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2006年08月04日

「胸の重石」の正体(2/5)

image060804.jpg(Q)中学2年のときです。同級生二人とお祭りに行くことにしたんですが、一人来られなくなって二人になった。そうしたら急に話ができなくなって困ったのです。私、それまでは道化師のように冗談ばかり言って人を笑わす子だったんですけど。

 しらけてお祭りから帰ったら、何だか悲しくて泣いてしまいました。それを見た母が「どうしたの?」と訊いてくれたので、その午後にあったことを話しました。でも通じない。私は焦って、もがきましたが説明の言葉が出てこない。
 そんな私に母は長い時間付き合ってくれたんですが、結局私は母に大事なことを伝え切れませんでした。
 そのとき、私の胸に「小石のようなしこり」が残ったのです。

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(S)その小石が徐々に育って大きな重石になつたのですね。お母さんとの会話の後に生まれた小石って何でしょうね? 

 ある人(30代前半の女性)はそれに似たものを「空隙(くうげき)」と呼んでましたよ。「亀裂(きれつ)」とも。
 その女性は10歳ころとても活発だったそうです。高校生のときには過食しては自室でひとりで泣いていた。この間に何があったかというと、12〜13歳ころ、親たちのセックスの際の母の声を聞いています。
 この女性は3姉妹の長女で、母親を「かわいそう」と思っていた子でした。身勝手で暴力的な父に服従させられている母を気遣い、両親の間を調整しようとして元気な子を演じ続けていたような子でした。
 だから、彼女が元気にクルクル動きまわっていたころ、彼女は母親の分身といった存在だったのだと思います。自分は母で母さんも自分という世界です。でもこの幸せな時代はいつまでも続かなかった。

 だんだんお母さんに批判的な気持ちが出てきて、それを現在の彼女は空隙と呼んでいるのですが、もちろん小さなころはそんな言葉を持ち合わせていません。ヘンな感じといったものだったのでしょう。
 セックスの時の母の声を聞いたことが、この違和感を決定的なものにしました。それでも彼女がお母さんを気遣う気持ちは変わりません。「かわいそうだ」と思いつづけているのですが、その思いが「あの声」以後、「複雑微妙なものになって、かえって母への思いに絡め取られた」と言っています。

 その女性はセックスを嫌悪する少女になり、そうした少女にありがちなように「拒食症」になりました。やがて過食して吐くことを習慣にするようになってからは泣き虫で引きこもりがちな少女になりました。彼女はその「空隙」を食物で埋めようとしていたのです。

 今、その人には優しい夫がいて、自分も保育士としてフル勤務しています。そういう職業を選んだくらいですから子どもは大好きなのですが、セックスはきらいです。そもそも男というものにどこか嫌悪感を持っていて、触られることも苦痛です。その分お母さんへの想いを断ち切れていません。それが辛いので、実家に帰れない。それどころか母からの電話の声を聞くだけでパニックに近い状態になります。

 あなたも実家に帰れないんでしたね?(続く…)
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2006年08月04日 10:37:[←ブログメインに戻る]←IFFトップページへ][↑ページ上端へ