2006年04月の一覧
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2006年04月03日
癇癪夫から逃げています(1/4)
相談者からの質問
結婚15年で、夫との間に2人の子どもがいます。今日はこの夫のことについて相談します。
主人は癇癪持ちで、1年に1ぺんくらいですがたまに暴力を振るいます。自分のことに自分で責任をとらないタイプで、何でも人のせいにします。家族で出かけて渋滞に巻き込まれたり、電車に乗り遅れてしまったりしてもぜんぶ私や、おとなしい長男のせいにしてきました。紅葉を見にドライブに出かけたものの目的地に着くと紅葉がすっかり終わっていたということがあったのですが、そのときは、展望台ですっかりふてくされてしまって怒り出し、私をそこに置き去りにして一人で車に乗って帰ってしまったこともありました。家族で映画を見に出かけて、それがつまらない映画だったりすると、怒って先に帰って鍵を閉めてしまい、私たちを閉め出したりします。
===
3年ほど前に、転勤になって家族も一緒に引っ越したのですが、そちらの職場で主人はいじめに遭ったようで、ストレスがたまって、いっそう私たちにあたるようになってしまいました。つまらないことで1カ月も2カ月も毎日ののしられることもあり、私もだんだん元気がなくなってきて、消耗してきました。いまでも、些細なことで爆発します。
引っ越しだとか、中間管理職になった責任のストレスで、またさらに子どもや私のあらを探して、責めるようになりました。
あまり長男にあたるものですから、長男がウツ状態になって、勉強ができなくなってしまいました。これでは危険だと思って、姑の家に預けたんですけれど、今度は姑が長男を囲い込んでしまって、私の元に返してくれなくなり、かえって事態がぐちゃぐちゃになってしまいました。
姑は、主人がこうなったのはすべて私のせいだと長男に言っているようで、長男はすっかり混乱してしまい、私のことを悪く見るようになってしまいました。
以前は長男は主人に「何で僕はこんなに殴られなくちゃいけないんだろう、サンドバッグみたいだ」って言ってたのが、「僕はお父さんにいじめられるから、弟をいじめてもいいんだ」というようになって、すごく反抗的になりました。「勉強しなさい」というと、反抗して暴れるようになって、主人はそういうことも「全部おまえのせいだ」といってまた私を責めます。
わたしももうすっかり疲れてしまい、今、別居中です。この先どうしたものかと思いまして。(続く…)
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2006年04月04日
癇癪夫から逃げています(2/4)
(続き)
斎藤学からの回答
斎藤:夫の転勤による転校でだいぶ環境がかわったんでしょうか、ご長男のストレスは高かったでしょうね。弟の方は6,7歳くらいで小学校の初めからだったら問題ないかもしれないけれど、ご長男は大変だったでしょう。
──でも引っ越した先の学校ではわりと親切に迎えられ、フレンドリーな感じで過ごしました。姑に引き取られてからは転校生イジメみたいなものは少しあったようで、やっぱりそういうことも影響しているのでしょうか。それと私たち夫婦の関係が悪いのと・・・
斎藤:最初の転校先での不適応はあまり目立たなかったのね。むしろ次の転校先でいじめられた。
そのときはあなた(母親)から離されていたわけだから、大事なときにいないあなたを恨んでいるのかも知れませんね。だからこそ、姑(お祖母ちゃん)の刷り込みが効いてたんでしょう。
もちろん全ての前提としてあなたたち夫婦の問題があります。あなたは別居なさってから住み込みで働いていらっしゃるんでしたっけ。ご主人からお金はこないんですか?
──たまに。2万円とか3万円とかそんな額です。今調停中なのですが、私の実家の親には「旦那さんがそうなるのは、おまえの辛抱が足りないからだ」といわれていますし、現実的に離婚となると、この不況下で将来どうなるかなと心配で心配で。
===
斎藤:苦境ですね。まぁ、何とかやっていけると思う他ないですね。絶望しててもしようがない。それよりも、長男があなたのこと嫌ってるっていうのは、いやだね。
──はい。
斎藤:せっかく一生懸命育てた子が「お母さんがいけないんだ」という態度示すと、悲しくなっちゃうね。
──やりきれないです。
斎藤:長男は姑さんに取り込まれたんですね。姑は息子に「お母さん、変ね」かなんか吹き込んでるのかも(参考:『毒になる姑』S・フオワード、白根訳、毎日新聞社)。「お弁当の空き箱の片づけを息子にさせるなんて、そんな怠けたお母さんはいないよ」なぁんて。
──はい。
斎藤:ふうん。でも、あなたの亭主みたいな男は、たくさんますね。日本の男の半分くらいはそういう未熟男じゃない? 女房の前で子ども返りして、いやなことがあると「紅葉が散るのもおまえのせいだ」なんて言う。こういうのに付き合っていても救いがない。やっぱり、あなたがいやだと思ったのは無理もないと思いましょう。お迷いにならないことです。
いま、一番の問題は、あなたが家族から切り捨てられたように感じてらっしゃることですね。「私が捨ててやるんだ」という自分中心の考え方に切り替えた方がいいですね。
で、あなたとしてはどういう作戦を立ててるの? これは戦争ですからね。「ローズ家の戦争」じゃないけれど、勝たなければ。
和戦併用でいったら負けちゃいますよ。もし、家族が再統合されるにしても、あなたが白旗掲げながら「悪うございました」という雰囲気を発散しながら戻ったら、徹底的にやられてしまう。ご長男への影響もひどいことになりますよ。
──はい。そうなったらもう奴隷になるしかないと。(続く…)
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2006年04月05日
癇癪夫から逃げています(3/4)
(続き)
斎藤:「私はあなたとの生活に見切りをつけた。ついてはちゃんとした別れ方をしたいから出すものを出せ」という形にしないと。彼は甘ったれ男ですから、あなたを失うということに直面して態度を変える可能性があります。
ただ日本の離婚裁判は、あなたもお聞きになっていると思いますが、女性側に悲惨な思いをさせる場合が殆どです。不安でいっぱいというのは良くわかります。
しかしこれでも10年前にくらべればずいぶん良くなっているんです。私はずっとこういう、ひどい目に遭ってる奥さんたちの離婚裁判を見てきましたから言えるのですが。私は法律には素人だけど、少しずつ変わってきてるのを感じますよ。
だから、一方的に別居して夫から経済封鎖を受けているみたいな形から抜けることが当面の作業ですね。例えば法的に「婚費請求」をするとか。誰か、間に入ってる人がいるんですか?
===
──はい。しかし調停委員の人は主人の味方なんです。婚費の請求についても「これは法的な強制力はないからね」なんて私に釘を刺すようにいうんですね。「私が10万円ください」っていっても。だから弁護士などを頼まないとだめなんでしょうか?
斎藤:本当は調停委員は弱いものの側に立つべきで、それでようやく「調停」といえると思うんだけれど、夫の味方について虐待されている妻を更に苛めることの方が多いんです。身体的暴力がない場合はね。つまり「調停委員」は「間に入る人」ではありません。だから、あなたの代理人(弁護士)がどうしても必要になります。あなたの主張を強く擁護してくれる人が。
──はい。それと、息子は、だんだん乱暴するようになってきたんですけれど、どうしたら治るでしょうか。
斎藤:あれ? 息子さんとは一緒にいないんでしょ?
──今はいませんが、預けている姑の家が、あんまりいい環境じゃないので心配で。
斎藤:でも、あなたとご長男は一緒に住めるかどうかわからないでしょ。だから心配しなくていいんじゃない?
まずあなたがプライドを失わずに生活できるためにどうすべきかを考えたほうがいいんじゃないですか。とりあえず、住み込みの仕事を見つけて住むところと給料を確保したってことは、あなたが生活する能力を持っているということですよね。これはよくやりましたね。今の生活をとりあえず続けることです。
今、長男はあなたにとって人質のようなものになっています。これにとらわれて、すぐにでも戻らなければと考えないことです。あなたがこれから闘い続ける場合、子どもは2人より1人の方が身軽でいい。その状態で、あなたは、あなた側に立ってくれる弁護士をまず探すことです。
今のあなたの状態だと、混乱したまま放り出されて、子どもからも背かれて、というわけですからあなた自身のメンタルな問題を保護してくれるような人を確保して置かなければならない。つらい闘いになりますから。まあ、お役に立てるかどうかわからないけれど、もし必要なら私の方から弁護士さんを紹介します。
ただ、あなたはあなたで、ちゃんと「自分を守る」という気持ちをもってもらわないと困ります。「息子のことなんかどうでもいい」と、ひとまず思うことにしましょう。まずあなた自身が元気に生きられるようにならなければ。
──わかりました。(続く…)
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2006年04月06日
癇癪夫から逃げています(4/4)
(続き)
斎藤:ものごとの解決のコツは、その人ごと、その場面ごとに「なにが一番大事か」をしっかりつかむことです。優先順位決定ですね。そしていちどきには一つのことだけに没頭する。
この場合だったら、「これから先も夫と一緒にやっていけるのかどうか」についてあなたの態度をしっかり固める。その際に他人の変化を勘案してはいけない。この場合であれば、夫や息子の振るまいが変わるかも知れないと思うことが、それにあたります。
人は弱いもので、愛する者が自分に良くしてくれるようになると信じたい。しかし「他人は決して自分の都合のいいように変わらない」という原則があります。このことを忘れないこと。夫や長男と一緒に暮すことを優先すると、いずれ何もかも失うことになるでしょう。だって夫は今まで以上に居丈高になって癇癪を起し続けるから、いずれ再びあなたは家を飛び出すことになる。長男は、奴隷のようなあなたを見るのが苦しくて、あなたを憎むようになるから、あなたはもっとひどい暴力を息子から受けることになるでしょう。
つまりあなたは「優しかった長男」も失ってしまう。それでも良ければ、家に戻ってもいいけれど、別の道があるのではないかとよく考えましょう。こういうとき大事なのは、まずあなたが落ち着くことですね。
===
自分を落ち着かせるために確保すべきものは、あなたの側に立って話しを聞いてもらえる相談相手です。この場合だとまず弁護士、それから精神的苦悩に対応してくれるカウンセラーか、精神科医。つまり最低2人の人物が必要だと思います。
そのカウンセラーなり精神科医なりが熟練した人であるなら、必ずピア(仲間)との出会いを勧めるはずです。あなたと良く似た経験をしている、あるいはしたことのある主婦か元主婦で、今、同種の問題の渦中にある人か、そこから抜け出した人。抜け出した人のことを「先を行く仲間」といいます。そういう女性たちと語る場を持つ。例えばJUSTはそういう場を提供してくれているはずです。
仲間と出会うと、弁護士さんの評判から裁判の先行きまで、いろいろな情報が得られます。いろいろな人が私と同じような苦労をしてるんだなあ、と思えるようになるだけで落ち着けるものです。そういうわけで、これからのあなたは今まで知らなかった大勢の人々に出会うことになる。それがあなたを変え、あなたは今よりずっと強く賢くなる。
そういうことが済んで、あなたの夫への態度が充分に固まってから子どもの問題に入っていく。場合によっては、このご長男とは縁がなくなってしまうかも知れません。いや、暫くの間ですよ。そんな絶望した顔なさるから、私はビクっとしちゃった。
実はご長男は「強くて柔軟な母」を何よりも必要としているのです。家出前の彼の暴力は夫婦の亀裂を予感して自分の問題に夫婦の目線を移そうとしての試みだったと思います。もちろんそんなこと意識してやってるわけじゃありませんがね。子ども、特に第一子はこういうことを良くするんですよ。実際は今回のように逆効果になってしまうことが多いのですが。そういうわけで、時期がいつかは別として、ご長男は必ずあなたを求めてきます。そうしたとき、どれだけ「強い母」、「毅然とした母」を演じられるかが、あなたにとっても、ご長男の将来にとっても大切なことなのです。
もし、ご長男が現在のように「癇癪夫」で「子ども返り男」の父を学習し、それで済むと思ったら、彼は世の中から手痛い処罰を受けることになる。自己愛だけが発達した、世間知らずで頭でっかちで、他人をバカにすることしか知らない潜在的暴力男になる。しかしこの種の男は実際には他人からの処罰が怖くて世間に出られないから暴力事件も起こせない。要するに世間にありふれた「引きこもり男」になるでしょうね。
仮にそこをくぐり抜けて世に出たら、彼は次世代の「女性の敵」になります。そうなることは本人自身に一番良くわかるから、彼にそこそこの智恵さえあれば絶望します。こうして彼が「底をついたとき」(絶望したとき)、彼はあなたに会いに来る。こうしたとき、家の外に出た母が健在であることが彼を救うのです。そうした「強い母」こそ、男に「男の何たるか」を教えますから。私の定義する「男」とは「利他主義に徹することのできる者」のことです。身を滅ぼしても自分に頼る者を守る。妻と子を身をもって保護する。それが男だということを、それが出来なかった男を捨てることで息子に教えるのがあなたの仕事です。
妻子のために生きられない男が、「世のため、人のため」なんて言うのは悪い冗談です。要するに「強い母」こそ、息子にとっての「父」なのです。
そうは言っても、あなたのご長男には智恵がなく、だから絶望もしないかも知れない。「男」になんかなりたくない男になるかも知れません。そのときは諦めるんですね。諦められますよ。あなたが自分のために残りの人生を送ろうと思い定めれば。そもそも子どもなんて、当てにできないものだと、この仕事をしているとつくづく思い知らされます。どんなに母親が「この子のために」なんて生きていたって、妻なんて金なしで追い出されちゃうケースが多いでしょ。そうすると金のある方につくんですよ、子どもたちは。冷たいものです。「この子のため」という生きかたそのものが間違えてるんでしょうね。そんなふうに思われている子どもが「母のため」に生きたら、いつまでも「家庭という子宮」から出られなくなってしまう。どこかで母は捨てられるものでしょ。それが今なんだということもあり得ると言ってるんですよ。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 6/17 18 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2006年04月10日
暴れる30歳の息子(1/4)
相談者からの質問
30歳の息子のことです。中学2年の終わりの頃から登校拒否になりまして、家庭内暴力が始まりました。それからいろんなことがありまして、現在も家庭内暴力が続いております。一時はどうしようもなくて戸塚ヨットスクールに入れました。あまりテレビで騒がれたので、2カ月半くらいで強制的に出してきました。それからかえって家庭内暴力がひどくなり、閉じこもりの生活が始まり、それを繰り返しているうちに、ある病院を紹介されまして、やっとの思いで入院させていただきました。
入院は長くて3ヶ月です。自分で逃げ出してきたり、またあばれたり、そんなことをこの10何年間で3,4回繰り返してきました。どうしていいかわからずに何年も過ごしてきました。
被害妄想がありまして、「ボーダーライン」とか「統合失調」などと言われたんですけど、本人に病識がないので、家に帰ってくると薬も飲まないし、また暴れる。結局、本能のままの生活が、もう何年も続きました。仕事に出ても3日くらいで帰ってきてしまったり、あるいは自立のために国外へ留学させたときは、強制送還みたいのをされました。
===
いろんなことがありまして、仕事ももう全部で50カ所くらい変わりまして、あらゆるところで迷惑をかけました。もうほんとに警察から、保健所から、ありとあらゆる所へ行ったんですけれど、前の病院でも「もうこれ以上預かれない」といわれました。
ほんとに困ったところ、やっと去年、夫(父親)に全治3カ月の重症をおわせましたので、あちこち探してやっと、ある病院に入れていただきました。それで今現在入院中なんですけれど、この先また帰ってくると同じことが起こるんじゃないかと思います。どうしたらいいかわからなくて、ここへ来ました。
斎藤学からの回答
斎藤:今入院中の病院ではどれくらいおいてくれるんですか?
──それが、未定で。今10カ月たったところなんです。もう、結局、治療というより、ただ置いておいてくれるというだけで。
斎藤:幻想をおやめになることですね。息子さんの治療といいますが、何を治療なさるおつもりですか?
──感情のコントロールができるように。
斎藤:そういうことは成長に従って、人によっては身に付くといったものです。息子さんは子どもじゃないでしょ。もう、30歳になっていますから、だいたい今の状態がこの人の限度だと思います。
特に親に対しては暴力の抑制が利かないから危ないですね。この人は誰かに依存していないと生きていくことができないの。依存できるのは親だけだから、必死で、強制的にでも親から援助を引き出そうとする。それで暴力が出る、こういうことですね?
これは彼の生活態度で、それ自体は治療の対象じゃありません。
──でも、被害妄想とか、視線恐怖、対人恐怖みたいなのが、結構強いときと、そういうのがあるんですけれど、それも直りませんか。
斎藤:基になっているのは対人恐怖でしょう。これは治療の対象になり得ます。被害妄想は、対人恐怖の延長上のものでしょうが、これも治療対象になる。ただ、この種の精神症状に対応するとなると一定の治療者ないし治療的集団の中での人間関係を維持する能力が必要となるのですが、息子さんの場合、そこが欠けていたり貧弱だったりするのだと思います。
一定の人物との関係が育ちにくい人じゃないかな。一人の人に親切にされると、次々に要求を出して関係を食いつぶしてしまう。いわゆる境界性パーソナリティ障害(ボーダーライン)というものが症状の基盤にあるのでしょう。
これに対応するとなると綿密に組み立てられた治療プログラムを7〜8年にわたって持続するという粘りが必要です。その間なんども治療からのドロップアウトがあって、患者も治療者もそのつど治療関係を結び直さなければならない。患者もタイヘンだが、治療者もタイヘンで、一人では応じきれなくなる。だから各職種(複数の精神科医だけでなく看護師、ソシアルワーカー、心理療法士など)からなるチームが、一定の方針のもとにあたらなければならないし、回復者や親たちを含めたグループ療法は必須です。
治療チームの人々とはしょっちゅう喧嘩したりしますので、治療チーム内での相互支援体制(主治療者によるスーパーヴイジョンを含む)が欠かせません。電話相談についても可能な限り応じなければなりません。こういう系統的な治療をすれば境界性パーソナリティ障害は回復可能です。6年後には70%の回復という報告もあります。残念ながら外国人の報告(Zanarini,M.C.,et als:The longitudinal course of borderline psychopathology:6-year prospective follow-up of the phenomenology of borderline personality disorder.Am J Psychiatry,160;273-283,2003.)ですが。私のところ(さいとうクリニック)も、こういう体制を維持するように心がけていて、それなりに成功しています。この10年の間に沢山の回復者/寛解者が出ていますし、そういう事例についての報告なら100例くらいはできるでしょう。それが来院した人の中でどのくらいの割合かについてもきちんとした報告をださなければいけないのでしょうが、まだ整理できていません。
印象で言えば、やはり70%は良くなっていて、最短2年、平均7年くらいじっくり見させて頂ければ何とかできると思っています。ただ何をするにも患者さんの方が治療する気になってくれないと、話が始まらない。私たちは外来での「デイケア」の中でやっているからです。(続く…)
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2006年04月11日
暴れる30歳の息子(2/4)
(続き)
息子さんは「暴れて入院」ということはできても、家から毎朝(厳密には週に4〜5回)自分の意志で通院してくるということができないんじゃないですか?
そうなるとまず、「自分の意志で通院」という「治療動機付け」を作るところから始めなければならなくなる。これがタイヘンなんですよ。
今の精神病院入院は、それなりの必要があってしてことだからそれでいいのですが、この「治療動機付け」の役にはたっていないような気がします。現在の治療内容がわからないので、断定はできませんが。とりあえず、今回の入院はご当人治療のためというより、あなた方を保護するためだったとお考えになるのが適当と思います。治療しているという幻想をお持ちになるから、失望もあるし、将来に虚しい期待を持ってしまうということも起こる。
これまで10数年繰り返してこれられて、わかったこともおありでしょうから、そこをハッキリさせてから以後のことを考えましょう。私には奇跡は起こせません。私にできるのは、皆さんがやってこられたご経験の中から、今後に生かせそうなものを探すお手伝いくらいのものです。そうすると、あなたにできることって何でしょうか?
−−−(無言)
===
斎藤:息子さんみたいな人は、いっぱいいますよね。家庭内暴力から始まって、入院退院を繰り返し、その間に家族、特に親が怪我をしたりする。そういう事例でも初期の介入によってはまったく違う転がりかたしたと思いますね。山の上から雪の玉が落ちたとしても、西の斜面を転がるのと、東の斜面を転がるので、雪崩になったりならなかったりしますね。今、相当大きな雪だるまになってるわけですが、この雪だるまそのものを消し去ろうとしても無理です。
こうなっているときには、落ちて行く先の被害を少なくすることでしょう。先へ進めば進むほど、だんだん選択肢が少なくなってきます。選択肢が幾つか残っているうちに、比較的いいと思われる手段を講じる。あなたに残されてる手段は、なんでしょう?
──結局、親子別々に暮らすっていうこと.......
斎藤:その前に、いまの病院をどうしようっていうことがありますよね。
──はい。やはり、いえにつれて帰ってくると、また同じことが繰り返されるんじゃないかと思ってますので、主人と話し合ってるんですけれども、病院の方でいわれるまで入院させて置いた方がいいのだろうかと。
ただ、ものすごい治療費なんです。今は、個人部屋なんですけど、最初は1日2万円で1カ月で80万から100万くらいかかったんです。いまは、だんだんさげていただいたんですけども、本人を隔離からはなすと、他の患者さんに迷惑がかかるというので、安い部屋には「できない」といわれたんです。
あそこは個室に鍵がかかるのと、全体に鍵がかかるのとあるんですけど、今は鍵を開けていただいたんですが、外には一回しかまだ出していただいていないんです。逃げてしまいますから。うちのは、すぐ。
斎藤:先ほど治療的改善ということは頭の外に出した方がいいと言いましたね。「親に頼れば何とかなる」という息子さんの考えは病気ではないから病院では治せない。となると、今の入院期間を彼の「治療動機付け」のために使うことにした方がいい。あなたも先ほど呟いてましたが、あなた方はこの息子さんと一緒に住んではいけないのです。これがあなたが関わる最後の入院にするのだから、なるべく長い入院がいいのですが、そのためにはお金がかかり過ぎてはいけません。あなたがた二人の今後の生活がありますから。差額ベッド以外のベッドに移してもらうか、それがダメなら入院を切り上げることにして、それまでにあなた方は身を隠す。(続く…)
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2006年04月12日
暴れる30歳の息子(3/4)
(続き)
──今住んでいるところを売って、別の所に引っ越そうかということを考えてるんですけれど、一生今かかっている病院にお世話になることになるとすれば、病院の近くに引っ越そうかと。
斎藤:それでは引っ越す意味がないんじゃないですか? 治療を動機づける上で唯一の方法は、あなた方が彼と一切かかわらなくなることです。といっても息子さんは必死で親を捜すでしょう。
──逃げたところでうちの息子は草の根分けても探し出すと思います。
斎藤:そうですかね。この依存的な息子さんは簡単なことしかできないと思いますよ。例えば元の家の近所の人たちに迷惑をかけることで、親を引きづり出そうとか。それに草の根分けても探されないような方法もあるはずです。
===
そう言えるのは、今まで相談に来られた親たちの中に、そのようにしておられる方々がかなりの数いるからです。息子に探し出されない方法を工夫することは、あなた方のためだけではなく、息子さんのためでもあるのです。それができないとなると、あなた方のご昇天だけが、彼の立ち直る道になってしまう。
姿を消すにはいろいろやらなければならないことがあるでしょうから、早速準備に入って今回の入院中に決行した方がいい。彼が病院から戻ってきて一緒に住むとなると、もう一度最初からやり直しになります。どこかで誰かが怪我をして、警察の介入ないし保護による入院。で、また大金を使う、の繰り返しです。そしていずれあなた方が姿を消さざるを得なくなるときがくる。それなら今をそのときにした方がいい。
むしろ私が心配するのは、この息子さん、依存的な人ですから、あなた方を探し出す努力をしてくれないんじゃないかということです。しっかり親探しをしてくれないと、保健所や警察の出番がなくなって、私たちの出る幕がなくなってしまう。私たちとしては「彼が困っているとき」しか出番がないのです。うまく困ってくれて、地域の中で問題を起してくれた方が、地元の諸機関が動きやすい。
そういうとき、息子さんが困って「自分はヘンだ、治療しなければ」と思うようになれば、私たちに仕事がまわってきます。ご両親が彼を支え続けているうちは、こうした地域からの危機介入の気運が起こらない。
──何年か前にも逃げてみたんですけれど、結局、周りに迷惑を掛けてしまって。
斎藤:迷惑をかけてることさえあなた方にはわからないようにすることが「姿を消す」ということです。「迷惑をかけた」ことがわかれば、あなた方はきっとその場へ出向いてしまうでしょう。彼はそのようにして親たちをおびき寄せるわけです。
それに親の方でも、何やらかにやら、自分たちが探し出されるヒントを残しておくのが普通で、それが「親ごころ」とは知りつつも、「それをしてはいけない」と言うのが私の仕事です。
とにかく彼がなにをやってるかわからないような所へいかなければならないのだが、それが無理とおっしゃるならもう一つの方法を取りましょう。それは息子の問題を隣近所のすべての人々に知ってもらって、その上で「我々はこれから身を隠します。いろいろご迷惑をかけることになるかも知れませんが、これしか息子を立ち直らせる方法がないと、ある人に助言されたのでそうします。ついては何かあったら、警察経由で東京都衛生局の精神科救急鑑定へ(精神保健福祉法24条〜29条参照)」と言って歩くことです。そうしてから思いつく限りで暮らせる処に逃げてしまう。
近所の方々に家の内情を言って歩くのは辛い作業なのですが、協力してくださる方々が必ずいます。そういう人々から私の名前が息子さんに伝わって、彼自身が来院してくることがあるかもしれない。しかしおそらくは私を脅してあなた方の居場所を白状させるためにてやって来ると思うので、すぐには治療に入れません。だから私はあなた方の新しい居場所を知らない方がいい。脅されたり、拷問されたりして白状しちゃうといけませんから。
もっとも私の方でもこうした若い暴れ者たちへの対応は初めてではありませんから、滅多なことでは捕まりません。こういうことが多々あるので、皆さんが私の居場所にたどり着くのはタイヘンなのです。素性の知れた人としか会わないし、会うときは必ず他の誰かが隣の部屋にいます。電話にも直接は出ません。電車などの公共の乗り物もなるべく使わない。駅のホームなどは危ないですからね。こんなふうに警戒してなければいけない仕事をしているのですよ、私は。(続く…)
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2006年04月13日
暴れる30歳の息子(4/4)
(続き)
でも仮に息子さんが私を脅しにきたとしても「きた」ことには変わらない。それをきっかけに何とか治療に持ち込もうというのが私の側の思惑で、脅されながらも親と会える方法を知ってるフリをしたりして、その方法の第一段階としての治療的面接を提案していくのです。もちろんそういうユトリが持てる会いかたができればの話ですが。
さいとうクリニックが始まって最初の頃のケースにこんな人々がいました。あなたの息子さんのような人と、彼に恋した女子大生のお嬢さんです。このカップルは二人ともボーダーラインですけれど、女子大生のほうが、この30代後半になる彼を自分の愛の力で立ち直らせることができると幻想を持ってしまった。こうなると始末に悪いですね。
彼に暴力を振るわれている親二人は既に姿を消していて、ある片田舎の町でひっそりと夫婦で住み込みの仕事をして暮らしていました。元校長先生夫婦だったのですが、そうせざるを得なかったのでしょう。これは私が指示してそうしたわけではありません。
これによって彼の自己愛的憤怒と暴力は随分と治まり、数年は静かに暮していたのですが、その女性と出会ってから全てが振り出しに戻ってしまいました。ついには親も見つけ出したのですが、そのときには私の介入が始まっていたので、私のところで会うことにさせました。父親を帰そうとするときに暴力が出たので、私が殴られることにして父親をタクシーで逃げさせた。
===
このお嬢さんは自分の実家にこの自己愛男(人格診断としては境界性パーソナリティ障害)を同居させたためにご実家の方は大変なことになった。元から悩んでいた娘の自傷と暴力だけじゃなくて、この男の問題まで背負い込むことになり、そこの父親が私を訪ねてきたためにこのケースと接することになったのです。
当時はこのオープン・カウンセリングもありませんでしたから。治療というより危機介入的な状況が続きましたが、結局この男性は、初診から2年後に酔って転落死しました。事故ですが、半分は飛び降り自殺だったのでしょう。そういうわけで私は、この男を救うことに失敗したわけですが、失敗するしかなかったろうと思います。彼に寝食を提供し、将来の回復という幻想を夢見続ける女が傍にいる限り。
こういう、そばにいて食い物をやって寝るところを与えてくれる人を、イネイブラーと呼びます。「支え手」と訳しますが、これがいるうちは、本人は絶対に立ち直ることはありません。この娘とその両親には、今日私があなたに申し上げたのと同じことを言いました。彼らは私の話を録音テープに収め、多分彼を含めて一家中で何回も聞いたのだと思います。彼が死亡したのは、その一週後で、その直後、娘からは私への恨みの電話がありました。
嬉しい記憶ではありませんが、私のしたことが間違っていたとは思っていません。この男は自分の背丈と能力で生きる勇気を持つべきでした。私との出会いがしらの数週のように魅力的な笑顔で私を幻惑させ続ければ良かった。それが出来なかったのは、私との人間関係につきものの距離感に耐えられなくなったからです。
彼は私にとっての「一番で唯一の患者」になりたかったし、それ以外にはなりたくなかった。しかし治療ドロップアウトは彼のような人々にとってはあたりまえのこと。私は彼が治療に戻って来るのを待っていました。ただし恋愛相手の家から離れたうえで。
彼をあんなふうな自己愛モンスターにしてしまったのは実は以前の治療者たちです。彼はハイティーンとして、後には若い成人として某精神病院の医師たちや女性スタッフからチヤホヤされていました。人をタラシ込む魅力を憶えてしまい、それが誰にでも通用すると錯覚してしまった。彼は10数年にわたってその精神病院での人間関係に耽溺し、ついには女性スタッフの一人と同棲するに至りました。この件で一人の女性のキャリアは挫折し、彼はその精神病院との縁を絶たれました。彼が猿の群れからはずれた一匹雄のようにさすらい、女性を誘惑し続けるようになったのはそれ以後のことです。
以上のようなわけで病院に何も期待してはいけません。その病院だけじゃない、どの病院にも私の所のクリニックにもです。今のままの息子さんであれば、そうした人を治す薬も治療法もありません。彼はいっさいの治療を拒否してお母さんの懐に潜り込もうとしているのですから。精神的胎児化に至った自己愛モンスターが求めるのは、いつでも「家」という名の子宮です。それを許してしまったら、回復の途につくことすらできません。そういうわけで、一切の幻想をお断ちになることをお勧めするのです。
ここで私がお話ししたことに、あなたが納得し「まあしこれしかないのか」というあきらめがつくまでに、少し、いやだいぶ時間が必要だと思います。あきらめがついてからで結構です。もし、私をコーチ役に選ぼうと思われるのなら、もう一度私の所へ来てください。しかし私はコーチしかできません。今のところ、息子さんの治療はできません。
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斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 6/17 18 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2006年04月18日
06年4月18日 晴
先週で手持ちの公開カウンセリング資料は出し切りました。これらについては更に手を加え、編集したものをなるべく近いうちに出版します。出版社としては幾つか名乗り出てくださったところがありますが未定です。初刷部数の多いところが望ましいのは勿論ですが、それと同時にできれば年内発売を目指したい。それによって今後、この種のものの出版がどれだけの可能性を持つものかを計りたいからです。
部数がはける(読者から受け入れられる)ということになれば、こうしたものの続編の刊行を考えようと思っていますので。これを読んでくださっている方々の中にどこかの出版社の編集の方がいて関心をお持ちでしたら声をかけてください。
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今年から医療法人理事長を辞めて、著述・講演業者に転じることにした私ですので、年に数冊の刊行は仕事量の最低基準と思っています。ただし、これがうまく行かなければ、また医業にもクリニック理事長にも戻ります。その辺、自分勝手、我がママ、理不尽(ただし他人にとって)という私流のやり方を変更するつもりはありませんので悪しからず。それが結局他人様のためにもなると、ある時期に悟ってしまったのです。「右顧左眄は世のために非ず」と古人も言っていたではありませんか(嘘です)。
出版について言えば、近々(今年5月10日付)新刊『自分の居場所のみつけかた』(大和書房)が書店に並びます。少々厚く(238頁)なり過ぎたと反省していますが、何げなく現代風俗をスケッチしているかのような出だしを読んでいるうちに、いつの間にやら現代最先端の境界性パーソナリティ論およそその治療論に入りこんでしまうという、結構工夫した作りになっています。
これは我がクリニック10年を利用してくださった皆さまへのオマージュでもあります。書き手の私にも楽しめましたので是非ご一読ください。好まれるにせよ唾棄されるにせよ、私の考え方(精神障害と呼ばれるものの本質とその「治り方」)がよくわかるはずです。
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2006年04月19日
バタラーズ・ミーティング(1/2)
午後6時半からの会場に少し遅れて入って行くと、8人ほどの男たちが坐っていた。私が席に着いてしばらくすると、見かけない男がぼそぼそと自己紹介を始めた。45歳であること、会社員であること、うつ病で入院中で、そこの医師の指示でこの集まりに顔を出したこと、あと一月すると離婚が決まることなどを語った。
司会役の営業マンが引き取って次の人物の自己紹介と近況報告に移ったが、私は先ほどの男の顔つきが尋常でないことを気にしていた。彼は切羽つまっている、絶望しているようである。
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この集まりは「バタラーズ・ミーティング」と呼ばれるもので、毎週金曜日の夕方に都心の小さなビルの地下室で開かれている。バタラーとは殴る人という意味だが、ここは男たちだけの会なので、妻やそれに準じる人を殴ったり怒鳴ったりしてしまう男というくらいの意味である。精神科医である私が2001年の1月にこれを始めてから2年が過ぎた。
しばらくして、その男に再び発言の順番がまわってきたので、どうして入院したのかを訊いてみた。数ヶ月前からうつ病ということで通院していたのだが、2週間前、投与されていた睡眠薬を一週間分まとめて飲んだのだという。救急病院に搬送されてから精神科へ入院となり、訪ねてきた妻から離婚したいと言われ、離婚届に捺印したのだそうだ。
このような事態になったのは初めてのことで、それまでは精神科とは無縁な生活をしていた人らしい。結婚して25年、子どもは男の子ばかり3人で一人は既に成人していて、残りは高校生と中学生だという。ここ数年いらいらして妻にあたることが多くなり、よく怒鳴っていた。時には暴力にもいたったが、物を使って叩くようなことはなく、蹴ったり刃物を出したりしたことはないと言った。
更に訊いてみると、結婚当初は彼の両親と同居していて、軋轢が大きくなり、別居したという。最近のいらいらは仕事のことと言うよりも、老いた両親のことで悩んでいたことと関連していたらしい。妻には「なんとなく恨めしい気分」を持っていたという。
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斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 6/17 18 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円 5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2006年04月20日
バタラーズ・ミーティング(2/2)
(続き)
「それにしても危ないね、男の人は死のうと思うと死んじゃうからね。あなたが助かったのはクスリの知識が無かったから。気持ちが落ち着いてから退院しないと次はホントに死んじゃうだろうね」
「でも来週退院します」
「えっ、来週ったってあなたそりゃ無理だよ、延ばせないの?」
「先生が決めたというより、このまま入院してるのが耐えられないんです。離婚のこともどうなってるかわからないし」。
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私たちの会話を聞いていた30代後半の有能そうなサラリーマンが口を挟んだ。
「決着は急がない方がいいと思いますよ。時間を稼ぐんです。とりあえず区役所へ行って離婚届の不受理申請をなさったらどうですか。不必要になればキャンセルすればいいんですから。離婚届に捺印することと、届け出で時に離婚の意思があることとは別なんです。普通、夫婦のうち片方だけで離婚申請に来れば、もう片方に確認の連絡が来るはずです。1ヶ月後には離婚とおっしゃいましたが、それは奥さんが言ったことでしょ。奥さんも迷っていると思いますので、不受理の申請をしてから奥さんに離婚したくないと言うのがいいと思います」
この30代のサラリーマンもバタラーである。彼の妻は、この夫を怖がって住まいのそばの実家に帰っている。妻の実家のそばに夫婦の住居があるのは、妻の父が病身のためで、それを考えて住まいを選んだ彼は元来はやさしい男なのかも知れない。7歳の娘と5歳の息子がいて、結婚歴は10年余り。子どもたちは近所にひとりで暮らしている夫のもとにしょっちゅう帰っている。妻もそうしているようだから、別居とも言えないようなものではないかと思うのだが、私たちのグループに参加してから二人の仲はいっそう険悪になっているようで、とりあえず離婚ということになったそうだ。その決断をするまでに彼は何回か離婚届の不受理申請をしており、それを知った妻をますます怒らせては申請のキャンセルを繰り返していた。
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2006年04月21日
06年4月19日 晴
昨日の続きです。
小学館から発刊を予定していた『男らしさの病』は白紙に戻されました。幾らなんでも発刊予定から3年遅れてまだ脱稿できないというのは無責任すぎました。編集者の人には申し訳なく思っています。
それで、これの既に書けている部分をブログで公開しながら、書いていなかった(書くことがなかったわけではありません)部分を追加して行くことを考えています。まずJUSTのメルマガに小見出し単位のものを出し、こちらは数週で消去し、やがてブログに巻頭部分から再掲してこちらは成書(出版社はもう少し書き進めてから探します)の完成まで掲示しつづける方針です。
今、ブログに掲載中の「オープンカウンセリング:Q&A」も出版後には掲示から削除します。
なお「Q&A」については続編も続けます。ただし現在は会場での採録をしていませんので、質問からして私の創作となるでしょう。こうなるとさすがに掲示回数は減ると思いますが、なんとか続けたいと思っています。
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2006年04月24日
幾つかのパターン(1/2)
この集まりに参加していた8人の男たちの妻への暴力には三つほどのパターンがあると思った。結婚生活が1年前後と短い場合、10年前後の場合、そして上に見たように30年近い場合では、夫婦間暴力にも違う装いがある。
DV法(配偶者暴力被害者の保護等に関する法律、2001年11月施行)絡みかどうかでも違う。これが絡んでいる場合、警察が関与したりして、妻がシェルターなどに保護され、その後の行方はわからないというのが普通で、ときには接近禁止の裁判所命令をかいくぐって妻に近づいた夫が逮捕され失職したりしている。
妻の心が既に別の男性の方へ移っている場合もある。この8人の場合は一人だけ(12.5%)がこれに抵触した男性だが、今までにこのミーティングを利用した53名についてみると、11名で20.7%とかなりの高頻度になる。
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DV法については本書の後半で触れることにして、ここでは結婚年数でみた場合の違いをスケッチしておこう。30代前半のIT技術者の場合、子どもは1歳である。妻は同い年で熱烈な恋愛で結婚したはずなのに、ここ半年ほど口論が続き、ある日の出勤前、妻の髪をつかんでなぎ倒すということをしてしまった。
その前から「○○君(と彼は妻に呼ばれている)、あなたバタラー入ってるわよ」と言われていたそうで、口論の際の罵声がひどいものになっていたらしい。
今の彼だからわかるのだが、出産後の妻が乳児の世話に没頭していたことに、何となく違和感を持っていたようだ。だからもしかしたら、暴力が乳児に向かうという悲劇にもなりかねなかったことになる。
この夫婦の場合、妻は直ちに子どもを連れて実家にもどり、彼はバタラーという言葉を手がかりにインターネットを検索して、このミーティングへたどり着いた。以来数ヶ月、今はひたすら妻の赦しを乞う日々だが、妻の父は「遊びにおいで」と言ってくれるようになったという。
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2006年04月26日
幾つかのパターン(2/2)
この日司会役を務めていた40歳の技術系営業マンの場合、2年前から別居している妻が連れて出た子は7歳になっていた。
妻が彼に勝手に貯蓄を妻名義に換えていたことがわかった。その理由を問いただすうちに逆切れした妻から「子どものためにしたことよ、どこが悪いのよ!」と怒鳴られたことをきっかけに暴力が出て、離婚調停に入った。
このミーティングを知ったのはその頃だが、その後、妻はひとり息子を連れて実家に帰った。この男性はいかにも律儀そうな紳士だが、一緒に暮らすと少々息苦しいかも知れない。この人の両親は離婚していて、父親からはひどい暴力を受けたという記憶がある。母親も冷たい人だったそうだ。
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10年足らずの妻との生活の間にいつのまにやら会話の量は減り、質も貧弱なものになっていたと今ならわかるが、2年前には「なぜだ!」という恨みが強かったという。
私が接していた2年ほどの間に、この人の気分はずいぶん変わった。最初は怒っていて、やがて憂うつになり、死を考えたりすることもあったのに、ある時期からにこやかになって、その頃はある女性を恋していた。今は当時の恋心が勝手な思いこみだったと考えているが、数人の女性とメール友だちになっていて、その中にはいわゆるバタード・ウーマンが数人含まれている。
彼女たちは寂しいといって良くメールを送ってくるが、決して会わないことにしている。ただ、一人の女性とは電話で接しているそうで、彼女の長々とした悩みと愚痴の聞き手をつとめているが、自分たち夫婦の状況については知らせていない。
彼女たちとの距離が保たれているのは、別居中の妻との関係が比較的安定してきたためであろう。今は月に1回、関西の大都市にいる妻子に会いに行って、一日子どもと遊んで帰れるようになっている。一緒に暮らすのは難しいかも知れない、しかし離婚を急ぐ必要もないと、彼も彼の妻も考えているようである。
この人も含めて10年前後続いてからの妻への暴力問題は、いつのまにか降り積もった「不信の埃」の堆積によるものが多い。
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2006年04月27日
マッチョたち(1/2)
この2年の間にやってきた人の中には、ここに紹介した律儀なサラリーマンといったタイプの他にもいろいろな人がいた。医者も数人いたし、警察官も牧師もいた。格闘家を自称する人もいて、この人は怖かった。当時は私自身が会の進行役をつとめていたのだが、この男はDV法そのものに怒っていて、「あれで俺の息子(1歳)が取られてしまったんだ」と怒鳴った。男はこうしたとき、妻がどうこうと言わずにしきりに居なくなった子どものことを言う。
「女房は逃げてから母子寮に入って、今は生活保護を受けている。弁護士なんかもついてさ。俺の計算だとあの女のために月80万の税金が使われてるだよ。あんたたちだって、あんな法律を盾に家庭を壊すことに協力してるんだろう」
と言うので
「協力とはどういう意味?」
と尋ねた。
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「あんたたち、自治体かなんかから補助金もらってんだろ」
「あなた、ここに参加するときに2万円払ったでしょ。この会はあの金で運営してるんですよ。税金は少しも使ってません。ところで奥さんはなぜ逃げたんです?」
「知るか!そんなこと。暴力といったって私はプロの格闘家だからね、まともにやるわけないでしょ」
「でも奥さん怖かったんじゃないの?強いて言えば何度くらい?」
「3度かな」。
どういうわけかバタラーに配偶者への暴力の頻度を訊くと、いつも3回という答えが返ってくる。結婚して30年という場合でも、この男のように1年たらずという場合でも。
「大声あげて手を出したというのが3回だったとしても、奥さんを不安にさせてたとか、怖くて声も出せないようにしたとか、子どもを預けっぱなしにして放っておいたというのはないの? あなた良く勉強してるようだから知ってると思うけれど、心理的虐待というのがあるの知ってるでしょ?」
と言ったら、矢継ぎ早の大声が止まった。それをきっかけに心理的虐待の説明をさせてもらってから隣の人へと話を移した。
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2006年04月28日
マッチョたち(2/2)
もっと「危ない」人もいた。体格の良い30代はじめの自営業の男性は参加して数回目の時に右手の拳に包帯を巻いていたので、怪我ですか、と訊いた。
「いやね、パチンコ屋でスロットやってたんですよ。そしたら右隣の客が独り言うもんで、ウルサイって言ったんです。そしたらこっちにガンつけてきたんで前向いたまんま顎に一発くれてやったら、ヤロウ吹っ飛びましてね。そんとき拳にヒビ入っちゃって」
「あなた殴りなれてるみたいね」
「俺、高校でも大学でもボクシング部でしたから。女房のときもそれで怪我させちゃって。まずいな、とはおもうんですよね。でも気がつくと相手は倒れてんの」。
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その次のミーティングで、彼は更に仰天することを言った。仕事でバイクに乗っていたそうである。ある交差点を赤信号直前に渡った。歩道で信号が変るのを待っていた歩行者が横断歩道を歩きだそうとしていたところをスレスレで横切る形になり、その歩行者(中年女性)が舌打ちした。こうしたとき、彼は怒りの衝動を抑えきれなくなる。それでも何とか数十メートル走ったのだが、ついに(といっても一瞬のことだろうが)キレ、彼は何と歩道を逆送し、まだ横断歩道を渡っていたその女性を追いかけた。その女性が難を逃れたのは、大勢の歩行者が彼の突進を妨げているうちに、彼の方で何とか怒りの抑制に成功したからだが、場合によってはひどいことになっただろう。
この人はその後、家裁での調停中に妻を殴ろうとして間に入った調停員と相手側弁護士を殴り倒し、この時点で離婚が成立してからグループに出なくなってしまった。前に挙げた格闘家も参加したのは1回切りである。
精神科医としての私の関心は、こうしたキレ男たちの衝動コントロールにこそあるので彼らの脱落は残念なのだが、私たちの私的なグループには何の拘束力もないから彼らとの関係を維持できない。何らかの法的拘束(暴力加害者を司法制度の中で処罰・更正の対象とすることなく、軽微な犯罪行為については民間の治療プログラムに任せて、治療効果を評価する)のもとに治療を進めることができれば、こうした男の怒りの衝動も制御可能と私は考えている。後にそうした実例を紹介する機会はあるだろう。
今のところ私たちのバタラーズ・グループに継続参加しているのは、人との出会いを大切にできる人、怒りをある程度言語化できる人に限られている。そうした人々の多くは有能なサラリーマンであり、彼らは金曜日の夜という勤め人にとっては大事な時間を使ってバタラーズ・ミーティングに参加する。
斎藤学の新刊「自分の居場所のみつけかた」