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2007年06月28日
跳び箱大会(友子さん)(2/2)
前回、小中学校で毎日おしっこを漏らした話をシェアさせて頂きましたが、おしっこだけでなく、時々うんこももらしました。
おしっこはいつもなんとかごまかすことができたけれどうんこはにおうのでごまかすことはできませんでした。
何回か失敗しましたがそれでもその都度いろんな事をしてなんとかきりぬけましたが、切り抜けられない時もありました。
一番ひどかったのは小学6年の時です。
この時はもうあまりにひどくて策なしでした。
ただただ自分の席にすわったままじっと身動きすることもできず、放課後になって全校生徒が帰るまで待つしかない状態でした。
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でもそうしてじっとしている時間に噂を聞きつけた他のクラスや他の学年の子供達が入れ替わり立ち替わり見物に来ました。
特に小学1年生や2年生の子供達が見に来た時はどうしようもなくて、自分が自分であるという感覚を捨てる事以外その場の苦境を逃れるすべはありませんでした。
そのうち、担任の先生が母親に電話をしたのだろうと思いますが、親が着替えを持って迎えに来ました。
私はその頃図書館のスリラー物のシリーズに熱中していて、先生と親との話し合いでは、「スリラー物の読み過ぎだろう」ということになったと聞きました。
でも先生も親も知らないけれど、実際は私は小2の時より毎日学校でおしっこもうんこももらしていたのです。
近所に兄の同級生の親がやっている歯医者がありました。
その歯医者は入り口をあけると靴置き場があってすぐに畳の部屋になっていて、皆座布団にすわって待つようになっていました。
待つ時間が長くなかなか呼び出されませんでした。
でも次は私か次は私かと待っている内にトイレに行くタイミングを失いとうとう座布団全体がびしょびしょになるほどもらしてしまい本当に次が私という時になって必死で飛び出して逃げてきました。
成り行き上バレエを習っていたのですがバレエの休み時間に漏らしてしまい靴や着替えはレッスン場の奥にあって取りに行けずレオタードのまま町をさまよい、とにかくいろいろとそう言う苦境にたたされたことがありました。
でも跳び箱がとばなくて広い運動場に取り残された時に恥ずかしさを感じる感覚をすててしまったので、もう恥ずかしくもなんともなく、ただいつも抜群の緊張感だけに支配されて子供時代を過ごしました。
(つづく)
2007年06月28日 16:39:[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]