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2006年09月08日
外傷性記憶を語った後(1/3)
[S]以下はある女性からの手紙です。その女性の外傷体験とその後遺症については以前、「外傷体験の解凍」というタイトルでご紹介しました。その際、ご当人の体験の内容も成育状況もまったく変えました。この虚構はもちろんプライバシーの保護のためです。
しかし最後の手紙の中の「ひとつの言葉」とその周辺だけは「本物」を使いました。読者の中には憶えておられる方もいるかも知れませんが「(皆の前で外傷体験を語った後)かさぶたが剥がれ落ちた感じ」がしたというところです。この女性の半年後の様子を知らせてくれたのが以下の手紙です。今回はあえて手を加えることを極力抑えました。その女性かも了解を頂けたことはもちろんですが、その必要をみとめなかったからです。何よりもこのような症状の再燃や残遺、それについての当事者の「思いのそのまま」こそがお伝えしたいことだからです。
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手紙、その1、06年7月某日
S先生へ。先週(金)の夜、ベッドで先生の『自分の居場所のみつけかた』(大和書房)を読んでいたら急速にある気づきが推進力を持って起こり、起き出してノートに書きはじめました。まず私の「欲望」を書いてみました。「もっと他人から関心を持たれたい」、「愛されたい」と書きました。
私は、今までは無関心にあつかわれることに慣れ過ぎていて、関心を持って欲しいと思うことをあきらめていました。関心を持たれるとかえって居心地悪く困惑し気まずくはずかしい感じがしました。セラピーとか治療とか限定された場面だけでなく、もっと日常的に夫やまわりの人に関心を持たれたいです。最近、人と関わる時、相手の無関心に欲求不満を感じるようになりました。関心を持ってもらうことのうれしさ、心地良さ、何か自分の内側から輝くような感覚がよみがえってまたからです。それは先生のミーティングでシェアをして先生とディスカッションをすることで取り戻した感覚です。
夫はとても優しく親切で、これから私と一緒に楽しみたいこと、私を喜ばせることの計画で頭が一杯なのに、私の過去、歴史、人間関係、悩みについては関心がありません。最近まで23歳以前の自分を切り捨てていたので、夫から過去について聞かれないことが救いだったのですが、これからはもっと質問して欲しい、知って欲しいと思っています。私の回想の中の「危険な部分」は大幅に縮小され、限定されてきたからです。
2006年09月08日 17:26:[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]