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2005年10月28日

癒えぬ虐待の傷(声)

読者の声

◇56才女性

 私の父母は身体的な虐待も、性的虐待もやってくれましたが、それらは何とか乗り越えられた気がします。(たぶん)
 大きな手で、目一杯頭を殴りつける父に対する怒りは、長い間消えなくて、バットとか棍棒のようなもので、父の頭をおもいきり殴ってやりたいと思っていました。
 子供のわたしにとって、大の男の父親の拳は、棍棒に匹敵するものでした。

image051028_5.jpg しかし、ようやく面と向かって怒りをぶつけられる年齢になってみると、父は老人でした。
 弱いものに、暴力は振るわない!!それは私の信念です。
 というより、あの父母と同じ人間には死んでもならない!!それが、ある意味私の全てです。
 あの親たちと私が同じことをしてしまったら、私には生きる意味など無くなってしまいます。
 私を支えている何かが、消えてしまいます。
 だから、私は子供を叩かなかった!!

 性的虐待は、嫌な記憶となって私を苦しめてきました。
 男の人に対して、身構えずには、話すことさえ今も出来ません。
 安心できるのはほんの少数、夫、弟、精神科の先生、、、位です。
 でも、それらの人々に対して安心して話が出来るなら、後何を望むでしょう。
 私にとっては、充分です。

 精神的虐待は、今も色濃く影を落としていて、なかなか払拭出来ませ。
 親の言うことを何でも、はいはいときく、、、ということを、スパルタ教育(父はそう豪語していた)で、叩き込まれました。
 親の言葉に疑問を感じない小さな頃はともかく、世間のひとと親の言葉とにギャップを感じ始めると、それは大変な苦痛をもたらしました。
 また、親の言う通りに行動しても、それが世間的に認められない、、、悪い評価をうけることすらある、、、という事態さえあって、ぐちゃぐちゃに傷ついているのに、親だけが満足してたりして、どうしたらいいのか途方にくれる事も、度々でした。

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 一例を挙げると、父は釣りが好きでしたが、餌を買わずに釣りに行き、小さかった私に、川辺で釣っている人の餌箱から、みみずやゴカイを盗らせるのです。
 木で出来た餌箱や、ぐちゃぐちゃするミミズの感触まで、はっきり覚えています。
 買ってもいくらでもないものでしょうに。
 取られたひとが怒ると、「こいつが勝手にやった!手癖が悪いんだ!」と、父が私を思い切り殴るのは、お約束のとおり。
 ミミズやその程度のことは、親がやらせているとわかっていても、ひとは大抵黙ってしまいます。
 年端が行かない子供が、殴り倒されているのを見れば。

 父にはいえない苦情を、私を叱る形にして言う人もいました。
 「りっぱな親だ!!」と、子供には理解できない皮肉を言った人もいました。
 うまく盗めば、父は悦にいって私を褒めてくれました。
 私が、こういう事柄を、心の中でどう処理していったらいいのか、誰も力になってはくれず(無論母も)、私は、人を観察することで、物事の因果関係を学んでいった気がします

 私はぼんやりした子供ではなかった。
 ぼんやりした子供で、親にあまり疑問を感じなければ、もっと苦しくはなく、少なくとも精神的には楽だったと思います。
 あるいは、もっと賢く、心の中で親を馬鹿にして、表面従うふりをして、その場その場をしのいでうまく立ち回れば、これも楽だったと思います。
 私はどちらでもなかった。

 実に苦しい年月があって、私はひとが怖い!!
 誰が何を言い、何を思っているのか、いつもいつも気にして生きざるをえない状態です。
 近所付き合いも、スーパーやデパートへ行くのも、気力が要ります。
 幼い頃からの、息を詰めるような生活が私にもたらしたもの、、不安、、、ひとが私を見つめる目の怖さ、、、。

 親を念力??で殺せるものなら、殺してやりたい、、、。
 心のエネルギーでは、残念ながら人は殺せない。
 毎日毎日、身体的暴力を伴う精神的暴力で、私を痛め続けたあの人たちが、何の反省も無くのうのうと生きている。
 物心付くやつかずのころから、その被害を受け続けた私は、今も日常生活の中で苦しんでいる。
 
 神や仏は信じません。
 あんまり理不尽な事が、多すぎます。
 私事に限らず。
 あの人たちは、最低限の恩恵を最大限の言葉で飾って恩を売り、出来うる限りの暴力行為をさっぱりと忘れはて、今私を、親を見捨てた冷酷な鬼!という。
 あんなひと達死んでしまえ!と願うのは、間違いなのでしょうか?
 あの人たちがこの世から消えたら、私ははじめて、あのむごい記憶の数々を過去の事と位置づけられる気がします。
 そうなのか、そうでないのかは、今の所私には分かりません。
 今も私の悪口を言うことで、弟家族に擦り寄って、仲良しごっこを演じている親、、、、。
 まだまだ、過去の事、、過ぎ去ったことと、処理できないでいます。

木附ブログ

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2005年10月28日 15:28:[←ブログメインに戻る]←IFFトップページへ][↑ページ上端へ