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2006年08月17日

胸の中の石ころ(3/4)

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(S)あなたからのお手紙、たびたび使わせて頂いています。わかりやすくて私好みです。いつも事後承諾ですいません。今回は御連絡差し上げましたっけ(そのような記憶もあるのですが、他の方と間違えているのかも知れません)。

 アディクション(嗜癖行動)は切迫した空虚感を防衛する手段ですので、それを手放せばまた空虚に悩みます。あなたがウツと呼んでいるものの本質はこれです。回復というのはこの空虚感を自分で管理できるほどのものに小さくして行くことです。この空虚は感情としては「寂しさ」として感じられます。寂しさには(1)パニックをきたすほどの「赤ちゃんの寂しさ」と(2)そこから創造性と表現が導き出される大人の「寂しさ」があると、どこかで書きました。多分、『「自分のために生きていける」ということ』(大和書房)だったと思います。回復とはこの(1)から(2)への推移のことです。

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 「一人で生きる」ということには寂しさが伴います。このとき慌てないことです。湧いて出てくる感情には責任を持つなというのが私のお勧めであることはご存知と思います。感情は唾液や汗や屁のようなものです。状況に応じて生じる生理現象ですから自分でコントロールできるものではありません。湧き出てしまったら次の感情へと移るのを静かに待てばいいのです。ひとつの感情の持続時間は20秒から1分前後のものだそうです。勝手に消える泡に過ぎないものにこだわるのは、そうしなければならないという皆さんの信念ないし誤解です。「寂しさ」にしろ「怒り」にしろ、感情を消そうとしていじくりまわすから、一つの感情が長引くのです。(続く…)

木附ブログ

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2006年08月17日 10:49:[←ブログメインに戻る]←IFFトップページへ][↑ページ上端へ