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2006年02月21日

アルコール依存の弟のこと(3/3)

(続き)
image060221.jpg で、いまの、弟さんとお父さんの生活ですけれど、お父さんもスキゾイドの傾向はあったと思うんですよ。お仕事はなさってたでしょうけれど、そんなに社交的な人じゃないでしょ。

  ──ええ、社交的ではないですけれど、祖父母の家庭はちょっと問題はあるんでしょうけれど円満で、父は子どもの頃から祖父母にかわいがられて育ってますので、自分の気に入った人間関係は非常に大事にしています。

斎藤 ふむ。ということは、問題を作ってたのは、お母さんと姑であるおばあさん?

  ──いえ、全てがいろんなところでからんでて・・・

斎藤 まあ、誰かに原因ていうのはないでしょうね、確かに。でも、嫁姑問題から距離をとってた取り方なんかから見ると、あなたのお父さんはあんまり物事にコミットしたり熱中したりっていうタイプには見えないですね。人間関係にある種のあきらめみたいなものを感じて距離を置くタイプの人だと思う。

===
 たしかにスキゾイドとは言えないかもしれないけれど、ちょっと内閉的な人なんでしょう。そうすると、ちょうど息子との関係の中で、まあお父さん、人生の残り火が燃えだしたような感じですね 。お母さんが葬式を息子にプレゼントしたように、今度は息子がお父さんに病気をプレゼントしたように見える。ちょっと変な言い方に聞こえるかもしれませんが、お父さんはこれで随分助かったと思います。お母さんなくした後、こんな息子の問題をこなさなくてはいけないとなると、そう簡単にくたばれないですね。人間というものは相手にあわせて弱くなったり強くなったり大きくなったり小さくなったりしますので、この場合は子どもが胎児化して家の中の羊水に浸るような感じで、それにあわせてお父さんが産婆役って言うかお母さんの役目をやって、これは生理的な出産とはちょっと違うから、「お父さんママ」と幼児がえりした息子との関係は、このままずっと続いて変化しないかもしれないです。でも、少なくともお父さんはゲンキでいられる。「72歳の父が調理して」なんてことは心配することないんで、むしろお父さんには生き甲斐が与えられたと思えばいい。

 で、息子さんの復活はいつかというと、私ね、復活しなくてもいいと思うんだよね。ほんとは壁をつくって静かにいたい人だろうから。こういう人はいま急に日本が氷河時代になれば私たちより上手に生き残りますよ。ソシアルな、誰かと話してないとだめだっていう人はすぐ死んじゃう。どうもそうらしいんですよね。
 分裂病とかスキゾイドとかっていう人がどうしていまの人類の中にいるかっていうと、どうも、そういう人の方が氷河期を生き延びるのに都合良かったという説がありましてね。もし人類がハシャグ傾向、つまり躁状態の人だけだったら絶えてただろうという人もいます。人の性質(たち)にはどんなものでも何か都合のいいところがあるんで、この息子さんはお父様が最後の炎を燃やして、燃え尽きた後に復活しますよ。たぶん。

  ──そうすると、父が亡くなった後、っていう

斎藤 そうそう。そうなるとようやっと、お父さんお母さんがつくっていた家の窒息感がなくなるでしょ。

  ──現在父がガンにかかってるんですけれど、こういう状況で今後どうなるのかと、

斎藤 そうですか。でも、ガンの患者さんのQOL(生活の質)ということから言えば、精神障害の息子と同居っていうのはすごくいいよね。癌の患者さんに登山させるという試みがあると聞きましたが、モンブランやヒマラヤ登山にでかけるよりはいいんじゃないですか。少なくとも安上がりで。

  ──そうですか。じゃ、父の最期を見とった後、弟をどうすればいいかってことを考えたらいいんですか。

斎藤 そうですね。弟さんははじめて、自分の宰領で家の中を自由にできるようになるでしょ。

  ──では、あの、病院に入れるとかそういうことはせずに、地域に結びついて生きていくという生き方がよろしいと。

斎藤 うーん。そうなるといいんですがどうなるでしょう。
 一つの生き方はお酒ですよね、お酒を飲んでそれによって自分のSOS サインを出すわけですね。すると近所の保健婦さんか何か見回って、「また飲んだの、失禁してるじゃないの」とか言って病院連れてってくれますから。そのうち吐血なんて状態になって、「肝硬変ね」っていわれて、そんな言葉を耳元で聞きながらご昇天。そちらの方にいくかも知れない。
 しかし、人間ていうのは苦境の中に自分の生き方を発見するものですからね。「底を打つ」という体験から新たな生き甲斐にたどり着くかも知れない。例えば、美人──美人じゃなくてもいいけど優しい──看護婦さんとの出会いがあって、そういう人が体当たりでコミュニケーションをとってくれてようやく、昔築いたはずの言語活動を取り戻すとか。今度の入院だって、1年3カ月の間にそういう経験があったかも知れない。

  ──なかったようです。もう入院はイヤだと言ってます。

斎藤 いやだって言ってるの? じゃあ、やっぱり、吐血で入院だ。

  ──(笑い)

斎藤 お酒による問題行動は、身体でサインを示すにせよ、暴れてサインを示すにせよ、SOSサインですから、彼はこのルートを使うことが多いんじゃないかな。

  ──いま精神科の先生が、弟にとっては唯一信頼を置ける存在なんです。

斎藤 ああ、それはよかった。

  ──その先生は「あまりストレス与えちゃいけない」とか「無理をしてはいけない」とか言われるんですけれど、やっぱり家族としては、断酒会とかAAに行って欲しいなという気がするんですけれど・・・

斎藤 今のままでいいんじゃないでしょうか。アルコールだって必要なら飲めばいい。それによって多少でもコミュニケーションが成立すればいいですよね。でも一人で飲むというのが気に入りませんね。どこか飲み屋のママさんとでもいい仲になるとかできればいいが。

 ── じゃ、また飲み始めても、問題はないと

斎藤 いいんじゃないですか。

  ── はあ。

斎藤 だって、ふにゃふにゃのミイラみたいになってシラフで居るより、楽しそうに飲んでる方がいいでしょう。 

 ──はあ、たしかに。

斎藤 もちろんお酒のことは「飲め飲め」と言わなくていいけれど。今、地元の先生とコミュニケーションがついてるってことを大事にしすることですね。定期的に通院する。そこでの薬がどうのこうのってことじゃないですよね、大事なのは会話です。

  ──はい。「ほっとする」って弟はいってます。

斎藤 「いいんだよ、君はそれでいいんだよ、別に仕事しなくていいじゃない」みたいな話を、その先生からもらっていくと、だんだんに彼らしい活動が復活してくるでしょうね。

  ──はい。わかりました。ありがとうございました。

斎藤 一家の防波堤になってきた、成績がいい少年とか青年ていうのは大変ですよね。こういう穴蔵にこもらないとなかなか競争の世界から降りられないですから。ゴミの部屋を作ったりするところまでくると皆あきらめちゃう。それで、「生きてりゃいいよ」ということになって楽になるんですよね。つらいつらいって言ってる状態の人は、一度だめになればいいんですよ。いまのポジションから降りて、ずっと寝てみる。コンビニ弁当を食って寝て、一月もすれば誰かが覗いてくれます。「生きてるかしら」と大家さんが入ってきて、「わあー」なんていって110番か119番してくれる、そこから新しい人生が始まる。ブレイクダウン(挫折)の勧めですね。

 

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
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木附ブログ

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2006年02月21日 13:50:[←ブログメインに戻る]←IFFトップページへ][↑ページ上端へ