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2006年03月10日
サイコセラピーと日本人(3/3)
(続き)
精神療法の流れ
斎藤 ニーチェ的な個人の時代を迎えた時に、われわれが精神分析に始まる精神療法というものを必要とすることになったのは間違いない。ではフロイト以前に精神療法的な流れはなかったかというと、先ほど名前を挙げたブロイヤーがそうですし、もっと前にはたとえばメスメリスム(磁気療法)がありました。
メスメル本人は、アメリカを発見したコロンブスにたとえられています。コロンブスが中米のある島にたどり着いて「ここはインドだ」と思ったところからアメリカ大陸の発見につながったわけですね。メスメルは、磁気療法という真理をつかんだと思ってラポール(人間的交流)を発見した。精神療法がメスメルから始まったと考えたら、ニーチェの時代よりも1世紀前にさかのぼるわけです。
いずれにしても、もう1つの流れとしてペストの大流行があります。当時のヨーロッパの大都市ではペストで死んだ人の遺体を焼くために1カ所に集めました。その跡が巨大な穴になって、そこに狂人達を含めた、フランス語で言うアリエネ(疎外された者)を入れた。アリエネの中には罪人も入っています。それから、バガボンド(流れ者)も入っています。どこかにいなくてはいけないのにそこからはずれた人達が、そういう誰も住まなくなったところに放り込まれる。
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フーコーの『狂気の歴史』(新潮社)はこのことを書いた本です。その中には盗賊や売春婦、流れ者、狂人が入っている。力のある人達は出ていってしまうので、そこに残されたのはいわゆる精神病者です。ここから始まるアジエル(精神病者の収容施設)の歴史があって、これが今はメンタル・ホスピタルとして成立している。この2つの流れがはっきりあると思うのですね。
パリの市民の日曜日の楽しみの1つは、動物園と精神病院見学だったそうです。お弁当を持って精神病院に行くと患者さんを見せてくれるという非人間的な状況があった。
これとはまったく別に、人生のコンサルテーションをするサイコセラピーの流れがあります。日本では残念ながら、サイコセラピーをやる人達は精神病院にしか勤務できない状況があって、この2つの流れがごっちゃにされていました。ようやく今、これが独立した技法として成立しつつあるというのが現状ではないかと思います。
江戸でもまったく同じようにそういうものができています。浅草寺の施療院はまさに日本の精神療法発祥の地なのです。今でもお寺の裏手にありまして、私も以前、3回ほど講演に呼ばれたことがある。そこに日記のような記録が残っていて、アルコール依存からうつ病、てんかんといったあらゆる病気が記載されていて、今とあまり変わらない。お寺の坊さんが診ていたというのは、本当にそうです。彼らはセラピストなのです。
もう1つ、日本には寺別人別帳というのがあって、ある人はどこかの地域に固定されていました。そこで畑を耕さなくてはいけない。耕したら租税を領主に納める。そこから離れてしまった人は流浪の人になるわけです。彼らは景気のいい時は野放しにされ、松平某のような緊縮財政の為政者になるとつかまえられて、人足寄せ場に入れられてしまう。そこには時々運の悪い狂人達も入ってきますし、盗賊も入ってくる。
それが明治維新の時に巣鴨の癲狂院として残りまして、その後、都立松沢病院になります。当時の世田谷は森林地帯で、ここなら都の人々にあまり影響ないだろうということで巣鴨から移転したのです。
そういう歴史の面ではヨーロッパも日本もまったく同じです。どこの社会でも「あっちへ行ってちょうだい」みたいな一画を作る。けれど、サイコセラピーの元は下町の一画で相談を受けるということで、坊さんがやっていたのです。
岸田 神が死んだあと社会秩序が問題になってきて、社会を全体的に考え、その秩序を人間がどのように維持するかという視点が出てきた時に、その邪魔になるアリエネのような人たちが浮かび上がってきた。
神に支えられていた秩序が崩れて、どこに秩序の根拠を持ってくるかということで人間に基準を求めたけれど、いろいろな人間を全部認めていたら秩序にならないので、ヨーロッパの場合は理性という——これも幻想だと僕は思うのですけれど——幻想を考え出した。理性を持った人達で社会の秩序を維持するということになると、理性を持っていない人は邪魔だということになり、特定されたというか……。
学校を作ったのと精神病院を作ったのは同じ発想ですが、「子どもの発見」も同じような流れです。「子どもは理性をまだ備えていない、これから学んで理性を備えるのだ」ということから近代教育が出てくるわけです。
そして野蛮人や未開人は理性を持っていないから、われわれヨーロッパ人が世界に出ていって理性を教えてやらなくてはいけないということで、植民地主義が始まる。
日本では、戦国時代が終わって徳川幕府が開かれますが、そこで国の秩序を保つために儒教を持ってくるのですね。儒教を根本にして、武士階級の支配安定をさせようとしたのですが、ご存じのように儒教は男性中心主義の家父長制で、ご先祖様や父親が一番偉いわけです。しかし、斎藤先生とは多少くい違いがあるようですが、日本の秩序の根本は母性が中心になっていたと僕は思っています。
母性を中心とする日本の伝統的秩序と、幕府が政権の正当化と幕藩体制の秩序のために持ってきた日本の儒教とは齟齬があって、そこから来る乱れが徳川時代にはあったと思うのですが、その矛盾が、幕末にアメリカやイギリスやフランスがやってきたところで一挙に露呈してきた。
自我の物語を編み直すために
斎藤 岸田先生は日本の開国に際しての外傷体験ということをおっしゃっているでしょう。ここ100年の日本人について言えば、黒船による開国が外傷体験になって、それが再演されているというお考えですよね。そういう意味で、本能の壊れの部分と外傷体験(トラウマ)との関連についてはどのようにお考えですか。
岸田 皆さん、誰でも自分についての物語を持っていますね。その物語が自我なのですけれども、トラウマとは物語の破綻です。ですから、従来の自分の物語では説明できないとんでもない事件があったら、それを何とか物語の中に組み込まなくてはいけない。うまく組み込めないような、降ってわいた事件がトラウマになります。
斎藤 アメリカにおける9・11問題も、今アメリカ人が自我に組み込めないで、新しい物語を作り出しつつあるというか、作り出しそこなっている問題だと……。
岸田 アメリカという国は自由と民主主義を掲げた国で、正義を守るのが国是である、正義を全世界に普及させるのが使命であると考えていますから。それに抵抗するやつは皆間違った悪いやつであると。アメリカは正しいことを貫いているのだから、どこへ行っても愛され称賛されるという幻想で国家を保っているわけです。
だから本来ならば世界中の人々に感謝されているはずだと思っていたところが、9・11事件が起きて、アメリカはこんなに恨まれているのかとびっくりしたわけです。こんなに憎まれている国というのは従来のアメリカ像、セルフイメージ、物語と絶対に一致できないので、その大きなトラウマをどうやってこれまでの物語に組み込むかということで、今、アメリカは非常に悩んでいる。
そしてあくまで従来の物語を維持しようとして、「アルカイダがいる」「ビンラディンがいる」「そいつらをやっつければいい」ということになる。イラクの人民もフセインに弾圧されているのだから、アメリカは歓迎されると思って行ったところが、そうでもないらしいというので、非常に困っている状況ではないかと思います。
斎藤 個人に置き換えれば、自分の物語が混乱した時にそれを破綻させるような事件がトラウマで、自分についての物語を作り直す時にそれを調節したり、対話によって新しい物語を作る手伝いをするのがセラピストの役割ということになりましょうか。
岸田 ええ、そうですね。だいたいわれわれは、母親に愛され父親に愛されているという物語で自我を作ったわけで、そこで親に虐待されたとかいうことがあると、その自分の物語とどうしても一致しないから、虐待という事実をあくまで否認するわけです。「私を殴ったのは愛のムチである」とか正当化して何とか物語にはめ込もうとするけれど、やはり無理がある。
自分の物語にとって都合が悪い事実、たとえば親に虐待されたという事実を否認しようとしても、現実ですから否認できない。そこで物語に混乱が起こるわけです。
サイコセラピーとはそういう事実を事実として認め、その事実を含んだ上で自分の新しい物語を作り直す、その手助けをするものではないかと考えます。
斎藤 そうですね。どうもありがとうございました。
2006年03月10日 10:57:[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]