2006年01月の一覧
« 2005年12月 | ブログメイン | 2006年02月 »
2006年01月01日
「心の居場所」について(1/2)
[日記]05年12月22日、東京:曇り、郡山:吹雪
オープンカウンセリングの原稿が途切れかけているので(といっても未整理のものがまだドッサリありますが)、時々日記を挟ませて頂きます。
こちらの方がブログの本来のありかたなのでしょうが、私は身のうちも心のうちも滅多なことではさらさないつもりですから、ある種の行動についてだけ書きます。
その行動は多分二種類です。ひとつは講演ないしワークショップの内容、印象についてのメモ書き、もうひとつは被治療者との会話や彼らの行動についてのメモ書きです。いずれも後日何かの役に立てようというもので、読者のためというより自分の都合で書き留めておくものです。
05年12月22日は郡山市で「市民こころの健康講座」というものに呼ばれていました。開始は午後1時半というお約束で、3時半までの2時間、質問ありということでしたので約1時間半ほどのお話です。
東京発11時36分のやまびこ51号が定刻12時55分に郡山駅に着くときに細かい白い粒が横に流れているのに気づきました。この冬はじめて見る雪です。積もるというほどのこともなかったのですが、かなり勢いの良い横殴りでした。車内の暑さに辟易していたので、頬を打つ雪を気持ち良く感じながらタクシーに乗りましたが、会場の総合福祉センター(市役所脇)までの一本道が渋滞していて、資料に会場まで10分と記されていたのが30分かかり、講座は5分ほど遅れて始まりました。
この吹雪にもかかわらず、ときどきゴォーッという風の音が響く会場には200名ほどの人々がいて満席だったのにはびっくりしました。以下はそのときの話の一部です。今、執筆中の本から採りました。
===
皆さん、「心の居場所」というものの条件を考えてみましょう。どういう場合に、そこを心の居場所と考えられるかということです。
まず安全と秩序。これは必須でしょう。新入社員が初めて職場に行くなどという場合には、安全も秩序も願望の対象に過ぎません。相撲部屋の新入りの弟子などというのは大変でしょうね。兄弟子の無理とゲンコツがルールという世界では安全などを希望することさえ出来ない。もっとも今もまだそんなことをしているようでは新弟子も居着かないでしょうが。
しかし毎日職場に通うなり泊まりこむなりしているとルーティンワークを無事にこなすことが多くなる。そのうちに、ふと、ここが自分の働く場所なのだなと実感できる瞬間が来る、と言ったものだと思います。
世の中は変化し続けるものではありますが、変化にも一定の秩序がある。職場の主であるように思えた人が停年で去って行く、入れ替わりに後輩が入社してくるといった経験を通じて、その場なりの秩序になじんで行く。そのうちに自分がその場にいることを職場の誰もが驚かなくなる。「居てあたりまえ、居ないと大騒ぎで行方を探される」ということになれば、その場はあなたの居場所です。
逆に、「居ないのがあたりまえ、居ると驚かれる」では「昼間の幽霊」扱いで、そんなところはあなたの居場所ではない。残念ながら安定と秩序という最低の条件も得られないことがある。仕事がどうにもなじまない。働いているフリが精一杯で、教えてもらえる環境にもないということになれば、毎日が波乱の連続で安全と秩序どころではない。理由を見つけてはその場に行かないという日が重なるうちに心機一転職場に出てみても同僚にびっくりされるだけという事態になる。
こんなところには無理していない方がいいでしょう。肝腎の自己評価が下がってしまいます。自己評価が下がるとは、「自分が自分を責める」という状態で、この本が一貫して主張する「自分が自分と和解する」という課題から最も離れた状態です。
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月02日
「心の居場所」について(2/2)
(続き)
夫婦の作る家庭というのも一種の職場と考えればいい。ただし安全と秩序は職場以上に重要です。職務規程や上下関係は原則としてありません。代りに相手の尊厳の維持に最大の注意を払うという義務が課される。誰が課すというわけではない。長続きする関係を維持しようとすれば、そうするしかないといったものなのです。
こうした関係の中で、ふと、ここが我が家なんだなぁと思える瞬間がやって来るかどうか。それが必ずやってくるものと考えてはいけません。そのように望み、望みが実現するように努めなければ、その瞬間は来ません。私が、夫婦間葛藤の解決を仕事とする治療者であるからかも知れませんが、夫婦の片方だけが勝手に秩序のルールを作り、それを相手が遵守することを当然と考えて「安全と秩序」とは逆な夫婦関係を作ってしまっている家族が多すぎるように感じます。
===

子どもは新入社員ではありません。夫婦関係のように自分で親たちを選ぶこともできない。だからでしょう、安全も秩序もあり得ないような混乱した家族の中に居ても、その場こそ我が身を置く場所と考えようとします。親たちから虐待されている子を保護しようとする職種の人(例えば児童福祉士)なら、虐待する親を子どもたちから離そうとする際に、子どもたちが必死で親にしがみつこうとする場面に遭遇した経験をお持ちでしょう。哀れなものです。しかしそうした子どもたちでも、外部から最低限度の支援を注ぐことによって、その子なりの安全と秩序の感覚を備え、それを求めるようになるものなのです。
その場合、注意しなければならないことは、その子に愛(関心)を注いだ人には「責任」が生じるということです。
この「責任」について最もはっきり述べている本はサン・テグジュベリの『星の王子さま』です。あの本の中で狐が王子さまに言うでしょう。
「おれ、あんたと遊べないよ。飼いならされちゃいないんだから」
「だけど、あんたがおれを飼いならすと、おれたちはもう、お互いにはなれちゃいられなくなるよ」
「あんたは、このことを忘れちゃいけない。めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ」
この狐の台詞の場面を繰り返し養護学校のトリイ先生に読ませては、それを聞いて満足していた子が『シーラという子』(トリイ・ヘイデン、早川書房)に描かれている七歳の被虐待シーラです。シーラはトリイに「先生、私をこんなに先生を大切にさせてしまっていいの? そのことに責任をとってくれるの?」と訊いているのです。
子どもは愛してくれる(関心を示してくれる)人の心の中に居場所を探します。というより、心の中に愛してくれる人を置くことがないと人の心というものは充分に開ききらないように出来ているのです。そういうわけで私たちの心の居場所とは、秩序と安全を提供してくれる「場」というよりは、愛という名の関心を注いでくれる相手の心の中、更にもっと本当のことを言えば、相手がそのように思ってくれているという「信念」ないし「幻想」の中にあるのです。
この幻想が崩れた最悪の場合のひとつを我が身の体験を使って示してくれているのは先に紹介したトリイ先生です。「飼いならされる」ことをあんなにも怖れていたシーラを飼いならしてしまいながら、若い養護教員助手のトリイ先生は一年後、母校の大学院に戻ってしまいます。その結果がどうなったか。七年後トリイ先生は取り付く島のない非行少女シーラと出会うことになります(トリイ・ヘイデン『タイガーと呼ばれた子』早川書房)。興味深いのは非行少女シーラの記憶の中では高速道路に自分を置き去りにして捨てた実母の座にトリイが当てはめられていたことです。
「捨てたのはトリイ先生だ!」
そして、それに入れ替わるようにして自分を探し求めている実母がリアリティを持って心の中に存在するようになっていました。非行少女シーラを、それでも何とか生き続けさせたのは、この幻想だったのでしょう。
私たちは通り過ぎる人々の群れの中に自分の居場所を見ることはできません。その中のなにものかと出会い、互いに相手に飼いならされ、相手を飼いならし、それによって、その関係の中に居場所を見つけるのです。
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月05日
悩み抱え、死にたがる息子(1/2)
相談者からの質問
うちの息子は30になります。
会社のストレスからだと思うのですが、3年くらい前から、仕事をしていても体が震えて、なんにも手に付かなくなるようになりました。本人からいろいろ話を聞いて、私も病院に勤めているのでそこの先生に相談したところ、心療内科へいったらどうかといわれてそこへいって安定剤だと思うのですが薬を出してもらったのですが、飲んでもあまりきかないのです。
そこで私の勤め先の先生に教えられて。斎藤先生を知りました。息子の方が一人でこちらへ2度か3度きたことがあります。そして、いろいろ先生の本も買って読みました。息子は大学で4年間心理学を専攻してきたものですから、親のいうことは先へ先へと読んで行くような子で、もう、こっちが何かいっても、数倍勉強して返します。
また先生の本を読んで「アダルトチルドレン」という言葉をよく使います。勧められて私も先生の本を読み、一緒に自分の育ってきた環境、主人の育ってきた環境を話し合って泣きました。それでずいぶん本人も心が安らいできたみたいなのですが。
でも、私もここへきてふるえるくらいで、昔から神経症のところがありました。20代の頃自律神経失調症という診断をいただきまして、薬で神経を落ちつかせてきたことも何度もあります。
こういう親が子供を育ててきたということもあるのかもわかりませんが、息子はとても神経質です。
30になって、ストレスからノイローゼ気味になり、アルコールをのんでいて一定の量を超えますと、目がすわってくるのがわかります。座った目でどんどん愉快になるのか、自分のことを親にわかってもらいたいもんですから、いろいろ話をします。でもその度が過ぎると、今度は「死」とか、会社の上司のことで「殺す」とか言う言葉がでてくるのです。で、私はそういう言葉がきらいだから「いわないで」っていうんですけれど。
===
それから3回くらい、自分から命を絶とうとする行動を私に見せました。私は最初は動転して「私は一生懸命あなたを産んできたんだから、何もココで自分から命を落とすことはやめてくれ」といって一緒に泣いて、二度とやめてといったのですが、また何かで自分にストレスがかかってきたときに「死」ってことばがでます。
とても本が好きな子ですので聖書も全部読んでます。その影響なのか「僕に悪魔が乗り移った」というようなことをいうものですから、ひょっとしたら私は病気かなと思ってもう一度、心療内科にいくことを薦めたのですが「そこへいっても僕は同じだよ」と言って、「とにかくお父さんとお母さん、斎藤先生のところへいってよ、両親そろって話を聞いてきてくれ」と息子は言いました。それでオープンカウンセリングのことを聞きまして参加しました。それを言うと息子は「すまないね、お母さん」と言います。で、「両親が僕と同じ気持ちになった」ということでたぶんあの子は安心したのでしょうか、「どうも、お父さんお母さんありがとう、いそがしいのにすいません」という言葉を言いました。
息子によると、口で言っても相手がわかってくれないとき乱暴な行動になる、ものを投げたり、け飛ばしたり、刃物で机の上を指したりするということです。本人にそのときの状態を聞くと、体が震えてきて心臓がずっとつらくなるそうです。それから、今日は主人もきていますけれど、父親がとても完璧主義で、それがとてもいやだっていうんです。主人は今でも息子より力が強いです。頭の方は、息子の方がいろいろなことを勉強して知ってますから主人の方が負けますけど。
うちの主人は、若いときから体と行動で動いてきた人ですから、やっぱり理屈でものをいわれるといらいらするようです。息子を見ていて体が伴わないのに頭だけが先に行くことに対して主人は気に入らなくてけんかになるんですけど、「そういう父親の完璧主義がいやだ、そんな父親より自分が弱い、自立できない」といって自分を責めるときがあるんです。だから「父親よりあなたは年下だし、父親を抜かすってことは難しいのよ」ってわたしは説得するんです。
すると子供の頃のことを息子は盛んに話します。「小さいときにこういわれてとてもいやだった」、「お父さんが僕を殴ったときがある」とか、そういう小さいときのことを鮮明に覚えている子で、親が忘れてるようなことをいうんですね。
最後に一つ、先生に聞きたいことなんですけれど、、今レキソタンとトフラニールと、トリプタノールという薬を心療内科でいただいているんですけれど、それをアルコールを飲んだ後で服用しても大丈夫なのでしょうか。危険性はないでしょうか。
斎藤学からの回答
斎藤:はい。だいたい。わかりました。オッケー。
まず、よくきていただけましたね。これはあなたの息子さんに代わってお礼申し上げます。本当によくきていただけたと思う。息子さん、うれしかったと思いますよ。どうしてうれしかったと思います? 彼はなぜ、お父さん、お母さんありがとうと、いったんですか?
──自分の心の悩みをお母さんとお父さんが分かり合ってくれてるってことだと思います。
斎藤:いや、わかってはいませんよ。
──あ、そうですか。
斎藤:うん。彼が今一番困っているのは、罪悪感なんですよ。どういう罪悪感だかわかりますか?
──30にもなって定職がなく、バイトで働いていて親に迷惑かけてるんじゃないかということが頭にあります。金銭面でも。
斎藤:そうでしょう。そのことはお父様も感じてるかな。
お父様にも聞いてみましょう。感じてますね。
そうなんですよ。彼はとっても今困ってるんですよ。で、申し訳ないという気分でいっぱいなんですよ。そこへ持ってきて、あなた方へお金と時間と体力使わせて、で、申し訳なくてしょうがないんですね。
本当だったら「そんなところに行かなくていい」といいたいところなんだが、それでもなおかつ行ってもらいたい。それはね、自分のこと自分では説明しきることができないという、彼独特の自己卑下、自己評価の低さがあって、自分がいったんじゃ納得しないと思いこんじゃってるの。だから、私に説明させようという、こういう横着をやってるんですよ。それで、「わるい、わるい、わるい、わるい」と思っている。しかし、このことを彼がしらふの時に口に出せば自分で自分を余計追い込んでしまうものですから、とりあえず敵を作っておく。それがお父さんの完璧主義云々なんですよ。
彼が一番攻めているのは自分自身のことです。解決は、ですから彼自身に力があることを知らせることです。そのときに、「こういうのが年相応だ」とか「こういう風にすべきだ」とか言っちゃうと、もともと罪悪感が強くて自分に自信がない人は、無力感で押しつぶされてしまうのです。なにもできなくなっちゃうんです。ですから何にも言わないのがこつです。
もっというとパラドックス(逆説)が利くんですよ。「なんだ、おまえ、俺がまだ元気でいるのに働こうってのか? 俺がまだおまえを食わせられないって思うのか? このやろう、俺がよいよいになるまでお前は働くな!」というのがパラドックスです。で、こっちが元気なうちは詩を作れ、教会にいって奉仕活動しろ、とか何でもいいですよ。そんなこというと冗談だと思うでしょうから本気になって言ってみてください。彼は、かえって働き出しますよ。(明日に続く…)
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月06日
悩み抱え、死にたがる息子(2/2)
(前回からの続き)
──詩は好きで、それから本がすきでよく書いています。
斎藤:それはそうでしょうけれど、「詩を書け」といってみなさい。そうしたら書かないでどっかいって賃仕事をしますよ。ただね、本気になって言わないと効きません。
いまは「年相応のことをしろ」ってメッセージを伝えてるから、そうすると、それと逆なことをする。彼の考えている「まっとうな人」というのが狭すぎるんですよね。自分であんまりまっとうさ、年相応ってことを狭く考えすぎるから、それを自分がやれるようにはとても思えなくなっちゃうんですよ。聖書にはよく「らくだを針の穴に通す」みたいな言葉があるけれど、そんな無理なことを考えてる。でもちっとも無理じゃないんで、「お父さんだってお母さんだってまっとうにやってるんだから自分だってできないわけがない」と考えればいいのに、そういうふうには考えない。
それから、いわゆるアダルトチルドレンですけれど、あれは元々親を責めるためのコトバじゃありません。たとえば、自分の現状の行動がどうして起こるんだろう、と考えるとき、たとえば「なぜクリントンはそばにいる女に抱きつくのか」と考えるときの道具なんです。それを説明するためにACという言葉をつかうんですよ。「ああそうか」とすぐにかるわけ。
たしかにACってそういうことやるの、たしかに。自分が人に好かれるかどうか納得できなくて、だっこしないと納得できないところがあります。それに、とっても寂しがり。で、かれがACだと認識してることは、自分が寂しがりで、劣等感が強いと思ってるということなんです。劣等感が強いから、女にもてるところ見せないと、自分が不安になってしまうからクリントンは女の人を抱くんですよ。
===
それから、もう一つの、「AC」の必要性は、将来どう生きたらいいかを考えるときの道具です。過去なんかどうでもいいんですよ。過去のいじめられた話ばっかりしているようじゃ、ACの言葉をちゃんと利用してないわけ。
「ああ、寂しがりなんだ私は」とおもったら、寂しくないように生きればいいわけで。寂しくないように生きればいいと言うと、酒飲まなくちゃいけないわけで。あるいは年がら年中バンジージャンプやってるとか。パチンコ屋に24時間いるとか。今彼、それをやってるんだとおもうんです。やってるんだけど、「これは無理だな」とおもったら、寂しさと戦わないという方向に目を向けないといけないんです。これもパラドックスですね。「寂しくてどこがわるい」と、こういう話になる。「はたらかなくてどこがわるい」とおなじです。
こういう考え方に持っていって、で、「寂しさは実は成長の源」みたいなところにたどり着くと、「あ、このままでいいんだ」ってことになるんですよ。そうすると、自分に自信がでてくるんです。こっちの方にもっていくために「人間みんな寂しいですよ」ということを納得させるために、ACということばをつかうんですね。現在の行動と未来どう生きたらいいかということのために「AC」という言葉を使うんで、過去惨めだったということを確認するために使うんじゃ、そんな言葉ない方がいいやね。
世の中には2種類しかいないのです。ACである自分を認められる人と認められない人と。で、どっちが便利ですかといえば、ACである自分を認められた人の方が楽ですよ。今の行動を自分で説明できるし、将来どうしたらいいかもわかるから。人間が将来の行動を間違えるのは、この寂しさの問題にかかわってるんですよ。
さびしさを防衛すると退屈になるし、それから苦しさのちょっと隣には不安というものがあるし、こういうものをあわてて取り消そうとするから、人間へんなことやっちゃうんですよ。不安に駆られて逃げちゃいけないところで逃げちゃうとか、先行きの不安におびえてしなくていい準備をしたり、あるいは将来に絶望してみたり、あるいは寂しくなくしようと思って酒や女におぼれちゃったり。あるいは、自分でわるい友達と知っててそこにはまっちゃったり、いろんな馬鹿なことします。
そういうことを「AC」という言葉を知ることによって、そんな戦い(寂しさや不安との戦い)はいらないという風に考えが行きますと、まず、薬飲む必要がないことに気づきますね。だって、不安? 当たり前じゃない生きてる証拠ですよ。寂しい? あったりまえだそんなもの、人間で寂しさ感じないようなものは石ころになってるんだ、と。
薬なんて彼にはいりません。彼に必要なものは仲間との出会いでしょう。自分でここへくりゃいいんですよ。2、3回なんていってないで。そうすれば、それなりに自分の世界作れますよ。それでまあ、そういう話をあなた方が共有できるといいね。
あなた今薬の話されたから、今のが答えです。彼に必要なのは、薬じゃないね。ついでにいえば、このまま自殺未遂続けていれば、病院のベッドだ。病院のベッドはACには本質的には必要ありません。彼らに必要なのは出会いと仲間です。出会いったって、そこら歩いてれば出会えるんじゃないかな、最近は。ACの幟(のぼり)でもつけて歩けば。「あんたAC?」って誰かが言ってくるかもしれません。それよりも確実にACの巣みたいなところにくればいいと思う。ここへきて「あんたAC?」ってきけば、「職員」か「AC」ですよ。職員だってACですけれども(笑)。
こういう具合に、親がでてきて、本人が「ありがとう、お父さん、お母さん」といったケースというのは、その後の対応の迷いさえなければ、そこがターニング・ポイントになります。つまり新たな展開が起こります。
──(父親)今先生がいったことに対して「私はちょっとできないです」とこたえざるを得ないんです。というのは、私、ここへくるためににかけずり回って時間を作ってやっとくるわけですけど、うちに帰ったときに、本人が奥の部屋から出てきてのほほんと本を持ってきて、寝転がって読んでるんですよ。ついついこっちはカッとなっちゃうんです。どうしても。これを抑制するのはすごく難しいんですよ。自分自身。
斎藤:いいんじゃないですか、抑制しなくたって。男にはいくつかのタイプがあるんだし、あなたみたいななマッスルマンもいるし、頭でっかちもいる。どっちがいいってわけじゃない、好みの問題です。あなたとあなたの息子がタイプの違う人に育つってことは、とても楽しいことです。マッスルマンがマッスルマンを生んだみたいなのは、おもしろくないですよ。それこそ出会いでしょ。違うタイプの子とのね、それを楽しまなきゃ、「おめえみたいなの、俺には理解できないけど、おもしれえな」って。
──(父親)そういうことは絶えずあるんですね。で、最終的にはどうなるかというと、とっくみあいになっちゃうんです。
斎藤:とっくみあいにならないで、そこのところ楽しみましょうよ。「おまえみたいな考えかたってのは、俺には理解できないが、しかし、みてておもしろい」っていうくらいのゆとりがほしいね。
──(父親)あ、ゆとりがね。
斎藤:とっくみあいになっちゃう理由は、不安ですよ。双方の。「もしかしたら、親父は俺を認めていないんじゃないか」という不安が1つ。お父さんに聞かなきゃわからないのに、勝手に思いこんでる。お父さんの方は「こんな息子で将来どうなる」って、将来なんかわからないのに、不安もってる。この二つの不安が取っ組み合い起こすんです。
不安なんて、ほっときゃいいんで、それを消そうとしなくていいっていったでしょ。将来のことなんか、どうにでもなるの。で、逆に「絶対働くなこの野郎」くらいにいった方が、彼は働きますよ。そこまでいうと落語の世界になっちゃうけど、少し極端なくらいの方がわかりやすい。そうすると、あなたの方に余裕ができる。この方もともと健康な方なんでね、将来はおもしろい親子関係ができると思いますよ。
──(父親)そうですか。自信がないんですけれど、
斎藤:将来の不安というのをまずお消しになることだな。どうして息子さんが健康だというかわかりますか。やってることが当たり前だからですよ。たとえば、失恋してそれからずっとケタケタ笑っていたら、それは狂ったんですね。呆然として帰ってきて、憂うつそうですというのなら当たり前でしょう。私たちの健康というのはそういうことですからね。
その息子さんの場合は勤めてはいるんですよね。勤めているんですけれど、どうも自分がしたいような仕事じゃない、ただロボットみたいに働いてるんじゃいやだって思ってるんですよ、この人は。3年勤めたそうですし。それで、「もっと個性的な自分を生かせる仕事がしたい」とおもって探してるんだけど、ないんだ。それで、いま、ちょっとたゆたってる。モラトリアムしてるんです。こんなの、私はほめちゃうね。「みんな、わけも分からず朝から晩まで働くんじゃないよ」っていいたいくらい。よく考えて働けって。何にも考えないようなものを官吏や銀行員にしてたもんだから、今世の中ひどいことになっちゃった。
働きゃいいってもんじゃない。働かない方がいいやつが働くから、だんだん社会がわるくなる。で、働く働くっていうから何やってるのかと思うと、ノーパンしゃぶしゃぶなんていってる。あれも働くうちなんでしょ。ですから、「働く前に考えよう」という人がいてもいいんですよ。
この息子さんは一生懸命思索してる。もしかしたら詩人かな、なんて思って一生懸命詩を書いたり、教会へ行ったりしてるんだから、いってみればリッチな人だね。心豊かですよ。ただ、唯一困るのは、彼自身がそのことにおびえてることね。「申し訳ない」とか、「お父さん、お母さんどう思ってるんだろう」とか。そこがかわいそうだなと思うんです。
私はこういう人が働くのが回復だとは思わないんですよ。そこに居直るのが回復。「どうにかなるだろう」ってどうして言わないのかね、この人。「まあ、いいじゃん、好きにやらしててよ、ちょっと」なんて言って、で、あんまりお父さんお母さんが「どうするんだどうするんだ」っていったら、ふっといなくなっちゃう。それで、テキ屋でバナナのたたき売りか何か始めてたりして。寅さんになっちゃう。そういうようにフットワークよく、変われるといいんですがね。
いろんなタイプの人がいていいんですよね、みんながみんなアリンコみたいに学校でたら背広きてネクタイ締めて歩いてたら、気持ち悪いですよ。そういう意味では彼、将来見込みがある。こういうのが将来我が国を背負ってたつと思うわけです。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 2/18、19 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京港区 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月10日
借金依存の息子と縁を切ったが(1/2)
相談者からの質問
こんなことをまさか皆さんの前でお話しするようになるとは夢にも思わず、心臓が破裂しそうです。40歳を越えた息子のことで、あちらこちら相談電話かけておりまして、AKKというところに電話いたしましたら、ここへ行くようにとのことでした。
息子は27年来、ずっとお金の問題を起こし続けています。大変な額の借金を作ってそのたび私にお金をせびるのです。今、主人が亡くなりまして私は年金生活をしております。これまでは、私が幸い研究職で、男の人と同じように給料もいただいておりましたし、そう困らない生活したもんですから、息子からのお金の要求に「もう二度としない」「もう二度としない」と息子に約束させてはお金を出しておりました。息子は対人関係もうまくいかず、仕事も手に付かず、見栄だけは一人前で、いろんなところで借金を作ってきます。
===
数年前、会社に就職して大勢のお友達も出来たと思ったところ、知らないうちに多重債務者になっておりまして、「お母さん、家を担保に入れて、5千万、出してくれ。仕事して返すから」といいましたんですが、親戚や先輩が中に入ってくれて、「借金は全部返して僕が身柄を引き取るから」といってくれたかたがありう、一年間その方に身柄を預けて、都会から離れて暮らしてもらうことにしたんですけれど、1年で帰って参りまして、「どうしても都会で仕事したい、もういっぺんお金を出せ」と言ったものですから、もう私の体力もないけれど何とか助けてやりたい、何とかもう一度お金をだしてやりたいと思ってで、弁護士の先生に中に入っていただいて、工面して2年間の生活費とマンションを借りてやりましたところ、息子も一生懸命立ち直ろうとしていたようでした。それで、そのころから「僕が人嫌いになった原因は、母親の育て方が悪かったからだ」というようになりました。
息子の8つ下に娘が出来まして、娘がわりかし育てやすかったものですから、どうしても息子の方には愛情が足りなかったのかもしれません。お金を取ったりとかそういうことで息子は私にサインを送っていたのかもしれないです。いま、それをさして、「それで僕の人生はめちゃめちゃになったから、一生償いをしてくれ」といいます。
本人は心の優しい子ですし、攻撃は私に向かってしか仕掛けてきませんし、これで立ち直ってくれたらと思ってお金もだし、弁護士の先生に4年間カウンセリングしてもらって、何とか始めたコンピュータの仕事がうまいこといかないかと思っていたんですけれど、今度はだまされて保証人になったりして、あっという間に3千万円という借金を作ってしまいました。
また弁護士の先生に入ってもらって、今まで4年間、これだけしてやったのだからもうでこれ以上は出来ないよということで、「もうこれからは親にも迷惑かけない」という念書書かせていただいて、また息子にお金を渡したのですが、それから10日も立たないうちに「紙切れ一枚で親子の縁は切れたのか」といい出しまして、「お母さんは弁護士の先生に頼んだり、学校の校長先生に勉強のことを頼んだり、今まで権力者にばっかり解決を頼んで、子どもに面と向かってこなかった。お母さんはぼくは大事なものを全部失ってきたから、これからは僕がお母さんの大事なものを1つずつ奪っていく」と脅迫してきまして、かなり緊迫した状態になりました。
娘も一緒に暮らしているものですから、警察の方も弁護士の方も逃げなさいというもんですから、逃げました。息子の言い分は私とコンタクトをとりたいための手だてだとはわかっていました。相談機関に電話で相談したら、「お酒依存症と同じように金銭依存症というのがあって、お母さんにはまだ年金もあるから、いちばんとりやすいおかあさんがねらわれるのでしょう、今までお金出したのがいけなかった」と、言われました。(続く…)
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月11日
借金依存の息子と縁を切ったが(2/2)
(続き)
斎藤学からの回答
斎藤:最初は5千万と言うのを2千5百万に弁済してすましたと。で、また4年のうちに3千万の借金を作ってきたということですね。
債務依存とか借金依存という言葉はあります。この手の人は借金を他の人に支払ってもらったら、またすぐに作ります。前回よりちょっとづつ増えるのが特徴で、この人もそうですね。ほんとうは5千万と言われていたのを、自分の力で一生かかっても返すという経過をおっていれば、あなたの方にあまり問題をもってこなかったのでしょう。
対策は、姿を隠すしかありません。
──でも息子は「草の根を分けても探す」って。
斎藤:言いますよ。いろんなこと言って脅します。ただ脅しはいろいろ言うけれど、実際にはやりません。それから、母子が一緒に住んでいたりしますと警察は「親子関係に不介入」と言います。でも、逃げたお母さんを追っかけてきたりした場合には、警察は対応できます。
今あなたが守っている家をそのまま確保して問題解決しようとすると、非常に難しいです。売却がいいでしょうが、その場合も、息子の方に金が流れない用意しなければならない。そういうときにこそ弁護士が必要なんですよ。当人の借金があなたに及ばないような措置をとる。それから家作についても本人が勝手に売り飛ばしたりしないような措置をとってもらう。それをていねいにやった上で、あなた自身は身を隠す。
===
娘さんはあなたより有利なんですけど、害が及ぶことは免れないでしょう。脅しくらいは避けられないでしょうが、あなたが娘との連絡も断てば、娘に害は及ばないでしょう。
──でも、全部失わすっていうもんですから、とても怖くて。
斎藤:そういうコトバが届く位置にいるから怖くなるのですよ。でもあなたは家を出て、最愛の娘さんとも会えなくなるわけだから、何もかも失うことになる。それが息子さんの望みなんでしょう?
実例をご紹介しましょう。西日本の方で大きな会社を代々経営している名門のおうちの子どもが暴れ始めました。姿を隠そうとしたお母さんがいちばん困ったことは、その土地には親戚縁者がいっぱいいるもんですから、暴力息子がそのひとたちの所を順々に襲うことでした。
しかたなく彼女は上京し、どうやって知ったのか、私が東京都の研究所にいたとき、そこに転がり込むように来られました。その人は昔看護師をしたことがあったというので、「免許は家においてきた」といったけれど、「そんなものはどうでもいい」と、知り合いのG県の病院に送って看護師にさせました。いや最初から看護師じゃなくて最初は患者として閉鎖病棟に入れたんです。入れないとまた家に帰ると思って。鬱病の診断で「病棟から出すな」って病院のスタッフにいって。本当に彼女は息子の暴力のおかげで鬱病になっていますから。あなたも鬱病だと都合がいいですね。精神病院の中は安全よ。閉鎖されてますから息子さんは見つけても中には入れないし、屈強な看護師がいっぱいいますから守ってくれます。
で、その息子は、お母さんがどこいったのかわからなかったですよ。この息子は、知能犯的な嫌がらせはしないで、ひたすら暴れるタイプで非常に危険な人だったから、かえってお母さんもあきらめがついたんでしょう。泣いてましたけれど。
でもそこに1年近く入院していたら、もともと看護師さんなものだから、いつの間にか堂々と看護師してましたよ。それから5,6年たって、わたしのところへ訪ねてきたのですが、息子は今は落ち着いてお母さんが捨てた家に住んで、親戚に迷惑かけることもなく働いてるってことでした。ただ、会いに行ったり、家に戻そうとしない方がいいって言って、その上で「どうしますか」といったら「わたし、今のところがいいですから、このままいます」と今もその病院にいますよ。ずっと。
この人は看護婦さんと言っても看護学校の先生していたんです。だから県下では教え子もいっぱいいて、有名な人だったらしいです。だから息子から逃げたときには地位も名誉もなげうってだったのですが、でも今幸せそうですよ。その手の相談があると、自ら「逃げなさい」と諄々と説いています。「逃げ場はありますよ」と言います。ああいう人がいるとすごく迫力があるんですけれど。あなたとよく似ている。そういう点で。
そうですね、最初はどうなんだろと思うかもしれないけれど、3年くらいたつと、その土地の中で人間関係も出来てくるし、4,5年立ったときにちらほらと「息子はそれなりにやっている」という風の便りが聞こえてきます。人間どこかに、「頼る人がいる」とか「その人から充分ものもらっていない」とかっていう考え方があるときは成長できないのです。一生娘やってようとか、息子であることをその者に認識させようとかって考え方になる。親のすねを狙って自分の成長が出来なくなってしまう。
──せっかく退職金で建てた家です。
斎藤:それはまあ、いずれあなたが、使えるようになると思いますけれど、でもそのことにあんまり気を残さずに。でも実際に一人の人がどこに住んでどうやって食べていくかというのは、その人その人の様々な工夫がいるところで、そこまで私が踏み込んじゃまずいですね。
でもね、借金の圧力に押されると、とんでもないこと考えるようになりますので、あんまり、オオカミの前に餌投げるみたいに、あなたがブラブラしてない方がいいです。
結局問題の解決というのはそれなりに痛みを伴います。自分の方は平穏にして解決だけが向こうからやってくるということはないですよね。結局解決をとるか痛みを避けて解決を先延ばしするかという話になります。
──病院に行っても治らないんでしょうか
斎藤:どうやって病院へ連れて行くの? それこそ、「じゃああなたの借金を全部払ってあげるから入院して」って話をあなたはするに決まってますよ。息子さんは今、迷いの中にいるのです。その迷いは、自分の真の力に気づかないところからはじまっています。「見捨てられる不安」が、恫しのコトバを吐かせているのですが、そうしたコトバが口をついて出てくるときに助けてはいけないのです。
こうした時に親にできることは唯ひとつ、息子の力を信じて見守ることです。そしてそれが一番難しいのです。息子さんはあるいは精神療法によって救われるかも知れません。しかし、それを求めることができるのは息子さんだけです。彼がどういうふうに回復の道をたどるのか見守りましょう。何もしてあげないことが、彼を助ける最善の方法なのです。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※ブログへのご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 2/18、19 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京港区 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月12日
カボチャを怖がる引きこもりの息子(1/3)
相談者からの質問
私は子供が3人おります。今日は末っ子の22歳になる息子について相談にあがりました。1年半ほど前に専門学校を中退して引きこもりがちになっています。
いろいろと母親である私に向かって自分がどうしてこうなっているのか話をするのです。最初のうちは小学校・中学校時代にいじめられたってことをしゃべっていましたが、そのうち「親がずっと自分を馬鹿にし続けていた」というようになりました。
具体的にどういうことかと聞くと、自分の嫌いだといってるカボチャを父親が自分に押しつけてきたというんです。それを見てお母さんも笑っていたと。カボチャなんてそんな怖いものじゃありませんし、子供のいっていることがわからなかったんですけれど、ずっとそれを主張しつづけていまた。
そのうち怖いものがカボチャからだんだん赤いホオズキだとかドライフラワーだとか、家具やステレオなどに移りまして、そういうものに父親や母親が触りますから、父親や母親まで何か汚いばい菌みたいに見えるようになってきたというんです。自分もそれに触ったら手を洗わなくてはいけない気がして、しょっちゅう手を洗うようになりまして、私の作った食事も「汚いから食べたくない」ということもあります。生活は昼夜逆転しまして、食事も一緒に食べなくなりました。
私も働いていますので、そういう子を放っておいて働きにいっていました。
===
最初は「どうして物事をそんなふうに考えるの? お父さんもお母さんもおまえのこと大好きなんだからそんなふうにひがまなくてもいいじゃないか」と通りいっぺんな接し方をしてきたんですが、そういう親の気持ちは聞かないで「どうして僕の気持ちをわかってくれないんだ」ということばかりいうんです。
でも、これで親子の会話が帰ってできるようになった面もあります。それまでは私も忙しさにかまけてあまり子供の話を聞いてやらなかったので。ここにも相談に来まして、子供の話をまず聞こうって言われたものですから、こちらの言い分よりも子供の話を聞こうとつとめてきたんです。それが少しは良かったのか、ある程度明るくなって、いろいろとしゃべってくれることはしゃべってくれるんです。いらいらは繰り返していますが。
つい先日は夜中にヒステリーを起こしました。どうしたのと聞くと、「猫が自分の部屋の置物の上に寝そべってた」っていうわけなんです。それでヒステリーでドアをどんどんたたいたりするんです。それで団地なものですから、恥ずかしいとは思いつつ「すみませんうるさくて」と隣近所にはいってあるんです。その点ではみなさんも「いいえ、きこえませんよ」ときこえてるのにいってくれたり、「がんばってください」っていってくださるので、その点は心強く思ってるんですけれど。
息子は「猫をもう部屋に入れない」というのですが、その猫は普段から彼が「どっちが主人かわからない」という感じでかわいがっている猫です。昼間はずっと猫と一緒で夜も一緒に寝ているような猫なんです。そういったかと思うと、次の日は猫がはいっても何ともいわない。ところがまた数日後には、「猫が本の上を歩いた」といってヒステリーを起こしたんです。また、私に置き物を片づけてほしいというので手袋をして片づけましたら、「いまエプロンがくっついた」とか言い出します。私の作った食事も、汚いから食べるのはいやだといいまして寝ちゃうんです。姉が「じゃあおむすびを作ってやろう」と、持っていきましたら、姉のおむすびは食べたんです。それで次の日はけろっとしてる。
そういう繰り返しがあって、私も楽天的なところがあって、仕事にいってる間はあんまり気にしてないんですけれど、ちょっと気になるのは、カボチャってことなのです。本人によると「勉強しているところへ父親がカボチャをくっつけてきた」というんです。
そのカボチャとの関連で、思いつくことがあるんです。うちは団地の8階なんですけれど、その8階の窓から猫が2回、転落死してるんです。その最初の時は息子が10歳の時でしたが、子供がベランダで布団を干してまして、その縁を猫が歩いてたんです。で、布団に引っかかって落ちたんじゃないかなと思われるのですが。そのベランダにこんな大きなカボチャをおいていたこともありまして、それが重なったのではないかと思うのです。非常にかわいがってた猫だったものですからそうとうショックだったかと。
それからまた10年くらいたって飼った猫が、また転落したんです。そのとき息子が一人でうちにいまして、落ちたのを下に拾いに行って、血を出してたのをタオルケットにくるんで病院に連れて行ったんですけれど、病院で死んだんです。落ちたのを2匹ともこの子が拾いに行ったんです。
この子に対する影響はどうだったんだろうと思うと、もっと親は反省すべきだったんだと思うんですけれど、それからすぐに、兄弟猫を飼っていた人が「1匹あげようか」といってくれたんです。あの子はいやだといったのに、相手も猫を2匹もいて困っていたこともあったし私も寂しかったものですからまたもらっちゃったんです。
息子は猫がベランダから落ちるんじゃないかと心配だったと思うんです。専門学校に行くときもベランダに出してある猫のトイレをうちの中に入れて、餌もうちに入れて、大変な騒ぎをして出かけていたんですけれど、あるいはそのことが専門学校を辞めるきっかけになったのかと。
神経質に手を洗うのは直っていませんし、まだいらいらが時として起こっていますので、これからどういうふうにしていったらいいものか、お聞きしたいと思いました。
(続く…)
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月16日
カボチャを怖がる引きこもりの息子(2/3)
(続き)
斎藤学からの回答
斎藤:手洗いはいつからでしたっけ。
──半年以上になります。
斎藤:最近ですね。手洗いは思春期の問題ですので、もう少し前からあったかもしれませんね。
みなさんどうですか。カボチャとか猫の死と聞いていると、特殊な問題に聞こえますが、だいたいこういうメンタルな病気というのは、症状を通した自己主張なんです。つまり、症状という物語を通して、自分や自分が困っていることを語ろうとしているんですね。それが太ったりやせたり手を洗ったりの正体です。本人も自分が何がいいたいのかよくわからないから、手近な言葉を拾ってしゃべるとカボチャだとか猫の話になるんです。
全体を通してみると、この人は恐怖症ですね。フォビア。
いろんなものを怖がっているのですが、人間が怖がる究極のものは何かといえば、死と別れ、喪失です。たいがいフォビアはその問題とくっついています。たまたま猫の死ということにしたのは、自分自身の喪失、自分の死ということはまだ観念としてわからない、頭としてはわかるが感情としてはわからない。彼が一番おそれているのは母や父の死でしょうね。
===
お母さんはお仕事もってらっしゃるし、お父さんももってらっしゃるから、ずっと家にいる子からすれば毎日親を喪失しては、戻ってくるという生活ですよね。日常的にお母さんの死と生還、再生が起こっているような生活をしている。しかし、「死」がお母さんが戻ってくることで取り消されるという生活をしていますと、地球にいて太陽が昇ったり沈んだりするのを見ているようなものです。彼としてはこの秩序の感覚が捨てられないものになったのでしょう。自分も外へ出てしまうと、予定調和の世界じゃなくなります。外でいろんなことをやりますので。その変化に対応できるだけの心のゆとりがないのでしょう。人間、何かやってるときは、みんな必要だからやっているのです。だから「引きこもり」もまたやる意味がある。何かに対する効果がないんだったら引きこもりは続きません。もっと別なことをするでしょう。お母さんを殴るとか、シンナーを吸うとか。この人は引きこもりをえらんだ。
「猫」に託して死の恐怖を表現していると考えたらいいでしょう。その恐怖は「強迫神経症」の根っこにあるものです。「強迫神経症」はよく「手洗い恐怖」で表出してきますね。
神経症の大きな固まりは、一つはフォビア(恐怖)、一つはオブセッション(強迫、とりつかれること)です。この2つは得てして一緒に来ますが、思春期の男の子が起こす手洗い強迫は、ほとんどの場合、精液と関係がある。自分の性的成熟、勃起、射精、マスターベーションと関係があります。自分が大人になるということは子供時代を喪失することです。これは非常に恐ろしいことで、失ってはならない母との関係がとぎれていく。自分の性が、親との密着した関係にナイフを入れて切ってしまう、親が去っていくという恐怖を呼び起こすんですね。そのときに、性的成熟性を証明する、たとえば精液みたいな付着したものを、彼らはバイ菌とか、汚れたものとか、おぞましいものとか、いろいろな言い方をしまして、それを洗い流そうとする。彼がおそれているのは「“子供”である自分」の死ですよね。洗い流すことでそれに対する一種の防衛戦を張るわけです。
私たちも、思春期のある種の不安みたいなものはうっすら覚えている。けれど、私たちはいろんな偶発的な理由があって、そういうところにとどまっていなくて済んだんです。もっと違う大事なこと、たとえばきれいな同級生の顔がみたくて家に引きこもらないで学校へいっちゃったとか。そういうことを繰り返しているうちに何となくその時期を過ぎてしまう。
だからよく考えてみると、この時期の青少年には、私たちも共感できる部分があるんですよ。
こういう状態の彼へ、ご両親は「おまえ、なんで引きこもってるの」という。夕方になってお父さんお母さんが帰ってきて、家にいた子供は「ああ太陽が戻ってきた」と思ったら、太陽が「今日もおまえはぶらぶらしてたの?」といろいろ説教していたらしい。息子の考えを批判し叱咤激励したんですね。こういうことから本人に出てくる感情は罪悪感です。手洗い強迫やっている子にきいてご覧なさい「それでいいと思ってる?」と。いいと思ってるわけないんです、本人だって。
「うるさいなあ」と答えるのがせいぜいだね。元来は「申し訳ない。こんな私で申し訳ないです、お母様」と思っているんです。そういう子に向かって「これじゃダメでしょ」というのはちょっと残酷なんだよね。
しかし「ごめんなさい」という気持ちはまずいんですよ。人間が「ごめんなさい」を感じだしたらろくなことはない。これが多すぎると病気です。人間はごめんなさいを感じないように心ができている。ところが、教育の面では倫理道徳といいまして、おまえがいかに至らぬものかをよく知れと教える。これが教育なんです。だから教育というものには毒があるんです。
人間に罪悪感を植え込んでいいことなんか何一つありませんよ。精神医学的に見れば。しかも、たいがいの罪悪感は他人に了解できる罪悪感にならず、「非合理な罪悪感」になります。「私なんていうものがこの世に生まれてこなければ良かった。私が生きているために家族に迷惑がかかる」、もっと進めば「私のいることが近所(世間)に迷惑をかける」と拡がっていきます。
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月17日
カボチャを怖がる引きこもりの息子(3/3)
(続き)
でも、このお母さんとお父さんのやっていらっしゃることは大幅に変わってきていますね。これはカウンセリングルームに通い出してからだと思います。第三者の話を聞くことをなさったのはとてもいいことですね。ご両親は息子の話をとにかくよく聞いてみようということになった。よく聞くと、「猫」とか「カボチャ」にそれなりの意味があった。
それからもう一ついいことは、みなさんお気づきですか。彼はよく不安に駆られて夜中に叫ぶんです。しかし、近所の人がびっくりしないとおっしゃいました。近所の人がびっくりしないでいてくれると思う親たちは、むりやりその「ヒステリー」をとめようとしなくていいから、楽です。これはとっても大切なことです。この安心をどうやって手に入れたのかといえば、それは、「自分のうちの秘密を人に話す」という代償を払ったからです。
この支払いはとても高いでしょうか。私はそんなふうに思わない。ご近所さんとちゃんと挨拶する関係を作っていた人であれば、「今うちにこんな不幸な問題があってそれについて悩んでいる」と話せば、たいがいの人は「それはお困りですね」といってくれます。で、週に1回か月に1回、うちの息子の金切り声が聞こえるかもしれないが、その際はご迷惑ですがよろしくお願いしますといえば、いま、お母様がおっしゃったような答えが返ってきます。「大変ですね、がんばってください」。これを近所との関係のうちに持つことがとても大切なんです。それがもうできてらっしゃる。
ところがほとんどの家族がこのように考えない。何とか自分たちの力で、秘密が漏れないように、「うちの子はおかしくない」と考える。こう考えてしまうといろんな落とし穴が待っています。「おまえ。そろそろ正常になっておくれ」なんて言い出す。これが問題です。「正常に」「ふつうに戻ってよ」ということが本人に対する圧力になります。元々「申し訳ない」と思っていた子を絶望させます。
===
この人の死にたいする恐怖は、2回の猫の死によって起こったのか。引きこもったのは、実は猫が2回目に死んだ頃なんですよね。しかし、それだけにあんまりとらわれるといけないのかもしれません。その前後に起こったいろんな喪失。それは死ばかりとは限らない。失くしものをしたのでもいい。いい友人が失われたとか、恋してる人が去っていったとか、そんなようなことがいろいろ原因になっていたのでしょう。
そういうことにも関心を払って息子さんの話を聞いていると、「あ、聞いてくれてる」と思うと人は話しますので、本人が気づかないふりをしていることがいろいろ見えてきたりするかもしれません。
彼、怖いんです、とても怖いんです。猫によって具体化された、何か生きているものが命を失っていくということに大変強い恐れを抱いています。考えてみると不思議なことです。私たちはなぜそういうことを全然怖くないのでしょう。このはかない命がいつ消え去るかもしれないのに、「たぶん今晩は大丈夫だろう」とみなさん思ってらっしゃるでしょう。その方が実はおかしいのかもしれません。
彼らはそういう人たちを「鈍感」といいます。猫の死、喪失を悲しむということは非常に大事なことで、ですから私たちは葬式という儀式を持っているわけですよね。しかしほとんどの場合、儀式の葬式の時には悲しむことはできないでしょ。客がほとんど帰ってから泣く、ということがありますよね。でも、泣くということで何とかけじめがつく。
彼は2匹目の猫の喪失を悲しむ暇もないうちに、次の猫が来ちゃって、でもそれは前の猫じゃないことはよく知ってる。この辺も「鈍感」ですよね。子は育てばいいって考えなんでしょうね。3人子がいて末子ですから、1番目も2番目もちゃんと育ったから「おまえも上に続いて生きなさい」みたいな感じで来てるから。人間が大人になるとき、お母さんとの関係をちゃんと確かめて、自分の失われつつある子供時代を大事にしようとすると、そこで強迫や恐怖がどうしても必要になってくる。
ほかの家族はみんな外で元気に動いてますから、3匹目の猫の世話をするのは自分の役目になっている。世話するのは猫がかわいいからじゃなくて、猫が死なないように見張っている。また、彼の話はおもしろいですね、「猫が主人で自分が家来だ」と。猫が何を要求しているか読みとろうとしているんです。この言葉は「猫」のところに、「父さん、母さん、兄さんたち」といれてもあてはまります。だから彼はくたびれるんです。うちにいてなんにもしていないようだけれど巨大なエネルギーを使っている。「母さんは何を私に望んでいるのか」を考える。父さんはどうか、兄さん姉さんは。それがいちいち自分に対する自己嫌悪につながる。母さんはこれを望むのに、私はそれをしていない。みんなはふつうの弟、ふつうの息子を望んでるのに、自分にはそれができていないということで、自己評価を下げるんですね。猫の相手は比較的楽でしょう。ハラ減ってるのかな、ウンチしたいのかな、というくらいですみますからね。ふつうの猫がしたいようなことは予測可能なので、猫とはつきあえるんでしょうね。しかし、親はいったい何を自分に期待してるのか、どう振る舞えばいいのかっていうのはわからなくて、彼にとっては永久の課題になっているんだと思います。
成長というのは実は、こういう悩みから離れていくことです。「親が何考えてるかって? 知ったこっちゃないよ」といえること。これが大人になることです。今の彼の段階は、自分の大人性を未然に防止して、去りゆく子供時代を無理に引き留めようというところです。太陽を西へ戻す仕事を一生懸命している。そういう状態の彼なのです。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※ブログへのご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 2/18、19 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京港区 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月19日
時の流れを止めたい息子(1/3)
相談者からの質問
24歳の長男の件でまいりました父親です。
長男は幼児の頃から不器用で内気なところがあったのですが、中学2年生になって登校拒否が始まりまして、それから引きこもり、昼夜逆転生活が始まり、現在24歳に至るまでまともな社会生活は一度も経験しておりません。
この登校拒否の直接の原因は、体育の時間に先生にしかられたということだったのですが、そのとき、力づくで玄関にしがみついているのをひき離して学校にいかせようとしたり、びんたを張ったりしたこともありまして、今思い返して反省しています。途中からいろんな人に相談し、いろんな本を読んで、これは長期勝負だと考えて、いろんな病院に行き、先生にも相談して今までやってきたのですが、もう24歳になりますし、中学2年の頃からもう10年たちました。これからどうなるものかと非常に心配です。
===
今日とくに相談したいことは、息子が買い物依存症にかかっていることです。とくに、去年の9月から12月までの3ヶ月間で、勝手に親のキャッシュカードを使って、30万、40万というピッチで250万円引き出してきれいに使ってしまいました。これは私どもの定期預金の全額でしたので、非常にショックでした。
追求すると息子は「ごめんなさい」としおらしくいうのですが、また2週間後には、「1万円くれ、5千円くれ」といってくるわけです。お金をあげなければ、騒ぎ立てます。むちゃくちゃ騒ぎます。危ないものは投げないのですが、枕だとか座布団だとか、パンフレットだとかそういうものを母親に投げたり、時には私にも投げたりして、なんとしてでもお金をもってゆきます。日中は私がいないので母親が対応するのですが、母親は根負けをして、千円、2千円、多いときには5千円とお金をわたします。そうすると出かけて4時間5時間帰ってきません。コンビニにいっていると本人は言うのですが。帰ってくると、リュックにたくさん新聞・雑誌を買ってきます。4畳半の彼の部屋が、だいたい2ヶ月で満杯になってしまいます。そうしますと、いやがる本人を説得して、家内と私で買ってきた雑誌、新聞を処分する。
こんなことの繰り返しで、今精神科に連れて行っておりますが、息子は「自分はまともだ」と言って2、3ヶ月に1回くらいしか行かない。病院に行くときも結局は「おこずかいをあげるから」とか交換条件をつけて行く状態です。
かわいそうなことに、長男には友達は一人もおりません。中学3年の時に小学校の時の友達が2回くらい訪ねてきましたけれど、それ以来誰も訪ねてこない。そういうかわいそうな面もありますけれど、とりあえずは今の買い物依存症を何とかして脱却してもらって前向きな方向に行ってもらいたいなと願っています。多少は改善はしているのですが、毎日の「おかねくれ、お金くれ」攻撃に家内もかなり参っているようなので、今日はこの点について、私どもはどういう対応をすれば息子を脱却させられるのか、アドバイスをいただきたいと思います。(続く…)
新規講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| うつに効く ストレッチから呼吸法まで | 1/31、2/7 | 15:00〜17:00 | 3,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| アサーティブ・トレーニング | 3/3〜6回金 | 18:00〜20:00 | 18,000円 | 一般 | 東京麻布 |
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月20日
時の流れを止めたい息子(2/3)
(続き)
斎藤学からの回答
斎藤:はいわかりました。お父さまのお話しの中で一番大事なことは「改善はしているのですが」というところですね。それから息子さんには手洗い強迫があって、その症状がひどくなって、やがて風呂に入らない、身の回りを構わないという症状もおありになるのですね。それからお話にあったように収集狂みたいなところがある。彼の場合、集めるものを買ってくるところが違うだけで、拾って集めてくる収集狂と大して違わない。部屋をいっぱいにしちゃうところは全く同じです。でも、ここ3年ほどこの症状は改善方向ということですが、これがとても大事なんですよね。どこがどうよくなっていますか。
──たとえば、先ほどお話しした昨年12月の事件(借金の露顕)があってから多少違ってきましたが、それまでは半年に一回くらいしか散髪に行かない、その散髪も相当苦労して私が車で連れ出して連れて行くという感じだったのですが、それが2ヶ月か3ヶ月に1回くらい行くようになりました。それから、非常にいらだって真夜中に部屋の中で床や壁をたたいて「どうして俺はこんなことになったんだ」と騒いだりしたのですが、今もそれはありますが、その度合いが以前とはややちがってきたと。
斎藤:騒ぐのが少し減ったんですね。
===
──ところが例の250万事件の後にも、実は借金をしてたんです。2ヶ月ほど前に気がついたのですが、それまでは彼が毎日リュックいっぱい買ってくる、そのお金がどこから出てきたかわからなかったのです。息子に聞きますと、「電話ボックスで20万くらい拾ったんだ」とかそんなことを言うんです。これも非常に信憑性があるように、「握った瞬間手がふるえた」とか(会場大うけ)言うわけです。で、そんなことはないだろうと思いながら、ほかに思い当たる節がなくていたのです。銀行の預金から何からすべてをチェックしてみたところ、全くおろされている形跡もありませんでした。ところが、定期預金から借り出せるという制度があるんですが、あれは通帳に記帳されないことに母親が気がつきました。その制度だと満額の90%くらいまで借りられるわけです。
斎藤:これは健康な人だね。頭は壊れていないです。それから、よくなったことに目を付けるのは、あらゆる問題解決のこつなんですよね。よくなったのは、抗精神薬が効果を持ってきたのでしょうか。それともこの借金露顕事件の影響でしょうか。このころにお薬の処方の変更などがあったのでしょうか。
──いえ、処方の変更は特にないです。それでここ2ヶ月ほどは、また悪くなったんです。
斎藤:どの点が悪くなりました?
──散髪に行くと言って母親から5千円せしめて、散髪には行かない。それをこの4ヶ月間に7回ほどやってます。
斎藤:なるほど、わかりました。問題はですね、「処方は代わりましたか」という私の質問からもおわかりの通り、精神医学的病気の問題です。ですからそれに沿った処方がどうしても必要です。お薬でかなりの部分、コントロール可能だと思います。
でもそれだけじゃすまないのです。と言うのは、強迫性障害の場合、ご自分のやっている行動を自分でも「非合理的だな」と思いながらやらざるを得ない。それでとってもつらいんです。そのつらさに目を向けてそこに共感してあげる必要があるのです。どうしても私たちは強迫行動を止めようと考えて、ご本人に「何でそんな馬鹿なことをするの?」と言ってしまうでしょう。でも本人にとっては必死のことなんです。
そこで、これはどうすれば収まるかってことを、よく見て、改善点を探して、うまく改善したことを繰り返すという方法をとるわけです。今度の場合、金がおろされたことを知ってご両親が色めき立ったのを見て彼が変わったのでしたら、同じくらい色めき立つことをご両親が繰り返せばいいのですが、しかしそんなこと繰り返されたらいくら何でもお父さん、お母さんくたびれちゃいますよね。
でも、だからといってわざと色めき立つのではやっぱり迫力が違いますから、彼にはうまく利かないと思う。となると、もう少し細かいところで、少しはよくなるのはどういう時かということを探していかなくちゃいけない。それができるようになるには、この強迫症状の意味は何かというところに一度入らないと、どこにポイントを置いていいかわからないでしょう。
彼は、あらゆる新聞や雑誌を買い込むことでなにを考えているんだろうか?
──封を切らないんです。読まないでおいておくだけが目的なんです。
斎藤:そうそう。「おまじない」なんですよね。強迫症状というのはおまじないです。新聞や雑誌、新品を買ってくるというのは、意味は何だろう。新聞とは何をするものだろうか。ニュースを伝えること、世間の情勢を伝えることですよね、どうもその辺に意味がありそうですね。本人はというと、生活は社会とほとんど接触していない、友人もいない、人々との接触とか社会性ということと、新聞のためこみとは関係ありそうですね。サラリーマンやってるのだったら、朝出がけに新聞持っていったり、キオスクで買ったりするんだが、彼の場合はそれに見合う行動がとれないですから、情報ということの飢え、自分のなかに「世間と没交渉になっておいていかれる」という恐怖や飢えがあって、新聞や雑誌をおいておくとそこらへんがすこし安全みたいに感じる。そういうおまじないだと思うと、よくわかるんです。
──そのきっかけは私、よく覚えているんです。
斎藤:あれ、そうですか。それを先にいってくださいよ。
──息子は16歳ころから昼夜逆転の生活に入りましたが、その間何をしているかというと、ビデオを3台くらいセットするんです。その間自分はテレビを見る。ビデオが同時に3台くらい回っている。よその部屋の兄弟と夫婦の寝室のビデオを我がもの顔にセットするんです。とにかく24時間ビデオがフルに回っている。こうなるとビデオテープが大変なんです。そのテープは一回きりしか使わないのです。ビデオテープで部屋の中いっぱいになりました。録画だけして再生はしないのです。これを捨てるのは大変で、これを長いこと何年も続けていました。そこで今年のはじめに私が、「もうそろそろいい大人なんだから、もっと社会に興味もって、どうせ買うんだったらビデオなんかより新聞の方がましだろう」と(会場笑)という話をしたんです。そうしたら、新聞とビデオがだぶっちゃって、両方ともため込むようになっちゃったのですが。
斎藤:なるほど。時間を止めたいんですね。みなさんはこんな経験ありませんか。たとえばNHK の語学講座なんかを忙しいから後できこうと思ってテープに録音しておくんです。だけどそんなの聞きやしない。テープだけどんどんたまっていく。みなさんもあるでしょう。これは何をやってるかというと、時間を止めてるんですね。時間はたってしまうんですが、それを止めてとっておくというのがビデオやDVDですね。息子さんの行動もたぶんそこから始まってると思うんです。
新規講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| うつに効く ストレッチから呼吸法まで | 1/31、2/7 | 15:00〜17:00 | 3,000円 | 一般 | 東京港区 |
| アサーティブ・トレーニング | 3/3〜6回金 | 18:00〜20:00 | 18,000円 | 一般 | 東京麻布 |
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月23日
時の流れを止めたい息子(3/3)
(続き)
彼は今、24、25、26とつみかさなる時の流れが怖くて仕方がないんですね。新聞やビデオをとっておくことは、時が流れることの恐怖をおまじないで消すという効果があると思うんです。それと社会性の問題ですね。彼にしてみればお父さんが言ってるんだから間違いないと思ってやってるのかもしれません。でもそのために大金を投じてちっとも惜しくないような心境になってる点では、彼は狂ってます。しかし、彼の中のそういった焦りを減らす方法は、ないわけじゃないと思うんです。ちょっと大変かもしれないけれど。
この彼が一貫してかわいそうなのは、自分が行くべきところが決められていて、それを強制されているのだけど、強制されても「やれない」という状態におかれてきたことです。柱にしがみついて、指を一本いっぽんはがされるようにして学校へ行くことを強制されたのに、とうとう登校できなかった。「本当は行かなくちゃいけなかったんだ」ということをずっとやってきた。親はひっぱたくのはすぐにやめたけれど、「学校にいってほしいなあ」という気持ちでいたでしょう。本人の「自分は登校できないなあ」と思う気持ちはずっと続いてるんです。彼の行動はすべて、そこから始まっている。
だから、そこに始まるんだからそれをやめちゃえばいい。しかし大変です。つまり彼がやっていることを彼が無駄だ、必要がない、こんなことしなくてもいいと思うまでやらせる方向なんです。
===
すると、今お父さんの目がおびえてるけれど(会場笑い)部屋が新聞で埋まるという事態になりますね。そうなるとほかの家族がその家に住めなくなる。実際そういうふうになったご家族を私は何軒か知っていますが、結局、回復のきっかけになったのは、集めた荷物に追いやられて親がとうとう台所で寝て暮らす状況になったことです。
その台所も半分くらいゴミで埋まった段階で、あるお父さんが私のところでこういいました。「私はもうすぐ定年だ。退職金で私は鉈を買う。それであいつの頭をかち割って警察に出頭する。それで私の問題は解決する」と。それはちょうど、浦和の高校教師が自分の長男を殺した事件の裁判で、加害者に懲役3年執行猶予1年が求刑されたときのことでした。その後浦和の事件は「執行猶予5年」で刑が確定したのですが、そのときのミーティングでそのお父さんはまた、「5年なら軽い。5年ですむならおれは鉈で頭をかち割る」といったんです。
結局、そのうちは息子さんが集めたゴミで住めなくなりまして、その問題が解決したのはそれ以後なんです。いやいや、不安がらないでください。そうなさいといってるんじゃないですよ。その間、私が一貫して言ったのは「『時の流れと戦うな』ということをわからせるためには、徹底的にやらせるほかない」ということです。というのは、彼のやってることにはいつも止めてくれる人がいるから、彼はいつまでもやるわけです。誰にも止められず好きなように好きなだけ集めていますと、そのうちカラまわりしてくるんです。やってもしょうがないという気がしてきて、そのときに夢から覚めたような状態になる。ただ、これは、家族は何処に住むのだということにかかわってくるものですから、なかなかおすすめするのが難しい。これはヒントですので、これをおたくでできる範囲でやってみることでしょう。
──お金が持ちません。弟の部屋に入ってお金を盗むのも日常茶飯事なんです。
斎藤:お金が綱引きの綱になってますね、お金じゃなくて、親にとって大事な別のものを綱にする。学校があったときは「学校に行く・行かない」というのが綱の役割をしていたと思うんです。それに代わるようなものが必要になってきて、今はお金が綱引きの綱になっている。お金に代わるものはないでしょうか?
──不思議なんですが、みなさんのお話にあるような「死にたい」ということは、うちの息子は一度も言ったことはないんです。それからこういう話を息子にしますと、息子は必ず、「もう二度と、弟やお父さんお母さんから盗らない。来週から必ず働く」というんです。特に食事の時、母親と二人になると必ず「昨日はすまなかった、俺、来週から働くから」という前向きな姿勢を常に示すわけです。実際はできないんです。
斎藤:学校の時も同じだったでしょう。「来週から」とか「新学期から」ということを繰り返してきたでしょう。時間を止めてるのが彼の問題なんです。
どうでしょうか。綱引きの条件を一週間くらい考えてみて、考えつかなかった場合、このままお金をとられて部屋を新聞で埋めさせるのは我慢できない、ということになったら、これはご家族の中から、彼にどいてもらうほかありませんね。入院ですよ。これは薬である程度コントロールできますので、どういう薬の組み合わせでコントロールできるかということを、見てもらうための入院です。
入院も積極的な意味を持つことがあって、彼にとっては家の中でやっていたゲームから降りることになる。病院の中ではたぶん、金の代わりにたばこかもしれません。精神病院はたばこの本数が制限されますので、貴重品ですので。たばこのコレクターになるかもしれません。時間を止めた中で生活するっていう意味ではふつうの生活よりずっと精神病院での方が楽だと思います。彼は決して精神病者ではないのだが、彼にとって楽だということを考え、またご家族の許容度ということを考えれば、それが一番良い解決策かもしれません。今までそういう話はなかったのですか?
──1回、強制入院させました。
斎藤:どうして出しちゃったの?
──当直の先生が「分裂病だから」と睡眠薬打って入院させてくれたのですが、あとから院長先生が「暴れているから引き取ってくれ」といって来まして。
斎藤:暴れますよ。そりゃ。暴れたあとに静かになるんですから。そうですか。「この人はこういう人でこういう環境が必要だ」と説明して、入院させてくれるところを探すことが必要ですね。といっていてもしょうがないので探してあげましょう。ケースワーカーの方にたのんで「強い強迫症状をお持ちの方を引き取ってくれる病院」ということで探すわけです。この人の場合閉鎖病棟が必要ですね。本人が外にでられないということじゃなくて、外から刺激が来ないということが必要でしょう。閉鎖のベッドの方がいいです。そこでかなり長期の入院というふうに考えて、時間を止めちゃいましょう。
──数年になりますか。
斎藤:もしかしたら一生です。そのくらいに考えた方が彼は安定を感じるでしょう。でも元来は健康な方ですから、そのうち「開放病棟で作業療法をやってみたら」みたいな話がでてきて、そこで彼は本来の彼が持っている力に気づきます。入院は一見まったく社会性とは逆の方向に進むようでいて、これが一番いい。一見回り道のようですが。いろいろな家族を見ていますと、むしろ、暴れ回る息子よりも、静かにだんだん家族を追いつめるタイプの息子といる方が、一家心中みたいなこと起こりやすいんです。その意味であなたが大変だというのはよくわかりますし、お手伝いできるところはさせていただいた方がいいと思います。
ただ、精神病院が一番歓迎するのは統合失調症の患者です。ぴたっと治療がはまるし3ヶ月くらいでよくなるし、医者は人を助けたという充実感をもらいたくて生きてるわけですから。強迫神経症の人は歓迎されません。病院に受け入れてもらえるように説得する方がたいへんだな。
──デイケアなんかも1回しか行かないんです。自分はまともで、あそこにいる彼らはまともじゃないんだという認識なんです。
斎藤:彼には枠が大事ですね。通ってらっしゃるクリニックからも情報をいただくなりして対処方法を考えさせてください。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 2/18、19 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京港区 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
新規講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| うつに効く ストレッチから呼吸法まで | 1/31、2/7 | 15:00〜17:00 | 3,000円 | 一般 | 東京港区 |
| アサーティブ・トレーニング | 3/3〜6回金 | 18:00〜20:00 | 18,000円 | 一般 | 東京麻布 |
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月25日
だめ息子をどうすればいい?(1/2)
相談者からの質問
もうすぐ30になる息子のことです。
息子は怠け者のくせに完璧主義者です。私も夫もわりとまじめでよく働く方なんですが、息子は1日中家にいてごろごろしてるくせに、一番病気をするし、しゅっちゅうあっちが痛いこっちが痛い、疲れた疲れたっていいます。「疲れるのはこっちだ」といいたくなるんですけど。ちょっとアルバイトをしようということになると、腰が痛いとか何とか言い始めるんです。
先生は「親が死んだら生活できなくなって自分で考えるだろう」と、おっしゃいましたが、まず一つ、お聞きしたいのは、お金のことです。私なんかが見ていると、結局息子は何かあるたびにいろんな理由をつけてお金を無心したいというところがあるんじゃないかなと思うんです。
今回も去年の暮れから「学歴もないし手に職もないし、なんにもできないからもう死んじゃいたい」と言い出しました。私も「そうよね、それじゃあ死にたいわよね」と思ってしまいます。でも死にゃしません。かわりにイライラし始めて暴力沙汰を起こしたんです。父親を階段から突き飛ばしまして。
その、「死にたい」と言ったときに、「何かやりたいことはないの?」と水を向けてみました。音楽とか絵が小さいときから好きだったので、「音楽とか絵とかやってみたら」といったら、今度は「音楽やるから楽器を買ってほしい」と言い出しました。私は「もうそろそろ30になるんだからしっかり稼いでもらいたい、経済的に自立してもらいたい」というのがずっと昔からの願いで、「若いんだから仕事なんて何でもできるじゃない、肉体勝負でやればいいじゃない」という気持ちが強いんです。だからお金がないわけじゃないんですけど、何かとかこつけてはお金を出させたがる息子の態度が、私には許せないんです。
===
そうはいっても、出してほしいというものですから、お金について出し方を話し合っているところです。もうすぐお誕生日がくるものですから、その前祝いに少し出してあげて、あとは月賦で「あんたも月々のお小遣いから少しずつだしなさい」という形でやろうかなと思ったりしています。
結局、暴力が出るのは、「いろいろやりたいこともやれない」とむしゃくしゃしたり、お金を無心した時親がどうにかして出さないですむ方法を考えたりするときに出るような気がします。
もう一つは、息子は「僕は結局、外でも学歴がないから差別されるし、家の中でもひとりぼっちだ」といいました。私と娘が非常に仲良くて、いろんなことを一緒にやりますし、娘は仕事をしているのでお金もありますから、旅行も気軽に行けるし、私も働いてますから好きに使います。働いてるんだからお金使うのはいいと思うんです。でも息子は働いていないんだからしょうがないじゃない、って私は思うんです。悔しかったらちゃんと働けばいいのにって。ご飯は食べさせてあげてるんだし、住むところもあるんだから、「自分のお小遣いくらいちゃんと稼ぎなよ」と思うんですよ。
結局、「親が生きていて稼げる間は面倒見てあげられるけど、あんた、それで30すぎてどうするの?」っていう気が、私にはありますよね。「そのときになって梯子はずされちゃったら、のたれ死にだよ」っていう気がするんですけどねえ。そこのところどうなんでしょう。
斎藤学からの回答
斎藤:その息子さんはたいへん親孝行なんですよね。
──どういうことですか。
斎藤:息子が元気なときは親はくたばっている。それが世の道理。世代交代。
──よくわかりませんが。
斎藤:逆にあなたが元気なときは息子はくたばってなきゃいけない。上の者が元気すぎるときには下の者は元気になれない。今すぐ息子を元気にしたいなら、あなたは惚けるか寝込むかしなければなりません。明朝にでも息子さんに「とてもじゃないけど起きられない」と言ってごらんになったら? でもこれはできないでしょう。
──仕事がありますからね。
斎藤:仕事があなたを操るなら、あなたは操り人形じゃないですか。仕事を第一にしていると考えが先に進みませんよ。
憂ウツになるかめまいがするか、あるいは惚けてしまったと考えてみてください。そうすると、家族内の人間関係が大幅に変わりますよね。
お宅ではかつてこの息子さんによる暴力があったのでしたね。そのころなら、本当に寝込んでください、あるいは逃げてくださいと言ったかも知れません。今の段階では暴力問題がだいぶおさまっているようだから、そこまでしなくてもいいでしょう。しかし、頭の中でシミュレーションすることならいくらでもできる。「あたしが惚けたら、居なくなったら、つくづく息子と同居するのがいやで息子を置いて出て行ったらどうなるか」ということを考えるんです。(続く…)
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月26日
だめ息子をどうすればいい?(2/2)
(続き)
家の中のパワーの配分が、息子の暴力や娘の過食症の原因になっていることはよく見られます。
あなたのお話を聞いていると、歯切れがいいし、論理が整っている。今、私の手元にある相談の主旨についてのメモも明確です。これは社会的にやっていける人の文章です。つまりお母さまには社会的な能力がおありになる。すると、息子はちょっとつらいところだ。これからがんばってみたって、お母さまの助手までいけるかどうか。そのことを彼は訴えているわけですよ。「学歴もないし」という言葉に託して。で、お母さんは「学歴が気になるなら中退しなきゃいいじゃないか、男らしくない」と思ってる。そんなお母さんの評価も彼はわかってるんです。彼はこの家で生きにくいです。
それなのになおかつ、この家にとどまっているのは、やっぱり、お母さんを元気にするためとしか言いようがない。しかしこの家の中で彼は孤独で、居場所がない。お母さんと長女は同じ部屋に寝ている。そうですよね?
──はい。
斎藤:夫は?
──別です。最初は夫婦一緒で、子どもたちはバラバラで寝てました。私と夫が仲悪くなって一人で寝るようになったら、娘がやってきた! というだけです。
斎藤:おとうさんも孤立してるということですか?
──そう。でも、息子問題が起こると、3人で共同戦線を張るっていうところですね。
===
斎藤:じゃあ、息子さんが一暴れすると、夫婦仲が良くなるわけですね?
──まあ、そういう意味では息子がカスガイかなあとはおもうけれど。でもそれも困るんですよ。
斎藤:彼としてはどういう役割とっていいかわからない。なんだか妹とお母さん一緒に寝てて、父さん一人で寝てる。このままだとお父さんもお母さんも不幸そうだ。それで一暴れしようかとお父さんを蹴ったら、階段の上でカウンターパンチが決まって救急車ものになってしまった。危ないですよね。お父さんとお母さんの仲がいいと、こういうことはないでしょうね。
──うーん。じゃあ、どちらの方なんですか? いまおっしゃったのは夫婦仲のかすがいの役割を彼が担っていると。その前に、彼がああなのは私が元気すぎるからだとおっしゃったでしょ?
斎藤:同じことだと思いますよ。
──そうですか?
斎藤:あなたが一人で生きられる有能な女性を元気に演じようとすればするほど、夫との間は離れていきます。で、そういう親たち2人に子どもが介入しようとすれば、彼は今のようなダメ息子をやって家族の崩壊を防ぐしかないですね。彼がダメ息子でいる間は、夫婦別れどころではありませんからね。本当は親たちの作った家族なんて崩れてもいいんですが、彼はそう考えるには優しすぎるのでしょうね。
あなたが寝込む。それで父さんが母さんの世話をする。すると夫婦の仲が良くなる。そうなると、息子さんは役割がなくなるから家を離れる。あるいは倒れてしまった母親に代わって働きに出る。お父さんに代わって彼があなたの看護にまわるということだって考えられますよね。
──うーん。それかなあとも思うこともあるんですけどねえ。
斎藤:そうすると次ぎに娘さんが問題になってきますね。
──今、私とくっついていると言うことがですか。でも、できるだけ離すようにはしてるんですよ。
斎藤:でもね、あなたの中に「娘は大丈夫で息子はだめ」と思ってるところが。その基準はただ一つ、働いているか、いないかなんです。世間の人の見方もそうですね。仕事に就いているか、ついてないかだけで、2種類に人間を分けている。「だめ者」と「まとも者」に分ける。お父さんとお母さんのことが気になってしょうがない気が弱い子どもたちは「だめ者」をやることによって、家族全体のバランスをとろうとする。そのことを自分で気づいてるようだったら、そんなことやらないんですけどね、気づかないでやってるんです。娘さんは両親二人の関係を考えるというより、お母さんをしっかり保護するという役割についているんでしょう。
──私としては、娘がいい子をしすぎてるなと思って、ちょっと怖いんですよね。
斎藤:うーん。このままだとこの人の問題の方が大きくなるかもしれませんね。
──という可能性もあるなと思って。
斎藤:母娘カプセルがいつまでも続くということがあるかも。これから30年も経つと60近くなった娘が90近くなったお母さん担いで、親子で外来へくる。「このごろ母さん惚けちゃって」と言いながら。娘は結婚もしないで一人で惚けたお母さんを抱えてる。その前に父さんを見送ったりして。こうならないように、この娘さんも自由に羽ばたかせたいですね。
──要するに、家の中の人間関係がうまくいくことによって、本人が独立していくだろうということですね?
斎藤:いや、確かにそういう面もあるんですが、私が言いたいのは、独立だ自立だ仕事だ、ということだけで息子さんを評価しないでくださいということです。
−−いま現在の私たちの関心事というのは、金を出そうか出すまいかとか、それから、暴力のことです。この間父親を、階段から落とした件では本人は非常に悪かったと思ってるわけで、「今度ぼくがこんなことしたら警察よんでもいいよ」と言ってるんですね。本当によんじゃうよといってるんだけど、いいのでしょうか。
斎藤:いいんじゃないですか。というより、家の中の問題はなるべく外の人にも知ってもらって得られる援助はもらったほうがいいですよ。
──お金の方はどうなんでしょう。私は「30になったらもうこれ以上は応援してあげられないよ」といってるんですよね。もうすぐ30になるので。この調子だとこのままでズルズル行くような気がするんですよ。
斎藤:出したくなければ、今日から出さなければいいじゃないですか。「30になったら」なんて「たら」話は無駄ですよ。まぁ、今まで出していた金を30になったら出さないなんて言っても無理でしょうね。ズルズル行くでしょう。行ってもいいじゃないですか。それが出来るということは、あなたが元気で働いているということなんだから。さっき申し上げたように、息子が元気になるということが、あなたが倒れるということなら、「息子はこのままでもいいや」ということになりませんか?
元気で働いて、ご主人との関係が幾分改善して、娘さんが自分の人生を歩み出すというのが当面の課題でしょうね。息子さんがイライラするのは、そのままの自分を受け入れてくれるところがないからですよ。居場所がないのは、自分で自分を定義できないからです。彼がもう少し柔軟になって自分を「病人」と思えるようになると楽になれるんですがね。だって「病人」の居場所は病院でしょ。このまま不安とイライラの中で暮すか、暫くの間、病人をやってイライラにケリをつけるかということですよね。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 2/18、19 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京港区 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
新規講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| うつに効く ストレッチから呼吸法まで | 1/31、2/7 | 15:00〜17:00 | 3,000円 | 一般 | 東京港区 |
| アサーティブ・トレーニング | 3/3〜6回金 | 18:00〜20:00 | 18,000円 | 一般 | 東京麻布 |
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月30日
横暴な両親に怒りの衝動が止まらない(1/3)
相談者からの質問

私は5歳の娘を抱えて、実家から20分ほどのアパートに、娘と2人で暮らしています。
今日お話ししたいのは、自分の問題です。私はうつや摂食障害の症状もかかえているのですが、今日ご相談したいのは、激しい怒りがわいてきて、路上で器物を破損したい、ものに当たりたいという衝動が止まらなくなることです。この怒りは、私なりに考えたところ、両親にその源があるように思います。
私は摂食障害に苦しみ、さいとうクリニックにかかっておりまして、先頃、理解のある内科の先生のもとに、3カ月ほど入院しておりました。その際、両親にも私が摂食障害に悩んでいることをうち明けたのですが、肝心のことは言えませんでした。肝心のことというのは、私が子どものころから、両親からの虐待に苦しんできたということです。
===
入院中、両親はさいとうクリニックの主治医の先生のもとに押し掛けて「うちの娘はいったいどうなっているんだ」と聞いたそうです。先生は両親に「お父さんお母さんも是非、オープンカウンセリングに参加してください」とすすめてくださったのですが、両親は自分たちのしたことに全く自覚がないものですから「なんでわしらがいかなくちゃならんのだ」といって動きませんでした。それどころか、退院した私のところに母が押し掛けてきて「さいとうクリニックの先生の話は全然分からなかった。おまえはいったいどういうつもりなのだ」といって来ました。
そこで私はとうとう、両親の虐待に子どもの頃からいかに苦しんできたかうち明けました。そうしましたら、母は話を聞いて考えてくれるどころか激怒してしまいました。「情けない、情けない」と繰り返して寝込んでしまい、寝ていないときは宗教にはまって神様におすがりしているそうで全く家事をしなくなったとかで、今度は父が怒って「おまえがかわいそうな母さんを傷つけたからだ」と言ってアパートに乗り込んできました。父は数年前に怪我をして杖をついて歩いているのですが、その杖で私を殴りに来ました。
私はそんな両親を見て、本当に憤りが止まらないのですが、未だに怖くて何も言えないのです。
母は毎日のように電話をかけてきて、「おまえのせいで苦しんでいる」「おまえに傷つけられた」「世間体が悪い、どうしておまえのせいでこんな恥ずかしい思いをしなくてはいけないのか」とののしるのですが、あんまりだと思いながらも私は、なぜか「ごめんね」なんて謝らされているのです。
私自身、幼い娘を抱えているものですから、親の立場や気持ちが分かってしまって、きついことを両親に一方的に言うことができないのです。電話を切ってから、消耗しきって吐き気に襲われます。
結局怒りが胸にたまって、これだけ私を苦しめて自覚が全くないばかりか、さらに攻撃してくる両親を思うと、ときどき怒りがどっとわいてきて、おさまらなくなります。道を歩いていても何かを壊したくなったり。その怒りが摂食障害になって出ているのだと思うのですが、これはぶつけどころがありません。私は、4、5歳ぐらいのころ夜驚症という症状を発症していて、夜になると騒ぐ、泣き出す。それが収まるまでの間の記憶が飛んでいるというものなのですが、これに似たことがいまでもあります。解離症状、トランス症状のようになります。
子どもに対して虐待、手を挙げるということは、私はやっていないんですが、両親に責められて反感を感じるのに怖くて何も言い返せず、ぶたれてもただ泣くだけの自分にしじゅういらいらしていますし、夜中にうなされたり、電話を切った後に吐きまくる母親の姿は、子どもにもいい影響を与えないだろうと思います。最近は表せない怒りが過食になって現れています。本当にダメな人間で、ダメな母親だと思うとつらくてたまりません。
生活のこともありますし、何かしないとおかしくなってしまうので、また仕事に復帰しようとも思ったのですが、私はワーカホリックで、今度は仕事漬けになって逃げようとするのでそれも違うかなと思っています。さいとうクリニックの保育所で働きたいと申し込んだのですが、「ご自分の症状が良くなってからでないと無理です」と断られました。
今日ここに来たのも、両親に「オープンカウンセリング」を進めたら、「何を言うか、おまえはそこへ行ったことがあるのか」といわれたので、確かにそれはそうだと思って、貧血とだるいのとを我慢して、やって参りました。(続く…)
[個別ページ][←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ][↑ページ上端へ]
2006年01月31日
横暴な両親に怒りの衝動が止まらない(2/3)
(続き)
斎藤学からの回答
斎藤 5歳のお子さんについてはあなたが養育なさってるの?
──はい。日中は両親のところにいて保育園に通わせてもらって、週末は私のところ、という感じです。拒食症の私はご飯を作ってやれませんので、そんな中で子育てすると、またいらいらするだろうからと主治医の先生が決めて下さいました。
斎藤 「生んだんだから自分が責任もって母をやろう」なんて考えると、かえって子どもが迷惑することがありますよ。生んだから母だ、なんて考えはなくていいです。いま、あなたが全面的に母をやるのは難しいんじゃないかな。
===
子どもを叩いてないとすれば、内攻してあなた自身に自傷行為してしまうか、もっと歪曲して精神障害になるかしてしまうかもしれませんものね。なんとか子どもに迷惑をかけないようにしようとしているだけでも、あなた偉いですよ。児童虐待になってもおかしくない人なのに、良く工夫して、社会資源をうまく使っていらっしゃる。親も社会資源のひとつだから。でもそのことがあなたの悩みを増やしているとなると、御両親への負担なしに子どもを預けられるのはどこかを考える必要がありますね。地域の児童福祉士やクリニックのソシアルワーカーと相談して、あなたの親とは別の社会資源を探してみましょう。そうしたことを進めていると、御両親のあなたへの対応も変わってくるかも知れない。娘と良く話し合わないと、孫が手元から離れていってしまうということで。
私が松沢病院で、東京都ではじめてのアルコール専門外来やり始めたとき、最初に来た患者さんは画家でした。すごい大酒のみでしたが、この人の母さんの記憶っていうと、自傷をはかったお母さんが自分の乳房を切り落とした場面の、その真っ赤な血だらけの胸のなんです。これ、あなたの娘さんと同じ4,5歳の時の記憶だそうですよ。あったかい白い乳房というのは彼の記憶には無いんです。血だらけの乳房しかない。
この人は凄惨で自己破壊的なアル中になりました。子どもが一番望む母親のイメージとは、安全の感覚ですよね。安全の感覚の基礎になるものは、母の笑い顔だな。無理に笑わなくてもいいんだけど、母が発する安全感、丈夫さみたいなものが子どもには必要です。ですから泣いてわめかなきゃいけない状態のお母さんだったら、子供と一緒にいない方がいいと思うんです。で、自分の機嫌がいいときに一緒にいられるような状況を工夫してお作りになった方がいいと思う。
あなたのお子さんが必要としているのは、安心して子どもでいられるような環境なんじゃないでしょうか。筋肉の力を含めた「力の感覚」を必要とする時期というのが、人間にはありましてね。学童期になると規律を問われるようになるので、その前、3歳から6歳くらいの時期の子どもは、猛々しくても罰せられないほうがいい。そういう時期を過ごせた人の方が思春期以降に暴力を振るうことが少ないと思います。そういう経験をもてないで幼児期なしに過ごした人の方が、大人になってから子ども返りしやすい。
だけど、あなたが今悩んでらっしゃるのは、そのことじゃんいですね。「親が自分が思うような親でない」ということに対する怒りですね。これはやはり基本的に幼児のものです。つまりあなたは、親のことをあきらめてない。親はもっと強い、いい親になれるはずだと、まだ期待を持っていらっしゃる。それにしても杖をついてやってきてその杖で殴ってくるってのはすごいお父さんだね。(続く…)