2006年08月の一覧
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2006年08月01日
広島で(2/2)
午後の公開カウンセリングは講演の聴衆たちの目前、壇上でセラピー・セッションをライブでやるというものだからかなりの綱渡りになる。
この日は10人ぼどの方々が手を挙げておられて、うち4名か壇上に登り、私と会話した。
前日の個別相談3例も含めて、私としては「突然の遭遇」の方々だった。実際は過去のワークショップに参加されていたり、10年前東京のクリニックにいらっしゃったなど、私が忘れていただけという方も数名いたのだが、私の体験としてはその当日に初めて出会った方々なのである。
===
休憩なしでやってしまったため、最後になって尿意に苦しめられたり、帰りの新幹線の時間が気になったり。公開カウンセリング後のディスカッションの時間をもっと取れたら良かったのだが、私としてはあんなところが限界なのだろう。
今回は排泄のことが気にかかった。土曜日の症例検討でも頻尿を感じたのだが、そのせいもあったか日曜日午前中の講演では「糞尿の排泄訓練と人間関係」ということについてかなり突っ込んだ話をした。
その日の午後のような「トイレ休憩なし」の講演やワークショップは私にとって何でもないことだったはずなのだが、あの日は違った。ディスカッションの時間に手をあげてくださったご婦人には迷惑なことだったろうが、かなり長く感じた質問を聞いているうちに容易ならぬ切迫感に襲われた。
こういうのもやはり「年のせい」と言うのだろうか。「自然が呼んでいますので失礼」と勝手に話を中断させて頂き、司会者の許可も得ずにトイレに行かせてもらった。
10分ほどして戻ってみたら皆さんまったくそのままお待ちになっておられたのでびっくりした。広島の方々は寛容で忍耐強いと思った。
9月の何週目かの土日にも同じような催しがあるはずなので、山陽山陰中国四国北九州の方々の参加をお待ちします。
(問い合わせ先:ひろしま家族機能相談所、・082-249-4121 )
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2006年08月03日
「胸の重石」の正体(1/5)
(Q)25歳になります。中学ころからずぅーと現実感が無くて、胸に重石が入っている感じがしていました。それが苦しくて、19歳、大学2年のときに校舎の2階から飛び降りてみましたが、死ねませんでした。
それをきっかけに学校を辞めて、それから暫くして家も離れてアルバイトを幾つかしてきましたが重石は増すばかり。このクリニックへ来て治療を受け始めましたが、胸の苦しさは変わりません。
最近は胸が痛くて張り裂けそうでたまりません。昨晩はボーイフレンドと一緒だったんですが、セックスしても何も感じなくて、そのまま裸で外へ出てタバコ吸ってました。
これじゃ生きていてもしょうがない。死のうかなと思って彼の部屋、3階なんですけれどそこまで戻って飛び降りようとしたけれど、やはり怖くて部屋に戻ったら彼はイビキかいて良く寝てました。
===
私は風呂場へ行って手首を切ったらけっこう血が出た。いつのまにか彼が起き出してきていて、しゃがんで手首の血を見てた私の後ろに立ってて、それからティシューを持ってきて傷口に強くあててくれました。救急車呼ぼうか?って言いましたが、断って彼のベットに転がったら彼は手首を握っていてくれた。
私はその後寝ちゃったらしいんですけど、彼は私がまた部屋を出たり手首を切ったりするんじゃないかと心配して、ずっと朝まで起きててくれたそうです。
このままこんなふうに過ごしていてもしょうがないかなって思います。この張り裂ける感じは何なんでしょう? 治るんでしょうか?
(S)5年前に初めてお会いしたころのあなたは、「胸の重石」と言ってましたよね。ここにこんな風に入っていると絵に描いたりして・・・だから私はセネストパチー(cenestopapathie<仏>,cenestopathy<英>=体感症、体感異常、体感幻覚症)だと思いました。
ここからは統合失調が始まることもあるし、うつ病がはっきりしてくることもあります。でも、このごろのあなたは「胸が痛い」「張り裂けるようだ」と言ってますよね。変わってきてるんですよ。それに、あのころのあなたはひとりぼっちで放浪していた。帰って来いという親の家には居られないで、どこにも居場所がないようだった。
今もそれは変わらないのかも知れないけれど、少なくとも今はそのボーイフレンドのところにあなたは居られる。その点は良くなっているのだと思います。
ただ手首切り、腕切りなどの自傷行為は困りますね。おそらく疎隔感や空虚感を伴う現実感喪失(derealization)が苦しくて、感情をリセットしようとしてやるんですね。
痛みと出血でアドレナリンやドーパミンが放出されますから覚醒作用もあるし、その後ではおそらくセロトニンの活性化も起こって、精神安定と睡眠導入につながるのでしょう。おまけに出血などのSOSサインによって周囲からの支援も得られやすくなる。いろいろ便利なのですよ、自傷は。
その重石は何ですか? というご質問ですが、まずいつからそれが出てきたかを考えてみましょう。憶い出せますか?
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斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 10/07 08 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2006年08月04日
「胸の重石」の正体(2/5)
(Q)中学2年のときです。同級生二人とお祭りに行くことにしたんですが、一人来られなくなって二人になった。そうしたら急に話ができなくなって困ったのです。私、それまでは道化師のように冗談ばかり言って人を笑わす子だったんですけど。
しらけてお祭りから帰ったら、何だか悲しくて泣いてしまいました。それを見た母が「どうしたの?」と訊いてくれたので、その午後にあったことを話しました。でも通じない。私は焦って、もがきましたが説明の言葉が出てこない。
そんな私に母は長い時間付き合ってくれたんですが、結局私は母に大事なことを伝え切れませんでした。
そのとき、私の胸に「小石のようなしこり」が残ったのです。
===
(S)その小石が徐々に育って大きな重石になつたのですね。お母さんとの会話の後に生まれた小石って何でしょうね?
ある人(30代前半の女性)はそれに似たものを「空隙(くうげき)」と呼んでましたよ。「亀裂(きれつ)」とも。
その女性は10歳ころとても活発だったそうです。高校生のときには過食しては自室でひとりで泣いていた。この間に何があったかというと、12〜13歳ころ、親たちのセックスの際の母の声を聞いています。
この女性は3姉妹の長女で、母親を「かわいそう」と思っていた子でした。身勝手で暴力的な父に服従させられている母を気遣い、両親の間を調整しようとして元気な子を演じ続けていたような子でした。
だから、彼女が元気にクルクル動きまわっていたころ、彼女は母親の分身といった存在だったのだと思います。自分は母で母さんも自分という世界です。でもこの幸せな時代はいつまでも続かなかった。
だんだんお母さんに批判的な気持ちが出てきて、それを現在の彼女は空隙と呼んでいるのですが、もちろん小さなころはそんな言葉を持ち合わせていません。ヘンな感じといったものだったのでしょう。
セックスの時の母の声を聞いたことが、この違和感を決定的なものにしました。それでも彼女がお母さんを気遣う気持ちは変わりません。「かわいそうだ」と思いつづけているのですが、その思いが「あの声」以後、「複雑微妙なものになって、かえって母への思いに絡め取られた」と言っています。
その女性はセックスを嫌悪する少女になり、そうした少女にありがちなように「拒食症」になりました。やがて過食して吐くことを習慣にするようになってからは泣き虫で引きこもりがちな少女になりました。彼女はその「空隙」を食物で埋めようとしていたのです。
今、その人には優しい夫がいて、自分も保育士としてフル勤務しています。そういう職業を選んだくらいですから子どもは大好きなのですが、セックスはきらいです。そもそも男というものにどこか嫌悪感を持っていて、触られることも苦痛です。その分お母さんへの想いを断ち切れていません。それが辛いので、実家に帰れない。それどころか母からの電話の声を聞くだけでパニックに近い状態になります。
あなたも実家に帰れないんでしたね?(続く…)
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斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 10/07 08 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2006年08月07日
「胸の重石」の正体(3/5)
(Q)ええ。去年の4月にひと月ほど家に居て、そこを出てから帰ってません。母からは帰ってくるようにと連絡があるのですが・・・家に居るといっそう苦しくなるんです。
このクリニックに来ることを決めたとき、親たちは反対して実家のある県の県立精神保健センターを受診するよう勧めました。そのときも私は自分を説明できなくて、裸になりました。胸から腹にかけて切り下ろした傷跡を見せたのです。それから親たちは私のやることに反対しなくなりました。
===
(S)そうでしたね。あのころ一度だけお母さまにお会いした記憶があります。きちんとしていて論理的なお話のしかたをされる方でした。いわゆる「まともな人」。確か以前は教師としておつとめなさっていたとか。お父さまも先生でしたね。
あなたはしっかりした家のお嬢さんで、国立大学の教育学部に進んだのに、まるで、そうしたすべての「まとも」に対抗しているかのようでした。多分、あの強力なお母さまの居る家の中に呑み込まれたり、溶かされたりするのがいやだったんでしょう。
手の甲を蝶々の形の切って、そこにブルーブラックのインクを垂らして入れ墨した。それから家を出て放浪した。ホームレスみたいなおじさんと仲良くなったり、警備員になったり、ゴンドラに乗って高層ビルの窓ふきをしたり。まるで死と隣り合わせみたいな生活を選んできた。
それらのすべてがお母さんとの会話の後に残った「小石のようなしこり」から始まったと考えると何かが見えてくる気がします。(続く)
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 10/07 08 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
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2006年08月08日
「胸の重石」の正体(4/5)
(続き)
(Q)私には何も見えませんが・・・
(S)お祭りのとき友だちに話す言葉を失って狼狽していたあなたは、そのとき初めて「自分」というものに気づいたんですよ、多分。そんなものに気づきたくなかったから、あなたは大急ぎで母親と話をした。彼女の分身に戻りたかったのでしょう。
あなたは確かご両親の子どもたちの中の唯一人の娘でしたよね。あの家族の中で、あなたとお母さんだけが女性。それまで2人だけの世界を分かち持っていたのだと思います。その世界に戻りたかったのに、あの瞬間から戻れなくなってしまった。思春期に入って「自己」という重いものを感じてしまったのでしょう。
===
さっき紹介した女性が「空隙」と呼んだものと、あなたが「小石」と呼んだものとは同じものだと思います。あなたたちは何かの理由で母親に囲い込まれていただけでなく、そこから離れた自分というものを感じることを怖れていた。少なくともそんなものを感じないでいたかった。
そのように考えると、最初に小さなしこりとして感じられたものが、胸を圧迫し、喉をしめつける岩に成長したのは、その分だけあなたの「自己」が成長したことになります。成長した分だけ「さびしさ」の感情は強まり、いまや「心が引き裂かれるほどにさびしい」のであなたはあのボーイフレンドのところへ行くのです。
それでもあなたのさびしさが癒されないのは、多分、あなたがお母さまに感じている罪悪感のためです。これはまったく根拠のない罪悪感です。だって成長した娘が母を捨てるのは健康なことですからね。
さっきの女性と違うところは、彼女は「空隙」を感じたので、その穴を食べ物で塞ごうとした、つまり嗜癖行動で幾分なりとさびしさを紛らわせることができた。しかしあなたは石とか岩とかといった「心を塞ぐもの」を感じてしまったので、それを代りのもので埋めることもできない。嗜癖でごまかせない、ということです。(続く)
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2006年08月09日
「胸の重石」の正体(5/5)
(続き)
(Q)そうすると、その重石はどけられないし消すこともできないというわけですか?
(S)あなたはこの5年、重石を消そうとしてきた。そして消せなかった。それならその重石を自分の一部として引き受けてみてはいかがですか。さびしさを感じるのは大人になってしまったものの宿命ですから。重石はあなたの感情で、その主な成分はさびしさ、それを重く感じさせているのは罪悪感です。
さびしさについては、その感情を消そうとせず、ただ感じてみてください。それは意外にイキイキとした感情で始終揺れ動いて大きくなったり小さくなったりしています。しかしそれは危険なものではありません。そこからは涙やため息と一緒に詩や歌が生まれます。創作の源泉です。
===
罪悪感は減らしたいものです。これは人の愚行や悪行のもとです。あなたの自傷や自殺関連行為もここから生まれ、それらを繰り返すたびに罪悪感が強まるという悪循環に入っています。これが生まれたもとを考えてください。それは母親との会話から生まれた違和感だったのですから、その空間に戻ってみるのです。
そうです。お母さまのところへ戻ってお話しなさい。あなたとお母さまとの間の空間こそ、罪悪感の捨て場です。あなたは自分の心の育つ力を怖れ、それをお母さまに止めてもらおうとした。しかしそれをしてくれないとわかってお母さまを恨んでいる。そこから罪悪感が生まれているのです。
しかし考えても見てください。子どもの心の成長を砕こうとする親は「危ない親」です。あなたのお母さまはその種の「危ない母」ではありませんから、あなたの幼児退行への願望を受け入れなかったのです。お母さまのもとに戻り、対等な女性として話し、また家を離れるということを繰り返しましょう。あなたの罪悪感は母のもとに帰るたびに減って行くはずです。
(付記)誕生した人の子が母との隙間を感じるのは、ここで話されているよりずっと早い時期、恐らく8〜18か月の間であろう。
乳児は飢餓と渇えの中に生まれ、母乳への「欲求(必要)」が充たされたことによる原初の充足の記憶を「欲望」として生きる。やがて乳汁(良いもの)が「他者」から与えられるものであることを知らざるを得なくなって「自己」というまとまりと他者との「空隙」に気づくようになる。
それ以後、生涯を通じて人は「(他者から)見捨てられる不安」におののく存在になるのだが、この不安を緩和する手段も見出す。それは欲求充足の記憶、つまり「欲望」をすり替えることである。乳頭という他者の付属物への欲望は自分の指にすり替えられ、口にくわえられ「空想」のうえで充足する。
しかしそれは空想だから欲求は充たされることなく、「すり替え行為」は強迫的に繰り返される。嗜癖とはこの種のすり替え行為のことであり、だから「指しゃぶり」は最も早期の嗜癖行動である。
この問答で取り上げられている「自己」とは、上に述べたような人生最早期の自己感情ではない。思春期の家(母)離れの際に問題になる水準の「自己意識」が話されている。この時期には母親との分離に伴う「見捨てられる不安」と、それと対をなす「呑み込まれる不安」が生々しい主題となる。ここに取り上げた2人の女性は、これら2つの(逆説的に位置づけられた)不安の間で宙吊りにされている。
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斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 10/07 08 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
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2006年08月14日
読者より
◇20代女性
仕事から帰ってから斉藤先生のブログをチェックして、ネットサーフィンして、課金制の(安全な)出会い系?でメールチェックして、プロフィールの気に入ったヒトとメール交換することが最近の日課になっています。
要はいい年をして仕事以外にすることがほかにないのです。しかし、父親のように酒飲みの愛煙家はぞっとするし、仕事を一生懸命やっているというひとには親近感を抱いてしまいます。
===
母が死んでから今年で10年目。父親のほうは7年目になります。
私は今、教員をやっていて、10年前は大学生で、そのときのことをよく思い出します。以前はフラッシュバックのような形で思い出してしまい、夜眠れなかったり、不快な気分になったり、一人で泣いていたりしました。
10年前に母が死んで、父が食道ガンだとわかってから、わたしは自分の得意分野を生かして、学校の先生になろうと決意しました。好きな教科であることや、なによりも「家庭的に恵まれない生徒の力になれる教師になろう」と思いました。
今では、自分の思い通りの展開ということはないけれど、どんな生徒でも投げ出さずに、「どうしたら将来につながる支援ができるか」を考え、家族構成や環境、本人の興味関心などをふまえながら、できる範囲でおせっかいを焼いています。
おかげで登校しない生徒だが休日に一緒に釣りに行ったり、別の生徒は家庭訪問しても布団にくるまってでてこないのに、電話を時々よこして考えていることを話したりと、何らかのつながりが保てている状況です。
私はIFFの電話相談で、自分のことや仕事で困っていることを話してきたりしました。そのことが、生徒や保護者への共感的態度であったり、切り返しであったりという場面で十分に役立っているのではないかと考えています。
教員としての学校での生活を通じて、自分自身の学生時代をやり直しているのかもしれません。それだけこの仕事は、私の中に入り込んでしまいます。
公務員はぬるいといいますが、そのぬるさを逆利用して、学校つながりの相談機関に生徒の事を相談し、そこで生徒対応のヒントを得て、一方で原家族との関係のとりかたにも活用しているところかもしれません。
広島を訪問されたとき、10年前のクライエントが再び訪れていたことが書いてありましたが、「困っている」ことを認識し、相談に訪れる人というのはわらにもすがる思いであり、しかしながら最後には「自分のために」変えたい、変わりたいと感じている人たちなのでしょう。
私には、教師という顔のなかで、仕事依存のなかで収支バランスのとれた浪費アディクションをしながら、いろいろな本を買いあさり、ワークショップに出かけてきました。教員などやってられるかと長い間思っていましたが、教員をやっていたおかげで、様々なことを吸収してこれたのではないかなあと、考えてしまいます。
他人と本当に親密になるにはまだまだ免疫が必要かなあと思っていますが、メールで出会いを求めているといういろいろな人たちとやりとりをしてみると、ほんとうにいろんな人がいるんだなあと感心させられます。また、メールというツールを通して、身近な人よりも逆に励まされると感じることもあります。私はこのようにして、自分の居場所をこれから先思考錯誤しながら開拓していくのだと思います。
斉藤先生のフランス留学時代の話を聞くと、自分もついそのようなことを考え始めてしまいます。自然の中にいて、体を動かすことが好きなので、いっそそのようなところに何年か身を置いて、ちっぽけだけどかけがえのない自分自身の存在や、自然の雄大さから、人間の悩みのスケールを比較し元気になってもいいのかなあ、なんてなんとなく考えてしまっています。
たくさんの人たちが、斉藤先生のブログを読んでいることと思います。「顔が見えるブログ」って、すごいよなーと。
(わたしもいつか、自分の経験や考えが、いろいろな人に顔つきで伝えられるようになりたいな。)
先生の言葉ややりとりに、元気づけられている一人です。
将来の引きこもりがひとりでも減るよう、というよりも多くの家族が笑顔で過ごせるよう、仕事をがんばりたいと思います。
私の両親は死んでしまいましたが、自分がこの先生きていくために必要な情報を与えてくれる人、関わりを持ってくれる人というのは、時に父親であり、母親であるようないわば親の代用であると感じます。10年たって、そう思えるほど強くなりました。
振り返ってみると、滅多にない家庭環境のおかげで自分は不幸だと思い続けて暮らしていたけれど、その間には何人かとくっついて別れて自分のことだけじゃなくて家族の事も振り返って、仕事にも一生懸命とりくんでみて、息切れしながら自分なりのアディクションに手をだしつつ、これまで過ごしてきました。
まだまだふつうじゃないなと思うのは、予定がつまっていないときにかぎって具合が悪くなること。何もしない時間が本当に耐えられません。おかげでいろいろなところに旅行に行ったりバイクの免許をとったり(振られた腹いせということもありますが)と非常にいそがしい日々にしてしまう自分がいます。…けれど充実していたかもしれません。今後、祖母や他の家族のことで気がかりな物もあるのですが…。機能不全家族だけあって、根っこは強固です。
今は何もしないことにも罪の意識を感じないで済むよう、心身共にいたわってあげたいと思います。
この先10年後、20年後、どうなっていたいか、これからは考えていきたいと思います。
(ちなみに100歳まではガンにかかったとしても健康で生きる予定。)
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2006年08月15日
胸の中の石ころ(1/4)
「胸の中の石コロの形があなたの形だ」と先生に言われて1日ばかりジーッと「私の形」を考えてみました。気が狂いそうになりました。
「私の形」・・・もしかしたらそれは私が今まで生き行動してきた軌跡と、これからどう生きて行くのか・・・ではないか、と思ったら気持ちがほどけました。私の人生に「石コロ」が出現するのは今回がはじめてではありません。
===
私は田舎の土建屋の「ひとり娘」で幼い頃から「いいムコを取れ」「あととり(男)を産め」と周りに言われて育ちました。
「まっぴらごめんだ、私は私の人生を生きる!」と上京した時、初めて「石コロ」を感じました。かっこ悪いけどホームシック。田舎が恋しい。さみしい。この苦しさに耐えきれずバカ男(のちのバカ夫)をつかまえ「石コロ」を始末しました。田舎には帰らずこの男とできちゃった結婚をしました。
次いで「石コロ」はすったもんだを何年もしてバカ夫と別れた後に現れました。「バカが居なくなってせいせいする」のかと思いきやウツ。このときはカウンセラーの所に通いました。
『愛しすぎる女たち』を読んで私のようだと思ったからです。
でも、今から思い返せば「治療キョヒ」のクライアントでした。たださみしいから、私のために時間をくれる人を失礼ながら消費していただけでした。
仕事と新しいバカ男で私は生きながらえていましたが、娘がダウンしました。学校に行けなくなりました。私もこの時、娘と共にダウンできていたら「4桁の借金」を作らずにすんだでしょう。でも私には馬力があった。(不幸な事に)前進して「買い物依存」という次のステージに行ってしまったのです。
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2006年08月16日
胸の中の石ころ(2/4)
(続き)
私はいつも「自由になりたい」という形のはっきりしない夢を見て生きてきました。でも、「不自由」を手放すとウツになる。先生の言葉「一人で生きる力」がつかないままアディクションという杖をついてもがいていました。今、借金問題が片づいてみたら杖をなくしたようで、またもがいています。「地獄の形」はリアルに思い浮かぶのに「幸せ」とか「自由」とか、私が欲しかったはずのモノの形がわからないのです。
主治医の先生は「わからなくていい。自由は所有した時でないとわからない」と言ってくださいました。「一人で生きる力」をつけていくにはやはりミーティングだろうと改めて思いました。あせらず行こうと思います。先生のことが「なんだただのジジイじゃないか」と思える日までヨロシクお願いします。でも私きっと「ただのジジイ」の先生も大好きです。(続く…)
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2006年08月17日
胸の中の石ころ(3/4)
コメント
(S)あなたからのお手紙、たびたび使わせて頂いています。わかりやすくて私好みです。いつも事後承諾ですいません。今回は御連絡差し上げましたっけ(そのような記憶もあるのですが、他の方と間違えているのかも知れません)。
アディクション(嗜癖行動)は切迫した空虚感を防衛する手段ですので、それを手放せばまた空虚に悩みます。あなたがウツと呼んでいるものの本質はこれです。回復というのはこの空虚感を自分で管理できるほどのものに小さくして行くことです。この空虚は感情としては「寂しさ」として感じられます。寂しさには(1)パニックをきたすほどの「赤ちゃんの寂しさ」と(2)そこから創造性と表現が導き出される大人の「寂しさ」があると、どこかで書きました。多分、『「自分のために生きていける」ということ』(大和書房)だったと思います。回復とはこの(1)から(2)への推移のことです。
===
「一人で生きる」ということには寂しさが伴います。このとき慌てないことです。湧いて出てくる感情には責任を持つなというのが私のお勧めであることはご存知と思います。感情は唾液や汗や屁のようなものです。状況に応じて生じる生理現象ですから自分でコントロールできるものではありません。湧き出てしまったら次の感情へと移るのを静かに待てばいいのです。ひとつの感情の持続時間は20秒から1分前後のものだそうです。勝手に消える泡に過ぎないものにこだわるのは、そうしなければならないという皆さんの信念ないし誤解です。「寂しさ」にしろ「怒り」にしろ、感情を消そうとしていじくりまわすから、一つの感情が長引くのです。(続く…)
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2006年08月18日
胸の中の石ころ(4/4)
ウツを嗜癖や他人への世話焼きや恋愛で誤魔化すのを止めてみましょう。ちょっと不安に思われるかも知れませんが大丈夫、あなたには耐えられます。そうすると「表現することの願望」が湧いてくるはずですから、創作してください。例えば、ここに掲載したお手紙は既にひとつの創作です。ミーティングで話すことも創作です。あなたはもう自分の空虚を表現する場所と手段とをお持ちになっておられるので「大丈夫」というのです。
===
この空虚を「隙間」と表現する人と、「石ころ」ないし「重石(おもし)」と表現する人とがいることは先週のブログで述べました。それらの表現はまったく同じものとも言えない気がします。「隙間」という人の方が圧倒的に多く、そうした人々は過食やアルコール乱用などの比較的わかりやすい嗜癖行動を採用するという印象を持っています。
一方、「石ころ」や「重石」という人の場合には、これも先週既に述べたことですが、罪悪感が強いように思います。この場合、「石ころの形」を把握するには空虚感の他にそれに伴う「罪悪感」にも注意を払う必要があるでしょう。例えば、親の期待に背いて郷里を離れたあなたには親たちへの罪悪感が強かったのかも知れません。明るく力強いあなたのお話からは推測しにくいのですが、今回の借金問題処理についてもあなたは親たちを含めた周囲の人々に罪悪感を感じているかも知れません。これらについて考え、それを話してみる(多分話しにくいでしょう)ことが役に立つと思います。
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2006年08月21日
心の亀裂(キレツ)(1/2)
今日2回目のお手紙ですいません。今、斎藤ミーティングがおわりまた図書室で書いています。今日はシェアする人の数も多く・・・なんかずっと聞いてて疲れました。今日は主治医の先生の診察のあとの話と自分の中の穴(スキマ、キレツ)の話をしたのですが・・・斎藤先生が私がシェアしたことに対して「あなたは自分の穴は大きさは小さいけれど奥にずっと深いって言ったのはそのとおりだと思う。でもそれがあなたの『個性』です」と言われました。
そして「スキマが小さいから食べ物で埋めようかって発想になるから、そのキレツを太平洋のように大きくすれば食べ物じゃどーしようもなくなる。それを狙ってます」って話されてました。でも・・・今の穴だけでもそのまま持ってられないのに、キレツが入って大きくなったらどうなるんだろって思います。
===
先生の今日のお話からうけとる私の中での穴が大きくなるイメージは、今胸の所に小さいけど深く地のそこまでつながっているよーな感じの穴がどんどんおおきく広がっていって自分の体がさけてしまうというようなものです。
でも(今ふと思ったけど)それでいったん自分がさけて(穴の力におされて)こわれてから、前先生が話されていた自分自身の統合がちょっとずつできてきて1つの自分(切れ切れじゃない)になれるのかなーって・・・今これを書きながら(頭での理解でしかありませんが)ふっと思ったりしました。
それと先生が「アディクション(私の場合は過食嘔吐習慣)を止めるには『我慢』も必要だよ」と言われ・・・「やっぱりそうか・・・」って思いました。
今日、午前中手紙を先生に書くことで吐くのをそらしたけど・・・それも自分へのごほうびって先生に言われて「そうかあ」と思いました。「ごほうび」というと、なんかすごい大げさにとらえがちですが。「自分に優しくする」ってことなのでしょうか。
さっき先生に「我慢しないと直らないよ」っていわれ、今まで、なんかもう「どおでもいいや」みたいに自分でなげやりに流されて吐くほうを選んでしまってる日が多かったのはほんとだし・・・。他で我慢してるから吐くことを許してくれっていう思いも心のどっかにあり、それにドドォーっと流されてたと思います。
今朝、主治医の先生にもいろいろ言われたけど・・・「過食したのは(あの時)必要だったからなんだ」って自分で受け入れることで、「今は必要じゃないからしなくてもいい」って思えるのかな。過食して吐く自分を受け入れないで否定しまくっているから、何でもかんでも吐きたくなるのかもしれないなあーと思いました。
前、数ヶ月吐かずにいられたときは、「とにかく我慢」って感じでやめられていたのだけれど・・・その時その時で何とか嘔吐することを回避できるようになれるといいのだと思います。思いつくまま書いてみました。最後まで読んで下さりありがとうございました。(続く…)
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2006年08月22日
心の亀裂(キレツ)(2/2)
(続き)
斎藤学からのコメント
スキマ(隙間)とオモシ(重石)シリーズのひとつとして、このお手紙を取り上げさせて頂きました。
キレツが広がるというイメージは確かに怖いでしょうね。でもこのキレツは母親の分身である自分が「自分というまとまり」になるときの過程で生じるものですから、そこで立ちすくむようなものではありません。むしろこのことを自覚できるようになることで、この女性(30代半ば)は20年近く取り憑かれていた「嗜癖行動からの自由」への道のスタート地点に立つのです。
===
確かに「自由」は辛いものです。沢山の時間のカタマリが押し寄せてくるような感じがします。今まで過食と嘔吐とその準備(食材確保や食べ吐きの後始末)に使っていた時間がすべて空白になるのですから。それに過食嘔吐によって誤魔化していた怒りや不満や空虚や罪悪感(この女性の場合、それは郷里に残した「かわいそうな母親」と「私なんかと結婚させてしまった夫」に向けられています)に向き合うことになるのですから。
多くの人々がここで「果てることのない自己分析(という名の自己非難)」というもうひとつの嗜癖の罠に陥り、それが辛すぎてもとの嗜癖行動に戻るか、別の依存対象への没入を始めるのです。
だから幾分かの「我慢」はどうしても必要です。その我慢とは前回のお手紙の女性にもお伝えしたこと。「何もしないで湧いてくる感情をそのままにしておく」という我慢です。
感情は自然に湧いてくるもの、そしてひとりでに去って行くものですから、唾や屁みたいなものです。唾なら呑み込めばいい。屁(怒りや攻撃性)は人に迷惑のかからないように
(トイレでこっそり)放出しましょう。
私のミーティングはトイレのひとつです。ひとりで「自由であることのゆううつ」を「楽しめる」ようになると、そこから作品が生まれると先週書きました。この手紙はそうした「作品」のひとつです。
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斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 10/07 08 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2006年08月29日
書評:岸田秀・原田純『親の毒、親の呪縛』(大和書房)
このところ書評など、他人の文章を読まなければならない仕事が集中して、ブログの書き込みができなかった。頼まれた書評のひとつは岸田秀・原田純の対談『親の毒、親の呪縛』(大和書房)で週刊ポストからの依頼、もう一冊は村瀬学『自閉症−これまでの見解に異議あり!』(ちくま新書)で、これは東京新聞文化部から依頼を受けたものだった。それらを引き受けているうちに、かつてクリニックの来談者でもあったSという、児童虐待の犠牲者体験があり長じてはバタードウーマンとして苛酷な人生を送った女性が書いた文章のゲラ(この本のタイトルはまだ決定していないそうだ)が文芸社という出版社(自費出版的な自伝などを良く手がけているように思う)から届いて、「刊行に寄せて」といった文末の文章が欲しいと言ってきた。我がクリニックの利用者であった人のことだからと断れまいと思ったので、結局、毛色の違う三冊の本を1〜2日に一冊という高速ペースで読むことになった。人の文章を読んでいると自分のものが書けなくなる。
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おまけに書評は極く限られた字数の中に言いたいことを盛るという作業で、結構頭のエネルギーを使う。書評ではなるべく自分の論理を出さないようにしている。その代り、書評を読んだ人がその本を買って読んでみたいと思うように書く。私もそのような書評を書いてもらいたいからだ。以下にそれらを並べ、ご無沙汰のお詫びとする。
(1)書評:岸田秀・原田純『親の毒、親の呪縛』(大和書房)
親からの虐待や呪縛を聞き続けることを仕事にして思うことは、親のむごい仕打ちを訴える人々の抱く親への愛の深さである。愛したいからこそ、親の仕打ちがこたえる。だから彼らは「加害者である親」について語り続けるのであって、理想的な親についての憧れがそれをさせるのではない。そこには「親に愛されなかった自分」の存在を、他者に承認させなければならないと考える強迫がある。人は他者の承認(生きていることの意味の付与)なしには生きられないし、まず出会う他者とは自己自身に他ならないから自問自答の空回りに入るのである。虐待する親は子どもに難解な謎を与え、この謎解きは時に「治療的作品」を生む。ヴァージニア・ウルフは『灯台へ』を書くことで、幼いときに死んだ(自分を捨てた)母への想いを断ったと未完に終わった自伝『過去のスケッチ』の中で述べている。それをヴァージニアは「自己流の精神分析」と呼んだ。
原田純の『ねじれた家、かえりたくない家』(講談社)は日本語で書かれたその種の精神療法的著作のうち最もすぐれたものだ。あれは極めてスリリングに綴られた実父へラブレターに他ならないと私は思う。その出色の「父親物語」を前提にした岸田秀氏との対談が本書である。率直に言うと、岸田氏による物語の相対化は私には退屈だった。私と岸田氏の関心(専門?)の領域が重複していて岸田氏の言葉に既視感を抱いてしまうからだろう。むしろ私にとって収穫だったのは原田氏のその後を教えてもらえたことである。彼女はその後結婚し離婚し、母親として「世間並み」に子苛めをし、それにもかかわらず我が娘から抱擁を求められて慌てたという。興味深い。ゆっくりでいいから、これらのことについての「物語」を書いて欲しい。その際、柳美里に言及して語られているような「小説としての完成度」など求めないでいい。虚構作りのスキルアップなど要らない。そんなものは他の書き手に任せればいい。原田純という希有な(だからこそ普遍的な)人物の「それから」が是非読みたい。(斎藤 学)
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2006年08月30日
村瀬学『自閉症−これまでの見解に異議あり!』(ちくま新書)
映画『レインマン』は、施設にいる「自閉症者」の兄レイモンド(ダスティ・ホフマン)を、ある事情で弟(トム・クルーズ)が連れ出しに来るところから始まる。
「自閉症者」にとっての「他者」である弟は、兄を奇怪に思う。兄の本棚に並んだ本に触っただけでパニックを起こされたりする。レイモンドは本の並び(順序、秩序、規則)が乱されるのを怖れたのだ。
映画は「変化」への予期不安に怯えて飛行機に乗れない兄を弟が車に乗せて旅するという「他者=普通の人」の苦難を描く。
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ストーリーを豊かにしているのは、この種の人々に見られる「イディオ・サヴァン(天才バカ)」的な行動だ。レイモンドはレストランでウェイトレスの胸の名札から彼女の電話番号を言い当てる。引いたトランプ・カードを見て、残ったカードの種類と数を当てる。なぜそれが出来るのか。それはこの本を読めばわかる。
かつて心身障害児施設の職員を務め、子どものこころについての積極的な発言で知られる村瀬学(同志社女子大学教授)が書いたこの本は、「自閉症」についての啓蒙書ではない。むしろ「自閉症」という用語に対する批判の書である。
レイモンドのような行動は「他者」から「症状」と見られてしまう。そして医療や教育トレイニングの対象にされる。しかしその気にさえなれば、自閉症的にふるまう人の考えかたが「普通の人」と地続きであることが見えてくる。
例えばカレンダーや地図などの「目印」の規則性へのこだわりは人類に共有されてきたものだ。
人とは、こうした規則性を発見し、その秩序を維持することによって不安を統制しながら生きるものたちなのだ。それを村瀬は丁寧に説明する。
これら「関係発達の遅れ」を持つ人に対して「普通の人」が自閉するとき、そこに自閉症が発する。だから「普通の人」とレイモンドたちとの関係は開かれなければならないと著者は説く。
教えら考えさせられ、しかも読みやすい本である。(斎藤 学)