カテゴリー「オープンカウンセリング2」の一覧

メインに戻る

2005年11月15日

暴力トラウマを抱えた私、今、苦しい彼との関係から離れたい(1)

相談者からの質問

 私は小学校の時から異性と同性の両方の目に敏感で、流行の服を着たり流行の髪型をしていないと、自分でいられることができませんでした。
 中学になると、いわゆる不良グループとつきあうようになりました。うちは昼間母がつとめていて大人がいなかったので、だんだんにたばこやシンナーを吸うグループのたまり場となっていきました。本当はいやだったのですが、何も言えずつきあっていました。

 そのグループの子たちは学校中を支配していて、だれのものでも平気で横取りしたし、人に使いっ走りをさせることなど日常茶飯事で、たくさんの子たちが被害にあって苦しんでいました。中学時代、落ち着いて授業を受けた記憶はまったくありません。学校で授業をしているのは先生と、先生たちと仲良しの数人の成績上位者たちだけで、先生も彼らを注意することもなく授業だけしていました。

 不良グループの勢いはエスカレートしていって、私は3時間にも及ぶ暴行をうけたこともあります。卒業するまで私は、何度も登校拒否したり「転校したい」と頼んだのですが、母は許してはくれなかったので、卒業するまで耐えるしかありませんでした。

===
image051115_2.jpg 高校を決めるときには、そんな人たちのいない高校を希望して、私立の厳しい女子校にはいることができました。それは、母の希望通りのことでもありました。

 誰もいない家にもお菓子はたくさんあって、高校生になると、ぽっちゃりした体型になりました。流行の服はすべてやせていないと着られないし、恋愛でも「やせていないとうまくいかない」といわれる時代になってきたので、私はそんな自分が気に入りませんでしたので、やせるために食べた物を吐くようにしていました。

 そんな私は今(20代)、過食が治らないまま、つきあっている同い年の人と惨めな関係を続けています。
 彼のことがいつも気になって仕方ないのですが、彼は私の不安や、時々現れるパニック状態を受け入れることができずに怒り出します。私はそんな彼の態度が悲しく、怒りがわいてきて、いつも傷つけあうようなひどいけんかをしてしまいます。
 こんな苦しい思いはもういやなのに、私は彼にしがみついて離れることができません。それは母の承認を求めているのだと思います。何をしても、彼がいないときはリアルに感じることができず、現実感を感じないで鬱状態とパニック状態を繰り返して生活しています。

 少し前から原宿相談室にかかり始めました。私の摂食障害と彼との関係はいままでの経験から来ているものだと思うのですが、どこからどのように治療していったらいいか、わからなくなってしまったので、聞きに来ました。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ

2005年11月16日

暴力トラウマを抱えた私、今、苦しい彼との関係から離れたい(2)

斎藤学からの回答

image051116_2.jpg斎藤:過食を治すためには、まず、自分に優しくならなくちゃいけないのですが、「自分に優しくなる」って言っても難しいですね。あなたにはそれがどういうことだかわからないでしょ。

 ──はい。わからないです。

斎藤:いま、彼が、あなたをおいて出て行ってしまうような不安がありますか。

 ──はい、あります。

斎藤:そうすると、彼に気に入られる女の人になるために、いつも努力しているような状態でしょうか?

 ──はい。無理しているような状態です。

斎藤:そうすると、自分の楽さよりも彼の判断が基準になってるから、自分には優しくなれないでしょ。そういう状態だと過食を治そうと言っても無理ですね。
 だから、「過食症は治らないままでいいから楽しく生きよう」という考え方になった方がいいですね。とりあえず。いいじゃないですか、過食くらいあったって。今のところ両親からの仕送りはあるし、食うには困っていないでしょう。親のすねが干上がってどうにもならなくなるまでやってればいいんじゃないでしょうか。

 ──過食の問題は、自分でもどっちでも良くなってきているんですけれど、他の問題がいろいろ苦しいことが出てきて。性的な問題といいますか、男の人みんなが変態に見えてきて。

斎藤:対人恐怖みたいなものでしょうか、外を歩くと男の人の目が怖いという。

 ──はい。

===
斎藤:そうですか。
 まず、その問題に手をつけるかどうかってことですが、彼との関係があるうちは、外が怖いなと思っても逃げ場がありますよね、彼と一緒の生活にも戻れるわけですから。そんなふうに戻るところがあるときには、それもまた治療には手が着かないと思うんです。
 ですから、いまは、巣ごもりみたいにして、過食しながら1日1日楽しく過ごすという時期じゃないでしょうか。楽しく過ごせないのが問題なんでしょうけど。
 でも、「このままじゃいけない」と考えると、混乱しちゃうと思いますよ。物事には、回復が必要な時期とか、そのための手順というものがあるのです。わるいけれども、あなたとボーイフレンドとの関係が続いているうちは回復には着手できないんです。逆に言うと、あなたは、そこから逃げるためにいまのボーイフレンドとの関係を大事にしてるんです。

 ──最近、別れようと決めて、いま、会ってない状態なんです。

斎藤;どうして別れるのですか? せっかく逃げ場になってるのに。

 ──いろいろひどい言葉で傷つけられ、暴力も振るわれたりしていながら、まだしがみついていたのですが、少しずつ自尊心が出てきたというか……。

斎藤;原宿相談室なんか行ったからいけないんだね。あんなところへ行くと、だんだん自尊心が出て来て、いままでの、自分を傷つけるような男の人との関係にも批判的になってしまうでしょ。そうすると、そんな彼との関係を守るために自分を殺していることができなくなってしまう。いま、あなたはそんな感じなのでしょう。
 それじゃあ、言いましょう。その男とは切れた方がいいです。

 ──はい。

image051116_1.jpg斎藤:彼との関係を切って、自分に優しくする方法を学ばなくちゃいけないんだけど、そのためには、自分が今やっていることを、一度認めなくちゃいけない。「いま私には必要があって過食をやってるんだ」って、自分を認めて、太ってしまうかもしれない自分にも優しくなることです。
 そして、その優しくなる感じがつかめてくると、だんだん周りの人が怖くなくなります。あなたはいろいろな傷も受けているようだから、そういうことを小さい集まりや1対1の関係でしゃべれる人を持つことですね。たぶん、原宿の先生には言えていると思うんだけれど、同じような体験を持つ人の小さな集まりに出たことありますか。
 JUSTのホットラインに電話するといいと思います。そこの電話相談やっている人は、「そういう痛みをを持った人」が電話を受けるようになってるので、もし、電話して安心そうだとあなたがお感じになったら、直接会って、お話してもらいなさい。

 ──はい。将来的に、私もそういう仲間に入って、役割を担っていきたいとおもうんですけれど。

斎藤:是非やってくださいよ。いま電話当番も人不足で大変なようだから。

 ──それにはどのようにしたら。

斎藤:あなたがそのような問題を抱えた人であるってことと、少なくとも、自分には優しくなくても人には優しくすることに自信があればいいです。かかってくる電話に、何か言ってあげようと思わないで、聞いてあげようと思うことが大事だから。案外、それをやってると、「あんなに人にやさしくできるのに自分にはなぜそうできなんだろう」と思って、だんだん自分にも優しくなれるから。自分の症状が治ってから、相談を受ける側に立つというものでもないんですね、自分も苦しいときにやるものなんです。

 ──ありがとうございました。

斎藤:回復するってことは、苦しくなることですね。治療に入ってくると、楽になるものではなくて、今までやってた生活に疑問を持ち始めるものだから、混乱するし当惑するし、逃げ場を自分から壊して苦しくなります。逆に言えば、「そういう苦しさを何とかするために、アディクションなどが必要になる」とも言えると思います。

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学ワークショップ12/3、414:00〜20:00
10:00〜18:00
31,500円一般東京新宿
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布
危機介入の技法18:00〜20:005,250円、7,350円専門東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ

2005年11月18日

問題を抱えていないと気が済まない?

相談者からの質問

image051118_1.jpg 私は幼稚園に勤めているのですが、園長が子どもを虐待しているのです。暴力的な言葉で脅しつけたり、暴力を振るうこともあります。なんとかかばうのですが、間に合いません。古株の先生とも「いっても仕方がないわね」といってあきらめています。

 でも今度新しい先生が入ってきて、園長のやり方を見てとてもびっくりしていたので、私も、そうだよね、これは大変なことだと思い直しました。
 見て見ぬ振りはできないし、でもどうしたらいいか方法も浮かびません。虐待の現場にでくわしても何も言えないし、他の先生も止めません。職員会議で提案したりとかいろいろ考えるのですがどうしていいかわかりません。どうしたらいいのでしょうか。
 黙ってみていては子どもがかわいそうですし。私たちがかばおうとしても園長は聞く耳持たないですし、どうしたらいいか。とても落ち着きません。どうやったら園長がかわるでしょうか。

===
斎藤学からの回答

斎藤:この問題について、あなたが前面に立つのが適切でしょうか。
 問題を認識する、これがまず始まりです。それから、どういう方法でその問題だと思うことを修正するかと考えるのが次の段階です。あなたは問題を認識して、自分が何をしたらいいかと考えるところまで来た。最終ゴールはなんでしょう。

 ──園長先生が、虐待をやめることです。

斎藤:でもね、「あの人が」とか「だれそれが」ということを問題に据えると、難しくなります。

 このオープンカウンセリングの場でみなさんがなさることは、自分の中に力があることを確認することです。自分でできることの確認。みなさん力はおありになるのに、一つの方向に向かって進まないから右往左往して進まなくなってしまう。
 ゴールが見えればどうすればいいかはっきりするのですが、そこに行くまでの道を、自分にできる範囲でやって行かなくちゃどうしようもありません。

image051118_2.jpg あなたが全面に立って、園長に抗議しに行くのは危ないんじゃないでしょうか。
 何が危ないかわかりますか。
 あなたの行動にバランスが十分確保されていないと思うんですよ。
 もし園長先生に訴えにいったら、あなたはきっと取り乱して泣き出して、伝えたいことの10倍くらい大げさにして訴えるでしょうね。なんだかそれが目に見えます。
 そうなると相手は変化しないでしょう。変化をもたらすような話し方はあなたにはできないと思います。そんな役目をあなたに要求することは無理だと思います。これはあなたが自分で気がつかなくちゃいけないことですよ。私に言わせないで。

 新しく入ってきた人を含め、同僚たちと、園長先生の子どもの扱い方についてどう思うか、口に出して言い合うことが大事なんじゃないでしょうか。そういうものを集めて、誰かふさわしい人が園長に訴えるときの助けにする。あなたとしては、その代表についていってあげるとか、言い方を考えるとき一緒に考えてあげるとかいう役割ならとれるでしょう。

 この件では、あなたは前面に立たない方がいいでしょう。どうして私がこういうかわかります?
 一つは、あなたはバランスを欠いていてまだ十分力がないということ。
 もう一つはなんだと思います?
 あなたの中に、問題を見つけだして解決して自分と向き合っていないと空虚になってしまう、人生おもしろくなくなって、うつになってしまう、という傾向があるんですよ。
 ですから、問題が一つ片づくと、すぐ次に問題ができてくる。それがあるから、あなたが前面に立つと、問題が問題を次々呼んで大きくなってしまうような気がするんです。そうなると、園長も変化のしようがなくなってしまう。

 課題というのは、自分の力にあわせて、越えなくちゃいけないハードルの高さを調節するものです。あなたが十分到達できるようなところまで課題の達成基準を下げる。そうして、相手とこちら側との力関係をだんだんにいじっていって、最終的に越えるんです。

 今回あなたにできるのは、意見具申をできるような人物を集めることでしょう。そうすればあなたは「何もしなかった」わけではなくなる。
 直情的に行くんじゃなくて、周囲の人を前面に立ててやること、これを練習してみてください。

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学ワークショップ12/3、414:00〜20:00
10:00〜18:00
31,500円一般東京新宿
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布
危機介入の技法18:00〜20:005,250円、7,350円専門東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ

2005年11月21日

恋人にしがみついてしまう(1)

相談者からの質問

image051121_1.gif 一月ほど前から、仕事にいけなくなってしまいました。今は、終日の昼間は斎藤クリニックのミーティングに通い、週末は、地方都市に住む彼のところに通っています。そんな自分が、とても不安定に感じます。本音では彼にどっぷり依存したいのですが、そうなると、どんどんすがりついてしまって、自分でもどうなってしまうかわかりません。そうなったら自分が自分でなくなってしまうだろうと思うので、彼にどっとあまえることも今ひとつできません。

 彼はその都市で仕事もしているし、ちゃんと自分の人生を楽しんでいます。それにくらべて私はダメです。こんな自分がやっぱり彼にはふさわしくないんだと思います。ふさわしくなりたいのですが、どうしても「私なんかダメだ」と自分を責めてしまいます。

斎藤学からの回答

斎藤:少し私と会話をしましょう。彼の立場に成り代わって、あなたのことをみてみませんか。今のような状態のあなたが彼のもとに行ったとき、彼はどう感じるでしょうか。

 ----重荷なんじゃないでしょうか。いつも深刻な顔してまとわりついてきて、うっとうしいんじゃないかって思います。

斎藤:まとわりついてうっとうしいと言いますけど、人間はまとわりついてくる人すべてがうっとうしいわけじゃありませんよね。どういうまとわりつかれ方がうっとうしいでしょうかね。

 ----しがみついて離れない、みたいな。

斎藤:しがみついて離れない人でもうっとうしくない人もいますよね。 

 ----そうですね・・・。彼がある程度私のことを必要としていて、愛情なんかを感じていれば、しがみつかれても、まあ、そんなにいやじゃないでしょうか。

===
斎藤:うん。ちょっと近いですね。私が言わせたいことに(笑)。

 人間。まとわりつかれようがしがみつかれようが全然苦にならない場合もありますし、ものすごく苦になる場合もある。しがみついている人が、しがみつくのが楽しくてしょうがなくて、その人の勝手でやっている場合、しがみつかれる方はそんなに気を遣わなくて済みますよね。
 職場までやってきてじゃましたりとかするわけじゃないのなら、勝手にまとわりついてくれたって、そんなに気にならないんじゃないですか。
 そうすると、ポイントはなんでしょう。

 ----私自身が彼に依存していることを肯定できるかどうかってことでしょうか。

斎藤:っていうか、あなたが楽しければいいんですよね。あなたが一番問題なのは、彼のところへ行っても楽しくないことなんじゃないですか。

 ----楽しいときもあるんですが、すぐ孤独を感じます。

image051121_2.jpg斎藤:どんなときに孤独を感じますか。

 ----彼がいなくて一人で時間を過ごさなくちゃいけないとき。一人で待っていて、何もすることがないときです。

斎藤:いいえ。一人でいて、何もすることがないときだって、人間必ずしも孤独を感じるとは限りませんよ。彼が帰ってくるのを待てるときはね、それから、彼が私に会いたいんだって信じているときには、なんにも寂しくないですよ。

  ----でも、彼が他のことに注意を向けているときは、寂しいです。

斎藤:あなたのなかに、「私でいいのかしら、彼にふさわしいかしら」という思いがあるのでしょう。
 彼にふさわしい人になりたいって思ったり、なろうとしたりすると、それはあなたを重くするよね。重くなると、うっとうしくなるんですよ。そういう重さは、相手に伝わるんです。「あなたに気に入られるように、私、一生懸命やります」っていう目つき、顔つき、そぶりで。
 そうなると、「ほっといてくれ」「気に入られたいなら、来ないでくれ」なんて思いが相手に出てきてしまう。その思いをあなたがまた読みとって、彼からそんなサインが出ていないときにまでそれを読みとってしまうんです。

 それで、彼から離れようとする。そうなると今度は、だんだんあなたの気持ちが恨みに変わってきます。「私は彼から離されるように仕組まれたんだ、どうして私が離れなくちゃいけないんだ」なんて気がしてくる。
 そうすると、ある日突然プツンと切れて、彼のところへ突進していって「おいこら、私のこと好きか嫌いかはっきりいってみろ」なんてやってしまう。そうしてだんだんに「うっとうしい人」の役割を演じるようになってしまうんです。

  ----はあ。
続く…

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ

2005年11月22日

恋人にしがみついてしまう(2)

←前の文章
image051014_3.jpg斎藤:そうなると、どんどん転がっていって、うっとうしさが雪だるまみたいに大きくなってしまう。

 そうならないためには何が必要でしょうか。
 それは「彼は私を求めている」という信念の大きさです。

 「でも彼が私を求めているなんてことはいったいどこでわかるんでしょうか」とあなたは疑問に思われるでしょう。
 これはね、証拠を集めて確証を得て「ほらやっぱり彼はあなたを愛している」とか「こうだから愛が足りないんだ」とかってわかるものじゃないんです。自分で決めちゃうんです。思いつきです。「彼は私を愛している」という直感です。健康な人は、こういうとき、自分に都合のいいように思いつくんです。

 でも少し気持ちが弱くなってきていると、そういう思いこみができなくなってくるんです。「私は彼に迷惑かけてるんじゃないか」とか「もっとふさわしい女性がいるんじゃないか」とか、「私がそばにくっついているために、彼はすてきな女性に巡り会えないのだ」とか。
 でも、「私よりふさわしい女性」なんて、考えてみて何か役にたつんでしょうか。具体的に比較の対象でも現れれば別ですけど、もし、そんな人がいるにしたって、どっちが「ふさわしい」かなんて、わかったもんじゃありませんよ。比較したって正確な答えなんかない。
 一時は、もう少し彼の愛が信じられたんですか?

  ----いえ、以前はもっと自信がなかったです。このごろは、彼の部屋に女性の友達を入れるのはやめてくれ、とか言えるようになりました。

===
斎藤:親密さは増しているんですね。
 異性の間でも、同性の間でも同じだと思いますが、特に、異性の間で二人の距離が近づくときには、双方のもっている「お母さんイメージ」を引き出しますね。「母の愛」ってなものに信頼をもてた人とそうでない人との間で、この辺の不安に差が出てくる。「お母さんが私を愛しているのは当たり前だ」と思える人の方が、軽々と人を愛せるんですよ。「あたしは愛されて当たり前」と思っているから、軽々と飛び回って、くっつきたい人にくっついて、仮にふられても、「まあ」なんて驚いて、「あっそ、ご迷惑ならほか行くわ」なんて言って、あんまり傷つかないんですね。

 母の愛を信じられるような状態になかった人っていうのは、どうしても「証拠探し」をしたり、相手のそぶりの中に「自分を迷惑に思ってる」証拠をさがして、否定的に否定的にものを考えていくんです。こうなると目つきが真剣になっていくし、相手を恐怖で縛ります。「ここで彼女を放り出したら死んじゃうんじゃないか」っていう恐怖です。「そんなことされたらかなわないから、じゃあ、一緒になりましょうか」みたいな。

 あなたは今のままの気持ちで行くと、だんだん心の中で彼の存在が巨大になっていって、その巨大な彼の前で萎縮している子ども、みたいになってしまいます。そうなると、一緒になったときに、必ずと言っていいほど、あなたは子ども返りしますよ。今のところはまだ、彼の前で暴れたりはしていませんか?

 ----実際にはしていませんが、大暴れする夢を見ました。

image051122_1.jpg斎藤:夢の中でやる分にはいいですけどね、実際にそっちの方へ行かないようにするためには、自分自身に肯定感を持つことが大事ですね。でも、「自己肯定しよう」なんてこと、私に言われなくたって、自分でもそう思っているんでしょう。

 ----はい。

斎藤:ってことは、自己肯定する方法が具体的にうまくいってないんだね。どうしたらいいかしら。

 ----何かしなくちゃいけないと思うんです。彼のところばっかりいって束縛してしまうと良くないし、仕事をすればいいのかなと。

斎藤:でも、人を好きになるってことは、ある程度束縛しあうことだから、いいんじゃないですか。

 ----はあ。

斎藤:あなたはいま、ここのクリニックに通ってらっしゃるけど、ここへはいろんな人がやってきますね。なかば入院するみたいに、世間から隠遁するような形でここへ通ってる人たちもいる。ただカラオケに行く仲間を捜して麻布をぶらぶらして。それで現実的な問題に直面するのをさけて、どんどん患者さんになっていくような。痛みもないでしょうけど進歩もないよね。

 それに比べてあなたはいま、恋をしている。人を恋するってことは、要するに苦しいことですよね、「捨てられるかもしれない」なんて不安におびえて、彼との関係を通して、自分の今までの親との関係なんかを否応なく総ざらいさせられて。試験受けてるようなもんですよね。大事なライフイベントですよ。それを地道にこなされる方が、ここへ通ってくるよりも何倍も人生の勉強になると思います。まあ、勉強するために人生やるわけじゃありませんけどね。でもあなたには力がおありになる。

 どうでしょう、この際、彼の方へ行っちゃって、そっちで働いてたまにここへ通ってくるようになさっては。毎日手首切りしてやっと生きてるような方には、私はそんなことおすすめしません。
 あなたとしては今、追い込まれたような気持ちなんでしょう。そういう気持ちの時になさることは、立ち止まって自分を見つめたり、自己分析することじゃなくて、彼にアプローチすることじゃないですか。

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学ワークショップ12/3、414:00〜20:00
10:00〜18:00
31,500円一般東京新宿
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布
危機介入の技法18:00〜20:005,250円、7,350円専門東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ

2005年11月24日

母は麻薬?

 私は見てもおわかりと思いますが摂食障害で、どちらかというと制限型の拒食症です。食事以外にも睡眠など人間の持ってる本能をコントロールせずにいられないような気持ちを抱えていたので、麻布のクリニックにつながりました。

image051124_1.jpg いまは一人で実家とは別に暮らしています。妹と仲が悪くなってしまったので、私が家を出ました。家を出た理由には、もう一つあります。それは「自立したい」という気持ちがあったからです。
 時間がたつにつれて「妹との確執で私の方が出た」という被害者意識がふくらんでいきまして、家に帰ることができなくなっていきました。1週間に1度、「帰る日」と自分で勝手に決めた日があったのですが、その時以外は、卑屈な気持ちになって家に帰れないという状態が4年間くらい続いていました。そのことを斎藤先生にいったら、まず変化を起こすために、「いつでも帰れる家にしよう」という課題が与えられました。決められた日以外の日でも突発的に帰ったりすることで、実家をいつでも帰れる場所にしようということです。

 最近、妹が泊まりがけで外泊したので、2日ほど家に泊まりました。最初のうちは安心感でいっぱいで気持ちが良かったのですが、2日目くらいからだんだん不安になってきました。どういう不安かというと、このまま家にいたら、赤ちゃんのようになって何もできなくなってしまう。なんとかやってきた社会人としての暮らしも一人ぐらしもいっさいできなくなって、廃人のようになってしまうんじゃないかという不安です。

===
 「母親と一緒にいると何も自分でできなくなる」不安とともに「何もやりたいことが浮かばない、何もしたくない」という気持ちがおこりました。何か将来に向けてこれがしたいとか、こんなことやってみたいとか、そういう希望まで全部奪われたような状態になってしまって。
 その状態は母に原因があるんじゃないかと私は思っているのです。私にとって母は麻薬のようなもので、すごくほしいんだけどそれを手に入れてしまうと廃人になってしまうような、「誘惑するモノ」といいましょうか。今日は、こんな不安を引き起こす母親の存在とは、私にとってどういうものなのか、私のいまの症状にどういう関係があるか、そこをお聞きしたいと思いました。

斎藤学からの回答

斎藤;その質問もいいんだけど、むしろ「母がもし中毒を起こさせる麻薬的な存在だとしたら、それに浸っちゃいけないの?」のという質問だといいですね。そういう質問ができるあなただと、いまよりずっと楽だと思うんだけど。
 そこで、私はあなたに聞きましょう。どうして浸っちゃいけないんですか。どうして自立しなくちゃいけないんですか。自立って何ですか。

  ----自分で働いて食べられなくては自立しているとは言えませんし、人間失格です。

斎藤:そうすると、その細い体で8時間働いて疲れて帰ってきてぐったり寝てしまうあなたは人間だけど、お母さんところでわがままいって寝てるあなたは人間じゃないの?
 あなたにとって、やせてる体で会社に通ってることが自立であるとすれば、いまの状態が自立なんであって、もうできているじゃありませんか。何も治してほしいところなんかなくなってしまう。つまりあなたには悩みがないという話になっちゃう。
 しかしあなたは、お母さんに愚痴の電話をかけてるっていうし、「いまの状態が決して幸せだと思ってない」と私によく言うし、結局ここで、患者さんをやりつづけています。なぜでしょう。

 あなたはちゃんと、あなたの考える自立をしてるじゃないですか。何が許せないの? もし、あなたが自分の欲するようにしていて幸せでないのなら、その「自立」という考え方自体がおかしいんじゃないですか? それが間違ってないのだったら、「自立が大事で他のことは大事じゃない」という考え方が、あなたを苦しませているんじゃないですか。あなたのお母さんに対する理解の仕方は、ここにきて、急速に進んできた。ついに見えてきたのは「麻薬としての母」というやつですね。

image051124_2.jpg
 しかしね、麻薬でない母を持ってる人より、麻薬の母を持っている人はずうっと幸せですよ。あなたのお母さんは暖かくてあなたを誘惑して、なんでも悩みは聞いてあげる。カウンセラーみたいなお母さんで、母親やり出すと止まらなくなっちゃうお母さん。だけどお母さんはそうなることをあなたが嫌っているのを知っていて、自分からは電話をかけないようにしてる。これは本当に優しいね。
 「何でも聞いてあげるよ」くらいはたいていのお母さんもいいますし、そのうえ普通のお母さんは「聞いてあげるよ」といいながら、娘が5分話すと30分くらい自分がしゃべりますね。それで、ほしくない電話を、本人が望む100倍くらいかけてきます。で、一方的にしゃべりまくって切っちゃったりして。それに比べれば、あなたのお母さんはなんていいお母さんなんでしょう。こんなお母さんを持ってるなら使えばいいじゃない。何をおそれていらっしゃるの? その恐れの方が問題だね。

 いまのあなたはお母さんからのミルクは必要ないんですよ、十分育ったから。今はあなたが母ととけ込んで母の優しさをあなたの栄養にしていくときです。そのことをあなたは拒否しようとしているからそんなにやせてるんです。本当に必要なものは情緒的な優しさですよ。それがたっぷりたまってきたときに、あなたの中からあふれる蜜みたいなものに寄ってくる蜂みたいなものが、「他人」というものです。あなたみたいにひからびて優しさも何もないところへ他人は寄りつきません。職場には通ってるかもしれないが、ただ行って8時間働いて帰ってくるだけ。あなたは「うちの職場の人は意地悪だ」なんていうけれど、あなたが人を寄せ付けないんだと思うよ。話しかけると睨んだりするんで、「怖いからあの人に話しかけるのやめよう」って。

 お母さんからたっぷり優しさをもらいなさい。そして安心して職場へ行きなさい。そうするとお友達が違うようにあなたに接するようになる。

image051124_3.jpg 実はね、あなたがそういうような生活をしている理由はあるのよ、もう1つ別にね。それはですね、あなたは優しいの。十分優しすぎちゃって、自分が家を出て妹の居場所作ってあげたり、死んじゃったお父さんが愛さなかった妹にお母さんを与えようとしたりしてる。そういうもう1つのリズムがあなたにはある。そしてもう1つ深い層には、お父さんに愛され尽くした自分がなんとなく、お父さんのお母さんへの愛を奪ってしまったような気がして、「こんな私はこれからずっと禁欲的に生きねばならない」という、小さいときに作った人生テーマみたいなものをお持ちになってらっしゃる。このことにご自分ではあまり気づいてないみたいですが、こういう話を、私が以前ちらっとアウトラインだけしゃべったとき、聞いていた人たちの中で一番ショックを受けていたのはあなたでした。そのショックの受け方を見てこちらは判断するわけ。私の浮かせた針にあなたはしっかりくいついた。だからたぶんこれは正解でしょう。

 あなたのお父さんがあんなに早く、あなたが小さいときに死んだのは、あなたのせいじゃないし、ましてお父さんがあなたを愛しすぎたから神様が罰したんでもない。お母さんはあなたに嫉妬はしてないし、あなたによかれと思って一生懸命あなたを愛している。だからなんにも怖いことはないから、お母さんに甘えて、情緒的なおっぱいをもらってかまわない。それを信じられるようになったとき、あなたは回復します。

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学ワークショップ12/3、414:00〜20:00
10:00〜18:00
31,500円一般東京新宿
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布
危機介入の技法18:00〜20:005,250円、7,350円専門東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ

2005年11月28日

不安から身体の異変が……

相談者からの質問

image051128_1.jpg 1月くらい前から、不安やいらいらを感じると、身体がものすごく変になります。ここ二週間ほど特にひどいので心配でたまりません。今日は大丈夫な方なのですが、急にどうなってしまうのかわかりません。

 その症状とは、身体の力が急に抜けて倒れそうになったり、自分の身体が思い通りに動かなかったり、うまくものがつかめないで、よくものを落とします。まっすぐ歩けなくなったり、もともと目が斜視なのですが、右目が勝手に外側に動いてしまうんです。また、身体のあちこちが痛んだり、手がふるえたり、肩やいろいろな筋が急に凝ったり、突然治ったりします。

 最初のうちは意識的にリラックスすると治っていたのですが、だんだんそんなコントロールも聞かなくなってきました。そんな状態がずっと続くかといえばそうでもなくて、突然治ったり、ひどくなったり、何ともなかったのに急に症状が出たりします。
 ですので、単に風邪を引いたときでも、自分の体の状態や痛さに敏感になってしまって、このままだと自分がどうなってしまうのか、とても不安です。

 子どもの頃からこういう症状があったのですが、どうも私は、ふつうの状態の緊張の度合いが大きすぎるような気がします。少しの刺激にも過剰に反応してしまうほうで、他人に接することや現実的に生活することにかなり恐怖感を持っていました。自殺願望があったりものを盗んだりして「タブーを侵す」ことに興味がわいて、そのくせ、罪悪感や、人にみられるんじゃないかという不安でいっぱいでした。また、実際起きている出来事には、何の感情もわかなくて、フィクションにしか感動できませんでした。酒を飲まないと人前に出られなかったし、過食嘔吐をしたり、つきあっていた人に振られたときはストーカーまがいのことをしてしまったりと、かなり変な状態でした。

===
image051128_2.jpg それで今までは人ともちゃんと接しないで生きてきたのですが、だんだん大人になってきて、すこし状態も良くなってきたような気がするし、人前に出たり、人とはなしたりしてみようと、仕事も始めているところなのですが、性格も気持ちも前より落ち着いてきていると頭では整理できても、身体の方がどうもついてきてくれません。仲のいい人がそばにいてくれて、「大丈夫だよ」といってくれたりすると落ち着くのですが、一人でいる時間の方が多いですし、ひどくならないうちに何とかしたくて、こちらへ来ました。
 また、どうも対人関係がうまくいかず、孤独感があって、すぐに被害者ぶったりします。相手に好意を持ってるのに、目をそらしたり無視してしまったりして、自分で自分を孤独にしようとしているんじゃないかと思います。あんまりいろんなことを考えすぎて頭が休まらないのですが、今までは自分一人で少しずつ何とかなおしてきました。でももうこれ以上一人でがんばっていると、身体もおかしくなるんじゃないかと思ってここへ来ました。こういうのは、もう、一生治らないんでしょうか。

 はい。今は一人暮らしです。兄弟は四人姉妹の二番目です。目が寄るのもよろけるのも、肩が凝るのも、子どもの頃からです。

斎藤学からの回答

image051014_3.jpg
斎藤:結論から言いますと、あなたの病気は「身体表現性障害」、あるいは「転換性障害」というものに当てはまります。心理的な症状が神経的なところに転換するという意味です。以前は「ヒステリー」という名前で呼ばれていましたが、世間で言うところのヒステリーと区別するために、今はそういう呼び名になっています。

 「身体表現性障害」の医学的な診断基準は頭痛・腹痛・筋肉痛など、疼痛が四カ所以上あること、転換性障害の場合は、神経障害と四肢の機能障害があることです。あなたの場合は疼痛もあるし、歩行障害も目の症状もありますので、もっと詳しく調べないと何とも言えませんが、たぶん診断基準を満たすと思います。ふつうは思春期以後、大人になってから現れます。あなたも主な症状は思春期の頃ではないでしょうか。

 意外に、更年期障害とか自律神経失調症という名前で今治療されている中年期の問題も、私たちから見ると、この「転換性障害」に入ることが多いんです。声が出なくなるとか、聞こえなくなるとか、見えなくなるとか、水が飲み込めなくなったり、呼吸が詰まる感じがあったり。全体的に「身体がしゃべってる感じ」ですね。それで神経内科の先生のところに行かれるのですが、いろいろ調べてもらっても、何も出てこない。
 末梢神経の麻痺も、関節が傷んでいるわけでもない。それでずいぶんたってから精神科の方へ来られることが多いです。そこで、家族の葛藤とか職場での問題とか、恋人との関係とかが話題になって、はっきりしてくる、ということが多いようです。

 転換性障害は、時々びっくりするような症状も現れたりします。失神とか健忘が入りようになると「解離性障害」と呼ばれるものになります。なんだか一日がずいぶん早くたってしまう感じがあったり、どうも物忘れが激しくなったり。こういう場合は、専門家に相談した方がいいです。

 大事な人と別れたりしたときに症状が悪くなるのは、むしろふつうですね。それから、一時的なアルコールの問題や過食があったのは、これは、元にある、あなたの「生きにくさの問題」を自己治療、食べたり飲んだり吐いたりすることで手当てしていたんだと思う。何とか一人でやっていらしたのは、相当に柔軟でお強いところがおありになると思います。でも基本的には誰かに保護してもらいたいとか、頼りたいという気持ちがあって、それを誰かが満たしてくれていたので、今までこられたのだろうと。

 でも、一人で、自分のちからで生きていける、という力を確認することが目標でしょうから、私とのおつきあいは、そのへんをどうやっていったらいいかということについて、お手伝いできれば、ということになるでしょうか。このオープンカウンセリングの場においでになってみなさんのお話を聞きながら、ときどき、今おっしゃった以外の症状が出たときにはお話ししてください。

 でも、あなたは全体を通してよく一人でやってきてらっしゃいますので、あんまり「患者」になってしまわないようにしましょう。私はなるべく「患者」は作りたくないのです。自分の力に疑いが出てしまうとつい「病人」になってひととき休みたくなってしまいます。それが必要な人には仕方がないけど、あなたはせっかく生き抜いてきたようですし、親から仕送りももらわないでご自分で食べていらっしゃるのですから。患者にならないということと、問題を抱えているということは矛盾しません。
 問題を抱えていても市民生活を何とかやりながら生きていく、ということをやりましょう。

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学ワークショップ12/3、414:00〜20:00
10:00〜18:00
31,500円一般東京新宿
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布
危機介入の技法18:00〜20:005,250円、7,350円専門東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ

2005年12月01日

病気、摂食障害、一人旅

相談者からの質問

image051201_1.jpg 今26歳です。今日は自分の「一人旅アディクション」についてシェアリングができたらと思って、ここにきました。

 私の一人旅アディクションのきっかけは、一昨年の10月15日の火曜日に、ある事件がありまして、そのときに私はキレて、なぜか「香港に行ってやる」と思ったんです。何で香港なのかはよくわからないんですけど。私はそのとき、デイケアに通っていて、親のすねをかじる暮らしをして、旅行なんかできるはずもないと思っていました。
 それで私は、新聞屋にただでもらった遊園地のチケットと、ただの美術館のチケットを使って、それで香港に行った気になったんです。でも、結局その傷は深くなっていくし、怒りも寂しさも雪だるま状にふくらんでいました。
 ちょうどそのときに、母が私の名義でへそくりをためていたのが、満期になったという通知が私の住んでいるところに転送されてきたんです。私は母が私のために密かにためてくれていたのだと思って「お母さんありがとう」というつもりで電話したんですが、「それはあなたのモノじゃないわ、返して」といきなり言われまして、そこで言い合いになりました。結局、私の名義だということで、私がいただいたんですけど。いまだに「親虐待だ」といってその辺では恨まれているみたいです。(笑)

 そこでお金も入ったことですし、どこに行こうかなと思ったときに、オーストラリアが浮かびました。そのとき映画「シャイン」が評判になっていました。あの映画は父と子の話ですけれど、母と私の関係にとても重なる部分があるんです。シャインのヘルフゴットさんとはレベルは違うけれども、私もピアノをやっていて、母は私がピアノをうまくなることを、表では期待しているけれど、発表会で私が友達やいとこから花束をもらったり、母方の祖母が私のピアノに誇りを持っていたみたいなので、そういうことにすごく嫉妬しているように感じていました。そういうわけでシャインに惹かれ、その舞台であるオーストラリアにいくことにしたんです。

===
image051201_3.jpg
 手続きも自分でしていたのですが、私には「体が病気を作る」という嗜癖があるんですけれど、前から煩っていた「網膜剥離」をちょうどそのころ起こしました。
 私は4年前に目を痛めていました。そのときは右の網膜剥離を作って、左目を飛蚊症にして、そのまま手術をして失明はしなかったのですが、左は蚊が飛んでる状態で、右目だけでモノを見ると、微妙にモノがゆがんで見えるという状態になっていました。
 左目だけでがんばっていたので左だけは網膜剥離にしたくないと思っていたのに、自分で自分の内側から網膜をはがすということをやって、外から自分の体にメスを入れるという選択をわざわざ自分でするわけです。これはリストカットみたいなあからさまな自傷行為ではないけれど、本当にクレージーな自傷行為だと思います。
 そういう自分につくづく嫌気がさしながらも、3月3日からいくつもりだった旅行は、「失明するかもしれませんよ」といわれたので、やめまして、3月14日に入院して3月中に退院しました。

 でも退院してからシドニーにはいきました。父には入院するときから「シドニーになんか行こうとするから網膜剥離になるんだ」とか言われたんですけれど、とにかくいってしまえたらこっちのものだと。

 そこでいってよかったと思ったのは、シドニーの4月はちょうど秋で、空港からユーカリの並木の紅葉が見られたことに感激しました。一昨年の紅葉シーズンは病気を作ってしまって入院中で見られませんでしたし、その次の年は精神状態がぼろぼろで紅葉なんか目に入らなかったので、私はやっと1年半おくれで紅葉がみられたと思って、この旅行は、お医者さんからも反対されていたし、親のへそくりを奪って行った旅行ですけど、「この景色は自分で勝ち取ったものだ」と思って感動しました。

image051201_4.jpg
 そうやって充電して、五月には患者さんたちが作っている「東京腎臓病患者連絡協議会」というところで、日頃自虐的なことをしている反省と勉強のためにボランティアをさせていただいていたのですが、けっきょくそういう甲斐もなく、というか、自分で腎炎を進行させるという選択をしてしまいました。
 3年前から「将来2,3割の確率で人工透析をする」という状態になっていました。2年前から病院で続けていたステロイド治療が、4回目の腎生検の結果で区切りがつくはずということで入院したんですけれど、生検の結果が悪かった。なんだか、自分で腎炎を悪化させているという自覚があったんです。自分の左手で、自分の体内からつかみだした腎臓を握りつぶしているというイメージが頭にずっとあって、その握りつぶした腎臓から血が出ている。

 私は以前から「今回の腎生検の結果が悪かったら死にたい」っていってたんですけれど、それは、嘘ではないけれども正確ではないです。私の場合、元々は健康に恵まれた子どもだったのに、3歳くらいの時から自分でそういう病気を作ってきたので、そんな自虐的なことをしている自分に嫌気がさすから、だから死にたいと思うんです。死にたいというか、誰かに殺してほしかったんですね。こんな私は処刑してほしいというか。罰して殺してほしいと思ってたんです。
 でも誰かに殺してなんて頼んでもその人が殺人犯になってしまうから自分で死ぬしかないと思いました。自殺のバリエーションとか考えていたんです。屋上にはネットが張ってあったので非常用の螺旋階段から飛び降りればいいかなとか思ったり。点滴の液を飲んじゃうとか。

 でも私は入院して赤ちゃん帰りをすることで生き延びてきた人間ですから、入院したらちょっとは頭がまともになりまして、自殺しないで生き延びるにはどうすればいいかとかんがえました。その答えが、旅行に依存するということなんです。
 みんなと一緒に行くとか、ツアーに参加するとかはいやで、そういうのはよけい寂しくなってしまう。

 私は地方の講演会に、旅行をかねて行くということもいやしになっていたりしました。去年も西尾先生のワークショップに参加しようと、博多に行きました。博多は私の生まれた病院のあるところで、私の入院依存症のルーツを探りたいと思って訪ねました。
 そのときわかったのは、「私みたいに健康な女の子はうちの家族には存在してはいけなかったんだな」ということなんです。そういうことを思いながら、自分の生まれたての写真をイメージしたら、その赤ちゃんが顔をこわばらせて手足をばたつかせておびえている動きをとっていました。やっぱりこの赤ちゃんは病院から出たくなかったんだなと思って、だから私は入院を求めてるんだなと見えてきました。

 博多を観光していたときに、アジアや南洋、沖縄を身近に感じました。「沖縄が私を呼んでいる」と勝手におもって、沖縄に行くことに決めました。生検の結果は悪かったのですが、大量のステロイドをのみながら退院はできて、旅行に行くことができました。

image051201_2.jpg 私の叔母で、やはり入院依存症の人がいます。彼女は週に1日病院の外来に行くことでしか外出できない人になっているのですが、彼女に比べれば私は、まわりから「病気のくせに」とか「親の金つかって」とかいわれながらも、旅行するという選択肢があることはありがたいなと思っています。

 沖縄に行ったときにやってみたいことの一つは、豚の腎臓料理を食べることでした。以前、「自分の病んでいる臓器の料理を食べると病気がよくなる」ときいたこともあり、沖縄で豚の腎臓の料理を食べたいなと思ったのです。沖縄の人は、豚は「鳴き声以外は何でも食べる」みたいにガイドブックに書いてあったのに、探し回っても腎臓料理を食べさせてくれる店はみつかりませんでした。
 それで沖縄の市場で豚の腎臓と豚の顔の皮の薫製と沖縄にんじんをかって、実家で本を見ながら料理をしました。それはすごく私にとっては画期的なことでした。

 私はずっと病院の食事やケアに依存していたのに、一昨年の1月7日にイフハウスに入ったときから、そのときから自分で毎日1800キロカロリー、タンパク質40グラム以下、塩分何グラム以下という食事療法をこなさなくてはいけなくなって、それはばりばりの過食をしていた私には拷問に近いようでした。
 自分で食べ物を保存するのは摂食障害者には怖いことです。作っても余るともったいないからたべちゃう。そうなると腎炎に負担をかけてしまう、透析に一歩ずつ近づいてしまう。それでカロリーメイトとかコーンフレークとかバランスアップとかしか食べられなくなってしまい、すっかり料理恐怖症になっていたんです。でもこれを機会に豚の腎臓料理を作ってみて、臓物料理が嫌いな母も気に入って食べてくれましたし、私自身がうれしかったです。

 そういう感じの現在です。

斎藤学からの回答

 しばらくあなたとはお会いできませんでしたが、本当にいろいろ旅行できてよかったね。
 腎臓病になったのは不運だけど、それを「自分が自分の体をこわしてるんだ」と思うのは病気以上につらいでしょうね。「内部から自分を壊していくんだ、そしてその結果外部からメスを入れられるんだ」という発想は、とてもさびしいな。腎臓病だけでも大変な問題なのに。

 私は、若年性腎臓病でダイエットを強いられていて過食になった子をずいぶん見てますので、あの人たちの苦労はわかる。腎臓疾患はたいへんですけれど、時々失敗しながらでもなんとか生き残る。そのうえで、「与えられた命が欲してることをする」ってのは、いちばん、その人にとって「自分に優しくすること」です。
 親のへそくり、そんなものはもらっときなさい。「一人旅のアディクション」というけど、私があなたの立場だったら、やっぱりそうするんじゃないかな。だって紅葉見るにしても「それが最後になるかもしれない」って感じでしょ。そうすると、世界を慈しむみたいな感じであらゆるものに目に移すんでしょうね。
 健康なつもりの我々だって明日いなくなっちゃうかもしれないんですけれど、そういうことは何も考えないで生きてますよね、だから、見るものはちゃんと見えてないし、聞こえるものもちゃんと聞こえていないですごしています。けれどあなたは、私たちが見落とし聞き漏らすようなものが鮮明に目にはいる。それが、あなたに与えられている恩恵ですね。

 アディクションというのは有害なものをいうのであって、私はあなたの一人旅をを有害なモノだとは思いません。
 あなたの腎臓を診ているお医者さんから言えば「なにをやっているんだ!」というところかもしれませんが、いいんじゃないかな。人間、それほど命ながらえるだけのためにはに生きられないですよ。

 私がしっているあなたは、「すごくがんばって人に尽くす」みたいな感じの人でしたけど、ずいぶん変わったのね。勉強ばかりやって、一生懸命、一生懸命生きていたけれど。あなたの変化はいいことだと思います。
 今住んでいらっしゃる東京の町も、その目で見ればいろいろ新しい世界が見えるかもしれませんので、いろいろ歩いたらいいですよ。

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布
危機介入の技法18:00〜20:005,250円、7,350円専門東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

  

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ

2005年12月05日

摂食障害─どん底じゃないけど苦しい

相談者からの質問

 私は摂食障害を抱えています。

 子どもの頃、父がアルコール依存で、家の中はケンカが絶えませんでした。兄弟は3人なのですが、なぜか私だけが、「このうちを守らなきゃ」なんて気負ってしまって、始終不安を抱えていたり、小学生の時は夜通し隠れて泣いたりしていました。
 中学に入ってからも、人中にはいると「おならしちゃいけない」と緊張してしまったり、合唱コンクールの時など「後一曲終わるまで倒れちゃいけない」って思いながら、目の前がすーっと白くなって、必死にこらえる、といったようなことばかりでした。

image051205_1.jpg そして、大学に進学して親元を離れてから、摂食障害になりました。やせているときと太っているときの落差が40キロくらいありました。やせているときは男の子とつきあって太っているときは人目を避けるという暮らしです。
 太っているときは外に出たくないのですが、それでも学校をさぼるなんてことは思いもつかなくて、隠れて人に会わないようにしながら通っていました。就職活動もがんばってしまい、うまく決まったのですが、出社の日までにこの病気を治したいと思って病院に通ったりしていましたが、どうにもなりませんでした。
 だんだん苦しくなって「就職するのがいやだ!」ということを、初めて親にも言いました。それから、カウンセリングなどに通って、しばらく治療だけに専念する日々を過ごそうかと思ったのですが、どういうわけかまたがんばってしまって、ホステスの仕事なんか始めてしまい、そうかと思うとまた、疲れ切って仕事を辞め、治療に専念し、というだらだらした暮らしをしてとうとう9年くらいたってしまいました。
 ここ数年は、治療に通いながらフルタイムではない事務職のアルバイトをしています。

===
image051205_2.jpg 毎日は淡々とすぎてゆくのですが、摂食障害の症状はいまだにあるのです。それで、こんなことしてるんだったら外へ出ようと思って、むりやり外に出たり、人にあったり、今のアルバイトを始めたのもそういうわけなのですが、どうも、何か強迫的な気持ちだけで動いていて、少しも生き生きした気持ちになれません。
 人と会っても自分だけ一歩引いてるような気がして。このままでいようと思えばいられるのかもしれませんし、どん底の苦しさというわけではないのですが、このままでは幸せではありません。最近では家に帰って寝るまで過食にはまり、休日は12時間くらいそうして過ごしています。

斎藤学からの回答

image051014_3.jpg わかりますよ。あなたのお話。あなたは一時のひどいときに比べたら、今は危険でない仕事をして、週に2日カウンセリングに通うといういいペースの暮らしにたどり着きました。ですから残ってる時間、何に使ったっていいわけで、過食と言うけど、おじさんが晩酌するようなものだと思えばいい。でも、あなたは少しも幸せじゃないという。面白くないんですね。

 あなたは確か、すごくモテモテでしたよね、ボーイフレンドとのつきあいはどうなっているんですか。
 ・・・ダメになっちゃった? 相手から電話がかかってこなくなったとか? そうじゃないでしょう。またあなたの方から「やめよう」って言いだしたんでしょう。

 あなたの一番の問題は、ぜんぜん自己評価の高まりってものが見られないことです。あなたが毎週会っているカウンセラーは、あなたのことほめてくれますか? 
 あなたに今一番必要なのは、自分がいい子だって信じること。自分が人に好かれる人だって信じることじゃないでしょうか。
 あなたは子どもの頃から、いろいろつらかったですよね。じぶんのこと、うちの番人だって、責任感負っちゃって。高校まではずっと一番できて、私にくださるお手紙の字もきれいだし、職場でもきっと重宝されているでしょう。そういう意味ではあなたはすごく、いい子です。こういういい子の部分を壊すんじゃなくて、自分のこと「いい子だ」って言ってあげられる自分になる。

 あなたは小学校時代からすごくモテモテだったのに、なぜか「自分を好きになる人はみんなバカだ」と思ってしまう。バカだから自分なんかを好きになるんだ、私のこと知らないくらいバカだからだって。これがあなたの最大の欠点です。これほどひどい自己評価の低さってありません。
 私が思うに、あなたは今もこの感覚が続いているんだと思います。自分を愛したり保護しようとする人が出てくると、「そんなヤツはバカなんだ、だまされてるんだ」って。こういう自分に対する変な厳しさみたいなものを剥いでいかないと、生き生きした心なんて出てきません。

image051205_3.jpg 私流の言葉で言えば、インナーマザーに完全に支配されて批判の声がいつもあなたを追っているような状態ですね。それで、過食しているときだけは多少、「食べるんじゃないよっ」っていうインナーマザーの命令に逆らっているわけだから自主性を取り戻している瞬間なわけです。ですがこの行為自体が自己破壊的なものですから、過食して嘔吐が済むと、「ああ、またこんなことをして一日が終わってしまった」なんて感じになって、インナーマザーが「このバカ娘がっ!」ってしかりつける。そんな繰り返しなんです。

 あなたの今までの男性関係は、「どっちが偉いか」って話になっていた。惚れた方は弱みを握られているわけですから、そういう男を見るとすぐに首に縄付けて引っ張り回そうっていう野心が出てきてしまう。奴隷になって自分に尽くす人を捜すか、自分が奴隷になるか、神様か奴隷かっていう関係しかとれなかったから、男の人との関係を維持するのが苦しくなってしまうんですよ。

 これから当面、男の人と出会ってどういうおつきあいしたか、ここでしゃべる練習してご覧なさい。私が採点してあげましょう。そのうち「これはインティメイト(親密)な関係になりそうだ」っていうのが出てくるでしょう。親密性というのは、上下関係なし、フェミニストがいう「平場の関係」ですね。でも「平場の関係」、対等な関係というのは難しいもので、たいていは「惚れた弱み」というかんじになります。でもそうした中でも「ああ、この人とは平等だな」っていう感じがしたら、それはとてもいい関係です。こういう関係を長く続けていくようにしたらいい。

 ようするにアディクションの治療とは、最終的には人間関係の治療なのです。あなたは少し、人とおつきあいなさるのがいい。人間関係そのものを使った治療に入るわけです。
 あなたは本当のことを言えば、もう治っています。あなたに過食は必要ありません。ただ「過食している悪い私」という重しを自分に乗せていないと、自分で何をしていいかわからなくなってしまうんです。でもこんなことを続けていると、インナーマザーに餌をやるようなものです。「処罰の対象」をわざわざ作って差し出して。
 地道なOLをすることが目標じゃありません。生き生きした心になることが目標です。

 今のあなたが誰かを好きになるなんて、そりゃ無理でしょう。最初は無理です。でも好きにならせることはできるから、まずそこからやりましょう。薄い関係がたくさんできるのでもいい、その中からだんだん「特定の誰か」が生まれてきて、そして「私は人を愛せるようになったなあ」という感じが出てきます。できますよ。長い間あなたにとりついていた問題から、あなたはそのとき解放されます。

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布
危機介入の技法18:00〜20:005,250円、7,350円専門東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい
 

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ

2005年12月09日

母に暴力を振るってしまう

相談者からの質問

image051209_1.jpg 私は、過食ととじこもりと家庭内暴力がひどくて、1日中部屋に閉じこもって、1,2週間お風呂に入らず、ずっと抑鬱で何もする気になれなくて、それが爆発すると、母親に暴力、暴言を投げつけます。「バカ女っ」とか、もう自分でもおぼえていないようなむちゃくちゃなことをいって、蹴ったりぶったりするんです。この間は怪我をさせました。それで、今度やったら、母はもう別れて暮らしたいといっています。

 もう、こんな生活はいやです。早く抜け出したい。母と離れた方がいいとも言われるのですが、私は離れたくなくて。どうして母にしがみついて、暴力を振るってしまうのかは自分でもわかりません。

斎藤学からの回答

 うちでずっと寝っぱなしになってしまうことと、お母さんに甘えたい気持ちが強まって、強まると同時になじったり蹴ったりしてしまう。
 ちょっと私いま、頭があんまりよく動いてませんから、こういうときは原則に戻るのがいいね。
 原則というのは、過食症者はどうしてこう、母いびりになるかという話ですね。この話は、逆からひっくり返した方がいいです。

 過食症というのは、「ママ〜」という病気なんです。食べたり吐いたりしてるものは、母なんです。母を食べちゃ、間違ったものを食べたことが悔しくて吐き出すんです。そしてあれは、ジャンクフードじゃなくちゃいけないんです。母のあったかい愛情のこもったお袋の味は食べられないんです。ジャンクフードなら食べて捨てられます。
 食べて吐き出すものをバカにしてるんだよね。バカにするような食事しかとらないというのが過食症者の基本的なスタンスで、それが、人間関係にも現れます。自分が喜んで捨てられるようなものしか人間関係として作れない。人間関係は食物のようにトイレに捨てられませんから、代わりに引きこもっている。その証拠に、彼女たちが異性関係に入っていくと、ほとんど使い捨てになります。つまり、セックス乱用みたいな感じになったり、次から次へと相手を傷つけてそのつど自分も傷つきますからぼろぼろ状態になる。それが過食症の本質です。人間関係上の障害です。

===
image051014_3.jpg 母って何でしょうか。どうして思春期の娘がそういうことをするんでしょうか。元来思春期の娘は、家ばなれの強い衝動があるんです。あなたにもそれがあるはずです。ところが過食症の子は、家離れの衝動が起こったとき、大急ぎでこれをうち消して、「ママ〜」といってこびりつくんです。母娘密着が起こります。これを胎児化といいます。

 家というのは子宮を具現化したもの、子宮を大きくしたものといっていいでしょう。お母さんのおなかにこもるということと、家にとどまるということは同じです。胎児化を起こしてるわけね。そういう人に向かって、「がんばれよ、おまえの年齢相応にしっかりやれよ」といったって、もうやりたくないし、そういう能力を示すことに疲れちゃってるんですから無駄ですね。もっと無能になって、もっと赤ちゃん帰りして、感情も爆発させて家にいようとするわけ。

 どうしてでしょう。自分が健康になったらおうちを離れなくちゃいけないから。家を離れないでお母さんのおなかにいたいんです。でも、もう無理だと思うんです、あなたがまた、あの中にはいるのは。
 なぜそういう一種の「家離れの挫折」が起こるのか。一つ理由があって、彼らの本音は、自信がない。疑惑があるわけです、自分に対して。こんな私を誰かが受け入れてくれるのかしら。と。みんな、本当の私のことをしったらバカにするんじゃないかしら、と。それで外へ出ていくことができない。

 でもこの「自信がない」っていう気持ちの本性を知ったら驚きますよ。私は女の子たちの頭の中にある「私はだめだ」というセリフの背後の本音を、知ってるんです。ふだん皆さんから数々聞いてますからね。たとえば、「ベッドインのときにまずいからもう少しやせなきゃとか、こんな私じゃダメだ」とか。そんなバカなこといっぱい考えてるんですよ(笑)。それで、もうなんだかいやだ、セックスも含めて、人間関係はもう怖い、それで「おかあちゃま〜」ってなってしまう。

 こういうわけで、退行してる子どもに「しっかりしろ」と言うと、怒る。だから、ああそういうことなのかと思って、お母さんは適宜「だっこ」してやると。それで、暴力を振るわれそうになったら、「もう私はしらないよ」といって逃げる。ヒットエンドアウェイですね。

 子どもが一番こたえる親からの攻撃は、姿を消すことです。彼女たちは親が消えるのをものすごく怖がってます。逆に言えば、お母さんを底抜けに信じちゃいないっていうことだね。私を捨てて逃げるんじゃないかって。どうしてそう思うかと言えば、それは彼女の中に罪悪感が強いからです。
 (付き添いの母親に→)だから、この子の胎児化が始まった場合は、ある程度まで行かないと無理かな。底ついて浮上してくるのを待つしかないかも知れませんね。

 でも暴力の件はこの際何とかしなければなりませんね。
 (質問者に向かって→)そうだな・・・・・。ではこの際、スポイトでいきますか。ちゅぱちゅぱっていう、哺乳瓶をくわえてみる。それが気持ちとしてはあなたの本音に近い。それをやってると、自分の姿を鏡で見ているみたいな感じになっちゃって、ほ乳瓶をくわえるごとに「何やってるんだろう、私は」なんて思って。そうするとだんだん、二十歳のあなたに戻ってくるかもしれない。
 気持ちが子ども返りしてる時に、それを否定してると、よけい行動が混乱してしまいます。

 子ども返りしていく「赤ちゃんの自分」を「外在化」する。自分でミルク作っておいといて、それを「飲んであげるね」と自分で言いながら飲む。誰に言うかって言うと、自分の中の赤ちゃんに言う。そういう回路を造るわけですよ。自分の心の中の子どもとして外在化する。それを外在化して、ミルクはまたその人が、その子どもがほしがってるものとして飲む。

 やってご覧なさい、そうするとお母さんをひっぱたく回数も減るから。お母さんは、こういうときにまともに論理で勝負しちゃだめです。その代わりに自分のことを考えるんですよ。自分にも思春期になんだか訳の分からない悲しみってあったと。あったでしょう。よく思い出せばあるんです。そういうことを考えて共感してやるんです。それをいちいち言葉にしなくてもいいですよね。「ああ、そういう時期か」といって、娘の成長を楽しむようにして、悩みと一緒にいてあげるわけですね。

※この原稿は「斎藤学オープンカウンセリング」(火曜日18時30分〜20時30分、東京麻布、予約不要)での相談者と斎藤学のやりとりをもとに作成されました。
※斎藤学へのご質問、ご感想を受け付けています。[こちら]にご記入の上、送信して下さい。質問については斎藤学が可能な範囲で記事中でご回答いたします。

斎藤学の講座・ワークショップ

講座名日程時間料金対象会場
斎藤学オープンカウンセリング18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
親のための家族相談18:30〜20:303,000円、5,000円一般東京麻布
斎藤学による木曜ミーティング12:00〜3,000円、5,000円一般東京麻布
危機介入の技法18:00〜20:005,250円、7,350円専門東京麻布

※開催日については必ず各講座の詳細ページでご確認下さい

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ