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2006年08月16日
胸の中の石ころ(2/4)
(続き)
私はいつも「自由になりたい」という形のはっきりしない夢を見て生きてきました。でも、「不自由」を手放すとウツになる。先生の言葉「一人で生きる力」がつかないままアディクションという杖をついてもがいていました。今、借金問題が片づいてみたら杖をなくしたようで、またもがいています。「地獄の形」はリアルに思い浮かぶのに「幸せ」とか「自由」とか、私が欲しかったはずのモノの形がわからないのです。
主治医の先生は「わからなくていい。自由は所有した時でないとわからない」と言ってくださいました。「一人で生きる力」をつけていくにはやはりミーティングだろうと改めて思いました。あせらず行こうと思います。先生のことが「なんだただのジジイじゃないか」と思える日までヨロシクお願いします。でも私きっと「ただのジジイ」の先生も大好きです。(続く…)
2006年08月16日 09:51:[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]