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2006年10月25日
クレプトマニアと罪悪感
最近書いた原稿のいくつかを紹介しようと思っています。ただし未だ印刷されていないものについては掲載先を伏せなければなりません。原稿料を払ってもらう以上、原稿は注文先のものでしょうから。
それで最近自分の雑誌(「アディクションと家族」)のために書いて脱稿したばかりだが、原稿料はもらえないものを先に載せます。原稿そのものは間もなく発刊される「アディクションと家族」誌(23巻3号2006年)をお読み頂くこととして、ここには原稿にはない(紙数の都合で載せられなかった)エピソードなどを適宜挿入してみたいと思っています。
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この原稿を書くにあたって参考にさせて頂いた3人の人々との対話(雑誌に収載)も、このブログに載せられれば載せようと考えていて、既にお二人の方々からは了解を頂いています。
これはクレプトマニア(窃盗癖)について書いたものですが、この反社会的行為に伴う罪悪感に焦点を当てています。「行為が罪悪感を導くのではない、罪悪感がそれに見合った犯罪行為を導くのだ」という逆説的な見解を比較的じっくりと考えてみたものです。まず、以前この着想について書いた新聞コラムを紹介するところから入りましょう。
東京新聞・本音のコラム(06年4月26日)
罪悪感なんて無ければ無いに越したことはないと思う。精神科医を四十年やってきて思うことはそれだ。世人は誤解している。何か悪いことをしたので罪悪感が生まれると考えている。逆だ。
人は根拠もなしに罪悪感を抱き、その大きさに見合った罪悪をやってのけるのだ。あるのはまず「感」、ついで「行動」なのであってその逆ではない。これを読みまちがえたおかげで、つい十年前まで、私は大いに悩んだ。過食・拒食少女が万引きする理由も、窃覗狂青年や強姦青年が女性を犯す理由も皆目わからず、わからない自分を責めた。
わかってみればコロンブスの卵。ああいうものは、ヒトという生物の巨大な脳皮質が起すカラ騒ぎに過ぎない。だから驚くほど無個性なものなのだ。人は自分に課された役割なるものを勝手に読みとろうとする。ここから「根拠の無い罪悪感」が生まれる。
子どもたちは親の期待を読みとり、その「読みとり」が勝手であることを理解しようとしない。そして「親の期待」という幻想が生み出した罪悪感に苛まれる。そして「親の期待が重すぎた」と恨む。この際ハッキリ言おう。
たいていの親(異常者という例外はある)は子に期待などしていない。せいぜい元気でいて欲しいと思うくらいだ。何を間違えたか、自意識過剰な子どもが「普通」であってはならないと勘違いし、普通であるくらいなら狂気でいよう、犯罪者でいようと考える。バカだ。
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2006年10月25日 17:27:[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]