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2006年11月09日
クレプトマニアと罪悪感(ブログ版)その5-1
ある「子殺し母」に見られた連続窃盗事件(3)
上記引用の中に「病理的・妄想的特徴」という言葉が見られるが、これについても説明しておく必要があるだろう。上記鑑定書の他の部分から引用する。
[引用2]
要するに、被告人は極端なほどに「良い子」であったのであり、今でも自分が母親にとっての「良い子」、世間の人にとっての「控えめで、単純で、可愛い女」であることを望んでいる人である。
===
しかし、この種の「良い子」の自己像は脆弱なものである。それは自己を愛し、誉めてくれる人物にだけ囲まれるという幸運に恵まれることで、辛うじて維持される。
「良い子」の自己像を汚れないままに保とうとすれば、人格の統合に無理・負担がかかる。他人の厳しい評価や叱責は無視・否認する(存在しないことにする)か、大して重要性のない(脱価値化された)要求のように見なさなければならない。
また、こうした否定的評価によって催起される憤怒、恨み、攻撃、不安、抑うつなど、「悪い子」・「駄目な子」の自己像は意識から排除してしまわなければならないことになる。
こうした無理の多い、心的防衛のメカニズムは「分裂」と呼ばれる。
(続く…)
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2006年11月09日 15:13:[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]