2005年11月の一覧
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2005年11月01日
知事対談「子どもは誰が守るのか 〜家族の変容と崩壊をめぐって〜」(1)
◇浅野史郎(宮城県知事)
◆斎藤 学
社会の変化と子どもの変化
◇浅野
今回は、児童虐待や子どもの事件、子どもの問題行動など、子どもを取り巻くさまざまな問題についてお話を伺っていきます。私が子どもだったのは随分昔のことではっきりとは覚えていませんが、今と昔とでは子どもをとりまく環境も違っていますし、子ども自体も変わっているような気がしますが。
◆斎藤
そうですね。まず、都市化の影響がありますね。それから、知事のお生まれになったベビーブーマーの時代には、都市部へ人口が流入して新しい家族がたくさん生まれ、核家族化が進みました。ですから、その時代の前と後では、家族というものがとても違うものになっています。子どもというのは、悲しいことに外部に大きく影響されて育っていきますからね。
しかし、子どもがいろんな事件を起こすというのは、最近急にそうなったのではなく、実際はずっと昔からあって、それが最近、「子どもの事件」として急に騒がれるようになったというだけの話だと思います。要するに、世間の焦点の当て方なんですよ。
◇浅野
それもあるでしょうが、家族の形態の変化が子どもの人格形成や社会性、行動様式などに影響しているということは言えるのではないですか。
◆斎藤
確実に言えるのは、子どもの一番の特徴は大人に比べると衝動の統制力が弱いということです。要するに、バランスがとりにくいということで、怖い人に抑え付けられると萎縮してしまうし、ちょっとほうっておくと無秩序に流れるわけです。このバランスをとっていくというのが教育ですよね。
また、小学校の高学年くらいの子は、自已愛が非常に強いですし、大人に比べると怒りの統制力が弱いですから、自已愛を傷つけられると事件になってしまうことが多いですね。
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◇浅野
犯罪までいかなくても、学校でいうと、授業中に子どもたちが歩き回ったり、学校崩壊といわれるようなことになって、先生が立ち往生するようなことは、3、40年前には考えられなかったような状況だと思いますが、何が問題なのでしょうか。
◆斎藤
問題は二つありまして、一つは、十数年前から病気として注目されるようになった、ADHD(注1)やアスペルガー障害(注2)などの情緒障害の子どもたちの問題。
もう一つは、兄弟の数が減っていますから、昔のように長男がたくさんの兄弟を仕切っているというようなことがなくなって、一つの集団としての子ども世界の中での秩序形成力が落ちているということは確かです。これは現代家族の問題ですね。
◇浅野
それはあるのでしょうね。
◆斎藤
ですから、クラスの中に多動の子がいたりすると、周りの子もそれに乗ってしまうということが起こるんですね。
◇浅野
いじめなども、昔は、いわゆる「ガキ大将」がいて、「いじめるなよ」と止めてみたり。
◆斎藤
そうそう。でも、今はそういったヒーロー的な子どもというのは排除されてしまうので、無秩序の増幅が起こってしまうんですね。
◇浅野
俗説かもしれませんが、テレビやゲーム、携帯電話、インターネットなど、3、40年前にはなかったものが子どもの世界に入り込んできて、それにどっぷりつかって育てられているということの影響というものはあるのでしょうか。
◆斎藤
情報が各方面から入ってくるということは知的発達を促すはずなので、そのためにということは余り考えられないです。しかし、一つ言えることは、ゲームにしろテレビにしろ、そればかりに閉じこもっていると、他者との関係が希薄になりますから、現実性を持った人間関係について学ぶ機会がなくなってしまうということは間違いないでしょうね。
◇浅野
そういったある意味ではちょっとした問題のあるような子どもたちが、社会的プロセスを通じて大人になっていくというのが「育つ」ということだと思いますが、今の社会では、そういうシステムとかメカニズムがしっかりと機能しているのでしょうか。
◆斎藤
大事なことは、多様性をどれだけ認めるかだと思うんです。ひと昔前よりも、一見、選択肢が増えているようにも思えますが、実際には、例えばテレビで伝えられる情報というのは一面的な場合があり、それを見た子どもにとっては、テレビに出てくるような人が偉い人になってしまう。こんなに子どもたちの価値観の画一化が進んでいる時代はないんじゃないでしょうか。これは世界的に共通な事象だと思います。
それから、学校教育に余りに期待し過ぎているところがありますね。子どもがとりあえず学校に行っていればそれでいいというので、家庭や地域の力がなおざりになっているところがありますから。
ただ、子どもたちはどちらかというと、学校というよりも、親の進学とか高学歴化への期待みたいなもので押しつぶされています。日本で士農工商の身分制度がなくなったのはずっと昔のことですが、今は学歴による階層化がそれに代わっているようなところがあるでしょう。これが親たちの学歴圧力という形で子どもたちを傷め付けているんです。
◇浅野
教育が選別の過程になってしまっていて、その中で、親が子どもに手っ取り早く幸せになってもらいたいという思い込みを、子どもに押しつけてしまっているということですかね。
◆斎藤
それは確かに言えると思いますね。
◇浅野
少子化の影響についてはどうでしょうか。
◆斎藤
日本では、富裕層の家庭では、子どもの数が増えるというのはステータスになっていて、しかも、子ども一人ひとりに過大な教育投資をしています。それとは逆に、ごく平均的な所得の家庭では第二子を産むことに躊躇している。経済力とリンクしているんです。
◇浅野
昔は「貧乏人の子だくさん」と言われたものでしたが。
◆斎藤
そういう言葉は死語になってしまいましたよね。これが日本の人口構成の特殊性で、それが今の日本の子どもたちの問題ともつながっています。教育の基本は家族ですからね。
先ほど、子どもは自己愛的だと言いましたが、一人、二人の子どもに過大な教育投資をして育てると、子どもは親の期待を読み取りながら生きていますから、親の言葉や表情から自分で勝手に「私はだめなんだ」と判断して挫折してしまったりします。それから、家の中では「王様」ですから、自己愛を抑制できない、非常に傲慢な子どもになってしまうわけで、当然、学校や社会に適応できないということが起こってしまうのです。(続く…)
注1【ADHD(attention-deficit hyperactivity disorder)】
注意欠陥多動性障害。注意力障害、多動性、衝動性を特徴とする行動の障害で、発達精神障害の一つ。注意や集中力を持続できない、じっとしていられない、話を最後まで聞けないなどの行動の特徴が見られる。
注2【アスペルガー障害】
知的な発達に遅れがないタイプの自閉症。言葉の発達や遅れはないが、言葉の意味の理解やコミュニケーションが苦手で、社会性に困難がある。
(みやぎ政策の風 2005年9月 vol.4 より)
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。
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| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2005年11月04日
知事対談「子どもは誰が守るのか 〜家族の変容と崩壊をめぐって〜」(2)
◇浅野史郎(宮城県知事)
◆斎藤 学
子どもの問題は「家族」の問題
◇浅野
斎藤さんはご自身のクリニックで、家族に起因するさまざまな問題を抱える人の診療をなさっていますね。そういった人たちを、改善の方向に導くためには、どのような対処をするのですか。
◆斎藤
私は、多くの20歳以後の精神障害の背景に子ども時代の養育状態、特に児童虐待があるのではないかと見ています。親からの過大な期待に縛られるというのは普通は児童虐待と言いませんが、それらも含めると、幼い頃の養育環境の影響は決定的だと思います。
そういったことを考えていくと、若い人を診る場合、結局、家族療法的に接した方が効果的なんですね。一人の子どもが問題を起こした場合、ほかの子どもたちへの影響が出ている場合が多いですしね。
また、特に思春期の子どもは診療を受けに来ませんが、そういう場合でも、子どもと一回も会わずに親とだけ話していて問題が解決することが多いんです。
◇浅野
子どもの問題に対処するためには、日ごろ一番関わっている家族ぐるみで診る必要があるということですか。
◆斎藤
はい。親の子どもへの接し方を変えてもらうだけで、子どもの問題行動というのは大幅に修正されるわけです。しかし、現実に、虐待を受けて育っ子どもというのはいるわけですね。世間を震憾させた池田小児童殺傷事件や奈良女児誘拐殺人事件の犯人は、子ども時代に虐待を受けていたことがはっきりしています。
こういった犯罪が起きてしまった後で捜査にかける莫大な費用というのがあるのならば、なぜ児童虐待の予防にもう少し意を注がないのかと思います。
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「子どもの虐待防止センター」の取リ組みを通じて
◇浅野
斎藤さんが児童虐待の問題に取り組まれたきっかけはどんなことだったのでしょうか。
◆斎藤
私が最初に児童虐待と関わったのは、大田区あたりで血を流して毎晩さまよい歩いている子どもを見た保健所の職員がいまして、その場で警察に連絡すると保護はしてくれるんですが、だれもその原因を真剣に考えてくれなかったというので、その家を訪問したんです。そしたら、そこにけがをしている8歳児のほかに、体にあざのある1歳児もいたんです。8歳児なら外へ逃げられるけれど、1歳児では無理ですから、これは大変だと。
それで、その子どもの母親に介入、要するに「おせっかい」をした。父親は覚せい剤とアルコール依存ですから来られないので、母親と私との間で接触が始まったわけです。ところが、この母親は、夫が子どもを殴ると、子どもを盾にして逃げてしまうような人で、親としての保護の能力がないんです。
それで、困りまして、児童相談所に介入をお願いした。ところが、今は違いますが、当時の児童相談所は、「ここは親と子どもの仲をよくさせるところだから、親から子どもを取り上げるなんてとんでもない」ということでした。これが1990年前後の話です。
◇浅野
15年ぐらい前の話ですか。それ程昔のことではないですね。
◆斎藤
大昔ではないです。そこで、児童相談所にもっと児童虐待という問題を知ってもらいたいと思いまして、1992年に「子どもの虐待防止センター」という民間団体(注3)を立ち上げました。児童虐待の問題をなんとかするには、民の力で動かないとだめだと思ったんです。
センターを立ちあげた当時、まず手はじめに、新聞記者を集めたりして児童虐待問題についての広報活動を行いました。「児童虐待」という名前がついて、それがみなさんに認識されないと、報道もされないし、問題として確定されないですから。紆余曲折ありましたが、実際に、センターを立ちあげてから十数年の間に、児童虐待の問題については随分環境が変わりましたよ。
◇浅野
「子どもの虐待防止センター」は民間団体として立ちあげれらたので、権限があるわけではないですよね。例えば児童相談所ならば、今は一つの権隈として介入できますが。しかも被害者である子どもは積極的には訴えてきませんから、加害者である親に対してまさに「おせっかい」として介入していくわけですね。
◆斎藤
民から民への介入ですね。
◇浅野
センターの活動をしていくときに、権限がないということで、やりにくさというのはありますよね。
◆斎藤
もちろんありますが、逆に官から民へ介入するときには、違う意味で配慮しなければいけないことも多いでしょう。民から民への方が「おせっかい」としての介入という意味ではしやすい面もあります。
それから、官と民との連携は不可欠です。児童相談所がケースとして取り上げるまでに何度も会議を開いたりして、その間に子どもが死んでしまうということもありますから。センターで関わった事例でも、例えば、子どもが病院に入院した段階で、センターと児童相談所のケースワーカーとで連絡を取り合って、次の事件が起こらないように、病院の医師を通して親に圧力をかけるということが何度もありました。
◇浅野
児童虐待の場合、そういうケースの発見とか見い出しが出発点になりますが、「子どもの虐待防止センター」では、虐待の通報についてネットワ-クとしてシステム化されているんですか。
◆斎藤
センター設立当時、仕事で子どもと接触している人でも、児童福祉法第25条の通報義務の存在を知らなかったということがありましたから、いろんな形で講演会を開いたりしましたが、今になって考えれば、これが着実に成果を上げていたと思います。
やっぱり民の力というのは、すごいですよ。官は民の活動を補完していくしかないんです。
例えば、ドメスティックバイオレンスも家族内の一つの病理ですが、最初はそのような見方はされませんでした。実は、私は、児童虐待問題の前に、アルコール依存の夫から妻への暴力の問題に関わっていまして、夫本人に関わるよりも、その妻を「共依存症」という病気として治していった方がずっと効果的だということを証明してきました。被虐待児は、そういったアルコール依存の夫とその妻の子どもの問題として最初は浮上してきたわけです。
また、アルコール依存の親を持つ子どもは、大人になってからアルコール依存者になったり、その妻になったりすることもわかってきました。別々の問題ではなく、みんな一つの問題なんです。
そして、こういった問題を取り扱うときに、経験上、一番効果的だと思うのは、民間の団体です。「子どもの虐待防止センター」もそうですが、活動を進めていくうちに世の中の流れが少しずつ変わってきて、2000年に児童虐待防止法ができ、2001年には配偶者暴力防止法ができました。民の活動を官が補完していくという形で進んでいます。
注3 平成9年からは社会福祉法人。
(みやぎ政策の風 2005年9月 vol.4 より)
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2005年11月07日
知事対談「子どもは誰が守るのか 〜家族の変容と崩壊をめぐって〜」(3)
◇浅野史郎(宮城県知事)
◆斎藤 学
地域力の低下をどう補うか
◇浅野
斎藤さんがこれまでやってこられた活動の積み重ねの中で、官の側に対して、「こういうことをしたらいいのに…」ということはありますか。
◆斎藤
事件や問題を起こしている家庭に共通して言えることは、まず、家族全体が地域から孤立化しています。家の中に地域の人の出入りがない。
それから、性的虐待は非常に発見しにくいんですが、例えば女の子の場合、学校の成績が急激に下がるとか、中学に入ってから夜尿が復活するなどの問題があれば、当然それを疑うんだという観察眼を学校の先生たちが持たなければいけません。
◇浅野
「気づき」ですね。「おかしいぞ」と思ったならば、それを把握して、対処するなり、しかるべきところに相談、報告するという体制。
◆斎藤
栃木県で親が二人の子どもを橋から川に投げ込んだ事件がありましたが、事件が起こる前からコンビニの店員が子どもの様子をみて危慎していたんですよ。そういう地域の目というのがあって、これは今の日本人が大嫌いな地域のおせっかいですよね。しかし、地域力とは一体何だといったらば、地域のおせっかいやきの力なんですよ。
◇浅野
おせっかいの勧めをしなくてはいけないですね。
◆斎藤
私はそう思っているんですけどね。今みたいに極端に家族単位になってしまっていると、そこの親にちょっと問題がある場合に、地域からの介入がないと非常に間題が進んじゃうわけですよ。
それから、田舎の方が都会よりも地域力があるとは言えないんですよ。田舎は高齢化が進んでいて、住民そのもののケアがまず大きな問題ですからね。そういうことを考えると、地域の若い夫婦の子育ての問題にその地域の人たちが関わっていけるように、行政がなんとか「おぜんだて」できないのかなと思うんですよ。
学校の先生とか保健師などは、本来そのような問題に関わっていく責任のある立場にありますが、現状では、まず人数が圧倒的に不足していますし、トレーニングももっと必要です。
だから、私は市民に立ち上がらせないとだめだと思っているんですよ。子どもの虐待問題に関心を持っている人や何かしたい人はたくさんいますから、行政がNPOなどの市民団体を支援して、講習会なんかをどんどん開いてもらう。そうすれば、そういう人たちに、カウンセリングの技法とか、虐待のリスク要因とか、児童相談所に通報するべきケースとか、そういう基本的なことを教えてあげることができます。
◇浅野
例えば、地域に住んでいる退職した人で、意欲と能力と時間がある人を活用することはできないかと思っているんですが、やはり、最低限のトレーニングというのは必要なんですね。
◆斎藤
そうですね。でも、私は、一番いい援助者になれるのは、自分自身が加害者だったり被害者だったりした人だと思うんですよ。
例えば、かつて妻に暴力をふるっていた男性が改心して、今度は、妻に暴力をふるっている男性の相談に応じる。それから、被虐待女性同士の支援というのは非常に強いですよ。
◇浅野
ピア・カウンセリング(注4)ですね。
◆斎藤
そうです。そういうのを私は血縁や地縁とは違う、「問題縁」といっているんですよ。例えば、「不登校児の親の会」とか「引きこもりの親の会」とかね。
横浜のある造成団地の話ですが、全部で250世帯あって、その中で引きこもりが30数人いる。親は50歳代で、引きこもっているのは30歳前後ぐらいの人です。こういう引きこもりへの対応は、私みたいな専門家だけでは無理ですし、引きこもっているというだけで他に問題を起こさなければ、役所が出て行くわけにもいかないでしょう。
そういうときに、引きこもりの子どもを抱えて悩んでいる親たちが、例えば「引きこもりの親の会」といったような組織体をつくって、私のような専門家などを呼んで、引きこもりの子どもにどう対応したらいいのかということを訊くことはできる。
そういう人たちに行政が力を貸すということをやればすごく効果的だと思います。
◇浅野
そうですね。
◆斎藤
児童虐待でも少年事件でも、個々の事件を詳細に取り上げていくというよりも、こういった全体に流れている構造を見定めて対処していくことが大切だと思うんですよ。そして、それらに通底する構造というのは、家族が地域から分離していたり、あるいは地域の崩壊といったことで、実は都市部よりも、郡部で起こっているんですよ。都市部と田園部との中間地帯で起こっている。
◇浅野
そういったところで孤立すると、もう逃げ場がないというか、孤立感がますます深まりますよね。都市部での孤立というのはよく言われてましたし、ほかに逃げ場がありますからね。
◆斎藤
家族から阻害されても、別のコミュニティーの中へ入っていける。ですから、問題縁でつながった疑似家族みたいなものをつくって、それを一つのコミュニティーとみなして、行政が援助していくのが一番上策だと思いますね。
◇浅野
そうですね。行政の手法にどうやって翻訳するかというとなかなか知恵が要りますが、今日は斎藤さんから答を出すヒントをみたいなものをいただいたような気がします。
どうもありがとうございました。
注4【ピア・カウンセリング(peer counseling)】
悩みや問題を抱える人、かつて抱えていた人が、自らの体験に基づいて、同じ悩みや問題を抱える人の相談に応じ、問題解決を図ろうとすること。
(みやぎ政策の風 2005年9月 vol.4 より)
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| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
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2005年11月08日
ジェンダーのくびき(1)
相談者からの質問
いま、35歳です。私には性別に関する悩みがあって、悩み始めたのは中学生の頃だったと思いますが、それ以前から、自分が男なのか女なのかわからない、という状態がずっと続いていました。小学校でも中学校でもずっとまわりから「中性」と呼ばれていて、自分もそれが一番あっているような気がしていました。
いろいろ嫌がらせされることもあったのですが、自分でも、「このまま生きていくしかないな」という気持ちと、「でもそうすると、大人になったとき、食べていけなくなって死ぬだろうな」という気持ちで生きていました。でも周りから「元気なヤツだ」と思われていれば生き延びられると思って、委員長なんかやっていました。
弱音を吐いて誰かに相談に乗ってもらうという習慣もなく、一人で、「病院なんかに行って見つかったら、きっと矯正されるだろう」とか「いつか死ぬだろう」とかおもったりしながら、生き延びてきました。
大学入学のために上京してきたときは、自分が男なのか女なのか、トランスセクシャルなのか、トランスヴェスタイトなのか、それとも同性愛なのか、という課題を抱えていました。大学に入ったら答えが見つかるだろうと思っていたのにそうはなりませんでした。
最近、ここ四年くらいは「自分はトランスセクシャルなんだ」と考えるようになりました。トランスセクシャルのMTF(Male to Female)の人に会ったとき、自分に近いなと思ったのです。とくにFTM( Female to Male)のレズビアンフェミニストといっている人と会ったときに、「あ、同じだ」と思ったんです。
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FTMとか MTFというのは、男から女への性転換なのか、女から男への性転換なのか、というくらいの意味なのですが、自分がどっちなのかはわからなかったのです。もともと自分が男なのか女なのかがわからなかったので。
それが、ごく最近、「解けた」ような気がしました。TSTG(トランスセクシャル・トランスジェンダー)と自分で名付けたのです。つまり、「生物学的には(正確にはわかりませんが)雌なんだけど男」でやっていこうと考えた。
でもここでさらにもう一回転あって、それは、中学生くらいの時に、社会にある性差別を知って、「こんな世の中で、有利な男の方をえらぶなんて『男らしくない』」と考えたわけなんです。
同時に、私の心には、シャーロック・ホームズみたいにいつも強力に私を応援して見方になってくれる男性がほしい、という気持ちがあったのですが、実際に「ホームズ」を読みますと、結構性差別がにじんでいます。こうなると、自分がモデルにするような男像が全くわからなくなって、それで成長できなくなってしまう・・・という状態でした。
そこで選んだTG(トランスジェンダー)というのは、自分は男なんだけど「社会的な女」の立場で闘っていくんだぞ、という立場です。
しかし、ウーマン・リブをやってもフェミニズムをやっても、「闘う」ということに実感がもてない。どうして仲間の女性たちがそんなに男を怖がるのかが実感できないのです。
私は小さい頃から父親にたたかれたり、蹴られたりしているので、そういう恐怖感はあるのですが、それとは違う恐怖を女性たちは男性に持っている。それは性的な恐怖で、それこそが女性支配の根底にあるのだとわかりました。その恐怖をともにするには、「売春というものを自分でしてみないと、わからないんじゃないか」と思い至って、そういう女性であろうという努力の方向へ向かっていました。
しかし、こんなことをしていると、体も心もぼろぼろになります。参ってしまって鬱になり、夕方まで寝ているような暮らしをしていました。ごろごろしてうんとのんきにしてみたのですが、すると、そんな一番楽な状態では「自分は男だな」とかんじたのです。なんだ、簡単な話じゃないか、と。差別の問題はあるけれど、自分がのんきにしている状態では自分は男だと感じました。
それが分かるのと同時に、子どもの頃から繰り返してきた「緊張を解くために眠りに逃げ込む」ということをしなくていいようになってきて、朝、きちんと起きられるようになってきました。いま、一緒に暮らしている人がいて、その人は男なんですが、私はそいつのために朝ご飯を作ったりしています。「これは女の仕事だから」ってイメージではなくて、淡々と自分の仕事だからと思う感じです。「ああ、ジョン・レノンと同じだな」と思っています。
こうなってくると、自分が直面しているのは、性転換の問題だなと、わかります。それと、もう一つは親から受けた虐待のこと。確かに殴られたり怒鳴られたりしてきたのですが、そのことは割とどうでも良くて、一番きつかったのが「どうして私は男なのに、娘としてかわいがるのだ」ということなのです。
でもこれを話すには、聞いてくれる人にわかるように文脈を解き明かさなくてはいけなかったのですが、自分にはそれができなかった。ようやく、地域のACの自助グループに入って、同じような人たちが集まっているところへ出かけたのと、地元の精神科医に「性転換症」だと話せるようになって、落ち着いてきました。
今後、ここのクリニックをどう利用すればいいのかと言うことと、地元の精神科医とどうつきあっていけばいいのかということをアドバイスしていただければと思います。
(続く…)
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2005年11月09日
ジェンダーのくびき(2)
斎藤学からの回答
斎藤:この問題については、参加者として来ておられる、Xさんのご意見をうかがったらいいと思います。
Xさん:「いったい自分が何か」というのが一番つらいですね。いろんな要素が入り乱れていて、とても混乱するんです。
たとえば、ころっと生まれたときに体が女性だった人の場合、まず自然に「自分は男か、女か」という自己認識があります。そのうえにさらに、「女らしい要素」「社会的女らしさ」という判断基準があります。料理が好きとか、車をかっ飛ばすのが好きとか、教育や文化によって違いますけど。それからさらに。「性的に男が好きか、女が好きか」という違いがある。これは生まれたときに持ってくるもので、たぶん自分では変えられない指向です。
生まれたときに体は女で、男性が好きで、感じも「女らしい」、でも「自分は男だ」って気がする。そういう場合もあります。するとここで、「自分は何なんだろう」と悩むわけです。
また、こういう例もあります。女性で性虐待などを受けた人の場合、男性に対するすごい恐怖が生じる。それと同時に自分が女性であることが許せなくなって、女性であることを否定してしまいます。そこで「自分が何なんだろう」とわからなくなってしまう。
テレビドラマなんかをみても、「体が女で、性的な好みも男性が好きで、自分が女だと思っている」という女性しか出てきません。
でも、「体が女性で男性が好きで、女らしくて、でも自分は男に思える」というのもぜんぜんOKだし、「体が男で、気持ちが女で、それでも女性が好き」というのだってかまわない。いろいろな多様性があるんだってことをきちっと理解していただくことが、混乱を解くカギになるだろうと思います。
そういう混乱を持っている人は決して少なくはありませんので、そういう人は自分一人で「おかしい」と思わないで、そういう人はたくさんいるのだと言うことを知ってください。
斎藤先生がよく言われるように、「人に出会わないと自分を発見することはできません」ので、自助グループで、できるだけ、仲間の話を聞くこと。表面的には世間で言われているようなことを言いながら、内面では揺れている人もいっぱいいますので、意外と、他の人も同じなんだなということを感じると、安心するんじゃないでしょうか。それは経験上、すごく感じます。
===
斎藤:おふたりとも、お話をありがとう。ようするに、性器の形と性の認識は別の者ですし、ジェンダーともまた違います。また、性愛対象も性器とは関係ない。こういういくつかの輪の中で自分が生きているんだと言うことを、考えないですむ人も大勢いるんですが、そういう人が正常だとか健康だというわけでもありません。たまたま「男」か「女」かという世間の2分法に当てはまって悩まないで済んでいるというだけの話です。悩んでいる方が偉いのだ、とまでは言いませんが、悩んでいたってかまわないのです。
いまの方は、性認知は男なのに、「社会的に男は有利だから、有利な方を選ぶFTMはかっこわるい」なんて考えて逆転させられてそこでまたトランスジェンダーを起こして、自分の「女(おんな)」性を無理に自分に納得させようとして、いろんなことをしてぼろぼろになってしまったと。しかしこんな迷いは必要なかったね。いいじゃないですか、男で。
みなさん単純に自分は「男だ」「女だ」と信じていらっしゃるようですが、性別なんてものは、もともと解剖学的にも生理学的にもグラデーション(経験の問題)なんですよ。性器の形が男女で大きく違っているから誤解を招きやすいし、「女の腐ったの」みたいな言葉があふれていて、自分をどちらかに追いやっていくので混乱するんです。
だいたい、世の中に出回っている言葉なんてのは、男たちが左脳で作っているものですから、「man」=人間という発想です。引っかかってはいけませんね。
性器の形は、もともとはXX型、女性が原型です。素直に育てば女なんです。それにアンドロジェンが降りかかると男になる。男性器ができる。これは本人の性認知とは違うものです。だから性器じゃなく副腎皮質の方で作られる男性ホルモンの影響で、性認知が男で生まれてくる場合だってあっていいのです。
戦乱に巻き込まれたサラエボだとか、第二次世界大戦中、連合軍の空襲にさらされていたドイツのドレスデンで生まれた人は、ジェンダーの混乱を起こしている例が多かったそうです。たいてい男と女はだいたい1対1の割合で、出生しますが、そういったストレスのかかる地帯では男性の方がちょっと多く生まれてくるようです。性の認識は、ストレスがかかるときに混乱することが多い。たぶん母胎の中で性ホルモンのバランスの崩れがあったのでしょう。そういうわけで性認識とは、性器の形とは別の話で、しかもかなり生理学的なものなのです。
きょう、カムアウトしてくださいましたので、これを聞いたみなさんも是非、こうした性の問題への認識を改めてください。実は、摂食障害などは、自分の女性性の受け入れを巡って起こったりする問題です。強迫性障害にもそういった面があります。ですからこうした問題はジェンダーの問題と深くかかわっているのだと、そういう目で見直す方がいいですね。
大人になるということは、自分の「男性」の部分、「女性」の部分を受け入れることです。これを「屈服する」といってもいい。誇りを持って「私は女だ」「私は男だ」と受け入れることにはなかなかなりません。「しかたないや」といって屈服する面もあるのです。特に男性の場合はそういう受け入れからの方がいいかもしれません。
女性は「屈服」しやすいので「受け入れる」くらいの気持ちにしておく方がいいでしょうか。「しかたないな、女やってやろうじゃないか」といった感じで自信満々に女性をやる。総合職でばりばり働いている女性なんていうのは、男以上に「男」をやらなくてはいけませんので、そういう方は、ジェンダーは男で、性認知は女性。そんなふうに使い分けるわけです。
男が男性性をフルに発揮しないとやりきれないような男社会が、男性にとっても果たして幸せかどうか、大きな問題です。私が思うに、「女度」1〜5、「男度」1〜5みたいなのをもうけておいて、「男度」1が一番偉いんだってことにしないようにする。みんなそれぞれのグラデーションで生きていける方がいいのではないでしょうか。ぼくは「男3度、女5度」だとか、それぞれが別々の個性を楽しめるような社会がいい。人間の幸せと「多様性の受容」は、切っても切り離せない関係にあると思います。
ですからみなさん、「ふつうの子」とか「健康な子」なんて単一の物差しで測らないこと。いろんな「ふつう」があるんだって考え方をすれば、うちに引きこもってる子も、ヒステリー起こしてる子も、「これもまあふつうかな」と受け入れられる。
え? あなたがどうすればいいかって?
あなたはそれだけご自分のことがわかっていれば、それでいいじゃありませんか。それでもし私に会いたければ、ここへ来ればいいが、そのときは別の話をしましょう。地元の精神科医にしたって、あなたにしてあげられることは少ないと思いますよ。あなたはあなたの確信をようやく持てたわけなんだし、あなたはあなたなんですから、精神科医が必要であるとは思いません。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 12/3、4 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京新宿 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2005年11月10日
愛する人と手がつなげない(1)
相談者からの質問
私が具体的に困っていることは、ジェンダーの関係です。異性とは肉体的な接触がダメなのです。これはしかし恋愛関係に限っていまして、たとえば営業でおじさんと肩くんで歌ったりするのは全然平気とはいえませんができます。でも恋愛関係、それに近い状況では、どうも生理的にだめなんです。
その理由を自分では5つほど考えました。
1つは、すごく「貞操観念」が強い家庭で教育を受けたことです。
大学生の時に薄化粧したりして同窓会に行こうとすると、「みだらなことだ」という言い方で攻められる家庭でした。
2つ目は、職場で男性と同じような待遇と状況で働いていまして、競争にももまれています。いわゆる男社会のえげつなさとか汚さを見てしまい、一時期は男性の嫉妬の怖さに対する嫌悪がひどくなりました。
3つ目は世代的なものだと思うのですが、母も父も、男性的なものと女性的なものがかなり混乱した教育を私にしました。「男の子なんかに負けるんじゃない、勉強がんばりなさい」という割には、「男の人は女の人より無条件に偉いんだから尊敬しなさい、たてなさい」といい、それでいながら「でも仕事がんばりなさい」と言う。ちょっとよくわからない状況です。
4つ目は、私にとって家庭はあまりいいところではなかったこと。はっきり言って私のイメージでは、家は牢獄です。2度と戻りたくないところです。だから、特に、男性に手をつながれると手錠につながれた気がするんです。あ、これで私は奴隷になったんだという感じで。
====
5つ目には、ちょっと変なエピソードをあげてみます。
小学校2年の時のことで、何でこれをいいたいのか自分でよくわからないんですけれど。
絵の具バックというのを学校でみんな買うのですが、ふつう女の子は赤で男の子は青のバッグを買います。私の下には弟がいますので、「お金を節約したいから、男の子のために青いバッグを買いなさい」と母にいわれました。
買うときに私が「青」といったら先生が「赤でなくていいの?」と聞いてくれて、家に電話をかけにいってくれました。そこで先生は「お母さんがあなたが赤がいいなら赤でいいよといってるけど、どうする?」ときいてくれましたが、わたしはそこで「青」といってしまいました。そんなことを言ってやっぱり母に好かれたかったんだと思うのです。
弟が使えるように青を買ったのに、2年生になった弟は、ちゃっかり新しいのをかってもらっていましたが。わたしはそこで、何となく赤いバッグを持ってる女の子たちに対して、「私は赤とか青とか気にしないで青いのを持ってるから偉いんだ」という思いを持ってしまいまして、女の子で赤をもってる子は既存概念によっている馬鹿な子なんだというふうに思って、「私は家計のためにやってるんだから全然平気なんだ」とかいうふうに思ってたんです。
でもそれが、弟は「こんなきたないバッグはいらない」ということできれいなのを買ってもらいまして、どうもそこから逆転が起こってきたような気がします。
斎藤学からの回答
斎藤:いまのお話は、具体的には、「結婚も子供を持つことも選択肢として残しておきたい、総合職のキャリアを積んでいる女性」の話ですね。男性社会の中でなんとか自分で稼いで、競争に脱落しているとは思っていない。
そこで、じゃあ一緒になる人を見つけて、子供を持ったとき、キャリアはどうしましょう。子どもも1人目はいいけど、2人目となると大変です。ここはあなたのお母さんがどれだけ犠牲になってくれるかですが、お母さん当てにできます?
え? いまもう脱落しかかっている? そう。じゃあ、2人も生んだら完全に脱落ですね。すごく調子が良くて「社内で一番」なんて時はいいんだが、その先すごく圧力がかかってきます。それこそ「ガラスの天井」が女の人には待っていますから、たぶん、35になってきますと、男の3倍働いてようやっと対等でしょうね。同期入社の女性たちはあなたの部下だったり、お茶くみやってるわけですから。その人たちからの嫉妬、孤立っていうのもありますね。
これに耐えてやっていくには、相当タフで、男以上にマッチョじゃなくてはダメですね。あなたにはそれが見えているから、今、自分というものを見直して、どういうふうに将来設計たてるかということを迷ってらっしゃるんだと思う。
そのことと、今日この質問を、自分の性の問題にからんで提出したこととは関連があると思うんです。一見、冷感症、男性恐怖症みたいなフォビアに見える。たしかにフォビアの側面もあると思うんですが、このような、今私が申し上げたような社会的コンテキストを抜きにして、この問題を「病気」として取り出しただけでは本当の意味は見えてこない。むしろ、ある「けじめのいい年齢」になった今というときに、自分がこの問題をここへ出してきたということ、そこが大事なんです。
(続く…)
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2005年11月11日
愛する人と手がつなげない(2)
それで、一般論をこれから申し上げます。というのは、今この話をここで初めて聞いて、頭に連想されたことを申し上げるので、あなたに当たっているかどうかはわかりません。
しかし、この手の男性嫌悪の表現というのは、実は強い男性憧憬、男性願望の裏返しだと思います。まあ精神科医はひねくれていますからね。これを説明するには、「人が自分の依存や恋愛の対象にする人っていうのは、なかなか裏があって読みとりにくい」ということをお話ししておかねばなりません。
あなたは、「これはいいかな」と思うような男の人と手をつなぐのが恐怖です。それこそ、鎖が手に絡むような気がする。でも手を握らないで起こってくる男女関係なんてものはしれたものですね。大変お困りでしょうね。
私たちが今目の前に恋人を持っているとしたら、それは、対象Aのn番目ということで、「An」という記号になります。この前にはAのn-1というのがあって、ずっとさかのぼると「A1」というのがあるはず。もっとさかのぼると「A0」というのもある。「A0」はもっと抽象的なものをいいます。
出会ういろいろな対象の中で人を選んでいって、自分にとって必要かくべからざる対象との関係の歴史のことを、その人の人格というのです。つまり私たちの人格とは、私たちがどの人を愛し必要としてきたかという軌跡のことです。
これは精神療法にも関係があって、その人の前にあるセラピストが出てきて、A n+1になると、このセラピストに今までの関係が全部集約してきて、いままでのAの系列とは何だったのかと考えることになる。そして系列の初原のところにたどり着くと、ここにあるのは親です。ここに父がいます。
===
つまり、あなたに男性願望があるということは、「あんな父とんでもない」と思っていて、その父に対する非常に強い願望がある。ふつうだったらば、思春期以後「おとうさんいやらしい、うっとうしい」といってほかに恋愛対象を作っていく。でもお父さんとの固着があまりに強いと、一方で不安を呼び起こすことになります。お父さんとくっついているということはお母さんの嫉妬を買いますから、そういうことはしない、となると「お父さん嫌い。家へは戻りたくない」ということになって、それを自分の信念、思考として植え付けることによって家ばなれを起こすというメカニズムが働く。
いずれにしてもあなたの精神療法が始まったとすれば、私は徹底的に、あなたとお母さんとお父さんとの三角について聞く。これはあなたが自分で考えるためのヒントとして聞いていてください。たぶん、かなり強いお父さんとの結合願望、癒着願望みたいなものがあるんじゃないかと予測しました。これは社会的文脈の中に戻すと、「憎からぬ男An」というのは家族を連想させるんです。ふつうはそこまで考えません。男と手を握ったからって、すぐ「家族」なんて考えないんだが、彼女は考える。手を握ったらもうセックスの連想にまでぱっと飛ぶんですね
それから、私が受けた印象では、あなたは大変フェミニンですし、今の時代の女らしさをよく表現している。今の時代の女性らしさとは決して弱々しさであってはいけないのです。自分を弱い位置に置くことによって他人に依存していく、「競馬場で走る馬はあなたよ、乗るのは私」なんて発想は今でははやりません。走るのも自分でなくてはいけない。その代わり、収入も自分でとるくらいでないと。そういうのを一言でいうと「自立」っていうでしょう。
その中でパートナーとしての婚姻というものを考えるのは非常に大切なことです。しかしそれは大きな自己責任を負うことでもあるし、きびしい。いまそういう状態におかれてるあなたは、よけいに、「家族とは何か、なぜ自分が生まれてきたのか」に至るまでの一連のことが思い起こされる。
私は、あなたのライフスタイルを安易にあきらめないでお続けになることをおすすめする。その中で、男性との距離の取り方というのは自然に定まってきます。あんまり焦って、問題を解決しようとしたり練習しようとしないこと。
異性との握手の練習はあなたの場合、即座にベッドインの練習になります。それはあなたを拘束し今の立場を危うくしますので、じっくりと自己理解をしていく中で、自然に見つけていってください。
あなたの場合、セクシュアリティの発達は十分です。不健康なところはありませんから焦らないでいてください。プライベートなところをいろいろ聞かないとこれ以上はわかりませんが、とりあえずそういうことをおすすめします。
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2005年11月14日
別居中の旦那にそっくりでした(感想)
読者からの感想
◇37才女性
こんにちは。
こちらの富永先生にカウンセリングを受けさせていただいています。
昨日、広島での講演会に参加させていただきました。
金曜日にカウンセリング。土曜日に若い時に好きだったミュージシャンのコンサートに出かけ、日曜日に、講演会に伺い、何か心の中に溜まっていたものが一気に出てきたような気がします。
講演会で、ブログの話をされたので、伺いました。
コメントをつけようと思ったら、コメントはつけられなかったのでこちらで失礼させていただきます。
28日の後姿の男性の写真、別居中の旦那にそっくりでドキッとしました。
多分、アドレナリンがかなり放出されていると思います。
旦那が坊主頭をした頃から、関係が悪くなったせいか、どうしてもあの髪型は好きになれません。
しかも、服装も、体格もそっくりです。
まだまだ、ドアの音などにビクビクして生活していますが、カウンセリングのおかげか、とても楽な気持ちになってきています。
当ててもらえたら、是非、昨日、先生に斬っていただきたかったです。
みかん箱の中身を、見事に言い当てる先生は、とても迫力がありました。
取りとめも無い話ですみません。
昨日は楽しかったです。ありがとうございました。
参考)文中の「講演会」について
第三回アディクションフォーラム in ひろしま
斎藤学講演会「生きてゆくことがつらい人のために」
[日時]2005年10月30日 9時50分〜16時
[会場]広島県健康福祉センター 8階大研修室
[料金]前売り 2,500円、当日 3,000円
[主催]アディクションフォーラム実行委員会
今後も不定期に行なう予定です
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2005年11月15日
「みかん箱」の中身について
11/14の広島の読者からの「感想」にあった「みかん箱の中身」についてご説明します。
私の処にやってくるクライエントは皆、「問題」という箱を抱えているわけですが、その箱に貼ってあるラベルは皆、嘘です。紀州みかんとか温州みかんとか書いてあれば、箱の中身はアジかサバです。皆さんを私の前に座らせる動機となる「症状」は、決して皆さんの「真の問題」ではないので、そこを明確にして「真の問題」について合意することが、問題解決の第一ステップになります。
斎藤学
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暴力トラウマを抱えた私、今、苦しい彼との関係から離れたい(1)
相談者からの質問
私は小学校の時から異性と同性の両方の目に敏感で、流行の服を着たり流行の髪型をしていないと、自分でいられることができませんでした。
中学になると、いわゆる不良グループとつきあうようになりました。うちは昼間母がつとめていて大人がいなかったので、だんだんにたばこやシンナーを吸うグループのたまり場となっていきました。本当はいやだったのですが、何も言えずつきあっていました。
そのグループの子たちは学校中を支配していて、だれのものでも平気で横取りしたし、人に使いっ走りをさせることなど日常茶飯事で、たくさんの子たちが被害にあって苦しんでいました。中学時代、落ち着いて授業を受けた記憶はまったくありません。学校で授業をしているのは先生と、先生たちと仲良しの数人の成績上位者たちだけで、先生も彼らを注意することもなく授業だけしていました。
不良グループの勢いはエスカレートしていって、私は3時間にも及ぶ暴行をうけたこともあります。卒業するまで私は、何度も登校拒否したり「転校したい」と頼んだのですが、母は許してはくれなかったので、卒業するまで耐えるしかありませんでした。
===
高校を決めるときには、そんな人たちのいない高校を希望して、私立の厳しい女子校にはいることができました。それは、母の希望通りのことでもありました。
誰もいない家にもお菓子はたくさんあって、高校生になると、ぽっちゃりした体型になりました。流行の服はすべてやせていないと着られないし、恋愛でも「やせていないとうまくいかない」といわれる時代になってきたので、私はそんな自分が気に入りませんでしたので、やせるために食べた物を吐くようにしていました。
そんな私は今(20代)、過食が治らないまま、つきあっている同い年の人と惨めな関係を続けています。
彼のことがいつも気になって仕方ないのですが、彼は私の不安や、時々現れるパニック状態を受け入れることができずに怒り出します。私はそんな彼の態度が悲しく、怒りがわいてきて、いつも傷つけあうようなひどいけんかをしてしまいます。
こんな苦しい思いはもういやなのに、私は彼にしがみついて離れることができません。それは母の承認を求めているのだと思います。何をしても、彼がいないときはリアルに感じることができず、現実感を感じないで鬱状態とパニック状態を繰り返して生活しています。
少し前から原宿相談室にかかり始めました。私の摂食障害と彼との関係はいままでの経験から来ているものだと思うのですが、どこからどのように治療していったらいいか、わからなくなってしまったので、聞きに来ました。
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2005年11月16日
暴力トラウマを抱えた私、今、苦しい彼との関係から離れたい(2)
斎藤学からの回答
斎藤:過食を治すためには、まず、自分に優しくならなくちゃいけないのですが、「自分に優しくなる」って言っても難しいですね。あなたにはそれがどういうことだかわからないでしょ。
──はい。わからないです。
斎藤:いま、彼が、あなたをおいて出て行ってしまうような不安がありますか。
──はい、あります。
斎藤:そうすると、彼に気に入られる女の人になるために、いつも努力しているような状態でしょうか?
──はい。無理しているような状態です。
斎藤:そうすると、自分の楽さよりも彼の判断が基準になってるから、自分には優しくなれないでしょ。そういう状態だと過食を治そうと言っても無理ですね。
だから、「過食症は治らないままでいいから楽しく生きよう」という考え方になった方がいいですね。とりあえず。いいじゃないですか、過食くらいあったって。今のところ両親からの仕送りはあるし、食うには困っていないでしょう。親のすねが干上がってどうにもならなくなるまでやってればいいんじゃないでしょうか。
──過食の問題は、自分でもどっちでも良くなってきているんですけれど、他の問題がいろいろ苦しいことが出てきて。性的な問題といいますか、男の人みんなが変態に見えてきて。
斎藤:対人恐怖みたいなものでしょうか、外を歩くと男の人の目が怖いという。
──はい。
===
斎藤:そうですか。
まず、その問題に手をつけるかどうかってことですが、彼との関係があるうちは、外が怖いなと思っても逃げ場がありますよね、彼と一緒の生活にも戻れるわけですから。そんなふうに戻るところがあるときには、それもまた治療には手が着かないと思うんです。
ですから、いまは、巣ごもりみたいにして、過食しながら1日1日楽しく過ごすという時期じゃないでしょうか。楽しく過ごせないのが問題なんでしょうけど。
でも、「このままじゃいけない」と考えると、混乱しちゃうと思いますよ。物事には、回復が必要な時期とか、そのための手順というものがあるのです。わるいけれども、あなたとボーイフレンドとの関係が続いているうちは回復には着手できないんです。逆に言うと、あなたは、そこから逃げるためにいまのボーイフレンドとの関係を大事にしてるんです。
──最近、別れようと決めて、いま、会ってない状態なんです。
斎藤;どうして別れるのですか? せっかく逃げ場になってるのに。
──いろいろひどい言葉で傷つけられ、暴力も振るわれたりしていながら、まだしがみついていたのですが、少しずつ自尊心が出てきたというか……。
斎藤;原宿相談室なんか行ったからいけないんだね。あんなところへ行くと、だんだん自尊心が出て来て、いままでの、自分を傷つけるような男の人との関係にも批判的になってしまうでしょ。そうすると、そんな彼との関係を守るために自分を殺していることができなくなってしまう。いま、あなたはそんな感じなのでしょう。
それじゃあ、言いましょう。その男とは切れた方がいいです。
──はい。
斎藤:彼との関係を切って、自分に優しくする方法を学ばなくちゃいけないんだけど、そのためには、自分が今やっていることを、一度認めなくちゃいけない。「いま私には必要があって過食をやってるんだ」って、自分を認めて、太ってしまうかもしれない自分にも優しくなることです。
そして、その優しくなる感じがつかめてくると、だんだん周りの人が怖くなくなります。あなたはいろいろな傷も受けているようだから、そういうことを小さい集まりや1対1の関係でしゃべれる人を持つことですね。たぶん、原宿の先生には言えていると思うんだけれど、同じような体験を持つ人の小さな集まりに出たことありますか。
JUSTのホットラインに電話するといいと思います。そこの電話相談やっている人は、「そういう痛みをを持った人」が電話を受けるようになってるので、もし、電話して安心そうだとあなたがお感じになったら、直接会って、お話してもらいなさい。
──はい。将来的に、私もそういう仲間に入って、役割を担っていきたいとおもうんですけれど。
斎藤:是非やってくださいよ。いま電話当番も人不足で大変なようだから。
──それにはどのようにしたら。
斎藤:あなたがそのような問題を抱えた人であるってことと、少なくとも、自分には優しくなくても人には優しくすることに自信があればいいです。かかってくる電話に、何か言ってあげようと思わないで、聞いてあげようと思うことが大事だから。案外、それをやってると、「あんなに人にやさしくできるのに自分にはなぜそうできなんだろう」と思って、だんだん自分にも優しくなれるから。自分の症状が治ってから、相談を受ける側に立つというものでもないんですね、自分も苦しいときにやるものなんです。
──ありがとうございました。
斎藤:回復するってことは、苦しくなることですね。治療に入ってくると、楽になるものではなくて、今までやってた生活に疑問を持ち始めるものだから、混乱するし当惑するし、逃げ場を自分から壊して苦しくなります。逆に言えば、「そういう苦しさを何とかするために、アディクションなどが必要になる」とも言えると思います。
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2005年11月17日
母を嫌っている自分、セックスの想像(質問二題)
読者からの質問(1)
◇19才女性
私は、最近ようやく「母を嫌っている自分」を認識し始めました。それまでは、自分が母を嫌っているなんて、絶対にないと持っていました。
小さい頃は身体が弱く、直ぐに体調を壊していました。母は、その私を一生懸命育てくれました。だから余計に、嫌ってはいけないのだと言い聞かせてきたのだと思います。
又、幼稚園から小3の中での出来事ですが、その時期に、母に捨てられそうになった事がありました。多分、私か妹のどちらかが、母を怒らせるような事をしてしまったのだと思います。その頃から、私の中に、「母の言う事を聞かないと捨てられる」という概念が出来上がってしまったみたいで、母に捨てられない為に、私なりに行動をしてきました。母の言う事を聞き、頼まれごとをされても、絶対に断らない、家の手伝いをする、妹の面倒を見る・・・・などです。
私は長女なのですが、長女なのだから、当たり前と思われるかもしれませんが、私にとっては、捨てられない為にとっていた行動にしか過ぎませんでした。それでも、いつも、ビクビク怯えていました。いつ、捨てられるだろう、と。
この出来事もあってか、私は知らず知らずのうちに、「母を嫌っている自分」を意識化に封じ込めてきたようです。
それが最近になって、意識の外に出てき始めました。ようやく「母を嫌っている自分」を認識し始めた私ですが、そのことで、ちょっと困った事があります。それは、母に話し掛けられるだけでも、イライラしてしまうという事です。自分でも、よくは分かりません。
何故、母に対する感情が表面化してきただけなのに、母に対してこんな気持ちになってしまうのか・・・・
何故なのでしょうか?
===
読者からの質問(2)
◇22才女性
びっくりしました。私も、異性と話たり、友達になっただけで、すぐに、セックスの想像になってしまいます。手がふれたりしたら、もう大変だと思います。
今まで別にこれはちょっと妄想が激しいだけなのかなーと、思っていましたが、斉藤先生の言葉を読んで、私のこといってるみたいだ!と思ってびっくりしました。[「愛する人と手がつなげない」参照]
私は毎日好きな男性がいれかわりたちかわりかわります。まわりの人だったり、テレビの中の人だったり、すぐに、セックスのことを考えない私は変だとも思います。
だから、毎日きがきじゃなくてまいにちときめいたり、心をうたれて大変です。
しかし、実際にそういう関係になったことは一回しかありません。すべて私の頭の中で、終わっていきます。
年をとれば、おちつくんでしょうか?
こんなどうしよもない問題は、はずかしすぎて誰にも言えない悩みというか、毎日疲れるので、斉藤先生のお言葉をもらえれば、嬉しいのですが。。。。
斎藤学からの回答
湧いてくる感情に責任を感じてはいけません。
ただし感情の表現(行動)には工夫が必要です。
場合によっては、「感じている」しかし「動かない(表現しない)」ということが適切ということもあります。
斎藤学
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2005年11月18日
問題を抱えていないと気が済まない?
相談者からの質問
私は幼稚園に勤めているのですが、園長が子どもを虐待しているのです。暴力的な言葉で脅しつけたり、暴力を振るうこともあります。なんとかかばうのですが、間に合いません。古株の先生とも「いっても仕方がないわね」といってあきらめています。
でも今度新しい先生が入ってきて、園長のやり方を見てとてもびっくりしていたので、私も、そうだよね、これは大変なことだと思い直しました。
見て見ぬ振りはできないし、でもどうしたらいいか方法も浮かびません。虐待の現場にでくわしても何も言えないし、他の先生も止めません。職員会議で提案したりとかいろいろ考えるのですがどうしていいかわかりません。どうしたらいいのでしょうか。
黙ってみていては子どもがかわいそうですし。私たちがかばおうとしても園長は聞く耳持たないですし、どうしたらいいか。とても落ち着きません。どうやったら園長がかわるでしょうか。
===
斎藤学からの回答
斎藤:この問題について、あなたが前面に立つのが適切でしょうか。
問題を認識する、これがまず始まりです。それから、どういう方法でその問題だと思うことを修正するかと考えるのが次の段階です。あなたは問題を認識して、自分が何をしたらいいかと考えるところまで来た。最終ゴールはなんでしょう。
──園長先生が、虐待をやめることです。
斎藤:でもね、「あの人が」とか「だれそれが」ということを問題に据えると、難しくなります。
このオープンカウンセリングの場でみなさんがなさることは、自分の中に力があることを確認することです。自分でできることの確認。みなさん力はおありになるのに、一つの方向に向かって進まないから右往左往して進まなくなってしまう。
ゴールが見えればどうすればいいかはっきりするのですが、そこに行くまでの道を、自分にできる範囲でやって行かなくちゃどうしようもありません。
あなたが全面に立って、園長に抗議しに行くのは危ないんじゃないでしょうか。
何が危ないかわかりますか。
あなたの行動にバランスが十分確保されていないと思うんですよ。
もし園長先生に訴えにいったら、あなたはきっと取り乱して泣き出して、伝えたいことの10倍くらい大げさにして訴えるでしょうね。なんだかそれが目に見えます。
そうなると相手は変化しないでしょう。変化をもたらすような話し方はあなたにはできないと思います。そんな役目をあなたに要求することは無理だと思います。これはあなたが自分で気がつかなくちゃいけないことですよ。私に言わせないで。
新しく入ってきた人を含め、同僚たちと、園長先生の子どもの扱い方についてどう思うか、口に出して言い合うことが大事なんじゃないでしょうか。そういうものを集めて、誰かふさわしい人が園長に訴えるときの助けにする。あなたとしては、その代表についていってあげるとか、言い方を考えるとき一緒に考えてあげるとかいう役割ならとれるでしょう。
この件では、あなたは前面に立たない方がいいでしょう。どうして私がこういうかわかります?
一つは、あなたはバランスを欠いていてまだ十分力がないということ。
もう一つはなんだと思います?
あなたの中に、問題を見つけだして解決して自分と向き合っていないと空虚になってしまう、人生おもしろくなくなって、うつになってしまう、という傾向があるんですよ。
ですから、問題が一つ片づくと、すぐ次に問題ができてくる。それがあるから、あなたが前面に立つと、問題が問題を次々呼んで大きくなってしまうような気がするんです。そうなると、園長も変化のしようがなくなってしまう。
課題というのは、自分の力にあわせて、越えなくちゃいけないハードルの高さを調節するものです。あなたが十分到達できるようなところまで課題の達成基準を下げる。そうして、相手とこちら側との力関係をだんだんにいじっていって、最終的に越えるんです。
今回あなたにできるのは、意見具申をできるような人物を集めることでしょう。そうすればあなたは「何もしなかった」わけではなくなる。
直情的に行くんじゃなくて、周囲の人を前面に立ててやること、これを練習してみてください。
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2005年11月21日
恋人にしがみついてしまう(1)
相談者からの質問
一月ほど前から、仕事にいけなくなってしまいました。今は、終日の昼間は斎藤クリニックのミーティングに通い、週末は、地方都市に住む彼のところに通っています。そんな自分が、とても不安定に感じます。本音では彼にどっぷり依存したいのですが、そうなると、どんどんすがりついてしまって、自分でもどうなってしまうかわかりません。そうなったら自分が自分でなくなってしまうだろうと思うので、彼にどっとあまえることも今ひとつできません。
彼はその都市で仕事もしているし、ちゃんと自分の人生を楽しんでいます。それにくらべて私はダメです。こんな自分がやっぱり彼にはふさわしくないんだと思います。ふさわしくなりたいのですが、どうしても「私なんかダメだ」と自分を責めてしまいます。
斎藤学からの回答
斎藤:少し私と会話をしましょう。彼の立場に成り代わって、あなたのことをみてみませんか。今のような状態のあなたが彼のもとに行ったとき、彼はどう感じるでしょうか。
----重荷なんじゃないでしょうか。いつも深刻な顔してまとわりついてきて、うっとうしいんじゃないかって思います。
斎藤:まとわりついてうっとうしいと言いますけど、人間はまとわりついてくる人すべてがうっとうしいわけじゃありませんよね。どういうまとわりつかれ方がうっとうしいでしょうかね。
----しがみついて離れない、みたいな。
斎藤:しがみついて離れない人でもうっとうしくない人もいますよね。
----そうですね・・・。彼がある程度私のことを必要としていて、愛情なんかを感じていれば、しがみつかれても、まあ、そんなにいやじゃないでしょうか。
===
斎藤:うん。ちょっと近いですね。私が言わせたいことに(笑)。
人間。まとわりつかれようがしがみつかれようが全然苦にならない場合もありますし、ものすごく苦になる場合もある。しがみついている人が、しがみつくのが楽しくてしょうがなくて、その人の勝手でやっている場合、しがみつかれる方はそんなに気を遣わなくて済みますよね。
職場までやってきてじゃましたりとかするわけじゃないのなら、勝手にまとわりついてくれたって、そんなに気にならないんじゃないですか。
そうすると、ポイントはなんでしょう。
----私自身が彼に依存していることを肯定できるかどうかってことでしょうか。
斎藤:っていうか、あなたが楽しければいいんですよね。あなたが一番問題なのは、彼のところへ行っても楽しくないことなんじゃないですか。
----楽しいときもあるんですが、すぐ孤独を感じます。
斎藤:どんなときに孤独を感じますか。
----彼がいなくて一人で時間を過ごさなくちゃいけないとき。一人で待っていて、何もすることがないときです。
斎藤:いいえ。一人でいて、何もすることがないときだって、人間必ずしも孤独を感じるとは限りませんよ。彼が帰ってくるのを待てるときはね、それから、彼が私に会いたいんだって信じているときには、なんにも寂しくないですよ。
----でも、彼が他のことに注意を向けているときは、寂しいです。
斎藤:あなたのなかに、「私でいいのかしら、彼にふさわしいかしら」という思いがあるのでしょう。
彼にふさわしい人になりたいって思ったり、なろうとしたりすると、それはあなたを重くするよね。重くなると、うっとうしくなるんですよ。そういう重さは、相手に伝わるんです。「あなたに気に入られるように、私、一生懸命やります」っていう目つき、顔つき、そぶりで。
そうなると、「ほっといてくれ」「気に入られたいなら、来ないでくれ」なんて思いが相手に出てきてしまう。その思いをあなたがまた読みとって、彼からそんなサインが出ていないときにまでそれを読みとってしまうんです。
それで、彼から離れようとする。そうなると今度は、だんだんあなたの気持ちが恨みに変わってきます。「私は彼から離されるように仕組まれたんだ、どうして私が離れなくちゃいけないんだ」なんて気がしてくる。
そうすると、ある日突然プツンと切れて、彼のところへ突進していって「おいこら、私のこと好きか嫌いかはっきりいってみろ」なんてやってしまう。そうしてだんだんに「うっとうしい人」の役割を演じるようになってしまうんです。
----はあ。
(続く…)
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2005年11月22日
恋人にしがみついてしまう(2)
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斎藤:そうなると、どんどん転がっていって、うっとうしさが雪だるまみたいに大きくなってしまう。
そうならないためには何が必要でしょうか。
それは「彼は私を求めている」という信念の大きさです。
「でも彼が私を求めているなんてことはいったいどこでわかるんでしょうか」とあなたは疑問に思われるでしょう。
これはね、証拠を集めて確証を得て「ほらやっぱり彼はあなたを愛している」とか「こうだから愛が足りないんだ」とかってわかるものじゃないんです。自分で決めちゃうんです。思いつきです。「彼は私を愛している」という直感です。健康な人は、こういうとき、自分に都合のいいように思いつくんです。
でも少し気持ちが弱くなってきていると、そういう思いこみができなくなってくるんです。「私は彼に迷惑かけてるんじゃないか」とか「もっとふさわしい女性がいるんじゃないか」とか、「私がそばにくっついているために、彼はすてきな女性に巡り会えないのだ」とか。
でも、「私よりふさわしい女性」なんて、考えてみて何か役にたつんでしょうか。具体的に比較の対象でも現れれば別ですけど、もし、そんな人がいるにしたって、どっちが「ふさわしい」かなんて、わかったもんじゃありませんよ。比較したって正確な答えなんかない。
一時は、もう少し彼の愛が信じられたんですか?
----いえ、以前はもっと自信がなかったです。このごろは、彼の部屋に女性の友達を入れるのはやめてくれ、とか言えるようになりました。
===
斎藤:親密さは増しているんですね。
異性の間でも、同性の間でも同じだと思いますが、特に、異性の間で二人の距離が近づくときには、双方のもっている「お母さんイメージ」を引き出しますね。「母の愛」ってなものに信頼をもてた人とそうでない人との間で、この辺の不安に差が出てくる。「お母さんが私を愛しているのは当たり前だ」と思える人の方が、軽々と人を愛せるんですよ。「あたしは愛されて当たり前」と思っているから、軽々と飛び回って、くっつきたい人にくっついて、仮にふられても、「まあ」なんて驚いて、「あっそ、ご迷惑ならほか行くわ」なんて言って、あんまり傷つかないんですね。
母の愛を信じられるような状態になかった人っていうのは、どうしても「証拠探し」をしたり、相手のそぶりの中に「自分を迷惑に思ってる」証拠をさがして、否定的に否定的にものを考えていくんです。こうなると目つきが真剣になっていくし、相手を恐怖で縛ります。「ここで彼女を放り出したら死んじゃうんじゃないか」っていう恐怖です。「そんなことされたらかなわないから、じゃあ、一緒になりましょうか」みたいな。
あなたは今のままの気持ちで行くと、だんだん心の中で彼の存在が巨大になっていって、その巨大な彼の前で萎縮している子ども、みたいになってしまいます。そうなると、一緒になったときに、必ずと言っていいほど、あなたは子ども返りしますよ。今のところはまだ、彼の前で暴れたりはしていませんか?
----実際にはしていませんが、大暴れする夢を見ました。
斎藤:夢の中でやる分にはいいですけどね、実際にそっちの方へ行かないようにするためには、自分自身に肯定感を持つことが大事ですね。でも、「自己肯定しよう」なんてこと、私に言われなくたって、自分でもそう思っているんでしょう。
----はい。
斎藤:ってことは、自己肯定する方法が具体的にうまくいってないんだね。どうしたらいいかしら。
----何かしなくちゃいけないと思うんです。彼のところばっかりいって束縛してしまうと良くないし、仕事をすればいいのかなと。
斎藤:でも、人を好きになるってことは、ある程度束縛しあうことだから、いいんじゃないですか。
----はあ。
斎藤:あなたはいま、ここのクリニックに通ってらっしゃるけど、ここへはいろんな人がやってきますね。なかば入院するみたいに、世間から隠遁するような形でここへ通ってる人たちもいる。ただカラオケに行く仲間を捜して麻布をぶらぶらして。それで現実的な問題に直面するのをさけて、どんどん患者さんになっていくような。痛みもないでしょうけど進歩もないよね。
それに比べてあなたはいま、恋をしている。人を恋するってことは、要するに苦しいことですよね、「捨てられるかもしれない」なんて不安におびえて、彼との関係を通して、自分の今までの親との関係なんかを否応なく総ざらいさせられて。試験受けてるようなもんですよね。大事なライフイベントですよ。それを地道にこなされる方が、ここへ通ってくるよりも何倍も人生の勉強になると思います。まあ、勉強するために人生やるわけじゃありませんけどね。でもあなたには力がおありになる。
どうでしょう、この際、彼の方へ行っちゃって、そっちで働いてたまにここへ通ってくるようになさっては。毎日手首切りしてやっと生きてるような方には、私はそんなことおすすめしません。
あなたとしては今、追い込まれたような気持ちなんでしょう。そういう気持ちの時になさることは、立ち止まって自分を見つめたり、自己分析することじゃなくて、彼にアプローチすることじゃないですか。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。
斎藤学の講座・ワークショップ
| 講座名 | 日程 | 時間 | 料金 | 対象 | 会場 |
| 斎藤学ワークショップ | 12/3、4 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京新宿 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 危機介入の技法 | 土 | 18:00〜20:00 | 5,250円、7,350円 | 専門 | 東京麻布 |
※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
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2005年11月24日
母は麻薬?
私は見てもおわかりと思いますが摂食障害で、どちらかというと制限型の拒食症です。食事以外にも睡眠など人間の持ってる本能をコントロールせずにいられないような気持ちを抱えていたので、麻布のクリニックにつながりました。
いまは一人で実家とは別に暮らしています。妹と仲が悪くなってしまったので、私が家を出ました。家を出た理由には、もう一つあります。それは「自立したい」という気持ちがあったからです。
時間がたつにつれて「妹との確執で私の方が出た」という被害者意識がふくらんでいきまして、家に帰ることができなくなっていきました。1週間に1度、「帰る日」と自分で勝手に決めた日があったのですが、その時以外は、卑屈な気持ちになって家に帰れないという状態が4年間くらい続いていました。そのことを斎藤先生にいったら、まず変化を起こすために、「いつでも帰れる家にしよう」という課題が与えられました。決められた日以外の日でも突発的に帰ったりすることで、実家をいつでも帰れる場所にしようということです。
最近、妹が泊まりがけで外泊したので、2日ほど家に泊まりました。最初のうちは安心感でいっぱいで気持ちが良かったのですが、2日目くらいからだんだん不安になってきました。どういう不安かというと、このまま家にいたら、赤ちゃんのようになって何もできなくなってしまう。なんとかやってきた社会人としての暮らしも一人ぐらしもいっさいできなくなって、廃人のようになってしまうんじゃないかという不安です。
===
「母親と一緒にいると何も自分でできなくなる」不安とともに「何もやりたいことが浮かばない、何もしたくない」という気持ちがおこりました。何か将来に向けてこれがしたいとか、こんなことやってみたいとか、そういう希望まで全部奪われたような状態になってしまって。
その状態は母に原因があるんじゃないかと私は思っているのです。私にとって母は麻薬のようなもので、すごくほしいんだけどそれを手に入れてしまうと廃人になってしまうような、「誘惑するモノ」といいましょうか。今日は、こんな不安を引き起こす母親の存在とは、私にとってどういうものなのか、私のいまの症状にどういう関係があるか、そこをお聞きしたいと思いました。
斎藤学からの回答
斎藤;その質問もいいんだけど、むしろ「母がもし中毒を起こさせる麻薬的な存在だとしたら、それに浸っちゃいけないの?」のという質問だといいですね。そういう質問ができるあなただと、いまよりずっと楽だと思うんだけど。
そこで、私はあなたに聞きましょう。どうして浸っちゃいけないんですか。どうして自立しなくちゃいけないんですか。自立って何ですか。
----自分で働いて食べられなくては自立しているとは言えませんし、人間失格です。
斎藤:そうすると、その細い体で8時間働いて疲れて帰ってきてぐったり寝てしまうあなたは人間だけど、お母さんところでわがままいって寝てるあなたは人間じゃないの?
あなたにとって、やせてる体で会社に通ってることが自立であるとすれば、いまの状態が自立なんであって、もうできているじゃありませんか。何も治してほしいところなんかなくなってしまう。つまりあなたには悩みがないという話になっちゃう。
しかしあなたは、お母さんに愚痴の電話をかけてるっていうし、「いまの状態が決して幸せだと思ってない」と私によく言うし、結局ここで、患者さんをやりつづけています。なぜでしょう。
あなたはちゃんと、あなたの考える自立をしてるじゃないですか。何が許せないの? もし、あなたが自分の欲するようにしていて幸せでないのなら、その「自立」という考え方自体がおかしいんじゃないですか? それが間違ってないのだったら、「自立が大事で他のことは大事じゃない」という考え方が、あなたを苦しませているんじゃないですか。あなたのお母さんに対する理解の仕方は、ここにきて、急速に進んできた。ついに見えてきたのは「麻薬としての母」というやつですね。

しかしね、麻薬でない母を持ってる人より、麻薬の母を持っている人はずうっと幸せですよ。あなたのお母さんは暖かくてあなたを誘惑して、なんでも悩みは聞いてあげる。カウンセラーみたいなお母さんで、母親やり出すと止まらなくなっちゃうお母さん。だけどお母さんはそうなることをあなたが嫌っているのを知っていて、自分からは電話をかけないようにしてる。これは本当に優しいね。
「何でも聞いてあげるよ」くらいはたいていのお母さんもいいますし、そのうえ普通のお母さんは「聞いてあげるよ」といいながら、娘が5分話すと30分くらい自分がしゃべりますね。それで、ほしくない電話を、本人が望む100倍くらいかけてきます。で、一方的にしゃべりまくって切っちゃったりして。それに比べれば、あなたのお母さんはなんていいお母さんなんでしょう。こんなお母さんを持ってるなら使えばいいじゃない。何をおそれていらっしゃるの? その恐れの方が問題だね。
いまのあなたはお母さんからのミルクは必要ないんですよ、十分育ったから。今はあなたが母ととけ込んで母の優しさをあなたの栄養にしていくときです。そのことをあなたは拒否しようとしているからそんなにやせてるんです。本当に必要なものは情緒的な優しさですよ。それがたっぷりたまってきたときに、あなたの中からあふれる蜜みたいなものに寄ってくる蜂みたいなものが、「他人」というものです。あなたみたいにひからびて優しさも何もないところへ他人は寄りつきません。職場には通ってるかもしれないが、ただ行って8時間働いて帰ってくるだけ。あなたは「うちの職場の人は意地悪だ」なんていうけれど、あなたが人を寄せ付けないんだと思うよ。話しかけると睨んだりするんで、「怖いからあの人に話しかけるのやめよう」って。
お母さんからたっぷり優しさをもらいなさい。そして安心して職場へ行きなさい。そうするとお友達が違うようにあなたに接するようになる。
実はね、あなたがそういうような生活をしている理由はあるのよ、もう1つ別にね。それはですね、あなたは優しいの。十分優しすぎちゃって、自分が家を出て妹の居場所作ってあげたり、死んじゃったお父さんが愛さなかった妹にお母さんを与えようとしたりしてる。そういうもう1つのリズムがあなたにはある。そしてもう1つ深い層には、お父さんに愛され尽くした自分がなんとなく、お父さんのお母さんへの愛を奪ってしまったような気がして、「こんな私はこれからずっと禁欲的に生きねばならない」という、小さいときに作った人生テーマみたいなものをお持ちになってらっしゃる。このことにご自分ではあまり気づいてないみたいですが、こういう話を、私が以前ちらっとアウトラインだけしゃべったとき、聞いていた人たちの中で一番ショックを受けていたのはあなたでした。そのショックの受け方を見てこちらは判断するわけ。私の浮かせた針にあなたはしっかりくいついた。だからたぶんこれは正解でしょう。
あなたのお父さんがあんなに早く、あなたが小さいときに死んだのは、あなたのせいじゃないし、ましてお父さんがあなたを愛しすぎたから神様が罰したんでもない。お母さんはあなたに嫉妬はしてないし、あなたによかれと思って一生懸命あなたを愛している。だからなんにも怖いことはないから、お母さんに甘えて、情緒的なおっぱいをもらってかまわない。それを信じられるようになったとき、あなたは回復します。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
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2005年11月25日
自分らしくない感じがします
読者からの質問
◇28才女性
はじめまして。具体的に、何が問題なのか自分でもわからないのですが、ここ数年自分らしくない感じがしており、最近それが強くなってきました。相談させていただければと思います。
3年ほど前までは、確かに自分の思うように生きてきて何も不安を感じていなかったと思います。最近になって、何かが決定的に足りないように感じることが多くなってしまいました。私が、ここ数年で経験して来たことを書いてみます。
祖母が(おそらく鬱病だったのですが)自殺をしました。意外と哀しくなく、それより母が大丈夫かという思いの方が強かったのを覚えています。
家族は仙台に住んでおり、当時私は東京の大学を出て、そのまま東京で働いていました。訃報を聞いて、新卒で入った会社を1年で辞めました。祖母の自殺についてもやもやしていたのか、普段やれないようなことをしようと思い、ヨーロッパをブラブラたり、ボランティアなどしていました。貯金がなくなって、さてそろそろ働くかとなり、再就職のため上京してきてから今も同じ会社です。
再就職してから、男性関係はこれまでと一変したように思います。セクハラやストーキングに遭ったり、上京後に付き合い始めた人はお酒が好きなだけかと思っていたのですが、同棲しはじめてからDV被害を受けました。私は全治3週間でした。
一緒に住んでいた家を、相手の親にかばん一つで追い出され、しばらく訴えたりしないでしょうね?と脅され続けました。訴えるも何も、私はとにかく早く縁を切りたいとだけ思っていました。仕方なく引越しを頼んだ姉には、「あんたは男を見る目がない、あんたが悪い」と責められ、誰も助けくれないんだ、と感じてしまいました。
この時、仕事も続け、精神的に参っていたのに専門家に相談にいかなかったことは、よくなかったと思います。他人に厳しくなってしまった気がします。私は間違ったことをしたと思っていないのに皆に責められ、怒っているのだと思います。自信もなくなり、イライラしていることが多くなりました。
===
妹は東京で私と同居しています。妹は私の一つ下の年で、中学卒業後から家を出て10年近く夜の仕事をしていました。その間私には連絡をくれていたので、会うたびに彼女を褒めつづけていました。私はずっと、お世辞ではなく妹はすごい人間だと思っています。私は妹のように物事を捉えたりは出来ないし、妹のように生きる勇気もありません。ずっと優等生でした。私たちが小さい頃、私は妹の絵を「すごく上手だね」と、ほめたんだそうです。それから、絵が好きになったんだよと話してくれて、今は大検をとって美大に行っています。
その妹が、数週間前大量服薬をしました。妹が恋人と別れたという話していて、これまで妹のすることをいつも肯定してきた私が、彼女にとっては否定と思えるような言い方をしてしまったのです。具体的には、
「今は辛くて、自分のことを好きだと言ってくる人に甘えている」
という妹に
「本当に別れた彼を好きだったのなら、今は堪えるべきなんじゃないかな、元気になったら他の人とのお付き合いを考えたらいいよ」
といったのです。
その翌朝、妹は意識不明になっていました、病院に運び、今は元気になりましたが・・・。
これまで、妹はリストカットや大量服薬を何回かしていました。私といるときは初めてだったのでショックでした。妹のこの癖は、他の家族は一切知りません。妹が知られたくなさそうだからです。おそらく私にもできるなら知られたくないと思います。
うちは母が父母2役をやっていたわけですが、安心感というより、厳しさの方が強かったと思います。もちろん、私は家族が好きですが、姉も母も、いわゆる不良になった妹に一切理解を示さないのを見て、本当に腹が立っていました。この一件で、妹に対し母親のような役割をしてきたのをはっきりと感じ、それに嫌気がさしました。私は、今、お互い自立していないと妹と一緒に居られないような気がするのです。
後2ヶ月で今の仕事を辞め、仕事と平行して趣味でしていたことに専念する予定です。でも、いいのかな、と初めて不安に駆られています。仕事よりそっちが気になるのだから、何も悩むことはないと頭では分かっているのに。これまで、大きな決断をするときほど、何とかなるさと思ってやってきました。今、妹に対してどうすることもできないという思いや、相変わらず親が理解してくれないことで落ち込みます。家族というものに、諦めのような無力感を持っています。
今の恋人も、ここ数年の恋人達とはタイプが違って、私に何も求めてこない人です。私がいて、話を聞いてくれるだけで自分はうれしいのだといわれて、戸惑っています。彼のために時間や労力を裂きたくなくて、そういう人を選んでいると思うのですが。
支離滅裂ですみません。ずっと疲れが取れないような気がします。何かアドバイスいただけませんでしょうか。よろしくお願いします。
斎藤学からの回答
罪悪感にとらわれている人だと思います。自分が自分にやさしくないのでしょう。と書いても虚しいです。多分ご理解頂けないでしょうから。この種の問題は「対話」によってしか明確になりません。直接、オープンカウンセリングにいらっしゃって、私と話すことをお勧めします。
斎藤学
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2005年11月28日
不安から身体の異変が……
相談者からの質問
1月くらい前から、不安やいらいらを感じると、身体がものすごく変になります。ここ二週間ほど特にひどいので心配でたまりません。今日は大丈夫な方なのですが、急にどうなってしまうのかわかりません。
その症状とは、身体の力が急に抜けて倒れそうになったり、自分の身体が思い通りに動かなかったり、うまくものがつかめないで、よくものを落とします。まっすぐ歩けなくなったり、もともと目が斜視なのですが、右目が勝手に外側に動いてしまうんです。また、身体のあちこちが痛んだり、手がふるえたり、肩やいろいろな筋が急に凝ったり、突然治ったりします。
最初のうちは意識的にリラックスすると治っていたのですが、だんだんそんなコントロールも聞かなくなってきました。そんな状態がずっと続くかといえばそうでもなくて、突然治ったり、ひどくなったり、何ともなかったのに急に症状が出たりします。
ですので、単に風邪を引いたときでも、自分の体の状態や痛さに敏感になってしまって、このままだと自分がどうなってしまうのか、とても不安です。
子どもの頃からこういう症状があったのですが、どうも私は、ふつうの状態の緊張の度合いが大きすぎるような気がします。少しの刺激にも過剰に反応してしまうほうで、他人に接することや現実的に生活することにかなり恐怖感を持っていました。自殺願望があったりものを盗んだりして「タブーを侵す」ことに興味がわいて、そのくせ、罪悪感や、人にみられるんじゃないかという不安でいっぱいでした。また、実際起きている出来事には、何の感情もわかなくて、フィクションにしか感動できませんでした。酒を飲まないと人前に出られなかったし、過食嘔吐をしたり、つきあっていた人に振られたときはストーカーまがいのことをしてしまったりと、かなり変な状態でした。
===
それで今までは人ともちゃんと接しないで生きてきたのですが、だんだん大人になってきて、すこし状態も良くなってきたような気がするし、人前に出たり、人とはなしたりしてみようと、仕事も始めているところなのですが、性格も気持ちも前より落ち着いてきていると頭では整理できても、身体の方がどうもついてきてくれません。仲のいい人がそばにいてくれて、「大丈夫だよ」といってくれたりすると落ち着くのですが、一人でいる時間の方が多いですし、ひどくならないうちに何とかしたくて、こちらへ来ました。
また、どうも対人関係がうまくいかず、孤独感があって、すぐに被害者ぶったりします。相手に好意を持ってるのに、目をそらしたり無視してしまったりして、自分で自分を孤独にしようとしているんじゃないかと思います。あんまりいろんなことを考えすぎて頭が休まらないのですが、今までは自分一人で少しずつ何とかなおしてきました。でももうこれ以上一人でがんばっていると、身体もおかしくなるんじゃないかと思ってここへ来ました。こういうのは、もう、一生治らないんでしょうか。
はい。今は一人暮らしです。兄弟は四人姉妹の二番目です。目が寄るのもよろけるのも、肩が凝るのも、子どもの頃からです。
斎藤学からの回答

斎藤:結論から言いますと、あなたの病気は「身体表現性障害」、あるいは「転換性障害」というものに当てはまります。心理的な症状が神経的なところに転換するという意味です。以前は「ヒステリー」という名前で呼ばれていましたが、世間で言うところのヒステリーと区別するために、今はそういう呼び名になっています。
「身体表現性障害」の医学的な診断基準は頭痛・腹痛・筋肉痛など、疼痛が四カ所以上あること、転換性障害の場合は、神経障害と四肢の機能障害があることです。あなたの場合は疼痛もあるし、歩行障害も目の症状もありますので、もっと詳しく調べないと何とも言えませんが、たぶん診断基準を満たすと思います。ふつうは思春期以後、大人になってから現れます。あなたも主な症状は思春期の頃ではないでしょうか。
意外に、更年期障害とか自律神経失調症という名前で今治療されている中年期の問題も、私たちから見ると、この「転換性障害」に入ることが多いんです。声が出なくなるとか、聞こえなくなるとか、見えなくなるとか、水が飲み込めなくなったり、呼吸が詰まる感じがあったり。全体的に「身体がしゃべってる感じ」ですね。それで神経内科の先生のところに行かれるのですが、いろいろ調べてもらっても、何も出てこない。
末梢神経の麻痺も、関節が傷んでいるわけでもない。それでずいぶんたってから精神科の方へ来られることが多いです。そこで、家族の葛藤とか職場での問題とか、恋人との関係とかが話題になって、はっきりしてくる、ということが多いようです。
転換性障害は、時々びっくりするような症状も現れたりします。失神とか健忘が入りようになると「解離性障害」と呼ばれるものになります。なんだか一日がずいぶん早くたってしまう感じがあったり、どうも物忘れが激しくなったり。こういう場合は、専門家に相談した方がいいです。
大事な人と別れたりしたときに症状が悪くなるのは、むしろふつうですね。それから、一時的なアルコールの問題や過食があったのは、これは、元にある、あなたの「生きにくさの問題」を自己治療、食べたり飲んだり吐いたりすることで手当てしていたんだと思う。何とか一人でやっていらしたのは、相当に柔軟でお強いところがおありになると思います。でも基本的には誰かに保護してもらいたいとか、頼りたいという気持ちがあって、それを誰かが満たしてくれていたので、今までこられたのだろうと。
でも、一人で、自分のちからで生きていける、という力を確認することが目標でしょうから、私とのおつきあいは、そのへんをどうやっていったらいいかということについて、お手伝いできれば、ということになるでしょうか。このオープンカウンセリングの場においでになってみなさんのお話を聞きながら、ときどき、今おっしゃった以外の症状が出たときにはお話ししてください。
でも、あなたは全体を通してよく一人でやってきてらっしゃいますので、あんまり「患者」になってしまわないようにしましょう。私はなるべく「患者」は作りたくないのです。自分の力に疑いが出てしまうとつい「病人」になってひととき休みたくなってしまいます。それが必要な人には仕方がないけど、あなたはせっかく生き抜いてきたようですし、親から仕送りももらわないでご自分で食べていらっしゃるのですから。患者にならないということと、問題を抱えているということは矛盾しません。
問題を抱えていても市民生活を何とかやりながら生きていく、ということをやりましょう。
※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
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斎藤学の講座・ワークショップ
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| 斎藤学ワークショップ | 12/3、4 | 14:00〜20:00 10:00〜18:00 | 31,500円 | 一般 | 東京新宿 |
| 斎藤学オープンカウンセリング | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 親のための家族相談 | 火 | 18:30〜20:30 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
| 斎藤学による木曜ミーティング | 木 | 12:00〜 | 3,000円、5,000円 | 一般 | 東京麻布 |
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2005年11月29日
母に対する憎しみ(質問)
読者からの質問
◇44才女性
以前から斎藤先生の記事をお見かけし、ご相談できたらと思っていました。
今回、私と実家の両親(特に母)との関係でお尋ねします。
私は現在4人家族で、専業主婦です。
実家は以前は他県に居ましたが、私が結婚してから近所に転居してきました。
結婚前は実家で両親と同居していましたが、親との関係はぼ良好でした。
ところが最近、ここ2、3年になって急に子供の頃受けた、母から受けたキツイ言葉の数々が心に浮かび、何十年も前の事なのに昨日のことのように憎しみで一杯になってしまいます。
実家は手広く○○関係の商売をしていました。
忙しいせいもあるでしょうが、私は母に遊んでもらったり、相談事を聞いてもらったこともありません。
たまに悩みを聞いてもらおうと思っても、「ああ、もういいから、いいから」と面倒そうに手を振りました。
母から甘えさせてもらった事は記憶にないです。
愛情のある言葉をかけてもらったこともありません。
父は忙しいながらも、遊んでくれたり面白い話をしてくれたのでそれで済んでいました。
8つくらいの時、なぜか自分の髪をハサミで切ってしまったことがありました。
その晩、母が父に「[相談者の名前]はオカシイから精神病院に連れて行ったほうがいい」と言っていたことがあり、私は本当に自分がオカシイという気持ちにずっと取り付かれていました。
その後、学校で行われたIQテストの結果が良かったので、やっとその思いから開放されたことがあります。
===
「[相談者の名前]を親戚の前に出すのは、恥ずかしい」
優等生のような子供だったら、よかったのでしょうか?
私は親戚が集う冠婚葬祭のたぐいはほとんど、出させてもらえませんでした。
私が希望していたA高校の受験に落ちた時のことです。
母と買い物していたら店の人が「よい娘さんですね、どこに通われているんですか?」と聞くと母は、なんと私が落ちた「A高校です」というのです。
その後何のフォローも無く、そのショックは忘れられません。
母は客観的に見れば、若い頃は美人で(店では看板娘のような存在でした)、ヒステリックな性格だと思います。
ただ、食事はキチンと作っていたと思います。
(健康体の私が、そこは唯一感謝していることです。)
30半ば、専業主婦になってからは、気分がふさぐと何日かベッドで寝たままでいることがよくありました。
なにか長々とエピソードを書いてしまいすみません。
結婚するまでは特に思いつめることはなかったのに、子供を育てている今、どうしても母の言動が理解できず憎しみさえ覚えます。
子供はこんなに可愛らしい存在なのに、なぜ優しいおしゃべりをしてくれなかったのか。抱きしめてくれなかったのか。
[相談者の名前]、大好きだよ、っていう表現をしてくれなかったのか?
子供を何より大切に思う私には理解できず、怒りだけが今更つのってきます。
先日ついに、爆発してしまい母親相手にぶつけてしまいましたが、半分も話せませんでした。
壮絶にヒステリックな応酬、人の話なんてまったく聞かず怒鳴り散らすだけ。
父も味方もせずに、二人を敵にまわした形になりました。
子供が親に意見する事すら許せないのでしょう。
父に預けてあった私の物も引き揚げました。
このまま断絶のようになるのでしょうか。
もし母が一言でもあやまって、優しい表情を見せてくれたら全てが氷解するのに。
あやまるような母ではありません。おろかな女、と思いました。
それを知りながら、母に味方する父とも分裂です。
極端で見栄っ張りで激しい両親です。
実家の近所に家を作る計画が進んでいましたが、すっかり嫌になってしまいました。
家は作らないほうがいいのでしょうか。
私が折れなければ、和解することもないでしょう。
少しも分かってもらえない悲しみで、気がつけば涙が出ています。
長文失礼しました。
アドバイス頂けたら、こんなに嬉しいことはありません。
斎藤学からの回答
「ここ2〜3年になって急に」というところがポイントでしょう。
なぜ、今になって怒りがわいてきたのか!子どもさんの年令と関係があるのかも知れません。(自分がその年令の当時、母が再び冷たく感じられた、とか)。
怒りの対象になる人には直接向かい合わないこと、というのが私の皆さんへの助言です。感情が先走って、カンジンのことが伝えられないからです。
第三者(治療者)に話して(電話カウンセリングがいいです)、整理して、相手に寛大な気持ちを持つようになってからもう一度お話してごらんなさい。
相手の側に驚くような変化が生じます。
斎藤学
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2005年11月30日
私は恋愛依存(質問)
読者からの質問
◇42才女性
私は恋愛依存、男性依存かもしれません。
先日ある人から「もう会わない方がいい」と言われ、そのことで悩み何もできなくなってしまいました。
夫からは「家族全員が迷惑してる」とか「自分たちの人生は終わったんだ。死ぬ気で子育てしろ」と怒鳴られますが、なかなか体が動きません。
私が「会わない」と言われた人への気持ちは、愛などと呼べるものではなく単なる依存、執着に過ぎなかったのかもしれません。私は依存心、執着心が異常に強く、拒否されることに非常に弱い人間だと思います。夫との長年にわたる夫婦間暴力も、これに起因するものとも思われます。
セックス依存ということはなく、やたらに男性と寝たりはしないのですが、「会わない」と言われた人にはなぜか強い欲望を持ってしまい、それで今回の事態に至りました。
その人との関係を何とか修復したいのですが、どうしたらいいでしょうか。どうしたらこの泥沼から抜け出せるのでしょうか。
どうか助けて下さい。
斎藤学からの回答
その人との関係は、あなたが距離とルールさえ守れば容易に復活するでしょう。
斎藤学
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夫婦の事で悩んでいます(質問)
読者からの質問
◇24才女性
はじめまして、こんにちわ。私は、夫婦の事で悩んでいます。
夫は21歳、私は19歳の時に子供を授かり、互いに学生だったのですがやめて結婚しました。そして、この5年間夫の親と同居しています。
夫は、同居している自分の親の事を恨んでいて、その理由は母親の宗教活動で小さい時保育園に預けられていたり、鍵っ子になったり、父親と遊ぶ機会が少なかったり、寂しい思いをしてきたからです。(姑は、可哀想な事をしたと反省してます)
なので、私には働いてほしくないと言ってました。後は、親に子供を抱かせるなとか、私の困る事ばかり言っていました。
夫は、母親と話していてイラついて2回腕にパンチした事もあります。親に話しかけられるとイライラするみたいで、「殺したくなる」と何度か言ってました。
そして、今年の夏、夫は離婚したいと言ってきました。簡単に言うと理由は、性格不一致、一人になりたいということです。
私は、夫にこう言いました。「離婚したらパパが寂しかった以上の様々な思いを子供はするかもしれない」と。すると夫は、夫婦関係が上手くいってない中で子育ても良くないと言っていましたが、今、親を恨む程、自分が寂しい思いをしたなら、子のためにもっともっと私と向き合えないものかと思うんです。
私が離婚を渋ると、イラだちよく「どうでもよくなってきた」と言います。そんな姿をみて私は、怖くて動悸してました。
夫は、もう2ヶ月家で寝ないで、たまにチョット家に寄るくらいです。生活費は入れてもらえてます。私は、暴力されてないのですが、夫の望むよう離婚しないと怖い目にあうんじゃないかと思う事もあります。
夫は、満たされないままの心のまま家族をもったのですが、先々、最低でも父親の役割を果たせるのでしょうか?
斎藤学からの回答
私の回答は、対話の中から生まれます。「字」は私に何の情報も伝えてこない。あなたの声や視線があなたからの情報に意味を持たせ、それが私に届くのです。
おまけにこのサイトに映るものはあなたの字体さえ隠しています。だから、私はお答えするのを控えるべきなのでしょう。
でも、ずいぶんお困りのようですから、字面の情報から感じたことだけをお伝えします。
ひどく衝動的な男女の結びつきなのに、あなたはどうしてそんなに夫なる人の誠意を信じられるのでしょう。結婚というものは、それほど神秘的な力を持つとお思いなら、それは誤解です。
だいたい「寂しい」と臆面もなく他人に言える人は「危ない人」です。関係はいずれ破綻すると思います。
200/11/18回答
斎藤学