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2007年03月23日
オトウおんぶして(2/2)
東京じゃ田舎と地続きで気持ちのおさまりがつかない。有り金持ってNYに行きました。当時私は美大生で油絵を描いてました。NYでは画家のロフトに間借りして手伝い等させてもらいながら滞在しました。
2ヶ月して7月末の父の誕生日に田舎に電話をしました。
「お前は今どこにおるんじゃ!」
「ニューヨークや」
「生きとるか死んどるか、どこにおるんかもわからん。心配しとったんやど。おばあさんには、どえろう叱られた」
父が心配していた事がわかって気持ちの折り合いがついて9月に日本に戻りました。
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NYにいた間、文通していたのが後のバカ夫です。愛に腹ペコで食らいついた感じです。最近NYに行きたいと思うのは、あの頃の自分と会話がしたいからかもしれません。
先週の三連休、父と次女で奈良に旅行に行ってきました。楽しかったです。父の背中を見ていて「オトウおんぶして」と飛びかかりたいと思いました(未遂)。
父と別れた後、やっぱり寂しさがこみあげました。横に娘が居ても父が恋しい。おんぶしてもらいたい。
罪悪感と怒りと寂しさは心の中の近い場所にある、というか「同じもの」が形を変えて表れているんじゃないかと感じてるんですが、今は父について"寂しさ"として表れる事が多いです。
私がアディクション(父の金で放蕩)を止めた事、父が継母と別居して一人暮らししている事等が影響していると思います。父に語りたい言葉はいろいろあるのだろうけど、「おんぶ!」という欲求になってます。
私の寂しさの察知者だったおばあちゃんは亡くなってしまいましたが、今は、先生が私を見守ってくださっている、それがありがたいなあと思っています。
美智子
2007年03月23日 14:45:[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]