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2006年10月19日
Nさんからの手紙
締め切り原稿に追われてご無沙汰していました。この年になってこんなに忙しいのは変だというくらいに時間がなくなっていて、我ながら「これはまずい」と思っています。
渋谷(外苑神経科)での臨床が入ってきたのも一因ですが、広島(ワークショップ)、仙台(シンポジウム)、大阪(市民局講演)と続いて、麻布・讃岐会館でのワークショップ(これは地元)になだれこんだのがきつかった。加えて家族病理学・通年講座(IFF主催)とAIU/CSPP日本修士プログラム(社会病理学、秋期講座)が始まり、それなりの準備もしなければなりませんでした。
以前なら楽々こなしていた日程なのですが、最近は家にたどり着くとひっくりかえっていることが多くなっています。
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あいかわらずクリニックの皆さんの言動は面白いし、火曜の夕方(「オープンカウンセリング」と「親のための相談」)の活き活きした会話も楽しんでいますが、それらを書き留める時間が減っています。ただ書き留めるのなら簡単ですが、ここに事実そのままを載せるわけにはいかないので、大幅に脚色する。それについては結構時間をつかうのです。
とはいえせっかく始めたこの欄を空け続けるわけにもいかないので、皆さんからの手紙の紹介から再スタートします。
その後で最近書いた原稿のいくつかを紹介することになるでしょう。
Nさん(30歳代、女性)からの手紙 2006年9月7日
斎藤先生、こんにちは。先日もお手紙に書かせて頂いたのですが、JUST通信に私が書いた文章を載せて頂きました。文章の内容は、2004年5月に講演プログラムの中で「私の悩み」という題で話させていただいたのと同じものです。
2年前に、「私の悩み」講演をさせていただいた後、ずっと私はこの文章についての感想が出て来ませんでした。感想が出て来なかった理由は、心の形にこの文章がピタリとはまってしまい、「すきま」がなかったからではないかと推測しております。
でも、2年が経ち、今回JUST通信に載った自分の文章を改めて読んでみて、ようやく感想を感じるすきまが出来た様に思いました。上手く言葉にするのが難しいのですが、感想は「これは私にとってノンフィクションの話だけれど、同時に今はフィクションでもあるな」です。斎藤先生は、「記憶は創作でもある」という様な話をされることがありますが、その言葉の意味がうっすらとわかった様にも感じました。
さて、「すきま」というと、少し前に先生がIFFのブログに書かれていた、心の「空隙(くうげき)」や「重石」の話を思い出します。それで、「空隙」や「重石」という言葉から連想した事を書かせてください。
2年位前、ヨーロッパやアジアでの生活が長かったUさんという女性が「独身の頃、インドのメコン川の辺りを旅している時、心にぽっかり穴が空いた様で悲しかった。」という様な話をなさっていました。先生はUさんに「皆、心にいくつか穴が空いている.そして、その穴には、ハトとかカメムシとかが住んでいる」という様なコメントをされました。ハトはともかくカメムシというのがおもしろく大変印象深いお話でした。
以来、「私の心に穴が空いているとしたら何が住んでいるかしら?」と考えていました。私は、布団嗜癖者なので、ベタな考えでいくと、ナマケモノという動物が住んでいるかもと思いました。また、化粧好きで、化けているつもりなので、タヌキなども住んでいる様に思います.そして、他者にとっては臭いであろう、自己憐憫を時々やるので、カメムシも住んでいるのではないかと考えています。
さて、この程「昔、自分が書いた文章への感想」という形で、新しい穴というか、「すきま」が出来た様に感じているわけですが、このすきまには何か「自分を大切にし、同時に他者も大切に出来る」ような生き物が住んでくれたらいいなと感じています。・・・そうは、上手く行かないだろうとも感じているのですが。読んで頂きましてありがとうございました。では、また。
2006年10月19日 11:19:[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]