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2005年10月14日

自分のこと、すっげえ嫌いです

相談者からの質問

image051014_1.jpg ぼくは対人恐怖で、人からどう見られてるかすごい気になって、人の顔をじろじろ見たりしてしまうので、人から気持ち悪がられています。しゃべっても「もごもごして何いってるのかわかんない」といわれてしまいます。どうも緊張して、人前では笑うことも怒ることもできません。初対面の人とはなんとかうまく接することができるのですが、次からがもう苦痛です。
 たいしたイジメではなかったのですが、小学校時代は無視されたり、ひそひそ陰口を言われたり、頭が悪いのでよくそのことでやっつけられました。 

 ぼくは高校受験に失敗して、家に閉じこもりました。それから7、8年、地元でカウンセリングを受けて、それから東京に来て、だいぶ遅れて大学に入りました。そこでアルバイトを始めたのですが、そこでもまたイジメにあって、かなりきつくやられてしまいました。それでまた2年ほど、カウンセリングを受けているのです。担当の先生は「よくなってる」っていうんですけれど、僕はどうしてもそうは思えません。
 これから就職しなくてはいけないのに、面接も、そんなわけで2、3回しかいけていません。面接官の顔を正面から見なくてはいけないのですが、それができないので屈辱感で帰ってきてしまいます。田舎の母からは頻繁に電話が来て「どうなってるんだ」とせっつきます。どうにか自分のこういう性格を克服したいのです。

 家族は、3人兄弟で僕は真ん中です。姉と妹がいます。父は結構きつい人で、姉がいちばんやっつけられてた。すると姉はぼくをいじめ、ぼくは妹をいじめるというとんでもない家族です。妹はおとなしいので誰もいじめませんけれど、このところさすがに耐えきれなくなったのか、ちょっと横道にそれてきました。就職したのですが、やめて今フリーターしています。母はどっちかというといい加減です。

 ぼくはネクラだし、これを治そうして、鏡を見て笑顔になる練習とかをしています。
 親の期待? あったかもしれません。でもぼくはできが悪いからそんなに高望みされてたわけじゃないです。
 でも、カウンセリングでは先生から「きみは100点か0点しかないんだね」といわれて、ああ、僕にはそういうところがあるなと思いました。どうも僕は、実力もないくせにプライドばかり高くて、もう自分でもイヤになります。こんな自分がすっげえ嫌いです。

斎藤学からの回答

 あなたのカウンセラーはきっと、あなたが学校に戻れたり、就職を考えられるようになったことを見て「格段によくなっている」と感じているのでしょう。でもあなたは、自分の苦しさは全然変わらないと感じている。そうなると、この「苦しさ」の意味がわからないことには解決の方向も見つけられませんよね。あなたはこの「苦しさ」を早く捨てたいと感じているのでしょうが、もしかしたらあなたにとってこの苦しさは大切なもの、「あなたをあなたにしているもの」かもしれない。

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image051014_3.jpg 人格とは、その人と周囲の人々との関係、対人関係のパターンのことです。あなたは、「対人恐怖」という<病気>があるようにおっしゃったけれど、これは単に、あなたの人とのつきあい方の個性なのではないですか。人に対して緊張してしまうという特徴をお持ちなわけです。

 初対面の人とは何とかうまくつきあえる、というのは対人恐怖の人の特徴です。最初はうんと頑張って社交的に振る舞って、挨拶して回ったりする。ところが次からが怖くなる。だんだん、本当の自分を知られたら見捨てられるんじゃないかと心配になってくる。あなたはそういう性質を克服したいとおっしゃるけれど、克服というのは「やっつけて勝ってやる」という気持ちです。自分の性質を敵に回したって勝負がつくはずがない。「まあ自分の性質のこういうところもカワイイな」くらいに思わないとラクにならないのです。どうしたらそう思えるか。それには、「自分に優しくなる」「自分のことをすべて受け入れる」。これが「斎藤教」の教えです(笑)。

 あなたは、どうして自分のこと嫌いなんですか。「すっげえ嫌い」が「ちょっと嫌い」くらいになるといいですね。あなたを「自分が嫌い」にしたのは誰ですか。

 ・・・自分自身のせい?

 いやいやそんなことありませんよ。だって、生まれてきた赤ん坊が自分から「オレは自分を批判する」なんて考えを持つわけないですもの。人間は誰でもうぬぼれの固まりで生まれてくるのですから。あなただって、小さいときはずうずうしく泣いて「おむつとりかえろー」「はらへったー」って主張してたでしょう。自分が偉いと思うからそういうことを平気でできたわけですけど、それがいつの間に、どうして「自分のこと嫌い」になってしまったんでしょう。

 これは、一口に言うと「親」です。「自分がダメだ」と思うのは、親の期待するように自分が育っていないなと感じるときに起こってくる感情です。あなたの親はひっぱたいたりする親じゃないですね。でも、男の子が一人だし、かわいがってくれるけど、随分期待したんじゃないかと思います。悪気はないんだけど随分期待しちゃったものだから、自分で自分にいろいろな義務を課してしまったのではないですか。あなたの「高すぎるプライド」も「他人がこわい」という気持ちも、たぶん親との関係の中で必要だから出てきたものでしょう。でもこのまま、親の教えに従って「ああしなければ、こうしなければ」といって生きていったんじゃ、辛くてたまらない。

image051014_2.jpg あなたが自分を嫌いになっているのは、それはズバリ、間違いです。

 あなたに治さなくちゃいけないところがあるとしたら、それは「自分が嫌いだ」というところです。自分が嫌いなままではあなたが対人関係の中で感じる「人にあざ笑われるんじゃないだろうか」「バカにされて使い捨てられるんじゃないだろうか」というつらい気持ちは消えないどころかいっそうひどくなるでしょう。

 長所なんて無い? どうして? あなたは8年間閉じこもったりして、他の人とは随分違った成長の仕方をしています。それなのに、遅れてちゃんと大学に入って、4年間も頑張った。大学に遅れて入って通い続けるってことは、これは大変なことですよ。年齢隠してた? そんなことはあなたの工夫じゃないですか。悪いことでも何でもないでしょう。そういう粘り強さでもって、あなたは生き延び、今ここに立っている。これはあなたの力じゃありませんか。

 それから、あなたは自分が何か問題を抱えているということを認識する力をもっています。だからカウンセリングに8年通って、東京で2年通って、そして今また第3の場所を探してここへきた。自分の問題を認識してどうにかしようと行動する力をもっています。

 あなたは「プライドが高すぎる」っていうけれど、プライドがあってよかったのですよ。先ほど宗教トラウマの方の話をしましたが、プライドがないと宗教に入って教祖様から「人を殺せ」といわれたら、何も考えないで殺してしまう。だからプライドは人間にとってなくてはならないものです。でも高すぎて苦しいのなら、だんだん無駄と気づいたものだけを低くしていけばいい。「100点じゃなくちゃだめ」じゃなくて、「50点以上ならいい」と考える。就職の話ですけど、なかなかプライドを満足させてくれる就職なんてないでしょうから、今年の就職は、もしかしたらうまくいかないかもしれません。でも、そういうときには「ま、それでいいんだ」と考える。それが自分に対する優しさです。

 実は対人恐怖症者というのは非常に傲慢な人なのです。あなたがご自分で「プライドが高い」っていってらっしゃるように。対人恐怖を克服するには、今あなたがやっているような方法が有効です。自己開示です。人の中に入って、「自分はこういう奴です」とみんなに見せること。野良猫は警戒心が強いから顔と背中しか見せないけれど、慣れた人にはおなかを見せるでしょう。あれです。別にやらなくちゃならないというわけではないですが、あなたは今日、ここに来てしゃべることができました。これを12回やってご覧なさい。きっと2回目は今日よりしんどいし、3回目はもっとつらいかもしれません。でも12回目にはあなたの対人恐怖はずっと楽になっているはずです。

image051014_4.jpg 今日あなたがお話ししてくれたのはアウトラインでしょう。自分について語るとき、話しにくいこともあると思います。例えば、摂食障害の女の子たちは、よく万引きをしたりするのですが、これは世の中で「悪い」といわれていることですから、これはかなり話しにくい。けれど私の治療を受けている女性たちはこうしたことをみんなの前で話します。これは話したくて話してるのではない。これを話さないと自己開示できないから、「これをしない限り自分はダメだ」って思えるから彼女たちは話すのです。万引きばかりでなくて、性的な逸脱行為、マスターベーションについて。こうした日常会話の中では普通しないような話までしなくては自己開示した気持ちにならない、そんな気持ちにもっていけたときに対人恐怖は治る、というより「問題」ではなくなるのです。

 「治る」と言わないのは、あなたのような対人恐怖の感覚とか、強迫症状のようなものは、ずっと残るからです。こうしたものがきれいさっぱり消えることはないのです。だいたい、遠慮とか、ルールを守るっていうのは、私たちがみんな少しづつ対人恐怖的だからこそできることです。対人恐怖的じゃない人なんて、何をするかわかったものじゃありませんからこわくて近寄れやしない。しかし、こうして少しずつ常に対人恐怖しながらも、友人だと思った人にはだんだんに自分を開示していって、それによって自分が何か「出した」のではなくて「もらった」気がする、そういう関係を築いていくことで対人恐怖は楽になっていく。完全にはなくなりません。楽になるのです。前に比べると、「自分のことバカにしてるだろう」とか「笑ってるだろう」とか、人を疑わなくなった、そんな感じです。

 しかし、なんだかかわいそうですね。この年になって、「訓練だから人前に出なさい」なんていわれて、無理して一生懸命人前に出たりして。どうも、あなたには思いこみがあるのですね。それは、自分以外の人はみんな仲良くやってて、楽しげにしゃべってる。それが正常なことで、いいことだと。自分みたいに人見知りしてひとりぼっちになってしまうのは悪いことなんだと。
 誰が決めたんです、そんなこと。だいたいね、人と社交的に振る舞ってそこら辺で盛り上がってわいわい楽しそうにしてる奴なんて、大した奴じゃないんですよ。世の天才というのは、たいてい一人で、じっとリンゴの落ち方なんか見ているものです。一人で空想の世界に浸ったりして一人を楽しめる人です。まあ、あんまり浸りすぎると、精神病院行きになってしまいますが。しかしむしろ、あなたの一人でいられる能力は立派なものです。これができない人が多いのですから。たぶん、あなたはもともと一人で遊んだりするのが好きだったのに、親が心配して「みんなと仲良く遊びなさい」ってしつこくいったんじゃないでしょうか。

 ね、そうでしょう、やっぱり。それで、知らず知らず、あなたは、「一人でいる自分はダメだ、みんなと楽しそうに仲良くしなくっちゃいけないんだ」って思いこむようになった。小さい頃からそう思って頑張ろうとしていると、どうしたものか、そういう気持ちを見抜いてつけ込んでくる子というのが、必ずいるんです。「みんなと遊びたがってるみたいだけど中に入れない」ような子を見つけて「入れてあげないよ」だとか言っていじめにかかる。そういう相手をいじめることで自分に力があることを確認したがる子というものがいるんです。あなたはそういう子の餌食になってた。ずっと。

 考えてご覧なさい。あなたそうやって無理に頑張って人と接して、何かいいことありましたか。無いでしょう。
 「みんなでわいわい楽しそうにしてる人たちとは趣味が違うんだ」と思うようにする。「一人でいるのは悪いことだと思う」という考え方をやめるようにする。
 え? 特別な才能もないのにひとりぼっちではやっていけないんじゃないかって?
 あなたね、才能というのはそんなものではないのですよ。才能のあるなしというのは自分を表現する必要がある人とない人、その違いです。みんなでわいわいやれる人っていうのは、浅いレベルでいつも自己表現ができてしまっていますから、「表現したい」ということを考えずにすんでしまう。一人でじっと自分を保っている人は、自分を何者か証明せざるを得ないから、文字にしたり絵にしたりするんです。あなたはそういう形で人とつながる人ではないでしょうか。

image051014_5.jpg このような「表現」には代償として孤独を支払わなくてはなりません。孤独を支払わない人は、楽しそうかもしれないけど、ただの人です。孤独な魂にしか作品は作れないんですよ。ただの人でもいいとあなたは言うかもしれないけれど、あなたはどうも、ただの人ではありません。ずっと孤独だったし、孤独だったことをとても苦しんでる。苦しがってるから、必ず何かを表現するはずです。その表現が何かは、私にはわかりませんが。自分がどういう表現方法が適している人間なのか、考えた方が、対人恐怖を治そうとするより早いんじゃないですか。どうして世間は「人とわいわいやることを良しとするのか」、「自分はそういう世間のためにどんなに苦しめられてきたか」、そういうこうとを書いてご覧になったらいかがですか。そういう表現をしたらどういうことが起きるかというと、それを読んで、「わたしも!」「同感だ」っていうひとが出てくる。

 あなたのお顔拝見していると、どうもこれは「みにくいアヒルの子」ですね。自分に向いていない仕事をずっとさせられてきて、それで自分の価値ってものに疑問をもってしまってる、そんなお顔をしてますよ。自分は白鳥だから、アヒルとは違って当たり前なのに、アヒルだと思うから、なんだかすごく変なアヒルに思えてしまう。あなたは今そんな世界にいるんじゃないでしょうか。だから早く白鳥の世界に戻ると良いですね。
 それに、笑いの練習がしたいのなら、鏡を見てほっぺたの筋肉を鍛えるなんてことよりも、寄席にでも行ったらいかがですか。あそこへ行くと、テケテンテンテンテンなんて言って、着物来たおやじが出てきて、「毎度ばかばかしいお話で」なんていってしゃべってます。それ聞いて、最初は「ふん、なにがおもしれえんだ」なんて言ってるうちに、気がつくとあなたはクスっと笑っている。この方がユーモアの練習としてはいいでしょう。落語は、「なんて悲惨な」っていう話が、距離を置いて観察するおもしろさに変えてあるんです。漫才はやめた方がいいですね。ハリセンで叩いたりして、相手をいじめるでしょ。あなたが見たらたぶん、傷ついてしまうでしょう。落語で笑うのが良いですね。笑いというのは、すごい効用があるんです。笑うだけで自己免疫力が上がるという説もあるくらいです。鏡見て筋肉の練習するより、はるかにその方がいいでしょう。 

 そして表現してください。ここへ来て、こうして「僕は………」って話すだけで、これは立派な表現だし、あなたの作品です。また来てくださいよ。来て、また同じような話をしてください。今度はもっとびしびしとイヤなこと聞きますよ。私は一生懸命に君に質問して、聞く。君は誠実に答える。こういうことをやりましょう。

※斎藤学へのご質問を受け付けています。[こちら]でご質問をご記入の上、送信して下さい。可能な範囲で記事中でご回答いたします。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学ワークショップ12/3、414:00〜20:00
10:00〜18:00
31,500円一般東京新宿
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布
危機介入の技法18:00〜20:005,250円、7,350円専門東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

木附ブログ

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2005年10月14日 17:06:[←ブログメインに戻る]←IFFトップページへ][↑ページ上端へ