2006年02月の一覧
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2006年02月01日
横暴な両親に怒りの衝動が止まらない(3/3)
(続き)
── 話にならないんですね。人の話を聞かない人なもんですから。主治医の先生に言ったら、「お父さんもお母さんも凶悪だね」といってくださいました。
斎藤 たしかに凶悪だ。でも、そうだとすれば、あなたはそういうお父さんを取り込まないようにしなければ。あなたが路上で爆発しそうになってるのは、凶暴なお父さんが取り込まれているからかも知れない。「虐待をされてたな」という記憶のある人は自分の中に取り込んだ親に気づく必要がある。そうした親を表現しないですむように工夫する。親にされたことを自分が加害者になって再演しないためには、まず親から離れること。でもあなたは、子供さんのせいもあって実家のそばに住んでますね。
──私も避けたかったんですけれど、「そばにこないと世間体がわるい」とどうしてもと両親がいうんで、私も両親にたてつけないというか、怖くて、私が世間体を悪くして申し訳ないっていう気持ちが大きくて、言いなりになってしまいました。
===
斎藤 いろいろ事情がおありでしょうが、もしあなたが子どもと2人の生活を静かに楽しめるようになりたいんだったら、そのような状況を作らなくっちゃいけないんじゃないですか。あなたという馬の鼻面にニンジンがぶら下かっている。父や母がそこに見えてるのに、それに誘惑されずに生きるなんてことは出来ませんよね。どうしても、優しいお父さんになってもらいたい、偽善的でないお母さんになってもらいたいと希望してしまう。私が皆さんにお勧めする「母の断念」からほど遠い環境で暮してますよね。
やっぱり親のことはあきらめるほかないと思うんですよ。あなたは一所懸命お父さんをカウンセリングに導こうとして、そんなに身体が苦しいのにここまでいらした。そんな風に無理して御両親をここに導いても、お父さんにもお母さんにも、ここで何が話されているのかわからないでしょう。自分たちが必要を感じてからいらっしゃった方がいいです。
多分、御両親がここへいらっしゃるのは、あなたが親たちからの援助と支配を捨てる決意を固めたときですね。親を捨てても何とかなると思うとき、親たちの側にも変化が起きます。
あなたが保育所の助手をしたいといったときに私がお断りしたのは、まだ、あなたが「娘」の状態を保ってるからなんで、保育室には「親」の状態の人に来てもらいたいのです。「もう少し良くなったらね」という意味は、親をきちっと断念することなんです。
親を捨ててみると、寂しい。こんな状態になったのも親のせいという怒りもわいてきます。しかし親と離れてからようやく、精神療法的な会話が始まると思うんですよ。親をあきらめた寂しさ、寄る辺なさ、怒り、そういったものをちゃんと感じて言葉にするということが精神療法なんですよ。親を説得したり、親を連れてこようとしたりしているときは、それに夢中で精神療法が効果を持たないんです。だって、そういう問題の捉え方をしたら「悪いのはみんな親」になってしまいますから。そういうときには、言葉が空回りしてしまうのです。
あなたは表現力もあるし、エネルギーは大変なものだ。社員に採用すればそこの社長さんは喜ぶと思うけれど、そうすると結局あなたは、仕事と突然の病気の繰り返しで一生を終えると思います。「いい社員が来た」って喜ばせて、1年後に病気になって入院、とか。そんな一生になってしまうでしょう。「突然退職型」社員ですね。自然が必要としていること、腹減ったら食う、たまったら排泄する、眠りたくなったら寝るというリズムのなかで人間は生きるものなのに、あなたはそういう自然なリズムを無視している。なんだかそれ以外の必要に駆られて、意地で生きてらっしゃる気がします。親のことが頭にあってなかなかそうも行かないんだろうけど、親をどうにかしようという考えかたから速く離れて、私と精神療法的な会話が出来る条件を作りましょう。
親がここへ来たってこなくたっていいじゃないですか。いちおう「私は行ってみたよ」とだけは言って、後は御両親の意志にお任せになることです。私の関心が向かうのはあなたとあなたのお子さんだけ。あなたの御両親ではありません。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 2/18、19 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京港区 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
新規講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| うつに効く ストレッチから呼吸法まで | 1/31、2/7 | 15:00〜17:00 | 3,000円 | 一般 | 東京港区 |
| アサーティブ・トレーニング | 3/3〜6回金 | 18:00〜20:00 | 18,000円 | 一般 | 東京麻布 |
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2006年02月02日
魅力的な女性ほど、子どもにはスフィンクス(1/2)
相談者からの質問
私はみなさんのように斎藤先生の本も読んでおりませんで、友人に一度こういうところで相談してみれば、と勧められて初めて参りました。
今日相談したいのは、娘と私との関係についてです。
娘は昨年大学を出ましたが、就職せずに半年間すぎ、この秋、家出同然に家を出てゆきました。何かの雑誌で働き口をみつけて、とある地方都市で水商売らしき仕事をしているようです。昨年の暮れまでは電話連絡もあったのですが、正月にも帰ってきませんでしたし、住所は教えてくれません。私としては、もう20過ぎている娘のことですから、何か自分にふさわしい生き方を自分で見つけるまでの過程なのだろうな、とおもっているのですが、もしかすると、娘は何か乗り越えたいのに手助けがないために乗り越えられない問題を抱えて苦しんでいるのかも知れず、その場合、私は何か手助けをしてあげた方がいいのか、またそれはどういうことか、それとも何もしないで見ていればいいのか、そこのあたりが判断が付かないので、ご相談にあがりました。
===
私は10数年前、娘が中学生の頃に夫と離婚いたしました。それまで数年間、いろいろな価値観の違いやすれ違いなどで口も聞かない険悪な夫婦だったのですが、お互いに娘を手放したくないと譲らずになかなか離婚が決まらなかったのです。そうしているうちに私は別の男性とつきあい始め、それが理由で一人で家を出ました。そして1年間一人で働き、家も借りて支度を整えてから娘を引き取りました。夫とは車で10分くらいのところに住んで、娘は行き来を自由にしてもらいました。
小さい頃から絵の好きな娘だったので、将来美大に行きたいと言い出しても困らないように、私は必死でお金をためました。フリーの雑誌編集者をしていたのですが、朝早く起きて、ご飯を食べさせ、娘の昼と夜のお弁当を作って、いくつもの者の仕事を掛け持ちして夜遅くまで働く毎日でした。
その間、その私の家に、私がつきあっていた男性が入ってくるようになっていまして、そのことを娘が非常にいやがりました。私も「困る」と相手に伝えたのですが、相手の男性が他の女性に心を移し始めていたこともあって、つなぎ止めたい気持ちがあったせいか、あまり強くは言えなかったのです。その一方で娘にもいい顔をしたがったのでひどく曖昧な態度をとりました。そのことを数年後、娘にひどく責められました。
そのときの男性との関係で、私はすっかり人間不信になって、自分をコントロールできなくなり、体調が悪く、2,3時間ねてまた仕事に行くという「寝たり起きたり」みたいな状態でした。今、そのとき娘がどんな気持ちでいたのかと考えると、たまらなくなります。
娘は美大進学を希望したのですが、私が無理してがんばっているのを知っていたので、専門の予備校にいきたいというときも、浪人させてほしいと言うときも、思いを手紙に書きつづって遠慮がちに申し出てきました。結局、希望の大学に進めたのですが、それが大学3年になってから「大学やめたい」といい出しました。どうも男性とつきあい始めたようで、そこに入りびたっているのか家にも帰ってこなくなりました。結局、親戚の説得で学校は続け、無事卒業できたのですが、彼女の学校での立場は相当つらいものだったようです。
私は、離婚について夫に対してはいろいろな気持ちがありますが、娘に対しては強い負い目を持っておりまして、いつも胸の中でとげが刺さる思いでおりました。
今娘がそういう職業選んでるということに対して、私の奥の方の気持ちをみれば、やっぱりいやだなというのがあると思います。娘が帰ってきたときには、そういう思いは顔に出さずにいようとおもってはいますが。友人は「経済的に親には負担はかけていないんだし自立してるんだからいいんじゃない?」というんですけれど、本当に私は納得できていなくて、もう少し別の道を選んでほしいという焦りもあります。
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2006年02月03日
魅力的な女性ほど、子どもにはスフィンクス(2/2)
(続き)
斎藤学からの回答
斎藤:さてと、あなたは何を期待なさっていますか?
──娘をほっといていいのかどうか。ほうっておく以外にないのが現実とわかってるんですが。
斎藤:そうでしょう。何があなたにとって必要なのかな。あなたの罪悪感を消すことですか?
──罪悪感をどうにかしたいとはあまり強く思っていないのです。
斎藤:どうして罪悪感を消したくないんでしょうか?
──消したくないと言うよりも、こういう風になる前は、子どもたちともうまくいっていたので、そういう状態に戻りたいというだけです。地方に住んでいてもいいんですが、私の言うことは娘は軽視しますのでそこのところがもう少し、風穴があいてほしいなと思います。
===
斎藤:なるほど。それは非常に妥当な、合理的な希望ですね。それは、娘は自分を頼りにしてほしいし、できる援助があるんだったらさせてほしいし、それからときどき私の前に顔を出して元気な顔を見せてほしい。そう思いますよね。それはいいと思いますね。
ではあなたは、娘さんとの間で以前持てていたような母と娘との関係を取り戻したいと思うわけですね。そのために努力してみたことはどんなことですか?
──電話したり、住所教えてくれないので郵便局留めで手紙を書いたりしました。それから、話をしたいと思うのですが、私の方で、ついつい深く探るような話になって、話し合いがダメになっちゃう。で、最後はなんとなく気まずい思いで分かれるという展開になってしまいます。
斎藤:彼女があなたに攻撃的になった時期がありますね。そのころあなたはどういうふうに振る舞って、彼女に応じましたか?
──そのときの私がこういう気持ちだった、ということは話したんですが、やっぱり私が娘に対して曖昧にしていたところがあって、それが娘には許せなかったのです。「もっと私に正直に言えばよかったじゃないか」といわれて、私も「そうだったね」とは言いましたが。
斎藤:それについてはあなた今どう思っていらっしゃるの?
──娘に十分に言い切っていないとは思います。でもそういうことを話すのを娘もいやがりますので、お互いにとことんまで突き詰めて言い切っていないと思っています。曖昧なままにしているなと思います。
斎藤:で、それは話し尽くせば娘さんに伝わると思いますか?
──今は無理だと思います。
斎藤:今だけじゃなくて、将来にわたって?
──うんと将来わかってもらいたいと思っているだけです。
斎藤:将来わかってくれればいいやと思っているわけね。
そうですか。私は、彼女が離れていくときに、あなたがするべきことがあったのかなと思って聞いたんです。娘さんが、あなたのことを「自分に不都合な人だった」と感じてそれを表現した時期がありましたよね、そのときにあなたが娘さんにどう対応したかを聞きたかったのです。娘さんが「あのときお母さんはこうだったじゃない?」といってきたときに、あなたは「だってこうだったんだよ」と説明したというわけですね。
結論を言うと、あなたの希望はよくわかるし、そうした希望を持つのはいいと思いますけれど、それはあなたがお考えになって胸にしまっておくことだね。それから、彼女があえて今水商売を選んでるにはそれなりのわけがあるともいます。
──それが聞きたいのです。
斎藤:それを聞いてどうしますか?
──娘がどう考えてるか知りたいです。
斎藤:彼女には理由があると思います。でもそれを私が説明してもしょうがない。強いて言えば、彼女の中には、世の中の安寧秩序の中で収まっている普通の夫婦関係や男女関係などの裏をみたい、正体を見たいという気持ちがあると思います。どうして私はこういう夫婦の娘をやっていたかということは、彼女が自分を説明することですよね。
人は、自分を説明したいという気持ちのなかでいろんな行動を起こすわけです。あなたは娘に「スフィンクスの謎」のようなものかけたんです。「人間というのは性の問題とか結婚とかでいろいろたいへんなんだよ、それはどういう問題なのかねえ」って、娘に問いかけた母ですよね。それは別にあなたが良いの悪いのという話じゃなくて、そのようなお母さんの娘をやれば、その疑問に回答しなくちゃいけなくなります。彼女は今、謎を解いて回答を出そうとしているわけです。
私たちは、今までの生活の中で、親たちを始めとする人々からいろいろな質問を投げかけられてきているんじゃなでしょうか。
どうして私は私のような生き方してきたんだろう。人っていったいなんだろうか。
スフィンクスの謎っていうのは、「4つ足で生まれて2本足になって最後は3つ足になるものなあに?」って聞かれたって言うんですよね。訊かれたのはオイディプスで、彼は「にんげん」と答えたら上半身が美女で、下半身ライオンのスフィンクスは谷底に身を投げたとか、石になっちゃったとか言うものです。たぶん、テーバイの町で、スフィンクスが人々に投げかけたのは「あなたはいったい何者ですか?」という質問だったのでしょう。
あなたは娘さんにとってのスフィンクスなんですよ。そこに居るだけで謎を発して居る存在なんです。「なぜあたし、この人の娘なの?」って。私が彼女だったら、やっぱり水商売という選択、いいと思うね。そこでいろんな男性たちや彼ら家族を見るという点で。それをしながら娘さんは、一生懸命あなたと自分との生活を考えてるんじゃない? そのなかであるいは、「お母さんのこと、私は許せるかな」と思ってるかもしれませんね。そのとき私たち親は何をすべきか。まあ、娘を信頼して任せる事でしょうね。

わたし今の話聞いてて、あなたはすごいなと思うのはね、夫のもとから出て、ちゃんと自分で貯金をためて子どもが来てもいいような場所を作るわけでしょ。巣作り能力というか、この生活力、すごいね。
お仕事のせいか自分なりの世界を持ってらっしゃる。そういう人はやはり、当然、自分とのパートナーとの関係についても発想が自由です。「力がある」ということは自分が生きたいように生きるという選択肢を持つということだから、選択肢を持てば人は悩むのが当然です。
むずかしいですね。みなさん。そうおもいません? 生活の質が高まって、高まるってのは選択肢が増えることでしょう。選択肢が狭いと一度選んだ男とずっと一緒にいなくちゃいけない。ところが選択肢が増えると、いろんな意味で迷う。迷うし、いろんな悲しみや涙や別離と出会うこともあるわけで、どっちを選ぶか難しい。昔の人は「欲望を捨てよ」と言った。慎ましく謙虚に芋食ってねてろと言った。そういうのがいいことだって言われてたんですけれど、私たちはそういう時代に戻るわけには行かなくなってて、女性たちもだんだん、あなたみたいに、自分の人生設計を作っていくようになった。そうなるとそれだけ、スフィンクスの謎を与えられたような娘さんもいっぱい増えるわけです。あなたはエッジカッティングな女性なんだ。時代の先端を行く。そのお母さんを持つと娘もたいへんなんだ。それに引きずられていろいろ考えなくちゃいけない。
あなたは気持ちがすごく豊かです。いろいろ深いものをお持ちの魅力的な人です。でも、そういう魅力的な母親の娘は大変です。でも親の喜びの中の1つには、自分とは全く違う生き方を選択した子どもを信頼して見守ることではないでしょうか。
私はみなさんにはよく言っているのですが、親が子供に責任を負える年齢は、せいぜい15歳だろうと思います。そのころまでは親は多少経済的にも心の面でも、こどもの安全なり成長なりに責任を負わなくちゃいけないと思いますが、そこを過ぎたらば、僕ら親にやれることはないと思います。経済面だけでしょうね。誇りを持った子供に育てれば育てるほど、お金さえ要らないと言いますから、それなら「ああそうかい」といって喜べばいいんです。あなたの娘さんもそうでしょう。しょうがないじゃない。もう遠くへ遠くへ行っちゃうんです。それくらいがいいんじゃないでしょうか。遠くにいるからよく見えたりもするかもしれない。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※ブログへのご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。
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2006年02月06日
座談会「大人は怒りを受け止めきれているか」(1/2)
■田中孝彦:競争の先に待っているものを子どもは疑っている
たなか たかひこ・一九四五年生まれ。都留文科大学教授。専門は臨床教育学、教育思想。子どもたちとの対話を重ねている。著書に『生き方を問う子どもたち 教育改革の原点へ』(岩波書店)、『思春期の育ちを支える 新たな地域社会の共同へ』(新科学出版社)など。
■斎藤学:怒りは、相手に自分の必要さを伝える道具でもある
さいとう さとる・一九四一年生まれ。精神科医。九五年九月から家族機能研究所代表。日本子どもの虐待防止学会副会長。現代の病とも言える過食・拒食症、アルコール・薬物・ギャンブルなどの嗜癖(依存症)問題に長年取り組む。
■福田雅章:人間関係が奪われ、子どもの育つ土台が破壊されている
ふくだ まさあき・一九三八年生まれ。一橋大学名誉教授、山梨学院大学法科大学院教授。DCI日本支部代表。専門は犯罪学、刑事政策。安楽死、受刑者問題、死刑、少年法、治安政策、子どもの権利などにくわしい。
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子どもが引き起こす事件は、虐待された子ども自身が表す怒りではないだろうか。だとすれば、大人は子どもの怒りをどう受け止めるのか。家族、学校、社会はどうあるべきなのか。それぞれの専門家が提言する。』
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福田雅章 今の日本社会にはいじめやひきこもり、欝、リストカット、暴力など、子どもの問題が山積しています。また虐待には至らなくても子どもをかわいいと思えない親や無関心な親、子どもを愛しているつもりで支配している親などもいます。なぜ、日本は子どもが育ちにくい社会になってしまったのでしょう。
斎藤学 社会が単一化しすぎたのではないでしょうか。昔は職人技術を覚える徒弟制度などがあって、いろいろな価値観を持ち、バラエティに富んだ大人をモデルにして育つことができましたからね。
福田 それが今は学校しかない?
斎藤 そう。しかも成績で輪切りにされ、早いうちから勝者と敗者が決められて将来が見えてしまう。今の学校の中には、負け組になった子どもの居場所はないですよね。昔は、何十年もモラトリアムをやっても許される余地があった。夏目漱石の小説『それから』(注1)に出てくる代助だって、現代ではひきこもりと言われてしまう人物ですよ。
===
親に気兼ねして学校へ
田中孝彦 私は勤め先の大学などで子どもたちの相談に応じていますが、以前なら不登校になったと思われるような子どもが、学校に出て来て保健室や図書室、物置などの空き部屋を居場所にするというケースが増えているように感じています。
そういう子どもに聴いてみると、「学校に行かないと親が心配して、家庭が大変なことになってしまう。それよりは、教室に入れなくても学校に行ったほうがましだ」というようなことを言いますね。
斎藤 学校がないと、家族が崩壊してしまうわけですね。
田中 ええ。今の世の中で多くの親たちは、自分が暮らしている地域で子どもが住み続けて生きていけるとはとても思えない。どんな仕事に就いたら子どもが幸せに生きていけるかも、ほとんどわからない。そこで子どもに対して「どこに住んでも、どんな仕事に就いても通用する『学力』を身につけなさい」としか言えなくなっている。
子どもの方は、そういう抽象的な要求に内発的に応え続けることはなかなか難しいし、「学力競争」の先に何が待っているのか疑いもわいてくる。けれども、それを行動や言葉にはっきりと現してしまうと、親が耐えられないということを直感的に知っている。だから、学校に行く。そんな感じですね。
福田 本来、子どもは自分を偽ったりせず、安心して自由に振る舞える関係があってこそ、共感能力や道徳性、生きる力などを獲得していくのですが、今の日本ではそれが保障されていないのですね。
斎藤 虐待の件数はここ10年ずっと増えている。そして {キレる} とか、10代で殺人にいたるような子どもが増えてきています。
福田 どうしてなのでしょう?
斎藤 最近の生物学的な研究は、原因をかなり解明しています。胎内も含めて30カ月くらいまでに共感能力とか喜びの共有とか、痛い思いをしたときのなぐさめとか……。そういう親から当然受け取れるはずのものがもらえないと、右脳の発達不全が起こり、情緒の調節能力が悪くなることがわかってきた。
福田 つまり、安定した人間関係の中できちんと抱えてもらえていない子どもが増えたために、精神的な発達が歪められていると?
斎藤 ここ30年くらいの大規模調査を見ると、どういう人が暴力的な人間や犯罪者になるかがほとんどわかるんです。150人の殺人犯の調査をした『脳が殺す』(ジョナサン・H・ピンカス著、田口俊樹訳、光文社)を読むと90%が被虐待児。その中に18歳以前に事件を起こした人が14人いるんですが、全員がかなりひどい環境で育っている。
福田 暴力を受けていた?
斎藤 身体的暴力だけではありません。安定した関係の欠如や、一見、親がきちんとケアしているように見える虐待もある。たとえば学力にこだわる親。親が気にするのは成績であって子どもではない。そういう心理的虐待もある。日本の公式統計だと被虐待児の数は1000人あたり1.5人ですが、心理的虐待などを含めると2ケタはいくはずです。
福田 でも、心理的虐待などは、一般的には虐待と思われていない。
斎藤 親が子どもの将来を決めてしまうとか、親の思い込みが強すぎる家庭で育つというのは十分、虐待にあたると思います。
(続く…)
(注1)父の経済的援助のもとで裕福な生活を送る青年、代助が恵まれた生活を捨て、一人の女性と生きる決意をするまでを描く。
※週間金曜日 2005.5.13(556号)より
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2006年02月07日
座談会「大人は怒りを受け止めきれているか」(2/2)
(続き)
怒りが恨みに変わる前に
斎藤 たとえば少年A(注2)の家族は報道によると、沖永良部島(鹿児島県)から神戸の人工的な公団住宅に移った。母親は「日本社会一般の信仰」、わが子に教育投資することで社会階層を一段でも多く上がるという考えに浸かっていたと思います。少年は母親を求めたが、中卒の夫を見限った母親は夫にそっくりな少年には関心を払わず、優秀な弟たちに目を向けた。そういう意味では、少年Aも虐待されていたのではないでしょうか。
福田 私も事件を起こした少年の生い立ちを聞くたび、子どもたちの孤独感や絶望感を感じます。親から無視され、世間からも「ダメな子」と言われてきた少年の {怒り} を感じる。彼らの行なった犯罪というのは、{怒り} が「こんなところまで自分を追い込みやがって」という恨みに変わったものに思えてしようがない。
斎藤 本当は、そうした破壊的な行動に向かわないように {怒り} を表せる人間になることが必要なのだと思います。{怒り} というのは、人間にとって大事な感情です。母親がいなくなると赤ん坊は泣きますが、あれは赤ん坊の {怒り}。{怒り} は他者との関係の維持を求める欲求であり、相手に自分の {必要} さを伝える道具でもあるのです。
田中 私が会って話を聴いている子どもたちの中にも、「なぜ、クラスメイトが自分をこんなにいじめるのか」「自分の中にも怒りがこみあげてどうしようもなくなることがあるが、それはなぜなのか」という問いを持っている子どもがたくさんいます。怒りや攻撃的感情の問題は、今の子どもたち自身が考えたがっている切実な問題ですね。
===
福田 {怒り} が {恨み} や自己破壊に変わる前に、親や教師などまわりの大人にきちんと抱えられることが必要なのです。だからこそ、子どもの権利条約(注3)は {怒り} を意見表明権として認め、子どもが自ら大人と人間関係をつくる力を権利として定めています。
田中 たしかに、日本の子どもたちの不安定さの背後には、親や大人が幼い時期の子どもの情緒や感情の表現を、ていねいに受けとめて意味のある反応を返すというあたりまえのことをやりきれないでいるという社会的事情があると思います。
ただし、情緒や感情の発達が二〜三歳で決まると言ってしまっていいかどうか、それは慎重に考える必要がありますね。あまり単純に言うのは、人間発達の事実にあわないし、母親の役割を過度に強調する議論につながりかねませんから。
斎藤 すべてが二歳までに決まるわけではありません。ただ脳の発達との関係で、そのくらいまでのケアのあり方が情緒の発達に大きな影響を与えるということです。
「日本社会の信仰」の連鎖
斎藤 子どもを「助ける」ということも、広義の教育に入るのではないでしょうか。児童殺傷事件を起こした宅間死刑囚は一七歳のときに「なぜこんなに人を恨むのだろう」と、自らを「おかしいのでは」と思い精神病院を訪ねています。それを詐病と切り捨てることもできますが、私には彼が助けを求めていたように思えてならない。
福田 でも、近年の教育改革の中で、数値目標や校長権限の強化で徹底的に管理された教師が子どもを助けていくのは難しい。最近の日本社会を見ると教育現場だけでなく、あらゆる場所で人間関係が奪われ、子どもが育つための土台が破壊されている。
田中 ここ10年顕著になっていますが、「自己責任」を強調する新自由主義的な風潮の下で、子育てがすべて親や家族の責任にされている。
斎藤 私はいっそシングル化社会になればいいと思っています。婚姻制度もなくして。そうして個人がそれぞれ「孤独死を防ぐ会」や「不登校の会」など、いくつかの会に入って社会的援助を受ければいい。
田中 教師など教育現場で働いている人間には、子育てを親や家族の責任とだけ考えるのではなく、親や家族を不安定にしている社会全体の問題を視野に入れて、援助や教育を考えていくことが求められていると思います。そうしないと、子どもを不安定にしている親を責めて、親をさらに不安定にしてしまうことになりますから。
斎藤 私は生後6カ月くらいになったら、育児のプロが一日の大部分を面倒見てくれるサービスをつくったらいいと思います。離れている時間が多ければ、子どもを殴る母親もいないでしょう。そうすると一人の子どもにかかわる大人は増えるし、プロが世話をすればダメな親が育てるよりも情緒的な発達も守られると思うのですがいかがでしょう。
福田 でもダメな親自身も、やはり「日本社会の信仰」に染まったダメな親に育てられたから、そうなってしまったのでは? 自分を捨てて「経済的に豊かなら人間は幸福」という画一化された価値だけを追求し、生身の人間として子どもと向き合えなくなってしまった親が、子にも同じ信仰を押しつける。その連鎖こそ、最大の問題だと思います。
限界に達した競争化
田中 私はいくつかの地域で、子どもが自分の人生をどうイメージしているか聴き取り調査を重ねているところです。その中で多くの子どもが口にするのは、「競争、競争と言うけれど、その先に何があるの?」という疑問です。
彼らが語るのは「生まれ育った地域でつくってきた身近な人間関係を大事にし、その人たちに少しでも役に立つ仕事をして生きていきたい」という人生と幸福のイメージです。
福田 つまり、「都会に出て出世なんかしなくても、ささやかな幸せがほしい」ということですね。
斎藤 競争化というのは、もう限界に達しているのでしょうね。いくら国家が統制を強めても、自壊作用は始まっていると思います。それよりも {坊ちゃんナショナリズム}(青少年に見られる右翼的言動)みたいな、草の根の、異物排除の動きの方が怖いと思います。
福田 たしかにそうですよね。教育基本法の改正を進めようという人々は、「新しい公共性」というイデオロギーをつくりだして、個の多様性を再び潰そうとする。
斎藤 でも、それは破綻すると思います。楽天的なのかもしれないですが、今まであったものをひっくり返していく新しい価値観というものが出てくると信じたい。
田中 子どもたちは立ちすくんだり、反抗したり、問題を起こしたりしながら生きており、生き方を考えている。そうやって幸せに生きる方法を探している。
福田 今までの価値観では子どもが育たないことは明らかですね。「子どもが育たないとしたら、それは社会の責任だ」と言ったのはJ・S・ミル(一九世紀のイギリスの哲学者)ですが、今こそ真の自由や幸福について考え直すべきです。子どもの {怒り} という意見表明をそのままで受け止められる社会をつくっていかなければならないと思います。
(まとめ/木附千晶)
(注2)一九九七年に当時一四歳だった少年が、数人の女児らを死傷させたり、殺害した小学生男児の頭部を切断して中学校の正門前に置いた事件。
(注3)思いや願いを自由に表現する子どもの権利と、大人の誠実な対応義務を定めることにより子どもの主体的な成長発達を目的とする。
※週間金曜日 2005.5.13(556号)より
新規講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 死別トラウマのための演劇療法 | 3/7〜火8回 | 14:30〜16:30 | 20,000円 | 一般 | 東京港区 |
| 弁証法的行動療法(DBT)ワークショップ | 7/8、9 | 9:30〜17:00 | 42,000円 | 一般 | 東京有明 |
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2006年02月09日
息子のうつと無気力
相談者からの質問
初めて参加します。こんなふうにみなさんの前でお話しするとは知らず、焦っています。
きょうは26歳になる長男のことでご相談します。
家族構成は私たち夫婦と主人の母親と、すでに結婚して家を出た長女とその長男です。
息子は高校生になった頃から、最初は学業不振のようなことが引き金で不安定になりました。もともと気が弱いというか優しいというか、中学生までは大変優しいいい子で来た子なんですが、それからいろんなことが起こりまして、無気力だったり不安が強かったり、自分からいやな匂いがしてるってことを言い出したりしました。それからうつになりまして、友達が精神科の先生を紹介してくれ、抗うつ剤を飲みましたところ、今度は副作用なのでしょうか躁状態になりまして、そんなことを繰り返しておりましたので、学校の方も卒業できないままやめてしまいました。20歳をすぎた頃に躁の状態がひどくて、本人の意思で4カ月ほど入院しました。その後は躁の状態になることもなくて、4年間くらいは通院の形で精神科に通っていました。
===
私どもも精神科の先生のご意見を聞き、親としてどうしたらいいのか、なぜこんなことになったのかということを、それなりに考えては来たのですが、今ひとつはっきりしないままでした。
ですが、いろいろな経過をへまして、25歳の時からアルバイトですけれど社会人らしい生活が続けられるようになり、「10年間かかったけれど、やっとこれでどうにか本人も独り立ちができるかな」と思っておりました矢先に、昨年の暮れから、また朝起きられなくなりまして、以来、今に至るまで、家の中に引きこもっている状態です。
初めは神経症的に手を洗いすぎるとかお風呂に入りすぎるというくらいだったのが、そのうち3日も4日もお風呂に入らなかったり、部屋を散らかり放題にするようになりました。しかし、最近はさほどでもなくて、お風呂にも入り、食事の時は「ご飯よ」といえば降りてきて一緒に食べますが、同席するのは食事の時くらいです。本人は無言で食べて、私の方は適当に、オリンピックの話をしたりするんですが、「うん」とか「はあ」とかいうくらいです。「洗濯物入れといてね」とか、「これ、直しといてね」と頼むとちゃんとやってくれますが、親との会話をさけているような状態です。
暴力を振るったりということは、今までもありませんので、いろんな方のお話を聞きますと、うちは静かな方なのかなとは思うのですけれど、親としてはどういうふうに対応したらいいのか迷います。長く引きこもってる人の話を聞きますと、「そのうち本人の元気が出てくるのを待つだけでいいのかな」と思ったりはするのですが。何か治療法といいますか、治す気を起こさせるのに働きかける方法はないかなと、ご相談したいと思います。
斎藤学からの回答
斎藤:今までずいぶんお医者さんにも相談なさってるんですよね。それで、それ以上、何をお聞きになりたいんですか。
──今のようなひきこもりの状態は初めてなのです。以前のうつの時の状態と今とでは、本人の顔つきもなんか違うように思うのです。起きてくる時間は相変わらず遅いんですけど、顔つきは普通の顔をしていますので、今はもう、精神科の先生にいってお薬もらってこいという状態とは違うのではないかと。
斎藤:じゃあよくなってるじゃない。良くなってて、ちょっと目が覚めたような状態になったから1年ばかり働いてみたけれど、働くのも飽きたんじゃないんですか。そのまま家にいてはいけませんか? 親が何とか生きていけてるのだから、子どもはさしあたって働く必要ないでしょ。
「26だから26なりの仕事をして収入をもたらすべきだ」と思うのは良くわかりますか、息子さんが自分なりに判断して、「できない」と思って引きこもっているのなら、それもいいのじゃないでしょうか。そういう状態が困るか困らないかという話を息子さんにしてみるのは勝手だけれど、してみたところで本人が焦るだけですよね。
まあ、この人は放置すれば動き出すでしょう。あなたから見て病気のときとは違うなと見えるのであればね。あなたとしては、この1年ほど彼が表へ出てアルバイトなさったとき、「光が見え始めたな」と思われたんでしょ。その光を見失わないことですね。あなた自身が。
天照大神じゃないけれど、天の岩戸みたいなところから自分が引っ込んだり出たりするたびに、お母さんの顔が輝いたり曇ったりしてると、親の顔を輝かすためにアルバイトしなきゃみたいな話になって、そこにとらわれて辛くなってしまうんですよ。自分のペースでやるというのが、こういう病気の人にとっては大事なことです。1年間できたんなら、曇り空に晴れ間が見えたという状態です。だんだん晴れ間が広がって行くのを待てばいいんです。ここであんまり焦らないことですね。
えーと。不登校、引きこもり、躁鬱病といわれてたと。いろんなことがそろってますね。そして抗うつ剤使って躁転したということですね。これはどういうことかというと「本物」ということです。抑うつ状態の中にも、人格的な偏りとか、自分の生活の行き詰まりとかで起こってくるものもありますが、なかには神経ホルモンの失調状態で起こってくるものがある。私が「本物」というのはこのタイプです。薬で治るんだからこんないいことはない。こんなものはだんだんお薬で管理できるようになりますから、そのうち精神科の領域じゃなくて内科の病気になるのでしょう。
多くのうつ病は薬だけじゃうまくいかないで、人間関係のもつれなどがくっついてくるものが多いのです。このように、「薬を使ったら躁状態に変わった」というのは、薬でコントロールできるタイプの感情障害であることが多いのです。だとすれば、今のような安定の状態が来たらば、あとはゆっくりと、本人の快復の具合を見て、話を進めていくのが正しいでしょう。この場合は、家族をいじったり、当人の人間関係をいじったりするような治療にしちゃうと、かえってまずいですね。
お医者さんのところはいってらっしゃるの?
──ええ。暮れから引きこもってますから、その間に私が2回ほど行きましたけれど、「まあ、しばらくは疲れたんでしょうから、親としてはふつうに言葉かけをしてあげてください」ということですので、そのようにはしてるんですけれど。
斎藤:そのくらいでいいですよ。こちらのクリニックにご本人がいらっしゃるのはかまわないけれど、薬物管理の方が大事だと思います。今まで見ていただいた先生がいるんでしたら、その先生に状態をよく把握してもらった方がいいと思いますよ。
新規講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 死別トラウマのための演劇療法 | 3/7〜火8回 | 14:30〜16:30 | 20,000円 | 一般 | 東京港区 |
| 弁証法的行動療法(DBT)ワークショップ | 7/8、9 | 9:30〜17:00 | 42,000円 | 一般 | 東京有明 |
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2006年02月13日
「死にたい心」はなぜ生まれるのか(1/3)
対談:斎藤学(精神科医)×上野圭一(翻訳家)
「死にたい心」はなぜ生まれるのか〜死んで勝とうとする心理
『地球人』No.7,2006[HP]より
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中高年男性の突発的な自殺が激増する一方、「死にたい」と訴え続ける青少年層も拡大している。「負ける自分」を認められない彼らが、自分の力で見つけるスピリチュアル・グロウス(霊的成長)とは。
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・うえの・けいいち1941年生まれ。早稲田大学英文科、東京医療専門学校卒。日本ホリスティック医学協会副会長、代替医療利用者ネットワーク副代表、鍼灸師。著書に『補完代替医療入門』他、訳書にアンドルー・ワイル著『人はなぜ治るのか』『癒す心、治る力』他多数。最新刊は『わたしが治る12の力』。
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負けられない人々
上野 今日は精神科の臨床医である斎藤学さんにお話をうかがいたいと思います。病院を辞めて家族機能研究所をはじめ、摂食障害、不登校、虐待、それからアディクション(嗜癖)などの問題に取り組んでおられますが。
斎藤 アディクションは特にアルコホリックですね。日本ではアルコール中毒と呼んでましたが、まず第一に中毒なんかじゃありません。毒が回ったわけではないんですから。嗜癖の問題だと認識することから、第一歩が始まります。
『地球人』がキーワードとしてあげているスピリチュアリティという言葉は、われわれの治療ではスピリチュアル・グロウス(霊的成長)という言い方で普通に使われています。「医療では救われない」と気づいたアルコホリックの人たちから発生した言葉です。
===
上野 アメリカのAA、アルコホリック・アノニマスですか。
斎藤 そうです。AAには12ステップの回復のためのプログラムというのがあります。第1ステップで「自分はアルコールに対して無力である」と認め、第2ステップで「自分自身よりも偉大な力がわれわれを正気に戻してくれる」と信じるようになり、第3ステップで「われわれの意志と生命をハイヤーパワーにゆだねる」と決心します。この「無力を認めて、ハイヤーパワーを信じて、身を任せる」という三つのステップが回復の入り口です。(表参照)
ここでハイヤーパワーと呼ぶのは、いわゆる神への信仰が問題となるのではなく、スピリチュアル・グロウスが重要だからです。ハイヤーパワーに気づくには、自身のパワーレスに直面することが必要になります。
上野 例えばアルコホリックでは、どん底に落ちきったところで、それを認めざるをえない。
斎藤 そうです。今日のテーマである「死にたい心」というのも、セルフミューティレーション(自傷行為)そのものをアディクションの一つととらえていますので、アルコホリックと同じような教育ステップは通用するだろうと思います。
でもそういう技術論的なことではなくて、死にたい人たちは何が問題かというと、彼らは負けたことがないんですね。摂食障害者にしろ自傷行為にしろ、負けるのがいやだから死にたいんです。
上野 自分で自分の負けを認められないんですね。
斎藤 そう、妙なプライドがあるから、美しい、美しくないという観点をもちだして、痩せる、痩せないという勝ち負けの問題になる。「死にたい」というのも、死というかたちで、競争に勝つ、生身をさらすよりは人々の記憶に残りたいという野心があるんじゃないでしょうか。
でも、自殺や自傷という“ゆらぎ”みたいなものは、比較的安定した社会でしか起こりようがないですね。
上野 それはそうですね。戦時中には起こらなかったわけですからね。
斎藤 じゃあ、何のために生きるのかというと、たぶん答えはないんでしょうね。それに無理に生きる目的を設定してあげるのはよくない。精神科医はそのあたりに慎重なんです。なぜなら彼らはこれまで、「こういう人になりなさい」と言う人に囲まれて生きてきた結果、期待に応えられなかったり、良い子でいられなくなって今の状況になってしまったんです。だから方向を示す救済者みたいな態度はとりにくいですね。
上野 日本の精神科医の中では、斎藤先生のようなアプローチの方法は新しいかたちではないでしょうか。そもそも医学生のころから現状に違和感をおもちだったんでしょうか。
斎藤 もともと私は社会現象に関心があったんです。医局でやるように人の脳を見ても、心はわからないのではないかと思っていました。人と人とのつながりの中にしか「私」はないのだから。人の履歴やヒストリーを聞きとる仕事をしたいと思ったんです。
アルコール依存の人は、ごくそこらにいる人たちなんです。昔はかなり特殊な変な人たちと思われていましたが、調べたら医局にだっていくらでもいるわけですよ。それで僕は、躁鬱病とかの本格的な精神病よりも、なんで飲むのか、飲んではいけないとわかっていてなぜ飲むのかを研究するほうが面白いんじゃないかと思ったんですね。
子ども化する日本
上野 夏に東京ビッグサイトで「おたくフェスティバル」というのがあって、世界中から四五万人集まったと聞きました。おたくと呼ばれる人たちに対して、どう思っていらっしゃいますか。
斎藤 あれは特殊なんですかね。私の周りではあまりにも当たり前です。彼らの置かれている状況は、そんなにわれわれから遠いものでもないと思いますね。
上野 病理ではないということですか。
斎藤 冷たくて、わけがわからないという感じはないですね。ただ一つ感じるのはコミュニケーション能力の欠如です。それを埋めるために彼らはファンタジーを使います。
だいたい人間にそなわっている幻想する能力、デイドリームを見る能力というのは、小学校高学年から中学二年くらいまでがピークです。なぜそれが減衰していくかというと、幻想がだいたい性的なものに収束していくからなんです。それで想像する能力を失っていく。ところが現在は、エロアニメを含めてファンタジーの表現手段を得たものですから、比較的高年まで持続している、そのぶん人間同士のコミュニケーション能力が育っていかない状態だと思います。
上野 日本は学童化社会であるということを以前書かれていましたね。
斎藤 ヨーロッパ人たちはみんなきばっているんじゃないですか。マスキュリニティ(男らしさ)とかアダルトフッドとかを大事にする。でもああいうのはくたびれますから、日本の男たちはそんなことしませんよ。家の中で、お父さんが有能な人で財布全部握って家計をチェックして、掃除がうまくないと文句つけるなんていやでしょう。外にいて、ときどき帰ってきて日曜日はステテコでのんびりしているほうが気楽でいい。それでいいんだということが、世界の人にも伝わるといいんですけれどね。
ドイツ人の女医さんと結婚した東大勤めの人がいまして、アルコール依存症になって私のところに来ました。彼らは結婚するときから大反対されたのですが、しばらくたってドイツに行くことになったとき、シベリア回りで旅をして、着いてそのままディナーの席にひげ面で出た。それが決定的になったらしい。向こうではそういうことに厳しいですからね。離婚したのは十年後でしたが、結婚している間とにかく気が抜けなかったと、言っていました。
私は、きばったり突っ張ったりするというのは、どの文化圏でもいずれはがれていくと思うんです。日本は、明治から一九四〇年くらいまでの五〇年間おかしかった。きばりすぎだったんです。
(続く…)
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2006年02月14日
「死にたい心」はなぜ生まれるのか(2/3)
対談:斎藤学(精神科医)×上野圭一(翻訳家)
「死にたい心」はなぜ生まれるのか〜死んで勝とうとする心理
『地球人』No.7,2006[HP]より
(続き)
共依存はなぜうまれるのか
上野 斎藤さんの本を読むと共依存関係での病理の深さを書いていますね。
斎藤 私は共依存が悪いと言っているのではなくて、片方が幼児だったら構わないんです。でも、同等の力をもった大人同士で片方が依存するのはおかしい。世話を焼かせて、自分が子ども返りするという、女性の共感能力を恣意的に引き出す男がいるんですね。そういう男の面倒をみるのは女性にとってパワーを実感できるんですかね。熱心に面倒をみてよけい相手を悪くしてしまう。ひきこもり性の青少年とその母なども同じですね。彼らが母親のケアを引き出す手段として、「死にたい」と言いますね。「死にたい」と訴えることで自分の力を誇示している。こうした自殺威嚇と本当に「死にたい」のとは違うと思うんです。
上野 一種の母子カプセルから抜け出せない状態ですか。
斎藤 そうですね。自分たちの閉じられたカプセルが絶対的だと思っていますからね。しかし関係というのは開かれていて、他の人との関係に乗り換えられるような危うさをもっていたほうが、お互い大切にできると思うんです。親子関係でも夫婦関係でも。実際には片方が一方的に力を奪われるような関係というのはありえないので、わりを食っているほうも何かを得ているわけです。それは何かというと、生きがいでしょうね。
===
上野 私がいないとダメだという生きがいですね。しかし、私が支えなきゃ、というのは曲者ですね。支えているものが夫とか息子ではなく、その病理のほうを支えていることに
なる。
斎藤 そうです。とくに今のお母さんは子どもが少ないし、夫に絶望している人が多いですから子どもが生きがいになってしまう。新潟の少女監禁事件でつかまった三七歳の男は、一九歳のときに父親を殴って追い出しているんですね。そのとき、お母さんは息子のほうについたんです。そして息子は少女を連れてきて九年後にばれた。その間、お母さんは外で仕事していた。
私は、夫が子どもに殴られたら妻は夫をかばうべきだったと思うんです。追い出されるときは夫婦一緒に出ていく。そうすれば一人で残された子どもは、近所の人や学校や親戚や誰か他の人との間にコミュニケーション能力を身につけていったでしょうし、事件も違う展開になったかもしれません。
自己防衛としての解離
斎藤 自分というのは一人で自分をやっているわけではなくて、複合的なんです。いろんな自分がいる。自分に批判的な自分もいれば、受容的な自分もいる。過去の「自分たち」も無数にいる。
性的虐待の問題を抱えた人は、解離しがちなんです。そうすると多重人格的になったりする。それを見たら、人間の人格的統合性なんていうのは幻想だなと思いましたね。多重人格というのはそんなに珍しいことでもないんです。最初は背筋が寒くなるくらいびっくりしたんですが、慣れてくると、また来たか、くらいのもんですよ。三歳児なんかが出てくるとあやすのが大変です(笑)。でも中にスポークスマン的なホスト人格がいるので、その人に調整してもらうんです。「今日は○○さんだけでやってくれないか」とか。「△△さん、別な人に代わって」とか言って、まるで電話の交換手みたいなものですね(笑)。連絡がつく人とつかない人がいるんですが、統合して全体像が見える人を探してコンタクトします。多重人格というのは一種の防衛なんです。自殺とかの決定的な自己破壊をしないために、少し前の段階でかろうじてまぬがれている。
それに近い例で、アルコール依存者でも本当はそんなに飲んでいないのに、その間のことを忘れてしまったという人がいる。記憶というのは状況依存的なものですから、酔ったという雰囲気と、味や匂いに一種のディソシエーション(解離)を起こしている可能性があるわけです。解離は初めから記憶に取り込まれないというか、変な取り込まれ方をしますから、体は覚えているけれど、「私」が記憶していないということが起こります。
上野 そういう患者さんに対しては、落としどころはどのあたりにあるのでしょうか。
斎藤 私が言いたいのは「いいじゃん、それで。それでいきましょうよ」ということなんです。患者さんは、知らないあいだに高い買い物をしたり、セックスしたり、いろいろやっかいなことをしでかして忘れてしまうわけですから、確かに困っています。それで、跳梁跋扈してホスト人格を困らせるような人格に、ホスト人格を助けてあげてくれないかと交渉するわけです。すると、多少症状が緩和する。「また変なところに行って気がつきました」ということはあっても、高い所から飛び降りようしてハッと気づくとか、いつの間にか手首から大量に血が流れていたというようなことはなくなります。「治してくれ」と私のところに来る人は自分でも大変だと思っていて、なんとかしてもらいたいのです。でも、多重人格はいい防衛法なのかもしれないなあと思いますね。
病気ではなくて、社会現象
斎藤 何が病気で、何が病気でないか。たとえば、摂食障害はなぜこの頃になって急に増えてきたのか。一九七四、五年頃、慶應病院にいたときには、私が一年間に診た摂食障害の患者は二四人でした。ところが今は、そんな人数一週間で来てしまいます。ブリミア・ネルボーザ(過食症)が増えてきたのは、八〇年代にコンビニができた頃ですね。最初は脳の内分泌の問題だと言われて、内科の先生たちが診ていたんですが、私はそんなはずはない、いきなりこんなに増えるわけがない、摂食障害は病気ではなくて社会現象だと言っていたんです。
多重人格という考え方もあやしい。人格が固定したものであるという考え方は二十世紀的ではないでしょうか。一つのアイデンティティということをエリクソンが言いましたが、昔からそうだったわけではない。その場その場で人格を使い分けていて、自分の一貫した記憶をもっているのが自分だ、くらいだったんですよ。
上野 社会の変化は患者さんとどんな関係があるでしょうか。
斎藤 一つ言えるのは、鼻の頭が赤いというような昔いた典型的アルコール中毒者はいなくなりましたね。それよりお母さんに囲われているような三〇歳過ぎた青年たちが多い。大学を出て、写真学校に行って、自分でつくった写真集をもってアメリカに行ったけど、二年くらいで挫折して帰ってきて、「死にたい、死にたい」と言っているような人もいますね。なんだか自分がすごくブルーであるという意識を持っているんですが、いい学校に行っているし、親からもずいぶん投資されている。それが三〇歳過ぎて首をつったり手首を切ったり、世をうらんでいる。
でもよく聞いてみると、なぜ自分は有名になれないのだ、この傑出した才能をどうして認めてもらえないのかと、思っているんです。これはナルシシズムの問題でしょう。どうして普通じゃだめなんでしょう。私は普通ではいやです、というのがはやっているのか。そこが問題ですよね。
上野 タレントなどのモデルがあって、それにアイデンティファイしたいというか、それが強まってきているのでしょうか。
斎藤 それよりも、もっと身近な比較ですね。その人のケースで言えば、妹がいたんです。自分が予備校に通って一生懸命勉強していたときに、妹は隣でクラリネットを吹いていて、勉強もせず、簡単な大学にかろうじて受かったというのに、結局外資系の会社に入ってきちんと仕事をして、結婚して子どももいる。それに比べて私はあんなに努力して、有名な大学に入ったのに、と思うんです。写真を撮っても自分に実力がないというのがわかるんでしょうね。こんな自分では生き恥さらすだけだから死にたいと、こういう論理ですね。その幼稚さに気づいていない。ただし親が面倒見ているからいつまでもそんなことが続くわけです。だから親に、いい加減にしなさい、一銭も出しちゃだめです、と言わなければならないんです。でもこれは、今の日本が豊かだからできることですよね。
上野 そこで「死にたい」というのは、本当に死にたいわけではないんでしょう。ある種のメッセージを出しているということですね。
斎藤 その人の場合はそうですね。ただ本当にエネルギーが枯渇しているような人もいます。そういう人はさびしいんですね。自分を理解してくれる人を欲しがっている。自分で生きるエネルギーが落ちちゃっている。こういう人がなぜ生まれるかというと、社会的に安全を保障されているからなんですね。
上野 社会が物質的な囲い込みをやって保護して、ある種家畜化している感じですね。
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2006年02月15日
「死にたい心」はなぜ生まれるのか(3/3)
対談:斎藤学(精神科医)×上野圭一(翻訳家)
「死にたい心」はなぜ生まれるのか〜死んで勝とうとする心理
『地球人』No.7,2006[HP]より
(続き)
セルフヘルプ・グループの活動を通して
上野 セルフヘルプ・グループの動きをずいぶんサポートしてこられたとうかがっているんですが、最近はどうでしょう。
斎藤 セルフヘルプはもともとプロフェッショナルはだめですよ、というところから始まるんです。私は医療のプロとしてプロの否定をするというパラドクスの中に身を置いているわけですね。治療者無力と呼んでいるんですが、「私には治せないよ」と言う。そうすると彼ら自身の中のものを総動員して何とかしましょうという活動になるんです。
でもそれには場を与えるとか、適切なファシリテータを育てていくとか、一貫した継続的な支えをしていかないと活動が消えちゃうんですよ。なんとか自力で浮上してきたのは摂食障害のグループのナバ(NABA・日本アノレキシア・ブリミア・アソシエーション)ですね。あとはJUST(日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン)というグループがあります。ただほっておくと五年たったら沈んでしまいますね。沈んでしまうようなものだったら沈ませておけばいいというのが本来の私の考えなんですけれど、やっぱり日本はそれを必要としていると思うんです。だから社会認識を変えられるならばと思ってサポートしています。
===
近年ではバタード・ウーマンの話は一般化してきましたし、児童虐待とドメスティック・バイオレンスの防止法もできました。でもまだ被害者の問題だけなんです。殴る親や殴る男をなんとかしなくちゃいけない。そこでバタラーズ・グループという殴る男たちの会を作ったのですが、どうもバタラーでない人もやってくる。ならば断ればいいかというと、その場を必要としている人を排除することはよくないので、今はハズバンズ・グループと名称を変えました。毎週一〇人くらい来ます。基本的にネクタイをしめたサラリーマンですね。最初二年やったくらいで、あとは私は直接は関わっていませんが、ファシリテータが出てきて自分たちでホームページをつくったりしています。
見ていると、バタラー同士で親しくなることがあります。パートナーを殴りかけている人がいたんですが、そのグループのバタラーの中に牧師さんがいた。その人が、とにかくその暴力性を何とかしなくては一緒にはなれないよと話をして、結局その牧師さんのもとで結婚しました。新郎と牧師が殴る男の会で一緒だったなんて、映画みたいですよね(笑)。
こうしたうちとけた関係がグループの中に出てくる。私はこれを問題縁と言っているんです。例えば不登校児の母の会があるとすれば、それは問題縁ですよね。
上野 問題によって絆が生まれるということですね。
斎藤 そうです。そういう問題縁をいくつかもつ。しかし、なるべくインディペンデントがいい。瞬間の関係、せいぜい九〇分の関係がいいと思っています。でも終わってからお茶を飲んだりすることもあるらしいんです。お茶ならいいけど、アルコホリックが集まったときに、そのあと焼鳥屋で一杯なんて困りますからね(笑)。ですからなるべくそれはやらず、会場で会うだけの関係がいいんじゃないの、と私は言ってるんです。でも先ほどの例のように、実際に関係が深まる場合が多いですね。
人々が問題縁をいくつかもって、それがミューチャル・サポート(相互援助)みたいな機能を果たすようにならないと、このコミュニティ崩壊の時代はうまくいかないでしょうね。そこでスピリチュアルの話に戻れば、このグループの中に何が起こっているかというと、少なくともフィジカルなものでも、メンタルなものでもないと思うんです。もっと親密性を中心にした何かが発生していると思いますし、これがつまりスピリチュアルな成長ということではないですかね。宗教のもつ霊性とどう違うのかわからないですけれど、人間にとってとても必要なものであることは間違いないと思います。
病を受け容れる
上野 斎藤さんはコピーライターの才能があると思うんです。わかりやすく的確な命名をなさる。そしてわれわれの言葉を使って表現してくださるので、それによって人々の理解が深まったということがあるんじゃないでしょうか。
斎藤 最初はアメリカで使っていた言葉をそのまま利用したんですが、飽きちゃって(笑)。
上野 もう一つ。一見ネガティブな症状に対して、常に健康なエネルギーを感じさせる表現をなさっていますね。
斎藤 それが大事なんです。鬱病も摂食障害も自傷行為も、致命的可能性があるという意味で方向は悪いのですが、その人は必死に訴えているわけですよ。
上野 そういう方法でも訴えることができるのは、本人にとっては救いということでしょうか。
斎藤 鬱病になるのも一種のサバイバルの方法で、大きな意味がある。苦悩というのは恵みなんです。あなたが生き残るためには、今あなたがあるかたちが、一番あなたの現在にとって都合のいい状態なんだから、治そうと考えなくていいんじゃないか、と私は伝えたいのです。
上野 ほとんど周囲の人は、治せ治せと言うわけでしょう。自分でもそう思っている。そこで、治す治さないよりも、まずはこれでいいのだと認めてくれる場所があるというのはすごく大事だと思うし、それが一つの糸口となって変わっていく可能性がある。そこから始まるわけですね。ところがほとんどの病院では、まず悪を抹殺しなきゃいけないというような処置をとられると思うんですね。
斎藤 その人にとっての最適な防衛方法を否定してしまって、よくなろうとするなんて、矛盾ですよね。それよりも、ややこしい症状なんだから、なるたけ機嫌よく病気をやっていてほしいと私は思うんです(笑)。無気力だというだけでつらいじゃないですか。頭があがらないとか集中力がないとか。これだけだって苦しいのに、そのうえ自分はだめだと思ったらよけいまいっちゃう。
あなたの気分というのはあなただけで支配しているわけではなくて、あなた群というのがある。あなたの中のいろんな気持ちや、経験を通してつかんだ感覚や、体からの声も聞いて、あなた群みんなで考えなくちゃいけないんだ、独裁制をやめてもっと民主化しろ(笑)と言っているんです。
私の研究所でもいろんなミーティングがあるんですから、好きなところへ行けばよい。ただし技法が何かを治すわけではないんです。今の自分の状態が最適だと思えば、いろんなことが見えてくるんですね。
特に言いたいのは、限界を知るということですね。これが難しいんです。今、分相応とか分際とかすごくいやがるでしょう。でもどう考えても無理なものは無理なんですよ。世間でもてはやされるとか、そんなことはどうでもいいじゃないですか。どうしてあんなに成功したがるんでしょうかね。「そんなこと言ってたらきりがないんだよ」ということを、説教ではなく伝えたいんです。なかなか難しいのですが、それぞれの人と波長合わせみたいなことをきちんとやれば、少なくともこちらが一生懸命伝えようとしている、とわかってもらえます。
私の一つの特徴はユーモアですかね。笑えるようなものでないとみんな聞きません。その時間を楽しみに集まるという人たちで成り立つ空間のほうがいいんです。まあ、みんな奇怪なこと言いますよ。現代人が抱えているあらゆる愚かしさとか、奇怪さとかが出ますね。それがまたすばらしさでもあるんですが。嫉妬、あがき、顕示欲、うらみ、何でもあります。とくに親に対する怨念というか、葛藤が出てきます。三〇歳を過ぎて、「いい年して母が、母がと言ってるんじゃない」と、私は言うんですよ。そんなこと言ったらかわいそうだとは思わないんです。彼女たちは、結局私みたいなことを言ってくれる人がいないみたいです。
上野 そうでしょうね。言ってほしいんでしょうね。
斎藤 私はあまり洞察促進的なことはやらない。あくまでもトークを楽しむことに徹しています。個別の面接も常時やっていますが、基本的にはピア(仲間)が織りなす相互交流にはかなわない。相互交流的な集団療法が私の治療論の根底にありますね。そこではハプニングが起こります。人間だからこそ起こる涙も感動も、こっけいさも、猥雑さも、ひっくるめて人間て面白いなというのが伝われば、それが力になるんですよね。こんな面白いことをやっているのが人なら、その人の間に生きていてもいいなあという考え方に近いですね。
上野 それは幸せですね。
斎藤 一番幸せなのは私かもしれませんがね(笑)。
家族、社会を考える
上野 他にこれから力を入れていきたいと思われることはありますか。
斎藤 今リサーチしていることがあるんですが、性的外傷体験をもっている人たちは海馬萎縮が起こるんです。サリンの被害者でもMRI画像検査で脳に損傷が見られます。いまだに日本では児童虐待・性的虐待そのものがないと言っている人がいますが、そこらじゅうにありますよ。彼らがメンタルな部分だけではなくて、脳にも痕跡を残しているのだと示したいんです。とにかく目ではっきりわかるようなかたちで突きつけないといけないと思っています。
あとは臨床記述的なものをまとめたい。多重人格のような症例というのは、あちこち転々として私のところに来るんですね。そういう人たちの症例がたまっていますので。
もう一つは男性のことです。自殺は五〇代の男性がとくに多い。ただし憂鬱なことを表現する人は死なないんです。自殺者数が失業率と連動しているのは男性だけで女性は連動していません。鬱病の発症率は女性のほうが二倍から三倍高くて、自殺は男性のほうが高い。この差が結局「男らしさの病」の中核だと思うんです。鬱病みたいなかたちで無気力、抑鬱、悲哀、自己評価の低下などが表現できないで、そのぶん男性は怒りに走る。女房をひっぱたくか、部下を怒鳴るか。怒鳴っても大丈夫な人を怒鳴る。または仕事で業績を上げて見返すというかたちを取ります。これも一種の攻撃です。そしてこれが負け戦だとわかると、あるいは勝手に自分でそう考えてしまうと、もうダメです。何の兆候もなく、誰にも相談せずにいきなり自殺をはかるんですね。
若い人の場合ですと、目的が見えなくて、どうせ死ぬなら派手な流行の死に方で死にたい。最近の例では練炭と青いシートの車のネット心中ですが、あれは明らかに功名手柄の世界なんですよ。こんなどうでもいい生は生きるに値しないという、すごい傲慢さの中で死んでいくんですね。何もなく終わった一日がどんなにスリリングなものかというのがわかるには、ある程度年数が必要でしょうね。今の日本の若者のように親や先生の保護のもとで暮らしている生活ではね。
上野 それが一番よくないですね。社会の過保護。天変地異とか戦争が起こったら、あっという間にそういう人は姿を消してしまう。
斎藤 いなくなりますね。やはり今、家族、社会というもののあり方を考えなければならないと思います。それから地縁、血縁だけではない問題縁というリレーションをつくるということ。それがこれからどんどん大切になると思いますね。
AAの12ステップ
1われわれはアルコールに対して無力であり、生きていくことがどうにもならなくなったことを認めた。
2自分自身よりも偉大な力が、われわれを正気に戻してくれると信じられるようになった。
3われわれの意志と生命を、自分で理解している神、ハイヤーパワーの配慮にゆだねる決心をした。
4探し求め、恐れることなく、生きて来たことの棚卸表を作った。
5神に対し、自分自身に対し、もうひとりの人間に対し、自分の誤りの正確な本質を認めた。
6これらの性格上の欠点をすべて取り除くことを、神にゆだねる心の準備が完全にできた。
7自分の短所を変えて下さい、と謙虚に神に求めた。
8われわれが傷つけたすべての人の表を作り、そのすべての人たちに埋め合わせをする気持ちになった。
9その人たち、また他の人びとを傷つけない限り、できるだけ直接埋め合わせをした。
10自分の生き方の棚卸を実行し続け、誤った時は直ちに認めた。
11自分で理解している神との意志的触れ合いを深めるために、神の意志を知り、それだけを行っていく力を、祈りと瞑想によって求めた。
12これらのステップを経た結果、霊的に目覚め、この話をアルコール中毒者に伝え、また自分のあらゆることに、この原理を実践するように努力した。
〔AA文書委員会訳、AA日本ゼネラルサービス・オフィス〕
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2006年02月16日
アルコール依存の弟のこと(1/3)
相談者からの質問
36歳になる弟について相談です。
弟は3年前の母の葬儀の直後、アルコール依存症から手首きりを行い、その後、1年数カ月間、精神病院に入院いたしました。退院後は、父の保護のもと、実家でとじこもりの生活を送りっています。父との生活で暴力を振るうということはありません。
弟は大学入学のとき上京しました。入学当初から新しい土地になかなかなじめず、友達もできないま結局退学することになってしまいます。その後弟は家からの仕送りとアルバイトで生活していましたが、3年前の母の死をきっかけにアルコール依存症であることが家族に発覚し、14年間の東京でのフリーターの生活に区切りをうって、現在の状況に至っています。11年間病気を患っていた母親が亡くなり、その葬儀のために帰省した弟は親元では自由に飲むことができなかったため、初七日がすぎ、親戚一同と私が引き取った後にアルコール禁断症状を起こし、それと同時に手首を切ったため、そのまま入院となりました。
===
アルコール依存症にもかかわらず、入院が1年以上に長引いたのは、次のようなことが原因でした。
弟の入院後、東京のアパートを片づけるため、父と私で出向いたところ、私たちは見たことがないような光景を目にすることになりました。部屋全体が酒のペットボトルやお弁当のから等で、天井に届くほどのゴミの山と化していたのです。私たちはびっくりして、レッカー車2台のゴミの処理を業者に依頼し、リフォーム費用を大家さんに支払うとことで、穏便にことを済ませました。このような状態を、弟の担当医に、私はできるだけ詳しく伝えました。
その結果、弟は、アルコール依存症と、対人関係に問題をもつシゾイドであると診断されました。退院した弟と父との生活は、昨年父が病気になるまで、72歳の父が食事を作って引きこもりの息子に食べさせるという、父と息子の共依存関係が続いていました。父は、病気になった今でも息子に何とか立ち直ってほしいという願望と、親として強い自責の念を持ち続けています。弟はそういう父に養われ、「支配されている」という被害意識を持ちながらも、働きにも行かず、食事の時に部屋から出てくる以外は、一日中部屋に閉じこもりの生活を続けています。
で、このような親と子の生活を見ながら、私と叔母が、月に1回ほど、郷里に戻って2人の生活を見守っているんですけれど、この先、父が亡くなったとき、弟のような症状を持つ人間がどのような環境でどのような生活を送ることが、本人にとって一番望ましいことなのかを教えていただきたいということと、弟がこのようになったのは、父や我々家族との関係が影響しているのかどうか、それを教えていただきたいと思いまして参りました。
斎藤学からの回答
斎藤 今お姉さまは、東京で、一人でお住まいですか?
──いえ、夫と二人暮らしです。
斎藤 そうすると、郷里にはあまりお戻りにならない。
──17年前に、家がイヤで、家出同然に家を出まして、母が病気になったのを知ってましたけど、戻らずにこちらで職を見つけて生活しておりました。
斎藤 その後弟さんが上京してきたんですよね。
──はい、大体同じ時期に。
斎藤 で、弟さんとは、東京では交流はあまりなかったんですか。
──はい、まったく会ったことがありませんでした。
斎藤 家族がいやでいやでしょうがないんだ。
──ええ、そうです。
斎藤 ふうん。もう一つ聞きたいのは、結婚生活です。その婚姻はどのくらい続いてらっしゃるのかな?
──ええと、2年ちょっとです。
斎藤 立ち入ったことを聞くようですが、お子さんはつくらないようにしているんですか?
──夫はほしがっているんですけれど、私は、ほしくないんです。
斎藤 どうしてでしょう?
──やはり、母親が、私たちを育てる家庭において、あまり幸せそうな顔をしていませんでしたし、今の父親と弟のことがありますので、そういう気になれないというか・・・
斎藤 家族というものに不吉な印象というか、とくに母子関係というものがイヤなものだと思ってらっしゃるの?
──そうかもしれません。ただ、夫の家族は非常にいい関係ですので、自分の母親に感じないような感情を持つようなことはあります。
斎藤 ふうん。よかったですね、そういう、温かい家族を見る機会を持てて。
──そうですね。
斎藤 とってもいいことですよ。私、核家族が相互に孤立してお互いに連絡しない状況はよくないと思ってますね。お母さんの料理が下手だったら子どもは隣のうちでご飯が食べられるといいんですがね。いろいろな家の臭いや風向きを子どもが感じられるようなコミュニティが必要なんでしょうね。今のところ、子どもには親が選べませんからね。親は子どもを作るかどうか勝手に決められるわけだから不公平ですよね。親といっても千差万別ですからね、何種類かの親を経験した方がいいかもしれない。
カナダ東海岸の「ヘアインディアン」は、アザラシをつかまえて、その肉を食べ、皮をなめしたりして暮らしているんですけど、土地はすごくやせていて穀物があまりできなくて、一家で子どもたちを育てることができないんですよね。専業主婦どころの話じゃなくって、男も女もキャンプをしてまして、男は狩猟やってるし、女はなめし革作ってる。親たちは忙しすぎて子どもを育てられないそうです。
で、その部族の子どもたちは成長するまでに、何人もの親(多くは祖父母)を渡り歩くんですって。日本だとみなし子みたいな、悲しい話なんだけど、ヘアインディアンの中ではそれがあたりまえ。ところが彼らは大変家族意識が強くて、「私は誰々と誰々の子」ということを誇りにしているそうです。これは、原ひろ子さんという元お茶の水の教授をやってらした文化人類学者の人が書いた本の中の話ですが。
新規講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 死別トラウマのための演劇療法 | 3/7〜火8回 | 14:30〜16:30 | 20,000円 | 一般 | 東京港区 |
| 弁証法的行動療法(DBT)ワークショップ | 7/8、9 | 9:30〜17:00 | 42,000円 | 一般 | 東京有明 |
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2006年02月20日
アルコール依存の弟のこと(2/3)
(続き)
ちょっと話が飛んじゃうようだけれど、あなたの育った家は、子どもたちから力を奪うような臭いや風や「雰囲気」があった。あなたは「これはたまらん」というんで、はやばやと家族に見切りをつけた。
──逃げました。
斎藤 逃げたというのはきっと捨てたんでしょうね。そしてあきらめたんでしょう。たぶん、それまでは、親を変えようとか、この家を支えようとか、いろんなことをやったんじゃないかな。ちいちゃいときから。で、ああこりゃもうだめだと。
──いえ、まったく、壁のシミのようにしていました。
斎藤 壁のシミ。子どもの存在の仕方として、ロストワン、「いない子」っていうのがありますよね。何人兄弟ですか。
──2人です。
斎藤 ははん。男の子は大変ですね。弟さん、大変だったんだ。どういう一言で説明できますか。お宅の雰囲気を。
──まず、会話が全くなく、静かな争いがあるような家庭でした。というのは、嫁と姑があまり仲がよくなくて、それを父が放っておくというような状況でした。
斎藤 決して問題が言葉にされることがないという感じですね。
──そうですね。で、茶の間に、みんなが集まってご飯を食べるという習慣が、全くなかったです。
===
斎藤 そういうわけで弟さんは、コミュニケーションというものの持つ力を実感できなかったのでしょうね。
──そうですね。私、それに気がついたのが、こちらに伺ってからです。
斎藤 ふうむ。
いろんなうちから子どもが学校に集まってきて、また一つのグループをつくるんだけれども、うちの中で「人間関係が楽しい」という信念というか、経験がもてなかった子は、学校では、仮面を付けて「この場ではどういう風に演じれば、みんなを満足させられるか」少なくとも「目立たなくていられるか」を考えて、疲れて家に帰ってくる。しかし家の中でそれを癒す場所がないわけですから、これの連続が20年近く続くと、相当固まってきますよね。学校の成績だけはある水準をクリアして大学に入ったとしても、この状態ではやってけないでしょう。いま、これをあぶり出すようなシステムってないんですよね。徴兵制があるわけじゃないし。フリーターをやっていれば何とか食えるから、そのまま都会の片隅で沈殿しちゃうわけですね。
この弟さんの部屋の様子は非常に特徴的ですが、これに近い部屋をお持ちの方は、今日お集まりの方々の中にも何人かいらっしゃるんじゃないでしょうか。弁当の空き箱が天井までっていうのはちょっと極端かもしれないけれども、これを、この入院先のお医者さんは、人格障害でもって説明してますね。
スキゾイドないしシゾイドは、スキゾフレニーという「病気」と地続きの人格的傾向を言います。フレニーっていうのは精神病という意味です。スキゾイドのoidというのは「みたいな」という意味です。シゾイドは「シゾフレニー(精神分裂病=統合失調症)みたいな」という意味です。スキゾイドパーソナリティーという人格障害の名前なんです。これはどういうものかというと、コミュニケーション不全の中で育って、誰とも対話ができなくなった人。自分とさえも会話ができなくなった人です。お部屋の中で一人でいても自己対話ができてる人は、こういう弟さんがつくってたような部屋はつくらないんです。「自分は快適かい?」って聞く自分がいるから。ここに何か置こうとか。CDラックを買ってこようとかいう話になって、買い物依存にはなるかもしれないけれど、お部屋の中はこういう風にはならない。このゴミの山みたいになった部屋っていうのは、たぶん、彼にとっての防波堤で、この中に誰も寄せ付けない砦をつくって、その中で寝てたんでしょうね。
そのコミュニケーションのなさを、むしろ便利がるような雇用形態があります。余計な口をきく必要がなくて、黙々と何時間か働いて、そして、いくばくかの給料もらって過ごすような生活です。また、このような部屋での生活が維持されてきたというのは、彼に関心を持つ人が居なかったということですね。子どもがどんな生活しているか、ついつい知りたくなって侵入してしまうような親がいいとは言いませんが、もしそういう親だったら、びっくりするのが10年くらい速かったでしょう。
でも、あなた方のお母さんは息子さんにプレゼントなさいました。それは「母の死」というプレゼントです。お葬式をプレゼントされた息子は郷里に帰る機会を得て、ようやく、もう一つ別の生き方へのチャンスをもらった。しかしそのチャンスを生かすには、帰っただけではだめで、相当量のお酒を飲んでリストカットまでやってみせなければならなかったということなんじゃないでしょうか。
1年3カ月の入院は確かに長いですが、スキゾイドの治療として考えれば妥当なところです。だいたい1年半なんですよ。人格障害の治療期間は。例えばコーネル大学付属病院の境界性人格障害病棟の入院期間は1年半だそうです。これはそこで働いていた宮本政於君(元コーネル大学助教授、「お役所の掟」の著者、故人)の話です。
同じ人格障害でも反社会性人格障害は刑務所にいますので、刑期はまちまちです。これは治療の対象にはしません。境界性人格障害が1年半だとするとスキゾイドは、もう少し長くてもいいくらいですね。こうした人々は被害妄想的なことを口にすることはあっても、それがひどくなって行動を起こすようなことは決してありません。無力ないし無気力が主な特徴です。人間てのはこもりこもってずっといられるもんじゃないんですよね。10年ずっと一つ部屋でいたなんていう子どもさんのことで親ごさんが相談に見えて、2年ほどしてようやく当の息子さんに会ってみると実はスキゾイドだったということがよくあります。
もう少し悪くなってスキゾフレニーの場合には、妄想だとか幻覚だとかいうのをもっていて、その幻覚や妄想が活発になりますと、アパートの上の階の人が自分に意地悪するとか、ヤクザに狙われているとかといって騒ぎだしますので、かえってわかりやすいのです。「電波がどうのこうの」って口走りますから。部屋の中に銀紙を全部張って、電波のシールドを作ったりする。やることが派手になってくるんです。スキゾイドだと、そういうことは全然しませんから、静かな人としてずっと過ごすことが出来ます。
お姉さんはずっと「壁のシミ」をやっていたおかげでなんとか家から脱出できた。弟さんも同じ時期に脱出できたのに、うまく東京での生活に適応できなかったのはどうしてでしょうか。お姉さんはどう思いますか。
──弟は、小学校中学校とずっと成績も良く、高校も進学校に進んだのですが、そのとき成績がついていかなくなって挫折したと思います。私の場合は小中高と同じ私立のミッションスクールに入れられまして、ちょっと身分が違うような人たちの中に入って小さい頃からずっと耐えてきたんですね、学校を出て短大に進んだときに、初めてやっと息をついたというか、そういう経緯がありまして・・・
斎藤 なるほど、あなたには「つらさの認識」がはっきりしていたのですね。そうやってみると、子どもがつらいと感じたり、こんなのイヤだと思ったりするのは非常に貴重なんですよね。彼らのせりふで使われる「なぜ生んだ」っていうのがあるでしょ。「なぜ生んだ」といったときにはたいてい暴れ始めています。その前を聞いてると、たいてい「居場所がない」っていってますよ。「なんか息苦しい」とか、こういうサインを出せる子っていうのは、出せないで過剰に適応してる子よりいいんですよ。我々の目から見てるとずっと救いやすいですね、SOSのサインが出せる子のほうが。
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2006年02月21日
アルコール依存の弟のこと(3/3)
(続き)
で、いまの、弟さんとお父さんの生活ですけれど、お父さんもスキゾイドの傾向はあったと思うんですよ。お仕事はなさってたでしょうけれど、そんなに社交的な人じゃないでしょ。
──ええ、社交的ではないですけれど、祖父母の家庭はちょっと問題はあるんでしょうけれど円満で、父は子どもの頃から祖父母にかわいがられて育ってますので、自分の気に入った人間関係は非常に大事にしています。
斎藤 ふむ。ということは、問題を作ってたのは、お母さんと姑であるおばあさん?
──いえ、全てがいろんなところでからんでて・・・
斎藤 まあ、誰かに原因ていうのはないでしょうね、確かに。でも、嫁姑問題から距離をとってた取り方なんかから見ると、あなたのお父さんはあんまり物事にコミットしたり熱中したりっていうタイプには見えないですね。人間関係にある種のあきらめみたいなものを感じて距離を置くタイプの人だと思う。
===
たしかにスキゾイドとは言えないかもしれないけれど、ちょっと内閉的な人なんでしょう。そうすると、ちょうど息子との関係の中で、まあお父さん、人生の残り火が燃えだしたような感じですね 。お母さんが葬式を息子にプレゼントしたように、今度は息子がお父さんに病気をプレゼントしたように見える。ちょっと変な言い方に聞こえるかもしれませんが、お父さんはこれで随分助かったと思います。お母さんなくした後、こんな息子の問題をこなさなくてはいけないとなると、そう簡単にくたばれないですね。人間というものは相手にあわせて弱くなったり強くなったり大きくなったり小さくなったりしますので、この場合は子どもが胎児化して家の中の羊水に浸るような感じで、それにあわせてお父さんが産婆役って言うかお母さんの役目をやって、これは生理的な出産とはちょっと違うから、「お父さんママ」と幼児がえりした息子との関係は、このままずっと続いて変化しないかもしれないです。でも、少なくともお父さんはゲンキでいられる。「72歳の父が調理して」なんてことは心配することないんで、むしろお父さんには生き甲斐が与えられたと思えばいい。
で、息子さんの復活はいつかというと、私ね、復活しなくてもいいと思うんだよね。ほんとは壁をつくって静かにいたい人だろうから。こういう人はいま急に日本が氷河時代になれば私たちより上手に生き残りますよ。ソシアルな、誰かと話してないとだめだっていう人はすぐ死んじゃう。どうもそうらしいんですよね。
分裂病とかスキゾイドとかっていう人がどうしていまの人類の中にいるかっていうと、どうも、そういう人の方が氷河期を生き延びるのに都合良かったという説がありましてね。もし人類がハシャグ傾向、つまり躁状態の人だけだったら絶えてただろうという人もいます。人の性質(たち)にはどんなものでも何か都合のいいところがあるんで、この息子さんはお父様が最後の炎を燃やして、燃え尽きた後に復活しますよ。たぶん。
──そうすると、父が亡くなった後、っていう
斎藤 そうそう。そうなるとようやっと、お父さんお母さんがつくっていた家の窒息感がなくなるでしょ。
──現在父がガンにかかってるんですけれど、こういう状況で今後どうなるのかと、
斎藤 そうですか。でも、ガンの患者さんのQOL(生活の質)ということから言えば、精神障害の息子と同居っていうのはすごくいいよね。癌の患者さんに登山させるという試みがあると聞きましたが、モンブランやヒマラヤ登山にでかけるよりはいいんじゃないですか。少なくとも安上がりで。
──そうですか。じゃ、父の最期を見とった後、弟をどうすればいいかってことを考えたらいいんですか。
斎藤 そうですね。弟さんははじめて、自分の宰領で家の中を自由にできるようになるでしょ。
──では、あの、病院に入れるとかそういうことはせずに、地域に結びついて生きていくという生き方がよろしいと。
斎藤 うーん。そうなるといいんですがどうなるでしょう。
一つの生き方はお酒ですよね、お酒を飲んでそれによって自分のSOS サインを出すわけですね。すると近所の保健婦さんか何か見回って、「また飲んだの、失禁してるじゃないの」とか言って病院連れてってくれますから。そのうち吐血なんて状態になって、「肝硬変ね」っていわれて、そんな言葉を耳元で聞きながらご昇天。そちらの方にいくかも知れない。
しかし、人間ていうのは苦境の中に自分の生き方を発見するものですからね。「底を打つ」という体験から新たな生き甲斐にたどり着くかも知れない。例えば、美人──美人じゃなくてもいいけど優しい──看護婦さんとの出会いがあって、そういう人が体当たりでコミュニケーションをとってくれてようやく、昔築いたはずの言語活動を取り戻すとか。今度の入院だって、1年3カ月の間にそういう経験があったかも知れない。
──なかったようです。もう入院はイヤだと言ってます。
斎藤 いやだって言ってるの? じゃあ、やっぱり、吐血で入院だ。
──(笑い)
斎藤 お酒による問題行動は、身体でサインを示すにせよ、暴れてサインを示すにせよ、SOSサインですから、彼はこのルートを使うことが多いんじゃないかな。
──いま精神科の先生が、弟にとっては唯一信頼を置ける存在なんです。
斎藤 ああ、それはよかった。
──その先生は「あまりストレス与えちゃいけない」とか「無理をしてはいけない」とか言われるんですけれど、やっぱり家族としては、断酒会とかAAに行って欲しいなという気がするんですけれど・・・
斎藤 今のままでいいんじゃないでしょうか。アルコールだって必要なら飲めばいい。それによって多少でもコミュニケーションが成立すればいいですよね。でも一人で飲むというのが気に入りませんね。どこか飲み屋のママさんとでもいい仲になるとかできればいいが。
── じゃ、また飲み始めても、問題はないと
斎藤 いいんじゃないですか。
── はあ。
斎藤 だって、ふにゃふにゃのミイラみたいになってシラフで居るより、楽しそうに飲んでる方がいいでしょう。
──はあ、たしかに。
斎藤 もちろんお酒のことは「飲め飲め」と言わなくていいけれど。今、地元の先生とコミュニケーションがついてるってことを大事にしすることですね。定期的に通院する。そこでの薬がどうのこうのってことじゃないですよね、大事なのは会話です。
──はい。「ほっとする」って弟はいってます。
斎藤 「いいんだよ、君はそれでいいんだよ、別に仕事しなくていいじゃない」みたいな話を、その先生からもらっていくと、だんだんに彼らしい活動が復活してくるでしょうね。
──はい。わかりました。ありがとうございました。
斎藤 一家の防波堤になってきた、成績がいい少年とか青年ていうのは大変ですよね。こういう穴蔵にこもらないとなかなか競争の世界から降りられないですから。ゴミの部屋を作ったりするところまでくると皆あきらめちゃう。それで、「生きてりゃいいよ」ということになって楽になるんですよね。つらいつらいって言ってる状態の人は、一度だめになればいいんですよ。いまのポジションから降りて、ずっと寝てみる。コンビニ弁当を食って寝て、一月もすれば誰かが覗いてくれます。「生きてるかしら」と大家さんが入ってきて、「わあー」なんていって110番か119番してくれる、そこから新しい人生が始まる。ブレイクダウン(挫折)の勧めですね。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※ブログへのご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。
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2006年02月23日
捨てていってしまう私(1/2)
相談者からの質問
以前、こちらにご相談にうかがって、16歳の息子の引きこもりのことについて先生からアドバイスをうけました。息子は以前は万引きなどの非行がひどかったのですが、「友達に裏切られた」とかいうことをきっかけに学校を中退して、今ビデオ、マンガ本、ゴミの中で生活しています。斎藤先生からは、「家族に別な問題を持ってくればいい」、夫婦げんかをするとか、そういう問題を親が起こすのが一つの解決策だとアドバイスを受けました。今日の問題は、ちょっと違う問題です。
先生の期待通り、夫婦仲にひびが入りまして、別居を考えています。別に先生のせいじゃないんですけれど、まあ、そこに至るまでの「家族をみんな嫌いになっていっちゃう私の性格について」ご相談したいのです。
まず、私の育った家族ですが、父、母、きょうだいは4人で、私が一番上で長女です。父は、商売をしていて結果的には店を大きくしたから成功だとは思いますが、女癖が悪いし、生活がだらしなくて、母は大変苦労させられてきました。商売には夢中になる父ですが、家は留守にしがちで、経理とかいろんなことを母に任せています。母のあざ--父から殴られたあとだと思います--だらけの顔とか、泣いてる姿を見て私は育ちました。母の愚痴の聞き役もしっかりやってました。
===
私が結婚した後も、父の女ぐせはなくなりませんでした。私はそんな父を「いやだな」と思っていたんです。
そうしてまず父と仲良くなれませんでした。そして次に私が切り捨てちゃったのは、弟です。弟は高校の頃、私の息子と同じように引きこもっていて、その後仕事には就いたのですが浪費がひどくて、親を脅してお金をとっていくので、私が注意しましたら、かなり乱暴されました。それ以来ほとんど会っていません。
その次は母です。今から10年くらい前ですけれど、教員をしていた私の夫が、私の実家の両親に説得されて店の後継者になることを引き受けました。そのとき母が、父と一緒になって、私の夫に「後継者になってくれ」といったのが、私としてはとても不本意でした。母は「お父さんと一緒に仕事をするのはとても大変だ」「子どもが20歳になったら離婚するわ」とずっと言ってきたのに、なんだってそういう大変な商売を私の夫にやらせようとするのかと、許せない気がしました。それでその後から母との関係があまりうまくいかなくなりました。
今度は私の息子たちです。子どもは3人いるのですが、上の2人が夜遅く帰ってきたり、万引きしたりしてます。
私の夫は大変優しくて、私が何かやりたいということは何でもやらせてくれますけど、私からすると、子育てがうまくいかなくなったときは、「頼りない」というか、もうちょっとしっかりしてくれればいいのになとか、思って何回か責めてきました。本当は私自身が子どもたちを包み込むことができなかったからこうなったんだとはわかってるんですが。最近またそのことで夫と言い争いをしたときに、「おまえは女王様だからな」とか「私がいるといやな気持ちになる」みたいなことを言われて、ちょっとこれだとこの先やっていけないな、別居した方がいいんじゃないかなと思ってます。
ということで、こんなふうに家族を次々いやになって切り捨ててしまう私のこの性格が、いったいどういうものなのか、この後、どういう関係を持っていったらいいのか、ご相談したいんです。
(続く…)
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2006年02月24日
捨てていってしまう私(2/2)
(続き)
斎藤:お子さんの中で、悪いことする子が16歳と14歳で、末っ子は10歳でしたっけ。10歳の子はまだ、ゴミの中に埋まってるような状態じゃないんですね。それで別居というと、10歳の子だけ連れて行こうかな、なんて思っているわけ?
──ええ、そうなんです。学校を変わるのはいやがってますし、近くで連絡とれるようなところで生活しようと思ってます。
斎藤:ふむ。みなさんが自分の家族や自分自身の問題を考えるときに、自分を責める形でものを考えている時は、たいてい間違ってますね。そうなるとやることはうまくいきません。あなたの場合も、「私に問題があって、だから弟もお父さんも、子どもたちも、お母さんもこうなってしまった、そして夫も」というのは、ちょっとおかしいんじゃないかな。あなたは一生懸命やってきて、やれるだけのことやって今に至っているんでね、そういう自分に自分が優しくならないと。とにかく自分がやってることを許しながら先のこと考えないと、何やってもうまくいきませんよ。実際、自分でも一生懸命やってきたと思うんでしょ。
──はい。
斎藤:精一杯やってきて。で、今あなたが捨てなくちゃいけないものと、捨てちゃいけないものをはっきり分けることですね。
今あなたは周りのものみんな捨てちゃいたいような気分になっているそうですが、聞いたところ、10歳の子は捨てたくないみたいですね。ですから結局は拾っていきたいものもいっぱありそうだ。いま、「私が捨てたんだ」とおっしゃったものの中で、「これは拾っておいてもも良かったかな」と思うのはどれですか。16、14,10はみんな捨てるわけには行かないんでしょ。どれなら拾ってもいいですか。
──本音は、全員と仲良くなりたいんです。
斎藤:夫は、子どもが学校へ行かなかったり万引きすることに関してあなたに向かって「おまえが悪い」というのですか。
──いいえ。そうは言わないのですが、上の子が新たに悪いことしてくると、私がむかむかっときて夫を責めたりするんです。すると、そのいらいらがしばらく続いていて、「しゃべり方が怒ってるみたいだ」とか「何でも俺のやることにはけちを付ける」って、夫が言うんです。
===
斎藤:いいじゃないですか、前にも行ったように、こういうごたごたはご夫婦の間で多少はあった方がいいと思うんです。そうじゃないと、夫婦の間に何のコミュニケーションもないことになってしまいますからね。いやなことがあったときに、夫婦の間でだけ温かい会話があるというわけにもいかないてしょ。イライラをぶつけることはあって当然と思いますが。だけど、言いかたというものがありますよね。本気で罵られると相手もたまらなくなるでしょ。「これは演技よ」というわけにはいかないものですかね。「斎藤先生は、夫婦のごたごたで家がぐらつきだしているくらいがちょうどいいっていったけど、少しやってみる?」って。
つまり、別居の試みですよ。今あなたがおっしゃったこのは「全部かたづけてしまいたい」そして「人生をリセット」したいということだと思うんです。無理もないと思うし、おやりになってもいいが、実際に夫とゴタゴタしてから別居というプロセスを取るとくたびれますからね。だから「結果としての別居」を先にやってしまう。子どもたちには「とてもあの夫とは一緒にやっていけない、お母さん別居することにしたから」といって、あなたは別の空間を持つ。で、夫は時々「母さんが心配だ」とか言いながらあなたのところへくる。つまり子どもたちとは別に夫婦の場所を設定するわけです。まあ、夫婦喧嘩どころか夫婦だけの親密な関係を作る方向への動きですが。結果としては「子どもたちとの間に充分な距離がとれる」ことになります。このように生活していると、子どもの部屋に盗品らしき高価なものがあるということに気づかずにすんでしまう。そういうものを見るからイライラするので、見ない方がいい。そうすると子どもたちへの嫌悪感もなくなるから、ときどき出会う長男や次男と温かく接することができるようになる。以前にも申し上げたと思いますが、「非行する子」は「引きこもる子」よりずっと扱いやすいのです。非行する子は「世の中の掟」に向かい合いたい子ですから、いずれ警察権力との対決という形で「厳しい父」と出会うことになる。その「厳父」の役割をあなたが担おうとしても無理です。無理で無効果だからあなたはイライラする。「厳父」の役割は亭主のものでしょ、と思うから夫にもイライラする。この辺を家族のレベルで留めたいと思うから問題が解決しないのですよ。盗むことの責任を問う仕事は社会にしてもらいましょう。警察の少年課あたりの出番ですかね。あなた自身は笑顔の慈母を演じていればいいのです。
それは決してあなたが子どもを「捨てる」ことじゃないのですよ。「手放す」ことです。手放すとは、子どもの活動エネルギーの増大にそって距離を遠くすることですから、逃げることでもない。上の二人のお子さんたちは、もうすでに、自分の生活をコントロールするお母さんを必要としていないのです。これを子ども側からみれば、「お母さんという統制してくる魔物を追い出すためにエレキギターや携帯電話を盗む」ということなのでしょう。せっかく子どもたちがそれだけ「努力」してくれてるんだから、別居してあげましょうと言うことで、離れるわけです。そのときに、夫や一番下の息子は大切なものだから一緒に連れて行く、あるいは出入りを許す。「上の2人は、来ちゃだめ」という。でも、どこかで二人と会うときはニコニコして優しい母を演じる。
こういうことで、多分上の息子二人の窃盗問題は消えて行くでしょう。「別居」をするなら夫婦喧嘩はするまでもない。夫は捨てない方がいいんじゃないですか?
──はい。そう、思います。
斎藤: あなたをみてると、ずいぶんしっかりとやってきたような気がしますよ。
あなたは母親を「切ってしまった」というけれど、お母さんが実質的に切り盛りしている事業に、大事な夫まで提供して、結果としては、すごく「いい娘」を、やりきってますよね。
このままだといい娘で終わってしまうから、母親に捧げた夫の一部をあなたの手元に取り戻す必要があります。
「切り捨ててきたんだ」というあなたの受け止め方が気になりますね。自分を責めているみたいで。そんなふうにお考えにならない方がいいんじゃないでしょうか。
──でも、「自分の親が大嫌いだ」なんていうのは、ふつうの人に話したら理解してもらえませんし・・・
斎藤:お母さんを殴る父なんか嫌ったっていいですよ。女癖が悪くて、女に子ども生ませてお母さんに世話させたなんてね、とんでもない。十分嫌ってあげてください。弟さんはあなたの髪の毛をむしって乱暴した人なんだから、こんなものとの関係は捨てちゃっていい。そしてそういう人たちを嫌う自分に罪悪感を持たないでください。
あなたはご実家に充分つくしてきました。お母さんに全生活を捧げているくらいです。夫まで捧げた。それで、「ちょっと与えすぎたな」と思うのも無理はない。あなたはお母さんが好きだったからそうしたんです。お母さんが不幸な顔をしてるのがとっても苦しかったのでしょうね。
──「跡を継いでくれ」と夫が言われたときには、私だけは猛反対したんです。夫が、「おれも事業やってみたいから」と言い出したので仕方なくて・・・
斎藤:反対し通すことができなかったのは、お母さんの愚痴の聞き役をずっとやってきて、お母さんの不幸を何とか和らげてあげたいという気持ちがあったからだと思います。だから、ちょっと大事なものだけど貸してあげるわ、っていって貸してあげちゃった。でも貸したら取り戻したくなってきた。それが、お母さんへの嫌悪感の正体だと思います。あなたとお母さんとの関係の中で感じるものと、あなたとお父さん・弟さんとの間で感じるものとを、「切り捨てた」と、同じ言葉で表現するのは適切ではないでしょう。弟を捨てたことと、お父さんを捨てたことと、お母さんに悪意を感じるようになったこととは同じことではありません。夫との間で違和感を感じるようになったことも、あなたとお母さんとの関係と同じではありません。夫の関係をより良くするためなら別居でもなんでもしましょう。お互いに愚痴を言い合えるほどに夫婦仲が良くなれば、子どもたちの問題もいつの間にか消えてしまいます。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |