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2006年08月21日

心の亀裂(キレツ)(1/2)

image060821.jpg 今日2回目のお手紙ですいません。今、斎藤ミーティングがおわりまた図書室で書いています。今日はシェアする人の数も多く・・・なんかずっと聞いてて疲れました。今日は主治医の先生の診察のあとの話と自分の中の穴(スキマ、キレツ)の話をしたのですが・・・斎藤先生が私がシェアしたことに対して「あなたは自分の穴は大きさは小さいけれど奥にずっと深いって言ったのはそのとおりだと思う。でもそれがあなたの『個性』です」と言われました。

 そして「スキマが小さいから食べ物で埋めようかって発想になるから、そのキレツを太平洋のように大きくすれば食べ物じゃどーしようもなくなる。それを狙ってます」って話されてました。でも・・・今の穴だけでもそのまま持ってられないのに、キレツが入って大きくなったらどうなるんだろって思います。

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 先生の今日のお話からうけとる私の中での穴が大きくなるイメージは、今胸の所に小さいけど深く地のそこまでつながっているよーな感じの穴がどんどんおおきく広がっていって自分の体がさけてしまうというようなものです。

 でも(今ふと思ったけど)それでいったん自分がさけて(穴の力におされて)こわれてから、前先生が話されていた自分自身の統合がちょっとずつできてきて1つの自分(切れ切れじゃない)になれるのかなーって・・・今これを書きながら(頭での理解でしかありませんが)ふっと思ったりしました。

 それと先生が「アディクション(私の場合は過食嘔吐習慣)を止めるには『我慢』も必要だよ」と言われ・・・「やっぱりそうか・・・」って思いました。
 今日、午前中手紙を先生に書くことで吐くのをそらしたけど・・・それも自分へのごほうびって先生に言われて「そうかあ」と思いました。「ごほうび」というと、なんかすごい大げさにとらえがちですが。「自分に優しくする」ってことなのでしょうか。

 さっき先生に「我慢しないと直らないよ」っていわれ、今まで、なんかもう「どおでもいいや」みたいに自分でなげやりに流されて吐くほうを選んでしまってる日が多かったのはほんとだし・・・。他で我慢してるから吐くことを許してくれっていう思いも心のどっかにあり、それにドドォーっと流されてたと思います。

 今朝、主治医の先生にもいろいろ言われたけど・・・「過食したのは(あの時)必要だったからなんだ」って自分で受け入れることで、「今は必要じゃないからしなくてもいい」って思えるのかな。過食して吐く自分を受け入れないで否定しまくっているから、何でもかんでも吐きたくなるのかもしれないなあーと思いました。
 前、数ヶ月吐かずにいられたときは、「とにかく我慢」って感じでやめられていたのだけれど・・・その時その時で何とか嘔吐することを回避できるようになれるといいのだと思います。思いつくまま書いてみました。最後まで読んで下さりありがとうございました。(続く…)

木附ブログ

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2006年08月21日 11:15:[←ブログメインに戻る]←IFFトップページへ][↑ページ上端へ