った方がいい。じゃあ、親の方としては比較的影響を軽く受けるにはどうしたらいいか。これを考えましょう。柔道でいえば、まず受け身の練習ということになりましょうか。
だって、息子さんが拘置されただけで、今まで繰り返してきたようなですね乱暴な暮らしからまるっきり違う人間になるということはあり得ないですものね。次の事件があるのが当たり前だと。あったときにどう考えるか、と。こういう考え方にした方がいいですね。(続く…)
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2005年12月27日
傷害事件を起こした息子(2/3)
(昨日からの続き)
息子さんは職場でも暴力起こしてますか。
──職場といってもあんまり働いてないんです。職場のようなところでは暴力は出ないようですね。
斎藤:お父様やお母様の期待としては、息子さんにどこか職を身につけて落ち着いて欲しいという希望がおありですか?
──最初はそういう希望をしてたんですが、今のところ、それは本人にとってはあまりに背伸びじゃないかなという感じもしてるんですけど。
斎藤:嫁がれたお姉さんがいるそうですが、お姉さんにも迷惑をかけることがあったんですか。
──いえ、とくに迷惑は、かけてないです。まあ「あんな弟がいて困った」ということについては迷惑かもしれませんが、姉とは仲がいい方です。
斎藤:上出来ですよ。たしかに、刑務収容2回、少年院収容2回ということですから大変ですけれど、今ここにいらっしゃるかたのなかには、そういう子供さんをもってらっしゃるかた、結構いるんです。もっと大変な人もいます。で、その人、ここへ何しに来ているかっていうと、こないと逆に不安で仕方ない。今、その人は拘置じゃなくて、裁判終了して刑務所の方へいってるんです。そのお母さんと私が接触し始めて、そろそろ7,8年たちます。息子さんが少年院2度目くらいから相談受けてますけど、少しもよくなっていないじゃないかって、お感じになるのも無理もないんですがね。
===
7、8年といいましたが、私は息子さんとは一回しか会ってないんです。彼はわたしを誤解していて、何かわたしを説教する人、それから場合によっては自分の欠点を見つけて警察に通報したり、あるいは精神病院に入院させたりする人と思ってらっしゃる。だから怖がって来ません。ガールフレンドを一度殴って、大けがさせて、そのときに一度だけ、別れさせられたら大変だと思ったらしくて釈明のために来ただけです。私自身もそのような粗暴な人と、あんまりおつきあいしたくないので、こなくていいと(笑)。
わたしの役割は、そのお母様の不安を沈める。その子の場合は弟さんが2人いまして、弟さんが彼の暴力の犠牲になってましたから、一時は家族を分離して、弟たちを保護する必要も出たし、夫婦間の関係も険悪になってたりしたので、家族の調整が必要でした。
必要なことは、この息子さんは息子さんの問題として、他の家族3人が、それぞれがそれぞれのやりたいことをできるように環境をととのえて、目前の興味に関心を移せるようになることですね。
それはできてるんですか。
──ええ、主人は主人なりに、定年後もそれなりに仕事をやっておりますし、わたくしもちょっと趣味とか適当にやっておりますし。娘は子育てに専念中ですし。
斎藤:上出来です。今わたしが例に挙げたご家族に比べると、随分楽ですね。今、例に挙げたお母さんは、「一人で生きようか」ということを考えておられます。つまり夫婦関係に結構揺れが生じています。そういうのに比べると、あなた方ご家族は健全に過ごしてらっしゃる。
今までの経歴からいって、息子さんについてはずっとハラハラドキドキが続いていらっしゃった。1歳7カ月でてんかん発作がおこったそうですが、これは大発作ですか、それとも焦点発作といったものですか。要するに知的障害はなかったんですね。
「てんかん気質」や「てんかん病質」とか「精神運動発作」ないし「てんかん性もうろう状態」という、心理的行動外な特徴を示す場合もありますが、この点はどうだったのでしょう?一種固有の不機嫌状態がある場合があるんです。とくに発作を抑えるお薬を使っていると、そういうことが起こることがあります。で、抗てんかん薬は、つかいましたか。
──使いました。
斎藤:ふむ。今も使ってらっしゃる? だとすると、脳波の強制正常化に伴うもうろう状態や不機嫌があるのかも知れませんね。もしそうだとすると、もやもやした感じが持続しているわけですから、目の前でいちゃいちゃなんかされたらカーッとなっちゃいますね、「電車でいちゃいちゃするな」ということを覚えるべきですね。そのアベックは。ただ、殴った場合には逮捕・拘留されると。これは社会のルールがそうなっていますからね。
ま、そういうふうに気軽に考えましょう。
──本人も、私が「反省しろ」といいますと、「あいつらも人の面前でいちゃいちゃするのをやめろ」と、わたしにもいうんですけど(会場笑)。
斎藤:私も車中でいちゃいちゃしてるやつ、ひっぱたこうかと思いますが、後のことを考えてやめています。もし、もうろう状態的な不機嫌がご家族からも観察されるとしたら、これは本人の暴力行為を誘発するのを防ごうなんて思わないで、ご家族はお逃げなさい。あなた方が被害者にならないようにすることです。それで、暴力の爆発が起こった後は非常にスッキリしますので、その後の機嫌のいいときだけつきあいなさい。
──ほんとにスッキリするんです。殴った後は。
斎藤:なにか、じゃあ、壊すものとかですね、まあ生あるものの命を奪うことはお勧めできないんですが、んー。ちょっと、ご迷惑かもしれないが、大型犬とかですね、大型犬と格闘すると結構息を切らすとか、あるいはアニマルセラピー的な自分の鬱積したものをかい出すのにいいと。
こんなこと言い出すのはですね。昨日、ある弁護士さんと、女性問題の評論家で樋口恵子さんていう人と私とで、雑誌のための対談があったんですよ。テーマは成年後見人制度についてでした。で、その弁護士さんがですね、なぜ、認知症老人の財産問題に関心を持ったかをはなしてくれました。自分の2番目のお嬢さんが知的発達障害で、その子を、福永騎手っていう落馬して半身不随になって復帰した人がいますが、その人を復帰させたトレーナーの所へ預けているんですね。24時間の内20時間くらいは訓練というすごいハードスケジュールの訓練だそうです。そうやって娘を必死で普通の子みたいにしようとした。しかし、「みたいに」しかならないし、思春期に入った娘から嫌われるようになるんです。それから彼は考えて、福永騎手のトレーナーを介して、馬と接するようになったことから日本乗馬治療協会っていうのを作っちゃいました。大型動物です。
私は、馬の訓練やってた女性を知っています。その人は大学馬術の選手権をとった人で、ノイローゼもやってるという多才な人です。で、この人はなんとか数度の自殺未遂くぐり抜けて今は生きてますが、わたしが彼女を救ったんじゃなくて馬が救ったわけです。馬っていうのは、その女性に聞くと怖いものだそうです。機嫌が悪いと顔半分もってかれちゃうそうですね。あの大きな口でがぶっとかまれて。それとなじんで呼吸を整えて、友情を交わすという行為、これが非常な効果を持つそうです。うちに来てるみなさんにも、どうも、馬とつきあう方がわたしとつきあうよりいいんじゃないかという人が多そうな気がする。
器物への愛着とか、一定の人物や動物への愛着っていうのは、てんかん気質の人に起こりやすいんですよ。彼らには根が几帳面なところがあるんです。一定の常道的な行為を繰り返すところがありまして、どうなんでしょう。お部屋の片づけとかそういうのは。
──まあ、几帳面は几帳面です。
斎藤:几帳面でしょう。それから、ルールの設定を壊されれうといやがりますよね。例えば、慶応病院は1月11日だったかな、世間と関係ない日が休みなんですね。それは福沢諭吉の命日だか誕生日だかの日で、休みなんです。で、ですから前の年の暮れから広告を出して、その日は休みますっていってるのですが、必ずお休みなのにいらっしゃるのが各種てんかんの患者さんです。てんかんの患者さんは、その日が火曜なら火曜で通院日なら、かならずやってきます。そのくらい几帳面です。
この辺の所をうまく利用すれば、暴力事件にならないのではないかと思う。一つは、ペットといってもかなり大型のものとのつきあいはどうだろうかと。あるいは自分の衝動性・暴力性をスポーツに転換するような、武道とか。武道はどうでしょうか。礼から始まって礼に終わるような。型を主にしたような武道ですね。これでいいお師匠さんにでも出会えると、随分違った人になるでしょう。それから、もう一つが、几帳面さを生かした一定のお仕事はできないだろうか。これを賃金をもらうお仕事とはお考えにならないで、例えば家のメンテナンスとか、配送、発送などですね、これは几帳面が生かされる仕事です。
こういうポジティブポイントの発見、というのが、今後親の対応としては一番大事だと思います。御本人は自己評価が傷ついてるはずですので。自己尊厳というか、“自分は大事な人でいいことをやっているんだ”っていう、そういう感じがないと、私たちは幸せになれませんでしょう。自己評価をあげていく。自尊の感情をあげていく、その工夫をなさる。
それは何なんだというと、それは親御さんが一番よく知っている。彼の自尊心を高めるにはどう褒めればいいか。アベック殴っちゃったことについては、もう起こっちゃった事件だから、あんまり殴ったことをいってもしょうがない。そうすると、褒めるわけでもないが、「車中でいちゃついてるやつはほんとに目にあまるよね」という言葉は、少なくとも彼の自己評価を傷つけることにはならない。だいたい警察拘留なんてのは、人権違反なんですよ。警察は拘置所じゃないんですから。警察に留置2カ月というのは長すぎます。本来からいえば。それだけの処罰を彼は受けてるんだから、親としては「たいへんだねえ」というのが正しい。世間が彼に付けている罰則に重しを付けて、当人に処罰的に接するなんてことを親がしてはいけません。
まあ見ないでいうのもなんだが、基底に「てんかん気質」、てんかん発作じゃなくてもてんかん気質がおありになることだけは確かなようだから、そのような人物が今後、もし問題を起こすにしても、それが我々からみても了解可能なもの、起こって当然みたいな時に起こった、というようになるきっかけにするこつは褒めることだと思います。(続く…)
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2005年12月28日
傷害事件を起こした息子(3/3)
(続き)
今言った3つをですね、ちょっとお試しいただきたい。ペット、武道、そして褒めることですね。何かご質問ございますか。
──今度の22日に裁判があるんですけれど、そのときに私が証人に立つと、本人がいって来たんですけどね。本人は就職をしたい、就職はどこかないか、あうたびにそういう言葉が出るんですが、
斎藤:お母さんたちを安心させたい、喜ばせたい、それによって自分の自尊心を高めたいからですね。
──ああ、見つけてあげないなと思うんですが、本人がいなければどうしようもないですよね。ただその方法として、よく職業訓練所みたいところがありますでしょう。とりあえず、そういうところがどうかと思っておりますが。
斎藤:職業訓練校というのがありますね。希望する科目はすぐ定員オーバーになるようですが。
──障害職業センターっていう所があるそうで、そこでやっぱし、この子が何ができるか、何がしたいかっていうことを、カウンセリングを受けてはと思うんですが。でも本人は障害っていう言葉を聞いてどう思うか。非常に自尊心もあるので。
===
斎藤:え、ご本人がそこへいきたいといったのではないんですか。
──いやいや、わたくしが
斎藤:それは、情報としてお話しするのはかまいませんが、そこへいきなさいといって、彼がそれを受け入れるかどうかはわかりません。自尊心のきずついた人の方が、障害とかいう言葉をいやがるんです。ですからちょっと難しいのではないかと思う。で、彼に向いたお仕事を設定できないかなと思うんですけれど、その遅れたりすることが非常にイヤな仕事というと、一つに「配達」がそうなんですよ。時間厳守が大切ですから。新聞配達ダメですかね。今はバイクの人ばかりかもしれないけど、それを自転車で頑張るということはできないのかな。
──たしかに几帳面なところもあるんですが、いい加減なところもあるんです。
斎藤:うん。でも「あんたは几帳面だ」ってきめちゃって、それを褒めるんですよ。几帳面なときに。ずぼらがあったりしたら「失望した」といわないで、それは見ない。親の方も「この子はこういう几帳面なところがある」と、そう思いこんじゃうんですね。そういうプラスポイントを見つけていく技術は、親の方も気持ちを入れ替えてやっていかないと難しいんですよ。
──でも、あんまり褒めてもやっぱり裏をみますからね。
斎藤:いや、褒めすぎるということはありません。親の仕事は「親ばか」です。「この子にかぎって」というその信念を通さないと、親をやってる甲斐がない。犯罪を犯そうと刑務所にいようと手首を切ろうと、お前が生きてるかぎりそれで私はうれしいという、この親の気分がどんなに子どもを癒すかということを、私は繰り返しみてきました。
この場合にも例外ではありません。親としては大変な例ではありますが、しかし、決して絶望することはありません。
もし万一ですね、本人が、私にあっててんかん気質の人の生活について何か意見を聞きたいというのでしたら、お会いしますよ。本当言うとあんまりつきあいたくないですけど。だからいらっしゃいとは言わないですが。
私はてんかん性のもうろう状態の方の不機嫌状態に一度つきあって命を落としかけたことありますので、実は怖いのです。
久里浜病院というところに勤めていたのですが、そこは、男性の看護士のポストがなくて、看護職は付属の高等看護学校の卒業生ばっかりなんです。男性は医師、検査技師だけなんです。検査技師も夕方以後帰っちゃいます。私の外来にいつもは穏和な好青年が通っていて、てんかん薬の処方を受けていました。この方がときどき凶暴になる。たまたまわたしの当直の時にいらっしゃって、もう待ってられないくらいに暴れてらっしゃる。鎮静の処置をしませんと病院中壊されてしまう。ほかに男性がいませんから、わたしがとにかく取り押さえの役。これでもわたし柔道の有段者なんですけどね、だから大概のものは何とかなってたんですけど、この人は強かった。で、なんとかかんとかですね、説得を重ねたり、ときどき関節を固めたりしながら、保護室というところへつれて行きましたが、看護婦さん、保護室に入ったところで安心したのかガタッと扉を閉めちゃったんです。わたしも保護室に入れたところまで来たので、今夜は眠れそうだと思って気がゆるんだときに、関節技がはずれまして、当人とわたしが四つにくむ形になりまして、わたしは組み敷かれまして、首を絞められて落とされそうになったんですよ。で、看護婦さんはのぞき穴からみていて「先生頑張って、頑張って」(会場笑)というだけなんです。誰かを連れてきてくれる方がわたしとしてはありがたいんですが、わたしは虫の息で「誰か呼べ」って。本人が、わたしが落ちる寸前にすっと手を離した。で、わたしは失神しないですんだし、脳の乏血でもって植物人間になったりしないですみました。そういう体験があります。
というわけでこのタイプの方にはときどきそういうことがありますので、「本人は不機嫌だな」というときは、親御さんはお逃げになった方がいいです。それはそういうときには、つねづね過剰な税金を払っているものたち、世の治安秩序のために献身する義務を負っているものたちがいるから、その人を呼んで、鎮静を図っていただきたい。ときには入院が必要でしょうし、時には警察拘留になるかもしれません。こういうときに、無理をなさらないことをぜひ、心がけていただきたい。
いやあ、たいへんですね。大変さを共感します。そしてわらをもすがる気持ちでここまでいらっしゃったことに、心から敬意を表します。大変だと思うし、しかし、先ほどもいいましたけど、よくこの困難な状況で4人のうち3人がそれぞれの生活をきちっとやってることを、わたしとしては、大変、参考にさせていただける。いいご家族の例をみせてもらったと、思いますよ。どうもありがとうございました。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 2/18、19 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京港区 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2006年01月05日
悩み抱え、死にたがる息子(1/2)
相談者からの質問
うちの息子は30になります。
会社のストレスからだと思うのですが、3年くらい前から、仕事をしていても体が震えて、なんにも手に付かなくなるようになりました。本人からいろいろ話を聞いて、私も病院に勤めているのでそこの先生に相談したところ、心療内科へいったらどうかといわれてそこへいって安定剤だと思うのですが薬を出してもらったのですが、飲んでもあまりきかないのです。
そこで私の勤め先の先生に教えられて。斎藤先生を知りました。息子の方が一人でこちらへ2度か3度きたことがあります。そして、いろいろ先生の本も買って読みました。息子は大学で4年間心理学を専攻してきたものですから、親のいうことは先へ先へと読んで行くような子で、もう、こっちが何かいっても、数倍勉強して返します。
また先生の本を読んで「アダルトチルドレン」という言葉をよく使います。勧められて私も先生の本を読み、一緒に自分の育ってきた環境、主人の育ってきた環境を話し合って泣きました。それでずいぶん本人も心が安らいできたみたいなのですが。
でも、私もここへきてふるえるくらいで、昔から神経症のところがありました。20代の頃自律神経失調症という診断をいただきまして、薬で神経を落ちつかせてきたことも何度もあります。
こういう親が子供を育ててきたということもあるのかもわかりませんが、息子はとても神経質です。
30になって、ストレスからノイローゼ気味になり、アルコールをのんでいて一定の量を超えますと、目がすわってくるのがわかります。座った目でどんどん愉快になるのか、自分のことを親にわかってもらいたいもんですから、いろいろ話をします。でもその度が過ぎると、今度は「死」とか、会社の上司のことで「殺す」とか言う言葉がでてくるのです。で、私はそういう言葉がきらいだから「いわないで」っていうんですけれど。
===
それから3回くらい、自分から命を絶とうとする行動を私に見せました。私は最初は動転して「私は一生懸命あなたを産んできたんだから、何もココで自分から命を落とすことはやめてくれ」といって一緒に泣いて、二度とやめてといったのですが、また何かで自分にストレスがかかってきたときに「死」ってことばがでます。
とても本が好きな子ですので聖書も全部読んでます。その影響なのか「僕に悪魔が乗り移った」というようなことをいうものですから、ひょっとしたら私は病気かなと思ってもう一度、心療内科にいくことを薦めたのですが「そこへいっても僕は同じだよ」と言って、「とにかくお父さんとお母さん、斎藤先生のところへいってよ、両親そろって話を聞いてきてくれ」と息子は言いました。それでオープンカウンセリングのことを聞きまして参加しました。それを言うと息子は「すまないね、お母さん」と言います。で、「両親が僕と同じ気持ちになった」ということでたぶんあの子は安心したのでしょうか、「どうも、お父さんお母さんありがとう、いそがしいのにすいません」という言葉を言いました。
息子によると、口で言っても相手がわかってくれないとき乱暴な行動になる、ものを投げたり、け飛ばしたり、刃物で机の上を指したりするということです。本人にそのときの状態を聞くと、体が震えてきて心臓がずっとつらくなるそうです。それから、今日は主人もきていますけれど、父親がとても完璧主義で、それがとてもいやだっていうんです。主人は今でも息子より力が強いです。頭の方は、息子の方がいろいろなことを勉強して知ってますから主人の方が負けますけど。
うちの主人は、若いときから体と行動で動いてきた人ですから、やっぱり理屈でものをいわれるといらいらするようです。息子を見ていて体が伴わないのに頭だけが先に行くことに対して主人は気に入らなくてけんかになるんですけど、「そういう父親の完璧主義がいやだ、そんな父親より自分が弱い、自立できない」といって自分を責めるときがあるんです。だから「父親よりあなたは年下だし、父親を抜かすってことは難しいのよ」ってわたしは説得するんです。
すると子供の頃のことを息子は盛んに話します。「小さいときにこういわれてとてもいやだった」、「お父さんが僕を殴ったときがある」とか、そういう小さいときのことを鮮明に覚えている子で、親が忘れてるようなことをいうんですね。
最後に一つ、先生に聞きたいことなんですけれど、、今レキソタンとトフラニールと、トリプタノールという薬を心療内科でいただいているんですけれど、それをアルコールを飲んだ後で服用しても大丈夫なのでしょうか。危険性はないでしょうか。
斎藤学からの回答
斎藤:はい。だいたい。わかりました。オッケー。
まず、よくきていただけましたね。これはあなたの息子さんに代わってお礼申し上げます。本当によくきていただけたと思う。息子さん、うれしかったと思いますよ。どうしてうれしかったと思います? 彼はなぜ、お父さん、お母さんありがとうと、いったんですか?
──自分の心の悩みをお母さんとお父さんが分かり合ってくれてるってことだと思います。
斎藤:いや、わかってはいませんよ。
──あ、そうですか。
斎藤:うん。彼が今一番困っているのは、罪悪感なんですよ。どういう罪悪感だかわかりますか?
──30にもなって定職がなく、バイトで働いていて親に迷惑かけてるんじゃないかということが頭にあります。金銭面でも。
斎藤:そうでしょう。そのことはお父様も感じてるかな。
お父様にも聞いてみましょう。感じてますね。
そうなんですよ。彼はとっても今困ってるんですよ。で、申し訳ないという気分でいっぱいなんですよ。そこへ持ってきて、あなた方へお金と時間と体力使わせて、で、申し訳なくてしょうがないんですね。
本当だったら「そんなところに行かなくていい」といいたいところなんだが、それでもなおかつ行ってもらいたい。それはね、自分のこと自分では説明しきることができないという、彼独特の自己卑下、自己評価の低さがあって、自分がいったんじゃ納得しないと思いこんじゃってるの。だから、私に説明させようという、こういう横着をやってるんですよ。それで、「わるい、わるい、わるい、わるい」と思っている。しかし、このことを彼がしらふの時に口に出せば自分で自分を余計追い込んでしまうものですから、とりあえず敵を作っておく。それがお父さんの完璧主義云々なんですよ。
彼が一番攻めているのは自分自身のことです。解決は、ですから彼自身に力があることを知らせることです。そのときに、「こういうのが年相応だ」とか「こういう風にすべきだ」とか言っちゃうと、もともと罪悪感が強くて自分に自信がない人は、無力感で押しつぶされてしまうのです。なにもできなくなっちゃうんです。ですから何にも言わないのがこつです。
もっというとパラドックス(逆説)が利くんですよ。「なんだ、おまえ、俺がまだ元気でいるのに働こうってのか? 俺がまだおまえを食わせられないって思うのか? このやろう、俺がよいよいになるまでお前は働くな!」というのがパラドックスです。で、こっちが元気なうちは詩を作れ、教会にいって奉仕活動しろ、とか何でもいいですよ。そんなこというと冗談だと思うでしょうから本気になって言ってみてください。彼は、かえって働き出しますよ。(明日に続く…)
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2006年01月06日
悩み抱え、死にたがる息子(2/2)
(前回からの続き)
──詩は好きで、それから本がすきでよく書いています。
斎藤:それはそうでしょうけれど、「詩を書け」といってみなさい。そうしたら書かないでどっかいって賃仕事をしますよ。ただね、本気になって言わないと効きません。
いまは「年相応のことをしろ」ってメッセージを伝えてるから、そうすると、それと逆なことをする。彼の考えている「まっとうな人」というのが狭すぎるんですよね。自分であんまりまっとうさ、年相応ってことを狭く考えすぎるから、それを自分がやれるようにはとても思えなくなっちゃうんですよ。聖書にはよく「らくだを針の穴に通す」みたいな言葉があるけれど、そんな無理なことを考えてる。でもちっとも無理じゃないんで、「お父さんだってお母さんだってまっとうにやってるんだから自分だってできないわけがない」と考えればいいのに、そういうふうには考えない。
それから、いわゆるアダルトチルドレンですけれど、あれは元々親を責めるためのコトバじゃありません。たとえば、自分の現状の行動がどうして起こるんだろう、と考えるとき、たとえば「なぜクリントンはそばにいる女に抱きつくのか」と考えるときの道具なんです。それを説明するためにACという言葉をつかうんですよ。「ああそうか」とすぐにかるわけ。
たしかにACってそういうことやるの、たしかに。自分が人に好かれるかどうか納得できなくて、だっこしないと納得できないところがあります。それに、とっても寂しがり。で、かれがACだと認識してることは、自分が寂しがりで、劣等感が強いと思ってるということなんです。劣等感が強いから、女にもてるところ見せないと、自分が不安になってしまうからクリントンは女の人を抱くんですよ。
===
それから、もう一つの、「AC」の必要性は、将来どう生きたらいいかを考えるときの道具です。過去なんかどうでもいいんですよ。過去のいじめられた話ばっかりしているようじゃ、ACの言葉をちゃんと利用してないわけ。
「ああ、寂しがりなんだ私は」とおもったら、寂しくないように生きればいいわけで。寂しくないように生きればいいと言うと、酒飲まなくちゃいけないわけで。あるいは年がら年中バンジージャンプやってるとか。パチンコ屋に24時間いるとか。今彼、それをやってるんだとおもうんです。やってるんだけど、「これは無理だな」とおもったら、寂しさと戦わないという方向に目を向けないといけないんです。これもパラドックスですね。「寂しくてどこがわるい」と、こういう話になる。「はたらかなくてどこがわるい」とおなじです。
こういう考え方に持っていって、で、「寂しさは実は成長の源」みたいなところにたどり着くと、「あ、このままでいいんだ」ってことになるんですよ。そうすると、自分に自信がでてくるんです。こっちの方にもっていくために「人間みんな寂しいですよ」ということを納得させるために、ACということばをつかうんですね。現在の行動と未来どう生きたらいいかということのために「AC」という言葉を使うんで、過去惨めだったということを確認するために使うんじゃ、そんな言葉ない方がいいやね。
世の中には2種類しかいないのです。ACである自分を認められる人と認められない人と。で、どっちが便利ですかといえば、ACである自分を認められた人の方が楽ですよ。今の行動を自分で説明できるし、将来どうしたらいいかもわかるから。人間が将来の行動を間違えるのは、この寂しさの問題にかかわってるんですよ。
さびしさを防衛すると退屈になるし、それから苦しさのちょっと隣には不安というものがあるし、こういうものをあわてて取り消そうとするから、人間へんなことやっちゃうんですよ。不安に駆られて逃げちゃいけないところで逃げちゃうとか、先行きの不安におびえてしなくていい準備をしたり、あるいは将来に絶望してみたり、あるいは寂しくなくしようと思って酒や女におぼれちゃったり。あるいは、自分でわるい友達と知っててそこにはまっちゃったり、いろんな馬鹿なことします。
そういうことを「AC」という言葉を知ることによって、そんな戦い(寂しさや不安との戦い)はいらないという風に考えが行きますと、まず、薬飲む必要がないことに気づきますね。だって、不安? 当たり前じゃない生きてる証拠ですよ。寂しい? あったりまえだそんなもの、人間で寂しさ感じないようなものは石ころになってるんだ、と。
薬なんて彼にはいりません。彼に必要なものは仲間との出会いでしょう。自分でここへくりゃいいんですよ。2、3回なんていってないで。そうすれば、それなりに自分の世界作れますよ。それでまあ、そういう話をあなた方が共有できるといいね。
あなた今薬の話されたから、今のが答えです。彼に必要なのは、薬じゃないね。ついでにいえば、このまま自殺未遂続けていれば、病院のベッドだ。病院のベッドはACには本質的には必要ありません。彼らに必要なのは出会いと仲間です。出会いったって、そこら歩いてれば出会えるんじゃないかな、最近は。ACの幟(のぼり)でもつけて歩けば。「あんたAC?」って誰かが言ってくるかもしれません。それよりも確実にACの巣みたいなところにくればいいと思う。ここへきて「あんたAC?」ってきけば、「職員」か「AC」ですよ。職員だってACですけれども(笑)。
こういう具合に、親がでてきて、本人が「ありがとう、お父さん、お母さん」といったケースというのは、その後の対応の迷いさえなければ、そこがターニング・ポイントになります。つまり新たな展開が起こります。
──(父親)今先生がいったことに対して「私はちょっとできないです」とこたえざるを得ないんです。というのは、私、ここへくるためににかけずり回って時間を作ってやっとくるわけですけど、うちに帰ったときに、本人が奥の部屋から出てきてのほほんと本を持ってきて、寝転がって読んでるんですよ。ついついこっちはカッとなっちゃうんです。どうしても。これを抑制するのはすごく難しいんですよ。自分自身。
斎藤:いいんじゃないですか、抑制しなくたって。男にはいくつかのタイプがあるんだし、あなたみたいななマッスルマンもいるし、頭でっかちもいる。どっちがいいってわけじゃない、好みの問題です。あなたとあなたの息子がタイプの違う人に育つってことは、とても楽しいことです。マッスルマンがマッスルマンを生んだみたいなのは、おもしろくないですよ。それこそ出会いでしょ。違うタイプの子とのね、それを楽しまなきゃ、「おめえみたいなの、俺には理解できないけど、おもしれえな」って。
──(父親)そういうことは絶えずあるんですね。で、最終的にはどうなるかというと、とっくみあいになっちゃうんです。
斎藤:とっくみあいにならないで、そこのところ楽しみましょうよ。「おまえみたいな考えかたってのは、俺には理解できないが、しかし、みてておもしろい」っていうくらいのゆとりがほしいね。
──(父親)あ、ゆとりがね。
斎藤:とっくみあいになっちゃう理由は、不安ですよ。双方の。「もしかしたら、親父は俺を認めていないんじゃないか」という不安が1つ。お父さんに聞かなきゃわからないのに、勝手に思いこんでる。お父さんの方は「こんな息子で将来どうなる」って、将来なんかわからないのに、不安もってる。この二つの不安が取っ組み合い起こすんです。
不安なんて、ほっときゃいいんで、それを消そうとしなくていいっていったでしょ。将来のことなんか、どうにでもなるの。で、逆に「絶対働くなこの野郎」くらいにいった方が、彼は働きますよ。そこまでいうと落語の世界になっちゃうけど、少し極端なくらいの方がわかりやすい。そうすると、あなたの方に余裕ができる。この方もともと健康な方なんでね、将来はおもしろい親子関係ができると思いますよ。
──(父親)そうですか。自信がないんですけれど、
斎藤:将来の不安というのをまずお消しになることだな。どうして息子さんが健康だというかわかりますか。やってることが当たり前だからですよ。たとえば、失恋してそれからずっとケタケタ笑っていたら、それは狂ったんですね。呆然として帰ってきて、憂うつそうですというのなら当たり前でしょう。私たちの健康というのはそういうことですからね。
その息子さんの場合は勤めてはいるんですよね。勤めているんですけれど、どうも自分がしたいような仕事じゃない、ただロボットみたいに働いてるんじゃいやだって思ってるんですよ、この人は。3年勤めたそうですし。それで、「もっと個性的な自分を生かせる仕事がしたい」とおもって探してるんだけど、ないんだ。それで、いま、ちょっとたゆたってる。モラトリアムしてるんです。こんなの、私はほめちゃうね。「みんな、わけも分からず朝から晩まで働くんじゃないよ」っていいたいくらい。よく考えて働けって。何にも考えないようなものを官吏や銀行員にしてたもんだから、今世の中ひどいことになっちゃった。
働きゃいいってもんじゃない。働かない方がいいやつが働くから、だんだん社会がわるくなる。で、働く働くっていうから何やってるのかと思うと、ノーパンしゃぶしゃぶなんていってる。あれも働くうちなんでしょ。ですから、「働く前に考えよう」という人がいてもいいんですよ。
この息子さんは一生懸命思索してる。もしかしたら詩人かな、なんて思って一生懸命詩を書いたり、教会へ行ったりしてるんだから、いってみればリッチな人だね。心豊かですよ。ただ、唯一困るのは、彼自身がそのことにおびえてることね。「申し訳ない」とか、「お父さん、お母さんどう思ってるんだろう」とか。そこがかわいそうだなと思うんです。
私はこういう人が働くのが回復だとは思わないんですよ。そこに居直るのが回復。「どうにかなるだろう」ってどうして言わないのかね、この人。「まあ、いいじゃん、好きにやらしててよ、ちょっと」なんて言って、で、あんまりお父さんお母さんが「どうするんだどうするんだ」っていったら、ふっといなくなっちゃう。それで、テキ屋でバナナのたたき売りか何か始めてたりして。寅さんになっちゃう。そういうようにフットワークよく、変われるといいんですがね。
いろんなタイプの人がいていいんですよね、みんながみんなアリンコみたいに学校でたら背広きてネクタイ締めて歩いてたら、気持ち悪いですよ。そういう意味では彼、将来見込みがある。こういうのが将来我が国を背負ってたつと思うわけです。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 2/18、19 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京港区 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2006年01月10日
借金依存の息子と縁を切ったが(1/2)
相談者からの質問
こんなことをまさか皆さんの前でお話しするようになるとは夢にも思わず、心臓が破裂しそうです。40歳を越えた息子のことで、あちらこちら相談電話かけておりまして、AKKというところに電話いたしましたら、ここへ行くようにとのことでした。
息子は27年来、ずっとお金の問題を起こし続けています。大変な額の借金を作ってそのたび私にお金をせびるのです。今、主人が亡くなりまして私は年金生活をしております。これまでは、私が幸い研究職で、男の人と同じように給料もいただいておりましたし、そう困らない生活したもんですから、息子からのお金の要求に「もう二度としない」「もう二度としない」と息子に約束させてはお金を出しておりました。息子は対人関係もうまくいかず、仕事も手に付かず、見栄だけは一人前で、いろんなところで借金を作ってきます。
===
数年前、会社に就職して大勢のお友達も出来たと思ったところ、知らないうちに多重債務者になっておりまして、「お母さん、家を担保に入れて、5千万、出してくれ。仕事して返すから」といいましたんですが、親戚や先輩が中に入ってくれて、「借金は全部返して僕が身柄を引き取るから」といってくれたかたがありう、一年間その方に身柄を預けて、都会から離れて暮らしてもらうことにしたんですけれど、1年で帰って参りまして、「どうしても都会で仕事したい、もういっぺんお金を出せ」と言ったものですから、もう私の体力もないけれど何とか助けてやりたい、何とかもう一度お金をだしてやりたいと思ってで、弁護士の先生に中に入っていただいて、工面して2年間の生活費とマンションを借りてやりましたところ、息子も一生懸命立ち直ろうとしていたようでした。それで、そのころから「僕が人嫌いになった原因は、母親の育て方が悪かったからだ」というようになりました。
息子の8つ下に娘が出来まして、娘がわりかし育てやすかったものですから、どうしても息子の方には愛情が足りなかったのかもしれません。お金を取ったりとかそういうことで息子は私にサインを送っていたのかもしれないです。いま、それをさして、「それで僕の人生はめちゃめちゃになったから、一生償いをしてくれ」といいます。
本人は心の優しい子ですし、攻撃は私に向かってしか仕掛けてきませんし、これで立ち直ってくれたらと思ってお金もだし、弁護士の先生に4年間カウンセリングしてもらって、何とか始めたコンピュータの仕事がうまいこといかないかと思っていたんですけれど、今度はだまされて保証人になったりして、あっという間に3千万円という借金を作ってしまいました。
また弁護士の先生に入ってもらって、今まで4年間、これだけしてやったのだからもうでこれ以上は出来ないよということで、「もうこれからは親にも迷惑かけない」という念書書かせていただいて、また息子にお金を渡したのですが、それから10日も立たないうちに「紙切れ一枚で親子の縁は切れたのか」といい出しまして、「お母さんは弁護士の先生に頼んだり、学校の校長先生に勉強のことを頼んだり、今まで権力者にばっかり解決を頼んで、子どもに面と向かってこなかった。お母さんはぼくは大事なものを全部失ってきたから、これからは僕がお母さんの大事なものを1つずつ奪っていく」と脅迫してきまして、かなり緊迫した状態になりました。
娘も一緒に暮らしているものですから、警察の方も弁護士の方も逃げなさいというもんですから、逃げました。息子の言い分は私とコンタクトをとりたいための手だてだとはわかっていました。相談機関に電話で相談したら、「お酒依存症と同じように金銭依存症というのがあって、お母さんにはまだ年金もあるから、いちばんとりやすいおかあさんがねらわれるのでしょう、今までお金出したのがいけなかった」と、言われました。(続く…)
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2006年01月11日
借金依存の息子と縁を切ったが(2/2)
(続き)
斎藤学からの回答
斎藤:最初は5千万と言うのを2千5百万に弁済してすましたと。で、また4年のうちに3千万の借金を作ってきたということですね。
債務依存とか借金依存という言葉はあります。この手の人は借金を他の人に支払ってもらったら、またすぐに作ります。前回よりちょっとづつ増えるのが特徴で、この人もそうですね。ほんとうは5千万と言われていたのを、自分の力で一生かかっても返すという経過をおっていれば、あなたの方にあまり問題をもってこなかったのでしょう。
対策は、姿を隠すしかありません。
──でも息子は「草の根を分けても探す」って。
斎藤:言いますよ。いろんなこと言って脅します。ただ脅しはいろいろ言うけれど、実際にはやりません。それから、母子が一緒に住んでいたりしますと警察は「親子関係に不介入」と言います。でも、逃げたお母さんを追っかけてきたりした場合には、警察は対応できます。
今あなたが守っている家をそのまま確保して問題解決しようとすると、非常に難しいです。売却がいいでしょうが、その場合も、息子の方に金が流れない用意しなければならない。そういうときにこそ弁護士が必要なんですよ。当人の借金があなたに及ばないような措置をとる。それから家作についても本人が勝手に売り飛ばしたりしないような措置をとってもらう。それをていねいにやった上で、あなた自身は身を隠す。
===
娘さんはあなたより有利なんですけど、害が及ぶことは免れないでしょう。脅しくらいは避けられないでしょうが、あなたが娘との連絡も断てば、娘に害は及ばないでしょう。
──でも、全部失わすっていうもんですから、とても怖くて。
斎藤:そういうコトバが届く位置にいるから怖くなるのですよ。でもあなたは家を出て、最愛の娘さんとも会えなくなるわけだから、何もかも失うことになる。それが息子さんの望みなんでしょう?
実例をご紹介しましょう。西日本の方で大きな会社を代々経営している名門のおうちの子どもが暴れ始めました。姿を隠そうとしたお母さんがいちばん困ったことは、その土地には親戚縁者がいっぱいいるもんですから、暴力息子がそのひとたちの所を順々に襲うことでした。
しかたなく彼女は上京し、どうやって知ったのか、私が東京都の研究所にいたとき、そこに転がり込むように来られました。その人は昔看護師をしたことがあったというので、「免許は家においてきた」といったけれど、「そんなものはどうでもいい」と、知り合いのG県の病院に送って看護師にさせました。いや最初から看護師じゃなくて最初は患者として閉鎖病棟に入れたんです。入れないとまた家に帰ると思って。鬱病の診断で「病棟から出すな」って病院のスタッフにいって。本当に彼女は息子の暴力のおかげで鬱病になっていますから。あなたも鬱病だと都合がいいですね。精神病院の中は安全よ。閉鎖されてますから息子さんは見つけても中には入れないし、屈強な看護師がいっぱいいますから守ってくれます。
で、その息子は、お母さんがどこいったのかわからなかったですよ。この息子は、知能犯的な嫌がらせはしないで、ひたすら暴れるタイプで非常に危険な人だったから、かえってお母さんもあきらめがついたんでしょう。泣いてましたけれど。
でもそこに1年近く入院していたら、もともと看護師さんなものだから、いつの間にか堂々と看護師してましたよ。それから5,6年たって、わたしのところへ訪ねてきたのですが、息子は今は落ち着いてお母さんが捨てた家に住んで、親戚に迷惑かけることもなく働いてるってことでした。ただ、会いに行ったり、家に戻そうとしない方がいいって言って、その上で「どうしますか」といったら「わたし、今のところがいいですから、このままいます」と今もその病院にいますよ。ずっと。
この人は看護婦さんと言っても看護学校の先生していたんです。だから県下では教え子もいっぱいいて、有名な人だったらしいです。だから息子から逃げたときには地位も名誉もなげうってだったのですが、でも今幸せそうですよ。その手の相談があると、自ら「逃げなさい」と諄々と説いています。「逃げ場はありますよ」と言います。ああいう人がいるとすごく迫力があるんですけれど。あなたとよく似ている。そういう点で。
そうですね、最初はどうなんだろと思うかもしれないけれど、3年くらいたつと、その土地の中で人間関係も出来てくるし、4,5年立ったときにちらほらと「息子はそれなりにやっている」という風の便りが聞こえてきます。人間どこかに、「頼る人がいる」とか「その人から充分ものもらっていない」とかっていう考え方があるときは成長できないのです。一生娘やってようとか、息子であることをその者に認識させようとかって考え方になる。親のすねを狙って自分の成長が出来なくなってしまう。
──せっかく退職金で建てた家です。
斎藤:それはまあ、いずれあなたが、使えるようになると思いますけれど、でもそのことにあんまり気を残さずに。でも実際に一人の人がどこに住んでどうやって食べていくかというのは、その人その人の様々な工夫がいるところで、そこまで私が踏み込んじゃまずいですね。
でもね、借金の圧力に押されると、とんでもないこと考えるようになりますので、あんまり、オオカミの前に餌投げるみたいに、あなたがブラブラしてない方がいいです。
結局問題の解決というのはそれなりに痛みを伴います。自分の方は平穏にして解決だけが向こうからやってくるということはないですよね。結局解決をとるか痛みを避けて解決を先延ばしするかという話になります。
──病院に行っても治らないんでしょうか
斎藤:どうやって病院へ連れて行くの? それこそ、「じゃああなたの借金を全部払ってあげるから入院して」って話をあなたはするに決まってますよ。息子さんは今、迷いの中にいるのです。その迷いは、自分の真の力に気づかないところからはじまっています。「見捨てられる不安」が、恫しのコトバを吐かせているのですが、そうしたコトバが口をついて出てくるときに助けてはいけないのです。
こうした時に親にできることは唯ひとつ、息子の力を信じて見守ることです。そしてそれが一番難しいのです。息子さんはあるいは精神療法によって救われるかも知れません。しかし、それを求めることができるのは息子さんだけです。彼がどういうふうに回復の道をたどるのか見守りましょう。何もしてあげないことが、彼を助ける最善の方法なのです。
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2006年01月12日
カボチャを怖がる引きこもりの息子(1/3)
相談者からの質問
私は子供が3人おります。今日は末っ子の22歳になる息子について相談にあがりました。1年半ほど前に専門学校を中退して引きこもりがちになっています。
いろいろと母親である私に向かって自分がどうしてこうなっているのか話をするのです。最初のうちは小学校・中学校時代にいじめられたってことをしゃべっていましたが、そのうち「親がずっと自分を馬鹿にし続けていた」というようになりました。
具体的にどういうことかと聞くと、自分の嫌いだといってるカボチャを父親が自分に押しつけてきたというんです。それを見てお母さんも笑っていたと。カボチャなんてそんな怖いものじゃありませんし、子供のいっていることがわからなかったんですけれど、ずっとそれを主張しつづけていまた。
そのうち怖いものがカボチャからだんだん赤いホオズキだとかドライフラワーだとか、家具やステレオなどに移りまして、そういうものに父親や母親が触りますから、父親や母親まで何か汚いばい菌みたいに見えるようになってきたというんです。自分もそれに触ったら手を洗わなくてはいけない気がして、しょっちゅう手を洗うようになりまして、私の作った食事も「汚いから食べたくない」ということもあります。生活は昼夜逆転しまして、食事も一緒に食べなくなりました。
私も働いていますので、そういう子を放っておいて働きにいっていました。
===
最初は「どうして物事をそんなふうに考えるの? お父さんもお母さんもおまえのこと大好きなんだからそんなふうにひがまなくてもいいじゃないか」と通りいっぺんな接し方をしてきたんですが、そういう親の気持ちは聞かないで「どうして僕の気持ちをわかってくれないんだ」ということばかりいうんです。
でも、これで親子の会話が帰ってできるようになった面もあります。それまでは私も忙しさにかまけてあまり子供の話を聞いてやらなかったので。ここにも相談に来まして、子供の話をまず聞こうって言われたものですから、こちらの言い分よりも子供の話を聞こうとつとめてきたんです。それが少しは良かったのか、ある程度明るくなって、いろいろとしゃべってくれることはしゃべってくれるんです。いらいらは繰り返していますが。
つい先日は夜中にヒステリーを起こしました。どうしたのと聞くと、「猫が自分の部屋の置物の上に寝そべってた」っていうわけなんです。それでヒステリーでドアをどんどんたたいたりするんです。それで団地なものですから、恥ずかしいとは思いつつ「すみませんうるさくて」と隣近所にはいってあるんです。その点ではみなさんも「いいえ、きこえませんよ」ときこえてるのにいってくれたり、「がんばってください」っていってくださるので、その点は心強く思ってるんですけれど。
息子は「猫をもう部屋に入れない」というのですが、その猫は普段から彼が「どっちが主人かわからない」という感じでかわいがっている猫です。昼間はずっと猫と一緒で夜も一緒に寝ているような猫なんです。そういったかと思うと、次の日は猫がはいっても何ともいわない。ところがまた数日後には、「猫が本の上を歩いた」といってヒステリーを起こしたんです。また、私に置き物を片づけてほしいというので手袋をして片づけましたら、「いまエプロンがくっついた」とか言い出します。私の作った食事も、汚いから食べるのはいやだといいまして寝ちゃうんです。姉が「じゃあおむすびを作ってやろう」と、持っていきましたら、姉のおむすびは食べたんです。それで次の日はけろっとしてる。
そういう繰り返しがあって、私も楽天的なところがあって、仕事にいってる間はあんまり気にしてないんですけれど、ちょっと気になるのは、カボチャってことなのです。本人によると「勉強しているところへ父親がカボチャをくっつけてきた」というんです。
そのカボチャとの関連で、思いつくことがあるんです。うちは団地の8階なんですけれど、その8階の窓から猫が2回、転落死してるんです。その最初の時は息子が10歳の時でしたが、子供がベランダで布団を干してまして、その縁を猫が歩いてたんです。で、布団に引っかかって落ちたんじゃないかなと思われるのですが。そのベランダにこんな大きなカボチャをおいていたこともありまして、それが重なったのではないかと思うのです。非常にかわいがってた猫だったものですからそうとうショックだったかと。
それからまた10年くらいたって飼った猫が、また転落したんです。そのとき息子が一人でうちにいまして、落ちたのを下に拾いに行って、血を出してたのをタオルケットにくるんで病院に連れて行ったんですけれど、病院で死んだんです。落ちたのを2匹ともこの子が拾いに行ったんです。
この子に対する影響はどうだったんだろうと思うと、もっと親は反省すべきだったんだと思うんですけれど、それからすぐに、兄弟猫を飼っていた人が「1匹あげようか」といってくれたんです。あの子はいやだといったのに、相手も猫を2匹もいて困っていたこともあったし私も寂しかったものですからまたもらっちゃったんです。
息子は猫がベランダから落ちるんじゃないかと心配だったと思うんです。専門学校に行くときもベランダに出してある猫のトイレをうちの中に入れて、餌もうちに入れて、大変な騒ぎをして出かけていたんですけれど、あるいはそのことが専門学校を辞めるきっかけになったのかと。
神経質に手を洗うのは直っていませんし、まだいらいらが時として起こっていますので、これからどういうふうにしていったらいいものか、お聞きしたいと思いました。
(続く…)
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2006年01月16日
カボチャを怖がる引きこもりの息子(2/3)
(続き)
斎藤学からの回答
斎藤:手洗いはいつからでしたっけ。
──半年以上になります。
斎藤:最近ですね。手洗いは思春期の問題ですので、もう少し前からあったかもしれませんね。
みなさんどうですか。カボチャとか猫の死と聞いていると、特殊な問題に聞こえますが、だいたいこういうメンタルな病気というのは、症状を通した自己主張なんです。つまり、症状という物語を通して、自分や自分が困っていることを語ろうとしているんですね。それが太ったりやせたり手を洗ったりの正体です。本人も自分が何がいいたいのかよくわからないから、手近な言葉を拾ってしゃべるとカボチャだとか猫の話になるんです。
全体を通してみると、この人は恐怖症ですね。フォビア。
いろんなものを怖がっているのですが、人間が怖がる究極のものは何かといえば、死と別れ、喪失です。たいがいフォビアはその問題とくっついています。たまたま猫の死ということにしたのは、自分自身の喪失、自分の死ということはまだ観念としてわからない、頭としてはわかるが感情としてはわからない。彼が一番おそれているのは母や父の死でしょうね。
===
お母さんはお仕事もってらっしゃるし、お父さんももってらっしゃるから、ずっと家にいる子からすれば毎日親を喪失しては、戻ってくるという生活ですよね。日常的にお母さんの死と生還、再生が起こっているような生活をしている。しかし、「死」がお母さんが戻ってくることで取り消されるという生活をしていますと、地球にいて太陽が昇ったり沈んだりするのを見ているようなものです。彼としてはこの秩序の感覚が捨てられないものになったのでしょう。自分も外へ出てしまうと、予定調和の世界じゃなくなります。外でいろんなことをやりますので。その変化に対応できるだけの心のゆとりがないのでしょう。人間、何かやってるときは、みんな必要だからやっているのです。だから「引きこもり」もまたやる意味がある。何かに対する効果がないんだったら引きこもりは続きません。もっと別なことをするでしょう。お母さんを殴るとか、シンナーを吸うとか。この人は引きこもりをえらんだ。
「猫」に託して死の恐怖を表現していると考えたらいいでしょう。その恐怖は「強迫神経症」の根っこにあるものです。「強迫神経症」はよく「手洗い恐怖」で表出してきますね。
神経症の大きな固まりは、一つはフォビア(恐怖)、一つはオブセッション(強迫、とりつかれること)です。この2つは得てして一緒に来ますが、思春期の男の子が起こす手洗い強迫は、ほとんどの場合、精液と関係がある。自分の性的成熟、勃起、射精、マスターベーションと関係があります。自分が大人になるということは子供時代を喪失することです。これは非常に恐ろしいことで、失ってはならない母との関係がとぎれていく。自分の性が、親との密着した関係にナイフを入れて切ってしまう、親が去っていくという恐怖を呼び起こすんですね。そのときに、性的成熟性を証明する、たとえば精液みたいな付着したものを、彼らはバイ菌とか、汚れたものとか、おぞましいものとか、いろいろな言い方をしまして、それを洗い流そうとする。彼がおそれているのは「“子供”である自分」の死ですよね。洗い流すことでそれに対する一種の防衛戦を張るわけです。
私たちも、思春期のある種の不安みたいなものはうっすら覚えている。けれど、私たちはいろんな偶発的な理由があって、そういうところにとどまっていなくて済んだんです。もっと違う大事なこと、たとえばきれいな同級生の顔がみたくて家に引きこもらないで学校へいっちゃったとか。そういうことを繰り返しているうちに何となくその時期を過ぎてしまう。
だからよく考えてみると、この時期の青少年には、私たちも共感できる部分があるんですよ。
こういう状態の彼へ、ご両親は「おまえ、なんで引きこもってるの」という。夕方になってお父さんお母さんが帰ってきて、家にいた子供は「ああ太陽が戻ってきた」と思ったら、太陽が「今日もおまえはぶらぶらしてたの?」といろいろ説教していたらしい。息子の考えを批判し叱咤激励したんですね。こういうことから本人に出てくる感情は罪悪感です。手洗い強迫やっている子にきいてご覧なさい「それでいいと思ってる?」と。いいと思ってるわけないんです、本人だって。
「うるさいなあ」と答えるのがせいぜいだね。元来は「申し訳ない。こんな私で申し訳ないです、お母様」と思っているんです。そういう子に向かって「これじゃダメでしょ」というのはちょっと残酷なんだよね。
しかし「ごめんなさい」という気持ちはまずいんですよ。人間が「ごめんなさい」を感じだしたらろくなことはない。これが多すぎると病気です。人間はごめんなさいを感じないように心ができている。ところが、教育の面では倫理道徳といいまして、おまえがいかに至らぬものかをよく知れと教える。これが教育なんです。だから教育というものには毒があるんです。
人間に罪悪感を植え込んでいいことなんか何一つありませんよ。精神医学的に見れば。しかも、たいがいの罪悪感は他人に了解できる罪悪感にならず、「非合理な罪悪感」になります。「私なんていうものがこの世に生まれてこなければ良かった。私が生きているために家族に迷惑がかかる」、もっと進めば「私のいることが近所(世間)に迷惑をかける」と拡がっていきます。
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2006年01月17日
カボチャを怖がる引きこもりの息子(3/3)
(続き)
でも、このお母さんとお父さんのやっていらっしゃることは大幅に変わってきていますね。これはカウンセリングルームに通い出してからだと思います。第三者の話を聞くことをなさったのはとてもいいことですね。ご両親は息子の話をとにかくよく聞いてみようということになった。よく聞くと、「猫」とか「カボチャ」にそれなりの意味があった。
それからもう一ついいことは、みなさんお気づきですか。彼はよく不安に駆られて夜中に叫ぶんです。しかし、近所の人がびっくりしないとおっしゃいました。近所の人がびっくりしないでいてくれると思う親たちは、むりやりその「ヒステリー」をとめようとしなくていいから、楽です。これはとっても大切なことです。この安心をどうやって手に入れたのかといえば、それは、「自分のうちの秘密を人に話す」という代償を払ったからです。
この支払いはとても高いでしょうか。私はそんなふうに思わない。ご近所さんとちゃんと挨拶する関係を作っていた人であれば、「今うちにこんな不幸な問題があってそれについて悩んでいる」と話せば、たいがいの人は「それはお困りですね」といってくれます。で、週に1回か月に1回、うちの息子の金切り声が聞こえるかもしれないが、その際はご迷惑ですがよろしくお願いしますといえば、いま、お母様がおっしゃったような答えが返ってきます。「大変ですね、がんばってください」。これを近所との関係のうちに持つことがとても大切なんです。それがもうできてらっしゃる。
ところがほとんどの家族がこのように考えない。何とか自分たちの力で、秘密が漏れないように、「うちの子はおかしくない」と考える。こう考えてしまうといろんな落とし穴が待っています。「おまえ。そろそろ正常になっておくれ」なんて言い出す。これが問題です。「正常に」「ふつうに戻ってよ」ということが本人に対する圧力になります。元々「申し訳ない」と思っていた子を絶望させます。
===
この人の死にたいする恐怖は、2回の猫の死によって起こったのか。引きこもったのは、実は猫が2回目に死んだ頃なんですよね。しかし、それだけにあんまりとらわれるといけないのかもしれません。その前後に起こったいろんな喪失。それは死ばかりとは限らない。失くしものをしたのでもいい。いい友人が失われたとか、恋してる人が去っていったとか、そんなようなことがいろいろ原因になっていたのでしょう。
そういうことにも関心を払って息子さんの話を聞いていると、「あ、聞いてくれてる」と思うと人は話しますので、本人が気づかないふりをしていることがいろいろ見えてきたりするかもしれません。
彼、怖いんです、とても怖いんです。猫によって具体化された、何か生きているものが命を失っていくということに大変強い恐れを抱いています。考えてみると不思議なことです。私たちはなぜそういうことを全然怖くないのでしょう。このはかない命がいつ消え去るかもしれないのに、「たぶん今晩は大丈夫だろう」とみなさん思ってらっしゃるでしょう。その方が実はおかしいのかもしれません。
彼らはそういう人たちを「鈍感」といいます。猫の死、喪失を悲しむということは非常に大事なことで、ですから私たちは葬式という儀式を持っているわけですよね。しかしほとんどの場合、儀式の葬式の時には悲しむことはできないでしょ。客がほとんど帰ってから泣く、ということがありますよね。でも、泣くということで何とかけじめがつく。
彼は2匹目の猫の喪失を悲しむ暇もないうちに、次の猫が来ちゃって、でもそれは前の猫じゃないことはよく知ってる。この辺も「鈍感」ですよね。子は育てばいいって考えなんでしょうね。3人子がいて末子ですから、1番目も2番目もちゃんと育ったから「おまえも上に続いて生きなさい」みたいな感じで来てるから。人間が大人になるとき、お母さんとの関係をちゃんと確かめて、自分の失われつつある子供時代を大事にしようとすると、そこで強迫や恐怖がどうしても必要になってくる。
ほかの家族はみんな外で元気に動いてますから、3匹目の猫の世話をするのは自分の役目になっている。世話するのは猫がかわいいからじゃなくて、猫が死なないように見張っている。また、彼の話はおもしろいですね、「猫が主人で自分が家来だ」と。猫が何を要求しているか読みとろうとしているんです。この言葉は「猫」のところに、「父さん、母さん、兄さんたち」といれてもあてはまります。だから彼はくたびれるんです。うちにいてなんにもしていないようだけれど巨大なエネルギーを使っている。「母さんは何を私に望んでいるのか」を考える。父さんはどうか、兄さん姉さんは。それがいちいち自分に対する自己嫌悪につながる。母さんはこれを望むのに、私はそれをしていない。みんなはふつうの弟、ふつうの息子を望んでるのに、自分にはそれができていないということで、自己評価を下げるんですね。猫の相手は比較的楽でしょう。ハラ減ってるのかな、ウンチしたいのかな、というくらいですみますからね。ふつうの猫がしたいようなことは予測可能なので、猫とはつきあえるんでしょうね。しかし、親はいったい何を自分に期待してるのか、どう振る舞えばいいのかっていうのはわからなくて、彼にとっては永久の課題になっているんだと思います。
成長というのは実は、こういう悩みから離れていくことです。「親が何考えてるかって? 知ったこっちゃないよ」といえること。これが大人になることです。今の彼の段階は、自分の大人性を未然に防止して、去りゆく子供時代を無理に引き留めようというところです。太陽を西へ戻す仕事を一生懸命している。そういう状態の彼なのです。
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